「今夜はどうする?」

 夜。

 一日の仕事を終えて後は寝るばかりというマチルダの背中に、先にベッドで横になっていた柳也は声をかけた。

 具体的な指示語を欠いた質問だった。しかし、このところ毎晩のように彼と体を重ねている女は、自分の意図を正確に読み取ってくれたらしい。

 椅子から腰を上げた彼女は軽く伸びをして、長の書類仕事で凝り固まった関節をほぐすと、こちらを振り返った。

 野暮ったいローブ越しにも扇情的な身体の輪郭線が、柳也の目を惹く。

 ――今日はどうする? セックスをするか? それとも、添い寝だけで済ましておくか?

 欲情に滾る黒檀色の眼差しを真っ向から受け止めて、マチルダは薄っすらと微笑をたたえた。

「悪いけど、今夜はそういう気分じゃない」

 淡々とした返事。

 気分じゃない、と口にしながらも、誘うような視線が、男の厚い胸板を撫でる。ベッドの上の柳也は、すでに裸だった。身体を重ね合う期待が先走っての脱衣ではない。マチルダと一緒の部屋で寝泊りするようになってからというもの、この男はベッドの上では全裸を常としていた。身体を重ねる日も、そうでない日も。服を脱ぎ、生まれたままの姿で、彼女の温もりを直接肌で感じながら眠りに就く。それは彼にとってとても安心出来る行為だった。

「分かった」

 淡々とした返事に相応しい、淡白な返答。

 柳也はベッドの上を移動し、ご主人様の女が眠れるスペースを作る。

 マチルダは満足げに頷くと、アップにして結った長い髪をほどき、ローブを脱いでいった。下着を脱ぎ、彼女もまた生まれたままの姿になる。

 妖しい乳房。細い腰。思わずむしゃぶりつきたくなるような大きな尻。正面の茂みは淡く尊く、健康的な下肢のラインに、柳也の目線は釘付けとなった。

 眼鏡をはずしたマチルダが、横になった。

 メイジの寝泊りする部屋とあって、学院側が貸与したベッドは広々として、大きい。とはいえ、基本的にベッドは一人で使うもの、という認識から用意された寝台のサイズはシングルだ。長身の男と、同じく長身の女が同衾すれば、それだけで窮屈になってしまう。

 胸板に押し付けられた柔らかな乳房の感触を楽しみながら、柳也はマチルダの腰に手を回した。

 どちらからとなく、軽いキスを交わす。舌は入れない。ついばむような口付けの後、柳也とマチルダは僅かに数センチの距離を隔てて見つめ合った。

「あんたは変わってるね、リュウヤ?」

「ん?」

 マチルダの言葉に、柳也は小首を傾げた。

 彼女は寝台の側に置かれた台座から杖を手に取ると、軽く振った。

 部屋の灯りが消え、窓から差し込む月明かりが、裸体の二人を淡く照らす。

「行為に及ばない日でも、服を脱ぐのを望むんだから」

「……裸の男女が同じベッドの上で、愛を交わさぬまま眠る。肌を触れ合わせただけで満足する。それは、究極の信頼関係だと思わないか?」

「なるほど」

 マチルダは、にっこり、微笑んでから、もう一度キスを求めた。

 唇を離し、耳元で囁く。

「あんたは、基本的に寂しがり屋なんだ。常に人肌を求め、誰かと繋がっていたいと思っている。……あんた、孤独が大嫌いだろう?」

「孤独が好きな人間なんて、そうそういないと思うけどな」

 柳也は、マチルダの問いに対して、肯定も、否定もしなかった。

 ただ、曖昧な返答を寄越すばかりだった。

 しかしマチルダは、そんな曖昧な返答からでも、彼の考えを正確に読み取ったらしい。彼女は、目の前の男が孤児で、愛に飢えた少年時代を送ってきたことを知っていた。他ならぬ柳也自身の口から語られた過去だ。過去の彼が歩いてきた道程と、いまの彼の態度から推理すれば、すぐに分かることだった。

 三度目のキスは、求める、ではなく、押し付けるようにして、彼女の方から交わされた。

 熱烈な口付けだった。唇を吸う勢いは強く、隙間からこぼれる吐息は熱い。自分という存在を、熱を、桜坂柳也という男の魂に刻み付けるかの如き、長い口付けだった。

「……これで、寂しくないだろう?」

 唇を離し、マチルダが呟いた。

 自分はここにいる。いま、お前は一人ではない。孤独に震える理由は、どこにもない。

 目は口ほどにものを語る。僅かに数センチの距離を隔てて注がれる山吹色の眼差しに、柳也は嬉しそうに微笑んだ。

 屈託のない、満面の笑みだった。

 その笑顔が硬直したのは直後のことだった。

 柳也は股間に違和感を覚えた。

 それまで彼の胸を撫でていたマチルダの指先が下腹をなぞり、やがて己の肉棒を撫で上げた。

 柳也は笑顔から一転、しかめっ面を作って彼女に訊ねた。

「……今日はしないんじゃなかったか?」

「気分じゃない、とは言ったけど、しない、とは言っていないよ?」

 マチルダは柳也の顔に甘い息を吹きかけた。

「気分が乗らないのは本当さ。けど、なんというか、妙に口寂しくてね」

 マチルダはそう呟いて、薄く笑った。暗に、今晩は口でしてやろう、と言っているのだ。

 柳也としては悪い気分ではなかったが、素直には喜べなかった。特に引っかかるのマチルダの言い回しだ。「口寂しい」などと、自分の逸物は飴玉か何かか。複雑な表情を浮かべつつ、柳也は溜め息をこぼした。

 柳也は上体を起こすと、ベッドの上に座りなおした。マチルダが口でしやすいよう、姿勢を正す。なんだかんだで、すでに男の分身ははち切れんばかりに膨張していた。

 女が、肉の刀に軽く口付けてきた。

 淡い快楽の電流が、男の脳髄を刺激する。小さなキスが降り注ぐほどに、柳也の強張りは喜びに打ち震えた。

 マチルダの口から、赤い舌先が覗いた。唾液をたっぷりと乗せた舌が、柳也を愛撫する。思わず、呻き声が漏れた。

 男の反応に気を良くした女が、さらに舌を絡めてくる。

 と、その時、

「リュウヤぁ! い……る……ぅ……」

 聞き慣れた声とともに、部屋の戸がいきなり開け放たれた。

 ノックもなしにドアを開けたのは誰であろう、僕達の大好きなるーちゃんだ。

 ルイズは柳也とマチルダの顔を見るなり硬直した。タイミングとしては、ちょうどマチルダが柳也のモノを咥え込んだ直後のことだった。彼女は顔を赤くしたり、青くしたりしながら、ぱくぱく、と口を開閉。たいへんに驚いた様子で、柳也とマチルダを交互に見比べた。

 硬直したのは、ルイズばかりではない。

 よりにもよって最悪の瞬間を目撃された二人は勿論のこと、ルイズの背後に見える才人やギーシュ、ケティといった面々も固まっていた。さらにその後ろには、見知らぬ女性の姿も見える。

 柳也はバツの悪そうな表情を浮かべつつ、

「……るーちゃん、ノックくらいしような」

と、呟いた。

 柳也の顔面にローファーの爪先が食い込んだのは、その直後のことだった。





永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE:25「出発」





 「ひとまず服を着替えさせてほしい」という柳也の申し出に、いまだ動揺おさまらぬルイズ達は、一旦、部屋の外で待つことになった。

 いまの精神状態では、まともに柳也達の顔を見られない。話以前の問題として、会話が成立しない。柳也からの申し出は、ルイズ達にとっても都合が良かった。

「なぁ、サイト……」

 二人の着替えが終わるのを廊下で待ちながら、ギーシュが口を開いた。

「……ミスター・リュウヤのは、大きかったな」

「……ああ」

 ギーシュの陶然とした呟きに、才人も羨望を声音に載せて頷いた。

 なんともくだらないことで盛り上がる二人はさておき、今回、おそらくはいちばんの衝撃を受けたであろうルイズは、

「け、結婚前の男女が裸で同衾なんて……不徳だわ……不徳の極みよ……」

と、ぶつぶつ、呟きながら、廊下の壁に頭を打ち付けていた。

 その隣ではアンリエッタも、

「忘れろ。忘れるのです、アンリエッタ。それがあなたの心の安寧のためなのよ」

と、ルイズと同様に壁に頭を打ち付けていた。真実の友情を結んだ二人は、揃って現実逃避に忙しい様子だった。

 ちなみにもう一人、メディアの未発達なこの世界、男女の生々しい性交の様子など初めて目にしたであろうケティは、

「忘れろ。忘れなさい、ケティ。それがあなたの心の平穏のためなのよ……」

などと、やっぱり壁に頭をぶつけ続けるのだった。

「……や、ショックなのは分かるが、いちばんダメージが大きいのは、見られた俺達の方だからな?」

 ようやく着替えを終えたか。軍服姿の柳也が顔を出し、壁に頭を打ち付ける少女達を見て言った。

 被害者はこちらなんだがなぁ、と複雑な表情を浮かべている。平静を装ってはいたが、内心の動揺はかなり大きい様子だった。





 全員がある程度気持ちを落ち着けたところで、柳也とマチルダはみなを部屋に上がらせた。

「それで、今日は何の用です、ミス・るーちゃん?」

「ミス・ロングビル! あなたまでるーちゃんって呼ばないで!」

 先の破壊の杖事件では敵対した女にふざけた名前で呼ばれ、ルイズは目を剥いて怒った。それでなくても、先ほどから怒り心頭の様子の彼女だった。

 他方、偽名で呼ばれたマチルダは、妖艶に笑いながら言う。

「おや、これは失礼。人の部屋に入るのにノックもしない、失礼極まりないミス・ヴァリエール」

「ぐ、ぬぬぬ……」

 余裕の態度のマチルダにたしなめられ、ルイズは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 一方的に言い負かされているこの状況は、彼女の貴族としてのプライドをいたく刺激した。しかし、相手の言っていることの方が正論だけに、言い返すことが出来ない。

 やっとのことで口にした反撃の言葉も、

「あ、あんたはわたしの従者でしょう? く、く、口答えをするつもり?」

「あら? 主人に正しい道を教えるのも、従者の勤めですわ」

と、より強烈なカウンターの言葉に封殺されてしまった。

「……話、先に進めないか?」

 そんな二人のやり取りを眺めて、このままでは一向に話が進まないと、柳也が口を挟んだ。

 女二人、やかましいのは元気が良い証拠だが、聞かされる男の方はたまったものではない。

 柳也の言葉に、ルイズは不服そうにしながらも頷くと、空咳を一つこぼした。

 それまでの態度を真剣なものに改めて、ルイズは順を追って自らの用向きを説明していった。

 トリスティンを取り巻く複雑な政治事情。翻弄される一人の姫。その姫が幼馴染のルイズに助けを求めた。ルイズは臣下として、また彼女の友人の一人として、姫の求めを快諾した。

「……するってぇと、そこなフードを被ったお嬢さんが、この国のお姫様というわけか?」

「そうよ。……っていうか、あんた、昼間のお出迎えで見ていたでしょ?」

 ルイズは昼間の出迎えは全員が参加という認識の下で言った。

 対して、柳也は平然とかぶりを振ってみせる。

「いいや」

「は?」

「興味がなかったから、サボった」

「サボ……こ、こここの不忠者!」

「不忠者って言われてもなぁ。俺は、トリスティン国民じゃないし」

 柳也は渋面を作りながら呟いた。日本人として、日本の皇室に対してはそれなりに敬意を抱いている彼だが、何が悲しゅうてよくも知らない他国の、それも異世界の王室にまで敬意を払わねばならぬのか。ラキオス王室に対してさえ、敬意を払ったことは皆無だというのに。

「……まぁ、話は大体分かった」

 怒るルイズはさておき、柳也はいまだ彼のことを正視出来ずにいるアンリエッタを見た。

 美しい女だ。静謐かつ凛然とした美貌には、ラキオス王国のレスティーナ王女にも通じるものがある。ただ、有限世界の王女様と違って、アクアマリンの瞳には憂いと、忍従の色が濃かった。レスティーナの紫水晶の瞳にも確かに憂いはあったが、その奥には高き理想を貫こうとする闘志の炎があった。アンリッタの眼差しからは、そういう気概が感じられない。

 ゲルマニア皇室との婚儀について口にした時もそうだった。本人が望まぬ結婚だということは、口調からも明らかだった。しかし、アンリエッタ本人は決してその気持ちを口にはしなかった。勿論、公人としての立場ゆえに言えぬこともあるのだろうが、その姿からは、状況に流されているいまの自分を、心のどこかで良しと思っているように感じられた。

 ――なんというか、このお姫様には、悲劇のヒロイン願望でもあるんだろうか?

 同じ王女様でも、かくも違うものなのか。王族たるもの、普段から毅然とした態度でなければならぬはずだが。

 柳也はいつもの「恋をしてしまった」の文句も忘れて、険を帯びた眼差しをアンリエッタに注いだ。

「俺はるーちゃんの召使いですからね。ご主人様が行くというのであれば、それに着いていくだけですよ。……ミス・ロングビルはどうします?」

 柳也は次いでもう一人のご主人様に目線をやった。

 マチルダにとってアルビオンという国は因縁の国だ。かつて彼女の実家だったサウスゴータ家は、他ならぬアルビオンの王室によって没落に追い込まれた。ルイズ達に同行するということは、そのアルビオン王室の人間……それも皇太子殿下と接触するということだ。彼女の心中はさぞ複雑であろう。

 オールド・オスマンから言われた監視の役目のこともある。

 彼女が、行きたくない、という意志を表明すれば、自分もまた同行は出来ないが。

 はたして、柳也の憂いを帯びた眼差しに、マチルダは薄く微笑んで見せた。

「勿論、同行させていただきますわ。ミスタ・リュウヤと同様、わたくしもミス・ヴァリエールの従者ですから」

「お二人とも、ありがとうございま……」

「但し、言っておきますが」

 礼を述べるアンリエッタの言葉を遮って、柳也は口を挟んだ。

 隣でルイズが、「姫様が喋っておられるでしょ!?」と、喚く。

 柳也は構わずに、漆黒のマントをかぶった王女を見据えて言った。

「我々がするのは、あくまで手紙の回収だけ、です。それ以上のことは、ご期待なされぬよう」

「それ以上のこと、と申しますと?」

「たとえば、瀕死のアルビオン王室を他国に亡命させる手助けをせよ、とか」

 柳也が淡々と口にした言葉に、アンリエッタの表情が硬化した。

 話を聞いた限りでは、アルビオンとトリスティンの王室は古くからの関係を持っているというから、もしや、と思ったが、なんという分かりやすい反応だろう。柳也の唇に、思わず失笑が浮かぶ。

「王女殿下、政治に携わる者として、もう少し表情をコントロールする術を身に付けませんと」

「……どうして」

 どうして、自分の考えていることが分かったのか。

 茫然としたアンリエッタの呟きに、柳也は莞爾と微笑んで答える。

「なに、与えられたヒントから簡単に推理したまでです」

 アルビオンとトリスティン王室の関係。そして、そんな大切な手紙を瀕死の皇太子が所有している事実。このことから察するに、アンリエッタと件の皇太子は、恋仲にあるのではないか。あるいは、あった、か。どちらにせよ、もし、アンリエッタが浅慮から彼らに亡命を薦めたとしたら、トリスティンにとって甚だ不味い事態になる。件の革命勢力に、トリスティン攻めの恰好の口実を与えることになりかねない。

 そこまで推測を巡らせた上で、柳也はアンリエッタ先の言葉を投じたのだった。

 柳也はさらに彼女に言う。

「それで王女殿下、件のウェールズ皇太子は、いまはどこに?」

「え? あ、ああ、はい。アルビオンのニューカッスル付近に陣を構えていると聞き及びます。かの土地には、アルビオン王室最後の砦があります」

「ラジャーです。幸い、こちらにいるミス・ロングビルはアルビオンの出身です。土地には明るいでしょう」

 柳也はマチルダに軽くウィンクしてみせた。

 〈決意〉、〈戦友〉に続く第三の相棒にしてご主人様の女は、仕方ないね、とばかりに頷いた。

 かくして、アルビオンに向かうメンバーは決まった。あとは、準備を整えるだけだ。

「旅は危険に満ちています。アルビオンの貴族達は、あなたがたの目的を知ったら、ありとあらゆる手を使って妨害しようとするでしょう」

 アンリエッタは部屋の主たるマチルダの許可を得た上で机を借りると、懐から取り出した羽ペンを手に取った。同じく懐中より取り出した羊皮紙に、すらすら文章をしたためていく。どうやら、書簡のようだ。件のウェールズ皇太子に、手紙の返却を求めるメッセージを書いたのか。

 アンリエッタはしばし自分の書いた文章を見つめた。紙面に落とした悲しげな眼差しは、原稿を推敲しているようには思えない。やがて彼女は、小さくかぶりを振った。

 軍服姿の柳也の顔を一瞥する。

 彼女は申し訳なさそうに俯くと、末尾に一行付け加えた。蚊の鳴くような声で囁く。神剣士の柳也だけが、その声を聞くことが出来た。

「始祖ブリミルよ……。この自分勝手な姫をお許しください。でも、国を憂いても、わたくしはやはり、この一文を書かざるをえないのです……。自分の気持ちに、嘘をつくことは出来ないのです……」

「…………」

 柳也は険を帯びた眼差しでアンリエッタの横顔を見つめた。

 ウェールズ皇太子への手紙ということは、いましたためているのはおそらく密書だろう。にも拘らず、まるで恋文でもしたためたかのような表情ではないか。

 それに、先の発言。自分の気持ちは偽れない、という、懺悔の言葉。

 ――その、あなたの気持ちとやらに振り回される国民は、溜まったものじゃないな……。

 ハルケギニアの政治と経済は、フェーダニズムによって成り立っている。非中央集権的な統治体制とはいえ、この世界ではいまだ王族は大きな力を持つ為政者だった。いくら公の場ではないといっても、アンリエッタの先の発言は、とても王族のものとは思えなかった。

 アンリエッタは羊皮紙の手紙を巻いた。軽く杖を売る。すると、どこから現われたものか、巻かれた手紙に封蝋がなされ、花押が押された。トリスティン王家の紋章だ。彼女はその手紙を、ルイズに渡した。

「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに、件の手紙を返してくれるでしょう」

 さらにアンリエッタは、右手の薬指に嵌めた指輪を引き抜くと、手紙を持つルイズの右手にそれを握らせた。

「母君から頂いた“水のルビー”です。せめてものお守りです。お金が心配なら、売り払って旅の資金にあててください」

 そのように大切な指輪を、自分のために。

 ルイズは感極まった様子で、深々と頭を垂れた。

「この任務には、トリスティンの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風から、あなたがたを守りますように」 





 明朝まであまり時間がない。早速準備に取り掛からねば。

 各々自分達の部屋へと戻るルイズらを見送って、ようやくマチルダと二人きりの時間を得た柳也は、ベッドに勢いよく腰掛けるや、苛立たしげに頭を掻き毟った。

「ああ! クソッ、なんなんだあの女は……!」

 この男にしては珍しい、ヒステリックな呟き。それも、本人のいないところでの陰口。両親の死後、少年時代を苛めとともに過ごしてきた彼は、本人のあずかり知らぬところで誹謗中傷を口にする陰口という行為を嫌っていた。その柳也の口から飛び出した暴言。よほど頭にきているのか、その口調には、先刻までこの部屋にいたアンリエッタへの嫌悪感がありありと滲んでいた。

「……女好きのあんたにしては珍しい。ずいぶん荒れてるね?」

「荒れたくもなるさ」

 柳也は忌々しげに渋面を作った。

「仮にもこの国の政治に携わる人間が、あの態度はないだろう。それに……」

「それに?」

「……るーちゃんの手前、言わなかったが、あの女、友情だ、忠誠だと美辞麗句を並べ立てて、結局はるーちゃんを利用しているだけじゃないか!」

 柳也はベッドのシーツを腹立たしげに叩いた。

 国難に際して藁にも縋りたい気持ちというのはよく分かる。しかし、手紙を回収させたいのであれば、一言命令を下すだけでよかったはずだ。それを、あの女は友情という言葉を餌にして、わざわざルイズの自由意志に訴えかけた。そのやり口が、気に喰わなかった。

 ――あの女、友達を何だと思っていやがる……?

 両親を失って以来、常に孤独に怯えながら今日まで生きてきた柳也は、友という存在のありがたみをよく知っていた。

 彼にとって友人とは、同じ道を歩む仲間であり、己のすべてを賭して守るべき存在だった。断じて、利用するための存在ではない。

「たしかに美人だ。外見だけなら、好みタイプさ。けど、嫌いなタイプの女だ」

 柳也は憮然とした口調できっぱり言い切った。

 たしかに自分は自他ともに認める女好きだが、女であれば誰でも良い、というわけではない。たとえ容姿に秀でていたとしても、性格が最悪では、茶店に誘う気も起きない。

 ――るーちゃんのためでなかったら、誰があの女のためになど……。

 柳也は険しい面持ちのまま溜め息をついた。

 マチルダが背後に回って腕を回してくる。

「……続き、しようよ。嫌なことは全部忘れちまいな」

「……いいのか? いまの俺は、相当に気が立っている。扱いが、かなり乱暴になってしまうぞ?」

「男は、ちょっと強引なくらいが好みだよ」

「いい趣味してるな、ったく」

 オリーブドラブの軍服に覆われた胸板に回された細腕を、柳也は掴んだ。

 強引に引き寄せ、正面に回らせる。

 柳也は乱暴に、マチルダの唇を奪った。


 ◇


 明朝。

 まだ薄っすらとした朝もやが視界にて沈殿する中、ルイズらは学院の馬屋に集合していた。アルビオンまでは遠い。長距離の乗馬に備えて、各々馬に鞍をつけている。

 これから戦場へと向かう一行の装いは、普段とあまり大差ない。貴族の少年達はいつもの制服に魔法学院在校生の証明たるマントを羽織り、マチルダにいたっては破壊の杖事件の際に着ていたローブを身に纏っていた。才人はデルフリンガーを鞘ぐるみの状態で背負っている。そして柳也は、いつもの軍服姿に帯を巻き、父の形見の脇差と、真っ直ぐな鉄の棒を差していた。全長一メートルほどの、鍛鉄棒だ。

「柳也さん、それ、何です?」

 師匠の腰元に差された見慣れぬ鉄の棒を見て、才人が怪訝な表情を浮かべた。

 柳也は鍛鉄棒を、脇差と同様、閂に差していた。刀を地面に対して水平に差す閂差しは、刀を一挙動で鞘走らせることが出来る、極めて実戦的な帯刀方法だ。このことから察するに、柳也にとってこの棒は、脇差と同じく得物ということになるが。

「俺の秘密兵器さ」

 才人の疑問に対し、柳也は得意気に胸を張った。

「いまはただの鉄の棒きれにした見えないだろうが、然るべき時がくれば、何より頼りになる俺の相棒だ」

「るーちゃん、お願いがあるんだが……」

 全員が着々と出発の用意を進める中、ふとギーシュが困ったように言った。

 なお、アルビオン潜入部隊のリーダーは、アンリエッタから直々に指名されたルイズということになっている。あくまでも、名目上は、だが。

「なによ? あと、るーちゃん、って呼ばないで」

 長の乗馬に備えて、専用のブーツの履き心地を確かめていたルイズは、不機嫌そうにギーシュを見た。

 以前のように声を荒げることこそ少なくなったが、彼女にとって、るーちゃん、というのはいまだ屈辱的な呼称らしい。

 ギーシュは語気に宿る険に若干気後れしながら言った。

「ぼくの使い魔を連れていきたいんだが」

「あれ? お前、使い魔なんかいたのか?」

「いるさ。当たり前だろ?」

 才人の質問に、ギーシュは肩をすくめて答えた。使い魔の召喚と契約は二年生への進級条件の一つだ。

 もしかしたら今回のアルビオン行きに役立つ能力を持った使い魔かもしれない。

 僅かな期待を胸に秘め、ルイズは乗馬鞭を手にすました表情で言う。

「連れてきたらいいじゃない。どこにるのよ?」

「ここ」

 ギーシュは地面を指差した。

 才人と柳也がそちらに視線をやる。何の変哲もない、地面があった。二人の顔に、怪訝な表情が浮かぶ。

 ギーシュは師匠と友人が揃って取った反応に、ニヤリ、と笑うや、足で地面を叩いた。

 途端、モコモコ、と地面が盛り上がった。どうやら彼の使い魔は、土中を潜る能力を持っているらしい。

「すわっ、ゴモラか!?」

 初代ウルトラマンが大好きな柳也の唇から、思わず嬉々とした叫びが迸った。彼はウルトラマンに登場する怪獣の中でも、ゴモラがいちばん好きだった。

 やがて、地面から小さな熊ほどもある大きな生き物が顔を出した。茶色い体表。突き出た鼻っ面。地面を掘り進むための両手には鋭く、大きな爪が備わっている。なんとなく、チュチューン、と鳴きそうな動物だ。

 柳也と目が合う。つぶらな、そして愛くるしい瞳の持ち主だった。

 はたして、現われたのは、巨大なモグラだった。

「も、モグラ〜〜〜!」

 柳也の唇から、また嬉々とした叫びが迸った。山本大介のような叫びだった。彼は仮面ライダーアマゾンも大好きだった。言わずもがな、モグラ獣人だ。

 ギーシュは、さっ、とその場にかしづくと、巨大なモグラを抱き締めた。

「ヴェルダンデ! ああ! ぼくの可愛いヴェルダンデ!」

「あんたの使い魔って、ジャイアントモールだったんだ」

 ルイズが困惑した声色で呟いた。

 ジャイアントモールは成獣の体長が一・五メートルほどにもなる巨大なモグラで、主にトリスティン王国の南部に生息する動物だ。地面を時速四〇キロで掘り進むことが出来るほか、地震波を感知する特殊な能力を持つ。感覚器官は特に嗅覚が発達しているが、この種の土中で生活する動物としては珍しく、視力もそこそこ良い。主食は土中に生息するミミズなど。

 金髪のギーシュはヴェルダンデの背中に頬ずりしながら頷いた。
「そうさ。ああ、ヴェルダンデ、きみはいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」

 ギーシュが訊ねると、巨大モグラは、モグモグモグ、と嬉しそうに鼻をひくつかせた。

 「チュチューンじゃないのか」と、柳也が残念そうに呟く。

「そうか! そりゃよかった!」

 主人と使い魔との間に結ばれた特別な絆を介して会話しているのか、ギーシュも嬉しそうに笑った。

 楽しげな様子のギーシュとは対照的に、巨大モグラに冷ややかな眼差しを向けるのはルイズだ。彼女は困ったように言う。

「ねえ、ギーシュ。ダメよ、その生き物、地面の中を進んでいくんでしょう?」

「そうだ。ヴェルダンデはなにせ、モグラだからな」

「そんなの連れていけないわよ。わたしたち、馬で行くのよ」

「結構、地面を掘って進むの速いんだぜ? なあ、ヴェルダンデ」

 巨大モグラが、うんうん、と首肯してみせる。賢い動物だ。

 ルイズは小さく溜め息をついた。確かに、地中におけるジャイアントモールのスピードは速い。また、地面を掘り進むことから、腕力も相当に強いだろう。頼もしい味方には違いないが、残念ながら、今回のアルビオン行きにはあまりに不向きなお仲間だった。

「わたしたち、これからアルビオンに行くのよ。地面を掘って進む生き物を連れて行くなんて、ダメよ」

「そんな……」

 ルイズの言葉に、ギーシュは落胆の嘆きを漏らした。

「お別れなんて、辛すぎるよ、ヴェルダンデ」

「ギーシュ様……」

「いや、ケティもギーシュもしんみりしてるけど、一生の別れってわけじゃないんだぜ?」

 才人の呆れた声。

 そのとき、ギーシュの腕の中の巨大モグラが、すんすん、と鼻を鳴らした。

 主人との別れを悲しんでいる風ではない。

 くんかくんか、とルイズに擦り寄った。どうやら、何か興味の対象となる匂いを感じ取ったらしい。

「な、なによ、このモグラ?」

「主人に似て、女好きなんかな?」

「ちょ、ちょっと」

 ルイズが悲鳴を上げた。

 巨大モグラが、いきなり彼女を押し倒す。鼻で体をまさぐり始めた。

「や! ちょっとどこ触ってるのよ!」

 ルイズは体をモグラの鼻先で突きまわされ、地面をのた打ち回った。スカートが乱れ、派手にパンツを曝け出して、彼女は暴れた。

 才人とギーシュは、なにやらその光景を眩しいものを見るように見守った。

「いやぁ、巨大モグラと戯れる美少女ってのは、ある意味官能的だな」

「その通りだな」

 才人とギーシュは腕を組み、うむうむ、と頷き合った。その僅かな所作からは、無駄に貫禄が滲み出ている。

 一方、柳也はといえば、彼は二人の呟きに対し否定こそしなかったが、あからさまな肯定もしなかった。残る二人の女性陣からの冷たい視線が心に痛かったからだ。彼は無言のまま、ご主人様のあられもない姿を微笑ましげに眺めた。

「バカなこと言ってないで助けなさいよ! きゃあ!」

 巨大モグラは、やがてルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけると、そこに鼻を擦り寄せた。

「この! 無礼なモグラね! 姫差に頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」

「なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだからね」

 ルイズの悲鳴に、ギーシュは得心したように頷いた。

「ヴェルダンデは貴重な鉱石や宝石を僕のために見つけてきてくれるんだ。“土”系統のメイジにとって、この上もない、素敵な協力者なんだ」

「へぇ。そいつは羨ましい」 

 同じ土系統のメイジであるマチルダが呟いた。

 「こんなモグラが羨ましいのか……」と、才人が理解しかねる、といった面持ちで呟いた。

 ルイズの痴態を眺めるばかりだった柳也の表情が硬化したのは、その直後のことだった。

 攻撃の緊迫。

 全身の皮膚を、舐めていく。

 激しい大気の震動波に、産毛までもが総毛立った。

 お馴染みの感覚だ。この世界にやって来たばかりの時、タバサから何度も受けた、エア・ハンマーの魔法。

 風の鎚が大気を圧し進む感覚に、柳也は咄嗟に両腕をクロスして盾を作った。

 ルイズと、ルイズに戯れる巨大モグラの前へと、踏み込む。

 直後、目には見えない空気の金槌が、柳也の両腕をしたたかに打った。

 苦悶の呻きが、唇から漏れる。

「む! ……む、む、おお……!」

 凄まじいエネルギー。

 タバサの放つエア・ハンマーよりも、圧倒的に強大な出力だった。

 ――むぅ……こいつは一瞬たりとも気が抜けんな!

 柳也の唇に、思わず微笑が浮かぶ。

 生命の危機を感じて、本能が疼いた。歓喜で。この男は命の危険を感じれば感じるほどに好戦意欲に炎がつくという厄介な性を持つ。

 柳也は恍惚と笑いながら、体内に寄生する相棒二人に語りかけた。

「〈決意〉、〈戦友〉、ちょっかい出すんじゃねぇぞ。こいつは、俺が自力で弾き返す!」

【……やれやれ。また主の悪い癖が始まったぞ】

【ご主人様〜、なるべく手出しはしないつもりですけど、危なくなった時は勝手にバリア展開しますからね〜?】

「へ、へ……言ってろ、よ! ……だああ!」

 気合一喝。

 阿吽の呼吸で全身に満たした気の力を、一気に解放する。

 必死の思いで前へと踏み出した途端、両腕にかかる負荷が消滅した。

 なんとか、凌いだか。

 念のため警戒姿勢のまま辺りを見回す。
 
 追撃はない。
 
 柳也は浅い呼吸をせわしなく繰り返しつつ、安堵の表情を浮かべた。それから、「よっし!」と、会心のガッツポーズ。

 額に浮かんだ玉のような汗を軍服の袖で拭いつつ、背後のルイズを振り返る。

「怪我はなかったか、るーちゃん?」

「そ、それはこっちの台詞よ!」

 茫然と事の成り行きを見つめていたルイズは、巨大モグラを跳ね除けると、慌てて柳也の両腕を見た。

「あんた、腕は無事!?」

「ああ。大事ないよ。軍服が少し痛んだくらいだ」

 柳也は莞爾と微笑んで軍服の袖を見せた。なるほど、彼の言う通り、袖口に激しい痛みが刻まれてしまっている。かつて有限世界で着ていたM-43フィールド・ジャケットと違い、いま柳也が着ている軍服はエーテル繊維で編まれていない。その強度は、かつての一張羅よりもだいぶ劣っていた。

 ぶんぶん、とややオーバーアクション気味に腕を振るうことで壮健な様子を示す柳也に、ルイズはようやく安堵の溜め息をついた。

 次いで彼女は、エア・ハンマーの襲来した方向を睨んだ。

 他の面々も、炯々とした眼光をぎらつかせ、そちらを見据える。

 特にギーシュなどは、自分の使い魔が狙われたこともあって、眦を吊り上げて怒鳴った。

「誰だッ!」

 その声に応じたわけではないだろうが、朝もやの中から、一人の長身の貴族が現われた。若い男だ。立派な口髭。黒いマント。特徴的な羽帽子。

 現われた男の顔を見て、柳也とマチルダを除く全員が息を飲んだ。見知った顔だったからだ。昨日、アンリエッタが魔法学院にやって来た際に、護衛を務めていた魔法衛士隊のメイジだった。

 相手が魔法衛士隊の人間と知って、文句を口に仕掛けたギーシュはうなだれた。悔しいが相手が悪い。マチルダも同様に、険を帯びた眼差しを引っ込める。

 昨日の歓迎式典に参加していない柳也だけが、不敵に冷笑を浮かべて言った。

「おい、そこの色男? 動物虐待は、読者の人気を下げるぜ?」

「そう、好戦的な笑いを向けるのは辞めてくれ。僕は敵じゃない。姫殿下より、君達に同行することを命じられてね」

 長身の貴族は帽子を取ると一礼した。きびきびとした所作。優雅さよりも、凛々しさを感じさせる礼の作法だ。

「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊体調、ワルド子爵だ。先ほどは失礼した。婚約者が、モグラに襲われているのを見て見ぬ振りは出来なくてね」

「……………………は?」

 やけに長い間を挟んで、柳也が茫然と聞き返した。

 その背後ではルイズが頬を朱色に染めている。

 柳也は目の前の男とルイズの顔を交互に見比べた後、上を見て、下を見て、右を見て左を見て、もう一度右を見て、挙手した。

「は、はい。質問! 確認のため質問!」

「うむ。なんだね?」

「誰が?」

「僕が」

「誰との?」

「そこにいる彼女の」

「何だって?」

「婚約者だ」

「ち、ちなみに、いつのご約束で?」

「かれこれ十年ほど昔になるね」

「…………」

 あまりにもきっぱりとした返答に、続く言葉を見失ってしまったか、柳也は口をぱくぱくさせながら目の前の子爵を見つめた。

 ぎぎぎ、と油の切れた工作機械のように、ぎこちなく背後を振り向く。

 見れば、才人やギーシュ達も、彼と同様驚愕の表情を浮かべていた。

「しゅ、集合! るーちゃんと、そこの子爵以外、全員集合!」

 顔面を蒼白にした柳也の号令に、才人達は速やかに集まった。ごくごく自然な流れで、円陣を組む。

 唐突に、ルイズの背中を悪寒が駆け抜けていった。朝の涼しい時間帯とはいえ、気温は肌寒いほどではないというのに、肩の震えが止まらない。

 ――な、なにかしら……? あの円陣を見るほどに強くなっていく、この、嫌な予感は……。

 時折聞こえてくる「いや、まさか」とか、「やっぱり」とか、「間違いない」といった言葉の数々。それ自体は日常生活中ごくありふれた単語の並びのはずなのに、なぜか感じてしまう、本能の警鐘。

 やがて円陣を解散した一同は、全員が汚物でも見るかのような眼差しを、ワルドに向けた。

 なぜ、自分に斯様な眼差しを向けてくるのか。その理由がわからず、ワルドの端正な顔立ちに訝しげな表情が浮かぶ。

 そのうち、一同を代表する役目を与えられたか、柳也がおずおずと口を開いた。 

「……ワルド子爵、初めて会った人間の趣味嗜好を糾弾できるほど、俺も出来た人間ではないが……それは、ダメだよ」

「うん?」

「ロリコンは、生物学的にも、倫理的にも犯罪だぁ!」

「誰がロリコンだ!」

 柳也の力強い断言に、ワルド子爵がいきり立った。

 常日頃から心肺器官を鍛えている直心影流剣士の、腹の底からの咆哮にも負けぬ声量。

 その声に当てられたわけではないだろうが、対峙する二人の間にいたルイズがずっこけた。

 柳也はご主人様の動揺には構わず、眼前に立つ魔法衛士隊隊長を見据えて言い放つ。

「貴様だ、貴様! 十年前といえばるーちゃんはまだ六歳じゃないか!? その頃からるーちゃんのことを狙っていたなんて……このペド! 犯罪者! 鬼畜! パイライフ!」

【主よ、主よ、我はこの者となら良い友達になれそうな気がするのだが】

「お前は黙ってろ! このペド! このパイライフ!」

【……ぱいらいふ?】

 頭の中で鳴り響く〈決意〉に対しても一喝し、柳也は目を剥いて怒鳴った。アセリアAnother本編でも、本編後のおまけでも、ぎりぎり幼女にはまだ手を出していない柳也だった。ただし、ゼロ魔刃ではそろそろタバサあたりに手を出しそうで、自身やばいかもしれないと思っている柳也でもあった。

【切実なお悩みですね、ご主人様】

 ――うるせぇ! 駄目なんだよ。人として、幼女にだきゃあ、手を出しちゃ駄目なんだよ!

 柳也は必死にかぶりを振って胸の内で言い放った。

 この男、自分が人間として駄目な領域に近付いているという自覚があるせいか、形相が必死だ。

「と、とにかくワルド子爵! お父さんは、君がその小さい女の子大好きな病気を治すまで、ルイズとの交際は認めません!」

「誰がお父さんだ――――――ッ!!」

「ぬおおおおッ!」

 突如として背後からの衝撃。

 ルイズの跳び蹴りが、無防備な背中に炸裂したのだ。

 先のエア・ハンマー以上の膨大な運動エネルギーに振り回され、柳也の体は宙を舞った。





 傍目には遊んでいるようにしか見えない一行を、アンリエッタは学院長室の窓から見つめていた。

 静かに瞑目し、手を組み、祈る。そんな彼女の隣では、オールド・オスマンとミスタ・コルベールが、対面に座ってチェスを楽しんでいた。

「彼女達に、加護をお与え下さい。始祖ブリミルよ……」

 修道女のように祈りを捧げ、アンリエッタは振り向くと、オスマンとコルベールに向き直った。

「あなた方は見送らないのですか?」

「ほほ、姫、見ての通り、我々はこの一局に忙しいのでしてな……ほれ、コルベール君、次は君の番じゃぞ?」

「むむむ! 手堅い勝負に出ましたな、オールド・オスマン。……では、私はここに」

「むお! ふふふ、君もあくどい勝負を挑んでくるのう……」

 オスマンが老練な一手を打てば、コルベールは積極果敢な一手を打ち、老メイジの作戦を打ち砕く。

 白と黒のモザイク模様の盤面の上で、一進一退の攻防を繰り広げる二人に、アンリエッタは呆れた眼差しを注いだ。

「彼らにはトリスティンの未来がかかっているのですよ? なぜ、そのような余裕の態度を……」

「すでに杖は振られたのですぞ。我々に出来ることは、待つことだけ。違いますかな?」

「それはそうですが……」

「なあに、王女殿下。彼らなら大丈夫ですよ」

 コルベールが莞爾と笑いながら、チェスの駒を一つ進めた。

「彼らには、伝説の使い魔と、最強の守護者が付いておりますからな」

 力強く言ったコルベールの顔を、アンリエッタは怪訝に眺めた。




<あとがき>

 いやネタじゃなくてね、タハ乱暴はワルドは真性のロリコンだと思うんだ。

 どうも、読者の皆さんおはこんばんちはっす。タハ乱暴でございます。

 今回もゼロ魔刃をお読みいただきありがとうございました。

 今回の話では一行が魔法学院を出発するまでを書きました。また、最近はゼロ魔刃も真面目ぶっている感があったので、久々にギャグ要素を豆乳……じゃなかった、投入しました。相変わらず下品な下ネタで申し訳ありませんが。

 なお、ワルドがロリコン云々のくだりに関しては、ギャグではなく、ガチです。

 いえね、たしかに、医学が未発達だった時代では、十代前半との結婚とか、当たり前のようにありましたよ。十を数える前からの婚約とかも普通にありました。でも、それはその時代・その文化圏のスタンダードなわけですよ。

 原作のゼロ魔を読むとですね、幼い身体つきの女の子に欲情するのは異常、というのが、あの世界の一般常識らしいんです。つまり、ワルド子爵は現代の我々の常識から見てもロリコンだし、あの世界の常識から見ても、ロリコンなんですよ。

 さて、次回は最初の襲撃の回です。ただし、原作とはちょいとかけ離れた襲撃者が登場します。

 次回もお読みいただければ幸いです。

 ではでは〜



<おまけ>

 ファンタズマゴリアにて。

「……はっ!」

「ん〜? パパ、どうしたの?」

「い、いや、いま、柳也が俺に対する悪口を言ったような気が……」

 ゼロ魔刃ではオルファルートな悠人だった。




どうにかこうにか無事(?)に出発だな。
美姫 「みたいね。まあ、その前にちょっと色々とあったけれど」
流石に円陣を組んだ辺りで来るかなと思ったけれど、やっぱり言っちゃいましたか。
美姫 「流石のワルドもこれは軽く流したりは出来なかったみたいね」
以降、このネタを引っ張られる事になるのか。
美姫 「この事件がどんな展開を見せるのか楽しみにしてますね」
次回を待ってます。



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