『真一郎、御神の剣士となる』
第五話 「真一郎、霊障事件に遭遇する」
体育の授業が終わり、大輔とじゃれ合いながら、教室に向かっていた真一郎は階段を一段踏み違え、バランスを崩した。
大輔が助けようと掴もうとした手が、逆に真一郎を押し出す形になり、真一郎は等加速度落下運動を開始していた。
真一郎は受身を取ろうとしたが、多少の衝撃は覚悟した。
しかし、予想した衝撃は来ず、あったかく柔らかい感触が顔面を覆っていた。
「大丈夫ですか?」
女性の声が聞こえ、目を開けてみると……。
「ああ、大丈夫みたいですね…」
白のブレザーと青のスカート……尻餅をついた3年生の先輩に抱きとめられていた。
「おい、大丈夫か?」
大輔が、心配そうに駆け寄ってきた。
「危ないじゃないですか!こんなとこから落ちたら怪我じゃ済まないかもしれないんですよ?」
「す…すんません…」
凛とした先輩の剣幕に押され大輔は恐縮するしかなかった。
「……相川君、大丈夫かい?」
助けてくれた先輩の後ろに見知った女性が覗きこんでいた。
神咲薫。
みなみと同じ女子寮に住んでいる先輩だ。
以前、みなみに紹介されていたし、『高町恭也』の記憶にも存在していた。
『高町恭也』の友人の1人、神咲那美の義姉である。
「はい、神咲先輩。俺は大丈夫です…」
真一郎を君付けする薫と『俺』という台詞に、怪訝そうな顔で先輩は真一郎に尋ねた。
「……あの、もしかして……男の子……?」
「はぁ、そうですけど……」
先輩の顔はみるみる赤くなり……。
「きゃあああああ!」
突然、真一郎は投げ飛ばされた…。
真一郎はなんとか受身を取り、それほどのダメージは受けなかったが、下が畳ではなく床だったので、手のひらがかなり痛かった。
「ちょっ、千堂!いきなりなんばしよっと!?」
千堂と呼ばれた女性の突然の凶行に薫は焦り、つい方言が出てしまっていた。
「ご、御免なさいっ!てっきり女の子だと思ってたから……びっ…吃驚しちゃって…あの、大丈夫…ですか?」
「……ええ、ギリギリ受身を取れたので……なんとか…」
真一郎は、痛む手のひらをひらひらさせながら立ち上がった。
「すまんね、相川君…彼女は護身道部主将の千堂瞳。千堂……彼は、鷹城の幼馴染の相川真一郎君だ…」
薫は、互いを紹介した。
真一郎と瞳。やがて姉弟のような関係となる2人の出会いであった。
「……千堂…いくら男性が苦手でもあれは酷いよ!相川君もワザと千堂の胸に顔を埋めたわけじゃないんじゃから……むしろ、千堂が勝手に勘違いしただけじゃろ……下手すれば千堂の投げの方で相川君が怪我するかもしれなかったぞ……」
「反省してるわよ神咲さん……。それにしても…ほんと綺麗な男の子ね…ほんとに女の子だと思い込んじゃったし…」
男だと知り、とっさに投げ飛ばしてしまったが、他の男子と違い、真一郎に対しては『男の人の怖さ』を感じなかった。
過去、付き合っていた男性に無理に迫られ、つい投げ飛ばして怪我をさせてしまい……その後の引越しなどで、彼に謝る事もできず疎遠になって、後悔した。その影響で、瞳は軽い男性恐怖症になっていた。
しかし、真一郎にはそれを感じない。
この時、瞳の心に真一郎に対する興味が生まれていた。
★☆★
日曜日。
庭で盆栽の手入れをしていた真一郎に、同じく菜園の手入れをしていたマンションの管理人が声を掛けてきた。
「相川君。最近、茅野町と茅場町の間で通り魔が出るそうだから、気をつけなさい」
鋏を止め、真一郎は答えた。
「そうですか……怖いですね…。わかりました、気を付けます…」
盆栽の手入れを終えた真一郎は、庭のベンチに腰掛け、盆栽の出来ばえを眺めながら用意していた緑茶を啜った。
遊びに来た唯子と小鳥は、そんな真一郎の姿を見て……。
「「しんいちろ(真くん)がどんどん枯れていく……」」
と、呟いた……。
深夜の鍛錬を終え、帰宅途中の真一郎の前に異様な雰囲気の男が現れた。
抜き身の刀を構え、突然襲い掛かってきた。
「!?」
勢いはあるが所詮、素人の動き……真一郎は斬撃をかわし、蹴りを放った。
蹴りは男の鳩尾に見事に極まり、男は吹っ飛んだが…何事も無く立ち上がった。
「……馬鹿な…痛みを感じていないのか?」
真一郎は昼間、管理人が言っていた通り魔事件を思い出した。
「…こいつが、例の通り魔か?」
目は血走り、涎を垂れ流し、唸り声を上げている。
正気の人間には見えなかった。
「ヤク中かよこいつ……」
男は再び、襲い掛かってきた。
ジャケットに隠し持っている小太刀に手をかけたそのとき、突然、女性の声が響いた。
「相川君!下がって!!」
声のする方から、女性が飛び出し真一郎と、通り魔を離した。
「……神咲先輩?」
女性は、式服を纏った薫であった。
『高町恭也』は、式服姿の薫を見たことはないが、退魔師であることは知っていたので、真一郎は仕事中だということを理解した。
「相川君、大丈夫だった…」
「はい、お蔭様で……で、あいつは一体何なんですか?タダの通り魔ではないのは間違いないようですが……」
真一郎の問いに、薫は答えようとはしなかった。
「相川君……ここは危険じゃから、さっさとここを離れたほうがいい!」
どうやら、真一郎をこの場から逃がそうとしているようだった。
再び、男が二人を襲う。
だが、今度は動きが違った。その動きは洗練された、達人のそれであった。
「…なんだこいつ?さっきと動きが違う…」
「……これが、あの妖刀の特性か…!」
妖刀『鬼一文字』。
幕末の京都に鵜堂刃之介という人斬りがいた。その男の愛刀である。
幕末四大人斬り、熊本藩の河上彦斎、薩摩藩の中村半次郎、田中新兵衛、土佐藩の岡田以蔵程高名な人物ではないが……。
倒幕も佐幕も関係なく、どちらかに金で雇われ人斬りをする……完全な暗殺者であった刃之介は維新後、彼に頼んだ人斬りが表沙汰になることを恐れた維新志士たちによって毒殺された。その怨念が『鬼一文字』に宿り、持つ者を人斬りに変貌させてしまう。
普段は妖刀に操られただけの状態の為持った人間の身体能力でしかないが、実力者が相手になると完全に鵜堂刃之介に取り憑かれてしまうのだ。
【相手に実力を把握させない】能力を持つ真一郎には反応しなかったが、薫が現れたため切り替わったのだ。
通り魔は、薫を標的に定め襲い掛かる。
洗練された剣技が薫を襲う。
あくまで相手は操られた人間である。相手を斬るわけにはいかない薫は防戦一方だった。このままでは薫が斬り殺されるのは目に見えていた。
「……やむをえないか……」
真一郎は、小太刀を抜刀し通り魔に斬りかかった。
戦いに入った為、真一郎の【相手に実力を把握させない】能力が解除され、妖刀は真一郎の実力に気付いた。
薫も真一郎の実力を感じ取り驚愕した。
「……相川君!?……何故、今まで分からんかったんじゃ?あれ程の強さを持つ者を……」
明らかに、自分を凌駕する強さ。おそらく同じ寮の寮生、『仁村真雪』より強いと感じた。
「相川君!その男は操られているだけじゃ、斬ってはいかん!!」
薫の言葉に反応し、通り魔を蹴り上げ薫の傍に寄った。
傍に寄ってきた真一郎に薫は妖刀について説明した。
「……妖刀を手放しても、呪縛は残ってしまう。本来、鞘に収めれば呪縛は解けるんじゃが……鞘は既に折られてしまってな…もはや、妖刀を破壊するしか方法は無いんだ……」
「だったら、俺が奴の動きを封じますので……隙を見て神咲先輩が、妖刀を破壊してください」
真一郎はそう言うと再び斬りかかった。
襲い来る斬撃を紙一重でかわし、小太刀を峰に裏返し『徹』を込め、刀を持つ方の腕を折った。
流石に腕が折れた為、妖刀は通り魔の手から地面に落ちた。しかし、通り魔の呪縛は依然そのままである。真一郎は通り魔を投げ飛ばし、妖刀から遠ざけた。
「神咲先輩!今です!!」
「ありがとう、相川君!……神気発祥!!」
神咲一灯流、真威 楓陣刃
妖力を帯びていたとはいえ、元々たくさんの人の血で錆付いていた刀であった為。楓陣刃の威力には耐え切れず粉砕された。
妖刀に操られた男も、意識を失い昏倒した。
★☆★
「相川君……お蔭で助かったよ……」
警察に任せ、真一郎と薫はその場を離れていた。
警察は真一郎の持つ真剣を見て、事情を訊こうとしたが、真一郎から示された許可証を確認したので何も言わなかった。
香港国際警防隊、民間協力隊員として、啓吾から渡された許可証である。
「うちのこと…話さなければならないな…」
「いえ、知っています。鹿児島の神咲一灯流のことは…」
真一郎は、薫に自分が知っていることを話した。
いつものように『高町恭也』スキル【真顔で嘘を吐く】を発動させ説明した。
自分の剣の師匠は、裏関係の情報に精通していたので、当然、神咲一灯流のことも知っており、聞いていた……と。
『高町恭也』の知識については、すべて『剣の師匠』から聞いたことにしている真一郎だった。
「しかし、相川君がここまでの強さを持っていたとは……しかし、何故気付かんかったんじゃろう?」
真一郎の実力に今の今まで気付けなかったのが不思議な薫であった。
「……自分で言うのも何ですが……俺は力を隠すのが得意なんです。ちなみに、明心館空手の巻島館長も、直ぐには気付きませんでしたから気に止む必要はないですよ。師匠も俺の隠蔽能力を見て、戦っていない限りどんな達人も見破れないと保障してくれましたから」
本当は、超越者に与えられた能力である。
「ただ、出来れば学校の連中には黙っていてくれると嬉しいんですけど……」
「ああ、うちも退魔師であることは一部以外は秘密にしているから、お互い様ということでいいよ……ただ、ときどき手合わせして欲しいんじゃが……」
「……そうですね。俺も神咲先輩とはやってみたいですね。では、時間があるときに手合わせしましょう」
未来において、薫は試合では『高町恭也』と互角であった。
今はまだそれほどの腕ではないだろうが、少し楽しみな真一郎だった。
「ところで、さっきの妖刀はどういう経緯だったんですか?」
「ああ、それはね……」
持ち主は、妖刀の処分を神咲家に依頼したのだが、持っていく最中、妖刀を積んだ車を盗まれてしまった。
盗んだ男が、妖刀を抜き取り憑かれてしまった。
つまり、先程の男は車の盗んだ男であったのだ。
真一郎は、相手の腕を折った事に少し責任を感じていたのだか、車泥棒と知り、自業自得だな…と思いなおした。
「じゃあ、相川君。明日は学校があるんじゃから、早く帰ったほうがいい、もう0時をまわっている……」
「はい、神咲先輩。おやすみなさい」
真一郎と薫は、それぞれ帰路についた。
★☆★
昼休み。
昼食を取りに食堂まで行こうとしたら、こないだぶつかった忍の叔母の綺堂さくらと鉢合わせた。
声をかけようと近付くと、彼女は何か揺れていて、そのまま倒れてしまった。
「ちょっと、君……」
声を掛けても目覚めそうに無かったので、彼女を抱き上げ……お姫様抱っこで……保健室に向かった。
保健室に入ったら、さくらが目を覚ました。
「気がついた?……ここ、保健室、君が廊下に倒れていたから、俺が運んできたの……」
「………」
さくらは何も答えず、ただ真一郎を睨むように見ていた。
「立てる?それともベッドまで……」
「……立てます…」
真一郎はさくらを立たせた。ふらふらしていたがなんとか立てるようだ。
さくらは、相変わらず真一郎を睨むように見ていたが……
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた。
「こんにちわ〜。鎮痛剤を受け取りに来ました…」
保健室に誰かが入ってきた。
「あれ、確か…井上さん?」
「ああ、唯子さんの幼馴染の相川先輩と……綺堂さん?お2人とも知り合いだったんですか?」
「いや、ほとんど初対面…井上さんはこの娘と知り合いなの?」
「はい、同じクラスなんです。……綺堂さん、もしかしてまた倒れちゃったの?」
「……うん」
真一郎は事情を察した。
『夜の一族』であるさくらは人間の血液の摂取が必要であり、それが足りないので体が丈夫ではないようだ。
「体、丈夫じゃないの?」
さくらは、こくりと頷いた。
「ちょっと貧血気味なんです。今日は、日差しが強かったから……」
「校医さん、呼んでこようか?あの人いっつも居ないんだよね…」
風芽丘の校医は、面倒くさがりなのかほとんど、保健室に居ない。
「平気、ちょっと休んでいれば……先輩も、あの……昼休み終わっちゃいますから…」
「そっか、じゃあ……」
「あの……1Bの綺堂さくらです……ありがとうございました」
「2Cの相川真一郎です。じゃあ綺堂さんお大事に…」
「そういえば、相川先輩、どうして保健室にいるんです。」
ななかが聞いてきた。
「ちょっと、ばんそうこを貰いにね…」
「そうですか。場所、わかりました?」
「うん。ほら、そこのケースに絆創膏、消毒液って書いてあるから……」
ななかは、明らかに手抜きな校医に呆れていた。
さくらは、意外そうな顔で真一郎を見て、また小さくお辞儀した。
「じゃあ、2人共……またね!」
「……相川先輩っていい人だね……可愛らしくて……もとい、美形で優しくて……」
「……うん…」
さくらも、ななかも無意識だが、真一郎に興味を持ち始めた。
〈第五話 了〉
後書き
突っこまないでください
恭也「いきなり、何を言っているんだ?」
いや、今回の話って少し「少年恭也と女子高生薫の恋物語」第三話に似てる部分があるので……
恭也「いや、それよりも何故、最後はさくらさんの話に……」
それは、特に意味は無い。ただ、さくらに関しては徐々に真一郎と親しくなるのだから、少しずつ出していかないとね……まあ、ゲーム中のエピソードはなるべく省略するつもりだけどね……
恭也「そうだな、さくらさんは最初は警戒心が強いみたいだしな」
だからこそ、好きになったら一途になると思っている。さくらは、以前も言ったが、ヒロイン候補上位に位置しているからな
恭也「他の上位は?」
そうだな、御神の剣士になった真一郎なんだから、同じような立場のいづみなんかも上位だな……けど、まだ決定ではない。再び、薫をヒロインに据えるかもしれないからね……では、これかも私の駄文にお付き合いください
恭也「お願いします」
退魔士としての薫を目撃か。
美姫 「同時に剣士としての真一郎を知られてしまったけれどね」
まあ、言いふらすような人じゃないし、問題はなしかな。
美姫 「そうね。で、今回は瞳とさくらの二人と接点を持った話ね」
だな。少しずつ知り合いも増えてきて、これからどうなっていくんだろうか。
美姫 「それじゃあ、今回はこの辺で」
ではでは。