『真一郎、御神の剣士となる』

第二十六話 「真一郎、雨宿りをする」

 

今度の連休に真一郎、美沙斗、恭也、美由希、薫、いづみは、鍛錬をする為、神咲家と付き合いがある古流武術の道場で出稽古をすることになった。

そろそろ、美由希に他流との手合わせを経験させても良いだろうと判断した為だ。

護身道組も誘ったのだが、風芽丘護身道部は、今度の連休は他校との合同練習がある為、今回は不参加となった。

薫は真一郎を伴い、その道場に挨拶に行っていた。

「ふむ……あの『御神』と鍛錬できるのは、こちらとしても願ったりですよ……神咲のお嬢」

古流武術……鵡外流の現・当主である穐山大次郎は笑顔で承諾した。

「ありがとうございます、穐山師範」

鵡外流は、剣術と柔術を主に使う流派である。

何代か前に、当時の神咲の当主と鵡外流の娘が結婚し、それ以来、神咲家とは懇意にしている。

だからと言って鵡外流は、『退魔』とはまったく関わりがないのだが……。

古流をやる者として、当然、『御神』のことは聞き及んでいた。

鵡外流も、一昔前は戦場で戦うことを前提としている為、『神咲』よりも『御神』に近い。

現代では、他の武道と殆ど変わらないが、SPなどを生業としている者が門下生の中には存在している。

最強の名を持つ『御神』との鍛錬は、むしろ望むところであった。

 

本日は稽古が休みであった為、道場に門下生は、一人も居ない。

故に、師範である穐山氏が直接、真一郎と軽く手合わせをした。

『高町恭也』の能力を有する真一郎の力量に、穐山氏は内心、驚愕していた。

いかに、あの『御神流』の使い手とはいえ、まだまだ年若く、しかも御神、不破の血族でもない真一郎の実力に舌を巻いた。

「ふむ。噂に違わぬ強さ……これが『御神』か……」

奥義などは見せておらず、基本技にしても『斬』しか見せていないが、それでも穐山氏は十分、『御神』の強さを肌で感じていた。

「では、他の方々と来られるのを楽しみにしています」

 

 ★☆★

 

真一郎と薫は帰路についていた。

正直、この地は海鳴に比べるとかなりの田舎である。

田舎の道場でありながら、たくさんの門下生を持つ鵡外流は、今の時代、けっこう恵まれているのだろう。

そんな田舎の為、交通機関が乏しい。

遠距離在住の門下生達は、主に自家用車で通っているくらいである。そのため、かなり広い駐車場が用意されている。

試合に熱が入り、最終のバス(午後3時最終……かなり早い)に乗り遅れてしまい、真一郎と薫は徒歩で駅に向かっていた。

現代の若者ながら、八時間ぶっ続けで戦闘訓練を行える『高町恭也』の体力を持つ真一郎と、体が丈夫でないとはいえ、幼い頃から、鍛錬を続けていた薫にとっては、それほど苦にはならない。

道場のある団地を出て、長い農道に入ろうとしたとき、真一郎の耳に泣き声が聞こえてきた。

「どうしたんだい……真一郎君?」

「子供の泣き声が……」

真一郎の視線の先には、貯水池があった。

【関係者以外立ち入り禁止!】

【ここで、遊んではいけません!】

そう書いてある看板の先に、子供二人が泣いていた。

そして……。

「!?」

真一郎は驚愕して、池の周りを囲っていた金網を飛び越えた。

薫も、真一郎が見ていたものに気付き、金網を登り、中に入った。

子供が一人溺れていたのだ。

この子供たちは、立ち入り禁止の貯水池に黙って入り込み、遊んでいたのだ。

遊んでいるうちに、何かの弾みで池に落ちてしまったのだ。

夏ならともかく、もう涼しくなっている秋。

水温はかなり低く、しかもどうやら足が攣ったらしい。

子供は必死に溺れまいとしているが、水温の低さにどんどんと体力を奪われていって……とうとう、沈んでしまった。

真一郎はシャツを脱ぎ、上半身裸の状態で池に飛び込んだ。

薫は、携帯で救急車を呼んだ。

そして、泣いている子供を叱咤して、溺れている子の親を呼びに行かせたのだ。

その子の家は貯水池の直ぐ近くだったらしく、母親が直ぐに飛んできた。

「あつし〜〜〜っ!」

丁度、母親が到着したと同時に、真一郎は子供を助け出し、池から上がった。

消防署が近かったこともあり、薫が呼んだ救急車のサイレンが聴こえて来た。

「……ありがっ……!?」

真一郎に礼をしようと、近づいてきた母親は、真一郎を見て絶句した。

少女のような顔立ちの少年の体に付いた、無数の傷……。

素人が見ても、それは刃物の傷である。

母親は、真一郎が抱いている息子を、やや強引に奪うと、真一郎に軽く会釈して、救急車の方に走っていった。

騒ぎを聞きつけた、他の子供たちの親も、子供たちの手を引き、真一郎から離れていった。

真一郎は、納得顔で持ってきていたタオルで体を拭いていた。

薫は、彼女らの態度に腹が立ち、追いかけて抗議をしようとしたが、真一郎が止めた。

「真一郎君。何故止める?」

「仕方ないですよ薫さん。この傷は見ていて気持ちのいいものじゃありませんからね……」

「その傷は……美沙斗さんや、恭也君。美由希ちゃんの為に付いた傷じゃ!」

「ええ。この体の傷は俺にとっては誇りです……。でも……事情を知らない人たちにとっては……。それに……自慢することでもないですし……」

真一郎は服を着た後、薫の手を取り、貯水池の後にした。

貯水池の敷地から出る途中、真一郎に奇異の目を向けていた母親達の態度に、薫が再び憤りを感じていた。

 

 ★☆★

 

「まだ怒ってるの?」

「………」

真一郎の問いに、薫は沈黙したままだった。

先程の母親達に対する憤りは治まっていなかったので、口を開くと憤りを真一郎にぶつけてしまいそうなので、黙っているのだ。

「……それにしても……何か天気が悪くなってきましたね?」

関係ない話になったので、薫もようやく沈黙を破った。

「そうだね……天気予報じゃ降水確率は10%だったのに……」

「まあ、その10%が当たった……ってことだろうな…」

等と話していると、本格的に降って来た。

しかも、かなりの雨量である。

二人とも、雨具は持ってきていない。

駅までは、どれだけ急いで走っても三時間はかかる。

引き返すにしても、二時間かかる。

正直、駅から五時間も離れているという事実に、少し憤りを感じていた。

雨宿りをしようにも、ここらは農道であるので、屋根のある建物など皆無である。

「この先を行った所に、神社があるから……そこまで走ろう!」

ここには、何度も来ている薫の提案に、真一郎も依存はなかった。

 

 

秋には珍しい激しい豪雨に辟易しながら、ようやく神社にたどりついた二人は、その神社の中に入った。

既に廃されている神社であり、鍵すらかかっていなかった。

見た感じ、雨は今日中には止みそうになかった。

携帯で耕介に迎えに来てもらうことも考えたが……携帯が圏外であった。

そのことに困っていると、真一郎が美沙斗に携帯で連絡していた。

真一郎の携帯は、香港警防から渡された携帯で、衛星が電波を受信するため、何処ででもかけることができるのだ。

美沙斗が迎えに来てくれるので、真一郎と薫は、ここで雨宿りをしながら待つことになった。

ここまで来る間に、二人はズブ濡れになっていたので、それぞれ持ってきたタオルで体を拭いたが、服が濡れたままなので、冬ほどではないにしろ、少し肌寒さを感じていた。

特に、真一郎は先程、水温の低い池に入っていたので、薫以上に冷えていた。

火を焚こうにも、この豪雨では焚き火など出来ないし、神社の中にも火を焚けるような場所はない。

薫の顔に焦りが生じていた。

目に見えて、真一郎の容態が悪くなっていくのが分かるからである。

真一郎は、顔を真っ赤にして、震えていた。

どうやら、発熱し、寒気がしているようである。

『高町恭也』は風を引いて、高熱を発しても、他人に言われるまで気付かなかったほどだったが……いくら能力を受け継いでいるとはいえ、そんな所までは受け継いでいない。

このままでは本格的に風邪をひいてしまう。

薫は、一つ方法を思いついた。

二人とも、確実に暖かく出来る方法を……。

しかし、それは薫にとってはものすごく羞恥な行為である。

まあ、肌と肌を重ね暖め合う……要するに抱き合うことである。

二人とも、若い健康的な男女である。

ただ、抱き合うことで済むはずが無い。

薫にとって、真一郎は惚れている相手である。

いかに、自他共に認める朴訥な薫でも、好きな相手と密着していれば、体が火照ってしまうだろう。

しかし、薫は真一郎に告白済みだが、真一郎は答えを出していない。

ここで、一線を越えてしまったら………自分は真一郎に責任を強制してしまうかもしれない。

だからと言って、肌を重ねている間に真一郎がその気になってしまったら……それで、何もさせないのは若い男の子にとって見れば拷問に近い。

しかし、このままでは真一郎が風邪をひいてしまう。

薫は覚悟を決めた。

「……真一郎……君」

真一郎に近づき、その体を抱き締めた。

「か……薫……さん……!?」

いきなり抱き締められ、流石の真一郎も戸惑った。

「こうしていれば、暖かいじゃろう……」

「………」

「今日のことで……君に責任を取ってもらおうとは……思わない…」

薫は、恥ずかしさで跳ね上がる鼓動を感じていた。

「だから………暫く……こうしていよう……」

「で……でも……」

真一郎は、内から込みあがる欲望に必死に耐えていた。

無理も無い。

薫本人に自覚はないが、薫は風芽丘の三年生でも五指に入る美女である。

御堅い性格の為、少し敬遠されているので、瞳や真一郎のようにファンクラブはないが……薫に憧れている生徒はたくさん居るのだ。

瞳の様に、半分以上同姓からの人気ではなく、殆ど異性からである。

そんな薫に、下着姿で抱き締められれは、やりたい盛りの高校生である真一郎が欲情するのも無理はないのである。

しかし、既にいづみと肉体関係になっているとはいえ、まだ告白の答えも出していないのに、薫ともそういう関係になるのには躊躇いがあった。

「ウチは……構わないよ……。さっきも言ったように、今日のことで君に責任を取らせようなんて……絶対しないから……。それに……君に捧げるのは……嫌じゃないから……」

その言葉に、真一郎の理性は限界を超えた。

 

 ★☆★

 

美沙斗から、もう直ぐ到着する連絡が入り、二人は身支度を整えた。

二人とも、何事もないように振舞っていたが、やはり、どこかぎこちなかった。

美沙斗はその事を感じていたので、何があったのかは大体察したが……そのことに触れはしなかった。

後日、宣言どおり、薫はそのことに一切触れはしなかったが、二人の心は……確実に距離が縮まったのだ。

 

〈第二十六話 了〉

 


後書き

恭也「………おいっ!」

判っているから……言うな…

恭也「強引過ぎるぞ」

だから、言うなよ……書き終わって、自分でも強引だと思ったんだ……

恭也「……仕方が無い」

とにかく、これでいづみの他に、薫とも一線を越えてしまいました。

恭也「このままでは……間違いなく……」

いや、全員ハーレムではないのは決定しているので、何人かは脱落するから……。

恭也「じゃあ、とりあえずその話は置いておいて、今回登場した鵡外流という武術だけど……」

流派と当主の名前は、ある有名な時代劇にもなった小説に出てくる流派と登場人物を参考にした。

恭也「読みは一緒だけど、字を変えました」

では、これからも私の作品にお付き合いください。

恭也「お願いします」




今回は薫とのお話か。
美姫 「薫にとっては雨宿りが良い方向に」
まあ、この事は当然口外する事はないけれど、二人の絆が強まったのは確かだろうな。
美姫 「こうなってくると、他のヒロインたちの動向もきになるわね」
だよな。これからどう展開していくんだろうか。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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