優しい歌 第2部 第3話 受け継がれる想い
*
俺は一人の老人と対峙していた。
「祐介、覚悟はできているな?」
「はい、その為に俺はここにいるんですから」
俺の答えに老人は満足げに笑った。
「ならばゆくぞ、見事わしからこの剣を勝ち取ってみせよっ!!」
こうして俺は地を蹴った。
*
俺はホテルで食事を済ますとチェックアウトの手続きをして外へ出た。
今日もいい天気だ。俺は大きく伸びをして気合を入れた。
「よしっ、今日も一日頑張ろう」
ちなみに今は昼過ぎだ。とても朝とは言い難い時間だった。
俺は昨日の夜チェックインして夕食を食べた後急に睡魔に襲われてそのままさきほどまで寝ていたのである。
そうとう疲れが溜まっていたのだろう。目覚めはとてもすっきりしていた。
「よし、これなら大丈夫だろう。今日は真のじいさんに会ってみっちり鍛え直してもらわないとな」
俺はシュウとの戦闘で自分の未熟さを思い知らされた。
今のままじゃ美優希に支えてもらわなければシュウと戦うのは難しいだろう。
せめて美優希を守れるくらいの力は欲しい。
あの時、シュウはまだ全てを出し尽くしたとは思えない。
あの時変化していればシュウも何らかの策を講じたに違いない。
そしてやはり敗れていたと思う。それだけシュウという存在は強大なものだった。
だからこそあの人に鍛え直してもらうのだ。
真の祖父、横鳥龍介はあの零一にすら強者と言わせるほどの剣の達人だ。
昔、よく真と一緒に剣の稽古をつけてもらっていた。
彼を超えること。
俺はその先に何かを掴めそうな気がしていた。
そんなことを考えながら歩いていると、見覚えのある後ろ姿がヤンキーに絡まれていた。
「あれは……茜?」
茜を取り囲むヤンキーの数、5人。
ナンパされているようだが茜はあからさまに嫌がっている。
茜達のもとへ近づくにつれて話し声が聞こえてきた。
「なあ、ちょっとくらいいいだろう?」
「そうだぜ、どうせ暇なんだろ?」
「俺達が楽しい所に連れてってやるからさ」
「すみません、いま急いでいるので」
「そんな堅いこと言うなって。退屈させないからさ」
「俺、美味い店知ってるんだぜ。おごってやるからさ」
「俺達と遊ぼうぜ」
「お断りします」
そんな茜の態度に痺れをきらしたのかヤンキー達が険しい顔つきになった。
「このアマっ!こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって」
「言うこと聞かねえと痛い目にあわすぞ、あーっ?」
絵に描いたようなヤンキーっぷりだ。見ていて見苦しいのでそうそうに退場してもらおう。
それにそろそろ助けないと茜がやばい。
俺は今にも殴りかかろうとしていたヤンキーの手首をがしっと掴んだ。
そのまま捻り上げつつ、笑顔で茜へと声を掛ける。
「ごめんごめん、待たせちゃったね。それじゃあ、行こうか」
「えっ、あ、はい……」
そう言って俺は空いているほうの手で彼女の手を取る。
茜はそれに戸惑っいつつも意図に気づいたようで、そっと握り返してきてくれた。
「な、何だよ。男がいたのか」
「ちっ、つまんねえの。おい、行こうぜ」
ヤンキーたちは口々にそう言うと去っていった。
俺に腕を掴まれた奴はかなり痛そうに手首を押さえていたが、まあ自業自得である。
「……助かりました」
「困ったときはお互い様だよ。それにしてもずいぶんと挑戦的だったね」
「だって、祐介が見えたから。きっと助けてくれると思ってました、祐介優しいから……」
そう言って少し頬を染める茜。
「そう?ありがとう。でも、ああいうときはできるだけ逃げたほうがいいよ。何か護身用に携帯しておいたほうがいいかもね」
「護身用具なら一応持ってます」
「へえ、どんなの?」
「これです」
そう言って茜が差し出したものは……。
「……護身用具?」
「はい、護身用具です」
「まあ、確かに最近はいろいろな物があるけど……」
「これは私も無理でした。祐介も試してみます?」
「いや、遠慮しとく」
「そうしてください。これで死んじゃったら嫌すぎますから」
俺達は同時に溜息を吐いた。
茜の手に握られていたのは袋に包まれた漆黒の物体。
袋の表には“獄濃黒蜜練乳ワッフル”と書かれていた。まさに画期的な護身具である。
俺は気を取り直して話題を変えた。今のは見なかったことにしよう。
「茜はこれから何か予定はあるの?」
「私は澪と一緒に真の家に用事があるので。その後はどこかで遊ぶつもりです」
「そっか。俺もちょうど真の家に行くところなんだけど、よかったら一緒していいかな?」
「はい、きっと澪も喜びます」
そんな話をしていたら、背後から元気な足音が聞こえてきた。
(わ〜い♪祐介さんだ)
俺は満面の笑みを浮かべてこちらに駆け寄ってくる澪ちゃんを微笑ましく見ていた。
澪ちゃんはそのままの勢いで地を蹴って俺に飛びついてきた。
「うわっと……こらこら危ないでしょ」
(えへへ♪また会えて嬉しいの)
「ああ、俺もだよ」
そんな俺達のやりとりを茜は微笑みながら見ていた。
「ふふふ、二人ともまるで兄弟みたいです」
「兄弟か……。そういうのもいいかもしれないな」
言いつつ俺はリーアのことを思い出す。
昔の反動なのか、あいつも時々すごく甘えてくるんだよな。
澪ちゃんはそれとはまた違うタイプの娘だけど、こういうのも可愛くて悪くない。
(兄弟なら祐介さんはお兄さんなの)
澪ちゃんはスケッチブックを持って嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねている。
「俺も澪ちゃんみたいな妹ならいつでも歓迎するよ」
(だったら今日から澪は祐介さんの妹になるの)
「俺は構わないけど、いいのかな」
「本人がいいならそれでいいんじゃないですか?」
「それもそうか、じゃあ澪ちゃんは今日から俺の妹だ」
(わ〜い♪じゃあ澪のことは澪って呼んでほしいの。祐介さんのことはお兄さんって呼んでいいですか?)
「ああ、解かった。それじゃ改めてよろしくね澪」
(はいなの)
俺達のやりとりが一段落ついたのを見計らって茜が澪に話しかけた。
「澪、今日は真のおじさんのお見舞いにいくからそろそろ行かないと遊ぶ時間なくなっちゃいますよ」
(あっ、そうだったの。おじさんのお見舞いに行くの)
「真のおじさん、どうかしたの?」
「たんなるぎっくり腰だそうですけど、私達にお見舞いに来てほしいとおばさんから連絡があったんです。なんでも可愛い女の子に看病してもらうほうが早く治ると駄々をこねているそうです。いつもお世話になっているので今日澪と一緒にお見舞いにいく約束をしていたんです」
「そうだったんだ。……それにしても、おじさん相変わらずだね」
「はい、おばさんが可哀想です」
「俺が一緒に行ったらがーんって口で言ってそうだからな」
(えっ?お兄さん、一緒に来てくれるの)
「俺は今日はもともと真の家に用があって来たんだけど、途中でこんな可愛い妹ができるなんて思いもしなかったよ」
(澪もお兄さんと出会えてよかったです♪)
「そっか、ありがとう」
そう言って笑い遭う俺と澪。
その傍らで茜が少し面白くなさそうな顔をしていたことに俺は気づかなかった。
*
虎中さんに剣を見てもらうようになって数週間が過ぎた。
俺達はいつものトレーニングメニューに虎中さんが出してくれたメニューを加えての鍛錬を繰り返している。
週に二回の試合は相変わらず俺も美由希も、美沙斗さんですら連敗である。
だけど少しずつでも確かな手ごたえは感じてきている。
まだまだ虎中さんには及ばないが美沙斗さんとならそれなりにやれるようになってきた。
ただ、メニューが激しくなってきたせいか、三人揃ってフィリス先生にお世話になるようになってしまったが。
「もう、またこんなにぼろぼろになって」
最近、フィリス先生が投げやり気味になってきているのは気のせいではないだろう。
それも無理はない。
こうさいさい怪我されているともう怒りを通りこして呆れてしまうだろう。
その際たるは美由希である。虎中さんとの試合で必ずぼろぼろになるのだから。
美由希だって腕は上がっているはずなのになあ。
そんなことを考えながら俺は美由希達といつもの走りこみをしていた。
いつもよりも体が重く感じるのは虎中さんの指示で体中に錘をつけているからだろう。
それぞれの体力に合わせて錘の重さが調節されている。
つまり、一番軽いのが美由希、中くらいが美沙斗さん、一番重いのが俺である。
でも、最も重いのは……。
「ん?どうかしたか」
「いえ、よくそんなにもてますね」
「ははは、零一は鍛え方が普通じゃないから。恭也さん達は真似しないほうが身のためですよ」
「だが最終的にはこのくらいはやってほしいんだがな。そうすればもっと体を自在に動かすことができるんだ」
「一応、善処します」
「あっ、あはは……」
「……確かにあれは普通じゃできないね」
虎中さんは全身にいかにも重そうな錘を取り付けて、さらに横鳥さんを担いで平然とした顔で俺達と走っているのだ。
しかもいまは八束神社の階段を往復しているのである。さすがにきつくなってきた。
さらに数往復したところで少し休憩に入った。これからが本番である。
なにしろこの錘をつけたままいつものメニューをこなしていかなければならないのだ。だいぶ慣れてきたが、最初のほうは俺はともかく美由希などは悲鳴を上げていたくらいだ。
「相変わらずすごい錘ですね」
神社の掃除をしていた神咲さんが感嘆の息を漏らした。
「まあ、これも鍛錬ですから」
「はあ、頑張ってください」
「はい」
俺は練習刀を取り出して頷いた。
皆それぞれに虎中さんから出された課題をこなしていく。今はそれぞれの長所を伸ばす鍛錬である。
美由希の場合は刺突系の技の強化とそれに合わせた身体能力の向上を主としている。
具体的には射抜の派生で幾つかの奥義を出せるようにするのだそうだ。
俺は射抜からの派生で薙旋を出せるが、そんなようなものだろう。
その他にも美由希は射抜を元に独自の技を考えているようで、そのセンスは目を見張るものがある。
一方、俺はといえば、総合的な身体能力の向上と奥義之極・閃の習得を目指している。
虎中さんも素振りをしていた。
虎中さんが剣を振るうたびにものすごい音が辺りに響き渡っている。
俺が相手をしてきた剣士の中にあれほどの切れのよいものはいなかった。
それにしても相変わらず御神流に似てるな。
細部は異なるものの虎中さんの剣さばきは御神流のそれである。
ふと虎中さんが手を止めてこちらを見た。
見ていろということなのだろう。一瞬だけ眼を細めてから、刀を鞘にしまって構え直す。
あれは薙旋の構えだ。
そして、一拍間を置いて持っていた分厚い鉄板(とても刀で切れるとは思えない)を宙に放った。
「……っ!」
それは恐ろしく早い一閃だった。切断された分厚い鉄板は見事に四つに分断されている。
しかもどれもまったく同じ大きさである。
そうして刀をしまうと、虎中さんが俺のほうへ近寄ってきた。
俺も素振りを中断させる。
「今の俺の一閃はどんなふうに見えた?」
「閃光でした。しかも十字に」
「うむ、今のは二連だからそれで正しい」
たった二連で四分割。
それは高度な正確さとパワーとスピードが絶妙に絡み合ってこそなせる技だ。
「これができればパワーと正確さはこの段階では合格だな。ここまで正確に的を捉えられれば自然に体のほうでついてくるようになるはずだ。ゆっくりで良いから体をその感覚に慣らしながら徐々に鍛えていけ。そうすれば膝への負担は大幅に軽減できるはずだ」
「はい」
虎中さんの適切なアドバイスに感心しつつ頷く俺。
「しかし、思ったよりも伸びが良いな。試しに今のをやってみてくれないか。もちろん錘ははずしてだ」
俺は言われたとおり全身につけていた錘をはずした。
「おやっ?」
はずした途端、体がずいぶんと軽くなった。
錘をつけていたのだからそれは当然かもしれないが、普段はずしているときよりも軽く感じるのだ。
「どんな感じだ?」
「なんというか、すごく軽いです。それに足がいつもより楽な感じがします」
「やはりな」
それを聞いて、虎中さんが満足げにノートに何かを書き込んだ。
「足のほうはフィリス先生のおかげだろう。膝がだいぶ改善されている証拠だ。足が治れば本格的に鍛えていけるからな。先生に聞いたところそれもそう遠くないそうじゃないか」
「はい。フィリス先生には幾ら感謝しても足りないくらいです」
「うむ、膝が治ったらもっとハードな鍛錬が待っているからな、覚悟しておけよ」
「はい」
なんだか虎中さんは楽しそうだった。
「それじゃあ、やってみてくれ」
促されて俺は抜刀の構えに入る。
大きく深呼吸をして意識をして先ほどの閃光をイメージした。
虎中さんが鉄板を放り投げる。俺は地を蹴り腕に渾身の力を込めて一閃させる。
ガッキィィィィンッ!!
確かな手ごたえとともに鉄板を引き切る音が響き渡った。
結果を見てみれば、鉄板は綺麗に四分割されていた。
この感覚は薙旋よりも雷徹に近いものがあった。
「うわっ、すごい……」
「やるね」
それを見ていた美由希と美沙斗さんが感嘆の息を漏らした。
「うむ、見事だ。今の感覚を忘れるな。俺が今やらせたのは俺の流派では“砕”と呼んでいるものだ。斬撃により生じた衝撃を中へ通して外へと放つ。一連目で衝撃を中に蓄積させて二連目で外へと開放する。これは相手の武器を無力化するのに有効だ。やはり永全を修めるのならこうでなくては」
やはり型は同じでも違うようだ。俺は思い切って聞いてみることにした。
「虎中さんの流派はいったいなんなんですか?俺達御神流の技に酷似しているものがあまりにもおおすぎます」
それには美由希や美沙斗さんも同じ意見のようで、しきりに頷いている。
「恭ちゃんの言う通りだよ。さっきのだって薙旋そのまんまだったし」
「そうだね、いろいろ違うところはあるけど基本は御神流と同じだね」
「ふむ、せっかくだから少し教えてやろう」
そう言うと、虎中さんは手近な石の上に腰を下ろした。
「俺の修めている流派は永全覇王・玄武破斬流と言いうんだ。破斬流の修行は極めて過酷なものだった。だから途中で脱落する門徒生は少なくなかった。残った門徒生ですら極めることはできなかった。だからその門徒達は破斬流に近づこうとして新しい流派を立ち上げた。彼らは自分達が習得した破斬流の知識と独自の剣術を編み出し八つの分派を作り、破斬流を超えようとした。それが永全の始まり」
「ちょ、ちょっと待って。どうして君がそれを知ってるんだい?」
「どうしたの?母さん」
「御神流っていうのはね、古流の中でもさらに古流の剣術なんだよ。その発祥がいつなのか解からないくらいにね。だから、古文書や指南書の類が本家には沢山あったの。その中に“永全の光”っていう古文書があって、そこに書かれている一節と零一が言ったことが一致するんだよ。私も本家に嫁がなければ知らなかったと思う」
「さすが美沙斗さんだな。そう、永全不動八門は玄武破斬流を超えようとして作られたもの。結局は超えられなかったがな」
虎中さんが語った衝撃的な事実。
それは俺の知らない御神流のこと。だから俺達の流派と繋がりがあったのか。
「ちょっと待ってください。破斬流から生まれたのが俺達の流派であるのは解かりました。でも、破斬流を極めることができたのは誰もいなかったんですよね?」
「門徒生はな」
「じゃあ、その門徒生を指南していたのは……」
「悪いが今はそれ以上は話せない。鍛錬に集中したいからな」
それは肯定しているようなものだった。
そう悟った途端、俺たちは背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
同時に今という状態がどれだけ異常であるかを物語っていた。
俺たちはそれ以上は何も聞かずに鍛錬に戻ることにした。
「すまないな。まだ全部を話すことができなくて」
「いえ、いつか話してくれるのならそれで良いですよ。俺達はそれまで虎中さんに鍛錬を見てもらいますから」
「ふっ、そうだな。だったらこの際、徹底的に鍛えてやる。覚悟しておけよ」
「望むところです」
*
俺達はとある屋敷の前に立っていた。
表札には横鳥と書かれている。
「いつ見てもでかいな、真の家」
「はい、立派なお家です」
俺たちがそんなことを話しながら門をくぐるとちょうど玄関から出てきた真のおばさん、雪美さんと眼が合った。
「あら?祐介君じゃない。それに茜ちゃんと澪ちゃんも」
「こんにちは」
(こんにちはなの)
「はい、こんにちは。茜ちゃんと澪ちゃんはうちの根性なしのお見舞いに来てくれたのね。ありがとう。でも無理しなくてもよかったのよ。あの人が駄々をこねるのはいつものことなんだから」
「いえ、いつもお世話になってますから」
(澪もなの)
「そう?ありがとう。それで祐介君はどうしたの、真ならそっちにいるはずだけど」
「ああ、今日は龍さんに会いに来たんです」
「そうなの。じゃあ、ちょっと待っててね。すぐ呼んでくるから。茜ちゃんと澪ちゃんは先に上がっててくれる」
「はい、お邪魔します」
(お邪魔しますなの)
「それじゃあ、俺は庭で待ってますから」
そう言って俺は庭のほうへと回った。
庭には池と大きな桜の木が立っていた。いかにも日本庭園といった風情である。
俺がその桜の木を眺めていると、しばらくして一人の老人が現れた。
「よう、待たせたな。元気じゃったか祐介」
「お久しぶりです。龍さんもお元気そうでなによりです」
「まだまだ若いもんには負けんよ」
実際負けないだろうなと思いながら俺は単刀直入に言った。
「龍さん、俺をもう一度鍛え直してください」
「まあ、そうせっつかんでもええだろ。久しぶりに会ったんだ、積もる話もあるじゃろ。上がって茶でも飲まんか」
「せっかくですが、今は急いでいるんでお茶はまたにしていただけませんか?」
「むう、最近の若いのはせっかちになったもんじゃな。もう少しどっしりと構えておれんのか……と言いたいところだが、今回は本当に急いでおるようじゃからな。いいじゃろう、待っておったぞ。事情は秋子殿から聞いておる。大変じゃったみたいじゃのう」
「はい。運良く生き残ることはできましたけど、奴は……シュウは強敵です」
「おまえにそこまで言わせるのだからそのシュウとやらはそうとうのやり手なんじゃろうな。よかろう。おまえにもう一度力の何たるかを叩き込んでやろう」
「お願いします」
納得して頷く老人に俺は深々と頭を下げた。
「と言っても、大概のことは教えてしもうたからな。どれ、一つ真剣勝負でもしてみるか」
そう言っておもむろに剣を取り出す龍さん。
それは良い。元より俺はこの人を超えるために来たのだから。
しかし、その手に握られた剣が問題だった。
空を映したような青い刀身から放たれるプレッシャーは聖龍王である俺を超えている。
「どうした?さっさと用意せんか。お主にはまだ戦うための力が、剣があるじゃろう」
龍さんの言葉に俺はハッとした。
そう、確かに俺はまだ剣を持っている。けれど、それは俺一人の手には余る力だ。
俺が躊躇していると、龍さんがおもむろに口を開いた。
「この剣はな、相対した相手の心の闇を映すんじゃ。故にお主が恐れるのも無理はない。じゃがな。これに打ち勝たねばお主の望む力とやらは永遠に手に入れることは叶わぬぞ」
「………」
龍さんの言葉に未だ剣を抜けないまま黙り込む俺。けど、心はもう決まっていた。
確かに俺は自分の弱さを恐れているんだと思う。
その弱さのせいで、大切な人を守れない未来が来ることが堪らなく怖い。
だから、今ここで剣を抜くことでその最悪の未来を回避出来るのなら、やるしかない。
……美優希、俺を導いてくれ。
愛する人の笑顔を胸に、俺は心の中で光神剣の柄に手を掛ける。
「それでこそ我が弟子じゃ。さあ、お主の覚悟、このわしに見せてみい!」
愉快げな笑みを浮かべて龍さんが剣を構える。
俺は今、それを絶つんだ。
目の前にあるのが俺自身の心の闇なら、それ以上の思いを持って打ち砕いてみせる。
柄を握った手に力とありったけの想いを込めて、俺は光神剣を抜き放った。
*
「はあ、はあ、はあ……やったのか?」
肩で息をしながらそう声に出してみたものの、俺には既に分かっていた。
俺の手の中には通常の剣のサイズで実体化した光神剣が握られている。
引き出せた力はまだほんの一部だが、それでも俺自身の闇を打ち破ることには成功したようだった。
――そして、同時に聞こえてくる一人の女性の声……。
「お久しぶりですね」
「あなたは天龍王」
「そうです。正確にはその一部ですね。ここにはわたしという精神体とそれを収める剣があるのみですから」
「でも何故あなたがこんなところに。俺達に光神剣を託して眠りについたはずでは」
「確かに天龍王としての役割を持つ本体は眠りにつきました。しかし剣としての役割を持つわたしはあなたをずっと待っていた」
「では、天龍王にはこうなることがすでに解かっていたのですね?」
「……むう、そうですけど」
「えっ?」
突然、拗ねた声を上げる天龍王に俺は困惑した。
「剣としてのわたしはあなたに従う存在なのです。主が従者に敬語なんておかしいでしょ」
「は、はぁ」
「わたしのことは天美(あみ)と呼んでくださいね。剣なんかに宿ってますけど、中身は結構普通の女の子だったりします。よろしくお願いしますね」
「いや、剣に宿ってる時点で普通じゃないでしょ。っていうか、女の子?」
「はい、女の子ですよ」
彼女(?)がそう言うと不意に光神剣から光の球が出てきて人の姿になった。
「うわっ!?……ほんとに女の子になっちゃったよ。でも、普通からは脱落ですね」
「え〜、そんな意地悪言わないでください。それに敬語」
「だって、あなたは俺より位も歳も上なんだから」
「女の子の歳を指摘するのはいけないんですよ。確かにわたしはお姉さんですけど、でもわたしはあなたと契約を結ぶんです。つまりわたしのご主人様になるのです。従者に敬語はなしですよ。直してくれないとわたし拗ねちゃいます」
なんと言うか……可愛い。じゃなくて。
「どうしてもそうしなきゃダメですか?」
「はい。じゃないと泣いちゃいます」
ほんとに眼に涙をためて言うので堪らない。
「ふう、解かった……解かりました。それじゃあこれからよろしく天美」
「はい♪ご主人様。それでは契約のキスを、んーっ」
「わわわっ!?ちょっと、待ったー」
「え?どうかしましたか、ご主人様」
「なっ、なんで契約でキスなの?」
「契りを交すには昔からこうするものと決まっているのですよ。それともご主人様はその先をお望みですか?」
そう言って微かに頬を上気させる天美に、俺は益々うろたえてしまう。
その隙に迫ってくる天美の顔を慌てて押しとどめる俺。
うう、何か遊ばれているように感じるのは俺の気のせいだろうか。
「お、俺、妻子持ちなんだから。そういうのは勘弁してくれ」
「大丈夫大丈夫。黙っていれば、分かりませんって」
「そ、そういう問題じゃないでしょう!」
しばらくそんな問答を続けていると、不意に天美が盛大に泣き出してしまった。
「ふえ〜んっ!!ご主人様が契約してくれない〜」
「うわ〜、頼むから泣かないですれーっ!」
そんな天美を必死でなだめる俺。
そんなやりとりを見ていて龍さんが愉快そうに笑い出した。
「ふぉっふぉっふぉ、祐介よ。いい加減諦めろ。なにキスのひとつやふたつ、どおってことないじゃろ?別に体を捧げろと言っているわけではないのじゃから」
「ふええ〜んっ?わたしはご主人様の好みではないんですね〜、おいしく召し上がっていただこうと思ってたのに〜」
「ちょっと待てっ!!話をやばい方向へ持っていくんじゃない」
「さあ、どうする?このままじゃとそのお嬢ちゃんは泣き止んでくれんぞ。ここはぐぐっとやられてしまえ。ささ、天美さんよ。わしが抑えている間に」
「ちょ、ちょっと龍さん、なにしてるんですかっ!!」
「うう…ありがとうございます。それではいただきます」
「ちょ、ちょっと待てーっ!!」
「待ちません」
「うわーっ……」
――数秒後。
「うふふ?これで契約完了です。ごちそうさまでした。これでわたしはあなたのものです」
「わしの勝ちじゃ」
そう言って楽しそうにVサインをする龍さん。なんだかどっと疲れてしまった。
そんなやりとりをしていると茜と澪が出てきた。
「なんだか楽しそうですね。……どうしたんですか祐介?すごく疲れた顔をしていますよ」
(お兄さん、お疲れみたいなの。休んだほうがいいかもなの)
「うう、ありがとう。俺を慰めてくれるのはやっぱり二人だけだよ」
そう言って俺は二人の手をがっしりと握った。
「いったいなにがあったんですか?」
茜が龍さんのほうを見て天美に気付いたのかきょとんとした顔をして瞬きをした。
「あの、この方は?」
「俺は知らない」
「もう、ご主人様冷たいです〜。わたしはご主人様にお仕えする天美といいます。よろしくおねがいします」
そう言って丁寧にお辞儀をした。こういうところだけを見ていると清楚なお姉さんに見えるのだが。
如何せん中身があれではイメージ台無しである。人の夢を壊さないでほしいものだ。
「ご…主人…さま?」
「細かいことは気にしないでくれ。というか聞かなかったことにしてくれ。頼む、でないと俺この先こいつとやっていけそうにない」
俺の切迫した表情に苦笑しながら茜は頷いた。
「解かりました。そういうことにしておきます」
そう言って天美のほうに向き直る。
「里村茜です。こちらこそよろしくおねがいします」
(上月澪です。よろしくおねがいします)
「お二人ともご主人様のお友達ですか?」
「はい、そうです。といって昨日知り合ったばかりですけど」
「それでも一日一緒にいれば立派なお友達ですよ。ですから茜さんも澪さんも今日からわたしのお友達です」
「ちょっと変わった人ですね」
「ははは……」
「でもそういうのもいいと思います」
「まあそうかもね」
俺は澪と話している天美を見て頷いた。
でもあの人天龍王なんだよな……。偏見かもしれないけどあんな人だったんだ。
そんなことを考えていると天美が困ったような顔をして言った。
「あの、そろそろ鞘に戻していただけませんか?何か裸を曝しているみたいで恥ずかしいので」
「あ、ああ……」
そう言われて俺は慌てて光神剣を鞘へと納めた。
天龍王より授かった俺と美優希との絆の剣。
彼女を守る俺にとって、これ以上ない最高の刃だ。
「これでまた美優希を守っていける」
「みゆき……」
そんな俺の呟きに茜が僅かに眉を寄せた。
だが、俺はそれに気付かなかったふりをする。
俺が心に描くのは美優希の笑顔、ただそれだけだから。
意識の深層へとしまった光神剣の柄に触れながら、改めて守っていこうと誓う。
「呼び出したいときには念じてください。龍王剣のときと同じです」
「ああ、解かった」
「でもわたしはずっとご主人様のお傍にいますからね」
「はいはい」
「さて、疲れたじゃろ。今夜はうちに泊まってゆっくり休むといい。部屋なら余っているからな」
「ありがとうございます」
「茜ちゃんと澪ちゃんはどうするかね?」
「私達はもう日も暮れてきたので帰ります」
(澪もなの)
「送っていこうか?」
俺がそう尋ねると茜は首を振った。
「いえ、ここからだとそんなに遠くないので、澪は私が送っていきます。……あの、明日帰るんですよね?」
「ああ、やらなくちゃいけないことがあるからね」
「そうですか……、では失礼します」
「茜?」
茜はそれ以上は何も言わずに会釈して澪と一緒に帰っていった。
「あの、ご主人様……茜さんは」
「ああ。でも、俺は美優希以外にはなびかないから」
「わたしにもですか?」
「当然だ。ひと時の迷いで本当に大切な人を悲しませるのはもうたくさんだからな」
「では、どうするおつもりなんですか?ご主人様は茜さんの気持ちにお気づきなんでしょ?」
「ありのままを伝えるさ。下手にはぐらかすよりはそのほうがずっと良いはずだから」
「そうやって何人の女性を泣かせてきたんですか」
「人聞きの悪いこと言わないでくれ。俺はそんなにモテないって」
「…………」
笑って否定する俺に天美が疑いの眼差しを向けてくる。
「うっ、従者が主人にそんな目を向けるもんじゃないぞ」
「都合の悪いときだけそういうこと言わないでください。でも、そうですね。今回は信じてあげます」
笑顔でそう言う天美に、俺はホッと胸を撫で下ろす。
「さ、さて、今日は疲れたからな。風呂でも入ってゆっくり休むとするか」
「はい、そうしましょう」
「たしかここは露天風呂があったはずだから疲れがよく取れそうだ。あっ、覗くなよ」
「もう、ご主人様ったら。わたしはそんなことしませんよ。お背中流させてくださいね」
「うわっ、堂々と入ってくるか」
「当然です。メイドなるものご主人様のお背中を流すのも役目です」
「いつからメイドになったんだ」
俺たちはそんな他愛もない話をしながら家の中へと入っていった。
あとがき
こんいちは、堀江紀衣です。今回はほのぼの〜としたお話です。祐介さんがやってきた街で真さんの幼馴染みさんと出会います。
麗奈「まさかあいつが美優希以外の女に手を出すなんて意外だわ」
佐祐理「ほんとです。しかもメイドさんまでゲットしてます」
真雪「こりゃ帰ってきたら面白いことになりそうだな」
知佳「あんまり修羅場は見たくないんだけど」
麗奈「修羅場というよりは、美優希の木箱で祐介が三枚おろしにされそうね」
知佳「今大変な時なのに、解かってるのかな」
紀衣「・・・あの〜、一応本人の名誉の為に言っておきますけどナンパしていたわけではないんですよ偶然出会ったというだけであって」
麗奈「解かってるわよ、仕方ないから紀衣の恥ずかしい格好で我慢するわ」
紀衣「それは話が違うでしょ」
真雪「さ〜て、今回は誰襲うのかな〜」
紀衣「だから襲わないってば」
佐祐理「襲われるかもしれませんよ」
紀衣「えっ!?」
麗奈「それじゃああとがき物語、行ってみよう〜♪」
紀衣「いや〜っ!!」
祐介パワーアップ!
美姫 「本当に良かったわね」
そして、メイドもゲット。
本当に羨ましい…。
美姫 「って、やっぱりそこか!?」
ぶべらぁっ!
……っていうか、ここは触れておくべきところだろう。
美姫 「まあ、スルーするアンタってのは想像しにくいかもしれないわね」
だろう。
美姫 「でも、それとこれは別よ」
ぶろぉっ!
美姫 「さーて、次回がどんなお話になるのか待ってますね」
な、なして、殴られたの?