『光陰の剣士』




耳朶を打つ、鋼の悲鳴。
 互いに打ち付け合い、激突する刃は夜の闇を裂き、刹那の花を咲かせる。
 幾度も交わされた斬撃の応酬は、周囲の壁や壊れ、朽ち果て、それでも原型を留めていた埃に塗れた家具に傷跡を刻み、断ち切っていく。
 ただ、その為だけに互いに刃を、鋼糸を、飛針を、時には己の肉体さえも武器としてぶつけ合う。
 互いの想いは一つ。
 目の前の敵を打倒する。
「・・・なかなか、やる」
 幾合刃を交わしたか、数え切れぬ程に交えた刃を一時留め、眼の前に立つ全身を黒衣で覆ったその女性――俺の叔母であり、義妹兼弟子である美由希の母、御神美沙斗はそう言った。
 俺もまた一時剣を抑える。
「・・・止まれませんか?」
 戦場に置ける緊張は解かぬまま、だが、止まってくれと言う願いを込めた俺の言葉に、美沙斗さんは首を横に振る。
「・・・止まれないよ。今、ここで止まれば、私の10年と私が奪ってきた命が浮かばれない」
 言葉は・・届かない。
「今を生きている大切な人を・・・自分の娘を傷つけてでも、復讐なんてしなければならないんですか!? 御神の皆は・・・静馬さんはそんな事を望むと思いますか!?」
「望まないだろうね。・・・あの人達は・・・そして、あの人は優しかったから」
 そして、美沙斗さんは一瞬、眼を閉じた。
 眼を見開き、左手を前に出し、右の小太刀を大きく引き絞る。
 言葉は・・届かない。
 あたかも、弓を引くように引き絞られた右の小太刀。
 その構えから、次に美沙斗さんが放つ技は解る。
  御神流・裏・奥義之参・射抜き
 超高速の一撃とそこから数多の技へと繋げる原点となる、悪夢の様な突き。
「この仕事を終えて・・次の仕事も終えたら、やっと“龍”に関する情報を貰えるんだ」
「どうするんです?」
「・・・根絶やしにする。そして初めて・・私はあの人達の墓に花を添えられるんだ」
 その言葉を切っ掛けに、美沙斗さんの殺気が増す。
「花なら・・・今でも添えられる」
 言葉は・・・届かない。
 俺は両の小太刀を納刀する。
「美由希は花を育てるのが上手いから・・・きっと綺麗な花を選んでくれる」
 重心を軽く落とす。
「俺の・・そして美由希の姉が、綺麗な歌を歌ってくれる!」
 意識が収束する。
「だから・・・!」
 それでも言葉は・・・届かない。
「・・・私も・・・テロリストで・・構わない」
 小太刀を握る美沙斗さんの手に力が篭る。
 俺もまた、小太刀を握る手に力を込めた。
 言葉は届かない。
 俺の想いと、美沙斗さんの想いは・・・言葉では紡ぎ合わす事は出来ない。
 だから・・・。
 想いの総てを。
 己の意思の総てを。
 己の背に背負う、全ての想いを。
 ただ、刃に込める。
 繋がらない想い。
 伝えるには・・・俺達には剣しかない。
 二人同時に“神速”に入る。
 モノクロに染まる世界。
 総てが白と黒に支配された世界で、それでも色を失わない美沙斗さんに向かって走る。
 その中で、声が聞こえた。
『これはね。私の夢。世界中を回って思いっきり荒稼ぎして・・・それを総て医療基金にしてしまう事。そして、私の意思と魂を受け継いだ娘達と、盛大な卒業式をする事』
 えぇ、解っています、ティオレさん。
 安心してください。
 あなたの一生をかけたその夢は、俺が護りますから。
 だから、あなたが生涯をかけて磨き続けたその歌声を、世界中に刻み込んで下さい。
『護ってくれた士郎。育ててくれたパパとママ。一番の親友で、励ましてくれたゆうひ。それに海鳴で出会った総ての人々。そんな人達が居たから私が居る。だから、私は歌を歌うよ』
 解ってるよ、フィアッセ。
 本当に、ティオレさんと舞台に立つ事、楽しみにしてたもんな。
 邪魔なんてさせない。
 だから、フィアッセ自慢の母親から受け継ぎ、親友に支えられたその歌声、想いっきり響かせてやれ。
『誰に知られる事もない。誇る事も感謝される事もない。それが御神の剣。だけど・・・私は恭ちゃんの弟子で良かったと思ってる。御神の剣は護る剣。そんな、士郎父さんと、今まで皆を護ってきてくれた恭ちゃんの剣なんだから』
 あぁ、そうだとも、美由希。
 感謝はいらない。誇ろうとも思わない。
 ただ、疵付く誰かを救い、護る為の剣、それが御神の剣だ。
 だから、止めてみせる。
 今、俺の前で自らを傷つけ続けるお前の母を。
『恭也。貴方は貴方の思う通りにしなさい。あなたは私と士郎さんの自慢の息子なんだから』
 あぁ、母さんは俺にとっても自慢の母で、父さんは変わらない俺の目標だ。
 だから、信じてくれ。
 貴方達の自慢の息子は、その期待に答えられない程に親不孝でも弱くもない。
 それを、証明して見せようじゃないか。
『う〜ん・・俺は頭悪いからうまい事言えないんですけど。それでも、カッコいいと思いますよ。感謝されなくっても誰に話せなくっても、それでも誰かを護れる。師匠の剣はカッコいいですよ』
 そうか、カッコいいと思ってくれるか、晶。
 なら、見て居ろよ。
 お前が憧れてくれた剣は、そしてお前が師匠と呼ぶその男が、決してお前の評価を裏切る事はないと教えてやる。
『お師匠の剣が殺人剣でも、お師匠の振るう剣は誰かを護る優しい剣やとウチは思います。だって、お師匠は何時だって護る為に、その為に必死になってるやないですか。お師匠に救われたウチだから・・・ううん。お師匠が護ってきた皆、誰もがそう言う思いますよ』
 大げさだな、レン。
 俺は誰かを救ったなんて思っていないんだが。
 だが、お前がそう思ってくれるなら、俺はそれに応えよう。
 見ていろ。お前の言ってくれた“護る剣”は何者にも砕かれぬ。
 それを実証して見せよう。
『恭也は強いよ。自分では気付いていなくても、皆を護ってる。ってゆーかね、皆がわかってるのに内縁の妻である忍ちゃんに解らないとか思ってるんじゃないでしょうね。この私が、誰より恭也のカッコいい所は解ってるんだからね』
 誰が誰の内縁の妻だ、忍。
 だが、まぁ、そこまで評価してくれるなら無様は見せられないな。
 その評価が誤りだと、誰にも言えなくしてやるさ。
『恭也さんの剣は、誰かを護る優しい剣。私も久遠も、恭也さんが居たから、今、こうしていられるんです。だから、誇っていいと思いますよ。恭也さんが積み重ねた日々、守り抜いた人達は、みんなそれを知ってますから』
『きょうや、つよい。きょうや、やさしい。くおん、きょうやすき』
 言い過ぎだ、那美さん、久遠。
 だが、そこまで評価されたなら、応えて見せるしかないだろう?
 その言葉が間違い等と、誰にも言えぬ様にして見せよう。
『おに〜ちゃんはカッコいいよ。いつだって皆を護ってくれる、なのはの自慢のおに〜ちゃんだもん』
 そうか、俺はお前の自慢の兄か、なのは。
 なら、証明して見せないとな。
 お前の自慢の兄は、護る者があれば誰にも負けない。
 お前の自慢が誇張ではないと、示してやろう。
 それは、刹那の幻想に過ぎないのかも知れない。
 だが、構わない。
 刃に乗せるべき思いと、込めるべき意志は貰った。
 なら、その総てを込めて――
「おぉぉぉぉぉぉっ!」
 最後の神速。
 思いっ切り踏み込んで――
 モノクロの世界の中、一瞬かいま見えた光をなぞる様に――
 俺は小太刀を走らせた。


「ふぅ・・・終わったか」
 俺はそう呟くと、壁に背を預けた。
 眼の前には、月明かりを浴びながら、嬉しそうに笑うフィアッセと、微笑んでそれを見守るティオレさん。
 そして少し視線を動かせば、まだぎこちなさが残るものの互いに抱き合う美由希と美沙斗さん。
 そして、そんな二組の親子を優しく見守るみんなの姿。
――護れたか・・・。
 そう思って大きく息を吐く。
 改めて自分の身体へと意識を移せば、正に満身創痍と言った具合であり、これには苦笑するしかない。
――・・・これは後で何を言われる事やら。
 そう思って嘆息した瞬間――
   ゾクリ・・・。
 背筋を冷たいものが走り抜けた。
――殺気!? 何処から・・・・。
 確認するまでもなかった。
 抱き合って笑うティオレさんとフィアッセに向けて黒い塊を投げようとする一人の男の姿。
 それを認識した瞬間――
「させる・・・ものかぁぁぁぁぁぁっ!」
   ドクンッ
 心臓が大きく鼓動を刻む。
 酷使した右膝が悲鳴を上げる。
 だが、構わない。
 既にして限界を超えている、その神速の領域に入りこむ。
 モノクロの世界。
 聞こえるのは自らの心音と自らの右膝が上げる軋みのみ。
 その中で放物線を描くそれを捉えると、俺は躊躇なく小太刀を走らせた。
 瞬間。
 総ての音が失われた。
 総ての音を掻き消す轟音と、総てを打ち消す光の洪水。
 その中で、ただ一人だけの声が聞こえた。
 それはもしかしたら幻聴だったのかもしれない。
 だが、それでも。
 たった一瞬だけ聞こえた愛しいただ一人の女の声。
 その声に俺は知らず笑みを浮かべ――
 俺の意識は、光と轟音の洪水に流され――
「お師匠〜〜〜っ!!!」
 その泣きそうな声を最後に、プツリ、と途絶えた。



とらハ3のコンサート時のエピソードからのスタート。
美姫 「全て丸く収まるかと思えたけれど、最後の最後でって所で次回ね」
ここからどうなるのか、非常に気になります。
美姫 「そんな気になる次回はこの後すぐ!」



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