優しい歌〜うみの聞こえるこの街で〜

    

 プロローグ

    *

 わたしは歌っている。

この世界を支えるために。

 ただ、それだけ。

他には何も無い。

笑うことも。泣くことも。言葉すらも、もうほとんど思い出せない。

それらは必要ないから。

ただ、歌うことだけがわたしの役目だから。

だけど、どうして人は歌うのだろう?

わたしのような力は誰にでもあるわけじゃないのに。

人はときとして、うたで涙を流したり、喜んだりする。

 うたを歌うことに何の意味があるのだろう?

 わからない。

 わたしは歌っていて、泣いたことも笑ったこともない。

 わからない。

 わたしにはうたしかない。歌わなければ世界が滅びる。

だから歌う。それだけのこと。

 だけど時々感じる、この胸の中を吹き抜ける風みたいな気持ちはなんだろう?

 わからない。

 わたしに残っているのは世界を支えるうただけだから。

 だからわたしは歌い続ける。

 この終わらない闇の中で。

    *

 この世界は“混沌の欠片”と呼ばれる、一つの大きな柱と六つのクリスタルによって支えられてきた。

 七つのうちの一つでも欠けてしまうと、世界はバランスを崩してしまう。しかし、たとえ一つになっても、柱が残っていれば不安定ながらも世界を保つことができる。

 だから柱には、柱そのものを支える中枢となる存在が必要だった。

 中枢には純粋な存在が必要だった。そのために一人の少女が選ばれた。

 彼女は“天使”と呼ばれるほどの美貌と無垢な心、そして美声の持ち主で、そういった子供は稀に生まれ、神から天命を授かった子供という意味で“天人”と呼ばれた。

 こうして少女は柱と一つになった。

 柱は少女のうたを動力源にして機能している。そのため少女には柱に宿る永遠の命を持つ不死鳥“ラミアス”が宿り、年老いることなく歌い続けている。

    *

 とある街のとある学校の地下室。

 そこに8人の男女が戦慄した面持ちで集まっていた。

 地下室には何か柱のような物が立っていた跡があるだけで、他には何も無い。

「これはいったいどういう事なんだ?」

 顔をしかめながら呟いたのは祐介だった。

「気づいた時には、既にこうなってたそうよ」

 それに同意するように呟く麗奈。

「どうして私達が気づけなかったんだろう……」

 ひたすら不思議に思う美優希。

「昨日まではちゃんとここにあったんですよね?」

 確認するように尋ねる静香。

「間違いありません。昨日までは確かに波動を感じていました」

 それに頷くシルフィス。

「……もしかしたら、時の狭間に流れたのかもしれない。あれの中にはひ……」

「それは言わない約束だろ」

 言いかけた真を祐介は、苦虫を噛み潰したような表情で遮る。

「……そうだったな。わるい」

 真は思い出したように、バツの悪そうな顔をする。

 祐介達の前にあったはずのもの。

 それは世界を支える柱“ラミアスの柱”だった。

 その柱が忽然と姿を消してしまったのだ。

 消滅したのなら、世界は滅びる。しかし現になにも異変は起きていない。

「何かしらの反応がなければ動きようがありません。ここは様子をみるしかないでしょう」

 神妙な面持ちでリーアが言った。

「それもそうね。まっ、柱が消滅したってわけでもなさそうだし。しばらく様子を見ましょう。ただし、少しでも異変があったらお互いすぐに連絡とりあえるようにしておくこと。いいわね」

「そういえば、明日から春休みだけど皆はどうするんだ?」

 真が場の空気を察して明るい話題を振った。

「私は海鳴の病院に知り合いがいるので、そこにお邪魔しようかと思っています」

「俺は少し鍛え直そうと思ってる。この間のことで己の力不足を痛感したのでな」

「そっか」

「真さんはどうなさるんですか?」

「里帰り。じっちゃんが倒れたんで戻ってこいっておふくろに言われたんでな」

「それは大変だな」

「まあな。んじゃ、そういうことでまた何かあったら連絡取ろうや」

 真が軽く手を挙げ、皆も口々にそれに答えつつぞろぞろと地下室を出ていく。

「あっ、そうだ美優希」

「はい?」

 祐介と並んで出て行こうとする美優希に麗奈が声を掛ける。

「あんたたち明日からイギリスでしょ。時間あったらでいいから“ミナセ”っていうメーカーの“バトルロイヤルビオランテ”っていう紅茶の葉っぱ、買ってきてくれない?」

「……な、なんてえげつない名前なんだ」

 その名を聞いて祐介が顔をしかめる。

「向こうでしか売ってない季節限定のレア物なのよ。そうね……特大サイズのやつ、お願い出来るかしら。そうそう、なるべく“アタリ”は引かないようにね」

「……解かりました。それでは行ってきます」

 首を傾げつつとりあえず頷いておく美優希。

 そして皆出て行き、あとには麗奈と静香の二人だけが残った。

「私もたまにその紅茶を飲むのですが美味しいですよね」

「ええ。さすが、あの人が勧めるだけのことはあるわ」

「お知り合いなんですか?その紅茶の会社の方と」

「北の雪国に住んでる人でね。少し前に世話になったの」

 そう言って遠い目をする麗奈に、静香は思わず苦笑した。

「今回のことでまたあの人の力を借りることになるかもしれないわね……」

 ふと静香は何かを思い出したようにくらい顔で呟いた。

「私たちがしたことは間違っていたのかもしれません……」

 それに麗奈は答えなかった。

    *

 世界中をまたにかけた、クリステラソングスクール主催のチャリティコンサート。

 今は亡き、親友であり命の恩人である高町士郎が眠る、日本海鳴から始まり“クリステラソングスクール”があるイギリスで幕を閉じるという、半年間かけて行われる大規模なコンサート。

 それは“世紀の歌姫”ティオレ・クリステラの引退を飾る最後の舞台にして、彼女が育てた歌姫たちの集う祭典でもあった。

 その中にティオレの娘、今では立派にティオレの想いを受け継ぐ歌姫となった、フィアッセの姿もあった。

 そしてそれが、二人の夢でもあった。

 しかしそれを阻もうとする黒い影が忍び寄る。

 彼女たちを狙ったテロ組織、“龍”。

 かつて御神と不破の両家を絶滅寸前まで追い込んだ組織。御神の生き残り美沙斗の仇敵。

 しかし、美沙斗は急ぎすぎたせいで龍に欺かれ利用されてしまう。

 そんな黒い影から二人を守ったのは、若き二人の剣士。士郎の忘れ形見である恭也とその弟子であり、御神流正統後継者である美由希だった。

 その後、コンサートは滞りなく行われ無事、幕を降ろしたのだった。

    *

 ある研究所の執務室、麗奈はそこで大量の書類に眼を通しながら誰かと電話で話していた。すぐ傍に静香が控えている。

「……それで、協力していただけるんですか?」

 麗奈はある人物に今回のターゲットである“仁村知佳”と“セルフィ・アルバレット”。そして、“クリステラソングスクール”という養成学校の近辺捜査、上記2名に関する個人データの調達並びに人工衛星での追跡および監視を要請していた。

「……了承」

 受話器から漏れてくる相手の声はそう発していた。声を聞いただけで人柄が解かりそうな優しい声だった。

 それを聞いて麗奈はほっと胸を撫で下ろした。

「ありがとうございます。いつも無茶を言ってすみません」

 麗奈が誰かに恐縮している姿など、静香は今までに見たことがなかった。

「いいえ、困ったときはお互い様ですよ。それに、その件に関しては“こちら”でも特捜隊が動いていますので、何か掴んだらお互い情報交換といきましょう。それで、データは暗号通信にしましょうか。それともDTL通信にしましょうか?」

 DTL通信。ダイレクト・テレキネシス・リンク通信の略で、一定の情報を人が持つ脳波の波長を増幅・調整機および送受信機を使って、相手の脳に直接情報を送りそれを視覚映像として映すもので、脳波は固有のものなので同じ送受信機を使われない限り、データがハッキングされることはまずない。

 これを応用して精神病や自閉症等の患者を治療するものも開発されている。まだまだ普及はしていないが世界中が注目しているものの一つである。

 DTL通信の開発には麗奈も関わっている。

「それじゃあ、DTLでお願いします」

「解かりました。それでは健闘を祈ります」

「はい。ありがとうございます」

 そう言って受話器を置いた。

「ふう、なんとかなった」

「まさか本当に協力してくれるとは思いませんでした」

 静香は始終、驚いた顔で頷いた。

「さすが“了承の達人”と言われるだけのことはあるわ。まっ、実際あの人は懐に底がないくらいの広さだからね」

 麗奈はとても誇らしげに語る。

 静香はそれをニコニコしながら聞いていた。

「麗奈さん。その人のこと好きなんですね」

「ええ、純粋に人として尊敬してるわ。正直あの人ほどの人間はそうはいないわ」

 麗奈は本当に嬉しそうに笑っていた。

「よかったですね。そんな人が協力してくれるのならば心強いです。そういえば祐介さんたちには例の件については話さないでよかったんですか?」

「いいのいいの。近くに行けばイヤでも気づくはずだから。それに今はゆっくり休ませてあげたいからね。静香も楽しんでくるのよ」

「はい、解かりました。それじゃあ、私もそろそろ行ってきますね」

 そう言って静香は横に置いてあった旅行カバンを両手で持って立ち上がった。

「気をつけていってくるのよ」

「はい。いってきます」

 そう言って部屋から出て行く時、麗奈には聞こえないくらいの小声でポツリと呟いた。

「……やっと、本当に笑ってくれたね“お姉ちゃん”」

    *

 受話器を置いた女性は一息つくと、机の引き出しから書類の束を引っ張り出した。

「あまり褒められたことじゃないけれど、事態が事態なだけに仕方がないですよね。……さて、気持ちを切り替えて早く仕事を終わらせて帰らないと。名雪と祐一さんが待ってる」

 そう言って閉めた引き出しの中には“宇宙連合地球圏総括局 局長 水瀬秋子”と書かれたネームプレートがあった。



 


 あとがき

 こんにちは堀江 紀衣です。

 今回はとらハと自分のオリジナル作品「こころ〜優しい力〜」のクロスオーバー小説です。とらハでないキャラもでてきたりでてこなかったりしています。

 大好きな作品なので丁寧にじっくりと書いていきたいと思いますのでよろしくおねがいします。

 ちなみにわたしはいまだ猫耳メイドです。

 

 

 

 




うんうん、グッジョブ!
美姫 「新しい作品が? それとも、未だにネコ耳メイドの所が?」
勿論、両方。因みに、ネコ耳メイドの場合、ネコはカタカナで表記する方が好きです。
美姫 「そんなの、知らないわよ! アンタの趣味でしょうが!」
がっ! ががががっ! ……バタンキュ〜。
美姫 「全く…。このバカの戯言は置いておいて、早くも次回を楽しみにしてますね。それでは」



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