『神話解読新古之差異』




 神話と言う物語が在る。
 例を挙げよう。
主神ゼウスを始めとしたオリンポスの神々の物語、ギリシャ神話。
神にオーディンを頂く、死と退廃を綴った北欧神話。
代表的な神格として善神ケツァルクァトゥル、悪神ケスカトルポカが登場する死と再生のマヤ神話。
陽神、天照大神(あまてらすおおみかみ)を筆頭に素戔嗚尊(すさのおのみこと)などの神々を有す大和神話。
ここに上げたのは世界中で伝えられる神話の内の極一部でしかない。
て、ここで考える。
話というのは、果たしてどの様な物語だろうか?
どの様な技法をもって創作され、どの様な技法で伝承されてきたのだろうか?
神話の起源は途方もなく古い。
千年二千年ではきかない物も少なくない。
その頃――神話が形を為した最初の時、文字は存在したのだろうか?
 なかったとするならば、どう伝えられたのだろうか?
 文字と言う媒体を使わずして物語を伝える。
 そんな術があるのだろうか?
 解答は、是。存在するのだ。
 それこそが――

「口伝、って訳さ」
 太古(たいこ)聖弌(せいいち)はそう言って楽しげに笑った。
 首の辺りで束ねた女と見間違えそうに長い黒髪。高校生男子の平均身長より若干高いかどうか、と言う程度の体は、引き締まってはいるが筋肉質と言う程でもない。顔立ちはさして悪くなく、真面目な顔つきをしていれば精悍と呼んで言いのだろうが、満面の笑みに崩れた今の様子を見るに該当しない。つまり、この太古聖弌と言う男は、長髪以外にさしたる特徴を持たない極平凡な少年だ。
「・・・あのな、そんな小難しい話、オレにふってどうするっての」
 聖弌の声に嘆息まじりに答えたのは、前の席に座る少年。
 聖弌とはうって代わって、こちらの少年は特徴的だ。ラフに着崩した制服の胸元から覗くネックレス。赤く染め、ツンツンと逆立てた短髪。身長はさほど聖弌と代わらないが、   
 こちらは筋肉質。要するに、不良と言うに相応しい格好と言うべきか。名は、現代(あらしろ)新(あらた)。
 名前すらも正反対な悪友の返事に、聖弌は苦笑まじりの返答を返す。
「しょうがないだろ、お前以外聞いてくれる奴いないんだからさ」
 それを聞いて、新は呆れた様な表情で後ろを指した。
「んな事ねーだろ。ほれ、あちらのお嬢さん方見てみ」
「ん?」
 新の指先を追った聖弌の視線が、教卓辺りで止まる。そこには、女子生徒が数人集まって談笑している――が、視線は時折こちらを窺っており、聖弌と視線をあった生徒は頬を染めて黄色い声を上げていた。つまり、この太古聖弌、優しそうな外見と事実優しい性格とが相まって、女生徒にはそれなりに人気があるのである。
「な? アイツラなら、喜んできいてくれんじゃねーの?」
 新の言葉に、聖弌は考え込むようにして答えた。
「ん〜、でも俺、あんまり女の子に興味ないし」
「・・・そー言うと思ったけどよ」
 嘆息交じりの新。
 そしてふと思いついた様に尋ねる。
「・・・まさかお前・・男色ってこたねーよな?」
 表情が真剣である。
 それを聞いて聖弌が噴出した。
「くっ・・ははは、んなわけないって」
「・・ならいーけど」
 答える新の声は真剣そのものであった。
 そして一つ嘆息すると、席を立って伸びをした。
「ん? 新、もう帰るの?」
「おう・・オレ様はバイトだ」
 そう答えると、新はヒラヒラと気だるげに手を振って教室を後にする。
 取り残された聖弌は、一つ伸びをすると、誰とはなしに呟いた。
「俺も帰ろっかな」
 そう言うと、教卓近くの女子に手を振って教室を後にする。
 歩きながら考える。
 神話。
 神々の物語。
 古の昔より伝わる、時代を越えたメッセージ。
 ――面白いと思うんだけどな・・・。
 最も、趣味としてはマイナーな部類になる事は自覚しているが、それでも身近に話せる友達が居ないのは少し寂しい事だと思う。
 ――新のバンドとかも、嫌いじゃないけどさ・・。
 そう、嫌いと言う訳じゃない。だが、実際にやりたいとは思わない。それよりは、神話を読み、そこから古代に思いをはせる方が面白いし、自分にはあっていると思う。
「ま、いっか。さっさと帰ろ」
 思い直したように呟くと、帰宅の歩を早めた。

 自宅に着くと、ソファーに寝そべり、本を開く。
「よ〜し、読むぞ〜!」
 気合を入れる様に呟くと、熱心に読み始めた。
 開いているのはギリシャ神話に関係した書物。
 熱中しているのか、聖弌は窓からの夏の日差しを気にした様子もなく、蝉の声に煩わされた様子もなく、心底楽しげな表情でページを繰っていく。
 と、その手があるページで止まった。
 そこは――
「メデューサ・・」
 そう、メデューサのページだった。
 この魔物の名前は、有名であり、知らない者はいないだろう。蛇の髪、石化の魔眼、牙だらけの口に酷薄な性格の女性の怪物。ペルセウスによって退治されたとされる伝説上の化け物だ。
「ふぅ〜ん・・」
 そのページを読み終えた聖弌は、嘆息とも取れる言葉を呟いて本を閉じた。
「・・・醜い化け物って書いてあるけど・・・実際はどうだったのかな? 神話ってのは独特の表現法だからなぁ・・」
 そう、神話の表現は独特だ。
 例えば、早く走るものがいたとしよう。
 それについて、数字を用いた表現をした場合、『彼は100mを何秒で走る』となる。詩人が表現した場合、『彼は走る様はサラブレッドの様だ』となる。だが、それが神話ではこうなる。『彼は馬だ』と。
 『何は』『何の様だ』と言う比喩法を通り越し、比喩対象と同じものにしてしまうのである。
 と、なれば、有名なケンタウロス。人の上半身に馬の下半身を持つ怪物は、ただ単に足が速かった人間とも取れる。また、神話であれ、物語であり作り手が人間、伝承するのも人間となれば、そこに感情も入る。
 メデューサの場合にも、元々とても美しい少女だったが、と言う文があるのだ。
 そこから考えるに――
「メデューサはただ美しい女性だっただけかもしれないよな・・。ただ、その美しさを伝える物語が、伝わっていくうちに、嫉妬した女性の手によってか、変わってしまったのかもしれないな・・」
 聖弌がそう呟いた。
 それと同時に、部屋の一角がポゥ・・と輝いた。
 だが、考える事に夢中になっている聖弌はまったく気づかずに続けた。
「例えば・・そうだな。蛇の髪、って言うのは、きつくウェーブがかかった長い黒髪だったのかも知れないな。蛇って言うのは、良く長いものの例えにも使われるし、くねる様に進む様子を、表現に使ったのかも知れない」
 その言葉が終わると、部屋の一角に灯った光が、動き出した。床に、文様を描いていく。
 聖弌は気づかない。ただ、思索に耽り、独白でそれを言葉に代えていく。
「石化の魔眼・・・はこうかな。その美しさに見ほれて、足を止めてしまう様子を表現したのかな? 解呪にはメデューサの涙が効くって書いてあるから・・多分、話をしようと思った人が見ほれて硬直しちゃって、メデューサの話を聞かなくなって・・それをメデューサが泣くと、我に返るって表現ってとこかな」
 その言葉の間も、光は動き続けていた。
 円を描き、実も知らぬ文字を描き、直線を描き、そして像を結ぶ。
 そして――
「そう考えていくと、ますます怪物じゃなくて、美女、って思えるよな。うん、メデューサは美女だった。面白いよな、この考え」
 聖弌がそう呟いた瞬間――
 光は眩さをました。
 目を焼くほどに、太陽を思わせる程に。しかし白く、白よりもなお白い純白の光を発し、部屋を照らす。
「な、何だぁ?」
 聖弌は目を細めながら、手で光を遮りながらも光の方向に目を凝らす。
 その間も、光は動き続けた。
 印を描き、文字を描き、そして光は像を結び、ヴィジョンを形作る。そのヴィジョンはだんだんと輪郭をはっきりとさせ、実態を持ち、やがて現実のものとなる。
 そして、一際強く輝きを発し――
 光は消えた。
「な、何だ今の?」
 呻きながら瞼を開いた聖弌は、光があったその場所に――
「・・・・・・・」
 もの珍しそうに周囲を見回す美しい一人の少女を見た。
 その瞬間、聖弌はその美しさに見ほれた。
 きつくウェーブのかかった黒髪は膝にすら届きそうな程に長く、優美な曲線が描く顔立ちはこの世の者とは思えない程に美しく綺麗で、ほっそりとした輪郭が形どる体は、華奢でありながら見事なバランスを保ち、身にまとう薄絹の上からでも彼女の体が美しい事を存分に悟らせた。眼差しは優しく、濡れた様に光り、その美しさに動くことを忘れさせる。
 そんな美しい少女は、凍った様に佇み、少女を見つめる聖弌に気づき、ニッコリと、美しい笑みを浮かべた。
 それを見て、ようやく聖弌は我に返る。
「あ、あの・・君は・・?」
 意を決して尋ねた聖弌に、少女は答えた。
 姿から想像する通りの、綺麗に澄んだ、鈴の様な声で。
「私はメデューサ。ありがとう、私を解放してくれて」
 そして、ダンスでも誘うように、優美に、優雅に頭を下げた。


《後書き》
御久し振りです。
荒斗「・・・」
・・あ〜・・頼むから何か言ってくれんか、荒斗? 
お前に黙り込まれると何やら非常に怖いんだが・・。
荒斗「・・・(嘆息)」
いや、嘆息されても困るんだが・・・。
取り敢えず、無言のまま圧力をかけるのは止めてくれ、心臓に悪い。
特にお前がやると洒落にならんから。
荒斗「(嘆息)・・まぁ、当人にも自覚はあろうが・・正気か?」
勿論。
荒斗「ほう・・正気か。唯でさえ極めて不定期な投稿の上、掲載してもらっている作品の総てが未完成。それどころか序章にすら過ぎん段階が殆ど、等という状況下で、新作に手を出すのが正気・・そう言うのだな?」
・・・う、うむ。
荒斗「まぁ、貴様が無節操に新作を書き出すのは今に始まった事でもないからな。いつかやるとは思ったが・・・」
・・・やるとは思ったが?
荒斗「まさか人様のサイトに投稿するものではやらん程度の常識はあるだろうと踏んでいたんだが・・」
・・・・。
荒斗「・・・やったな、ついに・・いや、貴様である事を考えれば、予定調和か・・」
・・・じ、地味に心に痛いぞ、おい。
荒斗「何ら痛痒を感じんというなら終わりだろうが。心痛を憶える程度の常識があるなら改めろ」
・・・・・う、うむ。
荒斗「さて、愚者への弾劾は此処までとして・・」
だな。
拙作を読んで頂いている方々、不定期投稿な上にこの様な暴挙をやらかす作者ですが、掲載させて頂いている作品は総て完結させるつもりで居りますので、愛想が尽きない限り、お付き合いの程よろしくお願いします。
荒斗「よろしく頼む」
では、次作にてお会いしましょう。
荒斗「・・・まぁ、余りに間が空く様なら美姫嬢に協力を願うか」
・・・止めてくれ、頼むから。



美姫 「よし、久しぶりに出番ね」
いやいや、人様に迷惑になる事はやめて。
美姫 「えー」
不満そうにしないで。と、順序が逆になりましたが、新作投稿ありがとうございます。
美姫 「今度は神話に関係する話なのかしら」
とりあえず、聖弌は神話好きで色々と考察するみたいだな。
美姫 「で、現れた美女はそれを裏付けるように自らをメデューサと名乗ったけれど」
解放と言う言葉も気になるし。
美姫 「どうなるのか楽しみにしてます」
ではでは。



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