2001年12月25日

ロス・アラモス研究所・BETA研究セクション

 

 ここは米国が保有する最高レベルの研究施設である。あらゆる分野のスペシャリストが日夜、人類未踏の領域へ到達するべく実験と考察を繰り返す。あらゆる情報は非公開であり、一説にはその存在さえ怪しまれてもいる。

 しかし今、その最深部へ踏み込む者が居た。蒼い髪をなびかせ、変装用の白衣を脱ぎ捨てながら通路を駆け抜ける。目指す先はBETAから奪取した特殊元素『グレイ・シリーズ』の研究セクターだ。

 

(間に合えばいいが……)

 

 暗証ロック式かつチタン合金製という強固なドアを蹴破り、ついに彼女は研究セクターに到達した。

 そこは通路に沿って試験管に酷似した無数の透明な水槽が立ち並んでいた。水槽には濁った緑色の液体が充填されており、その中では少女が体を丸め眠ったように漂っている。それを不気味と思わせるのは、少女の体に無数のチューブが繋がれ、後頭部は頭皮および頭蓋骨を切開され直接脳に電極を埋め込まれているからだろう。

 そして無数の少女たちは皆、似たような顔立ちであった。そう歳も離れていない姉妹のように……所見であっても直感できるほどに似ていたのだ。

 横浜基地で出会った、社霞と。

 

「くっ……!」

 

 全てが手遅れだったことを悟り、アルフィ・ハーネットは手にした拳銃――――特殊部隊などではまず使われない、巨大な象撃ち用のハンドガンを床へ叩きつけた。水槽の数は述べ88基。そのすべてに少女達の亡骸が納められていたのだ。すべて同じように後頭部を切り開かれ、人形のように佇む彼女達から生前の面影を推測することもままならない。

 己の無力さに歯軋りしながらなおも奥へ進む。そしてついに、禁断の兵器……非人道の究極とも呼ぶべきものが在った場所へと辿り着く。

 

「やはり、完成していたのか……」

 

 そこにはおよそ直径五メートルほどの円柱型の土台があった。中は空洞で無数のケーブルやパイプが散乱しており、明らかにここに在るべき物が無いという事実を示していた。

 米軍が政府にさえ伏せて極秘裏に開発していた戦術機の無人操縦システム。従来の人工知能の延長上の理論では到底為し得なかった領域―――――すなわち、戦況へのリアルタイムでの自動対応と最適化を完璧なものとするために、ロス・アラモスの科学者達は倫理の壁さえ飛び越えてしまった。

 つまり優れた衛士を、その人格から思考系統から全て電気信号に変換し、九番目のグレイ元素を利用して建造した人工脳に移植する。これを大量の戦術機とデータリンクで直結させ、遠隔操縦させる。

 それが彼らの考え出した、理想的な無人兵器だった。

 

(愚かな……)

 

 確かに最小の被害でBETAと戦闘するには画期的かつ効率的な方法かもしれない。倫理や道徳の問題を言い始めれば、オルタネイティヴ4もさして変わらないのだから。

 だが、もしもBETAとの戦いに勝利した後、人類同士の争いにこれが使われれば第二次世界大戦など比べ物にならないほど悲惨な戦争となるはずだ。自らの手を汚さずに他人を虐殺し、略奪し、支配する。それは戦争ではなくただのゲームだと誰が気付くだろうか。

 

「人は戦ってこそ意義ある存在、か……」

 

 いつか、どこかで聞いた言葉がふと蘇る。

 

「ん?」

 

 ふと、人工脳が安置されていた基盤部分に目をやると、そこには細かい文字で『壱号機イーニァ・シェスチナ』と刻まれていた。

 

(イーニァ?)

 

 どこかで聞いた憶えのある名前だと思いながらも、隣の弐号機の基盤に視線を移す。そちらには『クリスカ・ビャーチェノワ』の名が確かに刻まれてあった。

 

(イーニァ、そしてクリスカ……まさか!?)

 

 まず思い当たったのは横浜に派遣される前、JFK本部で流し読みしていたソ連製新型機のレポートだった。試作のSu37UBを操る『紅の姉妹(スカーレットツイン)』の異名はJFKにも届いていたのだ。無論、JFK側に引き入れるための判断材料としての情報だったのだが、聞き及ぶ限り相当な腕前らしかった。

 

(クソッ!)

 

 ロス・アラモス関連の報告書では特に衛士の名前について基地側のセキュリティの兼ね合いで記載が無かったため気付かなかったが、まさかこの二人がシステムの基盤として……生贄に捧げられたとは正直思いたくなかった。

 パイロットはスケープゴートではない。

 それが最前線に立って戦った一人の戦士としての、アルフィの持論だった。

 ともかく一度ここから出なければ。本部に連絡を取り、完成した無人操縦システムの運ばれた先を割り出してもらう。それからアラスカへ飛ぶ必要もある。

 

(アイツらに、伝えなければ……ん?)

 

 踵を返したところで聴覚が遠雷のような音を拾い上げた。だがここは何十もの分厚い隔壁に覆われ、地下数百メートルに位置する極秘研究施設だ。天に轟く雷の音がここまで届くはずがない。

 

「ぬかった――――!」

 

 遠雷の音は爆発音へと変化し、炎と衝撃を以って床を、壁を、天井を突き破った。少女達の水槽を次々に薙ぎ倒して全てを灰燼へ帰さんと猛威を振るう。

 

 その日、米国のトップシークレットたる研究機関の一つが研究成果もろとも地上より消失したことで、ホワイトハウスに衝撃が走った。その中にはあのG弾の製造に関するデータも含まれていたため、その被害はなおのこと甚大であった。

 

 

MUVLUV Refulgence

~Another Episode of MUVLUV ALTERNATIVE~

 

Y.明日への咆哮

 

 荷電粒子砲による合計三回の砲撃によって地上のBETAはほぼ一掃され、ハイヴのモニュメントは完全に倒壊した。1973年にBETA大戦が勃発してから二十八年……ついに人類は己の腕で勝利を掴み取る術を見出したのだ。

 作戦旗艦・最上でも多くの者がその光景に涙を流し、歓喜の叫びを上げている。まだ人類に未来は、希望はあるのだと信じることが出来る、と。

 

「ついに、やりましたな……香月博士」

「あら。これからですわ、提督」

「これは失敬。しかし大きな一歩であることに変わりありますまい」

 

 戦術機の開発に成功し、大々的に実戦投入が行なわれても人類はBETAの侵攻を僅かに遅らせることが精一杯だった。戦術機の運用が効果を挙げ始めたのも実際はここ十年ほどのことであり、二年前のハイヴ制圧に成功した明星作戦もG弾に拠る所が大きい。しかもG弾の使用による土壌などへの悪影響が著しく、今後の対BETA作戦への投入には躊躇せざるを得なかった。

 つまり純粋な機甲戦力がハイヴに対し有効な打撃を与え、戦況を優勢へと導いた今回こそが人類の本当の反撃の始まりとなるのだ。

 

「―――――して香月博士」

「何か?」

「砲撃開始の直前、A02を包囲したBETA群を一瞬の内に殲滅したあの戦術機も……オルタネイティヴ4の新兵器という認識でよろしいのですかな」

 

 A01に所属する不知火の改造機は単騎で敵陣へ突入するや否や瞬く間に屍の山を築き上げ、さらに友軍と合流すれば敵光線級を百体以上も殲滅し、その上絶対的窮地に陥った凄乃皇弐型を得体の知れぬ技で救った。

 殆どの人間が凄乃皇の砲撃によるハイヴ倒壊に注目していた中で、しかし小沢提督のようにこの異常なまでの戦闘光景を目撃した者は少なくなかっただろう。

 

「あの戦いぶり……まさに守護神の如し、でしたぞ」

「それも、斯衛の指揮官の挺身が在ってこそです」

 

 夕呼は提督との会話も片手間に、涼宮遥と共に手元のディスプレイを食い入るように見つめていた。

 

(奴らの大攻勢は凄乃皇弐型の接近に触発されてのものと考えるのが自然だわ)

 

 飛行能力を持ち、00ユニットという超高性能な演算装置を有する凄乃皇弐型はこれまでに判明しているBETAの行動基準に当てはめれば、戦術機よりも優先して攻撃される対象となり得る。阻止されたとはいえ、現実に奴らは重光線級を温存して凄乃皇弐型をチェックメイト寸前まで追い込んだのだ。

 しかし、と夕呼はこの最も合理的かつ安直な解答を拒絶した。

 わざわざ地中に重光線級を潜ませずとも、持ち前の物量でヴァルキリーズの防衛ラインをいち早く陥落させてしまえばよかったのだ。そのための突撃級のよる波状攻撃だったはず。だがその第一波も第二波も砲撃予定地点に到達することは無かった。

 ここで注目するのは表示されているのは不知火・弐式の戦闘データだ。特に弐式が単機先行した後の交戦状況とそれに対するBETAの行動を照らし合わせてみると、ある事実が浮かび上がってくる。

 

(やはり、そうなのね……)

 

 白銀の突入時、BETAはまず光線級による迎撃を行なった。こちらの支援砲撃が降り注ぐ中、わざわざ突撃級のフォーメーションを崩してまで、である。さらに弐式と接触しなかった突撃級はすれ違うと同時に急停止し方向転換、弐式へ突進を再開している。

 要撃級や各小型種は進路を変更して弐式へ殺到し、要塞級はそれを囲い込むように移動を開始。光線級はあくまで距離をとって全周警戒……といったところだろうか。

 これらの情報から導き出される結論は――――

 

BETAは白銀少尉を……」

「最優先で狙っているわね。理由はともかく」

 

 現状の凄乃皇弐型にはレーザーの集中照射が最も効果的である。照射を受け続ければムアコック・レヒテ機関はラザフォード場を維持できなくなり、最終的にはエンジンが爆発するか、ラザフォード場を失って墜落したところを撃破されてしまうことになる。

 これについてBETAは重光線級の集中配備という最適解で対処してきた。

 そしてその他の戦力は全て……

 

(白銀武のために注ぎ込まれている。でも何故?)

 

 確かに不知火・弐式には量産機よりも遥かに高性能な対電子戦装備とその運用のためのコンピュータが搭載されている。だがそれだけでは凄乃皇弐型と同等に集中攻撃される理由にはならない。コンピュータの性能では00ユニットが圧倒的に勝っているからだ。

 では……では何が勝っているのか。白銀の特殊性は凄乃皇に比べて戦略的にも戦術的にも遥かに重要と言えば重要だ。戦闘能力だけで言えば00ユニット以上かもしれない。その気になればハイヴの一つぐらい、彼一人で占領することも可能なほど……しかしこの事実をBETAが知り得るはずがない。BETAと意思疎通が可能な存在は同じBETAか、あるいは00ユニットである鑑純夏だけのはずだ。

 

(もしも、という仮定すら馬鹿らしいけど……こちらの情報を得る何らかの手段があるとすれば)

 

 そして得られた情報からBETAが白銀の存在を危険視しているのならば。

 

「ピアティフ」

「はい、副司令」

「現時刻を持ってプランGを発令するわ。ただちに関係各位に通達」

「そ、それは!?」

 

 プランG

 凄乃皇弐型を回収不可能と判断し、搭載機関の暴走・自爆により甲21号目標を殲滅する……いわば最後の手段である。

 ならば当然、指揮官である小沢が反論しないはずがない。

 

「どういうことですかな、博士。戦況は優勢、友軍の損耗も悲観的になるほどではない……にも拘らず新兵器の放棄・自爆とは如何なる理由か、お聞かせ願えますな?」

BETAは明らかに凄乃皇弐型を狙っています。このままハイヴ内へ突入させても待ち伏せを喰らって拿捕されるのが関の山ですわ」

「確かに先程の大攻勢は凄乃皇弐型を目標としたものであることは間違いありますまい。しかし―――――」

「機体を破壊されるのであれば、また造れば良い、と諦めはつきます。予め自爆すると決め、中枢ユニットだけ回収しておけば後は惜しくも無いものです。ですが敵に拿捕され、こちらの手の内を暴かれることだけは避けねばなりません」

 

 夕呼の言う事も一理ある、と小沢は直感していた。

 先程の大攻勢といい、有機的戦術といい……これまでのBETAには見られなかった現象が、今回の作戦では立て続けに発生している。何より戦場に漂うある種のきな臭さ(・・・・・)が、彼の戦士としての勘を働かせていた。

 即ち、敗北の予感である。

 

「第三戦隊より入電!」

 

 二人の会話を遮ったのは最上のオペレーターの一人だった。

 

「海底より佐渡島へ接近する移動震源多数! 大陸からの増援と思われます!」

「何ですって!?」

「さらに甲21号目標周辺に多数のBETAが出現! 数はおよそ五千以上と推定されます! レーザー種の存在を確認!」

 

 まさか、まさか奴らがここまで先を読んでいたというのか?

 ハイヴ一つに限界まで戦力を詰め込み、その殆どを費やしてなお攻撃目標が健在であった場合を想定していたと? タイムラグまで計算して最適な波状攻撃のタイミングを割り出している?

 

――――ふん。人間を舐めんじゃないわよ。

 

 夕呼は胸の内でそれだけ吐き捨て、静かに小沢に向き直った。

 

「プランG……よろしいですね?」

「―――――無論です。必ず、BETAを日本から叩き出しますぞ」

 

 

 

 

 視界がぶれる。

焦点が合わない。

 体の奥から逆流してくる何かが胸の辺りで渦巻いて、激しい嘔吐感となっていた。

 

『白銀! 応答しろ、白銀!?』

 

 分かってる。

 分かってるから……そんなデカイ声で呼ばないでくれ。

 

「こちらヴァルキリー11……まだ生きてますよ、大尉」

『無事だったか! 全周警戒で待機しろ。敵の増援に備えるんだ』

「……了解」

 

 凄乃皇弐型の砲撃は一旦終了したらしい。まあ地上の敵を片付けたら後はハイヴ内部へ突入するだけだからな。

 

(それにしても―――――)

 

 ヴァルキリーズは全機健在。多少の損害を出してはいるが第16斯衛大隊も何kmか離れた場所で再集結中だ。ウィスキー、エコー部隊もそれぞれ残存兵力を一箇所に集中させている。

 このまま純夏が何も無ければハイヴに突入することになる。前回は純夏のトラウマが原因……らしかったけど、とにかく凄乃皇のエンジントラブルで機体が墜落し、最終的には大尉が残って機体を自爆させるしかなかった。

 それだけは阻止しなければ――――と言っても俺にはどうすることも出来ないのが現実だ。

 

「っ!?」

 

 警報が鳴る。

 網膜投影に新しいウィンドウが開き、最新の作戦状況が表示された。

 

「なっ!?」

 

 敵の増援がハイヴ周辺に出現!? しかも海底から大陸のBETAが増援として向かってきているなんて……馬鹿な! いくらなんでも出来すぎている!

 

(いったい、どうなっているんだ?)

 

 BETAがこの結果まで予測して増援を手配していた。恐らくそれは間違いない。でなければこのタイミングで大陸側から増援がくるはずがないんだ。

 

『ヴァルキリー・マムから全ユニットへ。新たな作戦を伝える』

 

 涼宮中尉? もう次の対応が決まったって言うのか?

 

『敵の増援に対し、司令部はプランGの発動を決定。A02の自爆攻撃を以ってハイヴを殲滅する』

 

 プランG……!

 大陸からの増援がどれほどか分からない今、これ以上戦線を維持することは困難だ。それなら奴らが立て直すよりも早く、一気に畳み掛けるしかない。凄乃皇が特にトラブルを起こしていない今なら、確実に時限式の起爆コードを設定することも可能なはず。

 

『ヴァルキリーズは副司令より別命があるまで全周警戒にて待機せよ』

 

 これで問題は脱出の際に俺がどれだけ皆をフォローできるかだ。弐式自体は関節部分の疲労が蓄積しているぐらいで、戦闘に関わるようなダメージは無い。むしろ消耗が激しいのは……

 

(俺の方、だな)

 

 まだ全身の脱力感が取れない。たぶん位相因果操作の反動だと思うけど、ここまで影響が出るとなるとおいそれと使うわけにはいかないな。これからはもっと使い所と見極めないと――――

 ん? 秘匿回線で通信?

 

『白銀、無事みたいね』

「夕呼先生、俺の心配してくれるなんてどんな風の吹き回しですか」

『まだアンタに死なれちゃ困るからね。地上のBETAを掃除し終わるまでは』

「で、次は月か火星ですか?」

 

 まだ宇宙にはBETAがウジャウジャ残っているんだ。それも全て叩き潰さなければ人類に未来は無い。

 

『あら? 説明しなかったかしら、白銀』

「え、いえ……何がですか?」

 

 前の世界と異なる点なんて、00ユニット関連の技術以外は特に何も聞かされていないぞ? ましてBETAにまつわる情報ともなると……

 

『宇宙には――――少なくとも太陽系内には地球を除いてBETAは存在しないわ。いえ、消滅した、というのが正しい表現ね』

「消滅!? どういうことですか!?」

 

 宇宙にBETAがいないなんて、一体何があったんだ!?

 そもそもBETAは太陽系だけじゃなく宇宙全体に展開しているっていうのが定説で、だから地上の戦いが終わったとしてもそれで全てが解決するわけじゃない。前の世界ではそう聞かされていた。

 

『確かにトップシークレットの類ではあるけれど……ま、詳しいことはアンタが戻ったら話すわ。とりあえず本題に入るわよ?』

「は、はい」

 

 そうだ、今は目の前の作戦に集中しなきゃいけない。生きて帰って真相を聞くためにも。

 

『状況は最悪よ。佐渡の生き残りはざっと五千、さらに大陸からの増援……推定で三万近いBETAがあと三十分後には地表で合流する。これでさっきみたいな集中攻撃を受ければ、こっちはもう戦線を維持できないわ。ウィスキー・エコー両部隊の損耗率は50%近いし、第16斯衛大隊はA02を庇って指揮官が戦死。

 支援砲撃をしようにも第一戦隊と第三戦隊は殆ど弾切れでね、補給も時間ギリギリ間に合うかどうか。予め後退して補給部隊を廻していた第二戦隊に若干余裕があるぐらい。

 ―――――つまり、残された手段はA02の自爆攻撃で敵の増援諸共ハイヴを潰すしかないってわけ』

「それで、俺は00ユニットを回収すればいいんですね?」

『そういうことよ。伊隅には先に伝えたけど、まずヴァルキリーズを先行させて退路を確保。その間にアンタと伊隅が凄乃皇から00ユニットを回収し、起爆コードをセットする。後は一目散に逃げるだけ、簡単でしょ?』

「凄乃皇は、誰がガードするんですか?」

『必要ないわ。合流したBETAA02に取り付くまで最短でもあと一時間は掛かる。それに、いざという時は自動的に展開されるラザフォード場が護ってくれるから問題は無いはずよ』

 

 ならいいんだけど……

 

『伊隅の準備が終わったらすぐに作業に取り掛かって頂戴。時間が切羽詰っていることだけは忘れないで』

「了解」

 

 

 

 

「ここまで追い詰めておきながら……おのれ、化け物共め!」

 

 第二戦隊旗艦・信濃の艦長を務める安倍は握った拳を震わせ、しかし冷静に提督からの言葉に耳を傾けた。

 

『佐渡の大地と引き換えに奴らの本州侵攻を阻止する。現状で我々が選択できる唯一の勝利だ。堪えてくれ、安倍君』

「はっ……」

『そして新兵器の自爆までに何としても、より多くの将兵たちを脱出させねばならん。艦隊は限界まで支援砲撃を行なった後、この海域より退避するのだ』

 

 弾薬も殆ど底を尽き、補給もままならぬ現状の艦隊では支援砲撃も長くは続かないだろう。砲撃が止めば後退する戦術機も、それを収容する母艦も光線級のいい的だ。時間の経過と共に薄まりつつある佐渡島全体の重金属雲など何の役にも立ちはすまい。

 

「提督。自分に愚策があります」

『なにかね?』

「我々第二戦隊が囮となりましょう。第二戦隊、信濃以下各艦を真野湾に突入させレーザー種を引き付ければ、友軍はより安全に退避することが可能となるはずです」

『うぬ……』

 

 高度なオペレーションシステムを実装したコンピュータ・ユニット。

 砲撃システムのオートメーション化。

 最新の対レーザー複合装甲。

 つまり敵の照射開始と同時にその位置を特定し、レーザーが最大出力に達するより早く砲撃を叩き込めばこちらに被害は出にくい。そして高性能な電子機器類を搭載する最新式の軍艦ならば、BETAも戦術機より優先して攻撃を仕掛けてくるはずだ。

 なるほど確かに、理に適った陽動作戦である。

 

『死ぬなよ、安倍君』

「無論です。奴らに日本帝国海軍の真髄、しかと刻み込んでやりましょう」

 

 黙考する時間も惜しく、他に妙案など在りもしない。まして壮大な覚悟を持って戦に挑む男を止める術を、小沢は持っていなかった。

 

『失礼。国連軍横浜基地の香月です』

 

 二人の会話に入ってきたのは新兵器の運用責任者である香月夕呼博士である。

 

『友軍の退避、A02の直援部隊の脱出も含めれば少なく見積もっても二十分は掛かります。彼らには全力匍匐飛行を指示しますが、それまで何としても敵を引き付けて下さい』

「ハッ、お任せください! 時に香月博士」

『はい?』

「ありがとうございました」

『何が……でしょうか』

 

 真顔で問い返してくる夕呼に、安倍は何かを噛み締めるように目を閉じて言った。

 

「此度の作戦で新兵器が放った光。あれこそまさに人類の未来と希望の証です。そして今一度戦うことの意味を私は見た……それだけのことです」

『――――ご武運を』

 

 モニターの向こうで夕呼が、そして小沢が敬礼する。それで通信は終わりだ。すぐに突入の準備を始めなければならない。

 

「全艦に通達! 我が艦隊はこれより友軍救援のため真野湾へ突入する! 退艦希望者は速やかに名乗り出よ!」

 

 これは特攻同然、生きて帰れる保証は何処にもない危険な作戦だ。乗員に無理強いをすることは出来ない。

 各艦に通達の後、五分が経った。

 安倍の元に届いた答えはすべて同じであった。

 

『退艦希望者0名……我ら、全力を以って作戦を遂行せん』

 

 ここに信濃、美濃、加賀の戦艦三隻から成る第二戦隊の、帝国海軍の誇りをかけた最大の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 恐らくこれから戦いの舞台は大陸へと移り、そこに海は無い。

 最終目標であるオリジナルハイヴは喀什――――中国内陸部の旧モンゴル自治区に位置する。そこは完全完璧な陸の孤島であり海岸線から何百キロと離れており、海軍の出番など数えることも出来なくなるだろう。他のハイヴも大半が内陸にあり、どう足掻いても戦艦など役に立たないのだ。

 皮肉なことに戦いが人類に有利に進めば進むほど、ハイヴ攻略の最前線への配備はもちろん、憎きBETAと真正面から向き合ってありったけの砲弾を叩き込む機会は奪われてしまう。

 

「全砲門、対レーザー弾頭に切り替え完了!」

「敵頭上へ一斉射の後、重金属雲の発生と共に全艦真野湾へ突入する! 全艦に通達、一斉射用意!」

「了解! 全艦、一斉射用意!」

 

 砲塔が回転し、全ての砲門が佐渡の大地へ向けられた。狙うは我らの国土を侵し、同胞を貪り食わんと侵攻する異形の化け物の軍勢だ。ただの一匹とて逃しはしない!

 

「てぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 安倍の号と共に三隻の砲が一斉に火を噴いた。撃ち出された怒りの砲弾は瞬く間に光線級に迎撃され、しかし散ることなくその場に重厚な金属粒子を振り撒いていく。

 

「重金属雲の発生を確認! 繰り返す、重金属雲の発生を確認!」

「全艦突入! 沖合1200より旋回しつつ砲撃開始! 第二戦隊は退避する友軍の盾となる! 各部隊に伝達急げ!」

 

 例えここでこの艦が沈む事になろうとも、それまでに一匹でも多くBETAを地獄への道連れとし、一人でも多くの仲間を救えればそれで良し。

 それで良し、なのだ。

 明日への希望はある。

 

 

 

 

『第二戦隊が真野湾への突入を開始したわ。そっちも行動を開始して頂戴』

 

 不知火から降りた俺と伊隅大尉で00ユニット……純夏を救出し、自爆装置をセットする。着陸し、ラザフォード場を解除した凄乃皇弐型は傷一つ無い。エンジンもシステムも正常で、まだまだ戦えるような気がしてしまう。

 けれど膨大な数の敵の増援は確実にこちらに近づいてきていて、奴らごとハイヴを破壊するには弐型を自爆させる他に無い。

 

(これでも、前に比べればずっとマシなんだ)

 

 自爆する凄乃皇に誰かが残る必要なんて無い。BETAの増援も到着まで充分時間がある。

 これ以上誰も死なせない……絶対にだ。

 

『白銀、準備が終わった。行くぞ!』

「了解!」

 

 ヴァルキリーズは俺たちの直援として冥夜と柏木を残し、脱出路を確保するために先行した。前回よりも敵の数が多くて予断を許さない状況であるだけに一抹の不安が過ぎる……いや、絶対に大丈夫だ。

 機体を凄乃皇弐型に取り付かせ、整備用……というにはやたら広いハッチをくぐる。弐型の中は前回とまったく変わらないレイアウトで、エンジンルームに繋がるシャフトからは昇降リフトの駆動音が聞こえてくる。

 程なく俺たちの前にリフトが停止し、

 

「あ、タケルちゃん」

 

 間の抜けた声で純夏がアホ毛を揺らしていた。

 ほら見ろ、伊隅大尉なんか面食らって『は、ナニコレ?』みたいな感じだぞ。

 

「白銀……?」

 

 大尉、そんなに睨まないでください。

 

「柏木との一件がまだ落ち着いていないにも拘らず、貴様はもう新しい女に手を――――」

「ご、誤解ですって大尉! こいつは純夏って言って、俺の幼馴染のオブパッ!?」

 

 俺の顎を大尉の右ストレートが『メメタァッ!!!』とクリーンヒット。煙を吐きながら床に倒れ伏す俺を尻目に、純夏は「お手数をおかけしてすみません」とか言って、ぺこりと頭を下げていた。

 

「君が00ユニット、か?」

「はい。鑑純夏です」

「そうか……」

「?」

「いや、何でもないんだ」

 

 きっと色々聞きたいところではあるんだろう。それでも一度だけ目を閉じ、大尉は任務に戻った。

 

「自爆コードは?」

「入力済みです」

「時限タイマーは?」

「今から1時間後に設定してあります。ただラザフォード場の再形成にはあと10分必要です」

 

 どうやら純夏が予め自爆コードや時限設定を行なっておく事になっていたみたいだな。まあ、時間が短縮できるならなんだって良いけど。

 

「大尉、俺の扱いが酷くないスか?」

「フッ……気のせいだ。それより急ぐぞ」

 

 起き上がった俺の背中を軽く(といってもかなり重い衝撃が……)叩きながら大尉はハッチから外に出る。やっぱり何か恨まれているんだろうか、自分。

 

「じゃ、わたしは大尉の戦術機に乗るからね」

「そうなのか」

「もしかしてガッカリしてる?」

「バッ――――してねぇよ!」

 

 でも妙だな。安全性のことを考えれば俺の方が確実だと思うけど……ともかく決定事項なら仕方ない。純夏ももう大尉の機体に乗り込んじまったしな。

 自分のコックピットに戻り、まず秘匿回線で夕呼先生に繋ぐ。何がしかの理由があるならまだしも、純夏の独断なら色々と問題があるからだ、00ユニットとしての云々も含めて。

 

『どうしたのよ』

「純夏のことなんですけど―――――」

『何故伊隅の機体に乗せたか、でしょ?』

 

 やっぱりお見通しか。

 

『悪いけど今はまだ理由は言えないわ、確定情報でもないし。ただアンタの技量や能力のことを差し引いても充分すぎる理由が在るのは確かよ。勘違いしないで頂戴』

「それも帰ったら、聞けますか?」

『もちろん』

「ならいいです。今は目の前の―――――!?」

 

 センサーに反応だと!? 震動計も振り切れている!

 確かに前回も奴らはこの時点で凄乃皇弐型に取り付けるだけの距離にまで迫っていた。それでもこのタイミングはあまりに早すぎる、一体何処から……

 

「マズイ! 冥夜、柏木、跳べ!」

『うぬっ!』

『了解!』

 

 俺たちのブーストジャンプは間一髪、地中から突き出してきた要撃級BETAの豪腕を回避することが出来た。すかさず36o砲で応戦を試みるが、地面の下から現れたBETAは10や20の騒ぎじゃない。

 

『要塞級、6。要撃級、突撃級合わせて40以上。小型種は無量大数――――!』

『しかも凄乃皇を中心にこっちを完全に包囲している。かなり厳しいね、これはさ』

 

 そう言いながら、冥夜も柏木も機体に跳躍の予備動作を取らせている。顔には不敵な笑み。その闘志はこれっぽっちも衰えちゃいない。

 

『だがやるしかない。タイムリミットまであと56分弱、必ず全員で脱出するぞ!』

「了解!」

 

 とはいえ、これだけの数を相手に背中を見せたら幾らなんでも危ない。俺の位相因果操作能力でも複数の戦術機を同時にカバーすることは無理だ。まして今の消耗具合じゃフルパワーで長く戦うことも出来ないだろうし。

 何より、現状で凄乃皇弐型は無防備すぎる。ラザフォード場を展開できていない以上、BETAの猛攻を受ければあっという間に鉄屑になってしまう。

 誰かが残って守らなければならない。

 それも、この圧倒的な物量差を相手に。

 

「大尉、ここは俺が――――」

殿(しんがり)は、我等に任せて頂こう!』

 

 な、に?

声の主は断崖の上、日輪の輝きを背に現れたのは十二機の不知火。

肩に燦然と刻まれた日の丸のエンブレム、

灰色を基調とした塗装が帝国陸軍の証。

 

『沙霧尚哉以下十二名! 大日本帝国政威大将軍、煌武院悠陽殿下の勅命により参上した!』

 

握り締めた長刀を振りかざし、男が吼える。

戦え、進め、倒せ――――生きろと叫ぶ。

 

『ここは我等が引き受ける。貴官らは脱出を急ぎ給え』

 

 瞬時に散開した十二の影が、俺たちの周りのBETAを瞬く間に切り刻んでいた。BETAに振り向く暇さえ与えない早業……乗っている衛士は沙霧大尉だけじゃなく全員、日本でもトップクラスの腕前に違いない。

 でも、でも何故――――アンタがここにいるんだ?

 

「沙霧大尉、あなたは……」

『私はもとより死すべき男なのだ、白銀少尉』

「俺の名前を?」

『米軍の最新鋭機を訓練機で叩き落し、単独でBETAの奇襲を阻止した衛士……獄中の身である私の耳にも届くほどなのだ、その活躍は。第一、ラプターとの戦闘の場には私も居たからな、知らぬわけが無い』

 

 さらにBETAの群れへ切り込みながら、大尉は俺に語りかけてくる。

 

『本来、私は先の事件の責を負い帝都の牢で極刑を待つ身だった』

「極刑だって!? どうして、そんな……」

『一時は国政を乱し、多くの国民に不安と恐怖を与え、他国に軍事介入される事態にまで発展してしまった以上は、当然の事だ』

 

 いくらなんでもあんまりだ。そりゃあ確かに沢山の犠牲が出たけれど、日本という国が立ち直るきっかけになったじゃないか? 少なくともそこは評価すべき点だと俺は思う。

 

『だがあの御方は、私に最後の機会を与えて下さった。贖罪の場と、戦士としての最後を迎えるに相応しい戦場を』

「大尉、俺は……」

 

 言っていることは分かる。

 でも、だからって――――こんな所で出てくる必要なんか無かったはずだろ。

 

『少尉。この戦場にどれほどの英霊たちが散っていったと思う? 今も、どれほどの衛士たちがその命を落としていると思う?』

「それは……」

『彼らも、私も――――そして貴様も! 同じ願いのために身命を賭して戦っているはずだ! いつ我が身が戦いの中に散ろうとも、悔いぬだけの悲願があるはずだ!』

 

 それでも、俺は誰も犠牲にせずに戦い続けられると……

 

『急げ! 我らの悲願を忘れるな、この大地に生きる全ての命に光輝ける未来をもたらすという願いを! そのために礎となった者たちと、これより戦いに赴く者たちの希望を!

 そのために私はここで散ろう……少尉の人としての優しさに触れて、まだこの世界は護る価値が在ると確信したのだからな。決して無駄死にではない』

「沙霧、大尉……」

 

 分かったよ、それがアンタの信念なら。

 俺は俺の信念(やり方)を貫き通す。

 それがアンタの死に報いる、たった一つの方法なんだろう……

 

 

 

 

 背を向け、無言のまま去る白銀武を見送る間もなく、尚哉は仲間達に指示を与えながらさらにBETAの群れへ容赦ない射撃を浴びせかける。

ここから先は修羅の道。只々、敵を屠りその血肉を喰らってさらに敵を屠る……その繰り返しだけの世界だ。

 それは死人の世界。この世にもはや何の未練も無く、鬼と化した人に非ざる人のみが闊歩して死に往くだけの無法の荒野だ。

 

「鳴海中尉」

『はっ!』

 

 副官の一人であり、中隊の先陣を切る突撃前衛を務める鳴海孝之を呼び出す。彼はちょうど要塞級の一体を仲間と共に五分刻みに解体したばかりだった。

 

「部下を一人連れ、A01の支援に行くのだ」

『大尉!?』

「命令だ。行きたまえ」

 

 いくらかの逡巡の後、孝之は了解とだけ返して通信を切った。同じ小隊の一人を連れて渓谷を西へ飛び去っていく。

 

「これで良かったのだろう、平」

『有り難うございます、大尉。アイツにはまだ帰る場所と護る物が在る』

「ここで死なせるには惜しい……だな」

 

 平―――――平慎二はモニターの向こうでただ頷いた。

 彼から『鳴海を生き延びさせて欲しい』と話を持ちかけられたのは上陸の十分ほど前のことだ。曰く、『帰りを待っている女が二人もいる』と。相手は訓練学校で同じだった男らしい。

 明星作戦で鳴海は米軍が投入したG弾の爆発に巻き込まれ、瀕死の重傷を負った。それ以来、元々の所属であった基地には一度も戻っていないのだという。まして女を残してきているのならば、帰還の想いは一層強いはずだ。

 何よりこの任務、生還を望まれていないのは尚哉一人だけ。

 

「良かったのか? 貴様も同期の親友だと聞いたが?」

『いいんです、俺は俺の意思で此処に居るんです』

 

 あの日、横浜をBETAから奪い返した1999年8月5日。

 任官して間もない二人は同じ中隊に配属され、横浜ハイヴを制圧するべく出撃した。支援砲撃が降り注ぐ中、襲い来る異形の軍団を蹴散らす彼らの頭上に何の予告も無く悪魔の兵器が炸裂したのは、ようやくハイヴへの突入口を確保できたばかりのタイミングだった。

 敵も味方も区別無く駆逐され、中隊で生き残ったのは孝之と慎二の二人だけ。あとはまるで精肉機から出てきたミンチの様にねじれ、ちぎれ、滅茶苦茶に散乱していた。BETAも人間も、同じように。

 これだけの惨状の中で二人ともが五体満足だったわけではない。慎二の機体は四肢をもがれ、戦闘能力を失っていた。それでも衛士が無事だったのは爆発の瞬間、孝之が慎二を庇ったからだ。

 そして代わりに孝之自身の腕と脚は文字通り付け根からもぎ取られていた。コックピット内に散らばった肉と骨、レイアウトは全て赤黒く染まっていた。

 だがBETAとは本当にタフな存在だ。G弾の爆発を受けてもなお生き残る(全体のほんの数%ほどの個体とはいえ)ほど強靭な生命体は、身動きもとれずこのまま死に往くばかりの二人に迫ってきた。

 もう駄目だ、と慎二は己の運命を呪った。機体は大破し自爆装置も作動しない。孝之は出血多量で意識不明。戦うことも逃げることもままならず、このまま奴らの餌になるだけなのか……

 だが寸でのところで襲い掛かってきた数体のBETAは悉く袈裟に切り伏せられた。慎二はその時の光景を今でも―――――何十年先でもはっきりと思い出せる。 

 雲の隙間から幾ばくか大地に注ぐ陽光に照らされ現れた蒼の戦術機。片手には剣を一本握り締め、所属不明の不知火は悠然と立っていた。

 それから救出された二人はある機関の預かる身となり、軽傷であった慎二は一年の後に帰国、所属を帝国陸軍に変えて復帰するに至る。しかし孝之は負った傷の深さ故にそのまま機関の医療施設に残り、リハビリと治療を継続するという話を帰路につく前にメッセンジャーを名乗る蒼い髪の男に聞かされた。

 無理も無い。彼は自分の手と足を一本ずつ失い、新たに移植された擬似生体の適合と復帰のための過酷な訓練がある。そして帰国した慎二が孝之と再会したのは、ほんの三日前のこと。今回の極秘作戦に参加するために召集されたメンバーのミーティングの時だ。

 なにより慎二がショックを受けたのは、孝之がMIA(ミッシング・イン・アクション。戦闘中行方不明)に認定されていたことだ。これはつまり戦死と同等の扱いであり、聞けば訓練校の仲間だった速瀬や涼宮には死亡の報告が為されたという。詳細を孝之に尋ねたが、彼は「重要機密だ」と決して話そうとはしなかった。

 

(あの爆発の中、俺が生き残れたのは間違いなく孝之……お前がいたからだ)

 

 一度は生きて祖国の大地を踏み、家族や仲間たちのもとへ帰ることが出来た。

 

(だから今度は、俺が借りを返す番だ。必ず……生きて、生きて速瀬たちに会うんだぞ!)

 

 途絶えることの無い敵の増援へ慎二は機体を突進させた。両手にそれぞれ持たせた87式突撃砲が火を噴き、BETAの軍団を悉く肉片へ変えていく。一匹でも多くの敵を撃破し、凄乃皇の機関爆発までの時間を稼ぐこと。そして親友である鳴海孝之を脱出させること。

 それが自分――――平慎二の最後の戦いだ。

 

 

 

 

『八時方向、要撃級6体が抜けます!』

『風間、カバーしろ! 正面は私が押さえる!』

 

 左右に展開するヴァルキリーズの後方を要撃級BETAが突破を試みるが、祷子のロングライフルの集中射撃によってかろうじて阻止された。

 美琴の報告から宗像が指示を出し、祷子の射撃で正確に迎撃する。今回の作戦で構築されたフォーメーションの一つだ。前衛でもこのような連携パターンが完成しつつあった。

 先行した速瀬に集中する敵を死角から彩峰が無力化する。XM3の特性によって発揮される驚異的な運動性能が二人の反射速度と相まって、『蝶のように舞い、蜂のように刺す』高速近接戦闘を可能にしたのだ。FF(フレンドリー・ファイア。味方誤射)回避のため長刀もしくは短刀を優先的に使用することで、弾薬の温存をも可能にした。

 しかし、それでも彼女達の守りを抜けていくBETAは少なくない。

 

「一体どうなんってんのよ、これは!?」

 

 叫ぶ速瀬の疑問に答えられるメンバーは居ない。

 押し寄せるBETAの波は全てヴァルキリーズを避け、遥か後方より追いついてくるはずの伊隅大尉ら四名の『回収班』目掛けて殺到している。当初は凄乃皇弐型が狙いではないかという見方だったが、詳細な針路予測からその攻撃目標が『回収班』であることが判明した。

 このまま現状維持を続けるならば八機の不知火は弾薬も推進剤も心許ない。特に推進剤の残量は脱出に必要なリミットまで迫ってきている。

 

(どうする……?)

 

 速瀬は決断を迫られていた。

 現状で部隊を預かる彼女には全員を無事帰還させる義務がある。ここで『回収班』を待って全員お陀仏するなら、一人でも多くの優秀な衛士を生き残らせる方がベストだ。

 しかしそんな天秤の傾きを覆す存在が、00ユニットなのだ。夕呼の口ぶりからすればベテランの衛士百人と引き換えにしても護るべきものと推測できる。でなければ今回の大規模作戦を考えるはずが無い。帝国陸軍も国連軍も、自分達さえ00ユニットの為だけに呼ばれたようなものなのだ。

 

 ブゥゥゥゥゥゥッ!!! 

 

 警告音、手持ちの突撃砲が弾切れを起こしたのだ。戦術の連携で節約してきたが、残念ながらこの物量の前には焼け石に水だった。他の機体も残弾が残り少ない。推進剤も安全圏まで飛行できるかどうか、ギリギリのラインだ。

 

(これまでね……)

 

 大尉たちには悪いが離脱するしかない。

 そう思い、速瀬が全機撤収の指示を出そうとしたその時だった。

 

『すまん、待たせたな!』

「大尉!?」

 

 濛々と立ち込める土煙のヴェールを突き破り、六機の不知火が現れる。内四機は国連カラーのヴァルキリーズ機と白銀の弐式だ。しかし残りの二機――――グレーの帝国軍機の所属は不明である。敵ではないことは確かだが。

 

「その二機は……」

『話は後だ。第二戦隊も限界が近い、一気に飛ぶぞ!』

 

 言われて戦況確認用のディスプレイを開くと、真野湾に突入した第二戦隊の損耗率は50%近かった。信濃、加賀、美濃……三隻とも未だ健在ではあったがいつ撃沈してもおかしくない状況であることに変わりはない。これ以上時間をかければ第二戦隊は遠からず全滅し、ヴァルキリーズはもとより撤退中のウィスキー部隊までもが退路を絶たれてしまうだろう。

 しかしウィスキー部隊の撤収率はまだ半分程度で、これは増援のBETAが真野湾方面にも流入していることが原因だ。さらにヴァルキリーズも真野湾から程遠い位置におり、これまた増え続けるBETAに進路を阻まれる形になっていて短時間で脱出ことは困難だと思われた。

 今も彼女たちの周りを取り囲む敵の数は爆発的に増えている。それはもはや壁となり、もはや天空さえ覆い隠さんとする勢いだ。

 崩壊寸前まで詰め込まれた異形の軍勢が「今か、今か」と歯を磨り鳴らし、無数の脚と腕が破壊の衝動に暴れまわる。そして何の統率も無く動き回っていたそれらが一斉にこれと定めた獲物へ迸る刹那、

 

――――聞き慣れた轟音が、耳を打った。

 

 BETAの群れに次々と炎と衝撃が炸裂し、積み上がった瞬間に揺さぶられたことで必殺の布陣はいとも容易く崩れ去る。

 

『撃ったのは誰だ!?』

 

 伊隅の問いかけに全員が一様に首を振る。

 白銀ではない。

 ヴァルキリーズの誰でもなければ同行する帝国陸軍の二人でもない。

 しかし敵の包囲を崩したのは、間違いなく戦術機の36mmチェーンガンと120mm滑空榴弾砲の集中砲火だ。

 では一体――――――

 

『こちらは第16斯衛大隊、指揮官代行の月詠真那である』

「な……斯衛!?」

 

 名乗り出た月詠が率いる三十機余りの武御雷が崩れたBETA群へ殺到する。駆けること風の如く、攻むること火の如し。瞬く間に敵の骸で山を作らんばかりの猛攻を以って、道は徐々にだが開かれていく。

 

『前衛は我々が引き受ける。この状況、お互い生き延びるには手を取り合う他無いと見たが?』

『こちらヴァルキリーズの伊隅だ。委細了解した、支援はこちらに任せてもらいたい』

 

 希望が……ほんの僅かばかり残されただけの希望の欠片たちが寄り添い、一つの可能性を創り上げていく。

 それが例え、束の間の輝きであったとしても。

 

 

 

 

「第二砲塔被弾! 旋回部分が融解しました!」

「美濃、第三艦橋が炎上! 砲撃は続いています!」

 

 戦闘開始より三十分。第二戦隊の各艦はいまだ健在であった。

 撃破したBETAは数知れず、放った砲弾はただの一撃も狙いを外しはせず。

 しかし敵の猛攻は止まず、今もその毒牙に掛かる味方がいる。

 

「ウィスキー部隊の撤退状況は!?」

 

 安倍が吼えるように問う。例えこの艦が沈もうとも、例え我が身が海の藻屑となろうとも、陸の仲間が無事生き延びられれば次の戦いへ繋がるのだ。

 

「ウィスキー・エコー両部隊の80%が撤収完了! A01中隊および第16斯衛大隊は合流し、こちらへ急行中です! 到着まであと五分!」

「もう一息、持ちこたえれば我らの勝利だ!」

 

 生き残りの砲塔が再び火を噴く。

 土煙と共に炎が舞い、弾けた化け物どもの血肉を撒き散らす。要撃級や突撃級の中型のみならず、巨大な要塞級さえも容易く打ち倒す威力は主力戦車の比ではない。

 その超大口径から撃ち出されるのはただの鉄塊にあらず。鋼の外皮の内に高性能の炸薬を込められたそれは、着弾と同時に信管が作動し大爆発を起こすのだ。そして爆発によって撒き散らされた砲弾の破片がさらなる被害を敵にもたらす。

 

「レーザー照射を確認! 照射源3、位置特定―――――完了!」

「てぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 50年前と比較した際の最大の相違点でもある艦載兵装を統括するコンピュータ・システム。太平洋戦争の頃より飛躍的に発展したそれは、全自動的に攻撃目標を捕捉し、確実に命中させるための微調整を全て執り行ってくれる。これによってクルーは索敵や艦のダメージコントロールなどに割く余力を得ることが出来た。

 しかし……

 

「レーザー照射、複数! 照射源は……10、20、さらに増えています!」

「くっ――――これまでか」

 

 相手の戦力は無量大数。どれだけ正確に砲撃を命中させることが出来たとしても、その戦力比は元より圧倒的だった。

3:100。

 たった三隻の戦艦で百体もの重光線級へ同時に対処することは不可能に等しい。戦艦一隻辺りで撃破可能数が最大で二十体と見積もっても、三隻で六十体までが限界である。

 つまり、六十体撃破される間に残り四十体のレーザー種は砲撃の合間を縫って戦艦三隻へ攻撃を集中できる。そうなれば勝敗は明らかだ。複数の照射に長時間耐えられるかと問われれば、戦艦の装甲とて薄紙同然。

 

「まだ、撤退は完了しておらんのだ……」

 

 照射が開始される。

 計器が振り切れ、警報装置が紅く明滅しながら総員退避を促してくる。

 

 

 そして――――――――奇跡は訪れる。

 

 

 

 

 月詠中尉たちと合流してからはあっという間だった。

 敵の包囲網の一点へ集中砲火を繰り返しながら、開いた穴を潜り抜ける。なにより凄まじいのは、斯衛の武御雷が一糸乱れぬ連携で敵陣へ斬り込んでいくそのスピード。瞬きする間にBETAの群れの中には道が拓かれているんだ、何かの魔法じゃないかと疑っちまうぜ。

 

『総員、もうすぐ真野湾だ! NOEの準備に入れ!』

『了解!』

「了解!」

 

 とはいっても、レーザー照射警報は最大クラスが発令されたままだ。第二戦隊も踏ん張ってくれているんだろうけど、あの増援の数じゃあ押し切られるのも時間の問題だな。

 このまま第二戦隊を盾にして佐渡島を離脱することは可能だ。00ユニット……純夏を安全に脱出させるにはそれが最も効率的な手段だと思う。

 

(納得できない、こんなやり方は)

 

 この世界に来てから感じてきた違和感。

 俺は何のために戦っているのか。

 純夏の為? 冥夜の為? 柏木の為?

 仲間の為か?

 正義の為か?

 人類の未来を救う? 

確かにどれも大切なことだろうけど、もっと大切な何かが在った筈だ。

 たった十万の命の為に、他を犠牲にすることを受け入れられず。

 戦場に散っていった仲間の為に戦うことを選んだ。

 

――――これ以上誰も死なせない、絶対にだ。

 

 ああ、そうだった。俺という、白銀武という人間は。

 

―――――それでも、俺は誰も犠牲にせずに戦い続けられると……

 

 たまらなく自分が死んでしまうのが嫌で。

 たまらなく誰かが死んでしまうのが嫌で。

 そんな世界を見たくなくて、この無限螺旋へ飛び込んだ。

 

「大尉。スンマセン、先に行って下さい。純夏は頼みます」

『白銀!? 貴様、何をするつもりだ!』

 

 秘匿回線でそれだけ告げて、戦列を離脱する。

 もう真野湾は見えている。距離にしておよそ10km、戦術機ならあっという間の距離だ。そこで一度機体を停止させ、状況をもう一度確認する。

 第二戦隊は洋上でBETAと戦闘中。三隻とも消耗が激しくこれ以上の戦線維持は難しい。肝心のウィスキー部隊は殆ど撤退が完了していて、後は援護のために残っている部隊を後退させるきっかけを作れば何とかなる。

 問題は手持ちの武装。何せあの合体させた長刀しかないのだから、せめて突撃砲が一丁あれば心強いけれど。

 

『白銀!』

 

 呼ばれて振り返るより早く、不知火・弐式は自身へ放り投げられた突撃砲を掴み取っていた。

 声の主は涼宮茜。強襲支援(ブラスト・ガード)のポジションを預かる彼女から受け取ったのは、なけなしの射撃火器だった。

 

「……涼宮、いいのか?」

『まだ予備有るし、仲間の生還率は上げておきたいじゃない。それだけだから』

 

 それでプツリと通信が切れた。涼宮の不知火はあっという間に飛び去っていく。そしてさらに通信が入ったと思えば、

 

『白銀少尉』

「か、風間少尉?」

 

 いつの間にか少尉の機体が装備していたALM(対レーザーミサイル)ランチャーが、半ば強引に弐式の肩に取り付けられていた。

 

『必ず帰って来るんだぞ? でないと二階級特進を盛大に祝ってやるからな』

『帰ってきたら帰ってきたで、たっぷり尋問するからね? 覚悟しなさいよ』

「尋問は謹んで辞退させていただきます」

 

 宗像中尉と速瀬中尉から近接用短刀を受け取る。ていうか、何で皆こんな……

 

『ふん。これじゃあ私だけ悪者になるじゃない』

 

 そう言いながら、突撃砲を渡してくる大尉。これ以上は持てないので合体長刀を背中のパイロンに固定する。

 

『白銀。貴様が無茶をする奴で、無茶が出来る奴(・・・・・・・)だということは全員が知っている。だから必ず生きて帰って来い。無茶をしていいのは生き延びる自信のある奴だけだからな』

 

 それだけ言って通信を切り、大尉たちは真野湾へと離脱していった。

 

(へっ……そんなに言われちゃあ、俄然無茶する気になっちまうぜ)

 

 さあ行こう。これ以上時間を無駄にすることは出来ない。

 すでに真野湾沿岸部には百体近い重光線級が出現して、艦隊を狙っている。このままだと第二戦隊どころかヴァルキリーズの皆も危なくなる。

 

「沙霧大尉、アンタには悪いが俺は自分のやり方を曲げるつもりはねえんだ」

 

 だから俺は自分の戦いを続けるだけだ。

 弐式をもう一度ブーストジャンプさせ、BETAの後方から真野湾へ突入するルートを取る。敵は山ほど、狙いをつけなくても弾は当たるだろうというほど密集していた。

 

 

 

 

 そして――――――――奇跡は訪れる。

 

 突撃。

 最大出力の噴射跳躍によって戦場へ乱入した一機の戦術機は、即座に装備していたALMランチャーを発射した。

 撃ち出された72発の対レーザー誘導弾は敵のレーザー照射よりも早く着弾し(・・・・・・・・・・・・・・・・)、重光線級を瞬く間に撃破してその陣形を大きく崩した。

 さらに両手に構えた二門の突撃砲を乱射しながら再上陸、撤退途中の残留部隊を援護するように敵陣へ斬り込んでいく。

 

『こちらはA01中隊の白銀武少尉だ! 第二戦隊、まだ動けるか!?』

 

 衛士からの通信だ。A01ということは、国連軍横浜基地より出陣した戦術機甲部隊の所属か。

 安倍はオペレーターの矢継ぎ早な報告もそぞろに応答用のマイクを掴んだ。

 

「第二戦隊旗艦『信濃』艦長の安倍だ。各艦共に被害甚大なれど健在である」

 

 その答えに白銀と名乗った衛士は満足そうに、

 

『こっちで残留部隊を何とか送り出す。上手く援護しながら離脱してくれ』

 

 そう返すと通信は途切れた。こちらを馬鹿にしているのか、信用しているのか。いずれにせよその声は真剣そのものであった。

 事実、今まで離脱の機会を失して留まっていた戦術機たちが続々と脱出を開始していた。突入した白銀が前に出ることで敵の目がそちらへ向き、その隙に乗じる形になっている。

 

「艦長……」

「ともかく今は、友軍の離脱を援護する。少しの時間も惜しい」

 

 安倍の手元にある液晶ディスプレイには、作戦旗艦・最上からの最終通告が表示されていた。

『新兵器自爆まで、あと十五分。即時撤退されたし』

 詳しい戦況は不明だが、広域作戦図を見る限り凄乃皇弐型の周辺には百体以上の大型BETAが出現していることから見て、悠長に事を構えては居られなくなったようだ。

 もし自爆攻撃が失敗に終わったとしても、もはやこれ以上戦線を維持できない自分達には撤退する以外道は無い。

 

(だが我々にはまだ道が残されている。もはや進退窮まった者たちに比べれば……)

 

 数万の軍勢に退路は絶たれ、補給も支援も無く玉砕覚悟で戦い続けるしかない彼らは―――――満身創痍ではあるが、未だ健在であった。

 圧倒的な物量は無限の波となって押し寄せる。

 蠢く殲滅の意思こそBETAの象徴。その侵攻を前にして司令部は凄乃皇自爆の刻限を繰り上げた。発案者は今も凄乃皇の前で戦い続ける沙霧尚哉。だが当初は責任者たる夕呼はリミットの短縮に反論した。全戦力を預かる小沢も同じく。

 しかし、人間ならば当然の倫理を最前線で戦う男は一笑し、拒絶した。

 

―――――もはや敵は間近まで迫り、護り手は己を含めて十人足らず。

 

 最後の砦も破られるは時間の問題。

 

―――――ならば一刻も速く終止符を打つべし。釘と槌が我らの手にある内に。

 

 かくて決断は為された。

 間もなく数多の英霊の無念と、今散る戦士たちの魂を糧に勝利の雷が百邪を討つ。

 

『後は俺たちだけですよ、沙霧大尉』

「ああ、そのようだな……」

 

 敵の猛攻に敢え無く散った者。

 その命を以って刹那の活路を開いた者。

 一人、また一人と護り手は減っていき、今や残されたのは平慎二と沙霧尚哉の両名のみ。互いに手持ちの弾薬は底を尽き、振るい続けた長刀は辛うじて形を保つばかりで切れ味などあったものではない。

 

「しかしこの手に剣がある以上、戦い続けるのが人としての使命」

 

 今一度長刀を振りかざし、尚哉は叫ぶ。

 

「天に地に如何なる理が在ろうとも、貴様ら有象無象に縋る寄る辺は無いと知れ! 積み上げた過去を知らず、暴風に立ち向かう今日を知らず、あまねく命に幸あらん明日を知らずして――――この沙霧尚哉を討てぬと知れ!

 平よ、これが我らの最後の戦だ!往くぞ!」

『おおっ!』

 

 人語を解さぬ化け物どもにその咆哮は如何様に届いたのだろうか。しかしそれを合図に彼らは障害を撃滅せんと行動を開始した。

 信念に命を賭した侍二人が戦場を駆ける。

 一歩、二歩と跳躍すれば敵の生首が八つ、九つと転がり落ちる。

 僅かな陣風は竜巻と成り、

 

「やらせはせん! 地獄への道連れは―――――」

 

 渦の中心で奈落の底へ続く黄泉路の閂が抜かれようとしている。

 

『俺たちと手前等で十分だ!』

 

 折れた長刀の柄で敵の顔面を殴りつけ、もはや跳ぶことも難儀な脚で大地を転がり凶爪を凌ぐ。

 網膜投影のウィンドウに目をやれば、機体のコンピュータは脱出を勧告していた。動力機関は健在だが度重なる衝撃で冷却機構に異常が生じ、内部温度は機体がいつ爆発しても不思議ではない数値に達している。

 ああよかった、と二人は安心した。

 先程から汗が止まらぬのは死への恐怖ではなく、ただ操縦席が暑過ぎるだけなのだと。此処に至って今更怖気づいたなどと、末代までの恥でしかない。

 

『大尉』

 

 呼ばれて尚哉は気付いた。

 刻限まであと一分。

 背後では凄乃皇が甲高い爆音と共にその巨体を震わせている。

 

「平。短い付き合いだったが、貴官と最後を共にできることを嬉しく思う」

『自分もです、大尉…………さあ、最後は派手に行きますか!』

 

 二機の不知火が手にするのは長刀ではなく、股間部の装甲から取り出した円筒型の物体だった。

 これこそがS11

 敵ハイヴ内に突入し、その動力部を破壊するための超高性能爆薬。

 そして、志半ばで散る衛士に残された、己の尊厳を護るための最後の剣である。

 そして二人は、それを大地に叩き付け……閃光が弾けた。

 

 

――――――さらば、我が友たちよ。

 

 

 

 

 寄って来る要撃級を近接短刀であしらい、弐式を友軍の待機地点まで後退させる。

 

「ここは俺が引き付ける! アンタ達は脱出しろ!」

『こちらブラボー2、すまない!』

 

 これで残留部隊は最後だな。

 とはいえ、送り出した戦術機の数は20機にもなる。正直こんなに残っていたとは思わなかったけどな。まあ戦車部隊や歩兵部隊の撤収を優先すれば単体の戦闘力の高い戦術機が残るのは当たり前か。

 

(さて、どうすっかなぁ……)

 

 凄乃皇の自爆まであと三分も無い。

 とりあえず出来るだけ島から離れるしかないよな。

 

『―――――ザザッ……のえい、ガッ……るか!?――――』

 

 ん、通信? オープンチャンネルか。

 

A01の衛士、聞こえるか!? 応答せよ、こちらは第二戦隊旗艦・信濃――――』

 

 おいおい、第二戦隊はもう撤退したんじゃなかったのか!? しかもこの声は……

 

「安倍艦長!?」

『まだ生きていたか! 我が艦は真野湾沖にて待機している。ただちに合流せよ!』

「ご、合流って……」

『全ての友軍の撤退を支援することが第二戦隊の任務である。迅速に行動せよ、以上だ』

 

 くっ……律儀な艦長さんだよ、まったく!

 

「こちら白銀。これより佐渡を離脱する!」

 

 ブーストジャンプから低空飛行に切り替え、洋上へ出る。

 爆発まであと一分と少しだ。もうギリギリを通り越してかなりピンチだが諦めるわけにはいかない。

 

(信濃は……あれか!)

『来たな、少尉。前部甲板に垂直着陸せよ。遠慮は要らん、砲は全て使い物にならんからな』

 

 煙を噴きながらも日本海を切って進む鉄の戦艦。安倍艦長はそこに降りろと言ってきた。

 推進剤の量からいってもこのまま飛行したところで安全圏まで辿り着けるかどうか微妙なところだし、載せてもらえるならありがたい。

 

(けど、間に合うのか?)

 

 時間は無い。もうすぐ爆発が始まる。

 

『少尉。これからこの艦を爆発からの盾にする』

 

 え……? 盾に、するだって?

 

『心配無用だ。乗っているのは私と君だけになる。他の乗組員は別の艦で先に退避してもらった』

 

 それはつまり、

 

『今回の作戦で君が果たした役割はあまりに大きく、これから果たす使命はあまりに重いものになるだろう』

 

 俺にまた、誰かを犠牲にしろというのか……

 

『こんなことしか言えんが、人類の未来を頼むぞ』

 

 イメージが重なる。

 俺に、自分を撃てと言ったヒトたちを思い出す。

 俺と、共に命を散らしたいと告げたヒトたちを思い出す。

 今思えば、何故自分は諦めてしまったのだろう。諦めなければきっと違う未来を掴むことができたはずなのに。

 幾度と無く後悔を残して前に進んできた。

 オルタネイティヴ5の発動。

                                            ―――――俺を愛してくれた女たち

 全体総合演習。

―――――神宮司まりも

 佐渡の作戦。

―――――伊隅みちる、柏木晴子。

横浜基地奇襲。

―――――速瀬水月、涼宮遥。

 

 世界はどうやら、俺に誰かを殺させたいらしい。

 そうすれば俺が歴史を変えること諦めるとでも考えているのだろうか。

 

(だったら―――――)

 

 幾らでも変えてやる。

 何度だって救ってみせる。

 

(俺は俺の意思で戦う。他の誰でもない、俺自身の為に!)

 

 救いたいのは、助けられない自分が嫌だから。

 ただ、それだけのことだった。

 

「俺は認めねえぞ、艦長!」

『何!?』

 

 轟、と世界が揺れる。爆発が始まったんだ。

 俺は不知火・弐式を、艦を庇うように立ち上がらせ、その両腕を目一杯左右に広げさせた。

 

「俺は誰も死なせないためにここまで来た! 誰も泣かなくてもいいように、と踏ん張ってきたんだ! 自分が死ねば誰かが助かるような諦めは絶対に受け入れられないんだよ!」

 

 爆風が駆け抜けて、弐式の左腕が肩から丸ごと無くなった。

 超重力の嵐が巻き起こり、暗黒となって俺たちを覆い尽くそうと広がってくる。

 

『だが貴様はこれからの戦いに必要な人間だ! 例え私がここで死んでも、貴様を死なせるわけには――――』

「代償ならとっくに払っただろ!? あそこでどれだけの人間が死んでいったとか知ってるだろ!? ヒトの命を軽くするな!」

 

 二度目の爆風で今度は右脚が捻じ曲がった。

 崩れたバランスを残った手足で保ちながら前を見据える。

 

『軍という組織に倫理観は通用しないと、分かっているはずだ!』

「それで例えBETAに勝ったとしても――――――優しさを忘れた人間に生きる価値なんか無いに決まってる!」

 

 三度目の爆風に右脚は完全に折れ、弐式がついに膝を着いた。

 ああ、そうだとも。

 この世界には仲間を犠牲として斬り捨てる強さ以上に、

 

「お互い同じ人間として踏ん張れよ! でなきゃ俺たちはBETAと同じところまで堕ちちまうぜ―――――!?」

 

 犠牲を悲しみ涙する優しさが必要なんだ。

 

 四度目の爆風に艦全体が大きく揺れる。

 佐渡島はもう黒い球体に包まれて見えなくなっていた。

 

 うねる大気に思考が呑まれていく感覚。上下左右の認識が曖昧で、ああもうじぶんがなにものでだれでなんだったのかもおもいだせない。

 がちがち、と歯車の音がする。

 真っ暗な闇の中、白と黒の歯車が廻っていた。

 互いに噛み合うこともそぞろにグルグルと廻って、時折ガチガチと噛み合っては離れることを繰り返す。

 がち、がち、とやがて歯車の音はゆっくりとその回転を落としていき、

 

 がちり……と完全に噛み合いながら停止した。

 

 二つの歯車は自分を止めることでようやく、互いを繋ぎ合わせることができたのだ。

 これが何を意味するのか、俺にはよく分からない。

 それでも何か、大切なことのように思えた。

 

 

 

 

 消失した佐渡島の上空は黒雲が渦巻き、雷鳴が奔る。

 途中部隊から離れ戦場に残った白銀武と、彼の支援のため残留した第二戦隊旗艦・信濃とは通信が途絶したままである。

 収容された空母の甲板で、伊隅を除くヴァルキリーズは闇へ飲まれた佐渡島を見つめている。全員、戦術機に搭乗したままでだ。

 伊隅は回収した機密ユニットを司令部――――香月夕呼へ届けるため出頭中であるが、その胸中は決して穏やかではなかった。

 

「白銀……」

 

 荒れ狂う日本海へ視線を彷徨わせる柏木晴子は、機体のレーダーをフル稼働させて彼の行方を捜し続けている。そしてその心を締め上げるのは、『自分も残れば良かった』という後悔である。

 確かに残れば足手纏いだったかもしれない。しかし思わずには居られないほどの狂おしさが今の彼女を支配していた。彼の無謀さにどこまで付いて行くのだ、と息巻いていた自分はもうどこかへ消えてしまって……最後の最後で『仲間を護る』という武の意思を尊重した。

 爆発から間もなく三十分が経過しようとしている。あの光景を見る限り、もはや助かる命など皆無ではないかと誰しもが考え――――――

 

 刹那、遥か彼方の海面より天を突く光の柱が現れた。

 

「っ!」

 

 ヴァルキリーズはもとより空母の観測員も我が眼を疑った。

 光は佐渡島を覆うドーム状の暗黒を割るように走り、高く波打つ水面を照らし上げる。あまりの眩さに目も開けられないほどだ。

 

『レーダーに機影あり! 識別信号を確認しました、信濃です!』

 

 光の奥よりゆっくりと進み出るのは第二戦隊の旗艦である。

 歓声に沸くブリッジを背に、晴子は歯軋りした。

 

(白銀は……白銀は!?)

 

 徐々に光は収束を始め、そして消え去った。

 そして視界が元に戻る。

 

『晴子さん!』

 

 呼んだのは鎧衣美琴だ。彼女の不知火が信濃の方を指差し、訴えかけてくる。

 

「鎧衣? どうしたの……」

『甲板だよ、晴子さん! 信濃の甲板の上を見て!』

 

 通信ウィンドウに移る美琴の目尻には大粒の涙。

 つられて瞳を言われたとおり、信濃の甲板へ向け―――――

 

 気付けば自分の機体を空中へ跳ね上げさせていた。

 

『か、柏木!?』

 

 姿勢制御もそぞろに飛び出す柏木機に、呆然とする速瀬と宗像も思わず事後処理の手を止めてその行方を食い入るように見つめる。

 

『中々乙な帰還をするね、アイツも』

 

 にやり、と宗像美冴の口元がほころんだ。

 

『ま、元の鞘に納まるならそれで良し、よ』

『おや中尉、あんなにお節介を焼いていた割には意外にあっさり……どうやら天才衛士には中尉の恋愛経験は通じなかった、と』

『む〜な〜か〜た〜? ぬぁ〜んですってぇ〜!?』

 

 水月と美冴。二人のいつものやり取りだが、これを聞くのも実は久方ぶりなのだと、風間祷子は知っている。

 晴子と武を巡る一件で部隊内にはそれなりに張り詰めた空気が漂っていたのだ。主に上記の二人の間に、なのだがこれも今は過ぎた話である。

 祷子が帰還する信濃へ視線をやると、

 

『だぁぁぁぁぁっ! 柏木、よせ! やめ、うわぁぁぁぁぁっ!?』

 

 甲板に取り付いた晴子が、自機のコックピットからダイブするところだった。無論、降りる先は同じく甲板であぐらを掻いていた白銀武である。高低差はおよそ六メートルで、まあ武の頑丈な体なら彼女一人受け止めるぐらい何とかなるだろう。

 

 

 飛び降りてきた柏木を何とかギリギリキャッチした俺はそのまま甲板を転がり、信濃の半壊した主砲に後頭部を激突させたのだった。

 

「コックピットから飛び降りるな! っていうか不知火で乗り付けるなっ!」

 

 俺の目の前には今、甲板に上半身を乗り上げた柏木の不知火がある。危うく信濃が転覆するかしないかの際どいピンチに陥ったというのに、

 

「白銀ぇ……白銀ぇっ……」

 

 俺の胸元で泣きじゃくるコイツを見たらこれ以上怒れないというか、なんというか。そもそも俺の叫びは悉く無視されているんだがな。

 しかし、不思議なのは俺がどうやってここまで辿り着いたか、だ。

 

(爆発に巻き込まれた途中から記憶がねえんだよなぁ)

 

 気がつけば信濃と一緒に連合艦隊のすぐ側に居たんだ。俺の位相因果操作能力が発動したのか、それとも何か別の要因が働いたのか。

 まあそれでも、

 

「ああ、ほら泣くなって」

「白銀……」

 

 こうして柏木は俺の側に居る。

 

『ほほう……戻って早々ラブシーンとはいい覚悟だな、白銀』

「た、大尉!?」

 

 突然音声通信で割り込んできたのは伊隅大尉だ。

 

『今回の作戦で貴様がこなした数々の命令違反……私は忘れちゃいないぞ?』

「そ、それは―――――」

 

 沙霧大尉。

 斯衛の指揮官。

 名前も知らない大勢の衛士たち。

 彼らの死を悼まなければ。

 そして掴んだ明日へ、永久に語り継いでいかなければならない。

 不謹慎だというのは重々承知。だけど今は柏木と伊隅大尉が……ヴァルキリーズが全員健在であることを素直に喜びたい。




 

筆者の必死な説明コーナー(真面目に説明編)

 

位相因果操作能力

 白銀武に発現した時空超越能力。自らの意思で次元を飛び越え平行世界間を移動したことで、白銀武自身が持っていた因果導体の『器』としての性質が変化し、位相因果操作能力を獲得するに至った。

 この能力は本人が直接関わる、あらゆる因果律を自身の意思によって自在に変化させるというもの。使いこなせば神にもなれる力だが、武……否、人間の認識能力に限界があるため適応できる範囲は決して広くは無い。それでも戦闘面に限れば『絶対回避』『絶対命中』が可能になるため、侮れない能力ではある。

武は位相因果操作能力を使うことで自身の『因果』を現在の世界に割り込ませることで存在を維持している。逆にこの能力が無ければ武はMUVLUV Refulgenceの世界に辿り着くことは不可能だったわけだ。

 使用するたびに体力を激しく消耗するため、乱用は禁物である。禁物なのだがそれを敢えてやるのがヒーローたる所以。

 

不知火・弐式

 対電子戦を想定した改造戦術機。基本スペックは不知火とさして変わらないが、レーダーユニットが大型の物に換装されている。さらに多目的広域電子ユニット『エッジ・ヘッド』を頭部に搭載した。このため、本機の頭部形状は一般機とは大きく異なっている。

 『エッジ・ヘッド』は起動・展開すると最大半径1km以内に強力な妨害電波を放出することが可能になる。これによって第二世代までの戦術機は電子機器を狂わされ、最悪の場合は機能停止状態に追い込まれる。最新技術によって高い電子戦能力を持つ第三世代機でも、妨害電波によってロックオン機能などが機能しなくなる他、通信回線を介して強力なコンピュータ・ウィルスにOSを侵食され行動不能にされる可能性がある。

 さらに展開中は電子レーダー上ではほぼ完璧なステルス効果をもたらすが、弐式の『エッジ・ヘッド』はまだ試作段階のもので最大稼働時間は五分と限られている。それでも作戦行動における選択肢は幅広いものとなることに変わりはない。

 しかし、これはあくまで対戦術機・対人類用の兵器であり、BETAとの決戦を急ぐ現状において開発は中断を余儀なくされた。唯一試作された一基を帝国軍はテスト用に準備していた不知火の改造機と共にアルフィへ非公式に譲渡、彼女の預かるところとなった。

 『エッジ・ヘッド』と大型レーダーを装備したことで本機は従来機の数倍以上の索敵能力を獲得するに至った。特にその差が如実に現れたのは甲21号作戦中におけるBETA接近の感知速度である。原作では誰よりも早く察知していた風間少尉よりも素早く、正確に武はその出現を察知していたことからも極めて高い性能を有していることが伺える。さらにレーダーシステムの高性能化に伴い機体制御コンピュータそのものも標準機を遥かに上回る最新モデルが導入され、演算能力の強化が為された。これにより高度な三次元機動への対応速度も爆発的に向上している。武の無茶苦茶な『バルジャーノン機動』にも機体が柔軟に反応できるのはこういった理由があったのである。

 ただし索敵範囲の拡大や演算能力の向上は副次的要素であり、本来の運用法には程遠いこともまた事実である。

 『MUVLUV Refulgence』の企画当初、アルフィ専用機として考案されたが武に奪われ乗り回され……

 

YF23 Black WidowU

 単機ないし少数で戦局を打開可能な性能を持った究極の戦術機を目指し開発された、ロックウィード・マーディン社の試作機。

 F22とのトライアルの末落選したYF23は、運動性能、防御性能、機動性能……機体の基本スペックを極限まで追求され、総合能力ならばF22と比較しても互角以上、機体の純粋なスペックならばそれ以上であった。しかし生産コストはF22の四倍にまで跳ね上がってしまい、落選の最大の要因ともなっている。

 機体の最大の特徴は各部に追加されたヴェトロニクス統合ユニットと、新型のジャンプユニットである。機体の制御機能強化のために追加された各種ヴェトロニクスによって高速機動時においてF22以上の安定性を誇り、新型の四連装型噴射跳躍推進装置『スーパージャンプ・バーニアユニット』の最大推力が不知火の十倍以上に達しているにも拘らず、極めて俊敏かつ的確な機動が可能。またステルス性もF22ほどではないが獲得している。

 一方で機体性能の向上のために構造的余裕を全て使い切ってしまっており、さらに背部の兵装パイロンが撤去されて、兵装の搭載可能数はF22の半分以下となっている。戦術機にとって命綱である65式近接戦短刀さえ外付けのオプションなのだ。

 しかしこのYF23には僅かな攻撃力で充分なのである。この機体はハイヴ内部に突入し、敵の阻止戦力の展開よりも速く中枢部に到達してこれを破壊することを目的としており、最大四発のS11を装備可能としている。従って脱出装置は実装されておらず、自爆装置は複数の予備回路によって確実に作動するように新しく設計されている。

 とはいえ、この機体が歴史の表舞台に出ることは恐らく無いであろう。何せ搭乗したテストパイロット三名はいずれも機体加速のGでスペックの50%も発揮することなく失神、循環器系と内臓を激しく痛めて衛士を引退する羽目になったのだから。単機で圧倒的戦況を打開する、まさに「命に代えても勝利する」という搭乗者の潔さが在って初めて真価を発揮する決戦用兵器となってしまった。

 元々YF23はボーニングに吸収される前のマクダエル・ドグラム社の戦術機チームが開発を進めていた。しかしボーニングとロクスウェルがG弾の開発に成功したことにより状況が急変、当時XG70の開発を行なっていたマクダエルを含む三社はXG70開発計画の打ち切りによって経営が傾き、マクダエルはボーニングに合併・吸収されることとなった。その後、YF23は開発チームの手によって設計データと製造途中のパーツの一部がロックウィード・マーディン社へ持ち込まれ、同社の戦術機開発部門に引き継がれたのである。

 結局各種テスト用、操縦訓練用、トライアル用の三機が建造されるにとどまり、トライアルとデータ収集後はロックウィード・マーディンの秘密倉庫に厳重封印されていた。

 それをよりにもよって『あの馬鹿』がデータを掘り出してしまった。さらに色々な権限を使って機体を徴用し、改修を始めたのが2001年の頭頃である。だが思ったよりもジャジャ馬だったらしく、抜本的打開策が見出せずにいたようだ。

 

電磁投射砲

 正式には試製99型電磁投射砲。帝国軍技術廠が開発したプロトタイプのレールガンである。膨大な電力を消費して発生させたローレンツ力によって(誤解覚悟で言えば、磁力を火薬の代用品として利用して)砲弾を加速、発射する。

 この兵器自体は現実に実用化が進められている(と、某友人は語る)が、原作のオルタネイティヴ4内部においてはすでに実用段階にある。具体的には凄乃皇四型に搭載予定だった超大口径レールカノンがそれに当たり、本作で武が使用した電磁投射砲は帝国陸軍の試作品になる。もっともその開発にはオルタネイティヴ4が意図的に開発データを帝国軍にリークした節があるが――――

(某友人談「火薬で砲弾を飛ばす際の初速は現在2000m/sが限界とされている。レールガンの場合は現代の技術力でも2500m/sの飛翔速度が確保可能で、将来的には8000m/sまでの加速が可能とされている」)

 

97式戦術歩行高等練習機『吹雪』

 帝国軍が開発した第三世代戦術機対応の高等練習機。武はこれに搭乗して第三世代の超高性能機『F22/ラプター』を撃破(?)した。

 元々は第二世代機のF15J『陽炎』をベースにした、94式第三世代戦術機『不知火』の技術検証・概念実証機を発展量産化した機体。分かりやすく言うならガンダムMk―UとΖガンダムの間にあるメタス、あるいは百式に該当する機体である。そのため人によっては『吹雪』を第二世代か第三世代か、判断にバラツキが出てくる(本作では表向きは第三世代機としているが、ゆきっぷう的には第二世代機の区分である)。

 理由は多々あるためここでの詳しい解説はあえて避けるが、原作での戦闘描写、実際のステイタス比較、設計・開発のバックグラウンドを鑑みるにF−15の直系機であり――――(以下、自粛)

 

合体長刀『ダブルブレード』

 位相因果操作能力によって武が造り出した因果轟断剣。

 間違っても運命剣ではない。ロム兄さんも天空宙心拳も関係ないのである。

 素材はスーパーカーボン。

製造元は日本の兵器工場。

製作者は刀鍛冶の電光さん(某友人談)。

 しかし作中の通りゲ○ターばりの破壊力を見せた。

 ちなみに『因果轟断! ダブルブレード・ブーメラン!』は凄乃皇弐型と不知火・弐式の合体攻撃ですのであしからず。もちろん、凄乃皇弐型が自爆したのでもう使えません。

 

鳴海孝之

 ヘタレ。

 片腕片足が機械になっている。ヘタレ。

 階級が中尉になっている。ヘタレ。

 こっちでもやっぱり三角関係。ヘタレ。

 沙霧大尉についてきたけど、ろくに戦わずに撤収。ヘタレ。

 実は割と出番があるらしい。ヘタレ。

 彼が脱出の際にチョイスした部下とは如何なる男なのか!?

 某友人「……ヘタレ」

 

 

筆者の必死な説明コーナー(癒しが欲しい編)

 

アヴァン「許さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんっっっ!」

 

アルフィ「なな!? いきなり唐突に叫んで」

 

アヴァン「何故だ……何故、武はあんなに柏木とイチャイチャしているのに」

 

アルフィ「?」

 

アヴァン「俺にはメロンの一個も支給されんのだ!? いや、それ以前に出番はどうした! 俺にも出番があるのではなかったのか、ゆきっぷう!?」

 

アルフィ「まあ落ち着きなさいよ。今にきっといつか廻ってくるから、とりあえずYの解説でもしようじゃない」

 

アヴァン「むぅ……待てば海路のなんとやらか」

 

アルフィ「そういうこと」

 

アヴァン「仕方が無い……さて、今回の最大の目玉はアレだな」

 

アルフィ「柏木と伊隅の生存でしょう」

 

アヴァン「いや、沙霧尚哉大尉と平慎二中尉だ! そして安倍艦長以下第二戦隊の皆さんだろう!」

 

アルフィ「え? あ、そっち!?」

 

アヴァン「ああ、そうだとも。熱き男達の魂、未だ見ぬ明日に賭ける己の信念……燃えるぜ」

 

アルフィ「ま、まあ確かに……でも、クーデター事件で沙霧大尉というカードを残しておいたのはこの時のためだった、ということかしら?」

 

アヴァン「オルタからの最大の変化を見せる最初の場面としては、12.5事件における沙霧尚哉の生存が最適だった。それに比べれば武個人のラプター撃破という戦果は微々たる物。

 しかし生かしたところで、政治的な理由で拘束・監禁の末に処刑されるのが妥当なオチってわけさ」

 

アルフィ「それなら佐渡島で戦死させたほうが、見栄え良くするにも読者の感情を煽るにも確かに申し分ないわ。でも慎二というチョイスはちょっと、ね。はっきり言って誰も覚えていないんじゃない?」

 

アヴァン「いや。ギャルゲーに於ける親友キャラは非常に重要なポジションをあてがわれている――――――割には慎二クン、あんまり活躍が無かったような?」

 

アルフィ「でしょう? ちなみに平慎二さんはアージュ様の超有名代表作『君が望む永遠』の主人公・鳴海孝之の親友です。思い出してくれましたか?」

 

アヴァン「シンジ、と言う名前がいけなかったような気がする。とにかく、思い出せなければ原作をプレイすればいい。そして皆、再び鬱と躁の悪循環に陥るのだ、ゆきっぷうのように!」

 

アルフィ「……プレイしたのね? 思い出せなくて」

 

アヴァン「ああ。自室のベッドで今も泣き伏せている」

 

(ゆきっぷう「ぬぉおぉぉぉぉぉっ! 何故だ! 何故、マユマユごぶはっ!?」)

 

アルフィ「そ・れ・で? 沙霧大尉と一緒に佐渡で散ってもらったと」

 

アヴァン「うむ。何せ慎二はオルタ原作においては生死どころかその存在すら殆ど明らかになっていないほど希薄な存在だった。しかしこれで彼も一躍有名人の仲間入りだな!」

 

アルフィ「―――――死ななきゃ有名になれないのかしら?」

 

アヴァン「ところで話は柏木君に戻るのだが」

 

アルフィ「唐突ね。さっきはああもスルーしたくせに」

 

アヴァン「ゆきっぷうは柏木君を武とくっつける気が本当にあるのか?」

 

アルフィ「さあ? 気が変わるのが早いから、どうなるのかしら。何せギャ○クシーエンジェルのSSでメインヒロイン役を誰かさんに惨殺させる人間だもの」

 

アヴァン「嫌な事を思い出させるな……! とにかく、純夏君がメインヒロインではないのか、今回は?」

 

アルフィ「小耳に挟んだ話だと、彼女――――覚醒するらしいわよ」

 

アヴァン「は?」

 

アルフィ「だから、覚醒。いろんなものに目覚めるって」

 

アヴァン「――――ワターシ、ナニモ、ワカリマセーン」

 

アルフィ(般若)「ほう、貴様もこの話に絡んでいたのか。なら詳しく聞かせてもらいたいなぁ?」

 

アヴァン「――――ワターシ、ナニモ、ワカリマセーン」

 

アルフィ「とぼけても無駄だぞ?」

 

アヴァン「三十六計逃げるに如かず!」

 

 

晴子「遅くなりましたがマブラヴ・リフレジェンスYをお読みいただきありがとうございました! また次回も読んで下さいね! ジャン・ケン・ポン! うふふふっ」(チョキを出す晴子)

 

霞「ぽん……」

 

晴子「ところで、このジャンケンネタ……まだ続くんだね」

 

茜「しょうがないよ。だってファンが出来ちゃったんだから」

 

霞「また、負けました……あがー」(その手はパー)

 

 

 

次回予告

 

これは、失った誇りを取り戻す男の物語。

沙霧尚哉らの命を代償に武は伊隅と柏木を生還させた。

しかしその裏で解き明かされた事実は彼を更なる絶望へ追い込む。

それも全ては、終末への序曲に過ぎなかった。

 

MUVLUV Refulgence

~Another Episode of MUVLUV ALTERNATIVE~

 

Z.絶対運命・序

 

 

オマケ

 

千鶴「やってらんない……私達、白銀とか柏木とか御剣とかに出番取られて影も形も無いのよ?」

 

慧「同感。ヴァルキリーズの一括りになってる」

 

壬姫「だよねー。わたしもミキ・ブーメランとかミキ・ウィップとか使いたいのに」

 

慧「『榊、CQCの基本を思い出して』……」

 

千鶴「意味不明なネタを私に振らないで頂戴」

 

壬姫「あ、それ知ってるよー? 『生き残った者がBOSSの称号を受け継ぐ。そして新たな戦いに漕ぎ出して行くのだー』だっけ?」

 

美琴「ねえねえ、みんな! ボク台詞あったよ! 晴子さんに呼びかける役で―――――」

 

三人「「「台詞がある奴は引っ込んでろ!!!」」」

 

美琴「あぅ……はぅ……」(ガタガタ、ブルブル)





佐渡島の戦いは終わったけれど。
美姫 「散った命もまた多かったわね」
ああ。しかし、歴史が色々と変わっているみたいだけれど。
美姫 「どうなっていくのかしらね」
うんうん。楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね〜」
ではでは。



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