『連隊の娘』




                              第二幕  晴れて大団円

 マリーは侯爵夫人の家に迎え入れられた。それから一年経った。今は彼女は奇麗な絹のドレスに身を包んでいる。そして立派な城の中で過ごしている。
 その城の客間で。今侯爵夫人は執事の服を着ているシェルピスと話をしていた。彼は軍人から今ではマリーの側にいる執事になったのである。
「ねえシェルピスさん」
「何でしょうか」
 立派な居間である。椅子もシャングリアも豪奢なもので奇麗に掃除までされている。中国の青と白の壺もあれば日本の漆器も飾られている。何処か異国情緒のある部屋でしかも黒く大きなピアノまである。
 その部屋の中で侯爵夫人は。今はシェルピスに対して声をかけているのである。8
「御願いがあるのだけれど」
「御願いですか」
「ええ、マリーのことでね」
 その姪のことであった。
「あの娘ももう年頃じゃない」
「それはその通りです」
 執事の服を着ていても顔は厳しいままである。青い軍服から黒い執事の服に変わっただけにしか見えないのは気のせいではない。姿勢も仕草もそのままだからだ。
「お嬢様も。もう」
「だからね」
 このことを話してからまた言う侯爵夫人であった。
「貴方からも言って欲しいのよ。結婚のことをね」
「お嬢様の御結婚をですか」
「相手はもういるのよ」
 それはいるというのである。
「クラーケントルプ公爵家の次男さんで」
「クラーケントルプ公爵のですか」
「あの家なら問題はないわ」
 侯爵夫人はこうも話すのであった。
「家柄もいいし資産もあるし」
「そうですな。そうした意味では」
「だからどうかって考えてるのよ」
 ここまで話したうえであらためてシェルピスに問うのであった。
「あの娘にって」
「お嬢様がどう仰るかですが」
「マリーはまだ忘れていないみたいだけれど」
 ここで暗い顔になる侯爵夫人だった。
「軍隊のことを」
「それはそうでしょう」
 それも当然だと述べるシェルピスだった。
「何しろ赤子の頃からおられましたし」
「貴方も一緒だったわね」
「はい」
 実は彼はマリーのたっての願いでこの家に入ったのである。せめて連隊にいた誰かがいつも側にいて欲しいという彼女の願いを受けてである。
「その通りです」
「その貴方から言って欲しいのよ」
 彼の顔を見上げて頼み込むのだった。その眉が少し歪んでいた。
「そうかね」
「そうは言ってもです」
 しかしシェルピスは彼女の頼みに今一つ乗らない様子であった。
「お嬢様が何と仰るか」
「だから貴方に言っているのだけれど」
 話は堂々巡りになろうとしていた。シェルピスはそれを密かに狙っていた。しかしここでそのマリーが部屋にやって来たのであった。侯爵夫人はシェルピスとの話を止めて彼女に顔を向けるのだった。今マリーは黄色く美しい絹のドレスに身を包み髪を後ろに長く伸ばしていた。
「マリー、来たわね」
「はい、伯母様」
 恭しく一礼する。しかし咄嗟に敬礼しそうになってそれを止めての一礼であった。
「御機嫌うるわしゅう」
「堅苦しいことはいいわ」
 姪に対して穏やかに微笑んでの言葉だった。
「今はね」
「そうですか」
「堅苦しいことをしなくてはいけない時もあるけれど」
 こんなことも言うのであった。
「今はそうではないのだから」
「有り難うございます」
「それよりもよ」
 優しい笑顔でさらに姪に告げる。
「歌のレッスンをはじめるわよ」
「歌ですか」
「モーツァルトよ」 
 侯爵夫人のお気に入りの作曲家であった。
「それでいいわね」
「はい、それじゃあ」
「まずはフィガロの結婚から」
 モーツァルトのあまりにも有名なオペラの一つである。この作品はこの時代から話題になっていたのである。
「楽しかった思い出は何処に。これにしましょう」
「その曲なのですか?」
「そうだけれど嫌なの?」
「モーツァルトでしたら」
 マリーは少し怪訝な顔になって伯母に対して言うのであった。
「皆で歌う曲が」
「貴女のレッスンなのよ」
 ピアノの席に座った侯爵夫人は咎める目で姪に告げた。
「それでどうして重唱を歌うの?」
「だって私」
 ここでマリーは声を少し小さくさせ眉を顰めさせて伯母に言葉を返した。
「そっちの方が好きだから」
「貴女の好き嫌いは問題ではないの」
 ぴしゃりと言い切る侯爵夫人だった。
「これは歌のレッスンなのよ」
「レッスンだからなのね」
「そうよ。それは問題ではないの」
 マリーにこう告げるのであった。
「いいわね」
「それじゃあ」
「はじめるわよ」
 ここでピアノの演奏をはじめた。しかしここでマリーが歌った曲は。
「うう、我が部隊よ」
 連隊の歌であった。
「我が愛すべき部隊よ」
「我が第二十一連隊よ」
 シェルピスもここで歌いはじめたのであった。マリーと共に。
「今ここに立ち上がり」
「祖国の敵を倒そう」
「我等の手にするのは勝利のみ」
「栄光が我等を待っている」
 二人調子を合わせて歌う。それは実に息が合っている。
「さあ、今こそ銃を手にし」
「敵に立ち向かい」
「止めなさい」
 二人が歌うのを演奏を中止して咎める夫人だった。
「モーツァルトなのにどうしてその歌になるの」
「それは」
「いや、申し訳ありません」
 シェルピスがマリーの前にすっと出て侯爵夫人に謝罪する。
「ついつい」
「ついついではありません」
 マリーを庇うシェルピスに対して言う侯爵夫人であった。
「全く。そんなことではですね」
「すいません、伯母様」
「わかればいいですけれど。まあいいわ」
 ここで怒るのを止めた。それで再び演奏をはじめるのだった。
「いくわよ」
「はい」
 またモーツァルトであった。しかしマリーが歌う曲はまた。
「さあ行こう我等の目指す勝利に」
「今ここで我等は敵を打ち破り」
「祖国の危機を救うのだ」
 また軍関係の歌であった。
「フランスの栄光と未来は我等が担い」
「そして旗が翻る」
「ええ、あの麗しき旗よ」
 二人に乗せられて侯爵夫人も演奏しながら歌いはじめた。
「今こそあの旗が翻る時」
「自由、平等、そして博愛」
「我等は永遠にこの三つと共にある」
「だからですね」
 自分も加わってしまったことに気付いてまた演奏を止めた侯爵夫人であった。
「モーツァルトを。もういいわ」
「宜しいのですか?」
「レッスンにならないわ」
 こう言ってピアノを収めて席を立つ夫人であった。
「だからいいわ。それよりもね」
「それよりも?」
「お菓子を持って来るから」
 自分から持って来るというのである。
「皆で食べましょう。ホルテンシウスさんも呼んでね」
「メイドさん達も」
「そうよ。皆で食べましょう」
 こう言うのである。
「丁度三時だしね」
「ええ。じゃあ」
「お菓子はチョコレートがいいかしら」
 早速何を食べようかと考えはじめる侯爵夫人だった。部屋を出る扉に向かいながら顔を上げて顎に右手の人差し指をやって述べる。
「それと。コーヒーね」
「奥様」
 シェルピスがその彼女のところにやって来て言う。
「では私もお手伝いを」
「ええ、御願いするわ」
「はい、それでは」
 こうして二人で部屋を出る。部屋にはマリーだけが残った。一人になったマリーは窓の外を物憂げな顔で言うのであった。
「高い身分に贅沢な暮らし」 
 今の彼女の境遇である。
「それが何だというの?そんなものがあっても」
 その顔で呟き続ける。
「何にもならないわ。ここには皆はいない」
 連隊の皆である。
「軍曹はいてくれるけれど皆はいない。あの懐かしい行進曲も聴こえない」
 軍に付き物のそれである。これなくして軍ではないと言っても過言ではない。
「そして朝のラッパも。点呼の大砲や笛の声もなければ勇ましい掛け声もない」
 全てが彼女にとってかけがえのないものになっていたのだ。
「勝利を祝う宴もなければ馬達もいない。それに」
 ここで彼のことを思い出したのである。
「トニオもいないわ。何もないのよ、ここには」
 嘆きは深まるばかりであった。しかしその嘆きは突如として切り裂かれそのうえで瞬く間に投げ捨てられることになったのであった。
 突如として城の周りに。マリーが望んでいたあの曲が聴こえてきたのだ。
「あの曲は」
「さあ進もう諸君」
「勝利に向かって」
 行進曲であった。そしてその曲に合わせて歌声も聴こえてきた。
「今こそ我等が突撃し」
「勝利を手にするのだ」
「進め、フランスの兵士達」
「栄光が君達を待っているぞ」
「間違いないわ」
 ここでまで聞いて確信したマリーであった。
「あの歌は。それにあの歌声は」
 彼女がその行進曲と歌声に戸惑っているとだった。部屋の中に懐かしい彼等が雪崩れ込んで来たのであった。
「やあマリー」
「久し振りだね」
 彼等であった。兵士達は瞬く間にマリーの周りに集ったのであった。
「元気だったかい?」
「見たところあまりそうじゃないみたいだけれど」
「いえ、今元気になったわ」
 しかしマリーは笑顔で彼等にこう返した。
「皆の顔を見られたから」
「そうか、それは何よりだ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「全くだ」
 兵士達は彼女のこの言葉を聞いて満面の笑顔になった。そして一斉に後ろを向いて恭しく言うのであった。
「では隊長」
「こちらに」
「うん」
 ここで一人の若者が出て来た。見れば士官の服である。その彼は。
「トニオ・・・・・・」
「久し振りだねマリー」
 トニオであった。彼はにこりと笑ってマリーに言ってきたのであった。
「元気そうで何よりだよ」
「貴方、まさか」
「そうだよ。あれから頑張ってね」
 トニオはその笑顔のままマリーに話していく。62
「こうして隊長になったんだ」
「まだ一年なのに」
「一年だけれど武勲を挙げ続けてね」
 その結果だというのである。
「それで今はね」
「そうだったの」
「お嬢様」
 二人が話をしているとホルテンシウスが部屋に入って来た。
「奥様は・・・・・・えっ!?」
 彼は兵士達を見て。まずは飛び上がらんばかりに驚いた。その目を大きく見開かせて。
「何で兵隊さん達がお城に!?」
「やあ、貴方ともお久し振りです」
「お元気そうで何よりです」
 兵士達は驚く彼に対して気さくに述べた。
「お変わりもないようで」
「真に有り難いことです」
「再会はいいのですが」
「まあまあ」
「それでですね」
 兵士達はにこやかに笑いながら彼の周りに集まって来た。そうしてその肉付きのいい背中に手を回してそのうえで誘うのであった。
「あちらで飲みましょう」
「ワインがあるのですよ」
「お酒ですか」
「ええ。ソーセージもありますよ」
「それで一杯」
「それなら」
 ホルテンシウスはそのワインとソーセージに誘われて兵士達と共に部屋を後にした。部屋に残ったのはマリーとトニオだけだった。二人は熱い目で見詰め合う。
「まさかこんな形で再会できるなんて」
「君に会う為に来たんだ」
 じっと自分を見詰めるマリーに対しての言葉である。
「その為に戦って。ここまでね」
「そうだったの。私の為に」
「それでマリー」
 彼もまた熱い目でマリーを見て言うのであった。
「僕は君を」
「迎えに来てくれたのね」
「そうだよ。君の為にここまでね」
 こう話しているとであった。今度はシェルピスが部屋の中に入って来た。その手にはコーヒーポットがある。だがそのコーヒーポットを手に立ち止まることになってしまった。
 そのトニオを見て。びっくりした顔で言うのであった。
「まさかと思うがもうなのか」
「はい、戦ってその武勲で」
「隊長になってそのうえ」
「マリーを迎えに来ました」
 シェルピスに対しては誇らしげな顔で述べるのであった。
「こうして」
「凄いものだ」
 その彼を見て首を横にゆっくりと振りながら感歎の言葉を漏らした。
「僅か一年で、とはな」
「マリーは僕にとって女神だよ」
 トニオは満面の笑顔のままであった。
「それで僕を隊長にしてくれたんだ」
「私がなの」
「そうさ。僕が隊長になれたのもマリーに会いたいから」
 だからだというのである。
「マリーを迎えたいからだったからなんだ」
「それで一年で隊長に」
「だから言えるよ」
 マリーをじっと見詰めての言葉だった。
「僕は君が好きだ。そして」
「そして?」
「結婚しよう」
 プロポーズだった。
「僕とね」
「ええ、私も」
 マリーに異存がある筈がなかった。
「私もよ。二人一緒にね」
「ずっといよう」
「そう。また三人が巡り合えた」
 シェルピスもここで言ってきた。
「だからもう三人は離れないでおこう」
「軍曹も一緒にいてくれるのね」
「そうさ」
 優しい笑みでマリーに告げる。
「ずっと一緒にいよう、わしは執事として」
「私の兄として」
 彼はそれだというのである。
「ずっと一緒に」
「そしてトニオは」
「君の夫として」
 トニオ自身の言葉である。
「ずっと一緒にいるよ。それでいいね」
「ええ、私も」
 三人は今笑顔で話をしていた。しかしここで侯爵夫人が部屋に戻って来たのであった。
「チョコレートはたっぷりあるわ。皆で・・・・・・えっ!?」
「伯母様」
 マリーが兵隊姿のトニオを見て驚く侯爵夫人に対して述べた。
「私はこの人と結婚することにしました」
「貴方は確か」
 そのトニオを見てさらに驚く侯爵夫人だった。
「あの時のチロルの」
「はい、隊長になりました」
 侯爵夫人に対して胸を張って述べるのだった。
「マリーを迎える為に」
「いえ、駄目よ」
 そう言われてもすぐに顔を顰めたうえで言葉を返す侯爵夫人だった。
「それはできないわよ」
「それはどうしてなの?」
「そうです、それは何故」
「だってこの娘は」 
 マリーとトニオに対して答えるのだった。
「婚約したのだから」
「えっ!?」
「嘘だ、そんな筈は」
「嘘ではありません」
 侯爵夫人は強い声で言った。
「ですから貴方との結婚はできません」
「そんな筈がない」
 トニオはその言葉を信じようとはしなかった。
「僕は。その為に今までやってきたのに」
「それでもです」
 侯爵夫人はさらに言った。
「マリーは貴方とは結婚できません」
「そんな、私は嫌よ」
 マリー自身は顔を顰めさせて言葉を返した。
「私はトニオと」
「駄目よ、何があっても」
 侯爵夫人の言葉は厳しいものであった。
「貴女は私の決めた相手と結婚するのだから」
「くっ・・・・・・」
「そんな・・・・・・」
 トニオもマリーも歯噛みするしかなかった。侯爵夫人はそんな二人をよそに今度はシェルピスに対して声をかけるのであった。
「それでですけれど」
「何でしょうか」
「こちらへ」
 こう言って彼を部屋の外に連れていく。そうしてその扉の向こうで二人で話をするのだった。
「実はね」
「実は?」
「マリーは私の娘なのよ」
 このことを話すのだった。
「実はね」
「そうだったのですか」
 シェルピスも今の告白には僅かだが驚きの顔を見せた。
「マリーは貴女の」
「今まで内緒にしていたけれど実は」
「そうでしたか。あの娘は」
「それでだけれど」
 背の高いシェルピスを見上げて懇願する顔での言葉だった。
「あの娘を説得して」
「その結婚をですか」
「そうよ。結婚するのよ」
 こう話すのである。
「クラーケントルプ公爵家の次男さんとね」
「私はです」
 彼女の言葉を受けてから話すシェルピスだった。
「あの娘の幸せこそが最も大事だと考えています」
「それじゃあ」
「約束しましょう」
 彼はここで断言した。
「あの娘を必ず幸せにいます」
「そうしてくれるのね」
「ええ、必ず」
 確かに頷いた。それは確かであった。
「そうしてみせるわ」
「そう。それだったら」
「お任せ下さい」
 また言うシェルピスだった。
「このことに対して」
「じゃあこれを」
 ここで結婚証書を出す侯爵夫人だった。
「これをあの娘に」
「サインをさせるのですね」
「そうすればあの娘を幸せにできるわ」
 彼女は言った。
「その為にも」
「では今からマリーのところに」
「行きましょう」
 こう話してから部屋に戻る二人だった。そこんはマリーとトニオがまだいた。侯爵夫人はその二人に対して言うのであった。
「私は貴女の為に来たのよ」
「わしもだ」
 シェルピスも言うのだった。
「貴女の幸せの為に」
「丁度ここに」
 ここで部屋の中に青く着飾った服を着た妙齢の美女とその後ろに高貴な身なりの人達が集まって来ていた。彼等はマリーを見て口々に言った。
「奥様、今日はどうも」
「私の息子との婚礼の話ですが」
 その妙齢の美女が彼等を代表して侯爵夫人の前で恭しく一礼した。
「その相手は」
「はい、それはです」
 侯爵夫人はここでマリーを指し示すのだった。
「この娘です。私の姪です」
「あら、この娘は」
 その妙齢の美女はここでにこやかに言うのだった。
「私の息子の嫁に相応しいわ」
「そう思われますわ」
「ええ、そう思うでしょう」
 にこやかに笑っての言葉であった。
「本当に」
「奥様」
 侯爵夫人もにこやかに彼に返す。
「ではここで」
「はい、これを」
 侯爵夫人はその美女に恭しく結婚証明書を差し出そうとする。しかしここで。
 何と兵士達が雪崩れ込んできたのであった。そうして瞬く間にマリーとトニオを護る様にして取り囲んでしまったのだった。あっという間であった。
「悪いけれどな」
「マリーは渡さないからな」
「あんた達にはな」
 彼等は口々にこう言うのだった。
「安心してくれ、マリー」
「ここは俺達に任せてくれ」
「どうかな」
「皆・・・・・・」
「隊長もですよ」
 彼等はマリーだけでなく皆に対しても話すのだった。
「ここは任せて下さい」
「どうか」
「僕もだ」
 トニオはマリーを己の後ろにやって言った。
「僕もマリーと結婚する、絶対にだ」
「絶対に?」
「そうだ、絶対に」
 彼は話した。
「何があっても」
「トニオ・・・・・・」
「君は誰にも渡さない」
 彼はマリーを己の後ろに護りながら話した。
「絶対に」
「そう。じゃあ私も」
 マリーも言うのだった。トニオの本当の心を知って。
「私もトニオと、皆と離れたくないわ」
「僕と」
「俺達とも」
「私は生まれてからずっと皆と一緒にいたから」
 まずはこのことを言うのだった。
「第二十一連隊にいて皆に育ててもらって」
「皆と」
「じゃあこの人達は」
 客達はその彼女の言葉を聞いて言った。
「この娘にとっては」
「まさに家族なのか」
「はい、そうです」
 今度は客達に答えるマリーだった。
「皆私の家族です。かけがえのない家族です」
「それなら貴女は」
「誰と結婚するのですか?」
「この人とです」
 トニオを抱き締めての言葉だった。
「私はこの人とだけ結ばれます」
「その隊長さんと」
「一緒にですか」
「そうです。一緒にです」
 また言うマリーだった。
「この人とだけです」
「そうだったのか」
「その人と」
「奥様」
 ここでシェルピスが侯爵夫人に顔を向けて声をかけた。
「どうされますか」
「貴方は言いましたね」
 侯爵夫人も彼に顔を向けて言った。
「貴方はあの娘の幸せを望んでいると」
「その通りです」
「それじゃあやっぱり」
「私は確かに今は執事です」
 こうは言う。しかしその足をマリー達のところに向けて。そのうえで言うのだった。
「ですがこの連隊にいました。マリーと共にです」
「では貴方も」
「マリーの幸せはここにあります」
 マリーの側に来ての言葉だ。
「ですから私は」
「そうなの。貴方も」
「そして奥様」
 シェルピスは侯爵夫人に対しても告げてきた。
「奥様もわかっておられる筈です」
「私も」
「そうです。わかっておられますね」
 こう彼女に言うのであった。
「ですから」
「私は」
「さあ、どうされますか?」
 あらためて侯爵夫人に問う。
「貴女は」
「私は」
「マリーの幸福を。どうされますか」
「・・・・・・・・・」
 シェルピスの問いにまずは俯いて沈黙した侯爵夫人だった。しかし今遂に。顔をあげて言うのだった。
「私は」
「どうされますか?」
「私も言いましょう」
 その顔をあげての言葉であった。
「マリー」
「はい」
「貴女は私の姪ではありません」
 彼女に顔を向けてさらに言うのだった。
「貴女は私の娘です」
「えっ、そんな」
「これは本当のことです。妹は既にバイエルンの方に嫁いで二十年になります」
 このことも話すのであった。
「そして大尉と恋仲になったのは私だったのです」
「そうだったのですか」
 これにはシェルピスも驚きを隠せなかった。
「貴女がだったのですか」
「大尉が戦場に向かった時に乳母である召使もこの娘と共に行かせたのですが」
 そこで大尉は戦死し乳母も戦火に巻き込まれ死んだである。
「ですから。貴女は」
「何てこと・・・・・・」
「そんなことが」
 これには皆唖然とした。マリーだけでなくトニオにシェルピスも。兵士達もそうであったしそれは客達も同じだった。皆一様に唖然としてしまっていた。
「そしてです」
「そして?」
「マリー、貴女の心もわかりました」
 娘に対する言葉である。
「貴女は一緒になるべきです」
「一緒に?」
「そう、その方と」
 トニオに顔を向けての言葉であった。
「一緒になりなさい。是非」
「宜しいのですか?」
「奥様には申し訳ありませんが」
 ここでその美女、即ち公爵夫人に顔を向けて言うのであった。
「娘はこの隊長殿と結婚することになりました」
「左様ですか」
 公爵夫人は意外にも彼女の言葉をありのまま受けたのであった。
「それではそうされると宜しいでしょう」
「御許し願えますか」
「御心を見せてもらってはそう言うしかありません」
 公爵夫人の今の言葉は優しい笑みと共の言葉だった。
「ですから」
「有り難うございます」
「ではマリー」
「ええ」
 ここでマリーはトニオの言葉に応えて彼にそっと寄り添う。
「これからは一緒に」
「そう。一緒だよ」
 二人はこう言い合いながら手を取り合った。
「一緒にいよう。ずっとね」
「神の御前まで」
「では皆」
 シェルピスがそんな二人をこの上なく温かい目で見ながら一同に告げてきた。
「祝おう、この幸せな二人を祝おう」
「ええ、それでは」
「是非」
 兵士達がそれぞれワインを出してきた。それと共に杯も。
 その二つが部屋の中にいる一同の手に運ばれて。そうしてそのうえでシェルピスが温度を取って高らかに叫ぶのであった。
「乾杯!」
「乾杯!」
「二人のこれからの永遠の幸福を祝って!」
「乾杯!」
 皆で祝いの声を捧げ合う。その主役の二人のところに侯爵夫人が来て。そうして彼等を抱き寄せて言うのであった。
「御免なさい、今まで」
「お母様・・・・・・」
「それに今も貴女に無理な結婚を強いて」
「いいのよ、それは」
 こう言ってその母を許すマリーだった。
「だってお母様もお母様として私の幸福を考えてくれたのよね」
「それは」
「だから。いいのよ」
 これがマリーの言葉だった。
「それでね」
「有り難う・・・・・・」
 侯爵夫人はその二つの目から熱いものを流して娘に応えた。
「そう言ってくれて」
「これからは」
 マリーが侯爵夫人に告げてきた。
「お母様と呼んでもいいのよね」
「ええ、どうか呼んで」
 こう娘に言葉を返した。
「そしてその人とずっと幸せにね」
「ええ、ずっと」
 最後にトニオの顔を見る。トニオはその彼女に対して優しい微笑で返す。今二人は心からその幸せと愛を感じているのであった。


連隊の娘   完


                           2009・9・27



やっぱり娘だったか。
美姫 「どちらにせよ、最後は許してもらえて良かったじゃない」
確かにな。変に反対されて、という流れじゃない上に相手もすんなりと引き下がったし。
美姫 「これまた丸く収まったわね」
うんうん。投稿ありがとうございました。
美姫 「ありがとうございました」



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