<スペース削減! 一行で分かる前回のあらすじ>

 変態は白いネズミに連れ去られた。







 内容がよく分かったところで本編へどうぞ。

るーちゃん「色々突っ込みどころがあるけれど、何、今回の話は!? わたしの出番はどこに行ったの!?」

才人「お、俺なんて主人公なのに!」

柳也「なるほど! そういう話かッ。つまり俺は君の瞳は百万ボルトな台詞を呟いたところでロビン・フッド的な男と戦えばいいんだな!?」

タバサ「……うるさい。シルフィード、やっちゃって」

柳也「ぎゃぱあああああああッ!!!」






 
 ……というわけで、改めて本編へどうぞ。
 




 その人物を前にした瞬間、桜坂柳也は反射的に身構えた。

 彼がいまいるのはトリスティン魔法学園本塔最上階にある学園長室。

 偉大なる魔法使いの使い魔、ネズミのモートソグニルの案内に従ってやって来た柳也は、正確にノックを三回して、部屋に入室した。

 学園長室には二人の男がいた。

 一人は柳也も知っている男だった。あの使い魔召喚の儀式の際に、ルイズ達若いメイジらを監督していた四十代半ばと思しき教員だ。生徒達からはたしかミスタ・コルベールと呼ばれていたか。才人の左手に刻まれたルーン文字を見た際の、炯々と輝く眼光が奇妙に印象的だったので覚えていた。

 そしてもう一人の男を見た瞬間、彼は顔面の筋肉という筋肉を緊張から硬化させた。

 まるで鏡を見ているような気分だった。といっても、柳也と容姿が似ていたわけではない。トリスティン学園の学園長・オールド・オスマンは、一見すると好々爺といえる容貌の持ち主で、こと容姿において柳也と類似した点は一つもない。

 しかし、柳也は本能的に直感した。

 目の前の老人からは、自分と同じ匂いがする、と。

 目の前の男は、自分と同種の人間だ、と。

 争いを好み、破壊を好み、酒を好み、あらゆる享楽を好む。そして何より――――――

「おぬし……」

 オスマン老人が、柳也の顔を見て低く呟いた。

「おぬし、大きい方と小さい方では、どちらだ?」

「!?」

 柳也は思わず息を呑んだ。

 頭を金槌で殴打されたかのような衝撃。

 自分の直感に間違いはなかった。

 やはり、目の前のこの人物は……。

 コルベール教員が怪訝に見つめる中、柳也は目の前の老人を睨みつけた。

「大きい方だ」

「ほぅ……」

「逆にこちらからも問おう。あんた、黒と白では?」

「黒じゃ。断然。重ねて問おう。若さと老いとでは?」

「人はみな老いていく」

「ふむ。では最後に、おぬし、いるか、いないかでは……」

「いる。その方が奪う楽しみが出来る」

「なるほど……」

 柳也とオスマンはしばし無言で見つめ合った。

 重苦しい沈黙。

 同室しているコルベール教員が、息苦しくなるほどの重圧。

「おぬしは……」

「あんたは……」

 やがて、柳也とオスマン老人は、同時に口を開いた。

「「胸は大きい方が好きで、女性下着は白よりも黒を至高とし、ただ若いだけよりも成熟した肉体美を好む。そして旦那さんはいないよりも、いる方がいい! 貴様は巨乳で熟女な人妻スキーだな!?」」

 二人は真剣な顔で呟いた。烈々たる気迫で。壮絶なる胆力を言葉に載せて、言い放った。

 コルベール教員がずっこけた。

 コルベール教員には一瞥もくれることなく、柳也とオスマンは互いに手を取り合う。

「「同志よっ!!」」

 立ち上がろうとしていたコルベール教員がまたずっこけた。

「ふむ。やはりワシの目に狂いはなかったようじゃな。過日の決闘騒ぎで一目見たときから思っておったゾイ? おぬしはワシと同じ嗜好の人間だと」

「ミスター・オスマン……いや同志オスマン、俺は、この世界にやって来て、初めて同じHENTAIと出会ったよ」

「人妻といえば?」

「当然、団地妻で子持ち。奥さん、旦那さんとはもう二年もご無沙汰なんだろう?」

 柳也がオスマン老人の肩を抱いた。

 調子に乗ったオスマン老人も、野太い女声で応じる。

「ああっ、いけません。もうすぐ主人が帰ってきます……」

「いいじゃないか。旦那さんに俺達の仲を見せ付けてやりましょうよ」

 その時、部屋の扉が静かにノックされた。中のオールド・オスマンがまともな返事をしてくれないことに慣れているのか、返答も待たずに戸が開く。

「オールド・オスマン、お茶が入りましたけど……って、ひい!?」

 お茶を運んできたミス・ロングビルが、思わず後ずさった。

 無理もない。戸を開けて入ってみればそこには得体の知れない褌の男が立っていたのだ。しかもその褌の男は、自分が仕える老人と手と手を合わせ、目と目を合わせ、人妻談義に花を咲かせている。その、あまりにもおぞましい光景に、ミス・ロングビルが生理的嫌悪を覚えてしまったのも、詮無きことといえた。

 ミス・ロングビルの存在に、オスマン老人が気が付いた。

 柳也もそちらを振り向く。

「おお、ミス・ロングビル、茶を淹れてくれたのか。ご苦労じゃったのぅ」

「むむむっ、なんて素晴らしいヒップラインなんだぁ!!!」

「ひぃ……!!」

 柳也の凶悪な眼差しを向けられた途端、ミス・ロングビルはより強烈な生理的嫌悪に背筋を震わせた。

 ニタリ、と冷笑を浮かべた褌の男が、にじりにじり、とロングビルに歩み寄る。

 両手の指は、わきわき、と動き、黒檀色の双眸には、変態的な輝きが見て取れた。

「ふ、ふ、ふ……ミス・ロングビル、ちょっとお兄さんにその尻を触らせてみる気はないかい?」

「そうじゃろう、そうじゃろう! 思わず触りたくなってしまう尻じゃろう!?」

「み、ミスタ・コルベール! 助けてください」

「み、ミス・ロングビル。とりあえず私の後ろに」

 なんとか気を持ち直したミスタ・コルベールが、ミス・ロングビルを庇うように前に出た。

 隙あらば摺り足でミス・ロングビルのヒップ・ラインを狙おうとする変態の所作に警戒の眼差しを向けながら、彼はいい加減本題に入るようオールド・オスマンに提言した。

「オールド・オスマン、それよりも、彼に聞きたいことがあったのでしょう?」

「む? ………………………………………………………………………………おおっ! そうじゃった!」

「やけに長い間だったな、同志オスマン」

「なに、これもお約束というやつじゃよ、同志リュウヤ」

 柳也とオスマン老人は「わかってるぅ〜」と、ハイ・タッチを交わした。

 褌の男と棺桶に片足を突っ込んでいる老人が、きゃっきゃっ、とハイ・タッチ……うむ。すごい絵図らである。

 オールド・オスマンは一つ空咳をして、たたずまいを直した。

 コルベール教員の背後のミス・ロングビルに軽く目配せ。

 有能な秘書はそれだけで老人の意図を察したらしく、彼女は静かに退室した。

 ミス・ロングビルの退室を確認したオールド・オスマンは、柳也に向き直った。

「さて、同志リュウヤよ。実は今日、おぬしを呼び出したのは訊きたいことがあるからなんじゃ」

「俺に?」

「うむ」

 オールド・オスマンは神妙に頷くと、「単刀直入に訊くぞい?」と、切り出した。

「同志リュウヤ、おぬしはいったい何者だ?」





永遠のアセリアAnother × ゼロの使い魔クロスオーバー

ゼロの魔法使いとその使い魔と、ついでに現われた守護の双刃

EPISODE09:「前鋸筋で結ばれた友情(嗚呼、段々マイナーな筋肉に……)」





「同志リュウヤ、おぬしはいったい何者だ?」

 それはある意味で、柳也自身が最も知りたいと思っている事柄についての質問だった。

 自分はいったい何者なのか。かつて多くの哲学者が自問し、自答してきた普遍的なテーマの一つだ。人間とはいったい何なのか。なにより自分を愛し、人を愛する柳也にとっても、まこと興味深いテーマだった。

 しかし柳也は、この質問にはそういった哲学的な性質は含まれていない、と判断した。

 オスマンの求めている回答は、そうした哲学的なものではない。もっと具体的な、一なる回答だろう。

「何者だ……とは、いくらなんでも漠然としすぎているな。同志オスマン?」

 質問を受けた柳也は、ニヤリ、と不敵な冷笑を浮かべて、オスマン老人が両肘をつくテーブルに腰掛けた。

 馴れ馴れしい態度。長年の友に語りかけるというよりは、目の前の老人をとって食わんばかりの凶悪な眼差しが、オスマンを射るように見る。

 ゴホン、とコルベール教員がしかめっ面で空咳をする。

 柳也の態度を快く思っておらず、無言で諫めようとしているらしいが、彼はそれを無視して言った。

「意図の限定のない質問は、荒唐無稽な回答を導き出しかねない。その『何者なのか?』という問いかけが、どういった意図で発せられたものなのか、最初に表明した上で言ってもらいたいが」

「おお、そうじゃな。すまぬすまぬ。年を取るとつい性急になりがちでな。肝心なところをすっ飛ばして話してしまう。

 同志リュウヤ、おぬしに訊きたいことは他でもない。おぬしの身体から感じられる、魔力とは別な力のことじゃ」

「ほぅ……」

 黒檀色の鉱石をたたえた双眸が、すぅっ、と細まった。

 同室していたコルベール教員が、思わず息を飲む。

 部屋の室温が急速に下がっていく錯覚。まとわりつく冷気に、コルベールが背筋を震わせた直後、二人の魔法使いの前から、あの陽気で、女好きの青年は消えていた。

 そこにいたのは、一匹の怪物だった。

 有限世界ファンタズマゴリア。龍の大地と呼ばれたその場所で、数多の命を奪ってきた。

 血を求め、強さを求め、何より争覇を求めた。

 ただ自分自身のエゴのために戦争を起こし、その風を楽しんだ。

 エトランジェ・柳也。またの名を守護の双刃。異世界からやって来た得体の知れない怪物は、偉大なる魔法使いを前にして、微塵も臆すことなく呟く。

「まいったなぁ。ここの生徒のみなさんには、バレてないと思ったんだが」

「その思い込みに間違いはなかろう」

 オールド・オスマンは硬い口調で言った。

「おぬしの言う通り、たしかに生徒達は誰一人として、おぬしの発するその力の本当の正体には気付いておらぬじゃろう。じゃが、私のように、過去にその力と遭遇している者の目は誤魔化せなかった」

「過去に遭遇している?」

 柳也は慄然とその言葉に聞き入った。

 自分と同じ力と過去に遭遇している。それはつまり、この世界にも……。

「うむ」

 オールド・オスマンは重々しく頷いた。

 彼の脳裏では、四〇年前に自分を救ってくれた男の顔と、彼の持っていた破壊をもたらす杖の力が思い出されていた。

「私はかつて、おぬしと同じ力を使う者に命を救われたことがある。おぬしのその力、それは……」

「永遠神剣」

 オスマン老人の言葉を遮って、柳也は淡々と言った。

 偉大なる魔法使いと、炎蛇のふたつ名を持つメイジの双眸が、鋭く輝く。

 柳也は残忍に微笑んだ。

「そんな経験を持つあなたが相手では、もう、誤魔化せないな。正直に話そう。

 力の名は原生命力マナ。それをオーラフォトンという破壊のエネルギーに変えられる俺は、エトランジェと呼ばれる存在だ」

「エトランジェ?」

 聞き慣れない異世界の単語に、オールド・オスマンが怪訝な表情を浮かべた。

 そんな彼らに、柳也は昨晩才人に説明した時と同じフレーズを用いて言った。

「二つ、意味がある。一つは外人部隊。もう一つは……異界より来訪せし、化け物という意味だ」

 柳也は酷薄な冷笑を浮かべて、二人の魔法使いに右手を見せた。拳骨を作る。

 〈決意〉に命じて、この部屋のマナを集めさせると、あっという間に、拳を覆うように精霊光の盾が出現した。

「オーラフォトン・シールド。この小さな光の盾は、高密度の原始生命力を高速回転させて作っている。この盾はあらゆる攻撃を防ぎ、またこの盾を敵に叩きつければ、鉄の鎧だろうが巨大な土壁だろうが破壊することが出来る」

「ギーシュ・ド・グラモンのゴーレムを破壊したのも、この技じゃな?」

「そうだ。この力、まさに化け物だろう?」

 拳に集束させたオーラフォトンを消した。

 精霊光の生成には多量のマナを必要とするが、もともとマナの豊富なハルキゲニアでのこと、短い時間であれば消耗はほとんどない。

 学園長室に、重苦しい沈黙の時が流れた。

 コルベール教員は畏怖と興奮の入り混じった眼差しを柳也に注ぎ、異世界からやって来たエトランジェは黙然と目の前の老人を見据えた。

 そしてオールド・オスマンは、重たげな唇をゆっくりと動かした。

「……異界より来訪せし化け物と、そう言うたな?」

「ああ」

「それはつまり、この世界とは違う、別な世界からやって来た、ということじゃな?」

「ああ」

「同志リュウヤよ、一つだけ、教えてくれ」

 オールド・オスマンは柳也の黒檀色の眼差しを真っ向から受け止めた。

「私は、まがりなりにもこの魔法学院の学園長をやっておる。私には、この学院に通う生徒達の安全を守る義務がある。ために、そなたの胸の内を知りたい。

 同志リュウヤ、おぬしはその力で、何を求める? おぬしはこの世界で、その力をどう使う?」

 真摯な眼差しと、真摯な問いかけが、柳也の耳目を打った。

 学園の長として、生徒達を守るために。桜坂柳也という男の安全性を測ろうとする老人の目には、強い決意の炎が灯っていた。もし、目の前の男が、永遠神剣という強大な力の矛先を学園の生徒達に向けるつもりならば、己の一命を賭してでもこの男を殺す。そんな断固たる決意を、他ならぬ決意の強さを力に変える神剣を通して感じた柳也は、テーブルから降りた。

 この男は戦士だ。目の前の男の異常性を知った上でなお、己に課せられた義務を果たすため、一戦を辞さぬ覚悟を決めた、筋金入りの戦士だ。尊敬に値する戦士だ。そんな男に対しては、自分も取るべき態度がある。

 背筋を伸ばし、姿勢を律し、黒檀色の双眸に鋭利な冷徹さを宿して、彼は口を開いた。

「何も望まないし、何も求めない。少なくともいまは、この力を、降りかかる火の粉を払うため以外に使うつもりはない。あとは、まぁ……」

 柳也はそこまで言って、照れくさそうに頬を掻いた。

「この世界で出来た大切な人のため以外に、使おうとは思わないね」

 人一倍プライドが高くて、誰よりも頑張り屋のご主人様。有限世界で犯してきた己の所業を知ってなお、自分に弟子入りを志願した少年。こんな自分を尊敬してくれた金髪のメイジ。シエスタ。マルトーコック長。アルヴェーズの食堂のみんな。頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えるいくつもの顔、顔、顔……。

 気が付けばこの世界で出会った人達のことが、自分は好きになっていた。

 いつかは別れねばならない彼らのことを、いつの間にか大切に思うようになっていた。

 かつてファンタズマゴリアで戦っていた時と同じように、彼らを、彼らと一緒に過ごす時間を、守りたいと思うようになっていた。

 柳也はいつしか笑みを浮かべていた。穏やかな笑みだ。優しい微笑みだった。
 
「……そうか」

 柳也の返答を聞き、男の浮かべる微笑を見たオスマン老人は、呟いて、安心したように溜め息をこぼした。

 肩の力を抜き、背もたれ付きの椅子に身を預ける。

 深い安堵の態度は、柳也の返答を信じてくれた証だった。

 椅子に深々と腰掛け、目を閉じたまま、オールド・オスマンは呟く。独り言のように。柳也に語りかけるように。

「いまから三〇年も昔のことだ。イリギース領ロッホネスの村近くの森にワイバーンが出没し、私は討伐隊に組み入れられた。ワイバーンは強力で、討伐隊は瞬く間に壊滅した。私も深手を負った。逃げる私を、ワイバーンは執拗に追いかけた。そんな窮地を救ってくれたのが、私の出会った永遠神剣の契約者だった。彼は持っていた杖を振るうと、見たこともない魔法を使ってワイバーンを吹き飛ばした。そして、ばったり、と倒れてしまった。彼は怪我をしていたのじゃ。私は彼を学院に運び込み、手厚く看護した。しかし、看護の甲斐なく……」

「死んだ、か……」

「うむ」

 オールド・オスマンは静かに頷いた。

 コルベール教員は興奮した様子でその話に聞き入っている。

「私は彼の使っていた永遠神剣を、この部屋の下の宝物庫にしまいこんだ。どうやら私には資質がなかったらしく、神剣は何も語りかけてはこなんだよ。私は恩人の形見に、“破壊の杖”と名前を付けた」

「その、神剣士は、他には何か言っていなかったのか?」

 オールド・オスマンはかぶりを振った。

「おぬしが元の世界に戻る手がかりになるようなことは何も。ただ、彼はベッドの上で、死の間際に何かメモを残した」

「メモ?」

「これじゃ」

 オールド・オスマンはテーブルの引き出しから古びた羊皮紙を取り出した。羊皮紙には数行に渡って短い文字の羅列が並んでいた。その文字列を見て、柳也は愕然とした。

「私には読めなかった。どうやらこの世界の言語ではないらしいが……」

「……〈殲滅〉は〈破壊〉の分身。私が死んだ後〈殲滅〉がカオスのエターナルどもの手に渡るようなことになれば、パウリコスカは本来の力を取り戻し、ロウのエターナルを苦しめる。誰かいないだろうか。死にゆく私の代わりに、イャガ様に〈殲滅〉を届けてくれる者は……」

「なんと!?」

 オスマン老人が目を見開いた。これまで誰一人として読めなかった恩人の遺言を、目の前の男はすらすらと読み解いてしまった。

 柳也はオスマン氏を見た。

「これは、英語だ。俺の生まれた世界の、言葉の一つだ」

「すると、おぬしと彼は……」

 柳也は慄然と頷いた。

「どうやら、俺とその恩人とやらは、同郷らしい」

 柳也は羊皮紙を握り締めて呟いた。

 オスマン老人の肩で、モートソグニルが、ちゅう、と鳴いた。





「その永遠神剣が眠っているという宝物庫とやらが見たい」

 学園長室から退室するに際して、柳也はオスマン老人にそう言った。

 オールド・オスマンは、「規則ゆえ中を見せるわけにはいかぬが」と、言って、ヒップ・ラインの魅力的なミス・ロングビルを呼ぶと、彼女に柳也を案内させた。

「ここが当学院の宝物庫です」

 自分の尻を狙う柳也のことを警戒しているのか、ミス・ロングビルは褌の男と一定の距離を取りながら、宝物庫の出入口を守る鉄の扉を見せた。

 自業自得といえばそれまでだが、さすがに先ほどはちょっとやりすぎてしまったかと、距離の隔たりを見て柳也は少しだけ反省した。あくまで少しだけ、だ。ミス・ロングビルにも罪はある。彼女のあの尻は、存在そのものが罪だ。あのヒップ・ラインは、男であれば誰もが情欲をかきたてられてしまうほどに素晴らしい。あんな尻を見せられて手をわきわきさせない奴がいるとしたら、それは男ではない。

 柳也は示された鉄の扉を、しげしげ、と眺めた。

 分厚い扉だ。太い閂がかかっており、閂はこれまた巨大な錠前で守られている。

 ――この向こう側に永遠神剣が……。

 柳也は鉄の扉を何回かノックしてみた。重い響き。どうやら相当に重いらしく、叩いた時の振動がまったく感じられない。

「この扉には固定化の呪文がかけてあるのです」

 ミス・ロングビルが誇らしげに言った。

「固定化の呪文は物質の劣化を防ぐ魔法で、これをかけられると、パンは腐らなくなり、鉄は錆びなくなるのです」

「ほぉ……」

 物質の化学変化を防ぐ魔法、ということだろうか。

 ミス・ロングビルの説明を聞きながら、柳也は扉や壁を、ぺたぺた、と触ってみる。掌から〈戦友〉を寄生。探らせてみて、驚いた。扉と壁を構成している分子の一個々々に、何らかの力で形成されたバリアが張られている。なるほど、並の魔法攻撃や化学変化は、このバリアを突破しない限り効果がないということか。なかなか強力なバリアだ。自分も、ちょっとでも気を抜けば寄生させた〈戦友〉の一部が消滅しかねないほどの出力だ。ミス・ロングビルの自信の根拠はここにあるのか。

「まさに鉄壁の守りと言えるでしょう。この学院の宝を守るのに相応しい部屋です」

「……はたして、そうでしょうか?」

 なおも続くミス・ロングビルの誇らしげな物言いに、柳也は思わず呟いた。

 自信を持つのは結構なことだが、何事も過剰ではいけない。過剰な自信は心に慢心を生み、時としてとんでもない失敗の原因になりかねない。柳也はそれを諫めるつもりで、口を開いた。

「俺は盗みのプロではないから、その辺りは何とも言えませんが、壊すだけならば、不可能ではないと思います」

 相棒の永遠神剣に探らせてみたところ、鉄の扉は厚みが三十センチ、壁は一メートル近くあるようだった。ちょっとした要塞並の防御力だが、かといって絶対に破壊出来ないというほどではない。自分のような神剣士ならば数人、強力な火器で武装した現代の軍隊ならば一個大隊も投入すれば破壊は十分に可能だ。時間が掛かってもよいならばハルケギニアの人間でも出来る。力自慢の人手を募ってハンマーを持たせてやればいい。

「一見したところ、この壁や扉には、その固定化の魔法以外は施されていない様子。物理的に強力な力や現象に対しては、ある一定のレベルまでしか耐えられない可能性が高い。たとえば、膨大なエネルギーを拳大の一点に集中する技術があれば……」

 そこまで口ずさんで、柳也は口をつぐんだ。

 いけない。調子に乗りすぎると喋りすぎるのは自分の悪い癖だ。見知った人間ならばともかく、初対面の人間に対する諫言としては、これで十分だろう。

 そう思い彼女の方を振り返った柳也は、ぎょっ、とした。

 振り向いたその先で、ミス・ロングビルは妖艶に微笑んでいた。

 男が一〇人いれば一〇人ともが思わず微笑み返してしまいたくなるような、魅力的な微笑。だがその双眸に凶悪な輝きが灯っているのを、柳也は見逃さなかった。

 強烈なデジャヴ。あれと似た眼差しを、自分はよく知っている。はたして、それはどこで見たんだったかと思考を巡らせ、彼は愕然とした。

 ミス・ロングビルの眼差しは、強い敵を前にした自分が放つ眼光と、同じ輝きを放っていた。





 石畳の廊下を歩いてルイズことるーちゃんの部屋へと向かう途中、柳也は唐突に背後から声をかけられた。

 ふり返ると、石造りの廊下の奥に一人、見知った顔が立っていた。〈決意〉のお気に入り、タバサ嬢だ。

 柳也は相変わらずの慇懃無礼な態度でにこやかに笑った。

「俺に何か用ですか?」

「あなたに、話がある」

 身長も低く、体格も小柄だ。しかし眼鏡越しに見つめてくる眼差しは、巨漢の自分を前にしていささかのひるみもなく、真っ直ぐな瞳には好感が持てた。

「着いて来て」

 素っ気無く呟いて、タバサは踵を返した。

 勿論、自分はまだ返事をしていない。しかしそもそも返答如何など関係ないとばかりに行動する毅然としたその姿は、柳也の好みに合致していた。

「喜んで、お姫様」

 柳也は莞爾と微笑んで、その背中を追った。





 同じ頃、柳也が去った後も鍛錬を続けていた才人とギーシュは、師は今日はもう戻ってこないだろうと見当をつけ、稽古を切り上げて寮への帰路に就いていた。

 当然ながら魔法学院の学生寮は男女別だ。ルイズの部屋で寝泊りしている才人とギーシュとでは帰り道は別方向だったが、二人は途中まで並んで歩くことにした。

 男子学生寮の玄関に近付くと、そこには小柄なシルエットが立っていた。栗色のマントに、栗色の長い髪。一年生の女生徒だ。

 どこかで見た覚えがあるな、と才人が怪訝に思った直後、隣のギーシュが、茫然と呟いた。

「……ケティ」

「ギーシュ様……」
 
 ギーシュが名前を呟いて、相手もギーシュの名を呼んだ。

 その瞬間、才人は思い出した。ケティというのは、ギーシュの恋人の名前だ。あの決闘騒動の原因の一つとなった、女の子だ。

 才人は隣のギーシュとケティの顔を交互に見た。

 恋人同士がこれから甘いひと時を過ごそうと思っているにしては、やけに緊迫した様子だ。

 ギーシュは緊張から表情を硬くし、他方、ケティの方は、藍色の瞳に、強い決意の炎をたたえている。

 もしかして別れ話だろうか。あの決闘騒動の直後だ。その可能性は高い。

「……俺、邪魔みたいだから行くな?」

「あ、ああ」

 とばっちりを喰らってはたまらない、と才人は足早にその場を立ち去った。

「お話があります」

と、凛としたケティの声がギーシュにかけられるのを、才人は背中越しに聞いていた。




<あとがき>

 熟女は男達の永遠のロマンである。

 はい、ゼロ魔刃、EPISODE:09、お読み頂きありがとうございました。今回の話はいかがでしたでしょうか?

 前回のEPISODE:08が、説明口調ばっかの回でしたので、同時掲載です。

 ダンブルドア先生との初対面。そして、この世界にも永遠神剣がある、という柳也にとっては衝撃の事実。

 はたして、これから柳也は、才人は、るーちゃんはどうなるのか? そしてミス・ロングビルのヒップ・ラインは、誰の手にゆだねられるのか!?

 次回もお読みいただければ幸いです。

 ではでは〜




いや、見事に可笑しな方向に話が進んだな。
美姫 「その被害を喰らう事となったロングビルには同情するわ」
まあ、でも柳也らしいと思えてしまうな。
美姫 「そんな柳也にタバサは何か用があるみたいね」
柳也というよりも決意の毒牙に掛からなければ良いけれどな。
美姫 「ギーシュの方も緊迫した様子だし」
次回がとっても気になります。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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