注)このSSは独自の設定に基づいて構成されています。原作とはまったく違う設定で書かれておりますので、そういったものが嫌いなお方はプラウザの『戻る』を押して下さい。それでも読んで下さる奇特な方は、どうぞ下へとお進み下さい。

 

 

 

 

 

テレビを見る時は部屋を明るくして離れて見てね(笑)

 

 

 

 

 

――海鳴市・稲神山――

 

 

 

 

 

華龍との戦いより3日後。

川のせせらぎに耳を傾けながら、不破はまったりと釣りを楽しんでいた。

否、釣る事を目的としていないのだから、正確には“釣り”とは言わないのかもしれない。

釣り針は普通の縫針で、フック状になっていなければ、餌もない。

ただこうして水面に糸を垂らし、森羅万象と一体になって自然の声に耳を傾ける。

ある種、仙人や老人に近いこの行為こそが、彼にとっては趣味であり拠り所でもあった。

それを邪魔したくないのだろう。

不破と共にテント暮らしをしている男……闇舞北斗は、同じく趣味であるフルートを吹くべくそそくさと山の奥の方へとバイクを飛ばしていった。

 

『そうやって体を休めるのもいいだろう。ただでさえ、短期間のうちに3回も変身したんだ。あと1週間内に1回でも変身したら1ヶ月は寿命を縮めるぞ』

 

去り際に言っていた北斗の台詞。

不破はそれを思い出して、自身の胸にそって手を当てがう。

ただそれだけ……服の上から触れただけで、ズキンと鈍い痛みが走った。

耐えられないほどの痛みではない。

だが、顔をしかめる不破の表情は重かった。

 

「……あと、半年はいけるか」

 

果たして、それは何を指しての言葉だったのだろうか。

ふと、釣り針を水面より離した不破は、おもむろに立ち上がってXR250の元へ向う。

釣ることを目的としていない釣りに飽きたのか、それとも気晴らしに街へでも出かけるのか?

エンジンをキックすると、彼の姿は瞬く間に見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

Heroes of Heart

〜ハートの英雄達〜

第五話「陰謀」

 

 

 

 

 

 

――????――

 

 

 

 

 

「牙龍よ…」

「はっ」

 

突然の大祭司の呼び出しに、牙龍はダブルスーツ姿で現われた。

本来ならば人間の使う衣装ではなく、彼ら龍臣の正装に着替えて対応するべきなのだろうが、時間的な都合もあり、それは出来なかったようだ。

大祭司もそれを知ってか、牙龍の奇妙な格好に対して何も言わない。人とは違う彼らにとって、人間の着る衣装は奇妙奇天烈という印象しかなかった。

 

「ここに呼ばれた理由……分かっておるだろうな?」

「はっ。例の人形の件ですね」

「うむ」

 

仮面に隠された大祭司の表情は読めない。

ただ、どこか苛立ちにも似た感情が仮面と顔とのちょっとした隙間から外まで漏れ出ているのを、牙龍の鋭敏な感覚は捉えていた。

無理もない……と、大祭司がここまで憤怒する原因を考えて、牙龍は思う。

すでに主要メンバーである龍臣10名のうちの2名を失い、針龍らに与えた龍魔も50体以上の死亡が確認されている。一応、『断魂』の成果はそれなりに上がっているが、ただでさえ戦力的に不足している自分達にとって、この消耗はかなり大きい。

 

「お言葉ですが大祭司。時代は刻一刻と変わっております。すでに大陸の民族に知恵を与え、文明を築いてやった時代は過ぎ去り、4000年もの時が経っております。夜空を見上げれば、死人と化した星すらあるではありませぬか」

「…………そうであったな。して、報告を」

「はっ」

 

牙龍はここ10日あまりで自分達の身辺を嗅ぎ回っているという人形(・・)についての報告を始めた。

いつの間にか、その場には針龍、華龍を除いた他の7人も集まっている。

 

「例の人形を調査する際、私は彼の者と関係のありそうなネメシスと名乗る異形の戦士。そして、デルタハーツなる有象無象の衆を追跡しておりました。残念ながら人形に関してのめぼしい結果はまだ出ておりませぬが、しかし、件のネメシスについては有益な情報が手に入りました」

「ほぅ。して、それはどのような?」

「はっ。人間達には新聞という情報媒体がありまして、それらの過去の記事の中に、興味深いものがあったのです」

 

言って、スーツのポケットから一枚のA4コピー用紙を取り出す。

大祭司に差し出し、献上すると、彼はゆっくりと読み始めた。

人間の書き物自体、彼らには珍しいのだろう。しきりに「ふむ」とか、「ほぅ」とか、呟いている。

やがて、すぐ傍の祭壇と思わしき台座の上にそれを置くと、大祭司は――

 

「『仮面ライダー』、か……」

「もし、ネメシスが、自ら名乗りを上げた通りに、これらと同様の存在だとすれば、ちと厄介な存在です。なによりあやつは――」

「『力』であろう?」

「はい。針龍も華龍も、“魂から逃れし龍”とならずに死に絶えました。これは、我らと同質の力による殺戮でなければ起きぬ現象」

「いずれにしろ、人形とネメシスとやらが繋がっているとすれば厄介であるな。……“角龍(かくりゅう)”!」

「何用でありましょう?」

 

声の主は巨漢だった。

大柄な体格に岩を削ったような顔。それと対照的に、高音の美しいテノールが暗い洞窟に響き渡る。

 

「“暴竜作戦”はどうなっておる?」

「すでに準備は整っております。人間が発明した“てぃーえぬてぃー”とやらで、必ずや成功させてみせましょう」

「うむ…。聞け、皆の衆!」

 

大祭司の声に、その場にいる全員の背筋が伸びる。

 

「我らが神の復活まであと893人分の魂が必要だ。もっと良質な魂を、数多くの魂を東の空に献上するのだ!!」

『承知!』

 

幽冥の底より聞えてくる龍達の雄叫び。

雄々しく響き渡ったそれは、まさに大地を揺るがさんとする力であった。

 

 

 

 

 

――海鳴市・高町家――

 

 

 

 

 

平日の昼前。藤見町にある高町家に、さざなみ寮の面々が訪ねてきた。

三日ほど前から連日で泊まっている美由希も一緒である。

主不在の邸宅で一行を向かえたのは、先日華龍との戦いで傷を負った晶とレンだった。

 

「どうぞ〜」

「粗茶ですけども」

「ん、ありがとう」

 

体の各部に包帯を巻いた晶と、別段いつもと変わらない態度でレンが盆を持ってくる。

受け取ったさざなみのメンバーは口々に賞賛の言葉を述べた。

料理人でもある彼女達としては嬉しいのだろう。晶とレンは、どこか照れ笑いだ。

しばらくして、翠屋から家長である桃子と、高町家長女的存在のフィアッセ・クリステラも帰ってきた。

さらに、二階から高町家最年少かつある意味最強の少女……なのはも降りてくる。

一同が集ったリビングは、まるで男湯のサウナ状態であった。

無駄に熱く、無駄に湿度が高い。

加えて、全員無言である。話す話題がないゆえの沈黙ではない。緊張からくる沈黙だ。

大人達の態度から場の空気の正体を悟った子供達も、一言も口を聞こうとしない。

 

「……とりあえず、御用件は」

 

本当にとりあえずといった感じで、桃子が言う。

目先の話題を探したかったのだろう。

いつもはこちらからさざなみに出向いている分気楽であったが、今日はその逆だ。何かよからぬ事でも起こったのかと、人生経験豊富な彼女をして緊張は隠せない。

 

「えっと、何と言いますかその……」

 

煮え切らない態度の耕介。

相変わらず嘘がつけない人だな、と苦笑しつつ、桃子は同じ質問をもう一度だけする。

すると、今度は耕介ではなく美由希が、

 

「かーさん、わたし、耕介さん達のところに入ったんだ」

「…………え?」

 

桃子の表情が一変した。

驚愕の表情を浮かべたかと思うと、恐慌し、やがて脳が情報を処理しきれず沈黙する。

フィアッセ達は意味が分からなかったようで、桃子の変化に戸惑いを隠せずにいた。

 

「み、美由希…それってまさか――」

「かーさんの想像通りだと思う」

 

もう10年近く前、まだ志郎が健在だった頃に交わした会話が、鮮明に甦る。

 

『今、スカイフォースの方で新しいプロジェクトが進行しているらしい』

『ちょっと! 布団の中でそういう話は遠慮してほしいんだけど』

『いや、すまんすまん。ただ、これからの将来にも関わってくる話だから』

『え?』

『“スカイフォース”の改革は知ってるだろ?』

『う、うん』

『その時にさ、名称を国際空軍UAに変えると同時に、この海鳴にも特殊機関の設立を検討されているらしい。それで、香港警防隊の“樺一号”からの推薦でそこの第一支部長になってほしいって話なんだ』

『ふぅん』

『今までよりも安定した収入が入るし、勤務時間が決められているから翠屋の手伝いもしやすい。悪い話じゃないと思うんだが……』

『迷ってるの?』

『……正直なところ、俺はその手の後輩を率いる立場に慣れていないからな』

 

結局、あの後志郎は『イギリスの事件』で帰らぬ人となり、とうの特殊機関もその“樺一号”とやらが初代支部長になったと、桃子は聞いていた。

もっとも、その特殊機関の本部の所在や組織構成などの機密情報までは知るはずもなく、娘の友人がそこに所属していることを知ったときは、大変驚いたものだ。

しかし、まさか美由希までもがその機関に直接関わりを持つことになるとは……。

呆然とする桃子の隣で、ある程度の事情を知る彼女と違ってまったく事情を知らないフィアッセ達は、耕介達から簡単に自分達の組織のこと、デルタハーツのことなどの説明を受けていた。

耕介からの説明を聞き終えた彼女達は、不安げな視線を美由希に注ぐ。

 

「…それで、美由希はどうしたいの?」

 

透き通ったようなフィアッセの声。声色にはそこはかとない不安が滲んでいる。

美由希は、少し困ったような顔をして、

 

「出来れば、このまま続けたい」

 

と、言った。

その言葉に、桃子の心は大きく揺さ振られた。

美由希は決して頭の悪い子ではない。そう決意するまでには、長い苦しみの時間があったことだろう。

美由希の考えを大切したいという想いと、危険なことはさせたくないという想い。

どちらも、母としての願い。

志郎、恭也と続いて目の前から家族が失われている現実を知っている桃子は、なによりも先に目の前からまた家族が消えてしまうかもしれないという不安と恐怖に襲われた。

やがて、やっとの思いで絞りでた言葉も、

 

「そう」

 

という、いくらでも解釈できる言葉だった。

桃子は悩み、迷っていた。

それをみな感じ取ったからこそ、誰も何も言わなかった。

 

 

 

 

 

――生田市・紀野駅――

 

 

 

 

 

駅前のベンチに腰を降ろして、不破は先刻買った雑誌・月刊『盆栽と私』を読みふけっていた。

ページを捲るごとに様々な盆栽のピンナップ写真が現われ、軽い紹介文を一字々々辿るその都度、不破は細く微笑む。

いったい何を読んでいるのだろうと、好奇心旺盛な仕事帰りのサラリーマンが背後から覗き見ると、彼はひきつった笑みを浮かべた。

背後からの視線を感じた不破が、目つきも鋭く振り返る。

 

「なにか?」

「い、いえなんでも……」

 

見た目20代前半の青年。端整な顔立ちと長身で、しかも全身黒尽くめ。そして読んでいる本は『盆栽と私』。

シュールな光景だった。

 

「……む」

 

再び背後からの熱視線。

一瞬、敵かと思って身構えるが、その正体を知って警戒を解く。

視線の主は女性だった。

明らかに敵意も殺意もない、ただの一般人。

危険のないことを悟った彼は、気を取り直して再び雑誌に視線を落とす。

しかし、どうも落ち着かない。

理由は簡単。視線の数が増え、四方八方から放たれている。それはもう、熱烈な女性の視線が。

不破は少しだけ首を上げ、視線の方向を一瞥すると、ビクリと震えた。

ひとりの女性が、まるで獲物を狙う狩人の如く瞳を輝かせている。

 

(……移動しよう)

 

雑誌をザ“バサリ”と閉じて、青年は傍らに駐車していたバイクに跨った。

 

(きっと、あのベンチに座りたかったんだな)

 

まったく検討外れなことを考えつつ、彼はバイクのエンジンをキックしようとして――突如として背筋に走った悪寒にも似た震えを感じ、辺りを見回した。

視界の中を街の喧騒が埋め尽くす中、10メートルほどの距離を隔てて、不破はその男を見つけた。

ロングコートを羽織った、巨漢だった。2メートル近くはあろうかという長身が目を引くが、それ以外は何の変哲もない普通の男である。今時2メートルの身長は、珍しいものではない。

だがしかし、不破は巨漢から目を離すことが出来なかった。

男の全身から、この場にいる全員を殺してもなお余りうるほどの、膨大で、しかし巧妙に隠された殺気を感じ取ったのだ。

不破は、精神を統一して彼を見た。

武器と思わしき物は持っていない。コートも、何の変哲もない市販のものだ。

別段怪しいところはない。しかし、この殺気はどうだ。

不破は観察を続けた。

駅に設置された大きな時計を見詰め続け、男は動かない。

何か、重要な待ち合わせでもしているのだろうか?

 

「あと十五分か……」

 

ひどく小さなテノールの声が、不破の耳膜を短く打つ。

男との距離は20メートルほど。

普通の人間ならば、聞えるはずのない距離。

しかし、不破の超感覚は確実にそれを捉えていた。

刹那、男から放たれていた“殺気”が、明確な“殺意”に変わった時、不破はもう駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

――海鳴市・高町家――

 

 

 

 

 

折角訪ねてきたのだからと、耕介達はレンとフィアッセにより半ば強引に昼食をご馳走になっていた。メンバーは病院から来た愛達も含まれており、槙原一家全員が揃っている。

とはいえ、最年少である勇也と愛歌は、高町家最年少のなのはから見れば弟や妹のような存在である。

幼い母性本能がくすぐられたのか、なのはは勇也、愛歌と談笑している。

微笑ましく、穏やかな光景だ。

一方、デルタハーツ入りを希望する娘の思いを知った桃子の胸中は、穏かとはほど遠かった。

心配そうに見つめるフィアッセ達の視線も、まったく知覚の外である。

このまま店に出ても仕事にならないだろうとの配慮から、翠屋は臨時休業となった。まぁ、店長とチーフである2人が、耕介達から呼び出された時点で休業は確定していたようなものなのだが。

 

「桃子…」

「ごめんフィアッセ。今は、ちょっと話し掛けないで」

 

独り悩み続ける桃子。

耕介がフィアッセの肩を掴み、無言で首を振る。

“悩む時はとことん悩め”。それが耕介の持論だった。

今でこそ特殊機関さざなみの長官をしている耕介だが、学生時代は荒れており、当時九州地方最大の暴走族の特攻隊長をしていた頃もある。

ガキの遊びとはいえ、暴走族というのは半分裏社会に足を突っ込んだ者達だ。頼れる人など誰もいない。いつ、後ろから刺されるか分からない世界。

そんな世界に身を置いたがゆえに彼は知っていた。

彼とて当時は高校生。悩みの1つや2つはある。しかし、誰にも相談する人はいない。ならば、自分で悩んだだけで、答えを出すしかない。

悩む時はとことん悩んで、それでも答えが出ない時はもっと悩め。

悩んで、悩んで、悩みまくって、たとえ答えが出なかったとしても悩め。

あとは気付くかだけ。そこまで悩めば、すでに答えは出ているはず。

自分がどうすべきか、またはどう行動すべきか。

 

「美由希……」

 

不意に、静かな、けれどもはっきりとした声で桃子は言った。

那美と談笑していた美由希は振り向くと、桃子の真剣な表情を見ておのずと背筋を伸ばす。

 

「かーさんね、沢山悩んだよ。だって、道は違っても美由希が父さん達と同じような事をするって言うんだもん。…かーさん、絶対反対だよ。でもね、美由希の気持ちも理解してるつもり。美由希がやりたいことは、かーさんもやらせてあげたい。でも、美由希に危険な真似はさせたくない。我が侭だよね」

「そんなこと……」

 

言いかけた言葉を、桃子が目で制す。

 

「だから、1つだけ約束して。必ず、帰ってくるって。ちゃんと帰って、ご飯を食べて、眠って……この家に戻ってきて」

 

美由希のやろうとしている事は、かつての志郎や恭也が行っていた事以上に危険で、死臭が付き纏う仕事だ。敵は人間の常識がまるで通用しない、異形の怪物達だ。人間を相手にする仕事よりも、よっぽど辛い戦いになるだろう。

そんな過酷な戦いを前にして、剣を執らぬ自分には何もすることが出来ない。

美由希と同じ舞台に立って、一緒に戦うことは自分には出来ない。

だったら、自分に出来ることはいったい何があるだろう?

……帰れる居場所を作ってやればいい。

美由希が安心して帰ってこられる、家。

戦士達が疲れを癒し、その羽根を畳める安息の場所。

 

――優しい想いは好きですか?

 

――一緒に暮らしてくれますか?

 

――あなたの居場所は、わたしが守ります。

 

それが高町桃子の出した結論だった。

母親として出した、最善であり最大の妥協をした解答。

 

「……絶対に、帰ってくるのよ」

 

桃子の言葉に、美由希は力強く、

 

「うん」

 

と、笑顔で答えた。

 

“ビーッビーッビーッ!”

 

突如として那美達のブレスが鳴り響き、耕介達のケータイに電話が入る。

聞くと、それは警察からの連絡だった。

海鳴市の隣の生田市に『龍』が出現したと言うのだ。

生田市は、さざなみの管轄地域だ。

デルタハーツの5人は頷くと、一斉に駆け出す。

――と、桃子が、

 

「美由希!」

「なに?」

「行ってらっしゃい!」

「……行ってきます!」

 

答える美由希の顔は、晴れ晴れとしていた。

 

 

 

 

 

――生田市・紀野駅――

 

 

 

 

 

「はぁっ」

 

ネメシスの右手の小太刀が、戦闘体となった角龍の右胸を切り裂いた。

皮膚を数枚しか削らないような浅い斬撃ではない。小さく、しかし全体重を乗せた鋭い踏み込みから放たれた、音速にも匹敵する斬撃だ。

しかし、そんな痛みなどないかのように、角龍は接近し、ネメシスを跳ね飛ばす。

 

“ドガァッ!”

 

「ぐ…」

 

その衝撃は、全力疾走で突撃する犀の体当たりのそれよりなお重い。

角龍は典型的パワーファイターだった。

攻撃は単純だし俊敏性もあまり高くない。だが、その一撃は強力で、ネメシスの胸部装甲を一発でへこませるほどの威力を有している。特にタックルは強力だ。

人間と龍とサイが混ざったような姿の角龍は、頭部に大きな角を生やしている。

あれを勢いつけて刺されれば、ネメシスとて無事では済まない。

吹き飛ばされた反動を利用し、ネメシスは角龍の角に向ってキックをする。

一対一の戦闘の場合、なによりも相手の武器を無力化させることは、実戦において重要なことだ。

見るからに凶悪な角は、ともすればネメシスの強靭な肉体をも貫く矢でしかなりえない。

決して、かつて太陽の神アポロに妖精ダフネへ恋をさせた金色の矢にはならない。

ネメシスのキックで、角龍の角は粉砕される……はずだった。

 

「ぐぁぁぁぁぁあああっ!」

 

悲鳴を上げたのはネメシスだった。

あろうことか、角龍の角は白熱化し、蒸気が吹き出ていた。

 

「くっ」

 

ネメシスがニードルを投擲する。

しかし、ニードルは角龍の体に触れるなり、ドロドロに溶けてしまった。

どうやら、角だけでなく体中が遠赤外線を放出しているらしい。

 

「ネメシスとやら。貴様は俺が察するにパワーファイターとの戦闘を苦手としている。貴様の戦い方は技で敵を翻弄し、止めを刺そうという傾向が強い。しかるに、俺のような“小手先だけの技”が通じぬ相手には防戦一方となる」

 

高音のテナーの声。

吐き出す息までが蒸気となって大気に溶ける。

 

「……小手先だけの技?」

 

ネメシスは立ち上がる。

 

「ならば、大技を使ったらどうなるかな?」

「なに?」

「フッ」

 

ネメシスは地面を蹴った。跳躍したまま、もう一振りの小太刀を抜き、角龍の斬りかかる。

 

「効かんっ!」

 

白熱化した左腕を盾にし、右腕でカウンターを狙う。

 

“ズガガガガガガガガッ!”

 

普通の斬撃とは違った音に、角龍は頭上に疑問符を浮かべた。同時に、鋭い痛みが全身を駆け巡る。

表面ではなく、内側からの痛みだった。

しかし、それは角龍に耐えられないほどの痛みではない。

 

「内部に衝撃を透す攻撃か! しかし、俺には効かんぞ!!」

「どうかな?」

「!?」

 

ネメシスの追撃。

角龍のカウンターよりも少しだけ速く、もう一振りの小太刀が先刻の斬撃の箇所に、まったく同じ攻撃をする。

すなわち、御神で言う徹の重ね技……“雷徹”。

例えばネメシスの攻撃を10としよう。

同じ10のエネルギーを、同じ点に叩き込めば、10+10で、総合的な威力は20になるか?

否。10+10ではなく、10×10となり、解は100となる!

 

「ぐぉぉぉぉぉおおおっ!」

 

角龍の皮膚に亀裂が走る!

全身から発する熱波によって他者を近づけぬ白色の鎧は、しかし自身が発する熱のために、皮肉にも強度を大きく損ねていた。

角龍はネメシスを侮っていた。

『これだけの熱量だ。近付けるわけがない』と。

しかしネメシスは、無謀にも角龍に近付き、あまつさえダメージを負わせたのだ。

 

「バ、バカなッ! 貴様、痛くないのか? 傷つくことが恐ろしくはないのか!?」

「違うな。痛みは恐怖ではない。痛みなら……ただ、耐えればいい」

「…狂っている! 貴様は死ぬのが恐くないのか?」

「……1度死んだ身だからな」

 

言いながら、ネメシスが地面を蹴る。そのまま跳躍して、彼は二振りの小太刀を抜刀した!

一の太刀は亀裂の走った左腕。

二の太刀は無防備な双眸。

三の太刀は頭の角。

四の太刀は胸部装甲の隙間。

超高速の四連撃が、確実に敵を射抜いていく。

最後に渾身の力で重量級の角龍を蹴り上げると、ネメシスは光り出した!

右膝から全身へと広がり、やがて再び右足へと収束されていく。

墜落しつつある角龍に向って、ネメシスは跳躍し、右足を、蹴り上げた!!

 

「カーズド・ライトキック――ッ!!」

 

力の名は水。

季節は冬。

その色は黒。

“呪われた右足”が、総てを眠らせる!

 

「ヒ…ギ……」

 

“グャァァァァァアアアッ!”

 

落下運動によって生じたエネルギーと、ネメシスの放ったエネルギーの重圧に押しつぶされ、角龍の体から嫌な音が鳴った。

 

「……グヌゥ。こ、これで勝ったと思うな」

「……何?」

「クククククッ。すでに我らの計画は整っている。あとは実行するだけよ。あと……1分!」

「何を言っている!?」

「我らよりもはるかに力強く、はるかに巨大な暴竜が、必ずや我らの目的を達成するだろう。不足分の893人分の魂……いや、871人か。東の空の上で、彼の者達が来るのを待っているぞ」

「貴様は……陽動だったのか!? 俺をその場に近付けないための」

「今更気付いても遅い」

「くっ! レッドスター!!」

 

“ドォォォォン!”

 

爆発。

炎上。

総ての存在を眠らせ、安息へと導く炎。

しかし、今はそれを見ている暇はない。

ネメシスはレッドスターに颯爽と跨ろうとして――倒れた。

 

「グァァァァァァァァァァアアアアアアッッ!!」

 

“呪われし力”を使ったことによる代償の痛み。

否、それと同調して、別の痛みがネメシスを走る。

全身の感覚器が過剰なほど鋭敏になり、発狂しそうなほどの苦痛が襲いかかってくる。

体が思うように動かない。頭が痛い。吐き気がする。

不意に、北斗の言葉が思い出された。

 

『そうやって体を休めるのもいいだろう。ただでさえ、短期間のうちに3回も変身したんだ。あと1週間内に1回でも変身したら1ヶ月は寿命を縮めるぞ』

 

この苦痛が、その証明だというのだろうか。

主人の危険を感じ取って、意思を持つバイク……レッドスターは、ネメシスに元に走り、彼を乗せた。

そこまでだった。

ネメシス――不破の意識は、完全に闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

――国守山・山中――

 

 

 

 

 

稲神山と国守山は地続きで、行こうと思えば、山道を通らずに渡ることも出来る。

山中に不穏な気配を感じ取った北斗は、愛機である純白のバイクに跨って山中を探索した。

ほどなくして、それはすぐに見付かった。

11体の龍魔と、何やら巨大な装置。

見付けてくれと言わんばかりにその存在を主張している機械から漂う火薬の臭いに気付いた時、北斗は動き出していた。

まず彼は地面を蹴って跳躍した。勢いに身を任せ、いちばん近くにいた2体の龍魔の首に、時間差で両膝を叩きつけた。

風船が破裂するように、龍魔達の頭部が四散した。

突然の襲撃者の存在に、残った9体の龍魔が迎撃態勢をとる。

しかしその間にも、北斗の攻撃は止まらない。

着地と同時に、別の2体の龍魔の背後に回り込んだ。一斉に龍魔達が持っていた銃器のトリガーを引く。徹甲弾だ。

だが、背後を取られても特に慌てることなく、北斗は落ち着いた様子で2体の龍魔を盾にして、それをすべて防ぐ。通常の銃弾ならばまだ動けたろうが、徹甲弾となれば話は別だ。

無数の弾丸にその身を貫かれ、2体の龍魔は絶命した。

あっという間に4体の同胞を、しかも無手の人間が倒したという事実に、7体の龍魔は動揺する。そこに、隙が生じた。

彼らの持つライフルを警戒してか、北斗は龍魔の急所と思しき箇所に拳を振り抜く。至近距離からライフル弾を撃たれたかのように

1体の龍魔が絶命する。

すかさず持っていたライフルを奪い、最短距離から掃射。

新たに4体の龍魔が絶命した。

残った2体のうち1体は、あの巨大な装置に駆け寄るとなにやら操作を始めた。

10体目の龍魔を倒して、転がっていた巨石をヒョイと持ち上げ、投擲する。

体内で爆弾が爆発したかのように、龍魔はその身を四散させた。

戦闘時間は1分にも満たない。常人よりも遥かに優れ、生命力の強い龍魔を相手に、だ。

その結果は、北斗が一人でデルタハーツ数人分の力を有していることを示していた。

北斗は、そのまま装置に駆け寄った。

インパネ部分を操作すると、先刻の龍魔が時限装置にしたらしく、操作不可能の表示が出ていた。彼が予め予想していた通り、中身はTNT爆弾らしい。パネルを力任せに叩き壊すと、彼は純白のバイクを呼び、急いでその場を離れようとして、立ち止まった。

 

「……居るのは分かっている。出てこいっ!」

 

振り向き様に石を投げる。

握り拳ほどの石は木の枝を粉砕し、そこに隠れていた“彼”の姿を明らかにした。

 

「お前だな? ここ数日、俺のことを探っていたのは」

「気付いていたのか」

 

牙龍は意外そうに、けれども嘲笑うかのように笑った。

 

「貴様らは何を企んでいる! このTNT爆弾をどうするつもりだ!?」

「…すぐに分かる」

「……」

「……」

 

沈黙。

やがて、牙龍が動き出した。

どこからともなく青龍刀を取り出し、北斗に斬りかかる!

北斗は、それを紙一重で躱しつつ、懐から刃渡り1尺ほどの短刀を抜いた。

 

“ギンギンッ…ジャキッ…ギィィィィ……ガキィンッ!”

 

数合、あるいは数十合。下手をすれば数百合。

一瞬の邂逅の間に繰り広げられた攻防は、回を増すごとにより鋭く、より苛烈になっていく。

普通の刃ならばすでに武器として使い物にならなくなっている。

しかし、2人の短刀と青龍刀は刃こぼれ一つしていない。

 

「ふっ」

 

牙龍の意識が刃のみに集中した瞬間、北斗の足払いが牙龍の左足に極まった!

バランスを崩し、体勢を立て直そうと牙龍は後退する。

そこを北斗は、一気に畳み掛けた。

 

「ぐぅっ!」

 

左肩から腰に向って一閃。

血飛沫を撒き散らしながら、牙龍はやっとのことで距離をとる。

 

「いいかげん戦闘体になったらどうだ? こう言ってはなんだが、俺はその状態で倒せるほど弱くはないぞ」

 

誘うように紡がれる北斗の言葉。

そう、華龍、角龍にも龍としての姿があったように、牙龍にも龍としての戦闘形態がある。

牙龍本来の姿であり、彼が最も力を引き出せる姿が。

しかし、牙龍はあえてそれを使わなかった。

 

「いかなる異形の存在とて、人の姿で戦っている以上、人として戦うのが礼儀」

「……気付いていたのか? 俺がただの人間ではないことに」

「愚問だな。僅か1分にも満たない時間で11体もの龍魔を倒した貴様の強さ……誰が見ても、貴様をただの人間とは思うまい」

 

嘲笑うかのような牙龍の言葉。 

北斗は姿勢を低くして、いつでも踏み込める体勢に入った。

その、直後――――

 

“ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ”

 

突然の地鳴り。

国守山全体を揺るがすような地震が、2人のバランスを崩し、距離をとらせる。

 

「!?」

「……始まったか」

「貴様…一体何を!」

「貴様らもこれで終わりだっ!」

 

牙龍の叫び。

北斗は短刀を抜いて牙龍に斬りかかる――!

刹那、

 

“ギャアオオオオォォォォォォ!”

 

まるで地獄から慟哭する悪魔の如き咆哮に、北斗の動きが一瞬だけ止まった。

 

「もらったぁッ!」

「!」

 

一閃。

青龍刀の刃が、北斗の喉元を捉えた――

 

 

 

 

 

生田市の現場に向おうとしていたデルタハーツの5人は、国守山より聞えてきた爆発音に耳を疑った。

瞬間的にそちらを向くと、山から煙が上がっている。

揺らめく黒い煙。

やがて煙の中から、地響きとともに、ぬっと、黒い巨大なシルエットが露わになる。

 

「あああ」

「あ、あはははは」

「嘘……」

「あ、あんなのありかい?」

「で、でかいのだ」

 

各々が感想を口々にする中、巨大な影は咆哮する。

 

“ギャアオオオオォォォォォォ!”

 

果たして、それは悪魔の叫びだったのだろうか。

それに答えられる者は、デルタハーツの中には1人としていなかった。

 

 

 

 

 

――????――

 

「作戦は成功のようだな」

「はい。必ずやあの“暴竜”があとの871人分の魂を東の空へと運ぶでしょう」

 

大祭司の言葉に、白マントを羽織った“甲龍(こうりゅう)”は答えた。

顎にたくわえた立派な白髭を弄りながら、甲龍はこれから起きる阿鼻叫喚を想像して歓喜していた。

 

 

 

 

 

“ギャアオオオオォォォォォォ!”

 

荒ぶる暴竜の咆哮は止まらない。

 

“ギャアオオオオォォォォォォ!”

 

そして、荒ぶる暴竜の破壊も止まらない。

赤き王の名をもつ怪獣は、ついに崩れた岩肌から這い出て、破壊を始めた。

 

“ギャアオオオオォォォォォォ!”

 

身長45メートル。体重2万トン。

まるで骨を思わせる体躯と、骸骨がそのまま肉となったような顔。

どくろ怪獣レッドキングの破壊は、まだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

 

ついに目覚めた赤き王。

最強とまで言われる怪獣はその豪腕でこの世のすべてを粉砕していく。

力を失った男は同じく赤き鷹に乗って立ち向かう。

赤き鷹が堕つ時、光は走った。

 

次回

Heroes of Heart

第六話「巨人」

 

 

 

 

 

 

設定説明

 

“甲龍”

 

身長:255cm 体重:187kg

 

第五話に登場。

龍と人間とサイが合わさったような姿をした龍臣。

典型的パワーファイターで、パワーだけならばネメシスをも上回る。

針龍、華龍よりは断然強いのだが出番の少なさゆえか弱いという感がある。

武器は頭部の角で、3900℃の熱を放出する白熱化の能力を持つ。

一応、“熱波突貫”という必殺技もあるのだが未使用。

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

 

どうも、タハ乱暴です。

Heroes of Heart第五話、お読みいただきありがとうございます。

甲龍の扱いが何気にヒドイです。一話限りの付き合いでしたね。

反省点は、後から気付いたことなんですが、なのは一言も喋ってねぇ!! ですね。

次回、ついに第2のヒーローが出てます(バレバレ)。

予定としては1クール分終わらせた後に中間設定で、人物紹介とかネメシスの設定とかを書く予定です。ですが、予定は未定なんであんま期待せんといてください。






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