『夢遊病の女』




                              第一幕  疑惑をかけられ

 スイスのある小さな村。十九世紀になったがこの村はまだ穏やかなものだった。 
 水車が見え遠くから羊飼いの声が聞こえてくる。青い谷と白い山、そして緑の木々に囲まれたこの村は赤や白の小さな花々が見え緑の草に覆われている。ダークブラウンの家々もあり小さいが平和で美しい村である。
 その村の中で。今村人達は楽しげに笑っていた。
 白いシャツと褐色のズボン、黄色いエプロンとやはり褐色のズボンが楽しく動き。そうして朗らかに話に興じてうきうきとしていたのである。
「いやあ、よかったね」
「全く」
「幸せになってね」
「あのアミーナの奇麗なこと」
 ここで一人の娘の名前が出て来た。
「その奇麗なことといったら」
「全くだよ」
「それにとても幸せそう」
「いいことだね」
「よくないわよ」
 しかしここで一人の年頃の娘が忌々しげに言った。
「何でそれがいいのよ」
「おいリーザ」
 その娘に茶色い髪に青い目の若者が困った顔で窘める声をかけた。
「そんなことを言ったら」
「何だっていうの?アレッシオ」
「よくないよ」
 こうその如何にも気の強そうな金髪に灰色の目の娘に言うのだった。服は他の村娘達と同じ白いシャツに褐色のスカート、それに黄色いエプロンである。だがその顔立ちは鼻が高く目もきらきらとしている。美人と言っていい顔立ちでありスタイルも整っている。
 その彼女にだ。彼は言うのであった。
「何でそんなことを言うんだい?」
「これが言わずにいられて?」
 リーザは忌々しげな口調でアレッシオに返した。
「こんなに悩んでいるのにいつもと変わりなく装うことを強いられていて」
「装う?」
「そうよ、私にとっては忌まわしいものなのよ」
 今度はこんなことを言うのだった。
「あの美しさは」
「今度は何を言っているんだ」
「私から宝物を奪い取って」
 こう言うのである。
「それでどうして喜んでいられるのよ」
「それなら新しい恋に生きてみないか?」
「新しい恋に」
「そうだよ」
 おずおずとリーザに言うのだった。
「新しい恋にね。どうかな」
「嫌よ」
 しかしリーザの返答はつれない。
「そんなこと誰が」
「いや、けれどね」
「嫌よ、私はあくまで」
 こんな話をしているとだった。ここで村人達は一旦家の中に戻ってそれで立派な晴れ着を着てそのうえで楽器と花籠まで持って騒ぐのであった。
「やあアミーナ!」
「アミーナ、よかったね」
「おめでとう!」
「誰も彼もアミーナ」
 リーザも一応晴れ着になり花籠も持った。アレッシオも晴れ着であり笛を持っている。しかしそれでも二人の顔は晴れないままであった。
 そしてまた言うリーザなのだった。
「誰も彼もが私を嘲笑って」
「それは気のせいだよ」
「気のせいじゃないわ」
 彼のその言葉は最初から聞いてはいなかった。
「実際に。皆で私を」
「そんなことは言わないで。幸せにだね」
「どうして私が今幸せを」
「さあ歌おう」
 二人が言い合う間に周りは別の行動に移っていた。
「アミーナを祝う為に」
「あの二人をお祝いする為にね」
「是非皆で」
「じゃあ僕も」
「ちょっとアレッシオ」
「幸せは祝うものだよ」
 何か言って止めようとするリーザへの言葉だった。
「だから君も。二人を祝えばいいじゃないか」
「そんなことできる筈がないわ」
 ここでもリーザは不機嫌な顔をする。
「とてもね」
「まだそんなことを言うのか」
「私は無理よ」
 遂にその顔をぷい、と背けてしまった。
「絶対にね」
「じゃあいいよ。僕は歌うから」
「勝手にして、それじゃあ」
「うん、それじゃあ」
 彼は皆の中に入った。そうして笛を奏でその音楽に加わった。
「このスイスにもありはしないよ」
「アミーナ程美しい花はないよ」
「あんな奇麗な娘は何処にもいない」
「スイスの何処にもね」
 こう彼女を讃えるのだった。
「愛に満ちて光溢れる」
「そんな暁の星だよ」
「本当にね」
 そしてこんな風にも讃えるのだった。
「慎ましやかでしっかりしていて」
「優しく美しい」
「そう、それはまるで」
 その歌はさらに進み。
「無邪気な山鳩の様で」
「清純の象徴だ」
「アミーナ万歳!」
「永遠に幸せに!」
「この歌は何時かは私の為に」
 その幸せの歌を聞きながらも不機嫌な顔のリーザだった。
「そう思っていたのに」
「だからそれは」
「聞いていられないわ」
 やはりアレッシオの言葉は耳に入らない。
「とても」
「だからリーザ」
 アレッシオはそれでも彼女を気遣う。
「そんなことは言わないで」
「ではどうしろというの?」
「未来を思うんだよ」
 優しく彼女に言うのだった。
「優しくね」
「優しく?」
「そう、優しくだよ」
 そうしろというのである。
「何時かは君の為にね」
「私の為に」
「そう、皆がこの歌を歌ってくれるよ」
 そしてこうも言うのであった。
「そして僕の為にも」
「そんなことは決してないわ」
「だから過去は過去なんだよ」
 アレッシオの言葉はあくまで優しい。
「未来はもうはじまっているから」
「私にとっては違うわ」
 リーザはまた顔を背けさせた。
「決してね」
「そんなことを言わないで」
「言わずにいられないわ」
 やはり話を聞こうとしない。
「今の私にはね」
「現在はそうでも」
 アレッシオはそれでも彼女に優しく言い続ける。
「未来はきっと幸せになれるよ」
「そんなことは決してないわ」
 そして村人達の歌は。これはまだ続いていた。
「勇敢な若者よ」
「幸福な若者よ」
 今度は若者を讃えていた。
「王様よりも王子様よりも幸福な美しい若者よ」
「愛は君を選んだのだよ」
「清純と美の宝を」
 それをだという。
「誰も手に入れられなかったそれを」
「この世に秘められた全ての富を」
「本当におめでとう」
 こう言うのであった。
 その祝福する彼等の前に一組の男女が現われた。
 女の方は若く背が高く美しい娘であった。鼻が高く目ははっきりとしていて強い黒い光を放つ黒檀の目だ。髪もまた黒くそれを後ろでまとめている。白い花嫁の服で着飾りそれがとても美しい。その手にはもうブーケがありそれを大切そうに持っている。
 その彼女の横には茶色の髪に貴公子の如き整った顔立ちの青年がいた。背は娘よりやや高い。目にも口元にも気品がありやはり白い立派な服を着ている。この二人が出てきたのだ。
「おめでとう、アミーナ」
「ええ」
 アミーナと呼ばれた美女が周りの声に満面の笑顔で応えた。
「おめでとう、エルヴィーノ」
「どうも」
 そして青年も応えた。二人の後ろには優しい顔立ちの初老の女が控えている。
 その彼等が皆に囲まれてだ。幸せそのものの顔をしているのであった。
「皆さん、どうも有り難うございます」
「やっと二人になったな」
「そうね。長いようで短かったけれど」
「それでもね」
 そんな話をしながらであった。皆満面の笑顔であった。
 アミーナはその彼等に。さらに話すのであった。
「私の喜びを共に祝って下さって。それが何よりも嬉しいわ」
「それでは皆で」
「もっと祝おう」
「そうだね」
 こんな話をしながらアミーナは。後ろに控えていたその初老の女に顔を向けて言うのだった。
「お義母さん」
「ええ、アミーナ」
「ずっと一緒だったわね」
「そうね」
 こう声をかけるのだった。
「本当にね」
「そういえばテレサさんがね」
「そうだよな」
 村人達はテレサについて話をしながら述べた。
「アミーナを拾ってからもうかなり経つな」
「そうよね」
「この日の為に私の喜びを話させて下さい」
「何かしらアミーナ」
 テレサも満面の笑みでアミーナに応える。
「それで」
「私の涙は私の目からよりも心から流れているの」
「それはどうしてなの?」
「皆がいてくれて。特に」
 義母を見てさらに言うのであった。
「お義母さんも一緒にいてくれるから」
「私が一緒に」
「この素晴らしい門出に一緒で」
 愛する義母と共にいることがまず第一なのだった。
「この地上は何と美しく快い花に満ちているのでしょう」
 こう言っていく。
「自然は決して幸福そうな顔付きに燃えてはいませんが」
「それでも?」
「それでもなんだね」
「はい、それでもです」
 そうだというのである。
「愛はこれを私自身の喜びを以って彩っているのです」
「そう、今は愛に満ちているんだ」
「何もかもが」
 村人達はまたアミーナに話した。
「天はいつもアミーナの為に飾っているんだ」
「この幸せな運命を」
「はい。だからこそ」
 アミーナは義母を熱い目で見て。
 その身体を抱き締めるのだった。熱い目で。
 抱き締めてからまた言うのであった。
「私は死んでしまいそう」
「死にそう?」
「あまりもの喜びで」
 そうなってしまいそうだというのだ。
「そうなってしまいそうだわ」
「テレサもアミーナと一緒に」
「幸せになりましょう」
 こう話していると。ここでアレッシオが出て来て言うのであった。
「アミーナ、おめでとう」
「アレッシオ」
「僕も祝福させてもらっていいから」
「是非」
 アミーナは彼にも満面の笑みを受けていた。
「そうして下さい、貴方も」
「僕は歌を作ったんだよ」
「歌をなのね」
「そうだよ、歌をね」
 それをだというのだ。
「今周りの村々から音楽ができる人達を集めているから」
「そういえば貴方も」
「僕も?」
「リーザとなのね」
 ここでリーザを見た。彼の横にいる彼女を。
「幸せになるのね」
「そうだね」
 アレッシオは確かな笑顔でアミーナのその顔に頷いた。
「それはね」
「今度は貴方達なのよ」
「そうなろう、リーザ」
 アレッシオはリーザに顔を向けて言う。
「今から」
「まだよ」
 だがリーザは不機嫌なままであった。その顔で憮然として返す。
「それは」
「まだだというのかい?」
「そうよ、まだよ」
 そうだというのだ。
「それはね」
「そんな、僕はもう」
「貴方がよくても」
 ここでもアレッシオに対して冷たい。
「私はまだなのよ」
「君は何故そんなに冷たいんだ?」
「冷たくはないわ」
 それは否定した。
「ただ」
「ただ?」
「今は無理なのよ」
 そうだというのである。
「今は。私は」
「何故なんだ、それは」
「心がそうなっているからよ」
 それが閉じているからだというのだ。
「今の私は」
「それじゃあ何時かは」
「何時かなんてわからないわ」
 何処までも冷たい。今の彼女は。
「とにかく今はね」
「これは暫くはないわね」 
 テレサはそんな二人を見て一人呟いた。
「アレッシオには可哀想だけれど」
「おお、来られたぞ」
「遂に」
 また村人達が声をあげた。今度は村の入り口を見てだ。
「公証人さんだ」
「それではいよいよ」
「どうもです」
 初老の落ち着いた紳士がやって来た。彼を皆で迎えるのである。
「お待たせしました」
「いえ、今はじまったばかりです」
 エルヴィーノは穏やかな笑顔でその初老の公証人に告げた。
「ですからそれは」
「気にすることはないと言って頂けるのですね」
「はい、そうです」
 まさにその通りだというのだ。
「ですから」
「有り難うございます。
「僕は今日母の墓前に行きました」
 エルヴィーノはこんなことも自分から話しはじめた。
「アミーナはお母さんが持っていた美徳を全て持っています。僕は必ずお父さんと同じ様に幸せになると。こうお母さんに言いました」
「それはいいことです」 
 公証人は彼のその言葉を聞いて笑顔になった。
「村の地主である貴方の幸せはそのまま村全体に伝わります」
「そうなるのですね」
「そうです。ですから」
「何という嬉しい言葉」
 アミーナはそれを聞いてまた笑顔になった。
「エルヴィーノと一緒に永遠にいられるかと思うと」
「それでなのですが」 
 公証人はここでまた言ってきた。
「証人は」
「はい、我々です」
「我々全員です」
 村人達が笑って名乗り出て来た。
「皆でこの結婚の証人になります」
「そして祝福します」
「はい、それでは」
 公証人は何時の間にか契約に関する書類を出して来た。そうしてそのうえでまたエルヴィーノに対して声をかけて尋ねるのだった。
「エルヴィーノさん」
「はい」
「貴方は貴方の妻に何を贈られますか?」
「僕の農場」
 まずはそれだと言った。
「僕の家、僕の名前」
「そういったものをですね」
「はい、僕の持っている全てを」
「わかりました。それではです」
 今度はアミーナに顔を向けて。そして問うのであった。
「アミーナさん、貴女は」
「全てを」
 彼女もまた同じであった。
「私もまたその全てを。そして」
「そして?」
「私の心も」
 それもだというのだ。
「それもです」
 テレサや公証人、それに村人達が書類に署名していく。その間にエルヴィーノはアミーナに対してあるものを差し出してきた。それは。
「指輪なのね」
「受け取ってくれるかな」
 差し出しながら微笑んで問う。
「この指輪を」
「ええ、喜んで」
 ここでもにこりとした笑みになる彼女だった。
「そうさせてもらうわ」
「有り難う、それじゃあ」
「これはね」
 エルヴィーノはその手に持っている指輪を見詰めながら話した。
「母さんが昔付けていたものなんだ」
「その指輪がなの」
「うん、母さんにとってこれが神聖であったし」
 その話を続けていく。
「君もそうであるように」
「その為に」
「それがいつも僕達の信頼の証であるように」
 そのことを心から願っているのだった。
「是非ね」
「さあ二人共」
「これで幸せに」
「僕達はこれで」
「ええ」
 アミーナはその指輪を遂に受け取った。それを見届けたエルヴィーノはまた笑顔で言った。
「これで僕達は花嫁と花婿になったんだ」
「何て甘い響きの言葉」
 それをアミーナも喜ぶ。
「私が今それになれたなんて」
「さあ、アミーナ」
 またアミーナに声をかける。
「君の胸に今度はこれを」
「その花を」
「そう、これをね」
 一輪の白いエーデルワイスだった。今度はそれを差し出してきたのである。
「その胸に」
「有り難う、花まで」
「愛する人よ」
 エルヴィーノはこれ以上はないまでにはっきりと告げた。
「僕達の心を神様が結び付けてくれたんだ」
「そしてそれは私達の心に留まって」
 アミーナも言う。
「それで決して離れることがない」
「そう、だから僕達は」
「このまま永遠に」
「この想いをどう言えばいいかわからないわ」
 アミーナの幸せが続く。
「言葉が見つからない、どうしても」
「そこまで言ってくれるのかい?」
「いえ、言えないのよ」
「それこそが言葉なんだよ」
 エルヴィーノにとってみればそうなのだった。
「僕にとっては」
「それはどうしてなの?」
「その全てのものが今この瞬間に激しい情熱の炎となって」
「そうして」
「僕に語ってくれるんだ」
 そうだというのである。
「僕は君のその眼差しに、愛らしい魅惑の中にそれを読み取るから」
「エルヴィーノ・・・・・・」
「僕の心は」
 感動するアミーナにさらに話す。
「いつも君を見ているし心は共にあるんだ」
「その言葉こそが心」
「その通りだ」
 周りもそんな二人に対して言う。
「その目の中にお互いがいて」
「そうして想いを確かめ合う」
「それが永遠に続くんだ」
「もう我慢できないわ」
 しかしリーザだけは違っていた。一人忌々しげに呟くのだ。
「こんなことが続くなんて」
「明日だよ、アミーナ」
「明日ね」
「うん、教会に行こう」
 明日はそこに行くというのである。
「そして僕達の誓いは神聖な儀式により完全なものになるんだ」
「それで」
「そう、神の祝福によってね」
 そう話していく。しかしその時に。
「随分と長くかかったな」
「はい」
「全くです」
 端整な服で着飾った大柄の男がやって来た。顔中白い髭だらけだがその髭は丁寧に切り揃えられている。髪もよく整えられている。その彼が来たのである。
 後ろに二人の召使いらしき男達を従えている。二人は彼をこう呼んだ。
「それでロドルフォ伯爵」
「ここなのですね」
「そうだな」
 伯爵と呼ばれた彼は二人の言葉に応えた。
「もうすぐだ」
「しかしまだもう暫くです」
「それにこの辺りの道は」
「スイスは山そのものだ」
 伯爵はスイスについてこう評した。
「それを考えるとだね」
「はい、無理は禁物です」
「ですから」
「あの」
 そして伯爵は村人達に尋ねた。
「つかぬことをお伺いしますが」
「はい」
「何でしょうか」
「この村に宿屋はありますか?」
「ありますけれど」
 ここでリーザが前に出て来て応えてきた。
「私がその宿屋のおかみです」
「ほう、お若いですね」
 伯爵は彼女を見てまずはこう述べた。
「それにとても美しい人だ」
「嫌ですわ、褒めても何も出ませんよ」
 そう言われて思わず顔が真っ赤になってしまった。
「そんなことを仰っても」
「いえいえ、これは本当のことですよ」
「またそんなことを。それでなのですけれど」
「ええ。それで宿屋は何処ですか?」
「あちらです」
 こう言って村の向こう側を指し示した。そこに一軒の質素だが堅実な外観の宿屋があった。彼女はそこを指差してみせたのである。
「あれが私の店です」
「ああ、あそこですか」
 伯爵はそれを聞いてまた述べた。
「あそこなら知ってますよ」
「そうなのですか」
「はい、とても」
 そしてこうも言うのだった。
「知ってます。いや、懐かしい」
「懐かしい?」
「今この方は懐かしいって仰ったな」
「ええ、間違いなく」
 村人達は今の彼の言葉を聞いて顔を見合わせて言い合った。
 そして伯爵は周りを見回して。満足した面持ちで言うのであった。
「水車も泉も森も。畑も何もかもが懐かしい」
「やっぱりよく御存知の様だ」
「この村のことを」
「そうね」
「快い風景に楽しく明るい場所」
 伯爵の表情も満ち足りたものになってきている。
「私は子供の頃はここにいたんだ」
「そうだったのですか」
「ここに」
「そうだった」
 供の者達にも話した。
「懐かしい場所だ。そして懐かしい時だったよ」
「それはまた」
「よいことですね」
「うん。ところで」
 ここで伯爵は話を変えてきたのだった。
「今日のことですが」
「あっ、はい」
「何でしょうか」
「私の記憶が間違っていなければ」
 こう村人達に話すのである。
「今日は確かお祝いごとがあったと思うのですが」
「ええ、今日はですね」
「結婚式でして」
「そうですね。確かに」
 ここで村人達の華やかな服を見る。そしてその彼等がアミーナを指し示して言うのであった。
「それでですね」
「今日は」
「結婚式ですな」
 伯爵はそれを見てすぐに察した。
「それを今からなのですか」
「はい、そうです」
「この娘がです」
「ふむ」
 伯爵はまずアミーナを一瞥した。そうしてそのうえで言うのだった。
「これはまた」
「どうされました?」
「素晴らしい娘さんですね」
 彼女をこう評したのである。
「これはまた」
「そうですか」
「それ程までに」
「優しくて愛嬌のある方ですね」
 彼女の顔を見て話したのである。
「とても美しい。そうした方を見て今私はとても満足しています」
「そうなのですか」
「はい、とても」
 アミーナ本人に対しても満面の笑顔で述べる。
「私はですね」
「どうされたのですか?」
「以前貴女と同じだけ素晴らしい方と出会っています」
「その方とは?」
「私の若い時の話です」
 またこう評したのだった。
「全くです」
「それでなのですが」
 今度はアミーナが彼に尋ねてきた。
「貴方はこの村のことをよく御存知なのですか?」
「はい、そうです」
 彼は温厚な笑みを浮かべて彼女の問いに頷いてみせた。
「その通りです」
「そうなのですか」
「そうしてです」
 伯爵はその言葉をさらに続ける。
「城の主と共にいたのです」
「領主様のことだな」
「そうね」
 村人達はその言葉を聞いてそれがわかった。
「ということは」
「四年前に亡くなられたあの」
「あの方にはよくしてもらいました」
 伯爵はここでも昔を懐かしむ顔になった。
「とてもです」
「そういえばあの方は」
 テレサが思い出した様に述べた。
「御子息がおられました」
「ああ、そうだったな」
「そういえば」
 村人達もここでこのことを思い出したのである。
「今はどうしておられるかな」
「何も聞かないな」
「そうです」
 また言う伯爵だった。
「私はその子息に便りを送っています」
「そうなのですか」
「では御子息は」
「はい、その方は生きておられます」
 こう村人達に話す。
「それは私が保証します」
「それでは御子息は何時こちらに」
「こちらに戻られるでしょうか」
「近いうちに」
 微笑んで村人達に対して述べた。
「戻られますよ」
「そうですか。それでは」
「その時を楽しみにして」
「そうだな」
 そんな話をしていたのだった。ここで羊小屋から羊達を連れ戻すバグパイプの音が聞こえてきた。それが村の中に響き渡ったのである。
「ああ、もう日が沈むな」
「そうだな」
「早いものだな」
 村人達はそれを聞いて言い合った。
「それじゃあ後はだ」
「帰ろう」
「そうね」
「出るからな」
「出るとは?」
 伯爵は村人達が急に怯えた様子になるのを見た。そうして怪訝な顔で彼等に問うた。
「一体何が」
「亡霊が出ます」
 テレサが怯える顔で彼に話した。
「それがです」
「そうなのです」
「これが」
 他の村人達も彼に話すのだった。
「それで早く家に入らないと」
「祟られますので」
「恐ろしい話だ」
 伯爵はそれを聞いて述べた。
「それは。しかし」
「しかし?」
「それは本当のことですか?」
「そうです」
「恐ろしいことにです」
 村人達はまた彼に話した。
「夜になるとです」
「夜になると」
「夜の闇に空は暗く」
「定かならぬ月の光の中にです」
 こう彼に話していく。
「遠い雷鳴の陰気な響きと共に丘から野原にそれが出て来るのです」
「それが幽霊なのですか」
「はい、そうです」
「それがです」
「だらりと下がった白い布に包まれ髪を振り乱し」
「燃える目をしています」
 そうした亡霊だと話していくのだった。
「もやや風に吹かれた雲の様で」
「それが出て来るのです」
「まさか」
 伯爵は彼等の話をあまり信じてはいないようであった。見ればいぶかしむ顔をしている。
「そんなことが」
「いえ、私は見ましたから」
「私も」
「私もです」
 村人達は今度も口々に話していく。
「間違いありません」
「あの恐ろしい姿をです」
「犬達ですら恐れ戦くのですよ」
「見てみたいものですな」
 本当にいるのならと。こう話す伯爵だった。
「それが本当ならば」
「ですから見ました」
「信じて下さらないのですか?」
「そんな話はやがて無事に解決します」
 彼は平然と言った。
「御安心下さい。それではです」
「それでは?」
「どうされるのですか?」
「宿を借りたいのですが」
 話はそこに戻ったのだった。
「それで宜しいでしょうか」
「は、はい」
 リーザが彼の言葉に応える。
「それでは私が案内致します」
「有り難うございます。それでは」
 ここでアミーナに顔を向けて。そして言った。
「娘さん」
「はい」
「明日までさようなら」
 こう言うのである。
「私が貴女を愛しているようにです」
「何か?」
「貴女の御主人が貴女を愛して下さるように」
「それは勿論です」
 エルヴィーノが出て来て満面の笑みで述べた。
「僕の愛には誰も勝てません」
「そうですか。それでは」
「それでは?」
「お幸せに」
 彼にこう告げてそれで下がるのだった。リーザと共に彼女の宿屋に向かう。そうして村人達も去っていき彼女達だけが残るのであった。
「エルヴィーノ」
「何だい、アミーナ」
「貴方もこれで戻るのね」
「うん、一旦ね」
 穏やかに笑って彼女に告げた。
「これでね」
「そうなの」
「また明日ね」
「そうね。それにしても」
 ここで彼女はふとした感じで言った。
「あの人は」
「あの旅の貴族殿かい?」
「ええ。あのお顔からは気高いものを感じるわ」
「そうだね。ただ」
「ただ?」
「いや、僕の気のせいか」
 アミーナを見ていたその目が気になったがそれを打ち消したのである。
「それは」
「それは?」
「何でもないよ」
 こう言うだけだったのだ。
「それはね」
「そうなの」
「まあいいや。それでね」
「ええ」
「私は明日にはもっと幸福になるのね」
 アミーナは今度はこのことを強く感じたのである。
「明日には」
「そうだよ。明日にはね」
「それで私は」
「僕は」
 エルヴィーノから言ってきた。
「僕は君の髪やヴェールから流れ出る風が好きだ」
「風もなの」
「うん、空から君を見ている太陽や君を映す小川にまで」
「太陽や小川にも?」
「ついつい嫉妬を覚えてしまいそうだ」
 こう言うのである。
「どうしてもね」
「私は微風の恋人なのね」
 アミーナは彼の言葉をこう受け取った。
「何故なら」
「微風の恋人なのかい」
「ええ。私は貴方の名前をいつも囁くから」
 だからだというのだ。
「だから微風の恋人なのね」
「だからなんだ」
「それに」
 その言葉がさらに続く。
「私は太陽も小川も好きよ」
「どちらも?」
「ええ。貴方にも光や波を与えてくれるから」
「だから」
「そう、だからよ」
 まさにそうだというのである。
「好きよ。愛しているわ」
「それじゃあ僕も」
「ええ、貴方も」
「君と共に」
 アミーナを熱い目で見ての言葉である。
「一緒にいよう」
「ええ、私達が離れることはないわ」
「絶対にだね」
「そう、何があっても」
 それはないというのだ。
「永遠にないわ」
「朝みたいに晴れ渡って」
 エルヴィーノはまた言った。
「そして離れることはなく」
「そして何があっても」
「僕のことを想って」
「私のことを想って」
 二人の言葉が重なり合った。
「それで主に」
「永遠に」
 こう言い合って二人も姿を消した。後には幸福だけが残ったかの様に見えた。
 窓のある狭いながらも落ち着いた趣の部屋だった。
 ソファーも卓も質素だがその質はいい。リーザは伯爵をその部屋に案内したのである。
「ここです」
「ここですか」
「はい、この部屋です」 
 こう伯爵に対して述べた。
「如何でしょうか」
「この部屋を使っていいのですね」
「どうぞ」
 穏やかに笑って彼に話した。
「お使い下さい」
「そうですか。それでは」
「御供の御二人ですが」
 彼等について言うことも忘れてはいなかった。
「別の部屋に案内させてもらいました」
「どうもです」
「ところでなのですが」
 ここでリーザは彼に対して言ってきた。
「この部屋の他にもありますが」
「いえいえ。お気遣いなく」
 それについてはと。微笑んで述べるのだった。
「それはです」
「左様ですか」
「この村はいい村です」
 こう言ってであった。
「懐かしい。何もかもがです」
「そうですか」
「そしてです」
「そして?」
「おかみさんですが」
「私ですか」
「はい」
 彼女に対しても言うのだった。
「何かあったのでしょうか。御一人だけ浮かない顔をしておられましたが」
「いえ、別に」
 その問いには浮かない顔で返すリーザだった。
「何もありません」
「何もですか」
「はい」
 こう言うのである。
「何もありません」
「そうですか。だったらいいのですが」
「そして」
「そして?」
「貴方についてですが」
 彼に言葉を返してきたのだった。
「宜しいでしょうか」
「何か?」
「村で貴方を歓迎させて頂くことになりました」
 このことを話したのである。
「そのことをお伝えさせてもらいます」
「いえ、そんなお気遣いは」
「好意と思って下さい」
「好意ですか」
「そうです」
 まさにそうだというのである。
「ですから気を使われることはありません」
「有り難い、それは」
「はい、それでは」
「それにしても」
 伯爵はまた話を戻してきた。そして言うのであった。
「貴女は」
「私は?」
「笑顔を思い出されるべきです」
 こう彼女に言うのである。
「是非共」
「笑顔をですか」
「そうです」
 まさにそれだという。
「笑われるとよりです」
「今はそれは」
 だが。そういわれても浮かない様な顔のままなのだった。
 そうしてその顔で。リーザはまた言った。
「私は美しさよりも」
「それよりも?」
「もっと大切にしたいものがあります」
「それは一体?」
「誠です」
 それだというのだ。
「誠実こそ。それこそがです」
「大切にしたいというのですね」
「それでは駄目でしょうか」
 あらためて伯爵に対して問うた。
「それを大切に思いたいというのは」
「いえ、それでこそです」
 伯爵は彼女のその言葉を笑顔で認めて頷くのだった。
「それこそがです」
「それこそがですか」
「そう、貴女の美しさを作るものなのです」
「何故そう言えるのでしょうか」
「心の美しさはです」
「心の美しさは」
「顔にも出るのです」
 だからだというのである。伯爵は。
「ですから。貴女がそれを忘れなければ」
「それを忘れなければ」
「貴女はさらに美しくなられ」
 そしてであった。
「幸せになれるでしょう」
「有り難うございます」
「さて」
 ここまで話して、であった。あらためて言う彼だった。
「それでなのですが」
「はい」
「おや?」
 さらに言おうとした。しかしここで。不意に外から物音がしたのである。
「あれは一体」
「見てきます」
 こう言って部屋から出るリーザだった。その時にハンカチを落とした。
 伯爵はそれを見つけ呼び止めようとする。だがそれよりも早く行ってしまった。彼は仕方なくそのハンカチを拾ってそれを懐の中に収めた。
「後でお返しするとしよう」
 こう決めて。そして部屋に。
 何と白い服の女が入って来たのだ。これには伯爵も驚いた。
「何っ、まさか」
 本当に幽霊なのかと思った。だが。
 よく目を凝らしてみるとだった。それは。
「いや、違うな」
 それに気付いたのだ。それは。
「あの娘さんだ」
 アミーナであった。彼女がぼうっとしてそれで歩いて来たのである。
 その顔は虚ろであった。目も見えているかどうかわからない。その顔でやって来たのだ。
 アミーナは部屋に入りながら。こう呟いていた。
「エルヴィーノ」
「あの恋人のことか」
「エルヴィーノ」
 またその名を呟くのだった。
「どうしてなの?」
「むっ!?」
 伯爵はその彼女を見て言った。
「これは一体」
「どうして貴方は」
「これはまさか」
「答えてくれないの?」
「間違いない」
 一人呟く彼女を見てあることがわかったのである。
「これは夢遊病だな」
「貴方はまだ」
 ここで微笑むアミーナだった。
「気にしているのかしら」
「気にしているとは」
「あのことを。気にすることはないわ」
「どうやらあの花婿とのことだな」
 伯爵にもそれがわかった。
「どうやらな」
「そんなことはね」
「さて、ここは」
 ここで伯爵は少し考えたのであった。
「起こすべきか?」
「気にしなくてもいいじゃない」
 アミーナは一人言葉を続けていく。虚ろなままで。
「だって私には貴方だけよ」
「貞節は確かだな」
「それはもうわかっているでしょ?」
「このままではだ」
 ここで伯爵は結論を下した。
「彼女にとってよくはないな」
「貴方だけしか見ていないのに」
「だからこそだな」
「それで言うなんておかしいわ」
「よし、目を覚まさせてあげよう」
 こう言って近付こうとする。しかしであった。
 アミーナは立ったままさらに言うのであった。まさに夢の中で。
「安心して」
「むっ!?」
「安心していいのよ」
 彼女の今の言葉に思わず動きを止めてしまった。
「私は貴方だけだから。さあ」
「これは」
 彼女は右手を少しあげた。そしてまた言うのだ。
「接吻を」
「その手にだな」
「この手に接吻を」
 さらに言うのである。
「二人の永遠の平和の為に」
「これは駄目だ」
 こう言って動きを止める伯爵だった。
「ここで出てもだ。かえって」
「そう、私は」
「今度は何だ?」
「ずっと貴方と一緒にいたいのよ」
 またエルヴィーノへの愛を語るのだった。
「だからこうして」
「しかし。困ったな」
 伯爵は動くに動けず途方に暮れだしていた。
「このままだと誰か来たら」
「これは」
 そして。彼の危惧は思った瞬間に当たってしまった。
 何とここにリーザが出て来たのである。そしてアミーナを見て。
「アミーナ、まさか」
 それを見てそっと立ち去る。伯爵もそれには気付かなかった。
 そして気付かないまま。アミーナを見ながら戸惑い続けていた。
「どうしたものか」
「明日は」
 アミーナの言葉が変わった。
「教会ね」
「今度は婚礼の話か」
「神父様の御前で」
「ふむ」
 この村がカトリックの村なのがここでわかった。スイスには様々な民族と様々な宗教が混在しているのである。案外複雑な国家なのだ。
「その時を夢見ているのか」
「教会にいる人達が」
「その時を夢見ているか」
「きっと私達を祝福してくれて」
「それは素晴らしいことだ」
「皆何て嬉しそうに私達を祝福してくれるの?」
 そのことを夢の中で見ているのである。
「本当に素晴らしいわ」
「確かに」
 それには伯爵も同意見だった。
「この娘の心は今は喜びの中にある」
「聖歌に包まれ」
「祭壇だな」
「聖火は燃えて」
「間違い内」
「そして」
 だが。ここでアミーナの言葉が一変した。
 突如恐れを見せて。そうして言うのである。
「駄目よ、それは」
「どうしたんだ、今度は」
「お義母さん」
 テレサを呼ぶのである。
「来て、私はもう」
「私は?」
「立っていられないわ」
 こんなことを言うのだった。突然に。
「だからもう」
「一体これは」
「神よ」
 今度は祈りはじめた。立ったままだが。
「私は」
「貴女は?」
「私の夫に永遠の貞節と愛を誓います」
 誓いを言うのであった。
「今ここで」
「間違いない」
 彼はアミーナの心を確かに知った。
「この娘程清らかな娘はいない」
「永遠に」
「汚れなく純粋な百合よ」
 彼女への言葉である。
「貴女は貴女の美しさと清らかさを保つのだ」
「そう、そして」
 アミーナの声が喜びに包まれまた発せられる。
「エルヴィーノ」
「やはり彼か」
「貴方はとうとう私のものよ」
「よし、それではだ」
 ここで彼は決断を下したのであった。
「私はこれで」
「もう貴方は私のもの。そして」
 彼女はさらに言っていく。
「私は貴方のものよ」
「早く立ち去ろう」
 彼は部屋を後にした。
「さもないとな。騒動の元だ」
「早く抱擁を。私達はそれで永遠に」
 アミーナは夢の中で語っていた。そうして夢の中に完全に落ちていく。しかしその次の日の朝。村人達は宿屋の外に集まって。あれこれと話をしていた。
「それでは」
「そうだよな」
「いざ」
 明るい顔で話している。
「あの方をお招きしてだ」
「起こさせてもらって」
「だが」
「だが?」
「どうしたんだい?」
 皆ここで一人の言葉に反応した。
「何かあるのかい?」
「一体何が」
「いや、起こすのはどうかな」
 その村人はこう他の皆に言うのであった。
「それは少し失礼じゃないかな」
「いいえ、それはないわよ」
「そうよ」
「そうそう」
 だが他の村人達はそれを否定するのであった。
「別にね。あの人を招いて宴を開くんだし」
「お祝いさせてもらうんだから」
「それでどうして」
 こう言い合うのである。
「失礼なんだい?」
「あの人の為なんだよ」
「だから別にね」
 これが彼らの意見であった。
「早くお起こしして」
「楽しい宴にお招きしよう」
「もうワインは用意してあるわよ」
「チーズもソーセージも」
「ベーコンもパンもね」
 質素だがそうでありながら確かなものがある。スイスの御馳走そのものだ。
「全部あるからね」
「それで楽しくなってもらいましょう」
「それじゃあ」
 こうして宿屋の中に入る。だが部屋の中に入ってみるとであった。彼はいない。そのかわり床にそのままうつ伏せに寝ている白い服の女を見るだけであった。
「おられないな」
「ああ」
「それに」
「これは?」
 皆まずは伯爵がいないことに首を傾げさせた。
 そしてだった。その代わりに女がいるのを見て。余計にいぶかしむのであった。
「それにこの女は」
「何者だ?」
「どうしてここに」
 そして今度はエルヴィーノがこの宿屋にやって来た。リーザとテレサも一緒である。
「だからね、エルヴィーノ」
「そんな筈がないよ」
「そうですよ」
 彼だけでなくテレサもいぶかしむ顔でテレサに返している。
「アミーナがね。そんなね」
「そんな筈がありませんよ」
「私の言うことが信じられないなら」
 リーザはここで強い顔になって述べた。
「見てみるといいわ」
「それをっていうんだね」
「そうよ。ここよ・・・・・・って」 
 村人達が宿屋の内外に集まってるのを見て今度は彼女がいぶかしむ顔になってしまった。
「何故皆がここに?」
「ああ、リーザ」
「戻って来たんだね」
「え、ええ」
 まずは戸惑いながらも彼等に挨拶をする。
「そうですけれど」
「いや、あの方がいないんだよ」
「どういう訳かね」
「それに」
 彼等は口々にリーザに話していく。
「何故か白い服の女がいるんだよ」
「これはどういうことかな」
「どうなっているんだ?」
「白い服?」
 エルヴィーノはそれを聞いてまずは首を傾げさせた。
「幽霊の話かな」
「朝に幽霊は出ないだろう」
「そうだよ」
 村人達はこう彼に話した。
「そんなものはね」
「だから違うよ」
「それもそうだよね」
 エルヴィーノも彼等のその言葉に頷いた。
「だとすると」
「だから見てみるのよ」
 ここでまたリーザが言ってきた。皆部屋の中にいる。
「その白い服の女はね」
「これは・・・・・・えっ!?」
 ここでやっと彼も気付いたのである。
 その白い服の女は紛れもなく。
「アミーナ!?」
「そうだ、間違いない」
「アミーナだよ」
「どうしてここに!?」
「これは一体」
「えっ・・・・・・」
 そしてここでアミーナも周りの声で目を覚ました。そうして起き上がりながら周りを見回すとだった。まずは訳がわからなかった。
「どうしてここに?」
「アミーナ!」
 その彼女にエルヴィーノが怒りの声をかけた。
「どういうことだこれは!」
「エルヴィーノ?」
「もうわかった!いい!」
 顔も思いきり怒らせての言葉である。
「君のことはわかった!」
「一体何が」
「結婚はなしだ!」
 そして言ってしまった。
「もうこれで!」
「えっ、どうしたの?それは」
 アミーナは話がわからず起きたてのまま唖然としていた。
 そうしてそのまま彼に問うのであった。
「私が何を」
「まだ白を切るのか」
 彼にしてはこう言いたいことであった。
「こんな状況で」
「こんな状況でって」
「アミーナ、見るんだ」
「あんたの周りをよ」
「さあ」
 村人達も険しい顔と声で彼女に言ってきた。
「今ここをだ」
「見るのよ」
「早く」
「ここは・・・・・・」
 起き上がって周りを見てみる。すると。
 ここは彼女の知らない部屋であった。少なくとも彼女の家の中ではなかった。そのことにも驚きさらに唖然となってしまったのである。
「そんな、ここは・・・・・・」
「わかったな、これで」
 エルヴィーノはさらに怒った声と顔を向けてきた。
「自分のことが」
「何故私がここに」
 しかしアミーナはこう言うしかなかった。
「この部屋の中に。誰が私を」
「それはもうわかっている」
 エルヴィーノはまた彼女に返した。
「君の不実な心がだ」
「私が不実・・・・・・」
「違うというのか!?」
「違います」
 狼狽しながらもこう主張するのだった。
「私はそんな。お義母さん」
「ええ、アミーナ」
 テレサだけは別だった。娘のところに駆け寄って彼女を抱き締める。そうやって周囲の目から彼女を覆って守ろうとするのであった。
「私はこんなことは」
「ええ、わかってるわ」
 彼女だけは信じているのだった。
「貴女はそんな娘じゃないわ」
「何故こんなことに」
「悪魔よ」
 彼女はこう娘に告げた。
「だから。貴女ではないわ」
「私が何をしたのでしょう」
 アミーナは母の手の中で泣きながら言う。二人は完全に母と娘であった。
「何故こんなことに」
「何もしていないこの娘が」
「誓って言えます」
 泣きながらも言うのであった。
「私は罪を犯してはいません」
「そうよ、それは間違い無いわ」
「しかしだ」
「現にこの娘はこの部屋にいるんだ」
「それはどうしてなんだ?」
 村人達はこう言って二人を責める。
「どうしてあの方のお部屋にだ」
「いるんだ?今こうして」
「説明がつかないぞ」
「何故なんだ」
 エルヴィーノはエルヴィーノで泣いていた。
「愛がこんな簡単に崩れ去ってしまうなんて」
「私を信じて!」
 アミーナはその彼に対して叫んだ。
「どうか、必ず」
「愛していた」
 エルヴィーノは言った。
「いや、今でもだ。それに」
 さらに言葉を続ける。
「信じていたい。けれど」
「あの誓いは偽りだったのだろうか」
 ここで言ったのはアレッシオだ。彼も村人達の中にいるのだ。
「まさか」
「そうだな。アミーナは素直で信心深く」
「心清らかだった」
「しかし今ここにいる」
「これはどうしてなんだ?」
「何故なんだ?」
「これから何を信じればいいのか?」
 アレッシオはこんなことも言って首を捻ってしまった。
「あの娘が偽りを言うとしたら」
「全くだ、そんなことはだ」
「有り得ない」
「その通りだ」
「仕方ない」
 ここでエルヴィーノが意を決した声で言った。
「僕は決めた」
「えっ!?エルヴィーノ」
「一体何を決めたんだい?」
「それは何をなんだい?」
「結婚はなしだ」
 こう言ったのである。
「もう結婚はなしだ」
「そんな・・・・・・」
 それを告げられていよいよ絶望した顔になるアミーナだった。
「私を信じてはくれないの?」
「信じたい」
 彼は顔を俯けさせて一人呟いた。
「だが。それももう」
「残酷な時・・・・・・」
 アミーナは義母の中でさらに項垂れてしまった。
「私の言うことをどうか」
「駄目だ」
 だがエルヴィーノは首を横に振るのだった。
「もう僕には」
「そんな・・・・・・」
「できはしない」
 こう言うのである。
「それはもう」
「アミーナ、気を落とさないで」
 テレサだけは彼女を抱き締めている。
「誤解はきっと晴れるわ」
「どうか神よ、御加護を」
「全ては終わったんだ」
 エルヴィーノも悲しい声で呟く。
「もうこれで」
「こんなことになるなんて・・・・・・」
「もう式は行われない」
「そしてあるのは」
「非難だけ」
 村人達も悲しい顔になってしまっていた。
「何故こんなことになったんだ?」
「この娘が」
「何故なんだ」
「誤解は必ず解けるわ」
「お義母さん・・・・・・・」
「だから。今は気を確かに」
 テレサだけはアミーナと共にあった。
「いいわね、絶対に」
「・・・・・・はい」
 しかしアミーナの心は沈んでしまった。何もかもがなくなってしまったのだ。
「幸福はなくなった」
「あるのは苦渋に満ちた思い出だけ」
 エルヴィーノとアミーナがそれぞれ言う。
「愛と誠実は消えてしまった」
「残っているのは悲しみと絶望だけ・・・・・・」
 それを噛み締めるしかなかった。最早二人にはその二つしか残されていなかったのだった。



タイトルの夢遊病っていうのは。
美姫 「アミーナの事かもね」
だとしても、タイミングが悉く悪いというか。
美姫 「婚約破棄になっちゃったものね」
エルヴィーノは全く聞く耳を持たないし。
美姫 「どうなるのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「それじゃ〜ね〜」



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