あとがき物語 二つの伝説〜運命(みち)を行く者〜

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 第2話

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 ――1時間目。

 わたしは恐怖に怯えていた。蛇に睨まれたカエルの気持ちがよく解かった。

 今は1時間目、数学の時間である。

 淡々と授業が進んでいくが、皆が皆異様なオーラを放っていた。まるで獲物を狙うハンターだ。皆、狩時を息を潜めて待っているのである。きっと映画などにでてくる殺人鬼が舌なめずりをしているときはこんなオーラを放っているのだろう。なんて恐ろしい。

 しかもそれが生徒のみならず先生にまでいるようだ。それも男女問わず。まったくいい大人がこんな小娘を捕まえてつまみにしようだなんて、今時の教育現場はどうかしている。

「紀衣、どないしたん?なんや顔色がようないで。保健室行くか」

「本気で心配してくれるのならこの状況を少しでもどうにかしてほしいんだけど」

「ああ、それは無理や。紀衣も察しとるとは思うけど皆本気やで。前に立っとる先生もや、それにうちも本気やで〜♪絶対うちがゲットしたるけん安心してな」

 何に安心すればいいんだ?

 思わずつっこみたくもなる。まあ確かに柚菜なら捕まったときに一番安心できなくもない。

 親しい間柄だからかえって危険な気もするけど。

 そういや柚菜、本気だって言ってたけど唇にキスってのは初めてだったはず。

 今までは頬にというのはよくあったけど、唇にはされたことはなかった。

 本当にそうだっただろうか。……ああ、ダメだ靄がかかって思い出せない。

 でも誰かに唇にされたっていう記憶がかすかに残ってる。いったい誰なんだろう。

 なんにしろ今はそんなことより、放課後どうやって逃げ切るかを考えるのが先だ。今回は柚菜も由衣も味方してくれそうにはないからな。

 こうしてわたしは周りの殺気に怯えながら一時間目を過ごすのだった。

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 ――2時間目。

 英語の時間、相変わらず狼と化したクラスメイトは眼をギラギラさせていた。

 英語教師の上木先生が微笑ましそうに笑っている。

 いや、この状況で笑っていられるのって絶対おかしいです。

 初老の女性で、いつもにこにこ笑っていて皆に親しまれている先生である。

 まさか上木先生まで血迷ったことにはなってないだろうと思い、助けを求めてみた。

「先生、笑ってないで助けてください。教育の場で生徒がわいせつな行為に及ぼうとしているんですよ」

「あらあら、若いっていいわね。私も貴方たちくらいの年だったら喜んで混ぜてもらいたいんだけど。もう年だから残念ね」

 が〜ん。

 だめだ。この人も皆と一緒だ。しかもこの状況を楽しんでいる。よけいたち悪いよ。

「あらあら、落ち込んでしまったみたいね。どうしましょう。そうだ、誰か堀江さんを慰めてあげてくれないかしら?」

「先生っ!!絶対楽しんでるでしょ」

「なんのことかしら。ほほほ……」

 どうやらこの人はわたしが思っている以上にお茶目な人のようだ。

 しかし、これで殺気が一層色濃くなってしまった。

 わたしは何気なく机の中にいれていた護身用のスタンガンを確認するのだった。

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 ――3時間目。

 古文の時間、わたしはげっそりしていた。

 理由はもちろん狼の皆さんである。しかも毎時間柚菜がわたしの制服の胸元やスカートの中に手を入れようとしてあきらかに挑発しているのだ。

 わたしは周りを気にしながら柚菜の魔の手と格闘しなければいけなかった。

 いい加減疲れてきた。

 柚菜はわたしの胸を思う存分触われて上機嫌である。

 後ろのほうから何やら小さく唸り声が聞こえたような気がしたけど気のせいだろう。

 うん、そうに違いない。

 こうしてわたしは迫り行く放課後に怯えながら授業を受けるのであった。

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 ――4時間目。

 体育である。

 わたしはあたりを警戒しながら更衣室へと向かった。

 周りの視線が怖い。

 更衣室に入ると一斉に皆の視線がわたしに集まった。どれもやばげな光を放っていて、わたしは思わず自分の体を抱きしめる。それでもわたしに襲い掛からないところをみると、どうやら多少の知性は残っているらしい。

 わたしはホッと胸を撫で下ろすと自分の制服に手を掛けた。

 だが、着替えを始めてすぐにまとわりつく柚菜の視線に気付いて手を止める。

「……なに?」

「いや〜、紀衣の体はいつ見ても綺麗やな〜と思てな」

 下着姿のわたしを上から下までじっくりと観察してうっとりとしている。その姿はどこからどう見てもあぶない人だ。

「このしっとりとした柔らかい肌……ああ、もうたまらんな〜」

 そう言って抱きついてくる柚菜の手がゆっくりと下着の上をなぞっていく。

「……それ以上は駄目だよ」

「ええ〜、どうして?ええやん。うちら女の子同士やしそれに一緒の布団で寝たなかやん」

 甘えた声を出しながら手を下着の中にいれようとするのを必死で阻止する。

 そういえばなんだかさっきから外が騒がしいきがするのは気のせいにしておきたい。

 なんか「ギースー!!」とかいう呻き声が聞こえてくるけど気にしない。

 ……うう、怖いよ〜。

    *

 ――昼休み。

 わたしは学食のテーブルに突っ伏していた。

「……柚菜、いい加減にしないとセクハラで訴えるよ」

「ああん、紀衣のいけず〜。いつものことやんか」

「今回は事情が違うでしょっ!!

 さっきの時間も授業中ずっと柚菜はセクハラ行為におよんでいたのだ。

 しかも授業をこなしながら。なんて器用なんだろう。

 クラスメイトもそろそろ理性を失いかけているのか挙動が不審になってきた。

「はあ、どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」

「それは紀衣が皆のお姉さまやから」

「そんなのになった覚えはないよ。それに全然嬉しくないし」

「まあまあ、そんなに拗ねない拗ねない。今日の放課後を乗り切ったらそれですむことなんやから。ようはさっさと帰っちゃえばええんや」

「えっ?そんなのでいいの」

「まさか皆も外まで追いかけて行く根性は……あるかもしれへんけど、まあ大丈夫やろ」

「全然大丈夫じゃなーいっ!!

 なんか家まで押しかけてきそうで怖い。

 わたしがげんなりしていると由衣がトレイを持ってこっちにやってきた。

「あっ、紀衣さーん、柚菜せんぱーいっ!!

「あ……由衣。これからお昼」

「はい、二人ともお昼もう食べちゃいましたか?」

「あっ、そういえば」

 今の状況にげんなりしてお昼を食べるのを忘れていた。

 眼の前には和風定食が手付かずのまま置いてあった。

 そうだ。今はしっかり食べて放課後に備えなくては。気を抜けばすぐにでも襲われそうだし。

 そもそもなにが悲しくて好きでもない奴等に唇を奪われなければならないのだ。

 ぜったい理不尽である。よーし、絶対逃げ切ってやる。

    *

 ――放課後。

 わたしは走っていた。ひたすら走っていた。

 こういう時は運動神経がよくて助かる。

 わたしは横から飛び出してきたゾンビ(もはや人とは思えない)を屈んでかわし、前から飛び掛ってきたゾンビを横へ飛んでかわす。

「ギースーっ!!

 本来の目的を忘れているんじゃないだろうかと思えるようなゾンビっぷりを発揮する全校生徒及び職員。

 わたしは後から追ってくるゾンビの大群に目掛けて、護身用に携帯させられていた催涙ガスのビンを放り投げた。

「うぎゃあぁぁぁぁぁーっ!!

 わたしは後を振り返ってぞっとした。

 そこにはもだえ苦しむゾンビの山が出来ていた。それでも追いかけようとゾンビたちは這いずり回る。

 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図である。

 後を振り返っちゃダメっていうの、本当だね。

 わたしはもう決して後を見ないことを心に硬く誓った。

 わたしはさらにスピードを上げて後のゾンビを振り払う。

 しばらくして後ろの追撃が途絶えた。わたしは一息つくために壁に寄りかかる。

「うわわわっ!?

 もたれた瞬間、急に壁が反転してわたしはどこかの部屋に転がり込んだ。

 いったいどういう構造をしてるんだ、この学校は?

「いたた……、あれ?ここは……図書室」

 何故か薄暗くてよく解からないが、たくさんの本棚があるから間違いないだろう。ここには誰もいないのか辺りは静まり返っていた。

「ふう、やっと一息つける……っ!?

 ほっと胸を撫で下ろしたとき背後に人が立っていることに気付いた。

「あっ……みさきちゃん?びっくりした」

「お姉さま、わたしずっと待ってました」

 彼女は埼宮みさきちゃん。わたしの後輩で図書委員さん。おとなしいほうなんだけど、思い込みが激しくて、偶に暴走しちゃうことがあるちょっと困った女の子だ。

「みさきちゃんまでわたしのことをお姉さまなんて呼ぶんだね」

「皆さんがそう呼んでいますから。それにそっちのほうが素敵ですよ♪自分が男だったことなんて早く忘れて、女の道を貫くほうが楽しいと思いますよ」

「わたしが男だった?」

「そうですよ。もしかして早くもその事実を忘れていたのでは?」

 そこまで言われてはっとした。

 そうだ。記憶が曖昧なのと、この状況下ですっかり忘れていたけど。

 わたしは男で、それがどこで間違ったか朝起きれば女になっていた。

「よかった……。本当に忘れるところだった」

「どうやら余計なこと言っちゃったみたいですね」

「そんなことないよ。うん、おかげで忘れずにすんだからね。ところでなんでみさきちゃんがそんなこと知ってるの?」

「知りたかったらわたしとキスしてください」

「……みさきちゃんはいつからそんな悪い子になっちゃったのかな」

「ふふふ、冗談ですよ。せめてわたしくらいは紀衣さんの味方をさせていただきます」

「なんか途中で裏切りそうな言い方だね」

「失礼ですね。でも、紀衣さんは今とても魅力的な女性なんですから気をつけてくださいよ。どこで誰に狙われてるか解かりませんからね」

「ははは、それでどうしてわたしが男だったのを知ってるの?」

「紀衣さん、あなたは今の自分が好きですか?」

「う〜ん、解からないけど嫌いじゃないと思うよ」

「そうですか……。紀衣さん、あなたが女性にされたのはある人物の趣味です」

「なっ……」

「もちろん元に戻る方法もありますよ」

「本当っ!?

「ええ。ですが、よく考えてください。あなたは今のままでも生きていけるんです。男性に戻るか女性のままで生きるか、それを選ぶのがあなたです」

「つまりどちらか好きなほうを選べということ?」

「そうです。でもどちらかを選んでしまえばもう後戻りはできません。女性を選べば男性だった頃の記憶は全て失われます。逆に男性を選べばあなたと特別な関係を持つ人とのことがリセットされます」

「特別な……関係」

 その時、わたしの頭の中に一人の少女が浮かんだ。だけど輪郭がぼやけて誰なのか解からない。

「あなたの心に浮かぶ人がいるのなら、この先にある二つの扉のうちのどちらかに入ってください。そうすればあなたがどちらを選ぶべきか見えてくるはずです」

「ありがとうみさきちゃん。いろいろ教えてくれて、わたしよく考えてみる」

「お役に立てて光栄です。わたしはどっちの紀衣さんも素敵だと思いますよ」

「ありがとう、そうだいろいろ教えてくれたお礼」

 そう言ってわたしはみさきちゃんの頬にキスをした。

「あっ……」

「皆には内緒だからね」

「はい」

    *

 わたしは紀衣さんが奥の部屋に入ったのを確認して振り返った。

「盗み聞きは悪趣味だよお義母さん」

「あらそうかしら?それにしてもずいぶんいろいろ話ちゃったわね」

「このくらいのハンデはあげてもいいと思うよ。それにわたしはお義母さんやお義父さんが想像する未来とは別の可能性を信じてるから」

「でも両方を選ぶなんてそれこそ奇跡でも起きないかぎり無理よ」

「わたしは奇跡を信じるよ。わたしはお義兄ちゃんから奇跡をもらったんだから」

「そうね、ちょっとふざけすぎたのかもしれないわね。でもこれは私達一族に定められた運命。だから私達は紀衣が選んだ道を受け入れるしかない」

「お義兄ちゃんの記憶が戻ったとき、それが決断の時。それまでわたし達は見守っていくしかできないからね」

「ええ……、ところでみさき今の紀衣ってとっても可愛いと思わない?」

「お義母さんもそう思う?もとから素質はあると思ってたんだ」

「うんうん。やっぱりあの子は生まれ間違えたのよ」

 どんなに思うことがあっても、やはり可愛いものには眼が無い二人であった。

    *

 わたしは二つの扉の前に立っていた。

「わたしの未来を決める、まさに運命の扉ね」

 どちらを選んでも無くすものがある。ふとわたしは思ってしまった。

 ――両方は選べないのだろうか?

 そうすればなくすものはないし誰かを傷つけることもなくなるのではないだろうか。

 そもそも自分ってなんだ。今更ながらにすこし怖くなる。

「今は考えるのをやめよう。とにかく前へ進もう」

 こうしてわたしは扉を開けた。

    *

 突然の選択肢です。

 さて紀衣はどちらの扉を開けたのか?

右の扉に入る」(ルートA

左の扉に入る」(ルートB

 紀衣の未来を決める運命の扉が今開かれる。




 

 あとがきのあとがき

麗奈「ついに狼が牙をむいたわね」

佐祐理「紀衣さんは無事に逃げ切れるのでしょうか?」

知佳「なんか狼というよりゾンビになってたような」

真雪「しかもなんか怪しい奴もでてきたし」

麗奈「まだまだこれからよ」

佐祐理「次回は柚菜さんと由衣さんが紀衣さんに大接近です。ゾンビさん達との死闘の末に待っている結末をお送りします」

 

 

 





それぞれの扉の先に待つものとは…。
美姫 「一体、何が待っているのかしらね」
ずばり、紀衣さんが選んだのは……。
美姫 「選んだのは?」
意外性を付いて、いきなり方向転換した後、来た道を戻る! …とか。
美姫 「選択肢に含まれてないわね、それ」
もしくは、自分の道は自分で切り開く! とか言って、壁や床、天井を壊すとか。
美姫 「単なる破壊魔ね」
なら、どちらも選ばずにその場で寝てしまった。
美姫 「って、何の解決にもなってないわよ!」
で、起きたら夢だった。
美姫 「って、夢オチ!?」
とまあ、お馬鹿は事はこれぐらいにして。
美姫 「やってたのは、アンタ一人だけだけれどね」
ふっ。世の中には一蓮托生という便利、もとい、素敵な言葉があるんだよ。
美姫 「ほうほう。つまり、私が殴られそうになったら、浩が殴られて、浩が殴られそうなら、浩が殴られると」
いや、思いっきり意味が違うし。
その前に、俺ばっかりだし。
美姫 「まあ、本当に冗談はこの辺にして」
それぞれの選択の先に待っているものとは!?
美姫 「次回も楽しみに待っていますね〜」
待ってます。



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