. 本作は真・恋姫無双のネタバレを多量に含みます。

    2.真・恋姫無双、魏エンド後のストーリーです。

    3.原作プレイ後にお読み頂く事を激しく推奨します。

    4.華琳様の涙を拭い去るため頑張ります。

    5.一部、登場人物の名前が違う漢字に変更されている場合があります。

 

 

(チェンジ!)

恋姫無双

―孟徳秘龍伝―

巻の参・称天翼(下)

 

 

 城壁の上、広大な荒野を見渡せる其処で曹操は沈む夕陽を見つめていた。計算では、天一刀はすでに蜀と合流して五胡軍の掃討に参加しているはずである。果たして無事だろうか、生きて帰ってきてくれるだろうか。仕事に一息つけば次に思い浮かぶのは彼の安否ばかりであった。

「華琳様、こちらにいらっしゃいましたか」

 階段の下から現れたのは夏侯惇だった。もうすぐ日も沈む。北方の夜は冷えやすく、そうなる前に迎えにきたのだろう。

「ホンゴウのことを案じておられるのですか?」

「ええ。今頃墓の下で無ければよいけど」

「ならば、心配は無用です」

 意外な答えに驚く曹操の前に、夏侯惇は愛用の大剣を差し出した。戦場で幾人もの敵兵を打ち倒してきた業物、その刀身には僅かながら亀裂があった。

「この傷は―――――」

「過日の御前試合で、あ奴にやられたものです」

 剣を鞘に戻し、夏侯惇はすでに日の沈んだ西の空を見た。

「生きていましょう。奴には私の剣の修理代をしっかり払ってもらわねばなりません」

 暗に夏侯惇は天一刀の力を示し、主を安心させようとしたのだ。その不器用な心遣いが、今の曹操には心地良かった。

「そうね。……さあ、戻りましょう」

「はっ!」

 

 

 

 

 蜀領内の五胡軍が壊滅した二日後、劉備たちは臨時で使っている本拠地の城へ凱旋した。その軍団の中には魏の張遼、夏侯淵や呉の周泰などの姿があり、彼女らを迎えての戦勝祝賀会が催される予定も組まれていた。

 一方で重傷を負った天一刀と呂布は他の負傷兵と共に一日早く城へ送られており、治療を受けている。入城した夏侯淵たちが真っ先に駆けつけたのも天一刀に宛がわれた一室だった。

「カズト、無事か?」

「隊長、失礼します」

「たいちょ〜、生きとったか〜」

「しつれいしますなのー」

 四者それぞれに挨拶をし、実際は問答無用で戸を開けて部屋へ踏み込んだ。しかし本人の意識は回復しておらず、寝台の傍らに立つ青年が天一刀に代わって応対した。

「貴殿は……」

「俺の名は華佗。流れの医者さ。今回はたまたま彼女と一緒に戦に出くわしてね、怪我人の治療をしている」

 華佗の視線の先には、部屋の椅子に腰掛ける一人の女性の姿があった。それを目にして真っ先に声を上げたのは夏侯淵だ。

「―――――黄蓋! おぬし、やはり生きていたのか!?」

「おう。久しいのう、赤壁以来か」

 ぐびり、と酒を飲み干した呉の宿将は事も無げに返した。しかし返された方は堪ったものではない。夏侯淵からしてみれば自身の矢で射抜いたはずの相手だ。事実、あの後の決戦では一度も姿を見ていないし生存の報告も無かった。

「しかしあの時に―――――」

「赤壁で我らの策を破られ、夏侯淵の矢に貫かれたあの時に儂は確かに死んだ」

 頷く黄蓋の言葉を華佗が引き継ぐ。

「戦いの後、河に落ちた黄蓋さんが流れてきたのを俺が偶然見つけたのさ。ただほぼ即死の傷だったから、完治するまで半年も掛かってしまったんだ」

 そもそも、即死状態だった黄蓋の命を救えるのか?

 黄蓋は夏侯淵の矢によって胸を射抜かれ、背中にも傷を負っていた。その上、水に落ちて大量の血が流れ出た状態である。恐らく西暦2009年の最新医療技術を駆使しても助かる見込みは殆ど無かっただろう。

「華佗は五斗米道の継承者なのだ」

 愕然とする四人に黄蓋が種明かしをする。

 五斗米道(ゴッドヴェイドウ)。かつて神話の時代、神農大帝が編み出したとされる医術の一流派で、華佗はその現継承者に当たる。彼の鍼はあらゆる病魔を打ち砕き、また史上初の麻酔治療を完成させた人物でもあり、その功績は偉大の一言では語れないほど。

「では、隊長の傷も!?」

「勿論大丈夫だ。ただ極端に体力を消耗しているから、もうあと十日は安静にしていた方がいいぞ」

 ほう、と胸をなでおろす楽進。寝たままの天一刀を見てまさか、と不安が過ぎったが杞憂だったようである。

「さて、俺は呂布ちゃんの様子も見に行かないと。黄蓋さんはどうする?」

「儂は積もる話があるゆえ、此処に残る」

「そうか。あと、ちゃんと周泰ちゃんに挨拶しておくんだぞ?」

「分かっておるわい」

 部屋を出る華佗を見送り、夏侯淵は改めて黄蓋と向き合った。天一刀は相変わらず静かな寝息を立てている。楽進たちも空気を読んだのか、いつの間にやら退出していた。

「何故?」

「儂とて人の子だ、生きられるならば生きたいものよ」

 言って棚から杯をもう一つ。

「あやつなのだろう? 天の御遣いとやらは」

「うむ」

 二つの杯に悠々と酒を注げば、微かに薫るのは涙のそれか。

「天の叡智と武功が揃えば、蜀呉の敗北も曹操の英断も必然だったか」

「さてな……だが、導いたのはあの男だ。奴に出会う前の……いや、出会わなかった華琳様では決して出来なかっただろう」

 曹操の英断。

 一年前、蜀呉を降した曹操による新国家体制の設立および、その宣言を指す。劉備には蜀の国を、孫策には呉の国をそれぞれ預け、治めさせる。それぞれの配下の将もそのまま引き継がれ、魏を中心とした三国連盟が完成した。それは偶然にも諸葛亮孔明が考えた『天下三分の計』と同じ根本を持つ、太平への第一歩だったのだ。

 そして民衆はそれぞれに慕う君主のもとに集い、平和・協調の姿勢を崩すことなく新たな時代を生きていた。

 魏の民は魏に。

 蜀の民は蜀に。

 呉の民は呉に。

 払った犠牲は大きかったが、それに見合うだけの結果を掴み取ったと、黄蓋は考える。

「大きい男なのだな、おぬしらにとって」

「無論だ……」

 杯の一つを黄蓋が差し出した。

「飲め。新たな盟友と、生死を越えた再会を祝して」

「頂こう」

 受け取った夏侯淵と、杯を持ち直した黄蓋は視線を合わせ、同じ呼吸で中の酒を飲み干した。それはきっと、他人には理解できない心の繋がりだ。

 酒は河となって過去のわだかまりを全て洗い流して、残るのは砂金の如く散りばめられた奇妙な友情。

 

 

 

 

「れんどのぉぉぉ! よがっだでずぅ! ほんどによがっだのでずぅぅぅ……」

 寝台に飛び乗ってワンワンと泣いている陳宮に縋りつかれ、呂布は困ったような――――あるいは少し、嬉しそうな表情で小さな軍師の頭を撫でていた。

「さて、呂布ちゃん。君の傷は殆ど治ったけど、もう少しの間はおとなしくしているんだぞ?」

「………………(コクコク)」

「今から三日の間はご飯を沢山食べて、沢山寝て、たまに散歩をしたりして疲れをとるんだ」

「………………四日からは、大丈夫?」

「もちろん大丈夫だ!」

「……よかった」

 しかしさすがは、と華佗は内心頷いていた。

 天一刀に比べて傷が浅かったこともあるが、呂布自身の生命力の強さが彼の針治療と相まって、完治まで僅か一日という回復速度を発揮したのだ。天下無双の飛将軍は伊達ではない、ということか。

 その行動力も凄まじい。傷が治ったとみるや、呂布は動き始めていた。

「ねね」

「は、はいぃぃ……」

「恋を助けた人……どこ?」

「あ―――――あの、天の御遣いとか言う奴ですか? あいつなら負傷したとかで恋殿と一緒に運び込まれたらしいです」

 華佗も察したのか、

「天一刀なら二つ隣の部屋で寝ているぜ。様子を見に行くなら俺も行こう。でもそんなに急ぎの用事かい?」

 と、器用な動きで愛用の鍼を仕舞って立ち上がった。

「…………あれ、返す」

 呂布の視線の先には、壁に立てかけられた戟戦斧があった。咄嗟の事とはいえ、勝手に借りて使ってしまった以上は元の持ち主に返さなければならない。それと併せて呂布の中である考えが纏まっていたのだが、この時は誰も知る由はなかった。

 ともかく三人が激戦斧を担いで天一刀の部屋を訪れると、

「ええい、誰か居らぬか! 酒じゃ、酒を持てい!」

「落ち着け黄蓋。時間はまだたっぷりあるのだ、急かして酒瓶を落とされても困ろう」

 酔っ払い二人が専横の限りを尽くしていた。知ってか知らずか、天一刀の寝顔もどこか苦しそうな、あるいは申し訳なさそうな様子で眉根を寄せている。

「これは、出直したほうが良さそうなのですぞ。あの御遣いはともかく、飲兵衛二人に絡むと危険なのです」

「………………………………(コク)」

 

 

 

 

「桃香様、今朝までの調査報告が纏まりました」

「うん。それで、どうだった?」

 夕暮れの執務室で劉備はその報告を待ちわびていた。

 関羽が持ってきたそれは先の五胡殲滅戦で、敵の篭城した砦を粉砕して出現した竜と巨人に関するものだ。

「文官たちに各種資料および伝承の類を洗いざらい調べてもらいましたが、現状ではそれらしいものは何も……調査は続けさせていますから、いずれは判明しましょう」

「砦は? 使えそう?」

「無理ですね。跡形も残っていませんので……それに地面に空けられた大穴も深さがどれほどあるか見当もつかず埋め立ても難しいと、朱里が申しておりました」

 竜が現れたのは地下からだった。当然、地面には這い出る竜の空けた穴があり、その大きさは砦の敷地とほぼ同じか、それ以上。検分のため現地に赴いた諸葛亮が試しに石を穴に落としてみたが、底にぶつかったような音は聞こえなかったという。

「ありがとう、愛紗ちゃん。とりあえずこの問題はこれまでにしよう」

「はい。ではこの後は……」

「もちろん! 予定通り祝勝会だよ」

 言って立ち上がる劉備はにこやかな笑顔を浮かべていた。あの劣勢から持ち直し、それどころか窮地にあった仲間たちが帰ってきたのである。もちろん失われた兵の命は少なくないが、それでもあの規模の戦いから見ればほんの僅かであった。

 結果として天一刀のとった作戦は敵前衛をかく乱する効果を発揮し、味方前衛と後衛の波状攻撃を可能とする布陣と相まってこの戦果を生み出したのだ。

 また最後の局面で囮となった呂布を救う為に、単騎で敵陣へ再度突撃した彼の行動は劉備たちに一定の評価をもたらしていた。あの場面でもう一度仕掛けることの出来る将兵は、蜀にも決して多くない。

 会場である玉座の間へ続く廊下を劉備と関羽は早足で進んでいく。現在、会場では補給部隊と共に到着した賈駆と董卓が中心となって、祝勝会の準備に奔走しているはずだ。もちろん、そこには美味しい料理が山ほど並ぶわけで、戦から戻った人間には堪らないご馳走に足が急ぐのも仕方あるまい。

「そうだ。愛紗ちゃんは天一刀さんのこと、どう思う?」

「ふむ……意外と骨のある人物かと。貧弱な割には、ですが」

「厳しいねえ」

 不意に尋ねられ、やや辛口に答える関羽に劉備は苦笑した。

「私とて恋たちを救ったことに恩義を感じていないわけではありません。ですが戦友と呼び合うにはもう少々、武を鍛えてもらわねば」

「なるほど、なるほど。愛紗はやはり強い男が好みであったか」

 突然背後に出現した趙雲にうなじへ息を吹きかけられ、飛び上がるように驚く関羽が青龍刀を抜くまで瞬き一つも無かった。

「星! 貴様、そういう悪戯は大概にしろと!」

「そうは言うが愛紗よ。主たる桃香様がいらっしゃらぬことには、祝勝会も始められぬ。私も酒が飲めぬではないか!」

「で、迎えに来たと」

「うむ。天将軍も待っておる」

 どうやらとっくに準備は終わっていたようだ。さすがに臣下という立場上、主よりも先に祝いの酒に手をつけてはまずいと趙雲は泣く泣く劉備たちを探しに出たらしい。

「ところで星ちゃん」

「何か?」

「その『天将軍』って、天一刀さんのこと?」

「いかにも。姓が天ならば背負う意味はともかく、あの男は魏の将。呼び方としてはごく普通のことでありましょう」

 自称とはいえ、『姓は天、名は一刀』と名乗った以上はそう呼ぶのが普通だろう。真名はまだ教えてもらっていないので、呼びようもないわけだが……

「あ……」

「桃香様、いかがされました?」

「うん。天一刀さんって、字が無かったよね」

「言われてみれば、募集中と申しておりましたな」

 字を積極的に募集するどころか持っていない将軍も珍しいが、仕方が無い。彼女達は知らないだろうが、天一刀という将軍がこの世に誕生してからまだ一月経たないのだ。天一刀自身、字の名乗りようもないのである。

 字とは当時の人名の一要素である。載聖が編纂した書物「礼記(らいき)」四十九編の一つである曲礼篇によれば、「男は二十歳で冠をつけ字を持った」「女は十五歳でかんざしをつけ字を持った」とある。基本的に成人した人間の呼び名は字を用いるのが原則(官職に就いていれば、官職名で呼ぶ)。Wikipediaより引用。

 というわけで、天一刀はまだ正式に字を持っていなかった。

「じゃあ、天一刀さんに字を考えてあげようよ。恋ちゃんとねねちゃんを助けてもらったお礼に」

「そうですね……桃香様から頂戴したとなれば、真の誉れとなりましょう」

「良い考えだが、愛紗よ。今からで間に合うのか? 正直、これ以上待たされるのは御免被りますぞ」

 乗り気の劉備に趙雲が「限界じゃ〜」とばかりに不満を漏らす。しかし蜀の王は満面の笑顔で「もう考えたから大丈夫」と玉座の間へ突き進んでいった。

 

 

 

 

(華琳〜、へるぷみ〜……)

 趙雲が劉備を探しに出てから、天一刀は主に諸葛亮や鳳統といった蜀の将たちから質問攻めを受け続けていた。(孔明曰く)先日の戦いで卓越した戦術によって五胡の軍勢を手玉に取り、(士元曰く)張遼らを用いた奇策で敵陣をかく乱せしめ、と贔屓の大安売りクリアランスセール。ボーナス商戦も真っ青な勢いだった。

 こうも持ち上げられては天一刀も「いやいや、大したことは……」と謙遜するしかない。ものすごいテンションで質問を浴びせてくる諸葛亮を何とか落ち着かせようと試みるも、壁際で夏侯淵と談笑に興じていた黄蓋が爆弾を投下してくれた。

「謙遜も良いがの……おぬしこそ、あの赤壁で我等蜀呉の秘策を看破した男ではないか」

 これでチェックメイト。完全に火のついた諸葛亮は鳳統と共に掴みかからんばかりの勢いで天一刀に詰め寄り、

「…………ダメ」

 背後から現れた呂布と楽進にそれぞれ首根っこを掴まれ、二人は虚しく宙へ持ち上げられてしまう。

「隊長は未だ負傷が完治したわけではありません。お控えください」

「…………御遣い様、疲れてる。だからダメ」

 口調はごく静かなものだったが、呂布と楽進の目は据わっていた。その威圧感たるや凄まじく、諸葛亮と鳳統も頭……もとい肝を冷やしたのだろう。ぴゅーっと走り去って張飛の背中に隠れてしまう。

 かくいう天一刀も顔色が優れているわけではない。失った血は少なくなく、まだ頬も青白く足元も頼りない。それでも彼が祝勝会に出席したのは、蜀の将たちが一堂に会するまたとない機会だったからだ。

「しかし、大丈夫ですか? まだお体が優れないのでしょう」

「とはいえ、そうも言ってられないさ―――――イテテテテ」

「た、隊長!?」

 およそ塞がったとはいえ痛む傷にうずくまる天一刀の顔を覗き込む楽進。夏侯淵についている李典と于禁も言葉には出さないが、やはり不安な表情を覗かせていた。

「…………御遣い様、大丈夫?」

「あ、ああ。何とか――――――ん?」

 じっ、と見つめてくる呂布に笑顔で返しながら、楽進に肩を借りて立ち上がるとにわかに入り口の方が騒がしくなる。見やれば紅の衣装を纏った女性が侍女に迎えられる形で入ってきたところだった。

「確か、呉の孫権か」

 天一刀もその姿には見覚えがあった。前の戦争で一、二度姿を見かけた記憶がある。孫権(真名・蓮華)の後ろに控えているのは確か甘寧(真名・思春)という武将だったはず。

 入場した孫権に気付いたのは黄蓋と周泰も同じだった。すぐさま二人が側へ駆け寄ると、面食らった様子の孫権はあたふたしながらもその現実を受け入れることが出来たようだ。抱擁と歓喜の声に、黄蓋の人望がどれほどのものか伺える。

「みんな〜、ごめんね〜! 遅くなっちゃって」

「待ちくたびれましたぞ、桃香様!」

 酒の瓶を掲げて厳顔(真名・桔梗)がやんやと囃し立てると、すでに骨付き肉を口いっぱい頬張っていた張飛がきょとんと首をかしげた。隣の馬超はよだれを懸命に堪えながらかろうじて最後の一線を保っていたのは、馬岱の存在に拠るところか。

 関羽が怒髪天を突く勢いで張飛を連行していき、空になった皿へ山盛りの肉が補充されるのを見計らい、劉備が改めて咳払いをした。

「えー、と。皆さんお疲れ様でした! 五胡軍はなんとか追い払うことができたし、周りの邑や街には大きな被害も無かったです。特に魏と呉から助けに来てくれた将兵の方々、本当にありがとうございました!」

 劉備の言に夏侯淵を筆頭とする魏の将と、孫権に連なる呉の将が頭を下げる。

「それでですねー。人質の救出に大活躍してくれた周泰ちゃんと天一刀さんに特別な贈呈品をご用意しましたー!」

 場から感嘆の声が漏れる。ただ「いよっ! 桃香、太っ腹!」と言った馬超が背後から関羽に拘束されたりしたが、きっとそれは幻覚の類に違いない。

「じゃあ気を取り直して、まずは周泰ちゃんから」

 劉備の前へ最初に歩み出た周泰に、劉備が宝箱から取り出したものを差し出す。

「………………」

 それは天界でいうところの「NekoMimi」だった。猫のそれを模したそれは、カチューシャの様に頭部へ装着できるようになっており、恐らくは南蛮のオーバーテクノロジーで造られたものだろう。昔、魏の間諜が持ち帰った情報にそんなものがあったなー、と遠い記憶を辿る天一刀だった。

 周囲の生温かい視線を余所に、当の周泰は大喜びで「NekoMimi」を着けて「蓮華様、祭様、どうですか? 似合ってますかー?」なんて小躍りしている。

 猫好きの周幼平、生涯の宝と成ったのは間違いない。

「次は天一刀さんですねー。天一刀さんには」

 劉備は宝箱を閉じ、一度深呼吸すると、

「字を贈呈します」

 天一刀は開いた口が塞がらなかった。確かに自分は「字は募集中〜」としていたが、それは単に名乗るべきものがなかったからに過ぎない。まあ、いつかは曹操あたりが考えてくれるだろうとは期待していたが、まさか蜀の劉備から貰えるとは夢にも思っていなかった。

「―――――貰えるモンなの、霞?」

「まあ、武勲や恩賞としてっちゅう話なら普通にあるで。ええやないか、蜀の劉玄徳から直々に字を貰ったんなら子孫百代まで伝わる至宝も同然やん」

 立てた武功に対して名君と謳われる劉備から与えられた褒美ならば、どんなものでも名誉となる。これこそ正に、天一刀が必要としていた証だろう。

 劉備に代わり、裏方から戻ってきた関羽が天一刀の前に立つ。手には一枚の書状。「桃香様、こちらをお忘れですよ。まったくもう……」などと小声で劉備を注意している辺り、どうやら肝心の物品を置き忘れてきたらしい。

「えほん!……では僭越ながら私が読み上げさせていただく。桃香様よりのお言葉、心して聴くがよい」

「え、あ、私が読むのに―――――」

「家臣の務めです」

 劉備を(強引に?)下がらせ、関羽は広げた書状を場の全員に見えるよう高々と掲げた。書面には大きく無骨な「抱翼」の二文字と、その脇に小さく書かれた文章が数行。

「『汝は天に通ずる志を抱きて羽ばたく翼なり』。天一刀よ、我らが盟友・呂奉先とその家臣を窮地より救い出した貴殿の武勲は万人が称えしもの。それ故に我が主、劉玄徳より貴殿は抱翼の字を認められた。以後、名を問われたならば募集中と言わず誇り高く名乗れば良い」

 厳粛に、しかし最後は優しく関羽が告げる。玉座の間を拍手喝采が埋め尽くすと、後ろでまだか、と待ち構えていた劉備が関羽を押し退けた。

「じゃあ、改めて名乗ってもらいましょう!」

 壇上へ引き上げられ、困惑する天一刀に劉備が「ほらほら」と促した。せっかく字が決まったのだから、と一緒についてきた張遼も「ほれほれ」と急かせば、

「………………返す。忘れてた」

 下から呂布が大事そうに抱えていた戟戦斧を放り投げる。慌ててそれを受け止めると、天一刀は大きく息を吸い込んで呼吸を整えた。何故だろう、救出作戦を立案した時よりも緊張するのは。

「ああもう! 分かった、分かったってば!」

 半分自棄になりながら天一刀は戟戦斧を頭上で旋回させ、中空へ突き上げる。視線を戦斧の切っ先へ合わせ、玉座の間を震わせんばかりの声でその名を告げた。

 

「姓は天!」

 

彼の者は天より来る御人なり。

 

「名は一刀!」

 

彼の者は英傑たちの魂を護る剣なり。

 

「字は抱翼!」

 

其の心は正義を抱き、天を翔る翼なり。

 

 

「真名はカズト! 泣く子も笑う天の国の御遣いなり! ってなわけで知ってる人も知らない人もよろし――――――ドワォッ!?」

 最後まで名乗りきる前に張飛の蛇矛の一撃を受けて吹っ飛ぶ天一刀。

「名乗りが終わったなら勝負するのだ! 恋より強いって星が言ってたのだ、すぐに勝負するの……あ、愛紗! 首根っこを掴んだらヤなのだ!」

「星……あんなことを鈴々に吹き込んだのか」

 愛用の剛槍を振り回す張飛を片手で押さえながら、関羽は後ろで面白そうに酒をあおる趙雲を睨みつけた。

「はてさて。とんと記憶にござらんな。確かに鈴々には「あの恋を救い出すほどの男だ、さぞかし武の誉れ高い将なのだろう」と言ったが」

「それでは同じことだろうが! 貴様……酔っているな!?」

「むぅ……酒を飲んでいるのだ、当然だろう」

 悪びれない趙雲に関羽が掴みかかろうとして、ついうっかり張飛を押さえていた手を放してしまったのがいけなかった。開放された張翼徳が(同じ翼の字に対抗したのか)全力全開で天一刀に襲い掛かったのである。本人としては腕試しのつもりだったが、肝心の天一刀はまだ傷が癒えておらず今すぐ楽進や李典あたりを連れて寝所に倒れこみたいぐらいの消耗ぶり。

「俺を護れ戟戦斧!――――――駄目だ、血が足りなくて力が出ない」

 どこかの菓子パンをモチーフにしたヒーローを髣髴とさせる弱音を吐いて、天一刀は死を覚悟した。ここは敵の城でもなければ戦場でもないというのに、どうしてこんなことに教えて華琳様へるぷみー(今日二回目)。

「尋常に勝負するの――――――にゃ?」

 しかし、張飛の一撃は天一刀には届かなかった。

「………………ダメ」

 防いだのは呂布だった。事も無げに張飛を丸めて投げると、彼女は改まった表情(傍目には分かり辛いが)で天一刀に向き直ると、

「………………恩返し」

「―――――――恋さん、助けてもらったお礼ってことですか?」

 不思議電波発信。ちんぷんかんぷんの天一刀に代わり、董卓(絶賛メイドver.)が通訳することで納得する一同。意味が合っていたからか、呂布も頷いた。

「…………恋、今日から……」

『きょ、今日から?』

 全員が固唾を呑んで呂布の続きの言葉を待つ。天一刀だけが貧血でふらふらしていた。

「…………御遣い様の、お手伝いさんになる」

 

 

 

 

『なんだってぇっ!?』

 

「血が、足りない……ぜ」

 

 

 


あとがき

 

周泰「わーい! あとがき初登場ですー!」

 

孫権「あまり喜べる場所ではないけれど……えほん。真(チェンジ!)恋姫無双 ―孟徳秘龍伝― 巻の参『称天翼(下)』を読んでくれてありがとう。書き手のゆきっぷうが各方面へ謝りに行っているから、今日は私と明命であとがきを進めていくわ」

 

周泰「蓮華様、もう少し打ち解けた感じの方が……」

 

孫権「わ、分かっているわ! でも、こんなことやったことなくて……」(モジモジ)

 

周泰「あうあう……え、えーと、そうです! こういう時こそ質問の手紙を読みましょう!」

 

孫権「質問? 『問いただす気も最早消え失せた』という投書が大量に届いた、とかではなくて?」

 

周泰「大丈夫です! じゃあ読みますね、えーと……『瓜大王の出番をもっと増やして下さい』って、これ明らかに違いますよね」

 

瓜大王「違わん! 全然違わない!」

 

孫権「ひゃあっ!?」

 

瓜大王「孫権……君の出番はシナリオが呉編に入ってからのはずだろう。なのに、なのに何でスケジュール前倒しになってるんだぁっ!」

 

孫権「それは、私が呉の増援として五胡撃退戦に参加していたからだ。もっとも、出る幕もなく戦いは終わったしまったがな……!」

 

瓜大王「…………」

 

孫権「…………」

 

瓜大王「…………こ、これで勝ったと思うなよぉぉぉぉぉぉっ!」

 

周泰「あ、逃げた」

 

孫権「あんな男に呉の大地は渡しはしない!」

 

周泰「話の主旨が変わっているような気もしますけど……では皆さん、また次回お会いしましょう! さようならー!」

 

 

毎回お馴染みの人物紹介

 

孫権(真名・蓮華)

 呉の将にして孫家の次女。孫策の後継者と目されており、王としての器は孫策を越えるという。呉ルートでは孫策の死後、その跡を継いで王となり領内の反乱を鎮め、国と民の繁栄に尽力した。それ以外のルートでは影が薄かったり足手まといになったり散々な扱いだが、先述の活躍を鑑みれば作り手による差別化だったのだろう。

 性格は直情型で誇り高く、それでいて他方からの意見を取り込むだけの器量もある。常日頃から王たらんと努力を続けており、時として融通が利かないケースも見受けられる。また近衛の将である甘寧とは公私を越えた間柄で、彼女の陰口を叩くと背後から鈴の音が聞こえるという。

 認められるまでは冷たくあしらわれてしまうが、本当の意味で仲間となった後は呉の為に戦う同志として助けてくれる。つまりツンデレ。この表現を聞いた周瑜は「まさに言い得て妙だ」と得心していた。

 呉ルートでは「お前が皆の笑顔を守るなら、俺はお前の笑顔を守る!」と口説かれ、ホンゴウカズトにメロメロだった。呉ルートのホンゴウカズトだけが男らしいのは一体どういう仕様ですかBaseson!?

荀ケ「許すまじ、許すまじホンゴウカズト! (華琳様は別格として)偉大な孫呉の後継者を孕ますなんて、死ね! 死んでしまえ! 死んで閻魔に償いなさい!」

甘寧「今回からは私も参加させてもらおう。――――――で、いつ殺るのだ?」

陳宮「お、落ち着くのです桂花殿、思春殿! 今はまだ雌伏の時なのです!」

 

甘寧(真名・思春)

 呉の将で元江賊頭領。呉の水軍を強化し、水上の治安を向上させる目的で呉にスカウトされた。当初は反対意見も多かったが今では立派な武人として認められており、文句を言う奴は何処にも居ない。錦帆族と呼ばれる江賊(今で言う海賊のようなもの。実際は義賊に近い)であったため、水上の戦闘では大陸においても右に出る者は居ない。また暗殺技術も優れており、孫権に近づくホンゴウカズトを幾度となく阻止している。

 非常に硬派で真面目な人物で、女を誑し込むためだけに保護されているホンゴウカズトには非常に冷たい。むしろ人間とさえ思っていなかった。しかし孫権が彼に心惹かれている事実を知るや、その事をカズト本人に伝えて間を取り持つ。結果として二人は結ばれるが、孫権命だった甘寧からしてみれば面白くない。むしろ「あんな何処の馬とも知れない男にうちの娘はやらんぞ」的な感情さえ抱いていた。

 その一方で無意識のうちにホンゴウカズトを気に掛けており、孫権に誘われるまま最終的に手篭めにされてしまったことは周知の事実。おのれホンゴウカズト、このチェン恋の世界では思い通りにさせんぞぉっ!

甘寧「この甘興覇、蓮華様のためならば悪鬼羅刹となる覚悟だ」

荀ケ「待っていたわよ思春! これで魏呉蜀、三国を跨る反ホンゴウカズト同盟が誕生するのね! 以後は徐々に包囲網を狭めて、アイツを社会的に抹殺。行き場を失ったところを生き埋めにしてやるわ!」

陳宮「おお、さすが魏の智将なのです! では今は、各国内で同盟の拡大を図りましょうぞ!」

三人『えいえいおー!』




うん、メイド菫卓の出番があってよか……ぶべらっ!
美姫 「今回、一刀の字も決まったみたいね」
そ、それも劉備自ら。
美姫 「それを知った華琳にまた何か言われたりしてね」
うーん、どうだろう。逆にそれだけの手柄を立てたという事でもあるしな。
美姫 「皆の前では評価して、後でお仕置きというパターンもあるわよ」
た、確かに。さて、今回は字以外にも爆弾発言が。
美姫 「恋の発言ね」
ああ。果たして、どうなるのか。と言うよりも、お手伝いさんになるのなら、是非ともメイド服をー……ぶべらっ!
美姫 「それじゃあ、次回も楽しみにしてますね〜」
ま、待ってます……。



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