―――――――2001年12月7日

 

 

 殿下を横浜基地まで送り届けた207小隊は疲弊しきっていた。美琴がSPに連行されたこともあり、部隊の連中はかなり不安定になっている。だからといってアイツらに真相を話せるわけもなく……俺は副司令室で夕呼先生の説教を喰らっていた。

 

「アンタねぇ、分かってんの? ああやって派手に立ち回れる人間じゃないでしょうが」

「はあ、すみません」

「結果として米国を牽制する形になったから良かったものの、次やったらさすがにアタシでも庇いきれないわよ。ただでさえ帝国城内省に目を付けられてるってのに」

 

 やれやれ、と頭を掻く先生はおもむろに一冊のファイルを俺に放ってよこした。なんだ、こりゃ?……新型戦術機、開発計画書!?

 

「先生、これは?」

「アルフィがアンタに渡せってうるさくてね。今米国で彼女の親父さんが四苦八苦してるから、ハイヴ突入経験のある天才衛士のヒントが欲しいらしいわ」

「はあ……ところでアルフィ特尉の父親って、どういう人なんですか?」

「あら、アンタでも知らないことがあるのね。戦術機に詳しいからてっきり知っているとばかり思っていたけれど」

「?」

「彼女の父親はね、戦術機の基礎理論の発案者にして設計者。いわば生みの親ってやつよ」

 

 そ、それってメチャメチャすごい人じゃないか!? それに世界で最初に戦術機を作った人が父親ってことは……

 

「じゃあ特尉は……」

「彼女の畑も元々はそっち。といっても米国軍技術省所属の父親と違って、世界中を回って現地の戦術機開発に携わっているわ。米国人が帝国国産機の開発に関わったっていうのは有名な話よ」

「こ、国産機って不知火ですか!?」

「ええ。あとなんだっけ……タケ……」

「武御雷もですか!」

「そうそう、それ。確かその機体はテストパイロットも兼任してたらしいわよ。もともと技術屋なのによくやるわよねぇ」

 

『それが仕事ですから、副司令?』

 

 振り返れば特尉がやや不機嫌そうに口元を吊り上げていた。結構怖いなぁ……どうして俺の周りって物騒な女性が多いのか。温厚なたまですら、凄まじい狙撃技能とか持ってるし。美琴は……女性とか論外だな。

 

「ともかく、白銀君」

「は、はい!」

「そのファイルを読んで感じたことなどを、今度でいいから教えてくれ。私は大抵A01専用ハンガーかブリーフィングルームにいるから」

「了解です……ところで特尉」

「ん?」

「不知火の開発秘話とか、ぜひ聞かせてほしいんですが」

 

 あんなスゲェ戦術機をどうやって作ったのか、衛士としては非常に興味がある。いや、気にするなという方が無理だ! そういう裏方の話は昔から好きなんだよ、俺は!

 

「残念ながら、それは無理だ」

「ええっ!?」

「いわゆる国家機密というやつでな。任官したら少しぐらいは考えてやる」

 

 ぐむぅ……致し方がない。とりあえず部屋に戻って渡されたファイルを読むこととしよう。

 ベッドに腰掛けてファイルを開く。中には様々な図面と専門用語の羅列……ご丁寧に日本語に翻訳してあるのがせめてもの救いだが、MMCSとかMOEとか、略号を出されても困るっての!

 あ、注訳がある。特尉ってけっこう親切だなぁ。

 

「―――――――」

 

 改めて頭からファイルを読み直すと、これが不知火も真っ青の軍事機密の塊だということがよく分かる。何せ米軍の新鋭機であるF22A『ラプター』にトライアルで敗れた試作機のデータだ。なんつーもんを渡してくれるんだ!

 と、ともかく読もう。

 

 

「ぜぇ、ぜぇ」

 

 な、なんとか機体の概要は把握できたぞ! それに四時間ばかり掛かってしまったが……まあいいや。今は任務後ってことで休暇扱いだからな。いや、貴重な休暇がこんなことに費やされていいものだろうか?

 

「白銀さん」

「霞!?」

 

 ふと目を上げれば霞が目の前に立っているではないか! うぅ、ずっと下見てたから首が痛いぜ。

 

「手伝いに来ました」

「お、助かるぜ。でもいいのか?」

「はい。香月副司令から許可、もらいました」

「そうかそうか! じゃあとりあえず……」

 

 霞を膝の上に抱え、ファイルをその前に持ってくる。ちょうど子供に絵本を読み聞かせるような、そんな体勢だ。なんかニンジン臭い気もするが……いや、きっと気の所為だろう。

 

「これでよし! さあ霞、この難解な専門用語の山を解説してくれ!」

「は、はい……がんばります」

 

 

「ぜぇ、ぜぇ」

「はぁ、はぁ」

 

 さらに三時間が経過し、何とか俺たちはこのファイルの内容をおおよそ把握することが出来た。要約すると次のような感じになる。

 

YF‐23A Black WidowU(ブラック・ウィドゥU)

不知火と比較しておよそ十倍以上の推力。

F22A以上の運動性。

対電子戦能力とそれに付随するステルス性能。

自決用爆薬搭載可能数、四基。

脱出装置無し。

装備可能兵装数、二基(背部パイロン撤去済)。

 

「な、なんじゃこりゃ……」

 

 まるで、というか正に特攻用の戦術機だ。過去に試作機に搭乗した三人の衛士は、二度と戦術機に乗れない体になってしまったらしい。加速のGに体が耐えられなかった……いや、人間では絶対に耐えられないようなGが発生するのだろう。

 

「兵器として、あまりにナンセンスだぜ」

 

 ナンセンスなんて言葉が自分の口から出ることにも驚きだけど、ともかく一度特尉に話しに行こう。最低限の運用ですら搭乗員の安全性が確保できないんじゃ、開発したってしょうがないんだ。

 

「じゃあ霞、行ってくるから。留守番しててくれるか?」

「はい」

「よし、頼むぞ」

「……はい、いってらっしゃい」

 

 手を振る霞を背に俺は部屋を出た。出たところで本当に行こうかどうか迷ってしまった。居るとしたらA01部隊のブリーフィングルームか格納庫になる。もしかしたら伊隅大尉とかに出くわすかもしれないんだ……

 

 ど、どうしよう? 感極まって変なこと口走ったりしたら大変だよな?

 

「うむ。報告はまたの機会に……」

「するなよ?」

「へっ!?」

 

 振り返れば背後にアルフィ特尉の怖い笑顔。

 この人……人の後ろに立つのが好きなんだろうか?

 

「安心しろ、白銀。部隊の連中は市街地演習の真っ最中だ、当分戻ってこんさ」

「は、はあ……そうですか」

「それで? 何やら報告を怠る、とか不当な発言を聞いたのだが」

「い、いえ! 滅相もありません! これから伺う予定でした!」

「ならいい。付いて来い。いい物を見せてやる」

 

 

 言われて唯々諾々とやって来たのは、懐かしのA01専用格納庫だ。演習中で機体は置いていないが、ここで不知火の整備とかよくやったよなぁ……

 

「こっちだ。ボケッとするな」

「は、はい!」

 

 さらにキャットウォークを歩いてハンガーの奥に向かう。機体ごとにある仕切りの向こう側に、あるはずのない機体があった。

 この間のクーデター事件で沙霧大尉と一緒に、殿下の謁見に参列した不知火の改造機だ。

 

「こ、これって!?」

TFS94E、不知火・弐式。対電子戦用装備を搭載した不知火の改造機。頭部の飾り角のような物が、そのモジュールだ」

「た、対電子戦?」

「帝国国防省も、戦後のことを視野に入れていたのだ。対戦術機において効果を発揮する装備の開発の重要度は、米国がラプターの配備を推進してきたことで、ここ数年の間に高まってきている」

「そう、ですね」

 

 そんなの当たり前だ。あんな化け物が何十機も出てきたら、あっという間に陸戦力は壊滅しちまう。海軍だって対抗できないだろう。月詠中尉みたいな衛士が何人もいるわけじゃないんだ、それに対処できる人間も限られてくる。

 物量差で持久戦に追い込まれたら、それこそお終いだ。

 

「だが、問題は機体だけじゃない」

「機体以外にも、何かあるんですか?」

「ある筋じゃ、米国の技術局じゃ完全無人の、オートパイロットシステムを作っている、っていう話だ。単純な機動制御ではなく、完璧に戦闘をこなせるシステムらしい」

「そんな!……それじゃあ、向こうは衛士の数を減らさずに戦闘できるってことですか!?」

 

 そんなことになったら、戦術機の数が衛士を遥かに上回る現状において米国は大規模の戦力を手に入れたも同然だ。人が乗らなくても戦術機が動くなら、戦術機の数=戦力ってことになる。

 

「心配するな。所詮は機械だ。制御OSは単一的な動作、画一的な対応しか出来ず、開発チームは私に泣きついて来たぐらいだ。当分実戦稼動はしないさ」

「でも、いずれは完成する……」

「だから帝国陸軍はこの不知火・弐式を開発したのさ」

「なるほど……OSをハッキングして行動不能にする、ってわけですね?」

 

 それなら無人機が相手でも対抗できるだろう。けれど腑に落ちないのは、米国の最新兵器の情報を、どうして帝国軍が入手できたのか。そしてどうやって弐式を開発したのか、だ。

 誰かが内部情報を漏らさない限り、そんなことはできないはずだ。技術的には米国がトップであることは揺ぎ無い事実なのだから。

 

「君はJFKという組織を知っているか?」

「え?……いえ」

 

 俺の疑念を察してくれたのか、特尉が問いかけてきた。

 

JFK……戦術歩行戦闘機開発技術普及機関、正式名称“Justice From Kennedy”。元米国大統領ジョン・F・ケネディが立案し、彼の出資を受けて発足した技術局でな。今では世界各国を廻り、戦術機開発のノウハウを提供する独立機関のことだ。私も本来の所属はここになる」

「じゃあ、不知火の開発も?」

「ああ。帝国陸軍の要請を受け、JFKは私をオブサーバーとして派遣した。JFKとしても米国がYF22の開発に着手した一方で、他国家が第三世代の研究に頓挫している状況は好ましくなかったのさ」

「国家間の軍事バランス……って奴か」

 

 結果としてBETAに勝てるのならば問題ないと思えるが、その後の世界を掌握するのは軍事的主導権を取った国になることは間違いない。現実にそういった利権争いが浮き彫りとなったのが、先日のクーデター事件でもある。

 

「その通りだ。そしてJFKが第三世代開発技術をリークしたことでEUやロシア連邦は次々に第三世代機を開発に成功。軍事レベルが拮抗する中で、しかし米国は戦術機の存在意義を否定する兵器を投入した」

「それが、G弾……」

「国連安保理では米国の意向を排除する形で、すでにG弾の運用凍結案がまとまっている。しかしそれで米国を押さえることは出来んだろうな。『自由のために』他国を侵略することも厭わぬ国だ、タガが外れてしまえばこの惑星をあっという間に食い尽くすだろう。そういう意味ではBETAとさして変わらんな」

 

 そうだ。米国主導のオルタネイティヴ5は、結局地球を護れなかった。二度とその過ちを繰り返させるわけにはいかないんだ!

 

「さて話が逸れたな」

「ええ。YF23のことですね」

「うむ。で、どうだった」

 

 まあ、結論は決まっている。言うには中々勇気が必要だったけど。

 

「使えませんね」(キッパリ)

「当然だな」(キッパリ)

 

 い、意外なリアクションに思わずズッコケてしまった。

 

「特尉?」

「ああ。すまん、つい同意してしまった」

「ついって……そうなるのも分かりますけど、あの仕様書を読んだら。ところで、この機体は本当に実在のものなんですか?」

 

 存在そのものを疑ってしまうほど、Black WidowUは無茶苦茶な機体だった。性能を追求するあまり、人間の限界を越えてしまった欠陥機。

 

「実在する。間違いなく、な。今ごろアイツが米国のエリア51辺りで乗り回しているはずだ」

「……乗り回してるんですか?」

「だから君に意見を求めたのだぞ? 機体の改修に必要なアドバイスなどをもらえれば御の字だったのだがな」

「改修の必要は無いと思いますよ」

「何?」

 

 気付けば、俺は思いも拠らないことを口走っていた。

 

「100%機体の能力が発揮されると仮定したなら、確実にハイヴの一つは潰せます。あとは乗り手の問題ですよ、乗り手の」

 

 優れた戦術機と優れた衛士は、計算の何倍もの戦力となり得る。それがもしハイヴを潰せるだけの能力を持つ戦術機と、その機体を使いこなせる衛士の組み合わせなら、単独のハイヴ破壊も可能になるだろう。

 そもそもこの考えは前提として、機体と衛士が絶対に存在しないから不可能に決まっているのだが。

 

 ―――――特尉は、笑っていた。

 

「なるほど、そうか乗り手か。長いこと技術畑で食っているとそういう要素を見落としがちになるものだな……うん、いいアドバイスだ白銀少尉」

「特尉、俺はまだ訓練兵ですよ」

「違うね。お前は最初から少尉だったのさ。書類上、お前は長期療養から復帰し、リハビリも兼ねて207訓練小隊に参加していたことになっている」

「はい?」

「それまでの所属はJFK実行部隊『Million Region』。一年前、ヨーロッパ戦線での新型跳躍ユニットの試験運用中にBETAと遭遇し、戦闘中に機体損傷、中破。以後はアメリカ、サンディエゴにて療養。完治と同時にオルタネイティヴ第四計画へ派遣が決定」

「ええっ!?」

「……そして今に至る、というわけだ。以降はこういう形で通すことになるから覚えておけ。別に大まかな部分ならば隊の連中に話しても構わん。詳細な資料は副司令室で閲覧可能になっているはずだ」

 

 そんな話、聞いてネエッ!!!

 

「そ、それじゃあ前の任官したら云々の話は……」

「ん?……ああ、あれはフェイクだ。お前を驚かしてやろうと思ってな」

「もう充分驚きましたよ」

「そうか? じゃあ本題に移ろうか」

 

 まだ本題じゃなかったのか。どれだけ長い前振りだよ……

 

「正式配属後の、君の搭乗機についてだ」

「俺の機体、ですか?」

「これは後日、正式な辞令となるが先に伝えておく。白銀少尉、新型OS開発の功績を認め、TFS94E『不知火・弐式』の衛士に任命する」

 

 

 

 

「うう………」

 

 任官式が終わり、俺の命はもはや風前の灯って奴だ。司令も司令だぜ、授与の時に俺だけスルーして……

 

『白銀武先任少尉には、追って配属先などの通達がある』

 

 なんて司会の大尉が最後に締め括っちまったもんだから、皆(神宮司教官も含む)は上に下にの大騒ぎ。結局司令が事情を大まかに説明してくれて、その場は丸く収まったんだが……

 

「さあ、白銀? 洗いざらい吐いてもらいましょうか?」

「むぐぅ! むごぉぉぉぉぉっ! むぐむぐぅっ!」

 

 夜中に拉致されて、委員長の部屋で事情聴取―――――もとい、拷問が始まろうとしていた。俺はすでにラペリングロープでガチガチに縛られ、猿轡まで噛まされ……背後に立つ彩峰は俺の首筋にナイフを突き付け、正面には美琴とたまが憤怒(というには少々可愛すぎる気もするが)の形相で睨みつけている。

 

―――――ちくしょう、このままじゃヤラれる!

 

 いろんな意味でピンチだが、ここで焦ったら負けだ。いくらこいつら五人が力を合わせようとも、スーパーエリートソルジャー・白銀武には最後のジョーカーが残されている。

 

「ぬぅぅぅぅぅ」

「抵抗しても無駄だ、タケル。今夜はじっくり、そなたの武勇伝を聞かせてもらうぞ」

 

 冥夜が不気味な笑みを浮かべながら近寄ってくる。よし、いいぞ……あともう一歩だ……

 

「?」

「う、うばぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 冥夜が前に立った瞬間、俺は全体重をかけて倒れこんだ。冥夜を巻き込んで床を転がり、一気に部屋のドアまで突き進む。さらに隠し持っていたバタフライ・ナイフでロープを切りつつ、部屋を飛び出せば脱出成功だ。

 

HAHAHA! 訓練不足だな、この程度で俺は止められないぜぇぇぇっ!」

 

 

「ま、待ちなさい! コラァァァッ、白銀ェェェッ!」

「むぅ、さすが天才衛士といったところか」

「でも聞きたかったよねぇ、たけるさんのお話」

「案外、極秘作戦に従事していて、話すと銃殺刑だったりしてね〜。どうかな、慧さん?」

「聞いたら皆、銃殺刑?」

 

 ありえそうで笑えない。

 

 

 

 

―――――――2001129

国連極東方面第十一軍横浜基地・司令室

 

「むう……だがしかし、それは同時に少なからず被害が生じることになる」

 

 普段以上に険しい面持ちでパウル・ラダビノットはプラン発案者を見つめる。戦闘員・非戦闘員に関わらず、基地の要員全ての責任を持つ彼にとって、そのアイデアは賛同しかねるものだった。

 

「鹵獲・冷凍保存中のBETAを開放し、仮想敵として演習中の戦術機部隊に奇襲させる……か。ただでさえ少ない衛士をさらに減らすことにならんかね」

「平和ボケしている連中には、いい薬になりますわ」

「平和惚け……?」

12.5事件の折に拘束した、基地内に潜伏中の米国諜報機関―――――いえ、オルタネイティヴ5の工作員二名(・・・・・・・・・・・・・・・)……彼らの活動を許してしまった我々と基地のセキュリティ、そして」

G弾による人類勝利を確信している人間、か」

 

 G弾……BETAのみ生産技術を保有する希少物質『グレイ・シリーズ』を奪取して完成した、核兵器をも上回る破壊力を発揮する重力爆弾である。その絶大な威力と引き換えに、自然環境や人体に与える影響も甚大……というのが国連安保理の定説だが、開発元である米国はその危険性を否認し続けている。

 もっとも、ラダビノットらの居る横浜基地。元はBETAのハイヴが存在した場所に建造されており、地下にはG弾によって破壊されたハイヴの構造物が残っている。

 

「確かに……明星作戦におけるG弾は効果的だった。が、それは同時にあらゆる生命の存在を滅ぼすだろうな。米国も報告書を読んでいないわけではあるまい……」

 

 草木の一本も生えぬ土壌に植えられた正門の桜は、未だに開花の兆しを見せていない。ただの一度もだ。

 辺り一帯は旧柊町の廃墟が無残な姿を晒すのみで、虫の一匹すら見かけることは出来なかった。町の中を流れていた川は枯れ、まるで堀のように大地を二分している。

 作物も育たなければ、水もない。命の息吹の途絶えた大地こそ、G弾がもたらしたものだった。

 

「ともかく、演習は予定通り行ないますわ。よろしいですね、司令?」

「うむ、好きにしたまえ……君の言うとおり、XM3の存在が被害予測を覆すことができればよいがな」

XM3が、ではありませんわ」

「ほう?」

「白銀武という存在が、です」

 

 

 

 

―――――――20011210

A01専用ブリーフィングルーム

 

 戦術機合同演習の当日、A01こと伊隅ヴァルキリーズ中隊の面々を前に、隊長である伊隅みちるは演習のスケジュールの推移と中隊の警備ローテーションをひとしきり説明し終えた。

 別段難しいことはない。午前と午後、二つに分かれた演習スケジュールにあわせて部隊を二分するだけのこと。少なくとも自分……柏木晴子は午後からの警戒任務を担当する。午前は即応態勢で待機だ。

 

「大尉、質問がありまーす」

 

 挙手をしたのは速瀬水月中尉。B小隊の隊長を務める、中隊きってのエースだ。この人は最近落ち着きがない。12.5事件以来、特に先日の任官式で白銀武なる新人衛士がこのヴァルキリーズに配属されることが決定されてからは顕著なほど騒がしい。

 曰く―――――

 

「白銀武の演習中の映像は見れますかね?」

 

 ストームバンガード(突撃前衛)を務める速瀬中尉は部隊でもトップクラスの腕前だ。そんな彼女のプライドを強かに打ちのめす出来事があった。12.5事件で米軍のF22・ラプターを訓練機の吹雪が撃破するという大事件である。

 香月副司令の計らいで最高機密であるはずの戦闘映像(恐らく随伴していた斯衛と訓練兵の機体のミッションレコーダーから抽出したのだろう)を拝見することが出来たものの、その内容は壮絶であり理解しがたいものだった。

 ラプターの戦闘機動はあくまで実戦の中で鍛えられたオーソドックスなものだったが、機体の性能ゆえに並みの衛士では視界に捉えることさえできないだろう。

片や白銀の搭乗していた吹雪(6号機)は、戦術機の運用における様々なセオリーを無視し、ブーストジャンプを駆使したアクションで戦場を飛び回り、ついにはラプターに蹴りを入れてまさに文字通りに叩き落したのだ。

 結局最後は件の首謀者である沙霧大尉の一太刀でラプターの四肢を切断して決着となったが、そこに至るまでの吹雪のアクロバティック・マニューバは天才としか言いようがない。恐らく中隊内で、吹雪に乗って第三世代機を撃破できる人間(しかも一騎打ちで)はごく一部に限られる。

 ちなみに私は無理だ。あんな動きをしたら昼と朝と昨日の晩御飯が一緒に戻ってきてしまう。まだ激震に乗っていた方が分はあるけれど、その辺りの講釈は色々と複雑なので割愛。

 ともかく、そんなわけで中尉は白銀にお熱なのだ。

 

「男に入れ込むのは構わんが、任務は忘れるなよ?」

「またまた〜、大尉も気になるくせに〜」

「私は後で記録映像を閲覧できるからな。今は気にならない」

「あ、ずるいですよ!? あたしにも見せて下さいよ!」

 

 

 

 結局、午前の部は大尉も中尉も中継映像に夢中だったことは付け加えておこうかな。ま、わたしも待機中だったから中継はずっと見てたんだけどね。

 

 

以下、中継映像――――――

 

 

 それはまさに演習としては在り得ない、成立しないであろう様相を呈していた。事前に搭乗者の情報がリークされていたのだろう、仮想敵(アグレッサー)を務める四機のF4・激震は持てる全てを6号機の吹雪に注ぎ込んでいた。

 

『ちくしょう! レイピア3、そっちに行ったぞ!』

『フォローに入るよ!』

『駄目だ、速すぎる! 本当にタイプ97なのか!?』

『深追いしすぎるなよ、残りの二人に裏を掛かれる!』

 

 正確には6号機に注ぎ込まなければならなった。6号機は戦闘開始と同時に突撃し、散開するレイピア2を捉えた。出鼻を挫かれたアグレッサーチームは後退しつつこれを包囲し、迎撃しようと試みた。序盤で敵のエースを潰せれば勝利は確定したも同然だからだ。

 だが、彼らの読みは外れた。対BETA戦におけるベテランの読みは、戦術機運用におけるイレギュラーを上回ることは出来なかったのだ。

 

『い、いつの間に後ろに――――うわぁぁぁっ!?』

 

 6号機に背後から短刀で袈裟斬りにされたレイピア3がその場で両膝を突いた。撃破されたと判定され、機能停止状態になったのだ。

 しかし驚嘆すべきは6号機――――白銀武の戦術である。ブーストダッシュで敵機に急速接近し、間合いをつめたところであらぬ方向へジャンプする。これをされるとたとえレーダーがその機影を捕捉し続けていても、人間の意識はそれに追随できるほどのスピードを発揮できず、人間の認識領域は彼の存在を見失ってしまうのだ。

 

『だが着地の硬直は……もらったぜ!』

 

 白銀の着地点を予測し、そこへ突撃砲を向けたレイピア1の判断は正しい。いかに戦術機といえど、そのサイズと重量ゆえに着地の反動はかなりのものになる。受身を取らなければ勢いを殺しきれずに転倒してしまうだろう。そしてその一瞬こそが彼を倒す唯一の隙―――――

 

『な、なに!?』

 

 そこは新型OSXM3』の面目躍如である。従来機とは比べ物にならない反応性を誇るそれは、着地の硬直を消滅させるためのリバース・ブースト(減速噴射跳躍)を同時に次の移動手段にすることを可能にした。つまり白銀は、着地の直前に行なったリバース・ブーストを地面のある真下ではなく横方向に向けて行なったのだ。

 結果、機体は着地せずにそのまま別方向へ飛び去っていく。水平飛行する際に胸部装甲が僅かに地面を抉るほどのシビアなタイミングで、レイピア1の眼前に飛び込んできたはずの獲物は忽然と姿を消していた。

 

 

 

 以上が自分で把握できた中継内容の全てである。と言うよりも、カメラの捉えられた映像がこれで全部だった。あとはあまりに白銀機の動きが激しすぎて認識不可能になっている。

 結果だけいえば207小隊の完全勝利。アグレッサーのうち二機は白銀が撃破している。残りは仲間二人が一機ずつで計四機。演習に参加した小隊でアグレッサーを全滅させたのは午前の部では207小隊のメンバーだけだった。他の部隊は初めての新型OSに困惑し、戦闘に専念できる状態ではなかったようだ。

 そんな様々な要素を考慮したとしても、白銀武駆る6号機の戦闘能力は異常過ぎる。

BETAはもとより戦術機との戦闘も視野に入れたと思われる機動パターン。

 特殊な戦闘機動を可能にする操縦技術と衛士本人の適性。

 これらを最大限に発揮させる新型OSXM3の基礎概念。

 これだけのポイントを一人の人間が保有することなどできるのだろうか。

 

「柏木、どうだ?」

「あ、中尉……」

 

 モニターに釘付けになっていた私に声をかけたのは宗像中尉だった。中隊の中でC小隊の小隊長を務め、インターセプター・レフトのポジションを請け負う部隊のナンバー3

 

「恐ろしい男だ」

「え?」

「元は外人部隊で戦術機を動かしていたらしいが、それだけで果たしてああもベテランの衛士を翻弄できるのか……余程の戦闘経験と技術教練、そして非凡な才能の持ち主だからといえば、それまでだが」

「………宗像中尉」

「お前さんの考えていることは、大体こんなところだろう」

 

 どうやら私の思考は読まれていたらしい。それだけ顔や態度に出ていたのだろうか。一応、ポーカーフェイスのつもりだったのだけれど……

 

「宗像中尉は気にならないんですか?」

「もちろん気になるさ。けど、すぐにヴァルキリーズの一員になるんだ。焦る必要も無いよ」

「でも……」

 

 この時、私は何故か無性に白銀武のことが気になって仕方がなかった。彼と話をしたい、いや……しなければならないという直感が私を支配している。

 

「柏木、第二チームの警戒任務は1300からだったな」

「は、はい」

「間に合うなら、好きにしなさい。大尉には私が話しておく」

「はい! ありがとうございます」

 

 

 

 

 アグレッサー部隊を完膚なきまでに叩きのめしてしまった俺は、今や基地中の注目の的となってしまった。ハンガーに機体を固定し、降りてからというもの賞賛の声と『かわいがり』が引っ切り無しだ。

 

「強化装備のおかげで大したことないけどな」

 

 それでも自分よりも一回りも大柄な男に思い切り背中を叩かれるのは中々怖かったりするものだ。例え痛くなくても、精神的にこう、何かが来るのである。

 

(だが、問題はこれからだ……)

 

 夕呼先生は間違いなく、基地の機密ブロック(どこにあるかは知らないが)に冷凍保管されているBETAを開放して奇襲攻撃をさせる。前の時は戦意回復用のマインドコントロールで醜態を晒す羽目になり、結果としてBETAに機体を撃破されて………まりもちゃんを死なせてしまった。

 防ぐ方法はただ一つだ。

 

「こいつを――――――使いこなすしかない」

 

 見上げればアルフィ特尉の不知火・弐式が、ハンガーに固定され直立不動のまま出撃の時を待ちわびていた。任官の前日にアルフィ特尉より専属衛士を任されていたが、今日まで一度も動かしたことはない。シミュレーターでさえも。

 ここはA01用の格納庫の最奥部……特尉用の機密ブロックだ。事前に特尉がパスを用意してくれていたので出入りは自由だったが、出撃直前の今になるまでここに来ようとは思っていなかった。

 要は一人になりたかったのだ。207小隊の連中と顔を合わせたままでは、決意が鈍ってしまいそうだった。今回は俺一人で成し遂げなければならない。俺の正体を知らないあいつらを、巻き込むわけにはいかなかった。

 幸い、午後からの演習は俺だけ『不知火・弐式の実戦性能検証および完熟訓練を目的とした総合演習』になっている。総合演習と言っても、実際は六機の激震を相手に何処まで戦えるか、という半分イジメみたいな内容だが……

 

(必ず防ぎきって見せる……必ず、だ)

 

 特尉に頼み込んで近接専用短刀だけは実戦用の物を搭載してもらってある。他は全部模擬戦用のダミーなので、ヴァルキリーズが出撃するまでの間は二本のナイフだけでBETAと戦わなければならないのだ。

 

(下手すりゃ死ぬな、これは……)

 

――――――カツン

 

「っ……誰だ!?」

 

 不意に聞こえた足音に、声を荒げながら振り返る。ロックは開けたままにしていたが、基地要員ならここが勝手に立ち入れる場所ではないと知っているはずだ。

 

「あ、ご……ゴメン。邪魔しちゃった、よね?」

 

 そこには、かつて亡くした戦友の姿があった。

 柏木晴子。

 佐渡島ハイヴ攻略戦において、自爆する大尉を護って戦死した……仲間だった。

 

「……………………………」

「えっと」

「……………………………」

「起きてる?」

「え? あ、ああ。起きてる。大丈夫だよ」

 

 咄嗟のことで頭がフリーズしてしまっていたようだ。かるく二、三分は意識が飛んでいたかもしれない。まさかこのタイミングで再会してしまうとは……

 

「白銀武……少尉だよね」

「ああ」

「私は柏木晴子。階級は少尉ね。一応これでも衛士なんだけど」

「知っているよ」

 

 ああそうだ、知っているとも。

 結構割り切った、ドライな性格のくせに弟想いで……なんだかんだで佐渡島で自爆する大尉のことを割り切れなかった、優しい奴だ。

 

「え?」

「資料は、読んでいるからな」

「そっか……少し、話をしてもいい?」

「時間までならな」

 

 演習の準備開始まであと十分ほどある。

 

「ありがと。ところで少尉の戦闘機動って――――」

「白銀でいい」

「?」

「呼ぶ時は、普通に白銀って呼んでくれ。階級は同じなんだしさ。代わりに俺も柏木って呼ぶからな」

「あはは、了解〜。それで白銀ってさ、あのアクロバットってどうやって考えてるの? もしかして全部自分のオリジナルとか?」

 

 厳密にはオリジナルじゃあない。バルジャーノンで使っていた基本テクニックを応用・再現しただけ……でも今それを言っても理解してはもらえないだろう。

 

「一応はオリジナルになる、のかな」

 

 こう答えるのが一番無難だ。

 

「ふ〜ん……でもさ、普通の衛士じゃあんなこと思いつかないよね? やっぱり大陸で戦っている衛士は違うのかな」

「さあな」

 

 もうすぐ時間だ。

 一方的に会話を打ち切った俺は振り返り、ワイヤー製の搭乗用の縄梯子を上っていく。

 

「ま、待ってよ! 最後に一つだけ……!」

 

 下から柏木が大声で問いかけてくる。

 

「白銀は何のために衛士になったの!?」

 

 そんなことは決まっている。

 

「お前たちを死なせないためだ。それから一つアドバイス……今日は敵が来る」

「え? て、敵?」

 

 コックピットに滑り込み、ハッチを閉じる。OSを立ち上げて出撃態勢に入ったところで、

 

ドドドドドドドドッ!!!

 

『わぁっ!? なんなの!?』

 

 爆音と衝撃。

 ハンガーが上下左右に揺さぶられ、天井から埃やら塵やらがパラパラと降った。

 

(早い! 俺の記憶よりも……夕呼先生に読まれたか!?)

 

 それは在り得る。俺が未来を知っていることを認識しているなら、当初の予定よりも奇襲を繰り上げることも可能だろう。

 マズイ、マズイぞ!

 

「柏木! すぐに出撃しろ、コード991だ!」

『う、うそ!?』

「データリンクで拾えるはずだ! 俺は先に出る!」

 

 衝撃で尻餅をついていた柏木を避けながら地上へのシャフトをブーストジャンプで移動する。リフトを逐一動かしている暇はない。

 地上のゲート前に出たところで緊急警報が鳴り始めた。『コード991』……BETAの襲来を知らせる、この世界で最大級の危険を意味する報せだ。

 

HQ、こちら20706! 状況は!?」

『こちらHQ。第二演習場の地下から多数のBETAが出現、レーザー種は小型種を複数確認。演習中の部隊は最寄のハンガーまで後退中です』

「即応部隊は!?」

『現在出撃準備中です。最速であと五分はかかります』

 

 やはり……このままではあの時と同じになってしまう。被害が拡大すればするほど事後処理に手が回らなくなり、BETAの駆逐が遅れてしまう。

 

「敵戦力の集中しているポイントを教えてくれ。出鼻を挫く」

『ですが、弐式の装備は演習用の……』

「ナイフは実戦用だ。何とかする」

『……了解しました。敵は二手に別れ、第二演習場の第12ハンガーと第一演習場をそれぞれ目指しています』

20706、第二演習場へ向かう」

 

 実戦では死重量でしかない演習用の突撃砲と長刀をパージし、俺は弐式を大きく跳躍させた。

 

 

 

 

20701より各機! 全機最大速度でNOE(匍匐飛行)! 第七ハンガーへ向かい火砲を受領する!」

02了解!』

03了解!』

04了解』

05、了解です!』

 

 初の実戦において多くの新兵はパニックを起こし、本来の技能を発揮することなく戦死するケースは過去の戦争を顧みても少なくない。207小隊の面々も例外ではなかった。

だが、最新技術の全てをBETAとの『戦争』に投入する現代は違う。音声と視覚効果による催眠処置と興奮剤の投与によって正気を取り戻した小隊は、実弾を装填した兵装を受領し、それを前線に届けるべく演習場を移動していた。

 

「っ…………!」

 

 小隊長の榊はハンガーまでの距離をマップで確認しながら歯軋りした。兵装を準備している第12ハンガー(・・・・・・・)まで直線距離ではさほど遠くはない。戦術機の機動力ならば五分足らずで辿り着けるだろう。

 しかし現在はレーダー種が存在するために高高度飛行が不可能である。市街地をそのまま転用した演習場は障害物が多く、地上の移動では大きく迂回せざるを得ないのだ。

 何度目かの十字路に差し掛かったところでトラブルが起こった。本来ならば機体各部に搭載されているカメラなどを使って伏兵の有無を確認するのだが、先述の催眠処置を施され冷静を欠いた207小隊はそれを怠ってしまった。

 

「て、敵!? 01、エンゲージディフェンシヴ!」

 

 たった二体の要撃級BETA。しかし新兵――――――それも演習用の装備しかなく、攻撃力をまったく持たない彼女達にとっては死神も当然だった。

 隊列の先頭だった榊に要撃級が襲いかかろうと、何本もある足をフル稼働させて突進する。咄嗟に後退する榊の吹雪は一瞬で間合いを詰められ、モース硬度15以上という両腕の衝角が振り下ろされ――――

 

「い、いやぁぁぁぁっ!?」

 

 ザシュゥッ! ザシュザシュッ!

 

 網膜投影される映像には、滅多切りにされた頭部から体液を噴き出させて崩れ落ちる要撃級の姿があった。

 

「え………?」

 

 轟、と大気が唸ったと思えば両腕を斬り落されたもう一体のBETAが頭を潰されて絶命していた。

 薙ぎ払ったのは二振りの戦術機用短刀を握る、一機の不知火。突撃砲も長刀も持たず、この機体は戦場へ現れたのだ。

 

『大丈夫か、委員長? 迂闊だぜ』

「え、ええ。貴方、白銀?」

 

 声の主は、午後の特別演習のため小隊から離れていた白銀武だった。特別仕様の不知火に乗ると言っていたが……

 

『ああ。とにかくここは俺に任せてハンガーへ急ぐんだ。もうすぐBETAの群れがこっちに押し寄せてくる』

「わかったわ。すぐ、武器を持ってくるから」

『信じてるぜ』

 

 疑念を持つ余裕はない。

 敵はすぐそこまで迫っている。

 榊は小隊を率いてハンガーへと急行するのだった。

 

 

 

 

 緊急時の即応部隊として待機していたA01こと『伊隅ヴァルキリーズ』のうち、即座に出撃できたのは隊長の伊隅とB小隊長の速瀬、それから柏木だけだった。12人構成の中隊の半分以下の戦力しか展開できていない。もっとも先の12.5事件までに何人もの部下を亡くしているヴァルキリーズは、定員の12人を満たしてすらいなかったが。

 そのため、伊隅は緊急にヴァルキリー小隊ABを編成して今回の任務に当たっていた。Aチームは伊隅を小隊長に風間、涼宮の三人。Bチームは宗像を小隊長に速瀬、柏木という編成だ。

 すでに被害が50%を越えていた第一演習場へ急行し、BETAの掃討を開始する。第二演習場は試験小隊が参加する特別演習のため半ば隔離された状態だったおかげで、友軍の配置も少なく、BETAの流入も少なかった(BETAは戦術機を優先的に狙う為、ターゲットの多い第一演習場に集中していた)。

 だが、その推移が突如として覆った。部隊専属の管制官である涼宮遥中尉がオープンチャンネルで報告してきた。

 

『ヴァルキリー・マムより全ユニットへ。地下から出現中のBETAが針路を反転、第二演習場へ流入しています』

「なんだと!? 数はどうなっている!」

『大型種30、小型種は300以上と推定されます。すべてのBETAは―――――そんな、信じられない……』

「どうした涼宮、報告しろ」

『すべてのBETAは……一機の戦術機へ殺到しています。識別は……20706です。すでに十数体のBETAに包囲されている模様』

 

 他にも戦術機はいるはずである。だがBETA20706だけを集中的に狙って行動している。しかし驚くべきはBETAに包囲されながら未だに持ちこたえているという点だ。いかに衛士と機体が優れていても、現実にはあり得ないことである。

 幸い、第一演習場は戦線を押し返すことができた。今すぐ第二演習場に急行すれば救援が間に合うかもしれない。

 

「ヴァルキリー1より各機、これより第二演習場に急行する! 遅れるな!」

『了解! そうこなくっちゃ大尉』

 

 長刀を持ち直す速瀬が口元を吊り上げる。どこか嬉しそうだが、Sっ気が全開な笑みだ。

 

『天才衛士の戦闘を生で見れますかね〜』

 

 柏木も突撃砲のマガジンを交換しながらおどけてみせる。

 しかし状況は一刻を争う。戦術機単独で戦線を維持するなど、そう長く持つはずがないのだ。

 

 倒壊しかけたビルを回避しながら三機のTFS94『不知火』が疾走する。まだレーザー種の殲滅が確認できていないため、地上をNOEで移動するしかない。

 

『センサーに感! 戦術機の戦闘機動音です!』

 

 柏木が報告するや否や伊隅は機体のカメラを戦闘音のする方向へ向けた。速瀬と柏木もそれに続く。無論、三人とも移動を中断することはない。

 しかし彼女達の思考を中断させるには充分すぎるほどの光景がそこにはあった。

 

『うおおおおおおおおおっ!』

 

 飛び掛ってくる要撃級の腕を掴み、勢いのまま振り回してすぐ側のビルへ叩きつける。反動で硬直する機体を強引に跳躍させ、背後から迫っていた突撃級BETAを回避―――――そのまま背後に着地して敵の背中へボロボロの短刀を突き立てた。

 BETAの返り血を浴びてどす黒く染まった装甲。

 両手に持ったナイフは度重なる酷使に刀身は磨耗して切れ味は皆無に等しい。

 しかし機体はまったく損傷はなく、あってもせいぜい装甲表面の裂傷程度だろうか。

 

「な、なんという……」

『無茶苦茶だわ。なんて、滅茶苦茶なの』

『まるで鬼――――ですね』

 

 そう、まさに鬼。

 眼前でなおもBETAを殴り、蹴り、貫く不知火・弐式は怒れる修羅さながらであった。一体の要撃級から引き千切った衝角をそのまま武器として振り回し、小型種を次々に叩き潰す。

 一行の前にいるのは天才衛士でも何でもない。怒り狂い、戦場を蹂躙する暴君である。

 

「とにかく、援護するぞ! ヴァルキリーズ、続けッ!」

『了解!』

『了解!』

 

 伊隅たちの不知火が側面から強襲を掛け、BETAの注意を20706から逸らそうと試みる。突撃級を三体、蜂の巣にしてやったところで後続のBETAは優先順位を伊隅たちに切り替えたように突進を開始した。

 それを確認したのか、20706はすかさず後退してビルの影に姿を隠す。さすがに攻撃を継続するほどBETAとの格闘戦は楽ではないらしい。

 

20706、無事か? 応答しろ!」

『こちら20706、白銀少尉。関節に多少ガタはきてるが、まだ行けます!』

「武器はあるのか?」

『え……と、無いです。ナイフも最後の一本がさっき折れましたから』

 

 後方にレーザー種が控えているため、伊隅たちもビルなどの遮蔽物を利用しながら突撃砲で頭を押さえるしかない。

伊隅は考える。残りもそう多くはない弾薬を白銀に分け与える余裕はない。かといって丸腰同然の彼を庇いながら後退することも困難だ。どのみち、ここで食い止めなければハンガーまで一気に突破されてしまうだろう。

ここで一気に畳み掛けるしかない……伊隅は隊長となってから何十回と繰り返した深呼吸をして、腹を決めた。

 

「全員聞け! ここで奴らを押さえ込まなければ基地施設まで踏み込まれてしまう。確実に阻止するぞ!」

『了解!』

「私と速瀬で敵前衛を引き付ける。白銀は私の合図で敵陣後方へ突入し、レーザー種を掃討しろ。柏木は白銀を援護、近接短刀は二本とも貸してやれ」

『大尉〜、あたしも一緒に突入していいですか?』

「速瀬、やるなら白銀のベッドで突入しろ。なんなら命令してやろうか?」

『遠慮させていただきます!』

 

 軽口を叩きながら速瀬と伊隅は隠れたまま突撃砲だけを突き出し、特に照準もせずに撃ちまくる。路地を形成する建造物を軒並み突き崩しながら突進する要撃級の群れは、この出鱈目な掃射に一瞬ではあるがたまらず足を止めた。

 

「行け、白―――――――」

 

 伊隅の合図を掻き消すように接近警報が鳴り響く。音感センサーが地中から小型種の接近を感知し、盛大にアラームをかき鳴らしたのだ。

 

 

 

 

『行け、白―――――――』

 

 地中からのBETA接近を感知したセンサーが警告を発している。出現予測地点は俺と柏木のすぐ近くだ。このまま彼女を増援の対処に廻すべきか迷う……時間にしておよそ二秒も無かっただろうが、その数瞬のうちに俺たちは小型のBETA――――戦車級に取り囲まれてしまった。

 数にしておよそ200ほど。突破できないことは無いが、四方を完全に囲まれてしまっていては……

 

『行って! 私が援護するから――――』

「バカヤロウ! 一人置いていけるかよ!」

 

 言うより早く俺は不知火・弐式の両手に握らせたナイフで、戦車級の壁へ斬りかかっていた。問答無用で刃を振るい斬り崩さんと試みるが……

 

『無理だよ、突破できない!』

「まだだ、まだ諦めるわけにはいかねえっ!」

 

 後ろからにじり寄る戦車級を掃射で押さえ込む柏木の弱気を、怒鳴って否定して見せても俺には状況を打破する手段は無い。

 

(ん……?)

 

 四時方向から駆動音、か?

 

『受け取れ、タケルッ!』

「冥夜か!?」

 

 頭上を見上げれば放り投げられた突撃砲が一丁。すかさずブーストジャンプで掴み取り、正面の敵へ36ミリ弾を叩き込む!

 

「よし……このまま突破するぜ!」

 

 そこからはあっけないほど簡単に片がついた。

 合流した207小隊とヴァルキリーズの待機組によって瞬く間にBETAは殲滅され、三十分後には基地区域内でのBETA全滅が確認されたのだ。

 それでも俺は「念のために」と二つの演習場内を見回り、小型種が残存していないか確認作業を続けていた。

 

(さすがに、もういないよな……?)

 

 日も暮れて午後七時過ぎ。これだけ時間も経過して発見されないのなら、今度こそ全滅できたのだろう。

 

(これで、軍曹は―――――まりもちゃんは助かったんだ)

 

 前の時は、俺のせいで死なせちまった……けど、もう大丈夫だ。俺は歴史を変えたんだ。

 弐式を演習場からハンガーへ向かわせると、その搬入口の前に人影が見える。防寒着を着込んで、白い息を吐きながらこっちを見てるのは、

 

「まりもちゃん!?」

 

 ついうっかり口に出しちまった。さらに厄介なことに外部スピーカーのスイッチが入っていたらしく、それを聞いた彼女は腰に手を当てて膨れっ面で俺を睨んできた。

 機体を跪かせ、ハッチを開けて外に出る。十二月の風は思ったよりも冷たくて、頬を突き刺すような感覚があった。

 

「白銀少尉? 私を仇名で呼んでいただくことは構いません。しかしあんな大音量で周囲に聞かせるのはやめていただきたいのですがっ!」

「す、スンマセン!」

 

 まりもちゃんの剣幕に思わずたじろいで、勢いで思い切り頭を下げた。階級は変わっても上下関係は変わらないもんだ……つくづくそう感じるよ。

 

「ほら、頭上げなさい。軍曹に頭を下げる少尉なんて格好がつかないでしょう?」

「あ、はい……」

 

 頭を戻すと、俺を見上げるまりもちゃんと視線が合う。

 

「寒く、ないですか?」

「私は大丈夫よ。それより、貴方にお礼が言いたくて来たのよ」

「お礼ですか」

 

 コク、と頷く彼女の仕草は、普段の鬼軍曹とはあまりにかけ離れていて……どこか愛おしさがあった。

 

「私の教え子を必死で護ってくれたでしょう? 指揮所で通信聞いてたら、近接用短刀だけで敵の中に突っ込んだって……」

「さすがに無茶がすぎました。二度とゴメンですよ」

「それに警報解除の後もこうやって巡回して。さすがは外人部隊の凄腕衛士、私も見習わなきゃ、ね?」

「それでも――――」

 

 例え何百回、同じ事を繰り返していたとしても。

 例え何千回、同じ事を言われていたとしても。

 

「それでも、まりもちゃんは俺の教官です」

 

 俺をここまで叩き上げてくれたのは、貴女なんだ。

 

「こら」

「へ?」

「また、まりもちゃんって呼んだわね」

 

 口を尖らせるまりもちゃんの瞳には涙が……大粒の涙が浮かんでいて、ぼろぼろと零れてきて、

 

「あの子達が無事に帰ってきてくれて、それだけでも嬉しいのに……」

「あ、えと――――その」

「白銀にそんなこと言われたら、我慢してたのに……」

 

 涙を拭って濡れた手が、どむ、と俺の胸にぶつけられた。握り締められた指は細くて、震えているのはあまりに強い力で握っているからじゃない。

 この演習が終われば俺たち207小隊は正式にA01に編入され、同じ基地の中にいるとしても会話に制限が掛かる。まして副司令直属の計画実行部隊なんだ。戦死する確率だって今日の比じゃない。

 また一緒に話をすることが、もしかしたら二度と来ないかもしれないんだ。

 

「笑ってありがとう、って言って終わりにするつもりだったのよ? それを――――」

「スンマセン」

 

 謝るよりも先に、まりもちゃんを抱きしめていた。

 

「白銀……」

「全部終わったら、機密もへったくれも無いですよ。そしたら、アイツらと一緒にワイワイやりましょう。約束です」

 

 今なら分かる。まりもちゃんが死んで悲しかったのは、『俺の大切な教官だったから』だけじゃない。俺がまりもちゃんと呼んでいたのも、学校にいた頃からちょっかい出してからかったりしていたのも全部……

 

(好きだったから、なんだよな)

 

 初めて教官のまりもちゃんに会った時に憶えた悲しさも、つまりはそういうことなんだと思う。これがいわゆる異性に対する愛情なのかは分からないけど、それでも大切に思っていたんだ、俺は。

 なら、そのことだけは伝えておくべきだと思う。もう二度と、会えないかもしれないのなら。

 

「まりもちゃ――――」

「白銀危ないッ!」

 

 次の瞬間、俺は地面に引き倒されていた。しこたま打った右の頬が痛い。

 

「まりもちゃん、何を――――ッ!?」

「白銀、逃げなさい……早くっ!」

 

 目の前では、薄気味悪いぐらい白いBETAの小型種『兵士級』がまりもちゃんの右腕に喰らい付いていた。人間の頭部を異様に膨張させたようなそれは、むき出しの歯で腕の肉を食い破っていく。

 

「白銀は、ぐうぅっ……やらせない!」

 

 左手で腰のホルスターから抜いた拳銃をBETAの頭部に向けて立て続けに発砲する。二十二口径の弾丸に貫かれた兵士級はさらに暴れまわってまりもちゃんを吹っ飛ばした。

 宙に投げ出されたその体を何とか受け止めると、その右腕は完全に引き千切れていた。傷口からは大量の出血……

 

「まりもちゃん!」

「何で、逃げないの……」

「軍曹を置いて逃げ出す少尉なんて、格好が付かないだろ!」

 

 搬入口と俺たちの間にBETAが割り込む形になってしまった以上、逃げ道は一つしかない。俺は彼女を抱えたまま弐式へ向かって走った。

 

「クソッ! ついてくんじゃねえ!」

 

 まりもちゃんの手から拳銃をひったくってトリガーを引く。地面をすべるように走る白い化け物は、体に何発喰らってもひるみはしない。頭を狙えなきゃ、こんな小火器じゃ話にならねえっ!

 

「くっ、追いつかれる!」

「私を置いて逃げなさい……どうせ長くは持たないわ」

「俺は諦めねえ! 絶対に諦めるわけにはいかないんだよっ!」

 

 もう少しで弐式のコックピットハッチだ。でも、奴はもう俺のすぐ後ろまで迫っている……やっぱり無理か!?

 

「跳べ、少尉!」

「う、うおおおおおおおっ!」

 

 まりもちゃんを抱く腕に目一杯力を込めて前へ跳び込む。同時に俺の頬を掠めるように何十発もの銃弾が駆け抜け、

 

『キシャァァァァァァァッッ』

 

 すぐ後ろで全身を切り裂かれた小型種の奇声が耳を打つ。さらに掃射は戦術機の36ミリ砲が加わり、たちまちBETAはただの肉の塊へと変わっていた。最初に銃声の類が聞こえなかったのは跳び込んだ時に思いっきり頭を打ったからだろう。

 

「無事か、二人とも!?」

 

 駆けつけてきたのはアルフィ特尉と、何名かの守衛だ。さらにその後ろからは担架を抱えた衛生兵と、特別処理班が走って来るのが見える。

 

「俺は大丈夫です! だけど、まりもちゃんが……!」

「分かった。後は医療班に任せて君は消毒処置を受けなさい」

「だ、大丈夫ですよね?」

 

 特尉に問いかける俺に答えてくれたのは、衛生兵の一人だった。

 

「出血は多いですけど大丈夫です。ただ失った腕は擬似生体を移植することになりますが……」

「そう、ですか……軍曹をお願いします」

「はい」

 

 担架で運ばれていく彼女を、俺は見送ることも出来ずに立ち尽くすだけだった。

 

 

 

 

――――――20011211

国連極東方面第11軍横浜基地・副司令室

 

 時刻は深夜二時過ぎ。あの後、俺は消毒処置と事情聴取を立て続けに受けて開放されたのは一時間ほど前のこと。BETAの体液は特殊な細菌を含んでいるらしく、即座に殺菌・消毒を行なわなければいけないのだそうだ。処置と経過観察で四時間あまり……診察台に拘束されっぱなしだったから、体の節々が痛むぜ。

 事情聴取の方は簡単に終わった。不知火・弐式のミッションレコーダーとアルフィ特尉たちの証言と照らし合わせる形で、どういう状況でBETAと遭遇したのかを質問されただけだ。

 まりもちゃん―――――神宮司軍曹は容態も安定していて、今はICUから通常の個室に移されたという。そこで様子だけでも見に行こうとした俺を、夕呼先生が捕まえて自分の部屋まで連れてきたというわけだ。

 

「まず、アンタには礼を言わないとね」

「え?」

「まりもを助けてくれたでしょ。なんだかんだで付き合い長いから、居なくなられると困るのよ」

「そうですか。でも俺は、やるべき事をやっただけですから」

 

 一人でも多くの人間を助けること……仲間は絶対に死なせないことが、俺の最大の目標だ。だから、軍曹を助けたのは当たり前のことにすぎない。むしろ出来なければならないとさえ思っている。それが、未来を知っている人間の義務なんだ。

 

「それで、俺を呼んだ本当の理由を聞かせて下さい」

「ああ……理由は二つ。一つはさっきのまりものこと。もう一つは今日の午前七時にアンタへ与えられる特別任務についてよ」

「特別任務?」

「そうよ。帝国城内省が極秘裏に開発している対異星原種生命体決戦兵器というのがあってね。アンタにはこの基地を代表してオブサーバーとして行ってきてもらいたいのよ」

「オ、オブサーバーですか」

 

 しかも帝国城内省ってことは斯衛だよな。そんなところが決戦兵器を造っているなんて全然知らなかったぜ。

 

「期間は五日。JFK代表としてアルフィも同行するから、詳しいことは彼女に聞きなさい。出発は0730、第二管制塔前に停車しているジープを使えばいいわ。こっちで用意しておいたものだから安心なさい」

「安心って?」

「爆弾の類は仕掛けられてないってことよ」

「………了解です」

「あと」

 

 部屋を出ようとする俺へ、最後に夕呼先生は一言だけ付け加えた。

 

「時間までは、まりもの側に居てやってちょうだい」

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 ノックをしてから病室の戸を開けると、中ではまだ眠り続けている神宮司軍曹とパイプ椅子に腰掛けたアルフィ特尉の姿があった。

 

「白銀少尉か」

「特尉は、ここで何を?」

「お前は……いや、いい。後は任せるぞ」

 

 彼女が何を言いたいのか、さっぱり分からない。

 だが特尉はチンプンカンプンな俺を置いて、さっさと部屋から出て行こうとしているし!

 

「ど、何処行くんですか!?」

「邪魔者は退散しようと思ってな」

「は?」

「なに、男が一世一代の大勝負をしようというんだ。こういう時は二人っきりにしてやるのが―――――」

「誰もプロポーズなんかしませんよッ!」

 

 大声で否定する俺を特尉がものすご〜く……ニヤニヤと笑っている。そして俺は墓穴を掘ってしまったことに気付くのだった。

 

「そうか、プロポーズしないのか」

「でも昨日の夜はそういう空気だったわ」

「はい!?」

 

 背後からの不意打ちにステップ&ロールで180°回転する。視線の先では、声の主である神宮司まりも(年齢不詳・独身)がベッドの上で(わざとらしく)枕に半分顔をうずめ、

 

「そうよね……私ピー歳になっても独身だし、恋人もいないし。周りからは鬼軍曹なんていわれているもの。女性としての魅力なんて欠片も無いわよねー」

「そ、そんなことないッス!」

 

 そんな風に言われたら否定するしか無いじゃねえか!

 だいたい、片腕失くした人間が昨日の今日でこんなに元気になるものなのか? 出血だって半端じゃない量だったはずだ。普通は二、三日は安静にしてなきゃいけないものなんだけど……

 

「ていうか、怪我は大丈夫なんですか?」

 

 冷静になって尋ねてみる。

 

「ん? ええ、一応ね」

 

 答えるまりもちゃんの顔がかすかに曇る。言葉もえらく歯切れが悪い。もしかして、もう戦術機に乗れないとか……そういうことなのか?

 確かヴァルキリーズの涼宮中尉は、移植した擬似生体の神経接続が問題で戦術機適正に引っかかったとか言っていたけど―――――やっぱり人工の手足じゃ限界があるのか。

 

「まりもちゃん?」

「白銀、貴方に頼みがあるの」

 

 その左手が差し出したものは……拳銃だった。昨日の夜、襲い掛かってきた兵士級を撃ったそれだ。

 

「これ、昨日の――――」

「受け取って。お願い」

 

 俺が銃を受け取るのを確認してから、まりもちゃんは真っ直ぐな視線のまま言った。

 

「それで私を殺して。白銀」

 

 

――――――この人は、今、なんて言ったんだ?

 

 

「昨日、BETAに腕を食いちぎられた時に、その体細胞が私の体に侵入したそうなの」

 

 

――――――何を、言っているんだ? 細胞が、侵入だって?

 

 

「私がさっき目を覚ました時点で、体の六割から七割がBETAのそれに変質している」

 

 

――――――嘘だろ? 嘘だって言ってくれよ。

 

 

「嘘じゃないわ。見れば………分かるはずよ」

 

 起き上がり、ベッドの上に立ったまりもちゃんは惜しげもなく患者用の衣類を脱ぎ捨てた。

 

「こんな形で、貴方に見せることになるなんて……皮肉よね」

 

 腰から下は、完全に構造が変化していた。お腹も、胸も血管が浮き上がって、徐々にだけど色や皮質が変化していっているのが分かる。

 

「それでも白銀君(・・・)。貴方に最期を看取ってもらえるなら……私はそれで充分幸せよ」

 

 もう、手遅れなんだ。

 やっとその事実を飲み込んだ俺は、震える手でなんとか銃を構えた。視界が滲んでいることを理由にできないほど、すでに照星はまりもちゃんの額を捉えている。

 トリガーを引く前に一言だけ、俺は昨日の夜に言うべき言葉を告げた。廻らない舌を何とか動かして、それでも、しどろもどろだけれど。

 

――――――俺は……まりもちゃん、大好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さよなら、白銀君―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 20011211

 時刻0643

 

 訓練時代の恩師が負傷したという報せを聞いた伊隅みちるは、基地の医療施設を訪れていた。手には今や貴重品である花の鉢植えがある。道すがら、自身の中隊に配属予定の珠瀬壬姫から預かったものだ。見れば鉢には現在の207訓練小隊の面々が書き込んだメッセージがある。

 昨日の一件の後に早々と顔合わせする形になった207小隊とA01中隊だったが、彼らの中でも軍曹の負傷を知らされたのは隊長であるみちるだけだった。

 

 何事も無ければいいけど……

 

 胸中に渦巻く不安。かつて鬼軍曹と呼ばれた神宮司まりもの当時を知る彼女は、こんなことで死ぬはずが無いと頭を振って歩を進める。

 そして、軍曹の居る病室の前に立ったその時だった。

 

『う、うわああぁあぁぁぁぁぁぁあぁっっっ!!!!!!』

バン! バンバンバン! バンバン!

 

 鳴り響く銃声と、青年の引き裂かれたような叫び。

 さらに生きた何かが暴れまわる物音と(・・・・・・・・・・・・・・)、立て続けに銃声が再び。

 

『ちくしょう! まりもちゃん……くそぉぉぉぉぉぉっ!!!』

 

 声には聞き覚えがある。確か207小隊の白銀武だ。

 みちるは戸を開け放った。そして開けるべきではなかったと後悔した。

 

『あ、ああ――――――っ』

 

 壁や床、さらには天井まで撒き散らされた紫の体液と内蔵。「神宮司まりも」のネームプレートが掛けられたベッドの前では、放心状態の青年がブローバックしたままの拳銃を両手で握り締めたまま立ち尽くしている。

 ベッドそのものへ視線を向けて、みちるは今の隊長職に就いて初めてパニックを起こした。いや、起こしかけたというのが正確だろう。実際に彼女は取り乱すことは無かった。

 

 何なのだ、これは……っ!

 

 それでも思考の混乱は免れられなかった。

 眼前の光景は彼女の想像を完全に逸脱していたのだ。

 

『う……ううぅ…………ちくしょう、ちくしょう―――――』

 

肉体の半分以上が兵士級のBETAに変じ、

左腕で自らの腹を突き破って臓物を引きずり出し、

 

『どうしてなんだよ、どうして―――――』

 

 人ならば致命傷であるはずでも死には至らず、

 

『俺がまりもちゃんを……殺さなきゃならないんだァァァァァァァァァァッ!!!』

 

 白銀武によって額を撃ち抜かれ、ようやく安らかな顔で絶命した神宮司まりもの姿があった。体の大半を異形の化け物と成りながらも、唯一その微笑みだけは人のままであることが、せめてもの救いだろう。

 

 

 

 青年の慟哭が止むことはない。

 奪われるならばまだしも、如何な因果で愛する師の命を絶たねばならぬのか。

 

 外は雨。

 彼の心を凍てつかせる様な、冷たい冬の雨だった。

 

 

 

MUVLUV Refulgence

~Another Episode of MUVLUV ALTERNATIVE~

 

V.憎しみに霞む愛

 

 

 

筆者の必死な説明コーナー(PTSD編)

 

今回の執筆でゆきっぷうは原作プレイ時のトラウマが再発したため、

あとがきは割愛させていただきます。

なにとぞ、ご了承くださいませ。

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

護るべき人を自らの手で殺めた事実を仲間達に隠したまま、

男は再び戦乙女の軍門を叩く。

作戦の刻限が迫る中、鍛錬に明け暮れる彼に突きつけられたのは、

己に課せられた新たな宿命であった。

 

 

 

MUVLUV Refulgence

~Another Episode of MUVLUV ALTERNATIVE~

 

W.パラダイム・ドライバー

 

お前は宿命の因果さえ乗り越えられる。

その先に待つものが、例え修羅の道であったとしても……





う、うぅぅ。助かったと思ったのに。
美姫 「変な所で歴史は辻褄を合わせようとするのかしら」
色々と頑張っていたのに、今度は自分の手でとは。
美姫 「辛い展開ね」
ああ。だけど、次回が気になるのも確か。
美姫 「続きを楽しみにしてますね」
待っています。



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