『左手に風を、右手に雷を』




「なぁなぁロー、あの娘すっげー綺麗じゃない?」
 その声に、ロー――迅野(じんの)狼(ろう)は手元の雑誌から視線を上げた。下らなそうに周囲を見渡し、ガリガリと頭を掻く。そしてテーブルの対面に座る少年に
「どれだよ?」
と尋ねた。
 尋ねられた少年――都築(つづき)久義(ひさよし)は、その小柄な体躯と明らかに年齢よりも低く見える童顔に人畜無害そうな無邪気な笑みを浮かべ――
「ほら、あの見るからにオッパイおっきくて揉んだら楽しそーな娘」
 明らかに人畜有害かつ有邪気な台詞を宣いつつ、件の少女とやらを指し示す。狼は一瞬目の前の選び間違えた――と言うか、いつの間にやら己との友人関係が何故か構築されていた有害物質を冷め切った視線で見据え、『言うだけ無駄か』とでも言わんばかりにその指先に視線を向けた。
 その先には、一人の少女。セミロングの髪は墨を垂らした様に真っ黒で、光に照らされて青くすら見える。顔立ちも整っているし、体型も――久義の邪気たっぷりの台詞ではないが、豊満といって良いだろう。それも、太っている、とか整形したんじゃ、等と言った感想が出てこないのは、スタイルに歪みが見えない事と、髪型、顔立ち、体型の全てがそろってこその少女なのだと思える程に、自然に整っているからだろう。
 狼はそんな少女を視線の隅に捉え、「まぁ、そうかもな」と返す。そんな狼に久義は身を乗り出し、唾を飛ばして非難した。
「何でそんなに冷めてるのさ! 知り合いになろーとか、あわよくば仲良くなって頂いちゃおーとか思おうよ! 男でしょ! いや、むしろ漢(をとこ)でしょ!」
「思わねぇ、っつーかだ、お前の妄想(ソレ)は犯罪だ」
「違うね! 漢の浪漫さ!」
「限りなくベクトル違ってるだろ、そのロマン・・・」
「違ってない! 漢は野生の本能に生きるべきだ! その果てに浪漫が、そして栄光があるんだよっ!」
 ヒートアップしていく久義は、拳を握り、漫画なら瞳孔辺りに炎の描写が描かれそうな様子で言葉を続ける。
「そう! 男はみんな狼であるべきだっ! 可愛い女の子と綺麗な女性と魅力的なレディに目を奪われるかわりに貞操を奪うような! 例えその娘が幼児だろうが少女だろうが熟女だろうが守天使だろうがだっ!」
「守天使(ガーディス)、ね・・・」
 無意味にヒートアップして行く久義とは、正反対に冷めた様子で狼が呟く。
「何か言った!?」
「いいや、それより、お前の守天使はまだか?」
 何故かボディービルダーの様なポーズを決めつつ尋ねる久義に、狼はヒラヒラと右手を振りつつ返した。
 途端に、久義が笑み崩れた。
「ん? リュイー? もうちょっと掛かるんじゃないかな、ちょっと凝り性だからね、リュイーって」
「そーかよ」
――たかがファーストフード頼むだけのどこに凝れるってんだか・・。
 嘆息交じりに胸中でごち、視線を雑誌に戻す。キョロキョロと女漁りに精を出す久義を意識から締め出しつつ、紙面に書かれた内容を目で追いかける。とは言え、雑誌に熱中している訳ではないらしく、狼の表情はどうにも退屈そうだ。
 キョロキョロと挙動不審な視線をあちこちに向けていた久義は、そんな狼の姿を視線の端に留めて小さく苦笑する。
――ちょっとは楽しもうとか思わないのかねぇ、ローは・・って無理か。
 高校男子の平均的な身長でしかないが、引き締まった痩躯は均整の取れたものだ。目を見張るほどの美系でこそないが、それなりに整った顔立ちをしているし、雪の様な白髪に飾られ、幻想的なイメージも付加されている。人並み程度には女受けもするだろう――表情が浮かんでいれば、だが。スポーツ少年、と言った印象を抱かせる引き締まった体つきながら、狼の纏う雰囲気には歳相応の闊達さはない。怠惰、諦観、そう言ったものが狼の全身を包んでいた。そして、眉間から左頬にかけての傷跡も相まって、近寄りがたいものを感じさせる。
 今狼は雑誌に視線を落としているが、仮にそれが狼の好むバイクの雑誌ではなく、教科書だろうと仏教の経典だろうと変わらないだろう。今の狼がしているのは、結局暇つぶしでしかなく、文章の内容も頭の中に入っている訳でもないのだろう。ページを繰る、と言う動作、そして文字を追うと言う動作そのものが、時間を潰す事になっているのだ。――非生産的極まるが。
 片や文章を目で追うだけの暇つぶし、片や挙動不審な女漁り。そんな相対称かつ、どう考えても二人一緒にいる必要皆無な行動をしていると――
「ごめんね久義、待たせちゃって。迅野様も」
 透き通った声が二人の間に割り込んだ。
 その声に狼は再び視線を上げる。
 その先には、長い金髪を三つ網にして顔の左側から垂らした少女。無表情に「いや・・」と答える狼とは対照的に、久義は無邪気な笑みを浮かべ「いいっていいって。お帰り、リュイー」と良いながら自分の隣をポンポンと叩く。ここに座れ、と言う事だろう。
 リュイーはハンバーガーとポテト、ジュースがそれぞれ三つ載せられたトレイをテーブルに置くと、久義の隣に座る。満面の笑みで迎える久義ににこやかな笑みを向けると、トレイから久義の分のハンバーガーを取って手渡す。
「はい、久義」
「うん、ありがと」
 早速とばかりにかじりつく久義に、リュイーはクスリと笑みを漏らす。どう見ても、中睦まじい恋人同士――世に言う馬鹿ップルである。
 狼がそんな二人を冷めた目で眺めていると、その視線に気づいたか、リュイーが狼へと視線を向けた。守天使の特徴である蒼と緑、左右色違いの目が狼の目とあった。
「どうかしましたか、迅野様?」
 尋ねてくるリュイーに狼は「いや・・何も」と短く答える。
「そうですか」
 柔らかな笑みを残して自分のハンバーガーを取るリュイーに習い、狼もハンバーガーに手を伸ばした。包装紙を向いていると、
「あ、ロー。もしかして羨ましかった? やっぱり女の子に取ってもらいた」
「阿呆。な訳あるか」
 楽しそうな久義の声を遮って、狼の冷めた声が答える。が、聞いていないのか、聞いていても関係ないのか、久義は言葉を続ける。
「ダメだよ、リュイーは僕のだから。女の子は紹介してもいいって言うか、むしろ紹介しまくってあげるけど」
「アタシは別にいいけど?」
「ダメ、僕が嫉妬する」
 小首を傾げてのリュイーの言葉に、にこやかに断言する久義。
「って事で、僕の情報網を駆使して、取って置きの女の子達を紹介して紹介して紹介しまくってあげるから! それはもう幼女だろうが熟女だろうがローのお好みのままに! むしろこんなにいっぱいいたら選べないよってローが泣くほど!」
「むしろ黙れお前は」
 呆れた様な狼の言葉に、久義は不満そうに黙り込んだ。膨れっ面でイジけた様な表情といい、明らかにいたいけな子供に見えるのだが――
「ふんだ、ローのムッツリサディスト・・僕じゃなくてMっ気ある女の子虐めれば良いのに」
 言ってる事は明らかに子供への毒性が強すぎる。
「あ、そっか。Mっ気ある女の子、紹介し」
「口が無理なら、心臓、止めてやろうか? 人為的かつ強制的に」
 ポテトを口に放り込みつつ、サラッと言った狼に、ジュースを飲もうとストローを咥えたまま久義が固まる。そのままギチギチとリュイーに向き直り、
「リュイー、僕を守って」
「迅野様が相手なら、アタシじゃ無理だと思う」
 苦笑しつつリュイーが首を振る。その言葉に、久義の首がまたギチギチと動き
「ロー、やめて?」
「却下」
 狼に向き直ると同時に出した久義の言葉を、即座に切り返す。
「お願いだから」
「断る」
「死にたくないんだけど、僕」
「だったら黙れ」
「イエッサー」
 何故か背筋を伸ばして敬礼する久義に、狼は呆れた様に嘆息し、リュイーはそんな二人のやり取りにクスリ、と楽しげな笑みを浮かべた。



 『異種』と呼ばれる存在。歪んだ獣の影の様な姿をしたその害悪が確認されてから、10年以上が過ぎた。どこから現れたのか、どうして生まれたのかは誰も知らない。『政府の陰謀』『悪魔の使者』『宇宙人の尖兵』色々な事が囁かれたが、誰も実際の理由は知らない。
ただ一つ確かな事は、それは人類にとって害である事。
そして、一般人に力はない。
異種が現れれば逃げるより他にない。
だが、逃げ切るのは難しい。
軍が出れば鎮圧できる。
だが、軍隊は有限だ。人類全てにつく事はできない。
人々は外出を控え、異種の恐怖に脅えた。
そんな時、人類にとっての奇跡が起きた。
想像上でしか存在しない。そう言われた『神』は実在した。そして、天使も。
神は地上に天使を使わした。一人に一人。人間以上の力を持ち、異種から人間を守る力を持つ天使が、それぞれその傍らに立つことになった。
美しい容姿に、蒼と緑、左右で色の違う瞳をした天使。
彼ら、彼女らは、人々からこう呼ばれる事になる。
『守天使――ガーディス』、と。



初めまして。
美姫 「初投稿ありがとうございます」
オリジナルの話で、一気に五話も頂きました。
美姫 「今回はまだ最初なので触り部分って感じね」
だな。いきなり現れた異種と守天使か。
主人公らしき狼には守天使がいないみたいだけれど。
美姫 「その辺りもどうしてなのか徐々に分かってくるのかしら」
楽しみだな。
美姫 「うんうん。これからどんな物語が紡がれていくのか楽しみよね」
そんな気になる続きは。
美姫 「この後すぐ!」



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