あとがき物語 二つの伝説 第2話

 ルートA

    *

 わたしは右の扉を開けた。

 そこは何故か校舎裏だった。眼の前には古びた倉庫が建っていた。

 なんとなく誰かに呼ばれているような気がする。

「……ここって」

わたしはこの場所を知っている。だいぶ記憶が古いけどはっきりと覚えている。

そうここは……。

「やっぱり来てくれたんやね。よかった、ちゃんと覚えてくれてて。ここはうちと紀衣が初めて出会った思い出の場所やもんな」

「柚菜……」

 そう、ここはわたしと柚菜が幼い頃に初めて出会った場所だった。

 確かあのときここで思いっきり泣いていたところをわたしが偶然みつけたのだった。

 寂しいといって泣いていた。

 わたしはそのとき幼いなりに彼女を励まそうと必死で頑張った。

 後になって何故そんなことをしたのか解からなかったけど、わたしは昔から人の悲しむ姿を見るのが嫌いだった。

 どうしてかは自分でも解からないけど。

 それからだった。わたしと柚菜が一緒に遊ぶようになったのは。

 あのころ柚菜が妙に大人びていて悔しかったのを覚えている。

「紀衣は覚えとる?ここで最初に出会ったときのこと」

「うん、覚えてるよ。あの時柚菜が思いっきり泣いてたもんね」

「もう、恥ずかしいこと覚えとるね」

「そりゃあれだけ大声で泣かれたら嫌でも印象に残るって」

「……あの頃うちは心のよりどころを探しとったんよ。ほら、うちの家の事情知っとるやろ?」

「うん……」

 そう、柚菜の家族構成はかなり複雑だ。

 幼い頃、母親を交通事故で亡くし、それから2年くらいたって父親が再婚した。

 子供の柚菜はそれに最初は反発していたみたいだけど、その人は柚菜に優しかったんだと思う。

 それからしばらくして新しい母親とも上手くやっていけるようになったらしいのだけど、今度は事故で父親を亡くしてしまった。

 そのときまだ彼女は十歳に満たない少女だった。

 そんな大変な時期にわたしは出会ってしまったのだった。

「あの頃は義母さんや義妹のことで大変やったから、うちは休まる場所がなかったんや。だからいつも耐えられなくなったらここで思いっきり泣いてた」

「そのたびにわたしは柚菜を励ました」

「うん、そうやったね。うちめっちゃ嬉しかったんよ。必死になってうちを笑わせようと頑張ってた紀衣が大きく見えて、きっとその頃からやったんやろな……。紀衣のことが――」

「えっ……」

 急に頭が何かで殴られたような感覚に襲われた。

 今とても大事なことを言われたはずなのにわたしの頭にはそれが入ってこなかった。

「今はそのままでいて。いつかはちゃんとせなあかんことやから、せやから今はうちの傍にいて。思い出にすがらせて」

 わたしは柚菜が何を言っているのか解からなかった。

 ただとても大切なことだということは理解できた。

 それと同時になんともいえない焦燥感に駆られて……。

 わたしは忘れてはいけないことを忘れているような気がする。

 これもみさきちゃんが言っていたある人物の趣味だというのだろうか?

 馬鹿馬鹿しい、だけどこれが現実。ならわたしは自分に今できることをしよう。

 わたしを優しく包んでくれる少女達のために。

「柚菜が何を言いたいのかは解からないけど、わたしは柚菜には笑っていてほしいと思う。わたしにできることは少ないし、今のままでいいのかも解からない。だけどわたしが柚菜の支えになるよ。守るよ、わたしが」

 柚菜はいつも明るく皆に優しさを振りまいているけど、わたしの前でだけみせる儚く崩れてしまいそうな瞳は柚菜の本当の姿。

 寂しくて誰かを求める柚菜の本当の想い。

 わたしはその瞳を見るたびに強く心に誓うのである。

 もっと強くあろう。

 そうすれば柚菜を悲しいことから守れる。幼い頃のわたしはそう頑なに信じていた。

柚菜が本当に辛いとき傍にいたい。これからもそうでありたいとわたしは強く願った。

そのとき、不意に頭の中で何かが弾けたような気がした。

瞬間、少女の声と共にずっと欠けていた記憶の欠片が蘇った。

 ――どこにも行かないでっ!!

 それはわたしが小学校の頃の思い出。

 わたしが近いうちに引っ越すかもしれないという話を両親から聞かされたことを柚菜に話したときのことだった。

 わたしが通う中学校は家から遠いので近場に引っ越そうという話が持ち上がったのだ。

 わたしは何気なく話した。別に離れてもすぐに会いにいけるものだと思っていたから。

 だけど柚菜にとってはそうではなかった。

 会えなくなるかもしれない。そんな不安定な言葉は柚菜にとって終わりを意味していたから。

 わたしはそのとき初めて柚菜の心の傷に触れた。柚菜の脆さを思い知らされた。

 そうだ、あの時からだ。あの時からわたしは人が悲しむのが嫌いになったんだ。

 だからあの時、わたしは柚菜のそばにずっといることを決めたんだ。

 だけどまだ何かがすっきりしない。それはまだ欠けている記憶があるからなのだろう。幼い頃から今に至るまでの記憶は柚菜の記憶意外ははっきりと残っている。

 柚菜との思い出だけが断片的に抜け落ちているのだ。

 二年前のある日の記憶。あれは放課後の教室だったはずだ。

 そしてもうひとつ、一週間前のわたしが女になる前の記憶。

 あの日、何かがあったのは間違いないだろう。

 あの時も柚菜と二人で帰っていたはずだ。一緒に商店街をぶらぶらしていて、その後……。

 駄目だ、どうしてもこの先がぼやけてしまう。

 わたしが物思いにふけっていると、不意に唇に柔らかい感触が触れた。

「えっ!?

 わたしはしばらくして自分が柚菜にキスされていることを知った。

「不意打ち成功。ふふふ、ごちそうさま。これでうちの勝ちやね♪」

「えっ?勝ちって何が」

「紀衣争奪戦♪紀衣があまりにも無防備やったから」

「あっ」

 すっかり忘れていた。今わたしはゾンビに追われていたのだった。

 でも柚菜に唇を奪われてしまったのでこれでゲームセットだ。

 それにしても本気でしちゃうんだ。

「これでお遊びは終わりや」

 ……今なにか不穏当な言葉が聞こえた気がするのは気のせいだろうか?

「じゃ、じゃあ、帰ろっか」

「紀衣、本番はこれからやで」

「なっ、なにが?……っ!!

 そう言って後ずさろうとしてふと気付いた。柚菜が一糸まとわぬ姿で立っていることに。

「ゆっ、柚菜っ!?なんで服着てないの」

「紀衣はうちを支えてくれるんやろ?」

「それはそうだけど。それとこれとは話が違うでしょ」

「ずっと紀衣に触れたかったよ。その温もりを肌で感じたかった」

「わたしの話を聞いて〜。……って、わわわっ!!制服ひっぱらないで」

 そんなことを言っている間に制服のリボンが解かれ、ボタンをはずされて脱がされて、あっという間にわたしは下着姿にされてしまった。

「柚菜、誰かが来たらどうするの?」

 わたしは自分の身を守りながら柚菜の裸を見ないようにして尋ねた。

「大丈夫や。ここは中と外を完全に遮断するようにできとるから、こん中で何があっても気付かれへんよ♪」

「いやああああ〜」

 わたしは柚菜の傍から離れて扉に駆け寄った。

 しかし扉は押しても引いてもびくともしない。

「今はうちと紀衣の特別な時間やその扉は絶対に開かへんよ」

「そんな〜」

 わたしはその場にへたり込んでしまった。どうしよう、早く逃げないと柚菜の魔の手が……。

「ねえ紀衣、うちから逃げないで、うちを見て」

 不意に真剣な眼になった柚菜にわたしはぴたりと動きを止めた。

 長い付き合いと、心を許しあった二人だからこそわかる、ほんの小さな空気の違い。

 この時の柚菜は間違ってもふざけたことは言わない。

 わたしはゆっくりと柚菜を見た。

「ねえ、紀衣はうちのこと好き?」

「今のわたしにその答えは出せない。こんな中途半端なままじゃ駄目なんだ」

「うん、解かってる。でもうちは女の子として紀衣に好きでいてほしい。これはわがままなんやろね」

 そう言って笑う柚菜の眼は……。

「柚菜……」

 わたしは意を決して身に着けていた残りの下着を脱ぎ捨て、柚菜を抱きしめた。

 柚菜の体はとても柔らかくて温かかった。

「き、紀衣?」

「もし柚菜がこうすることを望んでくれるのなら、わたしはそうしたい。こんな中途半端な自分でも、柚菜を支えたいから」

 好きとか嫌いとか、そんな原始的な思いさえ判然としないわたしだけど、それでもこんな彼女をこのままにはしておけない。

 だけど今だけは許してほしい。これが今のわたしの精一杯だから。

「だから、聞いてあげる。柚菜の我侭」

「紀衣……」

「今回だけだからね」

「ありがとう」

 そう言ってわたし達は唇を重ねた。

 



 あとがきのあとがき

麗奈「あ〜あ、襲っちゃった」

佐祐理「はい、襲っちゃいましたね」

知佳「でもこれ傍から見たら女の子同士なんだけど」

真雪「まっ、これは女なら一度はやってみたいもののひとつだな」

知佳「そういえば次回はどうなるのかな?」

佐祐理「次回はテスト勉強です。柚菜さんがまた襲われるかもです」

真雪「そういや、いつのまにか受けに回ってたからな。次は攻めでいきたいところだな」

麗奈「そして紀衣はだんだんと理性を失っていく」

紀衣「そんなのはいやあああああっ!!





ルートAは、幼馴染と…。
美姫 「結局、男の子には戻らないのね」
これはこれで良し。
で、次回がどうなるのかが楽しみなんだけれど。
美姫 「その前に、ルートBはどんな風になってるのかしらね」
そちらも楽しみ〜。
美姫 「それじゃあ、またね〜」
ではでは。



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