第十五話 本当の初の出会い







何回、何十回と振るわれる剣。
それは恭吾や恭也から見れば、稚拙な斬撃。

「はあっ! ふぅっ! たっ!」

だが、それを放つ少女……美由希は一心不乱に両手の小太刀型の木刀を振る。
それを恭吾は、道場の壁の前に立ち、腕を組みながら眺めていた。

「左の後の右の軌道がずれている」
「しっ!」
「脇が甘い。だからぶれる」
「はあああっ!」
「残心が甘い。振り抜くにしても、次の行動がすぐに実行できるように意識を手放すな」
「はいっ!」

素直だ。これが恭也だと一々反論したりするのだが。
その恭也だが、彼は二人の横で色々な体制で飛針を放っていた。
昨日、恭吾に連れられて、病院へと行ったが……まあ、三日は安静にしていろということだ。大きな動きをしなければいいということなので、事前に決めていたようにひたすら飛針や鋼糸の練習をさせている。
その間は、恭吾は美由希の素振りを見ていた。
今の美由希は、試合形式で鍛錬ができるような腕ではない。恭吾は直接的な指導と、たまに受け役となり、少しばかり攻撃をして回避させる程度のことをするだけだ。
今の美由希は、まだ基礎の最初の段階である斬を修得すらしていないし、それすらまだまだ先の話。本当に剣を扱う上での基礎の基礎の基礎の段階にいる。
ただひたすらに身体を鍛え、基礎体力を上げ、素振りや型の反復をする段階。技すらまだ早い。
実戦的な……御神流での……試合形式を行うなど、まだ二年は先だ。

「それと……」

言いながら、すっと恭吾は腕を動かした。
数瞬して、トンと軽く小気味よい音を立て、恭也が狙っている的の中央、赤いマークのさらに中央へと飛針が突き刺さった。
恭吾は未だ美由希を見ていて、的など一切見ていない。
恭也は驚きながらも恭吾の方を向くが、やはり彼の視線は型をなぞる美由希から離さなかった。しかし、言葉だけを恭也へと向ける。

「恭也、飛針を投げるならば一々風切り音を出すな。こちらの位置や狙っている場所を気取られる。飛針は本来、うまく投げればそこまで高い音は出ない」
「あ、ああ」

呆気にとられながらも、恭也は再び投げ始めるが、うまくいかない。
そう簡単にできることでもない。
実際恭吾の暗器の扱いは、士郎や美沙斗すら抜いているかもしれない。膝を怪我したことにより、それらの鍛錬しかできない時期もあったし、何より膝を庇うために一時期は剣よりも暗器に比重を置いていたこともあったのだ。さらに言うと、剣士としての限界が見え始めた頃も、こちらの技術を底上げすることで戦闘者としての力量を上げることに努めたこともある。
その時間を簡単に覆せるわけがない。
しかし、とくにそれ以上の指示などはせず、すでに恭吾の意識も美由希へと戻っていた。

「止め」

その声とともに美由希の剣が止まる。

「はあっ! はあっ! はあっ!」

美由希は肩を揺らして息を吸いながらも、体力を回復させようとしていた。
まだまだ美由希には体力がない。これは仕方がないことだ。体力や筋力というのは、どうしても成長期を終えるまでは年齢に比例してしまう。むしろ幼いうちにそれらを付けすぎると、身体的な成長が早々に止まりかねない。
さて、どうするか。

「美由希、小太刀を持ったまま両手を水平に前へと出せ」
「へ?」
「いいから出せ」
「は、はい」

やはり素直……以下略。
小太刀を持ったまま両手を突きださせると、恭吾はペタペタと美由希の身体を触る。

「し、師範代?」
「いいからじっとしていろ」

恭吾が何をしているのかわからず美由希は困惑していた。ちなみに美由希は鍛錬のときは、ちゃんと恭吾を師範代と呼ぶ。ある意味部外者である認識が強いため、それを未来と違い、とくに恭吾が強制したわけではないが。
恭吾はやはり美由希の身体を触り続ける。とくに背中を重点的に。
決してセクハラではない。そもそもまだ小学生低学年ほどである彼女に欲情などできるわけもない。もっとも、そうでなくても枯れ気味……この時代に来て拍車がかかった……である恭吾が欲情するのかは疑問だが。

「ちゃんと俺が渡したメニューはこなしているようだな」
「あ、はい!」

まだ身体作りが主であり、恭吾が恭也の面倒も見ているために、どうしても直接見るよりもメニューを渡して、自分の判断でやらせる方が多い。まあ、このへんは未来でだってそうは変わらない。この時期は、その間に恭吾も必死に自分の鍛錬をしていた。
しかし筋肉のつき方を見る限り、ちゃんとやっているようだ。

「ちゃんと背筋を重視してやっているようだ」
「はい。とにかく背筋を鍛えろって言われたから。鍛えにくいけど」

背筋というのは、腕や脚などよりも数倍力強い筋肉であるが、それでいて鍛えにくい箇所だ。まあ、メニュー通りにちゃんとやっていれば、このぐらいにはなっていて当然だろう。
それに足のバネも年齢にしてはできてきている。
これはそろそろいいか。

「ならば次にいこう」
「本当!?」

いきなり嬉しそうな顔をする。新しいことを教えると言っただけでここまでの喜びよう。美由希も順調に剣術バカになってきているようだ。

「次は刺突だ」
「突き?」
「ああ。本当は少し早いのかもしれんが。それだけ背筋が鍛えられていればいい」

突きというのはそれなりに危険な技で、身体ができている、というぐらいでは本来教えていいものではないのだが、美由希がバカな使い方をするわけがないとわかっているのでいいだろう。
剣道でも突きはあるが、しかしこれは基本的に小中学生には試合などでは使用禁止としているところが多い。
ではなぜ禁止なのか。簡単だ。単純に危ないからだ。
突きは他の攻撃のように線の攻撃ではなく、点の攻撃。一点に力を集約させることができる。これに全体重を乗せれば、例え使用者が子供でも、相手に多大なダメージを与えられてしまう。
同時に突きというのは扱いが難しく、狙った場所を正確に狙うには高い技術が必要なのだ。もし防具からずれてしまい、さらに当たり所が悪ければ竹刀でも簡単に骨ぐらい砕ける。
そのため、幼いが故に技術が低い小中学生にはあまり教えないし、教えたとしても使用はさせない。
実戦式剣術としては威力が高いのはいいが、技術が無ければ狙った場所を正確に突くのは難しい。それは外れる可能性も高く、同時に躱しやすいということにもなる。剣術でも扱いが難しいのは確か。
無論、これから教えるのは突きの流れであって、技ではないが。

「しかし、背筋もできてきてれば、ある程度は問題ない」
「背筋、関係あるんですか?」
「ある」

突きの威力の底上げにも背筋は重要だし、さらに正確に狙うためにも重要だ。背筋という支えがあると、水平に構える剣の剣先をブレにくくできる。足のバネでバランスを整えればさらに安定する。
そのためにこのごろは背筋を重点的に鍛えさせたのだから。
歩法は身体で覚えさせる。

「お前の武器は突きになる」
「武器?」
「それは追々話そう」

やはり最終的には美由希には射抜を武器にさせるべきだ。
恭吾は未来の美由希を鍛えていたとき、射抜を使えない……ということはなかったが、士郎のノートにも載っていなかったし、記憶も曖昧だったため、それは本当の射抜と見た目だけが同じという程度の代物だった。少なくとも奥義などと言えば、それこそ御神の先祖に祟り殺されかねないほどに拙いもの。
だからそれを重点的に美由希に教えるなどという発想は最初からなかったのだ。
だが、今は違う。
美沙斗が放つ完成した射抜は、恭吾の脳内にいつでも再生させることができるし、美沙斗の射抜と比べれば児戯にも等しいが、今では模倣させるに値するぐらいのものは使える。それにその形と理論は美沙斗から聞いているので問題ない。
今の恭吾は美由希に射抜を教えることができる。そのため、美由希の可能性を底上げすることができるだろう。
もっとも射抜にいくまでには、色々なことをさせなければなせないし、奥義ではない突き技を極限にまで鍛えさせないといけない。

「では、始めるぞ」
「はい!」

つまり今は鍛錬あるのみだ。



◇◇◇



恭吾は、朝の鍛錬を終えたあと、当たり前だが学校へと向かうために通学路を歩いていた。
とはいえ、昨日は休んだ。
恭也を病院へと連れていき、ついでに自分の膝の診断もしてもらったのだ。もちろんまだフィリスはいないので、知らない医師にだが。結果は変わらず。
さらに整体などもしてもらったら、待ち時間なども含めると、かなりの時間がかかり、学校に行っても最後の授業を何とか受けられる、程度の時間になってしまったので休んだ。
このへんが、恭吾の病院嫌いの遠因だった。つまり貴重な時間が多大に削られる。その間に鍛錬ができれば、と思ってしまうのだ。恭吾もどこまでも剣術バカだった。
できれば学校も行かずに剣を振っていたい。というか、真面目にボディガードを始めようかと思ってしまう。とはいえ、この世界ではあまりに顧客というツテがないから難しいが。
そんなことを考えていると、もう風芽丘学園が見えてくる。

「やはり何度見ても違和感があるな」

海中がないというのもあれだが、旧校舎などがまだ存在し、校庭も少し狭い。微妙なところで違和感がある。
あまり気にしすぎてもあれだ、と恭吾は学園の中に入った。
そしてすぐに、

「不破さん」

聞き覚えのある声に呼び止められる。
声がする方向に顔を向けると、まだ剣道着を着た薫がいた。

「神咲さん、おはようございます」

挨拶をし、丁寧に頭を下げると、薫も慌てたように頭を下げて挨拶をする。
薫の周りには、他にも何人か剣道部員と思われる生徒がいたが、薫が小声で何かを言うと、恭吾に一礼したあとに去っていった。

「部活上がりですか?」
「このあと少しミーティングがありますが」
「そうですか」
「不破さん、今日は早いですね」

確かに今日は恭吾も早く登校した。
いつもは遅刻ギリギリ……とは言わないが、もう少し遅めの登校だ。

「いつもより朝の鍛錬を早めに終えたので。それに昨日も休みましたからね。今日は少しばかり早めに登校しておこうと」
「あ、昨日は……」
「ええ。恭也を病院に。とくに問題はありません」
「そうですか」

薫は安堵の息を吐き出す。
心配してくれていたらしい。あれは恭也の自業自得なのだが。

「また試合ってやってください。あいつと対等に戦える知り合いは、この街にはあまりいないので」

これは事実だ。より正確に言うなら、恭也と同等、もしくは恭也よりも一歩上、という知り合いがこの街には薫ぐらいしかいない。
恭也よりもずっと強い、というのなら恭吾の他に、巻島などがいるが、同等や一歩前がいないのだ。
強い者と戦うのもいいが、対等の者や少しばかり自分よりも強い人間と戦う方がよっぽど勉強にもなり、経験を積むことが出来る。

「わかりました。こちらからお願いしたかことです。それに千堂も打って付けかと思いますが」
「ああ。確かにそうですね。彼女も年に似合わず強い」
「不破さんも一つしか変わらないはずじゃと」

薫の言葉に、恭吾は苦笑する。実際には十近く違うのだ。精神的な年齢で言えば、もうすぐ恭吾は三十路に突入する。
だから恭吾の場合、歳に見合わない剣腕というのは、どこまで裏技でしかない。

「もしかして千堂さんに?」
「ええ、一昨日のことを少し。いけなかったでしょうか?」
「いえ、まあ、構いませんが」

このへんも薫たちと交流を持ったが故の結果だ。それは受け入れるしかない。
いくらなんでも自分がいないところで変わったことをとやかく言えるわけかないのだ。

「それよりも、不破さん」
「はい」
「なぜうちに敬語を使うちょるんですか? こう言ってはなんですが、学年は同じでも不破さんの方が年上なのに」

その質問に、やはり恭吾は苦笑。

「深い意味はあまりありませんが」

これは本当のことだ。
本当に深い意味はない。知佳だから、薫だから、という意味で敬語を使っているわけではない。
そのへんは割り切ったつもりだ。

「これが自分にとっての普通なので」
「そうですか……」

薫は少し言いたいことがありそうな雰囲気ではあるが、恭吾は話を変えることにした。

「それよりもミーティングがあるのでは?」
「あ。すみません。うちはこれで」
「ええ。教室で」

頭を下げて駆けていく薫を見守る。

「悪いことをしたか」

あれが遠回しの敬語を止めろという言葉なのはわかっている。
薫は部活動という形で年上の先輩と接することが多いことと、古い家の出身ということで、年功序列をある程度重んじる所がある。そういう感覚から、いくら同学年とはいえ、年上である恭吾に敬語を使われるのが落ち着かないのだろう。
別に恭吾としては、敬語を止めるのは構わないのだ。だが、それで色々と……同じクラスである瞳や、何より真雪に……勘繰られるのは避けたい。似たようなことで、忍との関係を赤星やクラスメイトに勘繰られたことがあるのだ。
忍はあまり他を気にすることはなかったが、薫はそうはいかないだろう。
まあ、そのうち敬語を直すこともあるかもしれないが、今はまだいいだろうと首を振り、恭吾は校舎へと入った。
数十分早くついただけで、学校は人の気配が薄かった。
恭吾は、すぐに自分の教室に辿り着くが、やはり生徒はまばらにしかいない。その上にまばらにいる生徒たちが恭吾をチラチラと眺めていた。とくに女子生徒が。
一つ年上ということで、まだ珍獣扱いなのだろう、と恭吾は内心でため息を吐く。
目立つのを好かない恭吾からすれば、この雰囲気はあまり好ましいものではなかった。人の噂も七十五日、というが、それまで待つしかないのかもしれない。
このまま授業が始まるまで待つのは少々気が滅入る。時計を見ると、やはりまだ三十分以上時間があった。早く来たのは失敗だったかもしれない。
恭吾は嘆息し、鞄を置くと立ち上がった。
その様子もなぜかじっと見られていて落ち着かない。

「ふう」

もう一度嘆息し、恭吾は教室を出た。
授業が始まるまで適当に時間を潰そう。それと明日からは早めに登校するのは止めておこうと決めた。

「そういえば……」

まだこの世界の風芽丘で近づいていない場所があった。そして、恭吾が『高町恭也』であったときには、そこはすでに取り壊されていた。
割り切ってはいるが、過去と未来の違いに興味はある。
時間を潰すにはうってつけだろうと恭吾は歩き出した。



◇◇◇



恭吾が訪れたのは旧校舎。
四年ぐらい前から使われていないらしく、今では教材などが置かれているだけの木造の校舎。
恭吾はそこを見渡しながら歩いていた。

「ふむ。何か少し肌寒い」

しかし、それは体感ではなく、感覚的な話。
例えれば、まるで少しばかり強い殺気を受けて、身体がそれを伝えてくるかのような。
とはいえ、人の気配はなく、当然殺気などもない。恭吾は首を捻った。
二階廊下を歩きながらも、自分の感覚がわからないと首を捻り続ける。
だが、どこかでこの感覚には覚えがある。そう、あれは那美の仕事の手伝い……というか、見学をしていたときの……
そんなことを考え、恭也は手近な教室に入った。

「っ!?」

のどが詰まった。

「あら?」

そこには一人の少女がいた。
いたのだが、恭吾はそれにまるで気付かなかったのだ。
恭吾はらしくもなく目を見開く。もしここに恭也がいたならば、その恭吾の大きすぎる態度に逆に目を剥いただろう。

「…………」

長い髪。恭吾よりも頭一つ分か、それ以上に低い背。
その顔にはどこか興味深げといったものが浮かんでいる。
その雰囲気はどこか……

(忍?)

どこか出会ったころの月村忍に似ていた。もっとも彼女は、人見知りをする質なので、こんなふうに無遠慮に人を見たりはしないが。

「珍しい。こんなところに人が来るなんて。学年色からすると……二年生かな? もっと上にも見えるけど」
「ああ。まあ、な。そちらは? あまり見ない制服を着ているような気がするが?」

恭吾は驚きを隠し、聞いた。無遠慮に全身を見られたせいか、自然と敬語は使っていない。
この時代の風芽丘は、特色として複数の制服がある。
目の前の少女が着ているのは全体的に黒いセーラー服。
男子生徒は少ないが、女子生徒の制服の種類はそれこそ二十を越える。恭吾はあまり……というかまったく興味がないので、全ての形を覚えてなどいないが、目の前の少女が着ている制服は、見た覚えがない……ような気がする。
ような、という辺りが、どれだけ恭吾が他の生徒に興味がないのかわかる感じである。
少なくとも恭吾にとっては制服などどうでもよかったのだろう。

「これ? ちょっと古い型なんだけど、気に入ってるの」
「そうか」

何か話をずらされたような気がしたが、とくに恭吾は指摘しない。

「興味なさそうだね?」
「割とない」

初対面だというのに、なんという気安い少女だろう。今となっては、なぜ彼女が忍と重なって見えたのかまるでわからない。
そして、少女はコロコロと笑った。

「面白いね、不破君は」
「…………」

スゥー、っと、恭吾の目が細くなった。
元より無表情である顔が、人形じみた冷たい顔へと変化する。同時に一瞬で雰囲気が重く変化。

「なぜ、俺を……知っている……?」
「だって有名だよ、不破くんは」
「は?」

少女の言葉で、恭吾の冷たい顔と重い雰囲気は霧散した。
そして、その顔を右手で掴み、覆う。

「そこまで噂になってるのか」

前回は、恭也が留年していることを知っている者は少なかったからそんなことはなかったが、今回は最初にばれている。
ここまで差が出るものなのか、と恭吾は内心で溜息を吐いた。
誰が悪いと言えば、新学期の初日に乗り込んできた去年の同級生が悪いのだが、そんなこと恭吾自身は微塵も考えていない。

「うん。結構広まってるよ。不破恭吾君の顔のことは」
「顔?」
「美男子だって」
「…………」

からかわれているらしいと、恭吾は再び内心で溜息を吐く。このあたりは確かに忍と似ているかもしれない。忍は自分の内側に入れた人間に対しては、よくからかう娘だった。

「でも、チラっと見かけたときから、私個人としても興味があったんだ」
「興味?」
「うん……なんで君は……生きているの? 君は人間だけど……何か違う」
「…………」
「それに君、私のこと、気付いてない?」

少女の問いかけに恭吾は、少しばかり息を吐いた。それは先ほどまで内心で吐いていたものとは違う。
 
「君が、霊だということをか?」
「やっぱり気付いてた」

恭吾の答えに少女は眉を寄せた。

「君は退魔師、じゃないよね。けど、私がわかるんだ?」
「少しばかり見たことがあってな。君のように完全に生前の姿を保っているのは初めて見たが。とはいえ、霊を見たこと自体数えるほどしかないがな」
「それでなんで気付いたの? あなたには霊力がない。不自然なほどに。なのになんで……」
「気配がなさすぎる」

こうして彼女は目の前にいる。なのに気配が薄い。決してないわけではない。声などを出していれば、当然にして気配というものはある。だが、それにしては薄すぎた。
第六感のようなものと誤解されることも多いが、気配の感知というのは、純然たる技術だ。もちろん第六感も重要ではあるが、それだけで遠くにいる人を察知したり、恭吾たちのように気配だけで人の判別までつけられるわけがない。
気配の察知とは、五感のほぼ全てを使って読みとるものだ。
聴覚、嗅覚、視覚、触覚、味覚。
つまり、音、臭い、視界、感触、味……感覚の全てを使ってそれらを察知する高等技術。さらにそこに、経験と第六感というのも入る。
生物はいるだけで、動くだけで、空気を揺らし、音をだし、臭いを発し、埃を上げる。それらを五感で感じ取るわけである。
鍛錬によって五感を鋭くさせることでそれらを感じ取れるようにする。それが気配の感知。
それらにはそれぞれに個性もあったりし、それで男か女を、または人物を特定できたりもする。まあ、そこまでできるのは、本当に一握りであり、その一握りの中に恭吾はいる。
逆に気配を消すというのは、五感を消し、行動しても周囲に影響を与えない技術となる。さらに言うと、五感を鍛えることで自然と第六感も鍛え上げられるのだ。つまり五感を鍛えることこそが、第六感を鍛えることにもなり、気配の察知、気配を感じ取る鍛錬になる。
それこそ一朝一夕で手に入れられる技術ではないが、これは日常生活の中でも鍛錬が可能なもの。いや、むしろ感覚的部分であるために、日常の中での鍛錬が一番重要とも言える。恭吾も退屈な学校での授業は、これの鍛錬に費やしていた時期もあった。
話が逸れたが、目の前の少女は声を出し、たまに動いてもいるし、身じろぎもする。だが、それにしては五感で察知できるものが薄い。つまり気配が薄い。
意識してやっているわけでもなさそうだ。
そこで五感を鍛え上げたことで研ぎ澄まされた第六感が訴えていた。目の前の存在は人間ではない、と。

「そんなことでわかるもの?」
「まあ」

例えば、未来で那美の仕事を見学したときとて、恭吾は見えなくとも霊の気配にある程度違和感として感づくことができた。
今回はそれの逆だ。見えているのに気配が薄く、見えない霊の気配に似ている。
もっとも、霊という存在を知っていなければ、経験がないために、彼女が霊であると確証を得ることはできなかっただろうが。

「それで、それがわかってあなたはどうする?」

少しばかり少女は敵意を発した。同時にやはり僅かな怯え。
が、

「特に何も」

恭吾は軽く言ってのけた。

「へ?」

少女は少しばかり間抜けな表情を晒す。
しかし恭吾は淡々と続けた。

「特に何も。というよりも何もできん。俺は退魔師ではないんだ。霊への攻撃手段などない」

一人知り合いに退魔師がいるが、彼女が目の前の女に気付いていないとは思えないし、何よりまだ恭吾は彼女が退魔師である、というのを聞いていないから、何も言うことはできない。
それに……

「何より、君は何かするのか?」
「あ、ううん。何もしないけど」

少し少女が説明してくれる。
彼女はこの学園の自縛霊。とはいえ、本来霊が存在するには、生への執着や未練、さらに生気が必要である。その中でも自爆霊というのは、自縛されているその土地にいる者の生気などを吸い取るものらしい。その吸い取った生気で、この世に留まることができる。無論、自爆霊によっては、その生気を吸い取った者を死に至らしめる者いる。
このへんは那美に聞いたことがあったかもしれない。
ただ、目の前の少女は場所がよかった。
ここは学校。若い生気に溢れ、常に留まっている。直接奪うことなどせずとも、自然と生気が集まってくるとのこと。
ちなみに学校などに怪談話が多いのは、それが原因。つまり生気を集めやすい。
恭吾からすれば、いらん小ネタまで仕入れてしまった。そのうちこのネタで美由希を怖がらせてみようと誓う。

「つまりそれほどの影響はないわけだ」
「うん」
「では、やはりとくに俺がすることはない」

これで例えば、彼女を放っておくことで、恭吾の知り合いが危険な目に晒されるというのなら、攻撃が効かなくとも、命を賭してでも護るために行動するが、そうでないならば、とくにすることなどない。
害がないならばそれでいい。
何より、彼女には言葉が通じる。だからまずは剣を向けるより、言葉を交わして彼女に害があるか、そして害する意思があるのか確認したのだ。恭吾は試合ならばともかく別に戦いが好きではないし、命を賭した戦いがしたいわけでもない。だから会話が通じ、相手が問答無用でないのなら会話から入る。
そして、会話をしてみて、霊だという目の前の少女は、とくに危険とは思えない。
だからこそ、彼女自身が行った説明を恭吾は信じた。

「変わってるね、君」
「そうか?」
「そうでしょ。わかっても怖がったりしないし、普通私自身からこんな説明聞いても信じられないと思うけど?」

と、言われても、恭吾がここにいること自体、本来ならは信じられないことなのだから今更だ。
何より恭吾は自分自身の勘を信じている。

「でも、君はお触り禁止ね?」

少女は先ほどまでの敵意と怯えが嘘のように、またもコロコロと笑って言う。
本当によく表情が変わる。

「なんだ、お触りとは」
「当然私に触っちゃ駄目ってこと。確かに私は生気がそこらから入ってくるけど、人に触れたりする場合は別。かなりの熱量が必要だから、触っている人から奪っちゃうの。君の場合はそれだけで致命傷」
「そうなのか」
「そうなの。さっきも言ったけど、君、生きているのが不思議なぐらいだから。それで興味をもってたわけだし」
「……そうなのか?」

いきなりそんなことを言われても、恭吾としてはどう言っていいのか迷う。まるで末期の病気だと宣告されたかのような感じだ。その割にまるで恐怖も浮かんでいないが。

「別に普通に生きている分には大丈夫だと思うけど……君、霊力が少なすぎる」
「ああ……そういえば昔似たようなことを言われた。俺には霊力が少ないと」
「誰に視てもらったのか知らないけど、少ない、とかのレベルじゃないよ。少なすぎる。ほんのちょっとでも霊核に攻撃されたら、君、それだけで死ぬよ? それも即死。
普通の人でももっとあるものなんだけど。なんていうのかな、退魔師が死ぬギリギリまで霊力技を使ったあとみたいな感じ。生気を直接吸うとある程度だけど霊核にもダメージを与えちゃうから、下手したらそれだけで」

言っている意味は恭吾にはあまりわからないが、おそらく体力が本当にギリギリまで減っているような状態、とでも思えばいいのだろう。それこそあと少し走ったら衰弱して死んでしまうぐらいのレベルで。
そして、彼女のような存在は、恭吾にそのあと少しを強制的に走らせてしまう。

「たぶん、無意識レベルでなんかやってるんじゃないかと思うけど。それこそ霊力技に近いこと。じゃなきゃこの霊力の無さはありえないよ」
「さっきも言った通り、退魔師ではないからそんなことはできない。まあ、今まで生きてこれたんだ。とくに問題ないだろう」
「幽霊の私が言うのもなんだけど、生き死にのことなのに簡単に言うねぇ」
「生き死にのことだからこそ、だ」

すでに死んでいたかもしれない身。今ここに恭吾がいることとて、彼が死の間際に視ている泡沫の夢なのかしもれない。
だからこそ、今更どうでもいいことだし、死ぬ覚悟などとうの昔にできている。
それにしても、彼女自身が言うように、霊に生き死にを語られるなど笑い話にもならない。
そんな恭吾の態度に、少女は苦笑していた。
恭吾は肩を竦めて苦笑に応える。

「触らなければいいのだな?」
「うん」
「では、また来よう」
「へ?」

またも間抜けな声を上げる少女。

「正直、色々あって教室にいづらくてな。また話し相手になってくれると助かる」

正直、あの雰囲気はきつい。だが、目の前の少女は話しやすかった。
元の時代ではまったく面識がなかったことも、関係しているかもしれない。何も考えずに喋れる相手というのは、今の恭吾にとっては貴重だった。

「え、あ、また来てくれるの?」
「ああ。君が嫌でなければ」
「嫌じゃないけど」
「ならば頼む……む、そろそろ予鈴が鳴るな」

そう言って、恭吾は少女に背を向ける。
早めに来ておいて授業に遅刻するのは何だかいやだ。
ではまた、と恭也は少女に告げて歩き出そうとするのだが、

「あ、私、春原七瀬っ」
「不破恭吾だ」
「知ってる」
「だったな」

お互いに苦笑。

「またね」
「ああ、また」

そして、今度は恭吾は微かな笑みを浮かべ、七瀬は満面の笑みを浮かべ、二人は別れた。
それは恭吾にとって、この時代に来て、初めて自分の知らない人物との邂逅であった。
これを機会に、これから二人は、友人として仲を深めていくことになる。
同時にそれは、近い将来に別れることがすでに決定されている出会い。
それらをこの時点ではまだ二人は知らなかった。




あとがき

というわけで七瀬登場。遅くなりました。もっと早く登場させようと思っていたのに。
エリス「そういえば、武者修行前に登場させようか、なんて話してたもんね。名前は伏せてたけど」
恭吾が知らない人物だから。というか、このシーンだけは結構前からできてた。
エリス「どこで使うか迷っていた、と」
うん。ちなみに恭吾は七瀬のこと、まったく知りません。
エリス「まったく?」
こんな少女がいた、みたいな話を聞いたことはあったかもしれないけど、それが七瀬だとは恭吾はわからないことだから。少なくとも彼女が霊であった、とか故人のことを当時いいなかった恭吾に言うわけないし。そこまで真一郎たちは考えなしではないと思う。
エリス「なるほど。まったく知らない人物だからこそ恭吾が興味をもったというか何というか」
まあ、まだ接点だけどけどね。他のキャラ同様、徐々に仲を深めていってもらう。
エリス「七瀬が恭吾のヒロイン?」
んなわけない。というか、この話にヒロインなんて今のところいないし。むしろ恭也?
エリス「そ、それはちょっと。自分自身がヒロインって」
いやいや、まあそういう意味で言ったわけではないけど。ただ、恭吾にあまりフラグたてさせる気もあまりない。収拾がつかなくなりそうだし。まあ、知佳は少したってしまっているし、他の人たちも興味ぐらい向いていくかもしれないからまったくたたないわけではないけど。誰かがヒロイン化していくとかは今は考えてないよ。
エリス「あんたが恋愛を入れないなんて珍しい」
いや、今のところ考えてないってだけで、いつかはやるかもしれないけど、周りのヒロイン候補が乗り気になっても、恭吾が乗り気になってくれるかわからない。
エリス「恭吾の興味は、今のところを恭也と美由希を強くすることだけだからねぇ、しかもそのせいで昔よりも枯れているみたいだし」
そんな感じ。まあ今回はこれで。
エリス「ではありがとうございましたー」
ありがとうございましたー。



七瀬が遂に登場。
美姫 「確かに考えてみれば、未来で恭也と接点がないのよね」
ああ。だからこそ、恭吾も気楽に話し相手になれるのかもな。
美姫 「基本的には我関せずというスタイルだものね」
恭也と美由希を強くする事が本当に楽しいんだろうな。
これから先、どうなるのかは分からないけれど、恭吾に鍛えられた二人が何処まで行くのか。
美姫 「とっても楽しみよね」
ああ。次回も待ってます。
美姫 「楽しみにしてますね〜」



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