. 本作は真・恋姫無双のネタバレを多量に含みます。

    2.真・恋姫無双、魏エンド後のストーリーです。

    3.原作プレイ後にお読み頂く事を激しく推奨します。

    4.華琳様の涙を拭い去るため頑張ります。

    5.一部、登場人物の名前が違う漢字に変更されている場合があります。

 

 

(チェンジ!)

恋姫無双

―孟徳秘龍伝―

巻の参・称天翼(中)

 

 

 蜀軍の猛攻によって道を開き、天一刀と趙雲、呂布隊五百余名はついに敵陣の最奥で孤立した呂布のもとへ辿り着いた。天一刀たちの狙いに気付いたのか、五胡の陣形も彼らを飲み込まんと動き出している。

 しかし、誰もその場から逃げるわけにはいかなかった。

「恋殿、お逃げください! 恋殿ぉぉぉぉぉぉっ!」

 城壁の上から縄で吊るされながらも必死に主を守ろうとする軍師・陳宮の痛烈な叫びが戦場に木霊する。天一刀はもとより趙雲もこの高い防壁を駆け上って軍師の少女を救う術はない。一騎当千の飛将軍も消耗が激しいのか、歯軋りするばかりだ。

 砦の門は硬く閉ざされ、抉じ開けられるものではない。

(くっ……これじゃあ……!)

 確約した覚えはないが、二人のどちらかでも助けられなければ自分は大嘘吐きになってしまう。上手くやるための策を出したのは他ならぬ天一刀自身だからだ。

(霞―――――――)

 まだなのか?

 任せろ、と言っていたじゃあないか。

「霞ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 天一刀の叫びが戦場に轟く。

 その刹那、

「わひゃ!?」

 ブツリ、という切断音と共に陳宮の体が宙に浮いた。その奇妙な浮遊感に思わず彼女も変な声をあげてしまう。

「ひゃああああああああああああっ!?」

 そして落雷の如き速さで落下する陳宮は、しかし一陣の黒い風によって地面に激突することなく脚を下ろすことができた。

 現れたのは暗き朱色を纏った少女―――――否、剣士だ。黒漆を塗ったかのような長く艶やかな黒髪を風になびかせ、背負った長刀の柄に右手を添えている。

「呂布殿、趙雲殿……それから天一刀殿、ですね? ご無事でしたか」

「き、君は?」

「私は周泰。張遼殿の指示で参りました」

 内心ガッツポーズを決めながら天一刀は唇を吊り上げた。どうやって張遼が周泰を連れてきたのかは知らないが、この戦場においてはまさに会心の一手となった。

「趙雲、呂布…………後退だっ! 本陣の劉備と合流するっ!」

「うむ、心得た!」

「………………(コクコクッ)」

 

 

 

 

「観測隊から報告! 天一刀殿および趙雲殿が呂布殿、陳宮殿の救出に成功! なお、その場には呉の周泰殿も居られるとのことです!」

「分かりました。そのまま観測を継続して下さい」

 報告を受け取り、鳳統は改めて天一刀の凄まじさに感嘆した。

 彼の立案した作戦は兵法に基づいて言えば決して褒められたものではなかったのだ。この場合考えられる上策としては、夜まで待っての奇襲作戦が最も効果的だろうと鳳統は考えていたし、その様に劉備へ報告するつもりであった。

 しかし天一刀はその真逆に昼間、それも呂布隊敗走の報告を受けて即時行動を起こすという、ある意味で非常識な選択をした。迅速を尊ぶことは愚かではないが、敵中に罠の存在が散見される場合において無闇に兵を動かせばどうなるか……しかし現実は鳳統らの予想を裏切った。確かに救出部隊の退路は絶たれ、敵後方からは遊撃戦力が続々と両翼の増援に駆けつけてきているものの、あらかじめ天一刀の指示で前面へ出ていた諸葛亮と劉備の部隊が再度退路を確保するべく対応中だ。

 一方の陳宮の救出は、恐らくは張遼が周泰に協力を頼んだからこそ成功したものであるが、前後の流れから天一刀の算段にそこまで組み込まれていたとは思えない。それをここまで上手く引き合わせるなど、凡人には決して出来ぬ。

(さすがは、天の御遣い……)

 戦局の流れさえも変えようというのか、この男は。

 ならばこの窮地も、あるいは―――――

 

 

 

 敵両翼への陽動部隊はさすがに関羽と張飛が指揮を執っていることもあり、敵の増援にも冷静かつ峻烈な迎撃を行なうことが出来た。しかし物量差はいかんとも縮められず、包囲網は徐々に彼女達を追い詰め始めていた。

「いかん……兵力差がここで響くとはな」

「まだやれるのだ! 恋たちを見捨てるわけにはいかないのだ! 翠たちも動いてくれているのだ!」

「無論だ、鈴々! 関羽隊は馬超隊と連携して敵を押し返すぞ!」

「鈴々たちは魏延隊と協力するのだ!」

 馬超(真名・翠)の騎兵隊は涼州兵を軸に構成されており、その戦闘力と機動力は三国随一である。魏延とその配下も猛者揃いの屈強な部隊だ。その援護を受けて逆に包囲し返す形で相手を挟撃するのだ。

「むぅ……!」

 それでもがっぷり四つに組み合うのが精一杯で、しかし相手の増援はまだまだ出てくる。後方の黄忠、厳顔の両隊は距離があるので援護が来るまでもうしばらく掛かるだろう。

―――――――もう一手、もう一手あれば押し込めると言うのに!

 歯痒さに関羽の口元が歪む。

「関羽様!」

「どうした!?」

「右手後方より接近する部隊あり! 旗印は夏侯!」

「馬鹿な!?」

 ここで魏の増援が来るのか? 今日ようやく神速の張遼隊が辿り着いたというのに、どうして本隊が間髪入れずに到着出来よう。

「弓兵構え! 敵右翼を強襲せよ!……ふふっ、やはりカズトがいい具合に重りとなったか」

 そう、張遼だけならばあと一日は早く着いていたのだ。

 そこに天一刀というお荷物が加わったことで、神速の進軍も幾ばくかの鈍りが生じてしまった。これは進軍経路に秘密がある。郭嘉は張遼隊だからこそ速く進むことの出来る道を選んだ。だがそれは天一刀にとって見れば、張遼の進行速度と相まってかなり荷の重い進軍となってしまったようだ。きっと進軍中の張遼も「こんなん、カズトに行かせるのはキッツイでー」などと愚痴をこぼしていたはずである。

 結果的に張遼も速度を緩めざるを得なくなり、一日の遅れが生じてしまった(それでも関羽たちにしてみれば早い到着になったが)。そして郭嘉は夏侯淵にこの誤差を伝え、先遣隊と本隊が同じ日に到着できるように取り計らったのだ。

 その分、本隊も人員を減らして行軍速度を上げている。その数はせいぜい二万弱。それでも蜀の軍勢と合わせれば十分戦闘は可能だ。

 では何ゆえにそんなまどろっこしい計算を張り巡らせたのかといえば、

「稟も皆も、心配が過ぎるというものだ」

 天一刀を孤立させないための秘策であった。功を焦る兵は早死にするというが、それは武勲を立てるには死地へ赴かねばならず、それだけ生還率は下がるからだ。それでも周りからある程度の支援があれば生き延びられる可能性は増えるに違いない……

 ともかく、魏軍本隊の到着によって敵の右翼は押し込まれていく形になった。

 さらに、夏侯妙才はもう一つの秘策を授かっていた。

「よし……北郷隊を天一刀の支援に出せ!」

「はっ!」

 北郷隊。

 忘れるはずも無い、かつてホンゴウカズトを隊長に据えて稼動していた曹魏の隠し玉というべき特殊部隊である。現在は楽進、李典、于禁の三人の指揮によって成り立つ「天の加護宿る部隊」として三国間でも有名だ。

「それで隊長は何処にいらっしゃるのだ!?」

「さすがに遅れてきたから分からないの〜……え、うんうん、ええぇっ!?」

 関羽隊から来た伝令の報告に、于禁の顔色が瞬く間に真っ青になった。

「どうした、沙和!」

「た、隊長……孤立した友軍のために救出部隊を指揮して敵本陣に特攻、だって」

 楽進の全身からも一気に血の気が引いていく。いくら曹操に「武功を挙げろ」と突かれたからといって、そんな真似が出来るほど無謀な男ではないはずだ。そう信じて、今は戦うしかない。

「ともかく隊長をお助けせねば」

「一刻を争う事態なの! 真桜ちゃん、真桜ちゃ〜ん!?」

 于禁の呼ぶ声など聞こえていないのか、李典は戦場の遥か向こう……左翼側をずっと注視していた。

「真桜、どうしたんだ!」

「あ、あああああ、あれ、あれ! あれ見てみい!」

 言われて二人も李典の指差した方向へ目を凝らす。

「あ」

「あ」

 今度こそ、天一刀の支援も忘れて三人の目が丸くなった。

 

 

 その光景は、兵からの報告を受けた夏侯淵も目の当たりにしていた。増援ひしめく五胡軍の左翼へ、後方から猛烈な射撃を仕掛ける一つの影。そして忘れられるはずも無い、その闘気。

 荒野の砂塵を防ぐためか、首に巻きつけた真紅の粗布。

 手に構える剛弓は、赤壁の時と変わらぬ意匠を保っている。

 銀髪をしっかりと結わえたその者の名を、夏侯淵は生涯忘れることは無いだろう。否、忘れられるはずが無い。

「コオォォガアアアアアアアァァァァァァァァァァァァイッッッ!!!」

 

 

 

 

 一方の天一刀たちは完全に敵部隊に包囲されていた。呂布隊と共に趙雲、周泰が突破を試みるが敵陣は厚く、到底脱出できるものではない。陳宮救出と同時に天一刀が携帯型の発煙筒を使って本陣へ合図を送っているし、直に本陣の劉備たちが敵中央の包囲網を突き崩してくれるだろうが、応援が来るまで持ち堪えられる可能性は低い。

 人質を奪われたことで計算が狂ったのだろう、五胡軍の苛烈な猛攻はいつしか狂気じみたものと化していた。

「しかし明命よ、気付いたか?」

「はい。この兵士たちはおかしいです」

 敵前衛の突撃を跳ね除けた趙雲と周泰が一様に訝しがる。

 まず敵兵の編成だ。年頃の男のみならず老人、女子供まで槍を、剣を、弓を持って整然と整列し、雄叫びを上げながら挑みかかってくる。これは砦後方の野営地からの増援に多く見られた。

 さらに異常なのは、彼らの目だ。蜀の武将を前にして物怖じもせず、仲間達が次々と倒されていても気に留める様子さえない。何より敵兵全員が同じ言葉を同じように繰り返していることが、異常さに拍車をかけている。

 滅ぶべし。ほろぶべし。ホロブベシ。

 眼で、言葉で、全身の気配でそう告げている。

「この異様な闘気、妖術っつうか洗脳の類か!」

「分析している場合ではないのです! 呂布隊は崩壊寸前なのですぞ!」

 天一刀の背におぶさり、背後を見渡しながら陳宮が叫ぶ。すでに呂布隊の残存兵力は五十人も無く、趙雲たちの消耗も加速度的に増してきている。絶えず四方八方から仕掛けられては如何に百戦錬磨の将でもいずれは傷つき倒れるのが道理だ。

 こちらは五十人弱。

 敵はまだ後ろに七十万近く控えている。

「………………星」

「む、恋!? いったい何を―――――――」

 何やらひとしきり頷いた呂布が、ここで意外な行動に出た。

 戦い続ける趙雲と周泰の首根っこを掴むや否や、遠投の要領で包囲網の外へ向かって投げ飛ばしたのだ。続いて陳宮と天一刀を手毬のように丸めて、同じように宙へ舞った。

 趙雲と周泰は流石武人であり、卓越した平衡感覚で姿勢を回復して見事着地して見せた。しかし天一刀はこれまた見事に頭から地面に突き刺さり、着地する陳宮の緩衝材の役目を果たしたのだった。続けて呂布隊の生き残りたちも放物線を描いて飛んでくる。

「げぶうっ!?」

 まるで豚のような悲鳴を上げる天一刀だがその場の誰も気にはしなかった。彼が頭を地面から引き抜く間に、事態は最悪の方向へ向かっていたのだから。

「恋殿っ!? ま、まさか我らを救うためにお一人で敵の目を引き付けるのですか!? 無謀です、無謀なのです! おやめ下さい、恋殿! 恋殿ぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 悲痛な陳宮の呼びかけに、敵陣の奥で呂布が応えるように微笑んだ。それも一瞬のことで、たちまち津波に様に押し寄せた敵兵で見えなくなる。

「まさか、助けに行った我らが助けられるとは……な」

 それでも絶望的だった陳宮だけでも救出出来たのだ。いったい誰が責められよう。攫われた人間の救出は普通、時間の経過と共に困難になってゆく。これは救出対象の所在の把握しやすさが何より関係してくるのだが、そういう意味で天一刀が即座に作戦を展開・実行したことは間違いではなかった。事実、一度は呂布とも合流したのだ。ただ最後に、どうしても覆しがたい『物量差』を跳ね除けられなかっただけ……

「本陣の部隊はどうなっているのですか!? 早くしないと恋殿が――――――っ!?」

 うろたえる陳宮の肩に、誰かの左手が添えられる。背の小さな軍師が振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

「お前……」

「貴様、何を」

 問い質そうとする趙雲の口がにわかに止まったのは、その男……天一刀の顔に悲痛なまでの決意と覚悟を見たからだ。

 趙雲は、この天一刀が決して武人と名乗れるような無双の豪傑ではないことを理解している。しかし、その大胆な発想と行動力は決して自分達に劣るものではない、とも。何よりその気配には心当たりがあった。かつて魏の不安定な情勢に便乗し、蜀が曹操の居城を急襲した時のこと―――――――当初野戦を選択した曹操が関羽と呂布に追い詰められ、あと一歩でその首を、という所でどこからとも無く現れた新手によって邪魔されて曹操は後退してしまった。その時の関羽の話では、見たこともない服を着た男だったという。

 そして今日、魏から張遼と共に来たこの男と共闘して彼女は直感した。こいつがあの時の男だ、と。曹操を救うために敵中を駆け抜け、勇将と名高い関雲長と最強無敵の飛将軍・呂布に一発かましやろうなど、並の人間に出来るはずがない。

 そんな男が今、何かデカイことをやろうとしている。口を挟むことなど無粋な真似が出来ようか。

「すぅ――――――――」

 深く短い呼吸も一瞬。双戦斧を構え駆け出した天一刀の脳裏では、溶岩のような灼熱で沸騰した血流が失った記憶を蘇らせていた。帰還の折に通った光の渦の中に置き忘れた、天一刀の戦う意義を。

『あの世界には危機が迫っている』

 刺客の奇襲を受けた曹操の窮地に急ごうとする天一刀を、瓜大王はこう呼びとめた。

『かつて真理を弄んだ者によって打ち込まれた楔で歴史は歪められ、今やそれは玩具の箱庭と化している』

 光の渦の中で何があったかは分からない。こんなにも鮮明に思い出せる言葉の数々を、何故今まで忘れてしまっていたのか。

『歪みを絶て、天一刀。その眼で真の敵を見抜き、打ち倒せ。歴史が繰り返される前に、積み上げたモノが水泡に帰す前に――――――』

 記憶の走馬灯は、僅か一呼吸の間のことだった。戦場の空気に高揚した鮮血が呼び起こしたのはなんてことは無い大義名分だ。初対面の胡散臭い輩が並べ立てた、そんなものはどうだっていい。

 けれど、一つだけ問題がある。

(俺たちが、華琳たちが積み上げたこの世界を壊そうとしている奴がいる)

 情報の真偽は定かではない。

 でも今、自分の目の前でそれをやろうとしている奴がいる。

 自分が非力なのは重々承知。

 一薙ぎで百人を倒せるわけも無く、一日で千里を走ることもできない。

 別段聡明でも、聖人君子でもない。ただ優れた文明に触れていただけの知識を持ち合わせているだけ。

 しかし意地がある。一年前の乱世を曹操たちと共に戦い、生き抜いた一人の人間として譲れないものがある。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 もし、この世界の戦士たちと並び立つものが非力な天一刀にあるとすれば――――――それは意地だ。仲間の為に、愛した女の為に、この命を賭けられることだ。かつて苦しみながらも定軍山に出撃した夏侯淵の窮地を伝え、変動する歴史の中で消滅に耐え続けたように。

 両手で振り上げた双戦斧を右肩に寄せる。卓越した技巧も、獣の如き膂力も求めない。ただ、「何があっても振り抜く」という意思だけ。

 呂布へと群がる最後列の敵兵――――――年端もいかぬ少年が天一刀の気配に気付き、槍を持ったまま振り返る。

 子どもを殺すのか?―――――――――その情けを殺した。

 人間を殺せるのか?―――――――――その迷いを殺した。

 自分に殺せるのか?―――――――――その恐れを殺した。

 それは、人が戦士になる過程に起こる苦悩だ。ましてやそれを幼少より禁忌と教えられていた天一刀にとっては、まさしく身を切ることそのものだ。

 それでも、今の彼にはそんな苦悩よりも大事なことがあった。

 目の前で誰かが嬲り殺されようとしている、という事実を打ち倒すことだ。

「おおおおおおおおああああああああああああっっっ!!!」

 振り下ろされた戦斧は少年の頭蓋を難もなく両断し、大地に激突する。

 そして、全ての感情が爆発した。

 

 

 

 

 馬上から白銀の槍を走らせ、敵兵を次々に薙ぎ倒す錦馬超の耳を遠雷の如き轟音が揺らした。見やれば敵陣中央から濛々と砂煙が舞い上がり、そこから逃れるように趙雲らが後退している。脇に陳宮を抱えている姿を見るに、救出は成功したようだ。

「いや、合わないな」

「どうしたの、お姉様?」

 首をかしげる馬岱(真名・蒲公英)に、馬超は視線だけは中央へ向けたまま答えた。

「よく考えてみろよ。救出部隊は星と何とかっていう魏の将軍が指揮を執ってたはずだろ? それなのに今あそこに居るのは……」

「星お姉様と、ねねは救出が成功したってことだしぃ―――――あれ? 周泰?」

「それに恋も居ない。魏の将軍もだ。さっきの音は二人のどっちかの仕業だろうぜ」

 その時、砦の後方から火の手が上がった。何者かが敵の野営地に火を放ったのだろう。勢いよく燃え上がった炎は次々に後方で待機していた敵兵を飲み込んで退路を断ってしまった。

 しかしこれだけ大規模な火計を行なう余裕は今の蜀軍にはないはずだ。諸葛亮も鳳統も本陣の指揮に掛かりきりで、陳宮は今さっきまで敵の砦の中。あと一人、軍師の賈駆(真名・詠)がいるが、彼女は別件で動いておりこの戦場にはいないはず。

「右手前方に張の牙門旗……魏の張遼か!」

 敵野営地からやや離れた森林地帯から飛び出した騎兵およそ千あまり。それを率いるのは軍義の最中に忽然と姿を消した張遼で、突如現れた新手を阻むべく展開した敵部隊を容易く蹴散らして鬨の声を上げている。

「おっしゃあっ! 秋蘭も来たし凪たちも出とる、一気に仕掛けるで! カズトたちを援護するんや! 突撃ィッ!」

 天下に名高い神槍を振りかざし、張遼隊が一気呵成に敵陣の側面へ喰らいついた。一突き一薙ぎで十人を屠る彼女を先頭に魏の精兵が進攻を開始する。

 

 

 そんな中、舞い上がる砂塵の中で呂布はまだ生きていた。敵兵に組み付かれながらの激戦の果てに折れてしまった方天画戟で満身創痍の体を支え、眼前に立つ男を見つめている。

 男は怒っていた。少なくとも、呂布にはそう見える。

 男が何を怒っているのか、呂布は何となくではあるが気付いていた。

「…………」

 男は黙ったままだ。もっとも、全身に深手を負っている彼に喋る気力など残っていまい。折れた槍の穂先や剣の破片、細く砕けた岩盤の残骸は先ほど放った自身の一撃の反動で弾け飛び、突き刺さったものだろう。腕、肩、脚、脇腹……傷を負っていないのは小奇麗な顔ぐらいであった。

 ぐらり、と男の体が傾き崩れ落ち、それを呂布はかろうじて受け止めることが出来た。しかし無理な体勢で受け止めたことで自分も一緒に地面へ座り込んでしまう。

 男は、天一刀は無謀にも単騎で敵陣へ斬り込み、呂布へ群がる敵兵をたった一撃で吹き飛ばしてしまったのだ。それが彼自身の力なのか、あるいは神の奇跡なのかは分からない。

 しかし彼の行動は呂布を驚かせていた。敵陣の外まで投げてやったのに、わざわざ戻ってくる理由がどこにある。自分から死にに来る必要がどこにある。

 その答えは落雷を髣髴とさせる轟音の中、呂布の聞いた言葉にあった。

『死ぬなぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』

 生きることを諦めるな。彼はそう言いたかったのだろう。

 けれどろくに面識も無い人間が、他人の生き死にどうして必死になれる? まして昔は敵同士だった人間が。

「…………どうして?」

 その問いに腕の中でぐったりとしていた天一刀は、かろうじて一息だけ口を開いた。

「仲間、だから」

 確かに呂布は劉備から「今は魏も呉も蜀も、みんな仲良しなんだよ〜」と説明を受けていた。だからといって、かつて敵だった自分を仲間と呼べるのか?

 敵味方、斬るか斬られるかの世界をひたすらに生きてきた彼女には、理解し難いものだ。

「そら、カズトやからな」

 頭上からの声に視線を上げれば、かつての戦友の姿があった。

「…………し、あ?」

 張遼は敵側面と接敵したのち、敵陣を突っ切ってここまで来たのだろう。

「そういう奴なんよ、ソイツ。優しくて真っ直ぐで」

「………………」

 ゆっくりと呂布が立ち上がった。血の抜けて震える脚で踏ん張り、折れた戟を杖代わりにして、左肩にボロボロの天一刀を担ぐ。

「れ、恋!?」

「…………コイツ、霞の仲間?」

 突然の質問に、張遼は戸惑いながらも頷いた。

「当たり前やんか。ウチの――――――大切な男や」

「霞の仲間は…………恋の仲間」

「へ?」

「……………だから、守る」

 戟を捨て、呂布は天一刀の取り落とした双戦斧を掴む。

「…………コイツ、恋を助けた。だから今度は恋が助ける」

 バチリ、と斧を掴んだ右手から緑色の雷光が迸る。それは瞬く間に膨大な量の雷となり、傷ついた呂布の全身を照らし上げてなお勢いを増していった。

 呂布の呼吸に合わせて明滅する閃光に、思わず張遼も目を細めてしまう。

 彼女達の前には崩れた戦列を立て直した敵本隊。その奥には大将と思しき大柄の武将の姿さえ見えた。天一刀の作戦は偶然にも敵の防御を同時に突き崩していたのだ。

「ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」

 呂布の唸る声が大地を揺らすかのごとく響く。その気迫を受けてかメキメキと甲高い悲鳴を上げて手元の双戦斧も変形を始めた。一瞬の内に伸びた柄の長さは呂布の身丈の倍はあろう。戦斧の刃も一際大きく広がり、さらに穂先は槍のように鋭く天を突く。

 その名も名付けて――――――――――

 

戟 戦 斧!

 

「む、む、むむむ無茶苦茶やぁっ――――――――けど、最高やで恋! いてもうたれぇぇっ!」

 無言のまま振り下ろされる戟戦斧は大地をかち割り、解き放たれた真空の刃が四方八方へ飛び、敵を次々に両断する。さらに戦斧を横へ薙げば巻き起こる竜巻が敵本陣を呑み込んで天高く吹き飛ばした。

 程なくして荒れ狂う暴風は止み、もうもうと視界を覆う砂煙の奥から現れたのは三つの影――――――張遼、呂布、天一刀の三人である。その後ろに立つ者は誰一人としていない。大将を失ったことを瞬時に悟った五胡の軍団はすぐさま砦へ退却していき、戦闘はひとまずの区切りを見た。もっともすぐに攻城戦へ移行するだろうが、それでも天一刀は見事に初陣で勝利を得たのだ。

「まさか、ホンマにやりおるとは……恐れ入ったで、カズト」

 人質となった陳宮と、それを追って孤立した呂布を救出。さらには膠着状態だった戦況を味方の優勢へ導いた。張遼も正直な話、ここまで出来るとは思っても見なかったのだ。

 その時、柔らかな笑みを浮かべる張遼の耳が地鳴りのような音を拾い上げた。あまりに微かなものだったので最初は呂布の腹の虫か、と気にも留めなかった彼女だが―――――

「んおおおっ!?」

 僅か数秒後には大地震に見舞われ、慌てて大地に膝を着いて周囲を見回す。呂布と天一刀はとりあえず無事だ。友軍も混乱してはいるが特に損害は出ていない。

 ふと振り返ると、地震の正体がそこにあった。

 つい今しがた五胡軍が篭城した砦が崩壊していた。まるで地の底へ飲み込まれるようにその姿を消し、何より驚くべきはその跡地から代わって巨大な竜が出現したことだ。

 それもただの竜ではない。禍々しい貌を持ち、眼は爛々と輝き、口からは緑の雷光が溢れ―――――――その背には、跨るというよりは胴から生えるような形で巨人が居座っている。竜を馬とするならば、巨人はさながら騎手であろう。

「「「ば、馬鹿な――――――」」」

 これまで幾度の死線を潜り抜けてきた夏侯淵も、関羽も、周泰もこれには身を震え上がらせた。南方の山奥に竜が住むという話は過去に聞いたことはあっても、それがこんなところに現れるはずが無い。

 

 竜と巨人は蜀軍を一瞥すると、再び地の底へと消えていった――――――――

 

 

 

 


あとがき

 

夏侯淵「真(チェンジ!)恋姫無双 巻の参『称天翼(中)』をお読みいただき恐悦至極。さっそく筆者を尋問したいと思う」

 

ゆきっぷう「俺は何も悪いことはしていないぞ!」

 

夏侯淵「ほう、自覚が無いと見える」

 

ゆきっぷう「う、うう……まさかとは思うが天一刀が重傷を負ったことか?」

 

夏侯淵「武人にとって名誉の負傷だ。死んだらまた別問題だが」

 

ゆきっぷう「いや、それをやるのはさすがに早すぎる。となると……まさか、まさかと思うが戟戦斧のくだりか?」

 

夏侯淵「少し、な」

 

ゆきっぷう「そんな! あと変形パターンを三つも考えてあるんだぞ!?」

 

夏侯淵「まあいいさ。次」

 

ゆきっぷう「なんだ、違うのか。それなら……最後の真ドラ○ンか?」

 

夏侯淵「……まだ、何も聞かないでおこう」

 

ゆきっぷう「じゃあ一体何なんだ!? 俺が何をした!?」

 

夏侯淵「華琳様の出番はどうした?」

 

ゆきっぷう「あるわけないじゃん。天一刀を痛めつけるだけのシナリオに、彼女を出せるわけおべるおあばうとえあwるklp?!」(全身に百本の矢を浴びて悶死)

 

夏侯淵「では次回、お会いしよう。さらばだ」(弓を背中で隠しつつ)

 

ゆきっぷう「次は、事後処理の話……DAZE☆」

 

 

以下、恒例の人物紹介

(特別企画! 裏ゲスト参戦編〜これ書いているときにちょうどこいつがいたんだよ〜)

 

呂布(真名・恋)

 蜀の武将(?)で元は董卓軍に籍を置き、飛将軍と称された呂奉先その人。ある有名ゲームでは物凄い悪役として描かれているだけに、ギャップで篭絡される人間が後を立たない(ゆきっぷうだけかもしれないが)。その武勇は有名すぎるので割愛するが、実力は蜀陣営最強と言っても過言ではなく、複数の武将を同時に相手にしても互角以上に渡り合う。

 頭が良くない(と自分で認識しているので、あながちそうでもない)のだが、割と色々考えて行動している。っていうか優しい、マジで優しい。某無双の呂布も見習ってほしいものだ。

 蜀ルートでは関羽を筆頭に餌付けする人間が続出するほどの可愛さを発揮するが、ご主人様大好きっ子なので最後はホンゴウカズトの手に落ちるという寸法。部下の陳宮とセットでどうぞ。もれなくセキトもプレゼント♪

 魏ルートではやたら手強い上に曹操の首級を本気で狙ってくるのでなお怖い。奴らが突撃してきたらオープンゲットするんだ! でないと本当に殺される。

荀ケ「軍師次第で武将の実力が左右される良い例ね。私と組めば文字通り最強でしょう」

タハ乱暴「うん、普通に好きな娘です。え? 俺の好みの話をしているんじゃないって? そんな馬鹿な!」

 

陳宮(真名・音々音)

 蜀の軍師で、元董卓軍の降将の一人。突撃戦術、攻城戦に長けており、一方で視野狭窄のきらいがある。この世界で唯一カタカナ語を使えるという、物凄い特技の持ち主(といっても、「キック」の一単語だけだが)。ロリっ子軍師で呂布命のため、ホンゴウカズトとは日々呂布の奪い合いを繰り返している。さらに自分だけ置いてけぼりを食らうと、必殺技の『ちんきゅーきっく』で主人であるはずのカズトを粉砕する。いいぞー、もっとやれー。

 蜀ルートでは侵攻してきた魏軍から劉備たちを逃すため、カズト、呂布、張飛と共に殿を務めるなど大活躍。さらにこの撤退戦ではチ○コ係・殴る専門・殴る専門というメンツの中で部隊を纏め上げていた。

 魏ルートでは割と影が薄かったが、その分『孟徳秘龍伝』で取り上げられたらいいなー、と思っているゆきっぷうでした。

荀ケ「貴方こそ私が捜し求めていた同志! さあ今こそ此処に、反ホンゴウカズト同盟を結成するのよ!」

陳宮「おお、話の分かる軍師がいて助かりました! あの糞野郎から恋殿を御守りするためにも、是非なのです!」

タハ乱暴「よし、俺が作戦を考える! 二人はその通りに、迅速かつ正確に行動し、ホンゴウカズトを抹殺するのだ!」

二人「「なんでお前ごとき変態の命令を聞かなきゃならないの(ですか)!?」」

タハ乱暴「……ごもっとも」

 

馬超(真名・翠)

 蜀の武将。もとは西涼の出身で、盟主・馬騰の娘。魏が侵攻してきた際には従兄弟の馬岱と共に抵抗するもあえなく敗走。益州へ流れつき、劉備と共闘することとなる。槍の達人で、愛用の十文字槍を持って戦場を駆ければ『白銀の流星』の異名が轟く(一年間で百機のMSを撃破、とかそういうわけではないだろうが)。

 基本的に義に厚く、直情型の武人だがここぞと言う時の判断力は決して他に引けを取らない。馬岱が策士とも言うべき人物であることからも、非常にマッチングしたコンビネーションを誇り、蜀に移ってからもその連携は強力であった。

 蜀ルートでは正統派ボーイッシュ・ツンデレとしてご主人様と楽しい日々を過ごしていたが、やはり馬岱に引っ掻き回されるなどして散々な目に遭うオチがつく。宝物はホンゴウカズトから贈られたゴシック・ドレス。

 魏ルートでは―――――――――――――前略、中略、以下省略!

荀ケ「騎兵の機動力を生かした戦術は恐ろしいものよ。優秀な軍師が付いたなら呂布と同様、最強の一角を担えるでしょうね」

タハ乱暴「さりげなく自分が優秀だってことを誇っているなぁ。……それはともかく、個人的に恋姫いちばん好きな娘です(←どうでもいい)。いっそのこと一緒の馬に乗って密着して、汗の匂いでハァハァしたい(←変態)」

 

馬岱(真名・蒲公英)

 蜀の武将で、馬超の従兄弟。トラップの天才で、落とし穴が上手い。特に南蛮平定戦では孟獲相手に罠の数々を駆使して屈服させるなど、結構えげつない。……あれ? 武人にあるまじき紹介文だ。

 蜀ルートでは馬超をホンゴウカズトとくっつけるために東奔西走していたが、自分もちゃっかり乗っかっていた。魏延とは犬猿の仲で、彼女の金棒を如何にあしらうかが日々の課題である。

 魏ルートは――――――――――――――オープンゲェェェェェットッ!(←現実逃避)

荀ケ「異色の人材ね。正々堂々が謳い文句の武人にしては非常に現実的な視点の持ち主だから、かなり侮れないわ。もっとも……男を見る目はてんで駄目みたいだけど?」

タハ乱暴「三国志好きなら誰もが知っているあの名台詞の生みの親。演義だとなんだかんだで朱里とも仲が良いんだよ? 星お姉さまとの絡みが少なかったのがちょい不満でしたが」

趙雲「では、絡むか……?」

 

黄蓋(真名・祭)

 呉の最古参の武将で、孫策の前代・孫堅から仕える宿将。弓に扱いを得意とするが武芸全般に秀で、戦場では孫策と共に前線へ吶喊することも多々あり、その度に周瑜からド叱られている。自他共に認める酒好きで、酒が絡むと公私を問わぬ振る舞いを見せ、その度に周瑜からド叱られている。それでも面倒見がよく、頼れる大御所として呉の臣民からの信奉も厚い。

 呉ルートではカズトに剣の手解きをしたり、食事を作ったりとあれこれ世話を焼いていた。もっともそれも、彼が種馬ではなく一人の戦友として黄蓋に認められていたからこそ。エンディングではカズトの子どもをもうけている。

 魏ルートでは赤壁の戦いにおいて、幾重にも張り巡らせた策をカズトに看破され敵陣で孤立。進退窮まったため敢えて夏侯淵の手にかかり、その死に様を見せつけ友軍を鼓舞しながら最期を迎えた。そして何気に呉陣営が一番戦死率は高い(呉ルートでは孫策、周瑜。魏ルートでは黄蓋)。

荀ケ「死を覚悟した将兵ほど恐ろしいものはないわ。でも味方になれば、これほど心強い将は居ないでしょう。……っていうか、こんな偉人を孕ませるなんてどんな極悪人なの、ホンゴウカズトッッ!」

タハ乱暴「でも、今回台詞なかったよね♪」

黄蓋「ほほぅ、そんな口を利くのはどの口かのぅ?」

ゆきっぷう「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 

久しぶりの用語解説

 

戟戦斧(トマホーク・ランサー)

 呂布の氣を受けて双戦斧が変形したもの。戟戦斧と書いて「トマホーク・ランサー」と読むことを推奨します。柄の長さはおよそ2mで、形状としては華雄の得物と似ている。両刃の斧であることは変わらず、さらに穂先は槍のように鋭くなっているため、『斬る』『突く』という二つの攻撃パターンが成立。さらに石突を使えば『叩く』ことも可能。さらには刀身に纏った真空の刃を操ることで遥か遠方の敵を攻撃することも可能。

 先述の通り双戦斧からの変形には呂布の氣が必要不可欠だが、戟戦斧自体は天一刀でも使うことはできる。

タハ乱暴「この武器の名を叫ぶ時は神谷ぼいすで叫ぶのが礼儀だ! さぁ、みんな、ガ○キングを思い出してぇぇぇぇっ」

ゆきっぷう「ダブルトマホゥゥゥゥゥゥゥゥックッ! ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥメランッ!!!」




恋やねねを救出したまでは良かったけれどな。
美姫 「やっぱりそう簡単に終わらなかったわね」
だな。にしても、今回は驚きですな。
美姫 「武器の変化に、黄蓋の登場」
更には謎の竜まで出現しましたよ。
美姫 「一体、何がどうなるの!?」
う〜ん、続きが待ち遠しい。
美姫 「とっても気になるわね」
うんうん。次回も楽しみにしてます。
美姫 「待ってますね〜」



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