戦闘開始から八日が経過している。

 植生の種別と亜熱帯のような気候から南蛮の地域に入っていることは間違いないだろう。

 双戦斧を右手につかんだまま、天一刀は巨木の陰にもたれて大きく息を吐き出した。単身魏を飛び出してから此処まで辿り着き、しかし目的地は未だ見えてこない。

 それでも、近づいていることだけははっきりと分かる。

 真王山から。耳を打つ真ドラゴンの―――――魔王・華琳の咆哮が。

「急かすなよ……今、行ってやる」

 悲しい声が呼んでいる。愛する男を奪われた華琳の、狂気に蝕まれた叫びが天一刀に訴えかけてくる。魏に真ドラゴンが現れてからずっと、双戦斧を通じて聞こえていたのだ。

(お前の望み通りにな、華琳)

 だが向こうも楽に来させるつもりは無いらしい。ここに辿り着くまで襲い掛かってきた鬼の数は百以上。今も木々の向こうから凄まじい速度で迫ってきているのが分かる。

「ゲッタァッ! ダブルトマホゥゥック!」

 双戦斧を一瞬の内に戟戦斧へ変えてなぎ払えば、人五人でも抱えきれない大木ごと断割された鬼の屍骸が大地に撒き散らされる。

 何匹倒したかなど数えることもせずに天一刀は走り出した。

 休息は済み、これ以上立ち止まっている余裕も無い。

 自分と併走する気配を感じながら、天一刀は今日の戦いも熾烈であると予感した。

 

 

(チェンジ!)

恋姫無双

―孟徳秘龍伝―

巻の十・雷天機

 

 

 蜀と南蛮の境に築かれた大要塞に三国の主戦力の全てが集結していた。王たちは挨拶もそこそこに、国境線を一望できる防壁の上で状況の確認を始める。猶予は尽きた。すでに鬼たちは戦線を構築し、散発的な偵察と奇襲を繰り返しながらなおも戦力の拡充を図っている。その数、現在およそ二万。

「二万……か」

「そうです。あの鬼が二万、です」

「厳しいわね」

 呟く孫策の言葉に劉備と曹操が眉根を寄せた。

 これまでの戦いから、鬼一匹で少なくとも兵士百人に匹敵すると言われている。それが二万ならば、その戦力は兵士二百万人に相当する。何せ臨戦態勢だった標準的な砦を、鬼はたった数匹で壊滅させられるのだ。

 そんな化け物の大群が一丸となってこちらにぶつかってくる。

 たとえ、あの仮面の天人たちの力を借りたとしても打ち負かせるものではない。しかもこちらは、鬼たちによる各地への攻撃にも対処しなければならなかった。

 状況は圧倒的不利。

 もはや見る間でもない、と孫策は踵を返して劉備と曹操に向き直った。

「桃香、華琳。私に策がある」

「雪蓮さん、それは……」

「―――――短期決戦ね?」

 曹操の答えに孫策はうなずいた。

「地図を此処へ!」

 劉備が文官たちに用意させた地図を広げ、江東の小覇王は脳裏に描いた作戦を語って聞かせる。いや、作戦と呼ぶほど複雑なものではない。

「呉蜀の二軍が総力を以って敵前曲を打破し、その隙を縫って魏軍の最精鋭が敵領内へ突入。真王山へ進軍する」

 これには劉備も曹操も開いた口がふさがらない。

 孫策は三国のうちの二国の全戦力を投入しての殲滅戦の後、温存した魏の部隊を敵本拠地へ突入させるという。

「定石だけれど、真っ向から斬り込むしかないわね。鬼相手に小手先の策略が通用するとは思えないし」

「ですよねー。落とし穴とか火矢とか効きそうに無いですし、正攻法が一番かも」

「確かに、頭を潰せない以上は」

 孫策と劉備に曹操は頷くと微笑を浮かべて見せた。

「しかし不思議なものね。絶望的な戦だというのに、負ける気がしない」

「お互い強かだって知ってるもの。ねえ、桃香?」

「私はお二人ほどじゃないですよぅ」

 かつての乱世を戦いあった王たちである。相手がそう簡単に死んでくれるものではないと、嫌というくらいに知っている。

 そうやってしばらく笑いあった後、不意に劉備が「そういえば」と切り出した。

「朱里ちゃんに聞いたんですけど、天一刀さんが単独で行動してるって本当ですか?」

「ええ。魔王を止める、と別れ際に言い残したと桂花――――――ガッ!?」

 答える曹操の頭頂部に孫策の手刀が炸裂した。それも「こんっ」というよりも「ビシィッ」に近い効果音を伴って。その威力たるや、頭蓋骨と同じぐらいの大きさの岩を砕けるぐらいはあるだろう。

「雪蓮! 貴女いったい何の恨みが!」

 うずくまる間もなく痛みに逆上する曹操を劉備に押さえさせ、孫策は半ば呆れたようにため息をついた。よく見れば劉備も困ったような顔をしている。

「ホント、どうしてそういう大事なことを後回しにしちゃうのかしら」

「い……言えるわけないでしょう!」

 曹操の声はわずかに上ずっていた。

 最終決戦を間近に控えた今、単独で敵陣に赴くことが何を意味するのか。

 仮に偵察だとしても、少数での行動が望ましいとはいえ、鬼が跋扈する魔王の本拠地に一人で行くことはあまりに危険だ。

 説得や暗殺を狙っての行動だとしても無謀すぎる。天一刀に鬼の大群をなぎ払える力があるとしても、その奥には真ドラゴンが控えている。その猛威が人一人で立ち向かえるものではないことは明白。

 何より敵は、彼が愛してやまない華琳である。

 故に天一刀の失踪は寝返り。魔王への帰順であると、特に国外からは捉えられていた。曹操も王としての振る舞いを求められ、『裏切ることはありえない』としながらも、場合によっては天一刀を処断することを明言している。

「確かにアイツが華琳から逃げ出すとは思えないけど……まいったわね、桃香」

「ええ、雪蓮さん。そうなると進攻の予定を繰り上げなくちゃ」

「あ、貴方たちなにを―――――」

 戸惑う曹操を他所に二人の王が各所に伝令を放つ。

 文言は一つ―――――『直ちに出陣せよ』。

 

 

 

 

 

「士君、凄く騒がしいですよ?」

「知ったことか。それよりユウスケはどこにいるんだ」

 駐屯地の一角を歩いているのは、門矢士と光夏海だ。仲間の小野寺ユウスケを探して曹操と共に遠路はるばる蜀までやってきたのだが、いきなりの戦争状態に捜索は難航していた。

「ちっ……ここはいったい何処なんだ!?」

 しかも軍師の郭嘉に頼んで蜀軍の陣の場所を教えてもらったのだが、すっかり迷子になってしまったようだ。

「とりあえず、あそこの人に聞いてみましょう」

 そう言って夏海は通りがかった黒髪のポニーテールが似合う女性に声をかけた。

「すみません。この辺りで小野寺ユウスケという名前の人を知りませんか?」

「む……ユウスケの知り合いか?」

 どうやらいきなり当たりを引いたらしい。

「知っているんですか?」

「ああ。もしや――――――『でぃけいど』か!?」

「ディケイドはこっちの人です」

 夏海に引っ張り出された門矢士を見て、ポニーテールの女性は首をかしげた。

「ユウスケの仲間というには、正義感が足りていない気がするな」

「余計なお世話だ!」

「まあいい、案内しよう」

 憤る士を宥めながら、夏海が女性の案内で天幕の一つへ入ってみると、

「ユ、ユウスケ!?」

「姐さん、おかえりー……って夏海ちゃん!? 士も!?」

 驚くことに、そこには子供たちの遊び相手をしている小野寺ユウスケの姿があった。混乱する夏海の思考回路はそれでも何とか状況を把握しようと回転を始める。

 ユウスケの知り合いという女性。

 ユウスケと仲良しの子供たち。

「つまり―――――こちらの女の人はユウスケの奥さん!?」

「い、いや、まだ婚儀は……」

「未婚なのに子供作ったんですか!?」

 ユウスケの襟首を掴み上げた夏海がさらに吼える。乱心した彼女を士が冷静に引き剥がした。

「落ち着け、夏海。だいたい分かった」

「つ、つつつつ士君!? 何が分かったんですか!?」

「ユウスケ……ちゃんと認知しろヨボッ!?」

「そんなコメントはライダーとして大問題です!」

 笑いのツボを押されて転げ回る士を捨て置き、改めて夏海はポニーテールの女性と向き合った。

「―――――――で、実際何処までいったんですか?」

「それが、まだ接吻も……」

「ユ・ウ・ス・ケェッ!」

 これでは話が進まない。

 夏海が落ち着くのを待って、ポニーテールの女性―――――実はあの『関羽』だった――――――が事情を説明して何とか理解してもらった。子供たちが鬼に襲われているところをユウスケが助けたこと。そのまま成り行きで蜀軍の戦士として戦っていること。二人が恋人同士だということ。

「じゃあ、ユウスケは―――――」

「ああ。俺は戦いが終わってもここに残るよ」

「いいですけど……」

 あっさり納得してしまう夏海にユウスケと関羽が怪訝そうに首をかしげた。ちなみに士はいまだに笑いのツボの効果で笑い転げている。

「ちゃんと結婚式には呼んでくださいね?」

「もちろん」

 別れではない。それは再会の約束でもある。

 そう言って笑い合う三人に、外から伝令兵が声をかけてきた。

「関羽様、小野寺様! 劉備様より全軍出陣のご命令が!」

「御意とお伝えしてくれ」

「はっ!」

 関羽の返答を受けて伝令兵は駆け足で砦へ戻っていった。どうやら決戦の時が近いらしい。不安がる子供たちをあやすユウスケに、ようやく立ち直った士が声をかけた。

「砦にお前のバイクを持ってきてある」

「士……」

 振り返る親友に、門矢士が笑いかける。

 

いくぞ、ユウスケ(・・・ ・・・・)

 

 

 

 

 

 

 王からの勅命に三国の兵たちが慌しく動き出した。鬼の軍と平原で向かい合う形で陣を敷き、武器を構える。その後ろでは次々に投石器の組み立てが進められており、今回の戦に各国が全戦力を投入していることは明らかだ。

 しかし――――――

「鈴々は納得できないのだー!」

 武将たちの足並みが揃わない。

 あまりに急な進軍開始とその理由を不服とする者が何人も出ていた。他の将も異を唱えるわけではないが、納得出来ていない様である。

 裏切ったかもしれない男を救うために全軍を動せ、というのだ。そんな理由で命の遣り取りは出来ない。反対派の言い分は至極当然だった。

「……なるほど。それでこの騒ぎか」

 本陣前に反対派の武将たちが集結し、王に抗議と説明を求めている。蜀と呉の将の半数近くが異を唱えている事態に、他の将兵も戸惑いを隠せない。

「裏切り者の天一刀を助ける理由なんて無いのだ!」

「ご再考ください、雪蓮様! 彼一人に全兵士の命運を賭けるなど!」

 集団の最前列で訴えかける張飛と甘寧。

 その二人の前に立ちはだかったのは、なんと夏侯惇だった。

「……お前たち、手を貸してはくれぬか?」

 普段の激情など微塵も感じさせない、静かな問いかけに二人が言葉を詰まらせる。冷たい風が吹きぬけ、静寂が場の緊張を暗に示していた。

 そこへ割って入ったのは周瑜だ。彼女もまた反対派の将であった。

「張飛の裏切ったという断定はともかく、今ここで全軍を動かすのは危険すぎるぞ。あの男一人のために戦線を瓦解させるわけにはいかん」

「だとしても、行かねばならん」

「何故だ!?」

「ホンゴウ……いや、天一刀は今や三国を支える柱。その男を失うわけにはいかんのだ。貴公とて内心では気付いておるはずだ」

 五胡の蜀侵攻に端を発する天一刀の活躍は大陸中に伝わり、その知恵と武勇は三国同盟を牽引する新たな力となっていた。特に内政においては、蜀呉で一部の政策に携わっている。

 その敏腕さは反対派の彼女たちも良く知るところだ。

 しかし判断基準はそこではない。

 この魏の大将軍が頑なにこだわる理由はそんな建前ではなく、ただ純粋な答え。

「何より天一刀はこの私が認めた武将。我が剣にかけてあの男の武勇は魏の誇りであると断言する。奴を裏切り者だと罵るならば、それはこの夏侯惇元譲への侮蔑であり、曹魏への侮辱であるぞ!」

 これには反対派もこれ以上の反論を続けられなくなってしまった。

 魏武の大剣が公の場で『天一刀への誹謗中傷に対して、魏が政治的制裁を行う』と断言したも同然なのだ。夏侯惇個人の問題のみならず、彼女の社会的地位などが絡んで一大外交問題に発展しかねない。

 それでも助けに行く価値があるのだと、天高く振り上げた夏侯惇の大剣が示していた。

「大陸の勇猛なる将たちよ! 死地を往く我らの友を救うならば今を置いて他はない!」

 夏侯惇の咆哮に気付いたのか、鬼の陣からもおぞましい叫びが響き渡る。まるで『そうはさせん』と言わんばかりに―――――

「華琳様、ご命令を!」

 夏侯惇の視線が城壁の上に立つ曹操とぶつかりあい、二人は一瞬の間を置いて頷き合った。

「邪鬼をも恐れぬ我が将兵たちよ! 敵陣を蹂躙し、道を切り開け!」

 『絶影』を振りぬき、曹操が号令を下す。

 すかさず馬に跨り、戦場へ飛び出す夏侯惇に、どこに控えていたのか魏軍の大部隊が追従する。大編隊の先頭を行くは夏侯淵、張遼の二将。その後を軍師たちの率いる投石器部隊と護衛の北郷隊が続く。

 全身の血が沸き立つ。

 己の為すべき事がはっきりと分かる、実にすがすがしい気分だ。

「秋蘭! 霞! 凪、真桜、沙和! 分かっているな!」

「無論だ、姉者!」

「ウチらの仕事はタダ一つ!」

「敵を片っ端から!」

「いつも通りに!」

「殲滅なの〜!」

 怒涛の速さで進撃する魏軍を追って、砦から二つの影が飛び出した。雷鳴を思わせる爆音を響かせて影は大地を疾走し、夏侯惇たちと併走する。

 見やればそれは、二つの鋼の輪を足として大地を駆ける馬であった。

「よう、夏侯惇! お望み通り、手を貸してやる!」

「む―――――カドヤツカサではないか!?」

「俺だけじゃないぜ!?」

 鋼の馬―――――マシンディケイダーに跨る門矢士と光夏海の後ろから、もう一つの影が近づいてくる。

「愛紗! あと……貴様の恋人だったか!?」

「桃香様のご勅命である! それに天一刀には私も借りがあるのでな!」

「姐さんが行くなら俺も行くぜ!」

 関羽が操るビートチェイサー2000(ユウスケは後ろに二人乗り)はマシンディケイダーと共に魏軍の隊列に加わる。

「私を忘れてもらっては困るぞ、春蘭!」

「孫権!?」

「思春たちはああ言っていたけれど、ここで共に戦わねば呉の―――――私の誇りが許さない!」

 呉軍からは駿馬を駆る孫権ただ一騎のみ。未だ魏への反発心の強い呉軍からでは、孫権といえど増援は引き出せなかったようだ。

 総数二千名足らずで二万の敵陣へ、しかし恐れることなく斬りこんで行く。

「我ら寡兵なれど阻むもの無し! ゆくぞっ!」

『応!』

 

 

 

 

 

 

 呉領、大海に接する砂浜で二人の漢女が互いの拳をぶつけ合っていた。常人離れした速度で繰り出される技の応酬は、しかし唐突に終わりを告げた。

「んう!?」

「むぅっ!」

 煌びやかな下着一枚のみで、鍛え上げられた筋肉を晒す漢女の名は貂蝉。

 対して、褌とこれまた見事な肉体の上に外套を羽織る漢女の名は卑弥呼。

 天候を操る魔龍さえ屠る力を持つ彼女たちの動きを止めたのは、遥か地平の彼方から感じ取れる凄まじい氣の高まりだ。

「始まったわねん。最後の戦いが」

「うむ。我らも急がねば……」

 組み手を止めた貂蝉と卑弥呼を、しかし呼ぶ声が一つ。

「やっと見つけたぜ! 貂蝉、卑弥呼!」

「その声は、華佗ちゅわぁん!?」

「ダーリン! 久しぶりだのう!」

 医術の達人、華佗は駆け寄ってくると、貂蝉たちと固い握手を交わした。

「華佗ちゃん、いったいどうしたのよん」

「孫策さんに頼まれて二人を探していたんだ。二人とも目立つ格好だけど、足取りを追うのは結構苦労したんだぜ?」

「むぅ……儂らが恋しくなったのではないのか」

 がっくりと肩を落とす貂蝉と卑弥呼。ぱっと見た限り男なのだが、この二人の性別は女性であるらしい。しかし残念ながら今回ばかりは、華佗に彼女たちを慰めてやる余裕は無かった。

「実は二人に聞きたいことがあってね。真ドラゴンと呼ばれる巨大な竜についてだ」

 真ドラゴン――――――その単語を聞いた瞬間、貂蝉と卑弥呼の表情が明らかに曇った。

「やはり、知っているんだな?」

「ええ……でも、あれは」

「頼む! もしあれが世界を侵す病魔ならば、俺はこの金鍼に懸けてあれと闘わなければいけない!」

 それが華佗の、五斗米道継承者の使命。

 人々の安寧を揺るがす物、即ち病魔を滅する事こそが……

「華佗よ、お主の覚悟しかと聞いた! ならば語ろう、あの龍に秘められし過去を!」

 陽光を背に卑弥呼が華佗に答える。

「よいか華佗! 真ドラゴンは生命の源を司り、数多の命の歴史を見届けるために生まれた、言わば人類の守護神!」

「生命の、源……!」

「左様。天より大地に降り注ぎ、人の、動物の、植物の生きてゆく糧よ。しかし、本来ならば生命を守る側にある真ドラゴンを世界の破壊者へ造り替えた邪心持つ者たちがおってな……名を、左慈と于吉という」

「まあ私と卑弥呼で何とかその二人を討伐したんだけどねん……後になって真ドラゴンのことが分かったの。左慈たちの狙いは、真ドラゴンでご主人様―――――天一刀を抹殺することだったのよん。正確には、天一刀の居る世界ごと消滅させてしまうこと。その為に、ご主人様を亡くして狂ってしまった一人の女の子を取り込ませてね」

 馬鹿な、と華佗は膝を着いた。

 病魔どころではない。相手は失った恋人を取り戻すために世界を滅ぼす破壊神なのだ。

「悲しい、悲しすぎるじゃないか!」

「うむ。だが、まだ最悪の事態には至っておらん。天一刀こそ真ドラゴンの暴走を食い止める最後の希望! あの男を守るために、儂と貂蝉はお主と別れて真ドラゴンに対抗するための切り札を探していたのだ」

 三人の目の前の海面が二つに割れ、その『切り札』が姿を現す。

 これもまた、真ドラゴンと源を同じとする魔神。

「そうだったのか―――――なら、まだ望みはある!」

「いくわよん、華佗ちゃん! 決戦の地へ!」

 

 

 

 

 

 

 敵との接触まであと僅かの距離に迫りながら、夏侯惇は考える。

 鬼の何処が強いのか。

 鬼を鬼足らしめる物は何か。

 岩を砕き、地を馬の如く駆けぬけ、頭を潰されない限り死なない。

 仲間同士で連携を取り、狡猾な知恵を備え、何匹も集まって巨大化する。

 確かに強い。まさしく人外の化生であり、化け物と呼ぶに相応しい。だが鬼は果たしてこの自分、夏侯惇元譲を圧倒し得るか? 魏の大剣を圧し折るに足る存在か?

 

――――――否! 断じて否!

 

 我が剣は岩を断ち、我が足は馬よりも速く、例え首を刎ねられても戦って見せよう。

 我が背には心強い仲間が控え、愛すべき妹が我が愚考を是正し、その力を結集したならば龍さえ仕留められよう。

 鬼の群れを、その一匹一匹を肉眼でしかと捉えて夏侯惇は結論する。

 

―――――――悪鬼の軍勢恐れるに足らず!

 

 ならば二万の鬼にあたら兵力を削がれる事は実に愚かしい。

 全ては親愛注ぐ君主の御為に。

「秋蘭、皆を率いて防御陣形を敷けい!」

「む……では姉者!」

「我が剣は鬼共の血を欲しておるわ! まあ、任せておけ!」

 夏侯淵の返答を待たずに夏侯惇は身を屈めると、一跳びに鬼の陣へ跳び込んだ。しかし着地にはまだ早い。宙を舞いながら敵の群れの頭蓋を横一文字に薙ぎ、勢いのままに回転剣舞へと至る。

 剣風は返り血さえ撥ね退けてさらに鬼を斬る。

 近づく敵も下がる敵も手足から順々に脳髄まで切り刻まれ、あるいは逆順に解体されていく。魏の首都での攻防では負傷ゆえに遅れを取ったが、夏侯惇本来の実力を以ってすれば鬼などそこらの雑兵と何が違おう。

 だが鬼も阿呆ではない。

 夏侯惇に敵わぬと悟れば、夏侯惇以外を攻め落とすべく動き出すのは道理。彼女を足止めするための戦力を残し、すぐさま後方で陣を展開する夏侯淵たちへ肉迫する。鬼は決して突撃一辺倒の攻撃に頼らない。状況に応じて様々な対応を見せてくることはこちらも承知の上である。

「鬼が来るの〜! 春蘭様を回避する気なの〜!」

「あかん! まだ投石器の準備が終わっとらんのや!」

「数が多いが――――――近づけさせるわけにはいかない!」

 投石器部隊を守るべく楽進、李典、于禁の三名が陣から躍り出る。だが敵は左右二手に分かれた。いかに三羽烏とて分散しては討ち取られる可能性が出てくる。

「北郷隊、右は私に任せろ!」

「なら左は俺たちが引き受ける!」

Kamen Ride… DECADE!】

 陣から孫権が右側へ、ディケイドとキバーラが左側へ打って出た。馬上から南海覇王を振るい、あるいはマシンディケイダーの体当たりで迫る鬼を蹴散らしていく。関羽とユウスケも連携して鬼たちを食い止めている。

 その間に投石器部隊は配置を完了し、発射体勢に移行しつつあった。

「夏侯淵様! 一番、二番、三番、発射準備完了しました!」

「よし……照準、敵陣後方! 撃て!」

 撃ち出された巨岩が炸裂し、後方で待機していた鬼たちを次々に押し潰していく。もはや敵陣は寸断され、混乱し、瓦解する寸前の様相だ。その数も僅かに数千もおるまい。

「――――――数千?」

 夏侯淵の脳裏に悪寒が過ぎる。

 正体の分からない寒気は瞬く間に不安を通り越して己の過ちへの確信へと変わる。そう、どうして気付かなかったのか。まだ自分たちは合わせて一千程度しか倒していないのに、いつの間に鬼はこんなにも数を減らしていた?

「全員、投石器から離れろ―――――!」

 突然の指示に許緒と典韋、そして張遼だけが反応できた。そこから一歩遅れて関羽を抱えたユウスケが飛び出す。

 夏侯淵たちが飛びのいた直後、地面を突き破って出現した無数の鬼が三基あった投石器を一瞬のうちに粉砕した。無論、兵器を運用するための兵たち諸共である。そして二手に分かれた鬼の波は。休むことなく夏侯惇たちを挟み撃ちする形で動き出した。

(なんという失態だ……!)

 内心舌打ちしながら夏侯淵は愛用の弓に矢を添える。

 鬼には戦略的思考を行う、という報告をどこかで失念していた。いや――――夏侯惇を正面に引き付けながら左右から挟撃する、という相手の動きを見てこれ以上の策は無いと判断した結果である。だが地中を移動しての別働隊の投入まで夏侯淵に気付けと言うのは酷やも知れぬ。

「進退窮まったか」

「ここまで完璧に包囲されたら、ちょいキッツいなぁ」

 唇を噛む夏侯淵に張遼がおどけてみせるが、状況は芳しくない。

 投石器部隊は壊滅し、生き残った夏侯淵および張遼とその配下百余名は完全に鬼の別働隊に取り囲まれていた。夏侯惇や孫権、門矢士たちも孤立して苦戦を強いられている。

 見やれば、この状況に夏侯惇は怯むどころか益々勢いをつけて敵を切り倒していた。妹たちの視線に気付いたのか、夏侯惇が叫ぶ。

「迷うな! 我ら以外に道を開ける者はおらぬのだ!」

「しかし、姉者―――――」

「秋蘭!」

 妹の名を呼び、夏侯惇は鬼の壁を易々と跳び越えるとあろうことか夏侯淵の頬を渾身の力で殴りつけた。困惑する夏侯淵などお構いなしに魏武の大剣が吼える。

「喝ァァァァァァァッ!!!」

 その圧倒的な闘気に兵たちはおろか鬼までも怯み、一歩下がってしまう。

 戦場に訪れたしばしの静寂の後、再び夏侯惇が口を開いた。

「この戦場に立つ魏の将兵たちよ! 我らは何ぞや!」

 それは戦の度に繰り返された問いかけであり、出陣の儀式。魏の軍に籍を置く者ならば誰であってもその答えを知っていた。

 すっかり憔悴し、混乱し、諦観していたはずの兵たちが、一人残らず姿勢を正して夏侯惇の前に整列すると声を張り上げる。

『我ら、兵なり! 偉大なる曹操様の兵なり!』

「ならば問う! 我らは如何にすべきか!」

『我ら、手に刃と盾を持ちて! 偉大なる王の敵を駆逐すべし! 陣を敷き、剣を取り、矢を番え、最後の一兵になろうと戦い抜くべし!』

 一兵卒から夏侯淵たち武将まで、全員が夏侯惇の前で斉唱する。

 彼らにとって階級とはある意味で業務上の形式に過ぎない。戦場に立てば夏侯惇の元、全員が一丸となってその力の限界を超えて発揮する。彼らをそうさせるほど、魏武の大剣の存在は大きく強い。

 再び鬼と対峙する魏軍の動きは一糸乱れず、鋭敏だ。そこには恐れも迷いもない。ただ研ぎ澄まされた闘志が燃えている。

 その変化に気付いたのか、あるいはこの流れを予測していたのか。鬼の陣の後方から、さらなる敵の増援が大地を割って溢れ出したのだ。その数はどんどん増えていき、百を越えた辺りで全員が数えるのを止めた。

「よし! 全軍、私に続け―――――――む!?」

 夏侯惇が剣を振り上げた瞬間、彼らの後方から無数の弓矢が雨となって鬼たちへ降り注いだ。その規模は一部隊程度ではない。矢を射っているのは千や二千の兵ではない。

 振り返れば、視線の先で横一文字に展開した何万という弓兵が黄忠の号令で射撃を繰り返しているではないか。見れば弓兵は蜀だけではなく、魏と呉も入り乱れた三国混成部隊となっている。

「例え鬼といえど、三国から結集した弓兵の狙いから逃れられないわよ! さあ翠ちゃん、鈴々ちゃん!」

 黄忠が機を作り、そこへ地を疾風の如く走る張飛が飛び込んでいく。しかし、あれほど出撃を渋っていた彼女がいったいどうして―――――

「吹っ切れたか、鈴々?」

「むつかしいことは後で考えるのだ! 今はあいつらをやっつけるのだ!」

「そういうこった! いくぜぇっ!」

「おうなのだ!」

 さらに馬超の部隊が一気呵成に鬼の陣へ突撃していく。こちらは少数精鋭の編成だが、その二部隊の後ろから珍妙な集団が……

「おっしゃあ! やっと俺たちの出番だな!」

「ちょっと先輩? 遅れてるって!」

「急がんと間に合わん!」

「みんなライダーパスは持ったよね?」

「無論。私に問うなど、愚問だぞ」

 赤、青、気、紫、白。五色の異邦人が各々に武器を振り上げて鬼たちを次々に薙ぎ倒した。さらに一歩遅れてぶかぶかの鎧を着込んだ青年を後ろに乗せた、孫策の駆る馬が。

「さあ良太郎、行くわよ!」

「そ、孫策さん……待って、揺れる、揺れる〜」

 その一方で砦の正門が開き、劉備、曹操を中心とした騎兵隊が戦場へと繰り出した。こちらも魏と蜀の混成だが――――――

「桃香……貴女、いつの間に?」

「えっと、この間です」

 劉備の隣に立つ青年を指差して、曹操はわなわなと肩を震わせていた。青年も色々と言いたげな表情をしていたが、「今は戦いの時だ」と必死に自分に言い聞かせていたので曹操もあえて深く追求しなかった。

「……ともかく、今は奴らを倒すわよ?」

「もちろんです! 行きましょう!」

 ついに全軍が動き出したことを知り、孤立していた先行隊から歓喜の声が上がる。この大攻勢に鬼たちもじりじりと戦線を押し返され、ついに両者は拮抗するに至った。

 いや―――――逆転が始まる。

「一真さん!!」

「ああ……いくぞ、桃香―――――――!」

 蜀の親衛隊を率いる劉備が青年―――――剣崎一真と共に鬼の群れの前へ躍り出ると、瞬く間に敵を切り倒す。それこそいつの間にこれだけの力を得たのか、曹操が劉備の変わり様に驚く間に、その後方からいつの間にか現れた海東大樹が二人の援護に加わった。

「ヘシン!」

Turn Up!】

「変身!」

Kamen Ride… DiEnd!】

 二人の男は閃光を纏うや否や、最強の仮面戦士へと変身した。蜀軍から一際高い歓声が上がり、さらに鬼への攻撃が勢いを増す。

「なるほど……仮面の戦士はツカサだけではなかった、ということね」

「ねねも忘れるなです、曹操!」

 魏の親衛隊の隊列から二つの風が吹き抜け、戦場を突き抜けていく。恐らく陳宮と呂布の二人だろう。そういえば、彼女もまた華蝶の仮面を被る戦士となっていたことをすっかり失念していた。

 

 

 

 

「埒が明かないぜ、士!」

「どうした、もうへばったのかユウスケ!?」

 互いに背中合わせのまま鬼へと拳を振るうディケイドとクウガ。関羽と夏海には魏本隊の援護に行ってもらったが、さすがに二人だけで鬼の波状攻撃を凌ぐには厳しいものがあった。

 鬼個体の能力もあるが、何より数が多い上に増援が途絶えない。次から次へと押し寄せてくるのでは押し返そうにも押し切れない。

「鬱陶しいっ!」

Attack Ride… Blast!】

 ライドブッカーの銃口から無数に吐き出される破壊光弾で鬼たちを怯ませると、士は一枚のカードをディケイドライバーに読み込ませた。

 それは、親友との絆。

Final Form Ride… Ku, Ku, Ku, KUUGA!】

 ユウスケの背に両手を突き入れ、彼の体を変形させていく。以前天一刀を巨大な斧に変えたように、士は仮面ライダークウガを巨大な鋼のクワガタムシへ変えて見せたのだ。

 これぞクウガゴウラム。ディケイドの力を得てクウガが体現するもう一つの力。

『乗れ、士! 一気に畳み掛ける!』

「ああ! でぁっ!」

 ディケイドが飛翔するクウガゴウラムの背に飛び乗ると、二人は突撃作戦に出た。クウガゴウラムの突進力は鬼の比ではない。さらに背中に乗ったディケイドからの攻撃も加えて敵陣を横断すれば、たちまち大爆発と共に大量の鬼が塵と化した。

 しかし敵も負けてはいない。

 ついに敵が布陣する一帯の岩盤が崩落し、その大穴から次々に山のように巨大な鬼が何体も這い出てきたのだ。命ある物全てを貪り尽くそうと邪悪な意志を剥き出しに、もはや総崩れとなった子鬼たちを吸収しながら大鬼たちが地響きと共に三国軍の前に立ちはだかった。

「くっ――――――」

 がくりと、前線で剣を振るっていた孫権が膝を着いた。あまりに圧倒的な力の差を前にして、恐怖に支配された体は彼女の意志の通りに動いてはくれなかった。

 ここまでなのか。

 想い焦がる相手を追う事も、無念を抱えて生き永らえる事さえ出来ぬまま現実に打ち倒されるしかないのか。

 己の無力さに涙が零れそうになる。

(カズト――――――)

 おぼろげに揺れる視界の向こうに、人影が見える。

 想い人ではなく、褐色の肌が美しい妙齢の女性が孫権に「それでよいのか」と問いかける。まさか、と首を横に振ると女性は厳格な口調で言い放った。

 

 

――――――ならば立て! 我が娘よ!

 

 

 声というよりは咆哮だろう。とても幻聴とは思えない力強い叫びに孫権は思わず目を見開いた。

 だが彼女の前に立っているのは蒼の仮面戦士――――仮面ライダーディエンド。呆気に取られるも、しかし孫権はディエンドが持つカードから声の正体に気付いた。

 見えたのは僅かに一瞬。ディエンドはカードを淀みない動作で拳銃・ディエンドライバーへ挿入し、その引き金を引いた。

「使うつもりはなかったけど、仕方ない。僕のとっておきだ!」

Koihime Ride… SONKEN!】

 ディエンドライバーから撃ち出された光が影を描き、それはゆっくりと確かな実像を帯びていく。過去に埋もれた記憶が仮初めの命を得て顕現する。

 告げられた名はソンケン。孫権ではなく――――――

「か……母様!?」

 孫呉の礎を築き上げた孫堅文台その人だ。しかし彼女はすでに亡くなっている筈である。

 そんな疑問は何処吹く風と、孫呉の母は一瞬だけ孫権に微笑みかける。

「ゆくぞ、蓮華……我が剣、見事使いこなしてみせい!」

 海東がもう一枚のカードをドライバーに挿入し、引き金を引く。

Final Form Ride…So, So, So, SONKEN!】

 偉大なる母の姿が瞬く間に組み変わり、孫権の身の丈の三倍はあるだろう巨大な刀剣となってしまった。極厚の刀身は振るえば山さえ断てると思えるほどの存在感を放っている。

 持ち手より伝わってくるのは母の視線。強く、厳しく、しかし優しく自分の行く末を見守ってくれているのが分かる。孫呉の後継者として、一人の女としての生き様を。

「母様。まいります!」

 天高く大剣を突き上げる孫権の全身から黄金の闘気が溢れ出し、彼女の全身を染め上げていく。大地が軋み、風が叫び、恋姫の憤怒の顕現に世界が恐れ戦いている様だ。

 だが鬼に怯む気配はない。なおも侵攻する軍勢が桃色の長髪を靡かせる孫権の前に立ちはだかり、しかし彼女が身動き一つする間もなく次々に打ち倒されていく。

「華琳、桃香……それに、姉様!?」

 三人の王が各々に武器を手にとって大鬼を一匹、また一匹とざっくばらんに切り捨てる。

「あーあ、結局母様は蓮華にばっかり甘いんだから」

「まさかこんなところで世代交代を見ることになるなんてね」

「いいなぁ……よし! 二人とも、ここは任せてください!」

 ぼやく孫策と曹操を下がらせる劉備の背後に現れたのは仮面ライダーディエンド。孫権がまさか、と叫ぶより早くディエンドは劉備に向けて発砲した。

Final Form Ride…Ryu, Ryu, Ryu, RYUVI!】

 孫堅と同じように王醒剣へ変じた劉備を掴んだのは黄金の仮面を纏った剣士―――――剣崎一真であった。彼は王醒剣の柄から一枚の札を引き抜き、剣に読み込ませる。

Gemini!】

 分身した仮面ライダーブレイド・キングフォームは力強く、あるいは軽やかな動きで大鬼を切り倒すと、そのまま敵の只中へ踊り込んだ。相手の巨大さを逆手に取ったかく乱戦法で絶えず背後から攻撃することで、鬼たちに反撃の隙を与えない。

「…………桃香、頑張ってる。恋も、頑張る」

 蒼空より、さらに追い討ちをかけるべく戟戦斧を振り上げた呂布が迫る。問答無用の踏み込みから繰り出される連撃は正確に鬼の頭蓋を粉砕し、

Kamen Ride…KABUTO!】

「いくぞ陳宮!」

「ねねに指図するなです! くろっくあっぷ!」

Clock Up!】

 呂布が突き崩した敵陣を、二人の戦士が光速の拳で蹂躙する。陳宮と門矢士、その二人の影さえ捉えられず、数回瞬きする間にその数を半分以下にまで減らされ、鬼たちもついになりふり構わぬ攻勢に出た。

 生き残った大鬼が一箇所に集まり、次々に同化し始めた。人と同じ身長の鬼が寄り集まって大鬼が生まれるのと同じように、その大鬼が再度合体したのなら――――――

「ここまで大きくなるというのか……だが!」

 もはや天を突くほど巨大化した鬼を前に、孫権は真っ向から突撃していく。両手で母の剣を握り締め、揺ぎ無い意志を込めてひた走る。

 しかし鬼の魔神が繰り出す豪腕はたやすく大地を粉砕し、孫権へと襲い掛かった。彼女へ降りかかる岩盤の破片は小さいものでも民家の屋根ほどはある。無数に迫ってくるそれを孫権は大剣の一振りで押し返し、遥か頭上に位置する鬼の顔目掛けて跳躍した。

 彼女の胸中に渦巻くのは闘志。大胆不敵な挑戦の意志だ。

 鬼がどうした。

 人外の化生がなんだ。

 そんなものに、自分の恋路を邪魔される道理があるものか。

「退けぇいっ! 下衆がぁぁぁっ!!!」

 振り上げた刃を鬼の脳天より縦一文字に押し通す。

 孫権は考える。もはやこの地に展開していた鬼はこの一匹に集約され、それも今ここに倒されようとしている。つまり行く手を阻むものは何一つとして存在しない。

 ならば、と考える。彼を追うにふさわしいのは誰なのか。誰ならばあの自由人の心を引きとめられるのか。

 導き出される結論はただ一つ。

「行け、華琳!」

「……蓮華!?」

「道は開いた! 行ってカズトを!」

「――――――承知!」

 残存する歩兵はそのままに、配下の将さえも置き去りに曹操は馬を駆けさせた。ここから先は鬼が跋扈する魔界そのものであり、これ以上兵を死なせることを良しとしなかったのだろう。

 故の、華琳という少女の『我侭』という名の単独行。

 そんな曹操の後姿を見届けてから、孫権は真・南海覇王を跳ね上げさせて巨大鬼の胴を薙ぐ。そのまま崩れ落ちた死骸は大地にぶつかった瞬間たちどころに爆散した。

 

 

 

 

 

 

 真ドラゴン、その魔神の胸内に位置する玉座で魔王は歓喜に打ち震えていた。

「来るか、カズト……来るか、『私』!」

 無数の野太い糸によって真ドラゴンの玉座と繋がった魔王には外界の様々な情報が直接意識へ伝達される。蜀に差し向けた鬼の一団が壊滅したことも、曹操がその間に単騎で真王山へ発ったことも……そして、天一刀が確かに近づいてきていることも。

 もうすぐだ。

 もう、すぐにでも外へ飛び出して彼を迎えに行きたい。けれどそれはダメだ。まだ掃除が全部終わっていない。

 この世界にあるべきは彼女と彼だけであって、それ以外の有象無象は尽く排さねばならない。苦節数千年数万年、待ちに待ったこの好機を完全なものとするためにも下準備は徹底して行うべし。

 例えば―――――彼が戻る場所は彼女の居る場所だけであり、それ以外は必要ない。

「迂闊よね、『私』。少し考えれば分かることだけれど、カズトの方が大事だもの。本国の護りを薄くしても奪回に兵を回すのは当然」

 外界を覗く光の窓が、魏の都の全景を映し出す。鬼の脅威に晒されながらも穏やかな日常を保つこの街へ、魔王はその視線を注ぐ。

「『私』がこの未来を望んだ結果としてカズトが死んだのなら、私にはこんな理想など必要ない」

 

 

 

 

 

 魏の都はかつてホンゴウカズトが整備した警備制度によって極めて高い治安が保たれている。その完成度は他国を圧倒的に凌駕し、呉の周泰をして「騒ぎを起こしては逃げおおせられぬ」とするほど。

 ホンゴウカズトが異邦人でありながら魏陣営の中で確かな発言権を持っていたのは、この実績によるところが大きい。彼自身がそれを自覚していたかは定かではないが、乱世終結から一年以上経つ今も同じ方式を採用していることからも評価は明らかだ。

 しかしその守りも、今や人外の手によって崩されようとしていた。

 飛び交う怒号と悲鳴。

 獣の咆哮と地響き。

 家屋が次々に薙ぎ倒され、人々に残された未来はなす術もなく殺されるそれしかない。

 鬼の脚力を前に逃げ場は無く、全軍出撃した本国には最低限の戦力しか残されていない。地の底から次々に現れる鬼たちと対抗するにはあまりに無力。

 

 

 嗚呼、神よ。

 この世は悪魔の巣窟と化し、迷える羊たちに救いは無いのか。

 

 

 嗚呼、神よ。

 この世に邪悪なる者たちに抵抗し、それを打ち倒す術は無いのか?

 

 

 嗚呼、神よ。

 何人もこの滅びの業火から逃れることは叶わないのか?

 

 

 一人、また一人と防衛隊の兵が倒れていく。だが鬼たちは一気に攻め滅ぼそうとはしない。彼らの受けた命は、より酷く惨く確実に人間たちを殺すことだけ。だから一人ずつ、ゆっくりとその命を奪っていく。

「くそっ……くそぉっ!」

 もはや守人も最後の一人。

 兵士の背後にはまだ逃げ遅れた市民たちが残っている。彼が敗れれば後に続くのはもはや虐殺の宴のみだ。

 最後の一人が倒れる。

 もはや障害と呼べるものは無い。

 悦楽に満ちた鬼達の眼という眼が非力な民衆へと向けられる。

 

 

 嗚呼、やはりこの世に神は――――――

 

 

【レ・デ・ィ……フィ・ス・ト・オ・ン】

 

 

 嗚呼、やはりこの世に救いは――――――

 

 

【イ・ク・サ・ナ・ッ・ク・ル……ラ・イ・ズ・ア・ッ・プ】

 

 

 怯える民たちの前で、その醜悪な視線を眩い炎が打ち消した。

 その輝きはまさしく日輪であり、吹き荒れる熱風が鬼の群れを数歩下がらせる。

「私の弟子、ホンゴウカズトたっての頼みだ。鬼たちよ、その命……神に返しなさい!」

 現れたのは純白の甲冑を纏いし仮面の戦士―――――名護啓介。

 曹操も天一刀も都が手薄になり、何より敵がそこを狙うことなど百も承知。それでありながら強行軍に打って出たのは最強の護りを布陣したからに他ならない。

 力無き民のために戦う無敵の男、仮面ライダーイクサ。

 しかし敵は強大にして大群。彼とて一人で何百という鬼を打ち倒すことなど無謀極まりないのではないか。民衆の中から不安そうに見つめる子供たちに、名護啓介は力強く頷いて返した。

 たちまち飛び掛ってくる鬼を手にした長剣で次々に切り捨て、拳で打ち砕き、あるいは蹴り潰す。

 

 

 迫る悪鬼の毒牙に抗い戦う者が居る。

 

 これでもう、人々が絶望に屈することは無いだろう。

 

 


あとがき

 

ゆきっぷう「あのう、孫策さん? 何で僕の首に剣が突きつけられているのでしょうか?」

 

孫策「問答無用!」

 

ゆきっぷう「作家虐待反対! 虐待反対ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

孫策「さあ蓮華、解説を始めましょ?」

 

孫権「は、はい……まず今回は鬼・魔王軍との最終決戦の幕開けです。蜀から南蛮へ続く国境付近に出現した鬼の軍勢と、三国との戦いでした」

 

孫策「そうね。それで、見せ場を全部持っていった感想は?」

 

孫権「それは、その……とっても気持ちよかったです」

 

孫策「素直でよろしい!」

 

孫尚香「ちょっと! シャオの出番は!?」

 

孫策・孫権「「佐○健と結婚できるんだから別にいいでしょ!」」

 

 

 

 

大樹「ちなみに『コイヒメ・ライド・システム』についてはまた今度ってことで」

 

黄蓋「ぬあっ!? 文台様の墓が暴かれておる! 曲者じゃ、者共出あえ、出あえぃっ!」




孫権に見せ場が。
美姫 「でも、あとがきにあるように墓が暴かれたのかしら」
いやいや、そこを気にするのか!?
美姫 「冗談はさておき、いよいよ最終決戦ね」
だな。序盤は中々に春蘭が活躍していたが。
美姫 「やっぱり今回は後半の孫権が気になっちゃうわね」
何気に貂蝉たちも出番があった割りにシリアスだったからか、いつものような凄い印象もないしな。
美姫 「気になる事を口にはしていたけれどね」
確かに。一体、どうなるんだろうか。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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