『ニーベルングの指輪』

 第二夜 ジークフリート


                             第一幕  恐れを知らぬ若者 

 鬱蒼と茂った森の中。高い木々の下に様々な生き物達がおり森は何処までも続くかの様である。木の下にも草があり時折岩も見える。
 そんな緑の中にミーメがいた。相変わらず白衣を着ている。そしてかつて兄であるアルベリヒに虐げられていた時と同じく嘆いていた。
「何たる苦しみだ、無駄な苦労だ」
「またぼやいてるよ」
「そうだね」
 小鳥や動物達はそんな彼を見てひそひそと彼等の言葉を話す。
「相変わらずだけれど」
「進歩がないね」
「わしの鍛えた最上の剣だというのに、巨人でさえ砕けないと思ったのにあいつは砕く」
 こう言って嘆いて頭を抱えている。
「おもちゃみたいに真っ二つだ。あそこまで簡単にだ」
「確かにあれはね」
「凄いね」
「普通じゃないよ」
 どうやら動物達も小鳥も知っているらしい。
「あの子の力はね」
「普通じゃないよ」
「ノートゥングならどうにかなるかも知れんが」
 ミーメはここで腕を組んで思索に入った。
「しかしわしでもあれを溶かし元に戻すことはできん。あの無鉄砲な奴にノートゥングを鍛えて与えてやればわしを尊敬するようになるのだろうがな」
「無理だろうね」
「そうだね」
 動物達は今の彼の言葉は否定した。
「この人じゃね」
「まずそれはないね」
「しかしじゃ」
 ミーメはぼやき続ける。
「わしにはできん。できんことは他にはじゃ」
 ここでさらにぼやくのだった。
「あの恐ろしいファフナーを倒せるのは。黄金とあの指輪を守っているあいつを倒せるのは」
 ミーメのその小さな目が光った。
「あ奴だけじゃろうな。力だけでなく素早くもある。それに恐れを知らぬ」
 その若者のことを言っているらしい。
「あ奴ならばのう。その為には」
 目がさらに光った。
「ノートゥングじゃ。あいつにノートゥングを与えて」
「けれどね」
「そのノートゥングがね」
「しかしわしですら無理だ、あの剣を鍛えるのは」
 ミーメはここでまた嘆いた。その両手で己の頭を抱える。
「どうすればいいじゃ。あ奴はおまけにわしの剣を全て壊してしまう。しかもそのうえでわしを罵る。やれへぼだの腕が悪いだのと」
「ホイホーーーー、ホイホーーーー!」
 ここでだった。森の奥から若い男の声が聞こえてきた。
「噛み付け、噛み付け!」
「うわっ!」
 何とミーメのところに巨大な熊が出て来た。その上に精悍な若者が乗っていた。 
 顔は引き締まり若々しい。しかも端整であり口元には微笑みがある。青い目からは強い光を発している。髪は見事な金髪でそれを後ろに撫でつけたなびかせている。白い詰襟の軍服とズボン、そして黒いブーツである。その出で立ちの若者が熊の背にいた。
「こんな馬鹿な奴は食ってしまえ!」
「おい、止めろ!」 
 その熊をけしかけられたミーメは思わずその若者に言い返した。何とか熊から逃げようとしている。
「一体何をするんだ!」
「御前をやっつける為に連れて来たんだ」
 若者は熊から飛び降りながら彼に告げた。その動きは実に軽やかである。高い熊の背から降りても何ともないといった感じである。
「いつも役に立たない剣ばかり作る御前をな」
「剣はまた作っておいたぞ」
 ミーメはたまりかねた声で彼に告げる。熊に怯え木の上にあがったうえでの言葉だ。
「だからその熊を追っ払ってくれ」
「剣をか」
「そうだ。だからその熊をだ」
「わかった。じゃあもういいぞ」
 若者はミーメに対するのとはうって変わって優しい顔と声で熊に告げた。
「御苦労だったな」
「何で生きたまま連れて来たんだ」
 熊が去って行くのを見ながら若者に抗議する。何とか木から下りる。その動きがどうにも猿に似ている。
「全く」
「御前より役に立つからさ」
 こう返す若者だった。
「家に座ってるばかりで役に立たない剣ばかり作る御前よりな」
「ジークフリート、そんなことを言うのか」
「僕は聞いたんだよ」
 ここでその若者ジークフリートはミーメに対して告げるのだった。
「深い森の中でね」
「この森でか」
「何かの囁きを」
 笑いながら彼に告げる。
「そしてその誘うままに角笛を吹くと」
「あの熊が来たというのか」
「友を呼んだのさ」
 高らかな声での言葉だった。
「そして藪の中から出て来たのがあの熊だったんだ」
「あの熊がか」
「そうさ。僕はあの熊が気に入ったんだ」
 笑みはそのままである。
「御前なんかよりずっとな」
「何でまたいつもわしにそんなことを言うんだ」
「じゃあ役に立つ剣を作れ」
 ジークフリートは彼には容赦がない。
「いいな、役に立つ剣をだ」
「それなら一本作っておいた」
 先程言ったその剣のことだ。
「それを使え」
「これか」
 見れば岩の上に一本の剣があった。白銀の光を放つ如何にも鋭そうな剣である。
「これがそうなんだな」
「そうだ。今度は御前の力でも折れはしない」
 ミーメは胸を張って言う。
「決してな」
「それじゃあ」
 ジークフリートはまずその剣を手に持ってみた。そのうえで大きく一振りする。するとだった。
 何とそれだけで剣は粉々になってしまったのだ。一瞬であった。
「何と、この剣も」
「また駄目だったじゃないか」
 ジークフリートはその粉々になった剣を後ろに放り捨ててミーメに告げた。
「何だい、やっぱり御前はへぼじゃないか」
「わしをへぼだというのか」
「そうだ、大法螺吹きだ」
 こうまで言う。
「それでよく巨人だの激しい戦いだの勇敢な行動だの言えるな」
「それはわしが悪いのではない」
「あと熟練した守りだったな」
 ジークフリートの言葉は続く。
「偉そうに言うが僕の剣一本作れないじゃないか」
「それは御前の力が強過ぎるからだ」
 ミーメはそれを話に出した。
「そもそも何だ、さっきの振りの強さと速さは」
「僕は普通の力と速さしかないよ」
「いや、それは違う」
 ミーメはさらに抗議する。
「御前の力はだ」
「そんなに言うのなら僕が使える剣を作れ」
 とにかくそれを言うジークフリートだった。
「いいな、それは」
「何と恩知らずな奴だ」
 ミーメはここでもたまりかねて言った。
「そもそもな。御前はだ」
「何だっていうんだ?」
「わしが育ててるんだぞ」
 このことを言ってきたのである。
「このわしがだ」
「恩を着せるつもりか?」
「そう思うのならそう思え」
 ミーメも流石に頭にきていた。
「御前にいつも色々としてやってるだろうに」
「してやっているか」
「そうだ」
 怒った声で返す。
「いつも優しくして親切にしているな」
「そうだったか?」
「それを忘れたのか?親切にしてくれている相手には喜んで恩を返してだな」
「僕はそんなことを感じたことはない」
 あくまでこう言うジークフリートであった。
「全くな」
「全くだというのか」
「そうだ、僕は何でも自分でやる」
「とりあえずはじゃ」
 そんなジークフリートにまた言うミーメだった。言いながらあるものを出してきた。見ればそれは。
「食え」
「肉か」
「御前の為に焼いたのだぞ」
 こう言いながら鉄串に串刺しにした肉の塊を出してきたのである。
「御前の為に焼いたのだからな」
「僕の為にだっていうんだな?」
「そうだ。食え」
 また彼に告げる。
「何なら煮たものがいいか?それもあるぞ」
「それなら御前が食べろ」
 しかしジークフリートは彼の好意と見えるものにも素っ気無い。
「僕は自分で焼いて食べる」
「可愛がってやった仕打ちがこれか」
 またたまりかねた声を出すミーメであった。
「世話をしてやっているのにだ」
「まだ言っているのか」
 ジークフリートはその間に自分で肉を焼きはじめていた。
「そんなことを」
「いいか、わしは御前を赤ん坊の頃から育てているのだぞ」
「そういえば気付いた時には一緒にいたな」
「そうだろう?いつも育ててたんだぞ」
 このことを強調してみせてきたのだった。
「温かい服を着せて食べ物と飲み物をやり」
「これか」
 言いながら側にあった葡萄酒を口に含む。
「そういえば食べるものと飲むものはいつもあったな」
「それを手に入れるのも大変なのじゃぞ」
 恩着せがましく彼に告げていく。
「大きくなっても今みたいにだ」
「世話をしているというのか」
「寝床だってあるじゃないか」 
 今度言うのはそれだった。
「おかげで気持ちよく寝られるだろう」
「僕は何処でも寝られるんだけれどな」
「それにおもちゃを作ってやって角笛だって作ってやった」 
 今その角笛は彼の腰にある。その角笛を見ながらの言葉だった。
「それだってな」
「頼んだ覚えはないけれどな」
 言いながら焼けた肉にかぶりつく。強い仕草で引き千切って口の中に入れる。
 そして噛みながら。ミーメの話をとりあえず聞いていた。
「僕はな」
「色々なことを教えてやった。文字だってな」
 見ればあちこちにルーン文字もある。
「思慮深い言葉も教えたしわしの知っていることを全て教えた」
「まあそれはね」
「何か一つ欠けてる気がするけれど」
 ここで動物達が言った。
「それは何かな」
「ちょっとわからないけれど」
「御前が遊び回っている時にわしが汗水流して作ったりしていたのだぞ」
「だから頼んだ覚えはない」
「この苦労の報いが思いやりのない御前からの仕打ちだ。何ということだ」
「では言おうか」
 肉を食べながらここで彼に顔を向けてきたジークフリートだった。
「僕からも」
「何だ?」
「確かに御前には色々と教えてもらった」
 彼もそれは認める。
「しかし。一つだけ覚えられないことがあるんだ」
「それは何だ?」
「御前に対して我慢するということだ」
 目を怒らせての言葉だった。
「それだけはできない」
「わしに対してか」
「御前が僕に何をしても頭に来る。御前が側にいるだけでなんだ」
「それだけでだというのか」
「そうだ、それだけでだ」
 こう言いながらミーメを見る目をさらに怒らせていく。
「やること為すことをだ。何でなんだ?」
「まあそうだろうね」
「それは見ていればわかるよ」
 動物達は今のジークフリートの言葉に頷く。
「すぐにね」
「一目瞭然だよ」
「しかしだ」
 ここで言葉を換えるジークフリートだった。
「それでも僕は御前のところに帰ってくる」
「わしのところにじゃな」
「そうだ。どうしてなんだ?」
 半分怒った声でミーメを問い詰めだしてきた。
「御前より森の動物達や鳥や小河の魚達の方が親しめるのにだ」
「ああ、それはじゃ」
「わかるのか?」
「そうだ、わかるぞ」
「ならすぐに教えろ」
 長身であった。それで完全にニーベルング族であるミーメを見下ろしていた。ミーメも顔をあげてそのうえで彼に対して応えていた。
「いいな。それはどうしてなんだ?」
「そは簡単じゃよ」
 ミーメはにこにことしてみせて彼に応えた。
「御前が本当はわしを好いておるからじゃ」
「ふざけるな!」
 今の言葉にははっきりと怒りを見せたジークフリートだった。
「僕は御前に我慢ができないんだぞ」
「そうは言ってもじゃよ」
 それでも言い返すミーメはさらにこう言ってみせた。
「その通りなのじゃからな」
「根拠は何だ、それの」
「まずは静かにするのじゃ」
 一旦ジークフリートを大人しくさせることにした。
「よいか、それでじゃ」
「聞いてやる、何だ?」
「御前は乱暴に過ぎる」 
 このことを嗜めるのだった。
「もう少し大人しくなってじゃ」
「それではなしを聞けというのか?」
「そうじゃ。それでじゃ」
「わかった。聞いてやる」
 とはいってもジークフリートの態度はぞんざいなままである。岩の上に腰をどっかりと下ろしてそのうえで肉と酒を口の中に入れながら話を聞くのだった。
「それでどうなんだ?」
「若者は悲しい時には古巣を恋しく思うものじゃ」
「古巣をか」
「そうじゃ。恋しく思うということは愛しているということじゃよ」
 優しい声をわざと出してみせている
「だから御前はわしのところに戻って来てじゃ」
「僕がか」
「そうじゃ。それで御前はわしを愛しているということになるのじゃ」
 こう話すのであった。
「いや、愛さなくてはいけないのじゃ」
「愛さなくては!?」
「わしは親なのじゃよ」
 このことを強調してみせるのだった。
「親鳥が巣の中で雛を養う様にわしは御前の面倒をずっと見てやったのじゃよ」
「よくそんなことが言えるものだ」
 ジークフリートはここまで聞いて如何にも不服そうに返した。
「何てずる賢い奴だ」
「ずる賢いというのか」
「そうだ。そのずる賢い御前にもう一つ聞きたいことがあるんだ」
「それは何じゃ?」
「春になると」
 こう前置きしてからの言葉だった。
「春には小鳥達は喜びに溢れてさえずっている」
「私達のことね」
「そうだね」
 その小鳥達が彼の話を聞いて言い合う。
「それを言うなんて」
「見てるわね、あの子」
「一羽の鳥がもう一羽を誘っている」
「それがどうしたのじゃ?」
「御前は僕にあれは雄と雌だと言ったな」
「その通りじゃ」
 このことは記憶にあったのですぐに答えられた。
「そんなことか」
「そんなことかじゃない」
 ジークフリートは食べながらさらに言う。
「とても愛し合いお互いに離れない。巣を作ってその中で卵を抱いている」
「それが営みじゃよ」
「じきに雛は羽根をはばたかせて飛び立つ」
 ジークフリートはさらに言う。
「つがいの小鳥達は一生懸命雛を育てる。それは鹿も同じだった」
「全ての動物じゃがな」
「そうだ。狐や狼も同じだ」
 彼等もだというのだ。
「雄は餌を巣に運んで雌は子供に乳を飲ませる」
「それがどうしたのじゃ」
「僕はそこでわかったんだ」
 ジークフリートのその声が強いものになった。
「愛とはどんなものかを」
「愛とはか」
「そうだ。僕はいつもそれをじっと見ていた」
 子供が育つのを最後までというのだ。
「僕の母さんは何処にいるんだ、その母親は」
「御前は馬鹿か」
 話を聞き終えたまずはこう返したミーメだった。
「御前は何を考えておるのじゃ」
「何だと?」
「いいか、御前は鳥でも獣でもないのじゃぞ」
 このことを彼に告げる。
「それで僕を育てたっていうのか」
「そうじゃ」
「では僕の母親は誰なんだ?」
 またこのことを問うジークフリートだった。
「それを聞いているんだ」
「わしが全てなのじゃよ」
 こう返すミーメだった。
「わしが御前の父であり母なのじゃ」
「嘘をつけ」
 それを全力で否定するジークフリートだった。
「そんなことがあるものか!」
「何故嘘だというのじゃ?」
「子供は親に似るものなんだ」
 ジークフリートのその声が強いものになる。
「僕は幸いそれを見たんだ、小河で自分の顔を」
「御前の顔をか」
「動物達や美しい太陽や雲も一緒にだ」
「見たのじゃな」
「僕と御前は何一つ似ていない」
 ミーメのそのお世辞にも美しいとは言えない顔を見ながらの言葉だった。
「そう、全くだ」
「またそんな馬鹿なことを言う」
「馬鹿なことじゃない」
 ミーメの言葉を否定してみせた。
「もうわかってきたんだ。僕と御前が似ていないということが」
「別だというのか?」
「そうだ」
 まさにその通りだというのだった。
「そして僕の父親と母親が誰か。今日はそれを聞き出してやる」
「そんなことはどうでもいいことだ」
「いいわけがない」
 その声がさらに荒いものになった。
「何があっても聞くぞ。御前の作った剣を全て壊すこの力を使っても」
「暴力を振るうのか」
「この場合は別だ」
 食べ終わり飲み終わった。いよいよだった。
「いいな、何があってもだ」
「わかったわかった」
 暴力と聞いて遂に折れたミーメだった。
「わしは頭はいいが力は弱いのじゃ」
「ふん、やっとわかったか」
「わかったわい」
 渋々とした顔で頷いての言葉だった。
「本当にのう」
「それで何なんだ?」
「何故御前がわしを嫌うのかじゃが」
「その理由をか」
「そうじゃ。言うわ」
 苦い顔での言葉であった。
「わしは御前の親父でもなければ親戚でもない」
「やっぱりそうなんだな」
「しかし御前はわしのおかげで育ったんだぞ」
 それでもこのことを強く言うのだった。
「それは事実じゃ」
「それはか」
「そうじゃ。わしは御前のたった一人の友人じゃ」
「そう思ったことは一度もない」
「そしてそれと共に全くの他人じゃ」
 このことも認めるしかなかった。
「御前に同情して助けてやったのに。これでは」
「それでどうなんだ?知っていることを話せ」
「わかっておるわ」
 前置きはいいというのだった。
「それでは話すぞ」
「ああ。それでどうしてなんだ?」
 ジークフリートはじっと彼の話を聞こうとしてきた。
「僕はどうしてここに御前と一緒にいてそして母さんは」
「昔のことじゃった」
 ミーメはその記憶から話をはじめた。
「この森に一人の女が来た」
「女!?」
「雌と考えるのじゃ」
 森の生き物と自分しか知らない彼にわかりやすく話した。
「それがこの森に来たのじゃよ」
「雌・・・・・・女がか」
「人間の女がじゃ」
「人間というと僕と同じか」
「そうじゃ」
 このこともジークフリートに話をした。
「実はわしはニーベルング族で御前は人間なのじゃよ」
「そうだったのか。やっぱり僕と御前は」
「そういうことじゃ。わしは小人じゃ」
 今彼にこの事実をはじめて教えた。
「御前とはそこからして違ったのじゃ」
「そうか、それで僕と御前は」
「左様。では話を続けるぞ」
「ああ」
「その人間の女が呻きながら倒れているのを見てじゃ」
「どうしたんだ?」
 身を乗り出して問うた。
「それで」
「ここに運んで助けたのじゃ」
「助けたのか」
「その女はすぐに死んでしまった」
 ミーメは俯いて悲しげな声で答えた。
「御前を産んですぐにじゃ」
「僕を産んですぐに」
「そうじゃ、それで死んでしまったのじゃ」
 こう話すのだった。
「それでじゃ」
「僕を産んでか」
「うむ」
「それじゃあ僕のせいで」
 それを聞いてジークフリートは悲しい顔になった。
「母さんは」
「母さんはわしに御前を頼むと言って死んだ」
 声は自然にしんみりとしたものになっていた。
「そういうことなのじゃよ」
「そうだったのか」
「それでそれからはわしが」
「それはもう聞いた」
 恩着せがましい話はもう言わせなかった。
「それで次は」
「次は何じゃ?」
「僕の名前のことだ」
 このことを問うというのだ。
「僕の名前はジークフリートだな」
「それがどうかしたのか?」
「何故この名前なんだ?」
「それは御前の母さんがわしに言ったのじゃよ」
「その母さんがか」
「そうじゃ。このことも話そう」
 ジークフリートを見ながら話す。
「ジークフリートという名前なら御前は強く美しくなるだろうと言ってな」
「母さんが名付けてくれたのか」
「そういうことじゃ」
「そうか。じゃあ次は」
「まだ聞くのか」
「そうだ、聞く」
 たまりかねた調子になったミーメにさらに問うのだった。
「今度はその母さんのことだ」
「御前の母親のことか」
「名前は何といったんだ?」
「何と言ったかな」
 そう言われると覚えていない。首を捻るのだった。
「それは」
「覚えてないのか」
「いや、待て」
 こう前置きするのだった。
「思い出した。それでなのじゃが」
「何て名前なんだ?」
「一度だけ名前を自分から言ってくれた」
「それでその名前は」
「確かジークリンデといった」
 こう話したのだった。
「それはな」
「ジークリンデというのか」
「そうじゃった。確かな」
「そうだったのか。ジークリンデか」
 その名を聞いて自分も俯いたジークフリートだった。
「それが母さんの名前か」
「これでよいな」
「もう一つ聞きたいことができた」
 ところがまた顔をあげるジークフリートだった。
「いいか」
「もう言えることはないぞ」
「いや、ある」
 そう言ってさらに問うのだった。
「聞きたいことはまだある」
「ではそれは何じゃ?」
「父さんのことだ」
 次に聞くのはこのことだった。
「御前が僕の親じゃないことはわかった」
「うむ」
「それなら父さんもいる。それは誰なんだ?」
「それには会ったこともない」
 お手上げといった動作で応えるミーメだった。
「生憎じゃがな」
「母さんは何も言わなかったか?」
「殺されたとか言っていたのう」
 腕を組み首を捻りながら記憶を取り出した。
「そういえばじゃ」
「殺されたのか」
「それでじゃ」
 ここでたまたま自分の横にあった折れた剣を出してきた。見事に横で真っ二つになっている。
「この剣じゃが」
「ずっと前からあるその折れた剣だな」
「そうじゃ。これじゃが」
 また話すミーメだった。
「その父親が持っていたというのじゃ」
「父さんの・・・・・・」
「その御前の母親が言っておった。最後の戦いで使っておったと」
「じゃあこれが父さんの形見なんだな」
「そうなるのう」
 よくわからないといった調子のミーメだった。
「よくは知らんのじゃがな」
「そうだったのか」
「そうじゃ。知らんのじゃ」
 今度は正直に言うのだった、
「わしが知っているのはここまでじゃよ」
「ならミーメ」
 ここでジークフリートは身を乗り出してきた。
「御前に言いたいことがある」
「もう本当に何も知らんぞ」
「知っていることじゃない」
 それは否定するのだった。
「いいか、その折れた剣じゃが」
「どうするというのじゃ?」
「その剣を元に戻してくれ」
 こう言うのだった。
「いいな、すぐにじゃ」
「この剣をか」
「そうだ」
 言葉はさらに強いものになった。
「その折れた剣だけを信じられる」
「どういうことじゃ、それは」
「いいか、すぐに元に戻すんだ」
 有無を言わせぬ口調だった。
「わかったな、今日中にだ」
「今日中だというのか」
「そうだ、そして」
 語るその目が明るいものになっていた。
「この森から出て世の中に出るんだ」
「世の中じゃと」
「御前から離れて自由になるんだ」
 立ち上がっての言葉だった。
「その為にもだ、いいな」
「おい、待て」
 何処かに行こうとするジークフリートを呼び止める。
「一体何処に行くんだ」
「少し出て来る」
 こう言って去るジークフリートだった。
「それじゃあその間に元に戻しておくんだ、いいな」
「一体何なのじゃ」
 突拍子もない彼の行動に今は困惑するしかない彼だった。
「あいつは。本当に」
 しゃがみ込んでまた不平を言う。
「あいつにはあの化け物を倒してもらわないとならないのにのう。しかもじゃ」
 次はその折れた剣を忌々しげに見るのだった。
「この折れた剣だけはどうにもならん。何なのzた」
「もし」 
 するとだった。また人間の声がしてきた。
「宜しいかな」
「誰じゃ?」
 ふと声がした方を振り向くとそこには人間らしき男がいた。唾の広い帽子を目深に被り顔の右の部分を隠している。その顔の左半分は引き締まり見事な髭がある。左手に槍を持ち古ぼけた濃い灰色のマントを羽織っている。着ている服はマントと同じ色の軍服であった。
 その男が来てだった。ミーメに声をかけてきたのだ。
「旅に疲れた者を休ませてくれないか」
「この森に来たというのか」
「そうだが」
「珍しいというものではないな」
 ミーメはその旅人を見て目を顰めさせた。
「こんな深い森に人が来るというのは」
「さすらい人と言われている」
 旅人はこう名乗ってきた。
「遠くまで旅にさすらい地上のあらゆる場所を巡ってきた」
「さすらい人というのならここに留まることはないだろう」
 まずはこう冷たく返したミーメだった。
「すぐに何処かに行くといい」
「そうはいかん」
 しかしさすらい人はこう彼に返した。
「わしに不親切にするとじゃ」
「何があるというのじゃ?」
「禍があると言われている」
 半ば脅しの言葉であった。
「それだけでな」
「旅人に冷たくすればということか」
「そう考えてもらってもいい」
 こうも返したさすらい人だった。
「とにかくだ。善意をもらいたい」
「わしはいつも禍を受けておる」
 ジークフリートのことである。
「そのわしに禍をさらにというのか」
「善意には知識で返そう」
 さすらい人は交換条件を提示してきた。
「わしはあらゆる場所を巡り多くのことを見てきたからだ」
「知識をか」
「心の痛みを取り除くこともできるが」
「生憎わしはそんなことには興味がない」
 しかし彼はこう返すのだった。
「一人でいたいんだ。あんたは別にいい」
「大抵の者は自分が利巧だと思っているが」
 さすらい人は聞かれる前に述べてきた。
「実は一番知らなければならないことを全く知らないのだ」
「そうだというのか」
「そうだ。そしてだ」
 彼はさらに言うのだった。
「その人に役立つことをわしは質問させる」
「質問をか」
「そうしてもてなしの礼に応えるのだ」
「多くの者は無用な知識を有り難がるがじゃ」
 ミーメも負けてはいなかった。
「わしは必要なことは知っておる」
「知っているというのか」
「そうじゃ。だから充分だ」
 ここでも冷たく返すのだった。
「だからあんたに用はないのじゃ」
「まあそう言うな」
 ここまで聞いても冷たいままの彼だった。
「そんなことはな」
「おい、待て」
「いいではないか」
 さすらい人は強引に岩の上に腰を下ろしてしまった。ミーメが止めてもだ。
「別にな」
「何という図々しい奴だ」
「それでだが」
「何だ?」
「余興を考えた」
 こう彼に言ってきたのである。
「面白い余興をな」
「余興だと?」
「そうだ。余興だ」
 またミーメに告げた。
「わしの首を賭けよう」
「首を?」
「知恵比べにな」
「わしと知恵比べをするというのか」
「そうじゃ。御前に役立つことを御前がわしに質問してもわからなかったり」
 こう言うのだった。
「わしの知恵が足りなかったらわしの首は御前のものだ」
「そうするというのか」
「それでどうじゃ」
「何なのだこいつは」
 ミーメはいい加減そのさすらい人に恐怖を感じだしていた。
「不気味な奴だ。それではじゃ」
 彼は言うのだった。
「こいつがわからないような話を聞いてやったじゃ。よし」
「それでどうするのだ?」
「それに乗った」
「賭けるのだな」
「うむ、用心深く答えるのじゃな」
 さすらい人に顔を向けて指差したうえで念を押してみせた。
「質問を三回するからな」
「三回答えよというのだな」
「そうじゃ。どうやらあんたは」
 さすらい人を警戒する顔で彼に告げた。
「この地上を随分沢山歩き回ったのじゃな」
「その通りだ」
「この世の中を広く旅したのなら知っておるだろう」
「ではまずは何を聞くのだ?」
「地下に住んでいるのは何じゃ?」
 このことを彼に問うのだった。
「その種族は」
「地下の深い場所にいるのは」
 彼の問いにさすらい人はゆっくりと答えてきた。
「二ーベルハイムが彼等の国だ」
「その国がか」
「彼等は黒いアルプでかつてはアルベリヒがその王だった」
「アルベリヒ」
 その名前を聞いて暗い顔になったミーメだった。
「あいつの名前まで」
「あの男は魔法の指の力でニーベルングの者達を好き勝手に働らかせていた」
「そのことまで知っているのか」
「数え切れぬまでの光り輝く財宝を積み上げさせてこの世を支配しようとした」
「そこまで知っているのか」
「これでよいか」
 ここまで話したのだった。
「これで」
「いいだろう」
 ミーメも渋々ながらそれを認めた。
「わかった」
「では二番目の質問だな」
 さすらい人の方から言ってきた。
「それだな」
「それか」
「次は何を聞くのだ?」
「大地の背のことだ」
「地上か」
「まず人間達がいる」
 彼等のことをまず述べた。
「そしてその他には誰がいるのだ?」
「地上には人間達の他に巨人族がいる」
 彼等だと答えるのだ。
「彼等はリーゼンハイムという国にいる」
「その国にだな」
「そう、そして」
 彼はさらに話してきた。
「その国の主は二人いた」
「二人か」
「ファゾルトとファフナーの兄弟だ」
 彼等だというのである。
「彼等はニーベルングの宝を羨みその莫大な宝を手に入れた」
「うむ」
「その時に指輪も手に入れた」
「指輪のことも知っているのか」
「しかしだ」
 今のミーメの言葉には応えずにさらに言ってみせてきていた。
「その指輪を巡って彼らは争い」
「そして」
「ファゾルトは倒れファフナーは竜となりある洞窟で財宝を守っている」
 さすらい人は言いながら森の奥に顔を向けてみせた。ミーメはその仕草を見て内心ギクリともなった。
「そうなっているのだ」
「そうか」
「これでいいか」
 ここまで話してまたミーメに問うた。
「この話は」
「うむ、それでいい」
 彼の言葉に真剣な面持ちで頷くミーメであった。
「わかった」
「それでは三番目だな」
「それだが」
 それを受けて話してきたミーメだった。
「次には天界のことを聞きたい」
「そこなのだな」
「そうだ、天界はどうなっている」
「それが三つ目の質問だな」
 さすらい人はこのことをミーメに確認するのだった。
「それでいいな」
「それでいい」
 そしてミーメもそれでいいと答えた。
「それでどうなのだ、天界は」
「天界には神々がいる」
 さすらい人は答えはじめた、
「彼等の城はヴァルハラといい」
「あの城か」
「そうだ、天に浮かぶ高貴な城だ」
 さすらい人はヴァルハラをこう評した。
「そして彼等は光の精である」
「光か」
「そして光のアルベリヒなるヴォータンがだ」
 ここでは自嘲めいたものも含まれていた。
「彼等を治め世界のトネリコという大樹から」
「ユグドラシルだな」
「知っているのか」
「聞いてはいる」
 ミーメもそれは知っているのであった。
「世界の中心に生えているあの大樹のことはだ」
「では言おう。その大樹のもっとも神聖な枝からだ」
「そのヴォータンは何をしたのか」
「一本の槍を作った」
 彼は語ると共にその左手の槍も見た。
「その槍はだ」
「どうだというのだ?」
「大樹が枯れても損なわれることはない」
 ここでまた槍を見るのであった。
「ヴォータンはその槍の穂先で世界を治めているのだ」
「世界をだな」
「そうだ。聖なる契約を示すルーンの言葉によって」
「それによってだな」
「彼はその文字を槍の柄に刻んでいるのだ」
 ミーメはここで見た。その槍を。
 遠目ではあったがそこにあったものは。
「やはり」
「ヴォータンの拳が握っているこの槍を動かす者は」
 ミーメが槍を見るその間にも彼の言葉は続く。
「世界の支えを手にすることができる」
「世界を」
「ニーベルングの一族も彼には屈し巨人達も彼の言葉には従う」
「誰もがか」
「そうだ、誰もがだ」
 さすらい人の言葉は何時しか峻厳なものになっていた。
「彼等全ては永遠にその槍を持った者に従う」
「永遠に」
 ミーメは彼の言葉に息を飲んでしまった。
「従うだと」
「そうだ、この槍を持った者にだ」
 突風が起こった。嵐の様な。それで彼は一旦言葉をとぎってみせたのだった。
 しかし暫く時間を置いてから。彼はミーメに対して問うてきた。
「では賢い小人よ」
「わしのことか」
「そうだ。答えてくれ」
 ミーメを見据えながらの言葉であった。
「私は質問に答えられたか。私はもう自由なのか」
「そうだ、自由だ」
 ミーメは恐れをなしながら彼に答えた。
「だからもう行くといい、すぐにだ」
「御前はもっと役に立つことを聞くべきだった」
 さすらい人は立ち去ろうともせず彼に告げてきた。
「そういう知識を与える為に私は首を賭けたのだ」
「必要な知識か」
「そうだ」
 そうだというのである。
「御前は何が自分の役に立つのかわかっていないな」
「わかっていないだと」
「それではだ」
 今度は彼から言ってきたのであった。
「今度は御前の首を賭けに出してもらおうか」
「何だと!?」
「御前のもてなしはよかったとは言えない」
 これは皮肉であった。
「だが炉辺の暖かさを貰う為に私は首を賭けたのだから」
「わしもだというのか」
「そうだ。次は御前だ」
 またしても有無を言わせぬ口調であった。小心なミーメはそこから逃れられなかった。
「御前が答える番だ」
「わしだというのか」
「さあ、どうなのだ」
 彼はミーメに対して問うてきた。
「三つの問いに答えられるのか」
「わしに知らないことはない」
 ミーメは怯みながらもそれでも虚勢を見せはした。
「それこそな。わしはニーベルング族で随一の賢人と言われてきたのじゃ」
「では答えられるな」
「この世にあるものならば」
「では問おう」
 こうして今度はさすらい人がミーメに問うのであった。
「ヴォータンが厳しく扱いながらも最も愛している一族は何か」
「英雄の一族については詳しくはない」
 しかし名前は出せたのだった。
「しかしその質問には答えられる」
「そうか」
「ヴェルズングの一族はヴォータンが人の女との間に作った一族であり」
 彼はそのことを知っていたのだった。
「そして彼が辛くあたってももっとも愛されている希望の一族なのだ」
「彼にとってはだな」
「そうだ。その中の兄妹であるジークムントとジークリンデは」
 先程ジークフリートに告げた名前が出されていた。
「絶望に陥れられた双子の夫婦だった」
「その者達のことを知っているのか」
「彼等はヴェルズングの中でもっとも強き英雄を生んだ」
「その名は?」
「ジークフリート」
 こう答えるのだった。
「それがその英雄の名だ」
「わかった」
「これでいいか」
 ここまで答えたうえでさすらい人に対して問い返した。
「わしは無事か」
「御前の返答は全て正しかった」
 これがさすらい人の回答だった。
「まずはいいとしよう」
「そうか」
「そしてだ」
 すぐにであった。こう彼に言ってきたのである。
「第二の質問だ」
「うむ」
「そしてそのジークフリートをだ」
「その英雄のことか」
「そうだ、彼だ」
 ジークフリートのことだというのである。
「一人の賢いニーベルングがジークフリートを育てているな」
「それがどうした」
「彼はジークフリートに竜を倒させ」
 既にそれを見抜いているのだった。
「指輪を手に入れ財宝の持ち主になろうとしている」
「忌々しい奴だ」
 ミーメは話を聞いていて舌打ちせずにはいられなかった。
「やはり全て見抜いているのか、こいつは」
「その為にだ」
 さすらい人はミーメの舌打ちをよそにまた言うのだった。
「ジークフリートはどの剣を持たなければならないのか」
「ノートゥングだ」
 それだと返すミーメだった。
「誰もが手に入れたいと望むものだ」
「そのノートゥングをだな」
「そうだ、その剣をだ」
 はっきりと答えはしたが顔は忌々しげなものであった。
「ヴォータンはかつてその剣を一本のトネリコの幹に突き刺した」
「そうだったな」
「そうだ、我等にとっては少し前の話だ」
 既に相手のことは完全にわかっているのだった。
「それを幹から引き抜いた者こそがだ」
「何だというのだ?」
「その持ち主となるべき者だった」
 言葉は過去形であった。
「だがどんな勇者も抜けなかったが一人がそれを果たした」
「その者は誰だ?」
「それこそがジークムントだった」
 言葉はここでも過去形だった。
「彼は戦いにそれを携えて行ったが剣はヴォータンの槍が砕かれた」
「砕かれたか」
「今はその欠片を一人の鍛冶屋が持っている」
 自分だとはあえて言わない。
「勇敢で愚かな若者ジークフリートがだ」
「あの若者がか」
「そうだ。あの若者が竜を倒す時に」
 その時だという。
「その剣だけが役に立つということを彼は知っているのだ」
「その時にか」
「そうだ、彼がだ」
 あえて誰とはここでは言わなかった。
「彼はだ」
「わかった」
「これでいいのだな」
「そうだ。御前の首は保たれた」
 こうミーメに告げるさすらい人だった。
「それは私が保障しよう」
「そうか」
「御前は賢い者の中でもとりわけ賢い」
 彼は言った。
「御前の賢さには誰も適うまい」
「褒めても何も出ないぞ」
「貰う必要もない。そうだな」
 言葉はここで皮肉なものになってきた。
「その若者を小人の為に利用しようとは。賢いものだ」
「ふん、誰のことだ」
「わかっていると思うがな。それでだ」
 彼はここでまた言ってみせてきた。
「三番目の質問だ」
「最後だな」
「そうだ、最後だ」
 このことは強く保障してみせた彼だった。
「それは言っておこう」
「では何だ?」
 問う彼の顔はいよいよ強張ってきていた。
「その最後の問いは」
「誰が鍛えるのか」
 彼がミーメに問うたのはこのことだった。
「誰がその欠片になっている剣を鍛えるのだ」
「少なくともわしではない」
 彼はこれ以上になく忌々しげに答えた。
「わしではないのだ」
「御前ではないというのだな」
「そうだ、わしではない」
 彼はまた言った。
「わしではとても鍛えられない。どうにもならない」
「では他の者か」
「誰なのか、それは」
 彼は首を横に振った。
「しかしわしではないのは確かだ」
「曖昧な返答だな」
「では首はないというのか?」
「いや、それでいい」
 しかしさすらい人はここでは大人しかった。
「その返答でいいのだ」
「その言葉嘘ではないな」
「嘘ではない」
 また答える彼だった。
「それもまた保障しよう」
「そうか」
「御前は三回質問し私は三度答えた」
 先程のことを言ってきたのである。
「つまらない関係のないようなことだったが」
「ふん、そう思いたいのなら思うがいい」
「御前の一番身近にあること、役に立つことはだ」
「それをか」
「そうだ、それを聞かなかった」
 こう彼に告げるのだった。
「だが私がそれを言い当てればだ」
「どうだというのだ?」
「御前は気が触れるであろう」
 笑いもせずに彼に告げてきた。
「必ずな」
「そう言うのか」
「言えると答えよう」
 そうだというのである。
「少なくとも私はこの頭を勝ち取り」
「元々興味もなかったがな」
「そして御前も少なくとも今は生き延びた」
「このまま永遠に生き延びてみせるさ」
「その知恵に敬意を表してだ」
 彼は言うのだった。
「竜を倒す勇敢な人間は誰か」
「人間なのだな」
「そうだ、今は生き延びている小人よ、よく聞くのだ」
 言葉は予言めいたものになっていた。
「恐れを知らぬ者だけがそれをできるのだ」
「竜を倒すことをか」
「そしてノートゥングを鍛えることができるのだ」
 彼は告げた。
「そしてその人間に御前の頭を委ねよう」
「わしは助かった筈だぞ」
「今はな」
 妙に思わせぶりな言葉であった。
「今は確かにそうだ」
「何度も言うがこれからもだ」
「ではそうなるように気を保っておけ」
 既に何もかもを見透かしたが如き言葉を彼に告げた。
「それを伝えておこう」
 ここまで言うと立ち上がりその場を去った。ミーメだけが残っていた。彼はまだ忌々しげに思っていた。しかしここでジークフリートが戻って来たのであった。
「御前か」
「おい怠け者」
 いきなりこう言って彼を罵ってきた。
「剣はできたのか?」
「まだだでは何をしていたんだ?」
「客が来た」
 こう彼に答えるのだった。
「その相手をしていた」
「客!?熊か狼かい?」
「どちらでもない。人間だと思っておけ」
「僕と同じなのか」
「そうだな。同じだな」
 ジークフリートを見ながら忌々しげに答えるミーメであった。
「残念なことじゃがな」
「僕にとっては御前と一緒にいる方がずっと残念だ」
 ジークフリートの態度は相変わらずであった。
「それで剣はまだなのか」
「恐れを知らない者だけができるのだ」
 先程のさすらい人とのやり取りでの言葉であった。
「そいつだけがだ」
「恐れを知らない者か」
「ついでにそいつはわしの首も手に入れている」
「じゃあさっさと首をくくるのだな」
「そこまで言うのか」
「少なくとも僕は御前の首なんかに何の興味もないんだ」
 ジークフリートの返答も忌々しげなものだった。
「全くな」
「では何なのじゃ」
「それで何なんだ」
 お互いに言い返す状況になった。
「わかりやすいように説明してくれ」
「待てよ」
 ここでミーメは思った。
「こいつに恐れを教えればだ」
「何をぶつぶつ言っているんだ」
「そうすればいいのじゃ」
 彼はこのことに気付いた。
「そうすればわしの首は安泰じゃ。愛することを教えなくてもよかったのじゃ」
「それでミーメ、一体何を言っているんだ」
「御前のことじゃよ」
 ジークフリートも顔を向けて答えた。
「御前のことを考えておったのじゃよ」
「僕のことだって?」
「そうじゃ」
 こう答えてみせるのだった。
「御前のことをじゃ」
「僕の何について考えていたんだ」
「わしは恐れを知っている」
 まずはこのことを告げた。
「しかし御前はそれを知らん」
「それがどうしたんだ」
「どうかしたのじゃ。それを教えてやろう」
「恐れって何なんだ」
 やはり彼はそれを全く知らなかった。
「それは一体」
「それを知らないで森の外に出ようというのか」
 ミーメは呆れた声を出してみせた。
「全く。困った奴じゃ」
「困ったら何かあるのか」
「あるのじゃよ。いいか?」
「ああ、何だ?」
「これは御前のお母さんが言ったことじゃ」
 話巧みにこう言ってみせた。
「そしてわしは約束したのじゃよ」
「母さんにか」
「そうじゃ。御前が恐れを知るまでは森から出してはならんとな」
「そんな約束をしていたのか」
「そうじゃ。真っ暗な森の中や黄昏の暗い中で遠くで何かがざわめき妙な音や呻き声がして」
 その森の中のことである。
「何かがちらちらと光り自分の周りを飛んでそうしたことが次第に近付いて来ると」
「全部何かわかっているさ」
 ジークフリートは既にそれはミーメから教えられていたし知っていたのである。
「そしてどうにでもできるから怖くはない」
「ぞっとしたり身の毛のよだつものはなかったのか」
「そうしたことはないな」
 それがジークフリートだった。
「全くね」
「では激しい旋律や心が乱れたり気が重くなったりはじゃ」
「ないね」
 それもないと答えるのだった。
「全く」
「胸の中が震えたり心臓が激しく鼓動することもか」
「随分変わったものなのは間違いないんだな」
 ジークフリートにわかるのはこのことだけだった。
「そういったものか」
「では全く知らないのか」
「全くね」
 知らないとはっきり答えるのであった。
「しかしそれをどうやって僕に教えてくれるんだ?」
「それはじゃな」
「御前みたいなのが僕にそれを教えられるのか?」
「それはじゃな」
「教えられるんだな」
 ミーメを睨み据えての言葉だった。
「僕にその恐れを」
「そうじゃ。教えられる」
 彼は言い切った。
「間違いなくじゃ」
「ではどうやってなんだ」
「ついて来るのじゃ」
 こう告げるのだった。
「わしにな」
「ついて来るだと?」
「そうじゃ」
 ジークフリートを見ながらの言葉だった。
「その通りじゃ。ついて来るのじゃ」
「何処にだい、それで」
「この森の奥に一匹の竜がいる」
「そういえば御前は前にちらりと言っていたな」
「かなり奥じゃ」
 こう断ってさらに言うのであった。
「そこにその竜がおるのじゃ」
「そこにだな」
「欲望の洞穴と呼ばれていてじゃ」
 このことはジークフリートにはじめて教えることであった。
「森の遥か東の奥の外れにあるのじゃ」
「そこか」
「そこから世界はすぐ近くじゃ」
 このこともジークフリートに告げた。
「世界に出られるぞ」
「ではすぐにそこに連れて行け」
 有無を言わせない口調だった。
「いいな、すぐにだ」
「ああ、わかった」
「その為には剣だ」
 ジークフリートの方から言ってきたのだった。
「剣を早く作るんだ」
「剣をか」
「そうだ、すぐに作るんだ」
 また彼に告げたのだった。
「その剣をだ。早くだ」
「だがわしにはできん」
 何故か今は涼しい顔で告げるのだった。
「それはじゃ。できん」
「できないというのか」
「あの剣だけはじゃ」
 忌々しげに出してきた言葉だった。
「それは無理なのじゃよ」
「怠ける為の嘘なのか」
「嘘ではない、それはこれまで言った通りじゃ」
「そうか、それなら」
 それを聞いたジークフリートはすぐにこう言ってきた。
「その剣の欠片を寄越すんだ」
「何っ!?」
「聞こえなかったか!?寄越すんだ」
 有無を言わせぬ口調で彼に言う。
「その剣を僕にだ。寄越すんだ」
「一体何を考えているんじゃ」
「こうなったら僕が作る」
「何っ!?」
「聞こえなかったか、僕が作るんだ」
 彼は言うのであった。
「この僕がだ」
「何を言っているんじゃ御前は」
「弟子が親方の言葉を聞いているだけじゃ」
 ジークフリートは戸惑うアルベリヒにさらに言ってきた。
「親方のできないことをできるようになるものか」
「だからだというのか」
「そうだ、僕がやる」
 言いながらもうその剣を取ってしまっていた。
「早速はじめるからな」
「馬鹿な、そんなことが」
「いや、できる」
 やはり有無を言わせない。
「僕はできるんだ」
「何故そう言えるのじゃ」
「わかるからだ」
 こう言いながら早速火を起こした。そして周りにある機械もだ。
「機械の動かし方を何時」
「御前のやってることを見てわかったんだ」
 ジークフリートは答えた。
「全部な」
「何ということじゃ」
「よし、はじめるぞ」
「待て、その機械は使わんのか」
「ああ、いい」
 ミーメにとって最も大事なものは無視したのであった。
「こんなのもはいい」
「しかもそんなにすり減らすのか」
「そうだ」
 今度は剣をかなり削っていた。
「こうするんだ、折れたものには」
「何という馬鹿なことを」
 ミーメにとっては想像を絶するジークフリートの剣の使い方であった。
「これが剣の作り方か」
「さあ、やるぞ」
「熱くはないのか?」
「何がだ」
 周りが激しく燃え盛っていてもジークフリートは平気であった。
「何が熱いんだ」
「そう言えるのじゃな」
「全く熱くはない」
 今の彼にとってはそうなのだった。
「全くな」
「ううむ。しかしじゃ」 
 この辺りは鍛冶屋であり科学者でもあるから見てわかった。
「これは上手くいきそうじゃな。そして」
 彼はあることに気付いた。
「剣を鍛え上げてそれで竜を倒すか」
 その未来に気付いたのだ。
「このままではじゃ。すると」
 そしてまた別のことにも気付いたのだった。
「わしの首はどうなるのじゃ」
 このことであった。
「それではわしの首は。どうなるのじゃ」  
 言いながら焦りはじめていた。
「このままではこいつの気紛れのままで。大変なことになったぞ」
「おいミーメ」
 ここでジークフリートが激しく動き回りながらミーメに問うてきた。
「聞きたいことがある」
「何じゃ?」
「何て名前なんだ?」
 こう聞いてきたのである。
「この剣の名前は」
「それか」
「そうだ。何という名前なんだ?」
 また彼に問うのであった。
「この剣の名前は」
「ノートゥングじゃ」
「ノートゥングというんだな」
「そうじゃ」
 まさにそうだと教えるミーメだった。
「前にも言ったと思うがのう」
「そういえばそうだったか」
 ジークフリートも言われてそうかもと思った。
「とにかくだ。これは僕が鍛える」
「どうしてもそうするのじゃな」
「止めても無駄だ。いいか」
 早速剣を鍛えながら叫びはじめた。
「ノートゥング!ノートゥング!宿望の剣!」
「御前の剣だというのじゃな」
「そうだ。何故御前は折れたんだ」
 そのノートゥングに対して問い掛ける。
「その鋭い剣をまず粉々にし溶かし」
 さらに叫ぶ。
「ホーホー!ホーホー!ホーハイ!」
「何を叫んでいるのじゃ」
「炎よ吹け!無限の炎で剣を溶かしそしてそこからまた剣を生まれさせるのだ」
 言いながら剣を作り上げていく。ミーメはそれを見ているだけではなかった。
「あいつは作り上げるのう」
 それをもう読んでいたミーメだった。
「そしてファフナーを倒すじゃろうな」
「ホーホー!ホーハイ!」
 ジークフリートの叫びは続く。
「そして宝も指輪も手に入れる。それをわしのものにするにはじゃ」
「さあ、出て来いノートゥング!」
「そしてそれと一緒にわしの首を保つにはじゃ」
 どうしようかと考えているのだった。
「竜と闘い疲れた時に」
「さあもうすぐだ」
 彼は剣を作り続けている。
「ノートゥング、火の流れが氷の中に流れ込んで」
「飲み物を出してやればいいな」
 ミーメは考え続ける。
「毒を入れてそれでじゃ。よし、それでいい」
「ノートゥング、ノートゥング!」
 ジークフリートはミーメの邪な考えには気付かない。
「炎と氷の中で生まれろ!その中から!」
「さて、それではじゃ」
 ミーメはこれで考えを確かなものにした。
「あ奴は剣を作りわしは毒を作る。そうしよう」
「ノートゥング、今こそ!」
「兄貴の作ったあのこの世を支配する黄金の指輪がわしのものになる」
 彼は今はその指輪のことを考えていた。
「あいつもこき使ってやろう。あらゆるものがわしのものになるのじゃな」
「さあ、僕の手に戻るんだ!」
「神々も巨人も人間もわしにかしづく。いよいよわしの時代じゃな」
 最早自分の手の中にあると思っている。ジークフリートはそんな彼なぞ意に介さず剣を作り続けている。少なくとも何かが起ころうとはしていた。



あの時の子供が成長したか。
美姫 「性格的にちょっと問題があるような、ないような」
まあ、外の世界を知らないしある意味仕方ないかもな。
美姫 「あのさすらい人って」
多分な。まあ、それは良いとして、剣を作り出したな。
美姫 「無事に作り上げれるのかしらね」
さて、どうなるかな。次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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