『左手に風を、右手に雷を』




「ったくよぉ・・」
 教室に着くなり、狼は不機嫌を隠そうともせずに乱暴に席に着いた。
 その白髪と顔の傷跡とで、狼が校内――と言うか、恐らくは世界中で――唯一の‘単独者’である事は知られている。そんな狼が守天使を伴い登校してきたのだ。周囲の目を集めるのは当然である。狼もその点は自覚しているが、望んで守天使を得た訳ではない以上、納得の行かない部分も大きい。
 席に着いた今でも、狼は注目の的になっており、ひそひそと交わされる会話の内容の殆どはその事だろう。
 唯一の救いは、手続きの関係でフィーが職員室に行っている事だが、それにしても後数分の問題だ。現に、狼の席の隣には、フィーが座る席が用意されている。守天使と主は常に一緒にいる。それは教室でも変わらず、主と守天使は隣同士の席である事が暗黙の了解だった。
――・・・あ〜、かったりぃ事になりやがったぜ・・。
 胸中で愚痴り、深く嘆息。
 面倒事を極端に嫌う狼からすれば、今の状況は否応なく面倒事が起きると解っている。歓迎できる事態では決してない。
「いつにも増してダルそうだねぇ」
「何をほざきやがる、元凶」
 にこやかに声をかけてくる久義に、視線すら上げぬまま返す。が、久義はにこやかな表情を崩す事なく、「酷いなぁ、その言い方〜」と楽しげに返してくる。
面倒事を極端に嫌う狼とは違い、この男は楽しい事を極端に好む。その楽しみが狼の苦労に直結するのは頂けないが、まぁ、そう言う奴だと諦めている。とは言え、久義からすれば、自分が楽しめる結果まで持っていく為には、多大な労力を要する相手。それが狼である。ある意味では双方から牽制し合った結果、形成された友人関係であり、釣り合いは取れているのかも知れないが――
――相変わらず仲が良いわねぇ・・。久義と迅野様は。
 リュイーの様に傍から眺める立場からすれば、その一言に尽きる。
 ・・・狼からすれば不本意極まるだろうが。
 ちなみに、久義の席は狼の前の席だ。狼は窓際最後尾、俗に言う不良の特等席。要は危険物は隔離、な考え方であり、この二人の席が近いのは、協調性皆無、無愛想、無気力な狼をある程度にしろ動かせるのが彼とリュイーの二人だけだから、である。つまり、狼、と言う危険物を隔離しつつ、久義、リュイーと言う監視員を置いた形だ。よって、この席の位置関係は、入学以来変わらず、これ以降も変わらないだろう。
そんな三人を遠巻きに見ながら、クラスメイト達は安全圏からザワザワと小声での会話を続ける。その核は入学以来――それ以前の狼を知る者からすれば更に前から――単独者であった狼が、受け入れた――狼は認めていないが――守天使について、だ。何せ、狼の戦闘力を目にしたクラスメイトも少なくはない。異種を単独で、しかも守天使を凌駕する程の力で屠る狼の力を知っている以上、そんな狼の守天使はどんな奴なんだ、と憶測が憶測を呼んでいる。
幾つか具体例を挙げてみよう。

○単独で世界各国の軍隊全てに圧勝できる、神を超えた力を持つ戦士。
○神話のヴィーナス、古の楊貴妃等すら越えた、超絶的な美女。
○一人で学問の常識を数世紀は進める事の出来る超々天才的な頭脳の持ち主。

 ハッキリ言って、どこの超人様だそれは? なまでの非人間的なレベルの英雄クラス能力保持者になっていた。
 ちなみに、聴力に優れた狼の耳には、その殆どが聞こえているが、クラスメイト達は気づいていない。
 実物を知っている狼からすれば、全くもって現実からはかけ離れた、噂の一人歩きでしかないのだが、クラスメイトの想像の中ではそうではないらしい。だからこそ、ホームルームで紹介されるだろう狼の守天使――フィーに過剰なまでの期待を寄せている。そして、それが狼には厄介事の原因に見えて仕方なかった。
 そして――
「はい、始めますよ。席に着いて下さい」
 担任である女性教師の掛け声が響いた。
 今日に限っては、逆らう者等誰もいない。一刻も早くホームルームの開始を、そして気になるまだ見ぬあの子を紹介してくれと言わんばかりに、我先にと席に着き、背筋を正す。そんなクラスメイト達を冷めた目で眺めながら、狼は深い嘆息を一つ。興味ない、と言わんばかりに視線を校庭に向ける。
 が、狼のそんな態度等いつもの事。気にする理由は一切ないとばかりに、ホームルームが開始される。通常の連絡事項を読み上げる教師に向かう視線は、まだかまだかと物理的な圧力を伴ってプレッシャーをかけ――
「は、はい・・それでは・・。新規入学と言う形になった守天使を紹介しましょう」
 今年採用されたばかりの新任教師は、それに耐え切れず紹介に移った。途端に、物理的な圧力の一切が消え、服がすれる音すら聞こえない静寂が訪れる。
「入って着てください」
 緊張にガチガチになりながら教師が発した言葉と共に、教室の扉が開き――
「はい・・あ、あわ、はわわぁぁっ」
 期待の新入生がビターンと床に張り付いた。どうやら、緊張しすぎて器用にもドアのレールに躓いたらしい。
  シーン・・・
 先ほどまでとは違った静寂が、教室を覆った。そんな中、狼が吐いた溜め息が微かに空気を揺らす。呆気に取られて見守るクラスメイトの視線の先で、新入生――フィーはムクリと体を起こし、打ったらしい額を押さえて「あたた・・」と唸っている。
 何というか、シュールすぎる光景だった。余りにシュールすぎて、茶化すことすら忘れる程にシュールだった。
 が、そこはフィーである。そんな空気に全く気づかず、緊張した面持ちで立ち上がると、ギクシャクと教卓へ向かう。
 そして――
「迅野狼様の守天使を勤めます、フィーリスティー・クランです。フィー、とお呼びください。どうぞ、今日からよろしくお願いいたします・・・にゃぁっ!」
  ゴッ!
 思いっきり下げた頭が教卓を打つ鈍い音と、その痛みによる猫の鳴き声の様な悲鳴で、自己紹介を締めくくる。「あぅ・・」と涙目で額を押さえつつ頭を上げ、キョロキョロと教室を見回す。
 そして、
「狼様〜!」
 発見した愛しき主――一方的だが――に向かって駆けより、ギュッと抱きついた。それで教室内の沈黙の意味がまた変わる。
 が、狼は煩そうにヒョイっと右手一本でしがみ付くフィーを摘み上げ、ポテッと椅子に座らせた。またしても「ふにゃっ!」と言う奇声が上がるが、狼は完全無視である。
 こうして、不可思議な沈黙と、徹底した無関心と、ズレまくった忠誠心が絡み合い、朝のホームルームは過ぎていった。



 チャイムと共に教師が去り、教室に喧騒が広がる。勉強が好きだ、等という者は学生であれ希少種だ。とは言え、それでも真面目にやるのが普通であり、だからこそ休み時間――特に長い昼休みを楽しみにするものだが。
 それはさておき、普段から不真面目で怠惰極まる態度で授業を流す狼はと言えば――
「・・・たりぃ」
 机に突っ伏し、ぐで〜っと伸びていた。声音にもいつも以上の疲労と気だるさが滲む。表情は影になって見えないが、まぁ、押して知るべしと言う奴だろう。
「・・・勘弁しやがれ・・マジで・・」
 力の篭らない愚痴を呟く。今日の狼には、チャイムだけが救いの主だった。
 と言うのも――
「狼様〜、どうなさいました〜?」
 緩い声で尋ねてくる隣席の守天使の性だろう。
「狼様〜、無視しないでくださいよぉ〜」
 なおも緩い声が聞こえるが、無視して狼はここまでの四時間を回想する。
 まぁ、自己紹介の時点でクラスメイト全員に、負の方向に特化したインパクトを叩き込んだフィーだが、それでも興味は尽きなかった。あのドジは緊張からではないか、等と好意的な解釈がなされ、フィーの実力はその後の授業で見定めよう、と言うわけだ。そして、フィーに興味を持つのは、何も生徒だけではない。入学以来の単独者――狼に使える守天使はどんな奴なのかと、教師陣も興味を引かれていたのだ。
 故に、どの授業でもフィーは注目の的だった。
 それは良い。それは良いだろう。
 並みの守天使は総じて能力全般が高い。ある程度の予習で難なく授業に追いつき、更に応用してすら見せる。よって、普通ならそれ程問題があるわけではない。
 問題なのは――
『この問題を・・フィー、さんで良いですよね? フィーさん、お願いします』
『あぅ・・解りません・・』
 やら
『あぅあぅ・・狼様〜・・』
 等とやたらロースペックな回答を示すフィーが注目されている、と言う事だ。
 そして勉学が駄目なら身体能力が高いのだろう、と注目される点が移る。まぁ、これも自然の成り行きだ。それは狼も否定しない。当然の帰結だと思っている。故に、ここでも問題はフィーだった。
 三時限目の体育。女子は陸上だったらしく、フィーも体操服に着替え、それに参加した。狼がそれを知っているのは、陸上が行われていたのが男子がサッカーを行っているグラウンドの隣だから、である。とは言え、男子はフィーへの興味からまともに動いていなかったが。
 女子、男子、そして教師が注目する中、フィーが緊張気味にコースに立ち――
『よーい・・・』
  ドンッ
 スタートの合図と共に、走りだそうとして『ふにゃっ!』とこける。
 気を取り直して、ともう一度やってみれば、完走はしたものの小学生と見紛えるタイムを叩き出した。
 しかも、走り終えた直後にまたしても転び、膝を擦り剥く始末だ。
 リュイーに付き添われて退場する姿を見送った狼と言えば、呆れるより他にない。そして、その度その度向けられる『何で?』と言いたげなクラスメイトの視線――とくれば、疲れもしようと言うものである。
 最も、そんな意外性が良い方向に向いたのか、疲れ果てる狼を他所にフィーはクラスメイトに好意的に迎えられていた。下手に超越した能力を持ってもいない、極普通の――と言うにはややロースペックだが――少女として見れば、明るくて人見知りもしない。話しかければ気さくに答えるフィーは、噂していた『超人的守天使』等よりよほど接しやすく、そのドジさ加減が女子の母性本能をくすぐるのか、女子の間では既に人気者になっているようだ。
 が、如何にフィーが受け入れられようと、狼にとっては所詮平穏を乱される原因でしかない。暢気に『よかったよね、フィーちゃん、馴染んでるみたいでさ』等とほざく久義の様な気分にはなれなかった。
「・・・はぁ・・」
 心底かったるい、とばかりに嘆息し、狼は全身を弛緩させた。そのまま寝るつもりで瞼を閉じる。
 が、ユサユサ、ユサユサ・・と揺すられ、
「起きてくださいよぉ〜」
 と声をかけ続けられれば、寝る気も失せようというものだ。
 しかたなく体を起こし、「何だ?」と尋ねる。
 そんな狼の心底面倒臭そうな問いかけに満面の笑みを浮かべ――
「お弁当、です!」
 と布巾に包まれた弁当箱を差し出した。
 途端に「おぉぉ〜」と言う歓声が上がった。
 少し頬を赤らめながらも、満面の笑みで弁当を差し出すフィーの姿は、正に彼氏に弁当を手渡す彼女、である。唯でさえ容姿の整った守天使。その中でも若干幼さの残る顔立ちをしたフィーがやると少女マンガもかくや、な光景になる。その姿にはクラスの男子も一瞬見とれ、女子はいきなり目の前で展開したラブコメチックな光景に黄色い声を上げる。
 が、やはり彼氏役はノリが悪い。嘆息混じりでガリガリと頭を掻く狼に、フィーは笑顔で追い討ちをかけた。
「愛妻弁当ですっ」
「一遍精神科行って来い」
 です、のすの部分に掛かる速度でスッパリ切り捨てた。
「はぅっ!?」
 ショックを受けた様に固まるフィーに、狼は呆れた様に続ける。
「家に居つくのは許可したけどよ、恋人になった訳じゃねぇだろ。いらねぇ妄想してんな」
 心からの呆れが篭った声に、「あぅ・・」といじけるフィー。
 が、それも一瞬。即座に復活したフィーは
「じゃ、それは今後の課題にするとして・・・。お昼にしましょう、狼様!」
 と満面の笑みで続ける。余りの立ち直りの早さにクラスメイトがポカンとする中、平然としている狼は、「前半部分は色々と突っ込みたいが・・・後半には賛成だな」と嘆息交じりで腰を上げた。
 そしてニコニコと待つフィーから弁当の包みを受け取り、久義、リュイーに声をかける。
「行こうぜ? 久義、リュイー」
 その言葉に、二人が自分の弁当を手に席を立つ。
 それを見る事すらなくスタスタと足を進めている狼の後ろにフィーが。その後ろに久義とリュイーが並んで続く。
 そんな四人をクラスメイト達は困惑の表情で見送った。



見事なまでに人並みを披露してくれたフィー。
美姫 「これからの苦労が忍ばれるわね」
しかし、こんな事で異種との戦闘は大丈夫なんだろうか、ちょっと不安だが。
美姫 「そもそも何で守天使に選ばれたのか、よね」
何かあるのか、ないのか。
美姫 「続きはすぐ!」



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