. 本作は真・恋姫無双のネタバレを多量に含みます。

    2.真・恋姫無双、魏エンド後のストーリーです。

    3.原作プレイ後にお読み頂く事を激しく推奨します。

    4.華琳様の涙を拭い去るため頑張ります。

    5.一部、登場人物の名前が違う漢字に変更されている場合があります。

 

 

 

 

『使命を成し遂げん天一刀、今は只側に――――――』

孟徳秘龍伝・巻の八「孟掴天」より

 

(チェンジ!)

恋姫無双

―孟徳秘龍伝―

巻の八・孟掴天

 

 

 ついに天一刀は魏へ帰還した。蜀の窮地にこの国を発ったのがつい先日のことのように思える。しかし数ヶ月もの間に幾つもの死線を潜り抜け、多くの人々との出会いが彼を一人の将として大きく成長させていた。

 白磁のように白かった頬は幾つもの傷を刻まれ、全身はその比ではない。受けた途方も無い痛みで、苦しみで逃げ出しても不思議はなかった。それほどまでに武将の役割は重く、戦場は過酷だ。

 それでも天一刀は――――――カズトは成し遂げた。曹操から賜った命を。

「ただいま、華琳」

 正門を抜け、跨っていた馬を兵に任せると天一刀はそう言った。目の前には魏の覇王、曹孟徳。出迎えに来たのだ、彼女は。

「貴方の武勇、この魏にまで届いているわよ」

 それは、曹操の『武功を挙げよ』という命を天一刀が忠実に達成した、と認めたことを意味している。決して曹操が贔屓をしているわけではない。蜀や呉で得た名声は、万人に認められたからこそ人伝に広がり、遠く北方の魏の都まで知れ渡る。

 つまり天一刀が社会的にその功績を認められたからこそ、先ほどの彼女の言葉は生まれたのだ。

「凪、真桜、沙和……貴方達もよく鬼の猛攻の中を生き残ってくれて」

「はっ! ありがとうございます!」

 三羽烏を代表して凪が最敬礼する。無論、天一刀活躍の影には三人の存在が確かにあった。彼女達がいなければ天一刀は名声を得るどころか、生き残ることさえ出来なかっただろう。

 ホンゴウカズトの頃より、長い付き合いの戦友でもあるからこそ……曹操は三羽烏の隣に立つ武人に視線を移した。

 誰あろう、呂奉先その人である。

「まさか、貴方がね」

「………………御使い様には、たくさん助けてもらった。恩返し」

「そう。好きにするといいわ。魏に滞在する間は部屋も用意しましょう」

 天下無双と名高い呂布をも惹かせるとは、さすがは魏の種馬か。曹操は少しだけ嫌な予感を覚えつつ、呂布の隣で整列していた呉の会合出席者に向き直る。

「長旅、無事で何よりだわ。孫権殿」

「気遣い痛み入る、曹操殿」

 呉の代表は孫権。護衛に周泰、補佐は呂蒙だ。呉は現在、国防強化に重きを置いている。結果として猛将・甘寧は戦力の増強と、民衆の安心感の拠り所として本国での警戒任務に就いていた。

 魏はまだしも呉は蜀と同様に鬼の脅威に晒されている、いわば最前線だ。

「今夜はとりあえず休んで頂戴。詳しい話は夕食の時に」

「ああ。助かる」

 呉からの道のりは幸い、鬼の襲撃は無かった。しかし一行が四六時中、警戒し続けねばならないことに変わりはない。鬼の俊敏性、移動速度は常識外のものであり、一度でも気を緩めれば全滅は必至だ。街道沿いの森林地帯、流れの速い小川、果ては草原の真ん中にある小さな茂みまで……注意しなければならない箇所は無数で、その精神的疲労は孫権たちをぎりぎりまで消耗させていた。

 余談だが公孫賛は「いい加減戻らないと」と言って蜀に戻り、華佗はそのまま呉に残った。孫策から何やら頼まれごとを受けていたようだったが、詳細は天一刀はもとより孫権たちも知る由はない。

「華琳様、呉の使節団が到着されたと聞きまして」

 背後に現れたのは夏侯淵だ。孫権たちに一礼し、言葉を続ける。

「夕餉の支度が整いました。なにぶん急ぎましたゆえ、立席会食の形式にいたしましたが宜しかったでしょうか?」

「ありがとう、秋蘭。皆を案内して頂戴」

「はっ。では玉座の間へ」

 全員が夏侯淵に続いて城内へ向かって歩き出す中で、天一刀を謎の衝撃が襲った。後ろへ引きずり倒され、しかし他の面子は天一刀が姿を消したことに気付いていない。

 何が起こったのか理解できないまま瞬きを繰り返す彼の視界に映ったのは、

「カズト……」

 怒髪天を突く形相の曹操の顔。曹操が柏を打つと何処に控えていたのか、十二名の侍女が天一刀を拘束し、そのまま彼女の自室へ担ぎ込まれてしまった。

「ちょ、わ、何が――――――華琳!?」

 あっという間に着ていた鎧、服を全て剥ぎ取られては天一刀も混乱するしかない。しかし侍女たちは手早く天一刀の体を拭き清め、長旅で生え放題になっていた無精髭を剃り、眉を整える。

 次に新調された着替えが侍女の手によって天一刀に着させられていく。それは普段着などではなく、天一刀の為だけに仕立てられた正装である。ホンゴウカズトが元々着ていた『学園の制服』を基に、魏の職人の熟練の技で『軍服』としての意匠で作り直されたものだ。

 白を下地に紫や赤の装飾が施され、両肩には髑髏の肩当て。

 上着は裾を大きく伸ばし、膝裏まで届くほど。

 さらに上着の下には専用の鎧を着込むことができるようになっていた。最も今日は会食だけなのでそこまで用意はされていないが。

「華琳、これは……」

「貴方は魏の将として相応しい人間に成長し、帰ってきた。これはその褒美よ」

 曹操もまたいつもの衣装に身を包み、すっと右手を差し出してきた。天一刀は迷うことなくその手を取り、抱き寄せる。すでに侍女たちの姿は無い。

「ありがとう、華琳」

「当然のことよ。貴方はこれを着るに相応しい結果を出した」

「でも、やっぱり礼を言わな――――」

 言葉を続けようとする天一刀の唇を、曹操の指が制した。

「礼節は語るものではなく行うものよ。カズト」

「……ああ、そうだな」

 

 

 

 

 空腹と焦燥感。玉座の間に漂う空気は張り詰めていた。

 先に食事を始めるように、と曹操からその旨を預かっていた夏侯淵だったが、孫権らから「やはり主賓を待ちたい」と申し出を受けて曹操たちの到着を待つことにした。しかし食い気全開の許緒と我慢を隠しきれない呂布を中心に、飢えた獣の咆哮が聞こえ出すまでものの半刻も掛からなかった。

「れ、恋殿! もう少しなのです、もう少しお待ちくだされ!」

「――――――――――恋、もう待てない」

 典韋が腕によりをかけて用意した料理の数々を、このまま冷めてしまうのを黙って見過ごすことは何より許しがたい悪行だ。恐らくそんなことを考えたのか、呂布は体を斜めに傾けながらゆっくり屈みこんだ。それはまるで、跳躍の予備動作にも見えなくは無い。

 不意に、呂布の目線が許緒とぶつかった。思うことは一緒なのか、互いに頷くと……二人は跳んだ。

「恋殿ぉぉぉぉっ!?」

「あっ、季衣!?」

 陳宮と典韋の制止を振り切り、二匹の獣が料理の山へ突進する。この緊急事態に夏侯淵は隣の夏侯惇に声をかけようとして、

「いかんっ! 姉者、二人を止め―――――」

「華琳様、料理、華琳様、料理――――――はっ、涎が」

 止めた。夏侯惇は料理への欲求と曹操への忠誠心の間で激しく揺れていた。

 とりあえず夏侯淵は呂布たちの進路を阻むように立ちはだかる。無手でこの二人に対抗する方法はまず無いが、欠片ばかりは残っている理性に呼びかけてみる。

「お前たち、皆の料理を独占するつもりか!?」

 だが呂布も許緒も止まらない。完全に目が血走っていて、人としての尊厳をすべてかなぐり捨ててしまっている。それほどまでに典韋の料理は魅力的だった。

 まずイノシシの丸焼きはたっぷりの香草をまぶしてこんがり焼き上げられ、食欲をそそる香りはまさに魔性のそれだ。となりに山積みにされた肉まんは蒸かしたてで、ほくほくと湯気を立ち昇らせる様には彼女達で無くとも思わず手が伸びてしまう。

 他にも麻婆豆腐や鳥の唐揚げ、川魚の串焼き、山菜鍋などもはや贅を尽くした(?)皿が所狭しと並んでいるのだ。「ボク我慢したよ、だからいいよね? 兄ちゃん」とは、許緒の残した最後の言葉である。

 もはや二人を止める術のない夏侯淵の前に、舞い降りる影が一つ。

「へ?」

「……あ」

 不意打ちの足払いを受けて、宙を泳ぐ呂布と許緒の体を抱きとめるのは天一刀だ。

「季衣、恋……ひどいじゃないか。二人だけで食べるなんてさ」

「に、兄ちゃん!?」

「……御遣い様、ごめんなさい」

「俺だって、腹減ったよ」

 ぎゅるるるるる。

 いつもの爽やかな笑顔で登場したものの、呉から戻ってきたばかりの天一刀も空腹は誤魔化せなかった。食事は人生最大の娯楽の一つであり、長期間の旅はそれを著しく制限してしまう。

 天一刀の背後から現れた曹操も、これには呆れてしまって苦笑するしかない。自業自得でしょう、と嘆息する彼女の首筋に、ちらりと見え隠れする紅い痕が遅刻の原因を如実に物語っているが、それは言わぬが花である。

「さあ、食事にしましょう! 腹が減っては戦も出来ないものね」

 曹操の一声で全員が皿へ飛び掛っていく。一礼だとか、挨拶だとか、そういうものを全てすっ飛ばしてひたすら食べることに没頭する。あの孫権でさえ、仕草は上品ながらも小皿には料理を山のように盛っているのだ。

「料理人冥利に尽きる光景ね。流琉」

「はひ、はひんひゃま」(はい、華琳様)

「……とりあえず、口にものを入れたまま喋らないように」

 目一杯肉を頬張り、むぐむぐと口を動かす典韋に曹操は肩をすくめるしかない。

 

 

 結局、面々が冷静さを取り戻すにはかなりの時間を要した。玉座の間に運び込まれた料理が無くなり、さらに追加分を食べつくした頃にはすっかり真夜中になってしまった。

 呉よりも一日早く魏入りしていた蜀の鳳統、趙雲、馬超はすっかり酔っ払ってしまったので、侍女たちに言いつけて呉の面子と共に部屋へ送り届けさせた。

「まさかこんな大騒ぎになるなんて、なあ」

「そういうカズトが一番暴れていたような気がするわ」

「かもね。正直、浮かれてたよ。華琳もだろ?」

「ふふっ。どうかしらね」

 談笑を交わす曹操と天一刀の頭上には満月。二人きりで何処に居るのかと言えば―――――――

「やはり風呂はいいわね」

 魏の大浴場であった。男湯と女湯が繋がっている此処は、もちろん両方の入り口に『貸切』の札が吊るされている。

 一糸纏わぬ姿で悠々と湯に身を預ける二人。

 やがて曹操は、天一刀の体に指を這わせてきた。

「――――――どうかしら? 武将の生活は」

「うん。実際やってみて、改めて命の重さが分かった気がするよ。あまりに……軽すぎるって」

「そう。まだ、続けるつもり?」

「もちろん。俺は守りたい、命はこんなにも軽くは無いんだって……思うから」

 そう言って天一刀は右手で拳を作る。彼の眼差しには出世などの欲は無い。ただひたすらに、人々の平穏無事への祈りだけ。

 曹操の五指はゆるゆると、天一刀の体に刻まれた数多の傷をなぞる。魏を出るまで、そんなものは何一つ無かった男の胸は、背中は闘いを潜り抜けるたびに色々な物を刻み付けてきた。傷跡はその証だ。

「華琳……」

「何かしら?」

「くすぐったい」

「じゃあ、止めない」

 むず痒さに顔をしかめる天一刀を見ても、曹操は悪戯っぽい笑みを浮かべるだけだ。恋人を愛でると言えば苛めて苛め抜くのが彼女のやり方である。

 しかし、その曹操を屈服させた男こそが……

「ひゃ、んっ! ちょっと、カズト!?」

「俺だけ一方的に触られるのも、不公平だろ」

「だから! んく、舐めるのは反則!」

 天一刀が白磁の肌を舌でなぞるたびに曹操の体が跳ねる。しかし語調こそ強いままだが、曹操は特に強く抵抗しようとはしない。やがて天一刀の腕の中でくたり、ともたれ掛かるように脱力してしまった。

 すっかり火がついてしまったことを互いに自覚し、天一刀は唇を離す。

「続きは部屋にしよう」

「カズト……!」

「ここじゃ、ゆっくりできない」

 耳まで真っ赤になった曹操が頷くまで、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

「うぎぎぎぎ、ぐぎぎぎぃぃぃっ!!! おのれ、おんのれホンゴウカズト! あいつが帰ってこなければ、今夜の閨の順番は私だったのにぃぃっ!!! むきぃぃぃぃっ!!!」

 半狂乱で食堂の床を転がりまわるのは魏が大陸に誇る頭脳、荀文若その人だ。今夜は久しぶりに曹操の手で「いやん、バカン、ウッフゥゥゥン!」だったのだが、それをものの見事に天一刀に横取りされてしまった。

 しかも、し! か! も!

 あろう事か天一刀は曹操と一緒の湯船に浸かるとか、荀ケにとっては断じて許すまじき行為に彼女の脳髄は爆発していた。「自分もまだ一緒に風呂に入ったこと無いのに!」とは本人の弁である。

 なので荀ケに出来る事は自棄酒を浴びるように飲むぐらいしかない。

「春蘭! あんた、悔しくないの!?」

「んぐんぐ、何をそんなに憤る必要があるのだ? むぐむぐ」

 その向かい側で、まだ鶏の唐揚げ(さらに追加分)を頬張っていた夏侯惇が首をかしげた。確かに魏において曹操の右腕とも言われる彼女だが、この事態に反応しないのは妙である。

 杯の老酒を一気にあおると、夏侯惇は至極真面目な顔で言った。

「それよりも桂花、お前に頼みたいことがある」

「は!?」

「なんだ、その『そんな莫迦な!?』みたいな顔は」

「あんたが私に頼み事なんて言うからでしょ!?……で、何よ? アイツの暗殺なら喜んで知恵を貸すわよ」

 どうやら荀ケは天一刀を暗殺するつもりだったらしい。むしろ白昼堂々と刺し殺しかねない勢いだが、夏侯惇は特に気にせず言葉を続けた。

「うむ。ホンゴウとの模擬戦―――――出来れば一騎討ちを取り計らってもらいたい。お前なら、奴が断れんように出来るだろう」

「……つまり、正式な訓練の一環としてってこと?」

「あぐあぐ……まあ、そんな感じだ。早めに頼む」

 つまり、夏侯惇は天一刀の実力を量りたいのだ。三国に名を轟かすほどの実力が、果たして真か偽りか―――――彼女にはそれを確かめなければならない義務がある。

 あのホンゴウカズトが、敵と体一つで真っ向からぶつかり合うことも碌々出来なかった男がどこまで強くなったのか。武人としての純粋な興味も、無いと言えば嘘になるが。

「見掛け倒しなら、鎖で縛って閉じ込めるまでだ」

 また勝手に死なれでもしては困る。戦場に出せないようなら無理矢理でも安全な場所に居させた方が幾分もマシだ。あとは自分達で守ってやれば済む。

「幽閉ね。いい方法だわ。予定をねじ込むから、明日また連絡するわ」

 微妙に会話がかみ合っていないが、夏侯惇は気にしないことにした。要は天一刀の力を見極められればいいのだから。

 それにもし彼の力が自分を上回るのであれば、その時は――――――――

 

 

 

 

 翌朝、天一刀は久方ぶりに北郷警備隊の詰め所に顔を出すことにした。正直言って腰はガタガタで太陽が黄色に見えるが、朝から各国の代表との会合があると言われて曹操に部屋から追い出されてしまったのだ。

 もちろん、昨夜は彼女の寝室で一晩中……

「はっ!? いかん、集中だ! 集中!」

 首を振って、天一刀は魏を離れていた間の報告書に目を通していく。

 事件の発生件数、各区画の巡回路、住民からの要望――――――およそ半年分の書類を読み終えたのは、もう昼時も過ぎた頃だった。

 結論として、北郷警備隊は充分にその役目を果たしていたと言えよう。しかし隊の中核である三羽烏が不在であった影響は大きく、政府上層部との意思疎通が不十分な状態が続いていたようだ。

「あの三人が居なくても動けるようになってもらわないとな」

 別に自分が借り出さなくても、三羽烏が不在になる状況はこれから先にいくらでも起こりうるのだ。まして彼女達がいつまでも現役を張り続けるわけではない。そろそろ次代の育成に取り掛かってもいい頃だろう。

(春蘭に進言しておくか)

 何だかんだとバカ扱いされている夏侯惇だが、軍人――――――上官としては非常に優秀である。面倒見の良さと行動力が優れた統率力を発揮させ、部下からの信望も厚い。少なくとも天一刀に限らず、多くの武官が彼女の助言に助けられたことは間違いない。

「あ、兄様! 此処にいらしたんですか!」

「流琉じゃないか、どうした?」

 詰め所に現れたのは典韋だった。一抱えもある漆塗りの木箱を抱えて天一刀のすぐ横まで駆け寄ってくると、

「お弁当です。警備隊の人が、こちらでお仕事をされている、と教えてくれましたから」

「そっか。いやぁ、助かるよ。気付いたらもうこんな時間でさ」

 いつもなら李典なり、于禁なりが誘いに来てくれるので自分で昼食の時間をあまり意識しなくなっていた。ちなみに楽進はいつも二人を止める側で、でも結局流されて一緒に誘いに来るのだが。

 すっかり昔の癖が出てしまっていた。

「ちなみにお弁当を作ったのは華琳様です」

「……華琳、気合入れすぎだろ」

 二段になっている弁当箱の蓋を開けてみると、中は豪華な食材で作られた様々な料理が幾つもの仕切りで別けられている。上の段はおかず、下の段は一面に少し硬めに炊かれた白米がぎっしりと入っていた。

(まさか、部屋から追い出したのは……)

 これを作る為だったのか。しかし三国の会合も控えている以上、使える時間は決して多くはなかったはずだ。

「流琉。会合っていつから始まるんだ?」

「今日のお昼からです。参加するのは華琳様と春蘭様、秋蘭様に、各国の代表の方になってます」

 絶頂にも近い幸福感に危うく鼻血を噴きそうになる。天一刀は思わず口元を手で押さえながら、熱く震える全身を押さえ込むだけで精一杯だ。

 仕事に出かける夫(天一刀)のために、せっせと弁当を用意する妻(曹操)。手渡しこそ叶わなかったが、これはすでに―――――――正真正銘『新婚夫婦』の構図である。やや妻の気性が高潔すぎるが、それがむしろ普段との差として魅力を生み、この弁当に凝縮されている!

『ほ、ほら! 昼食を作ってきたから……食べなさいよ』

 きっと手渡しだったなら、頬を赤らめつつもこんな台詞と共に弁当箱を突き出してくるに違いない。

 味?

 味など気にするはずがない。彼女の作るあらゆる料理が天一刀の好物に違いないのだから。

「う、うおおおおおおおおおっ!」

 箸を振るい、天一刀は米とおかずをひたすらにかっ食らう。もはや一秒も待っては居られない。曹操手作りの愛妻弁当は! すべて! この天一刀の胃袋に納めることが! この世界の真理なのだ!

 およそ三人前の昼食は、僅か五分で姿を消した。

「げふ」

「一気に食べると体に障りますよ、兄様」

 食後のお茶を典韋に淹れて貰いながら改めて書簡に目を通す。五臓六腑を満たす曹操の愛情が眠気を誘うが、今日中に改善指示書を作成し、警備隊に渡さなければならない。

「カズト殿、此処に居ましたか」

「……ん、稟か?」

「フ、フフフ―――――――」

 ふと顔を上げると、郭嘉が眼鏡をかけ直しながら詰め所に入ってきた所だった。一目見ただけで分かる。彼女は、怒っていた。

「華琳様手製の弁当を一人で平らげるなど、よほど私を除け者にしたいのですね?」

 忘れてはならない。

 曹操配下の将たちは、一部の例外を除いてだが基本的に曹操にベタ惚れなのだ。もちろん郭嘉もその一人。

 そんな女軍師を出し抜いて曹操の手料理を独占した日には……

「ま、待て稟!」

「問答無用ですよ、カズト殿」

「話せば分かる、話せギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!」

 

 

 

 

 結局、郭嘉に(逢瀬的な意味で)襲われたため、天一刀はその日の仕事を諦める羽目になった。都合三回という相手の要求に抗いきれず、自室へ戻る彼の足取りはどこか頼りない。詰め所を臨時封鎖してくれた典韋の気遣いに感謝しつつも、郭嘉と入れ替わる形で襲ってくるという連携攻撃にはぐうの音も出なかった。

 まだ陽こそ沈んではいないが、夕暮れは近い。

 今日はこのまま眠ろうと寝台に身を投げると、意識はあっという間に闇の底へ吸い込まれていった。

 しかし、静かに寝息を立てる天一刀へ忍び寄る影が一つ。長く揺らめく黒髪をなびかせ、彼が寝入っていることを確かめた上で両手に握った大剣を振り下ろす。

「死ねいっ!」

「どひゃあっ!」

 寸でのところで必死の一撃から逃れた天一刀が床に転げ落ちた。結果、身代わりとなった寝台は真っ二つになり、音を立てて崩壊する。

「な、何しやがる春蘭!」

 犯人に抗議に声を上げる天一刀。

 対して剣を振るった夏侯惇はすました様子で彼を見下ろした。

「明朝、第一演習場へ一人で来い。実戦訓練だ」

「え? あ、でも俺は――――」

「返事はどうした!」

「はいっ!」

 猛将の怒声で返事を促され、思わず了承してしまう。それを確認すると夏侯惇は無言で部屋を出て行った。言い損ねた言葉を飲み込み、天一刀はただ言い知れぬ不安を胸に抱く。

(さっきの一撃、本気だった……)

 夏侯惇がホンゴウカズトに向かって剣を抜くことは別段珍しいことではないが、今日の太刀筋は今まで向けられた物と大きく違う点があった。

 あまりに鋭すぎるのだ。敵ですら無く、まるで辺りに転がっている丸太を何となしに斬るような……まさしく無我によって振るわれたと言ってもいい。

「春蘭……」

 全ては明日。

 答えはそこにある。

 

 


あとがき

 

曹操「か、勘違いしないでよね! 私が昼食を用意したのはあくまで気まぐれなんだから!」

 

天一刀「わ、分かってるって。だいたい忙しいんだから無理するなよ」

 

曹操「この、バカカズト!」

 

ゆきっぷう「あー、チミタチ? あとがき始まるからねー。聞いてるかーい?」

 

曹操「あ、おほん……『真(チェンジ!)恋姫無双 ―孟徳秘龍伝― 巻の八・孟掴天』を読んでくれてありがとう。それにしても、最近筆が怠けているようね?」

 

ゆきっぷう「し、仕方あるまいよ。補充したゲッター線が次々に漏れてっちゃうんだから」

 

曹操「聞けば、西の方がやたら騒がしいようだけれど?」

 

ゆきっぷう「ギクゥッ!」

 

曹操「まさか、あっちのほうに力を注いでいて本編が疎かに……なってないでしょうね?」

 

ゆきっぷう「そんなことはありません、マム!」

 

曹操「貴方の優先事項は何かしら?」

 

ゆきっぷう「イエスマム! チェン恋本編の執筆であります、マム!」

 

曹操「では急ぎなさい」

 

ゆきっぷう「イエスマム! というわけで、また次回お会いしましょう」

 

曹操「さらば!」

 

 

 

『蜀の三人(+1)の出番が無かった理由』

 

趙雲「おお皆よ、大変だ! 桃香様から手紙が届いてな、愛紗が我らの居ない間に男を作ったそうだぞ!」

 

鳳統「え……? あの無愛想な愛紗さんに恋人? 民間人の男性を誤って斬ってしまった、とかではなくてですか」

 

馬超「あの暴れ馬の愛紗に男? 何かの間違いじゃないのか?」

 

趙雲「しかし、男は無愛想で暴れ馬のほうが燃えるとか」

 

ジョニー「ぬわぁんどぅあぁってぇっ!? あの……一兵卒で空気で、ハブにする為に居るような愛紗に恋人が出来ただって!?」

 

(以下、失礼極まりないトークが延々と)




どうにか魏へと帰ってこれたな。
美姫 「道中は特に何事もなかったみたいね」
だな。帰宅早々、曹操といちゃついたりはしっかりとしたみたいだが。
美姫 「え、もしかして駄洒落?」
いやいや、違うっての。一刀の帰国に魏の武将たちも色々と動くかと思ったけれど。
美姫 「流石に全員が登場するのは難しいわよね」
次回は春蘭がメインかな。
美姫 「どうなるのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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