『魔笛』




                             第二幕  試練を経て

 ザラストロは厳粛な会議の場にいた。白い輝かんばかりの円卓の一席に座ってである。共に座す僧侶達に対して問うのであった。
「さて」
「はい、ザラストロ様」
「今日のことですか」
「そうだ。日本から来たあの若い王子だが」
「確かタミーノ王子でしたね」
「あの若者は」
「そう、名前はタミーノという」
 ザラストロもその名前を認めた。
「先程話したがこの昼の世界に入りたいそうだ」
「夜の世界から昼の世界に」
「我等の世界にですね」
「人は光と闇の両方を知ってこそだ」
 ザラストロはこんなことも言った。
「それならば我々はどうするべきか」
「その知ろうという徳高い若者を見守るべきです」
「友情を込めて手を差し伸べるべきです」
 僧侶達は口々に言った。
「是非共です」
「そうしましょう」
「その通りだ」
 まさにそうだと述べるザラストロだった。
「それではだ。いいな」
「はい、それでは」
「秘密は」
「口の堅い若者だ」
 それも大丈夫だというのだ。
「そして慈悲深い」
「では問題ないかと」
「それで」
 僧侶達は口々に述べた。
「ザラストロ様の仰る通りに」
「若者にはまず試練を」
「人はまずは偏見故にまずは過ちを犯してしまう」
 ここでザラストロは言うのだった。
「しかし知恵と良識がその誤ちを蜘蛛の巣の様に打ち砕き」
「そして光が」
「我等に」
「我等の支柱を二度と揺るがすことはない。だが偏見は去らなければならない」
「その通りです」
「それも」
 僧侶達はザラストロの言葉に続く。
「タミーノが我等の奥義を完全に備えればそういったものはすぐに消え去る」
「すぐにですね」
「それも」
「そう、消え去る」
 まさにそうなるというのだ。
「そしてだ」
「そして?」
「何なのですか?」
「その傍にあの徳高い乙女パミーナを」
「あの王女をですね」
「そう、神々はあの若者に定められた」
 そうだというのである。
「ではザラストロ様」
「うむ」
「彼にその試練を」
「そう考えている」
 こう僧侶の一人に述べた。
「是非にだ」
「試練に耐えられるでしょうか」
「オシリスとイシス、そして神々が導いて下さる」
 これがザラストロの返答だった。
「だからこそだ」
「心配は無用だと」
「そういうことですね」
「その通りだ」
 まさにそうだというのだ。
「神々よ、新たな二人の若者に智恵の本義を与え給え」
「はい、あの二人に」
「是非」
 僧侶達はザラストロの言葉に続く。
「彷徨える彼等の歩みを導き危難の中で彼等を忍耐強く鍛え給え」
「その忍耐こそが」
「彼等を導く」
「そう。その試練の成果を彼等に見させ給え。されど彼等の命果つならば」
「その時は」
「一体」
 僧侶達はザラストロにさらに問う。
「どうなるというのでしょうか」
「その時は」
「雄雄しく徳を求めし志を賞賛し彼等を御身等の住いに」
 こう言ってであった。彼等を試練に導くことにしたのだ。
 そしてだ。タミーノとパパゲーノは寺院の中の一室にいた。そこで話をしていた。
「ねえパパゲーノ」
「何ですか?」
「僕達はどうなるのだろうか」
 こう彼に問うのだった。二人はそれぞれベッドの上にいる。部屋の中は簡素でベッドの他は机とテーブルだけである。他には何もない。
「一体」
「あのザラストロって人は悪い人じゃないですけれどね」
「そうだね。話がわからなくなってきたけれど」
「何かパミーナ様のお父上みたいですし」
「じゃあ夜の女王とは」
「夫婦ってことになりますね」
 それはわかったのだった。
「しかし。何なんでしょうね」
「わからないことだらけになってきたな」
「全くですよ」
「二人共」
 ここで僧侶の一人が二人の部屋に入って来た。重厚な扉を開け厳かにだ。
「起きているか」
「はい」
「何ですか?」
「我等から何を探し何を求めているか」 
 二人にいきなり問うてきたのだ。
「それは何か」
「叡智と愛を求めて」
 こう答えるタミーノだった。
「それだけです」
「その二つを命を賭けて手に入れられるか」
「入れられます」
 答えるのはタミーノだけである。
「何があっても」
「命は惜しくないな」
「その為には」
「今なら引き返すことができる」
 ここでこんなことも言ってみせる僧侶だった。
「それでもだな」
「智恵を手に入れることが勝利でパミーナが得られるものですから」
「愛がだな」
「はい」
「わかった」
 そしてもう一人僧侶が入って来た。彼はパパゲーノに問うてきた。
「よいか」
「何なんですか?」
「そなたも試練を受けるか」
「滅相もない」
 パパゲーノは首を必死に横に振ってそれを否定した。
「命を賭けるなんてとても」
「智恵はいらぬのか」
「智恵!?興味ありませんよ」
 まさにその通りだというのだ。
「自然のままで寝ることと飲んで食べて楽しくやれれば」
「それだけでいいのか」
「あとは可愛いお嫁さんでもいればね」
「いいのか、それだけで」
「そうですよ、いいですよ」
 まさにそれでいいというパパゲーノだった。
「他には何もいりませんよ」
「それを手に入れたければ試練を受けるのだ」
「お嫁さんの為ですか」
「そうだ。受けるのだ」
「じゃあ命を賭けるんですか」
「その通りだ」
 まさにそうだというのだ。
「わかったか」
「それならおいらはずっと独身でいいです」
 パパゲーノはまた首を横に振って言い返した。
「命あってのものだねですから」
「では妻はいらぬのか」
「今申した通り独身で結構です」
「折角綺麗な年頃の娘が一人いるのにか」
 僧侶はそれを聞いて述べた。
「それでもか」
「可愛いんですか」
「そうだ、可愛い」
 それを認める。
「その通りだ」
「それで名前は」
「パパゲーナ」
 その名前も語られる。
「それがその娘の名前なんですか」
「そうだ。わかったか」
「見られますか?その娘は」
「見たいか」
「見たいです」
 身体を前に乗り出しての言葉だった。
「けれど見たら死なないといけないんですよね」
「見せてもいいがそれまで言葉を出してはいけない」
「言葉を」
「そうだ。そなたにそれができるか」
 こうパパゲーノに問うのだった。
「それをだ」
「是非共」
 そう言われるとであった。
「それで」
「王子よ、そなたもだ」
「パミーナを見てもですか」
「今は沈黙を守るのだ」
 タミーノの方もそうした話になっていた。
「時には沈黙を守ることも大事なのだ」
「だからこそ」
 そしてここで二人の僧侶はタミーノとパパゲーノに話した。
「愛する相手を前にしても沈黙を守る」
「この試練は辛い」
「しかしだ」
「それに耐えられるものでなければならないのだ」
 そうだというのだ。
「わかったな。それではだ」
「試練をはじめる」
 こうして二人は試練のピラミッドに案内された。夜の世界は星が瞬き白い三日月もある。ピラミッドはその白い月に黄色い姿を映し出していた。
 二人はピラミッドの前に来た。しかしここに、であった。
「どうしてここにいるというの?」
「貴方達が」
「どうして」
 三人の侍女がであった。彼女達が二人のところに来たのだ。
 そして必死に二人に言うのであった。
「まさか試練を」
「受けるというの?」
「いや、それは」
「パパゲーノ」
 タミーノはすぐにパパゲーノに言ってきた。
「今は」
「けれど何か」
「女王様も来ておられます」
「ここにです」
「えっ!?」
 パパゲーノは侍女達の言葉にさらに心を揺れさせた。
「まさか」
「いえ、事実です」
 その通りだというのである。
「その通りです」
「ですからここは」
「思い直すのです」
「さもないと」
 そして次の言葉は。
「命はありませんよ」
「どうしても」
「夜の世界だけでは半分しかわかったことにはならない」
 だがここでタミーノは一人呟いた。
「昼も知ってこそだ」
「昼の世界には何もないのです」
「夜の世界にこそ全てがあるのですよ」
 しかし侍女達はこう言うのだった。
「ですからここは」
「私達の世界に戻るのです」
「どうします?」
「だから黙っているんだ」
 パパゲーノはふらついているがタミーノは違っていた。
「いいね、何があっても」
「しかしですね」
「夜と昼を知ってこそ」
 また言うタミーノだった。
「それこそだからね」
「けれどですね」
「さあ、どうするのです?」
「何故何も言わないのです?」
 侍女達は苛立ちを感じながらまた二人に問うてきた。
「沈黙を守って」
「どういうつもりですか?」
「お話したいのはやまやまですが」
「だからパパゲーノ」
「弱ったな」
 パパゲーノとしてはであった。
「どうすればいいんだ」
「そうですか。昼に入って」
「死んでしまいたいというのですね」
「残念です」
 侍女達も遂に諦めた。
「では私達はこれで」
「もう」
「夜の世界だけでは駄目なんだ」
 また一人呟くタミーノだった。
「昼も知らなくては」
「どうなるんだろうな」
 しかしパパゲーノはぼやくばかりだ。
「おいら達、これから」
 彼は試練よりも大事なものが欲しかった。そしてタミーノは叡智を知ろうとしていた。しかし二人は今は共にいるのだった。
 そしてモノスタトスは。鞭打ちを受けた後一人外を歩いていた。
「やれやれだよ」
 踵を庇いながらぼやくのだった。
「酷い目に遭ったよ」
 自分のせいだとは思っていない。
「全く。しかし」
 ここで、であった。パミーナを見たのだった。
「よし、また声をかけてみるか」
 懲りずに向かいであった。楽しく歌う。
「誰だって恋の喜びを感じるんだ、俺が恋をしたらいけないっていうのかい?そんな理屈はない筈だ。女の子なしの人生なんて何もない」
 これが彼の主張だった。
「優しいお月様、いいですよね」
 夜空を見上げて月に問う。その優しい光を見上げながら。
「白い娘を手に入れても。ですから」
 こんなことを言いながらパミーナに近付く。しかしだった。
 そこに夜の女王が来た。彼はそれを見てだった。
「おっと、これは」
 ピラミッドの陰に隠れた。そうして隠れ見るのだった。
 女王は宙に浮かび下にいるパミーナを怖い目で見据えていた。そのうえでだった。
「御前は何故ここに留まっているのです」
「お母様、それは」
「私が御前を助け出す為に向かわせたあの若者は?」
「試練に」
「ザラストロの試練に!?」
「はい」
 まさにその通りだというのだ。
「その試練に」
「昼の世界の試練にと」
「それが駄目なのですか?」
「世界は夜によってのみ成り立つもの」
 その夜の支配者の言葉だ。
「あの男は昼によってのみと言いました」
「ですがお父様は今は」
「あの男のことは言ってはなりません」
 女王はザラストロのことは決して聞こうとはしなかった。頑なに拒む。
「私はです」
「私は?」
「それはしません」
 こう言うのである。
「そう、何があっても」
「何があってもなんて」
「昼と夜は決して一つにはなれないものです」
 これが彼女の考えであり今それを出したのである。
「昼とは何があっても」
「しかしそれは」
「パミーナ」
 女王の言葉はさらに厳しく険しいものになった。
「御前が若しここに留まるならば」
「どうなるのですか?」
「私は御前を護ることなぞできはしません」
 それを厳粛に告げた。
「何があろうともです」
「何があろうとも」
「そう、何があろうとも」
 こう告げるのである、
「昼の世界にいるならば決して」
「ですが昼の世界もまた」
 その昼の世界を知った娘が知ろうとしない母に言うのだった。
「夜と同じだけ多くのものがあります」
「多くのものがと!?」
「お父様はすべての善良と悟性も知っておられます。悪人ではありません」
「言ってはならないと言った筈です」
 やはりザラストロに対しては感情を露わにさせる。
「決してです」
「ですが」
「昼の世界は夜を消そうとしている」
「それは思い込みでは」
「闇は光によって消えるもの」
 それはどうしてもというのだ。
「この世を光で覆おうとしているのです」
「闇ではなく夜なのです」
 しかしパミーナは眉を困惑させた形にさせて母に話す。
「そして光ではなく昼です」
「同じものです」
「違います。昼と夜は互いに存在し合い世界を創るものです」
「言うことはもうありません」
 言葉を遮った。そのうえで娘にあるものを出してきた。それは。
「これは・・・・・・」
「わかりますね」
「この短剣でお父様を」
「昼の世界なぞ不要です」
 あくまでこう言うのだった。
「わかりましたね」
「ですが。私にはそれはとても」
「黙りなさい!」
 こう叫んでであった。女王はその感情を遂に爆発させた。そのうえでパミーナに告げた。
「地獄の復讐が私の胸の中で煮えたぎり死と欲望が私の中を巡り炎と燃える」
「そんな・・・・・・」
「御前の手であの男を殺さない限り、昼を遮らない限り御前は私の娘ではありません」
 こう言うのだった。
「永遠に勘当され見捨てられ親子の絆は一切絶たれます」
「お母様との・・・・・・」
「御前の手でザラストロを殺さぬ限りは!復讐の神々よこの声を聞き給え!この私の誓いを!」
 こう叫び姿を消した。後には夜だけが残った。それは決して闇ではなかった。
「どうすればいいというの?」
 パミーナは一人残され項垂れていた。
「私はどうすれば。お父様をだなんて」
「まあまあ」
 しかしであった。モノスタトスは頃合いを見て出て来てだ。にこやかに笑って言うのであった。
「そんなに落ち込まないでいいじゃないか」
「貴方は」
「いや、逃げなくていいよ」
 そこから慌てて去ろうとするパミーナににこやかさを作っての言葉だ。
「何なら俺が力になるさ」
「私の?」
「そう、だから」
「だから?」
「俺と付き合わないかい?」 
 これが話の本題だった。
「その為にさ」
「私が貴方を」
「そうさ。どうだい?」
「それは何があってもできません」
 一言で断るパミーナだった。
「何があっても」
「駄目だってのかい?」
「はい」
 あくまでそうだというのだ。
「私はタミーノに全てを捧げると誓いました」
「そんなのどうだっていいじゃないか」
「よくはありません」
 あくまで引こうとしないパミーナだった。
「私は」
「そう言わなくてもさ。俺だって」
「モノスタトスよ」
 しかしであった。ここでザラストロが来て。そのうえでパミーナの前に来て彼に言うのであった。その顔は極めて厳しいものである。
「言った筈だ」
「あのですね。俺だって」
「ならん」
 多くは言わせなかった。
「わかるな。さもなければだ」
「わかりましたよ。俺は用無しってことですね」
「娘にはもう相手が決まっている」
 こう彼に言うのだ。
「だからだ」
「じゃあ俺はどうすれば」
「相応しい相手を探せ」
 これがモノスタトスに告げる言葉だった。
「それでいいな」
「わかりましたよ。じゃあ」
 モノスタトスもここで遂に諦めた。しかしであった。
 去る中でだ。彼は呟くのだった。
「もう昼の世界には嫌気がさしたな。夜に入るか」
 こう言って姿を消した。パミーナが泣きそうな顔で父に言う。
「お父様」
「あれが来ていたのだな」
「はい」
 父の言葉にこくりと頷く。
「その通りです」
「困ったものだ」
 それを聞いてまずは目を閉じて言うザラストロだった。
「それは」
「ですがお母様は」
「何もわかっていないのだ」6
 ザラストロは娘にこう告げた。
「だが」
「だが?」
「この神聖な神殿の中では人は復讐というものを知らない」
「復讐をですか」
「そうだ」
 まさにそうだというのである。
「一人の人間が死んだならば」
「その時は」
「愛が彼を為すべき務めに導くのだ」
 こう穏やかに娘に語るのだった。
「そして彼は友の手を取り」
「どうなるのですか?」
「満ち足り嬉々としてよりよい国に向かうのだ」
「そういう場所なのですね」
「その通りだ。人が人を愛する場所だ」
 まさにそうだというのである。
「憎しみを感じることはないのだ。人は赦すもの」
「人を?」
「人は憎しみを超えなくてはならないのだ」
 それはまさに高尚そのものの言葉だった。
「その様な教えを備えなくてはならないのだ」
「そうなのですか」
「あれにも。モノスタトスにも」
 彼等のことを考えての言葉だった。
「それをわかってもらわなくてはな」
「それをなのですね」
「昼の世界もまた」
 具体的にはその世界をだというのだ。
「わかってもらわなくてはな」
「では」
「行こう、我が娘よ」
 優しく彼女に告げた。
「いいな」
「はい、それでは」
 こうして二人である場所に向かった。そうしてタミーノとパパゲーノは僧侶達に案内されてまた別の試練の場所に入ったのであった。
「ここだ」
「こんな場所ですか」
「こんな場所とは何だ」
 パパゲーノの言葉にむっとした顔で返す僧侶だった。
「ここでは黙っているのだぞ」
「またですか」
「だから文句を言うな」
 パパゲーノに対してあくまで言う。
「いいな」
「わかりましたよ。それじゃあ」
「わかったら早く入れ」
 こう言って二人をそのまま部屋に入れる。そこはピラミッドの玄室の一つだ。タミーノとパパゲーノはこの部屋に二人だけとなった。
「タミーノさん」
「・・・・・・・・・」
 パパゲーノの問いに言われた通り沈黙で返す。
「何て生活なんだ。おいらには自分の藁の家や森の方がいい」
「・・・・・・・・・」
「そこだと鳥の声がしょっちゅう聞こえる」
「・・・・・・・・・」
「何も仰らないんですか」
「・・・・・・・・・」
 無言で頷くだけのタミーノだった。
「面白くないなあ。水一滴もないし」
 こんなことを言いながら玄室を出て廊下を歩いていく。そして空中庭園に出た。夜の中に緑の木々が見える。そこに入るとであった。
「パパゲーノ」
 老婆の声がしてきた。
「パパゲーノ」
「誰だい?おいらを呼ぶのは」
「私よ」
 こう言ってその灰色のフードに全身を包んだ腰の曲がった老婆が出て来たのだ。
「私がなのよ」
「水はあるかい?」
「水?」
「ああ、あるかい?」
「ほら」
 こう言って水の入った皮袋を出してきたのだった。
「これをどうぞ」
「悪いね。しかし」
「しかし?」
「退屈だよ、ここは」
 その試練が最初から嫌で嫌で仕方ないから言うのであった。二人は石のところに並んで座ってそのうえで話をするのであった。
「全くね」
「そうなの」
「それでだけれど」
 ここであらためて彼女に問うのだった。
「あんたは誰なんだ?」
「私かい?」
「名前は何ていうんだい?」
「パパゲーナっていうんだよ」
 こう皺がれた声で答えるのだった。
「それが私の名前だよ」
「何だ、おいらと同じ名前だな」
「そうね」
「それで歳は幾つなんだい?」
「十八歳だよ」
 ここで楽しそうに語るのであった。
「へえ、十八歳かい」
「そうだよ」
「八十歳の間違いだろ」
 それを聞いて顔を少し横にやって言うパパゲーノだった。
「そりゃ」
「それでパパゲーノ」
 今度はパパゲーナから聞いてきたのだった。
「あんたは」
「おいらは?」
「まだ聞きたいことがあるかい?」
「そうだな。あんたいい人はいるのかい?」
 問うのはこのことにしたのだった。
「それで」
「勿論だとも」
「へえ、そうなのか」
 パパゲーノはそれを聞いてまずは頷いた。
「それでその人は若いのかい?」
「若いって?」
「あんたと同じ位かい?」
「いや、十歳は年上だよ」
 パパゲーナは笑って言ってきた。ただしその顔はフードの奥で見えない。
「歳はね」
「ふうん、じゃあそれは誰なんだい?」
「あんただよ」
 笑ってこう言ってきた。
「あんたなんだよ、それは」
「おいらだって?」
「そう、パパゲーノだよ」
 こう彼に言うのである。
「あんたなんだよ」
「へっ!?」
 ここまで聞いてやっとわかったのだった。
「おいらがかい?」
「そうだよ。私のいとしい人」
「決まったよ」
 パパゲーノはここまで聞いてがくりと頭を垂れてだ。こう言った。
「試練を受けよう。もう喋らないぞ」
「ようこそ」
「試練を受けられているのですね」
 ここでパパゲーノとパパゲーナのところにあの三人の少年達が来た。
「それは何より」
「それでなのですが」
 少年達が話しているそこにタミーノも来た。少年達はここでタミーノとパパゲーノに対してあるものを差し出してきた。それは。
「この笛を」
「そして鐘を」
 その二つをそれぞれ差し出してきたのである。
「どうぞ」
「ザラストロ様からです」
「そしてこれを」
「これもどうぞ」
 今度はパンとワインであった。それを出してきたのだ。
「宜しく召し上がって下さい」
「そして今度御会いする時には」
「喜びが貴方達の勇気の酬いであるように」
 そしてタミーノには。
「貴方には勇気を」
「目標は間近です」
 タミーノはその言葉に静かに頷くだけだった。やはり喋らない。
「そしてパパゲーノ」
「貴方は黙るのです」
「いいですね」
 彼には小言だった。そうしてだ。
 パパゲーノは受け取ったそのパンを早速むしゃむしゃとやりだした。少年達はその間に何処かへと消えてしまっていた。
「さて、食べたら」
 何時の間にかパパゲーナも消えている。二人だけである。
 そして彼は食べながらだ。タミーノに声をかけるのだった。
「仰らないし。ああ、これは」
 そのワインを飲みながらの言葉だった。
「美味いや。かなりいいや」
「ここなのね」
 そしてここにパミーナが出て来たのだった。
「ここにおられたのね。神々のお導きね」
「・・・・・・・・・」
 タミーノは彼女を見ても何も言わない。
「あの」
「・・・・・・・・・」
 そのタミーノに声をかけるパミーナだった。
「どうして何も仰らないの?何かありましたの?」
「・・・・・・・・・」
 やはり喋らない。顔を背けさえしていた。
「何故。これは一体」
 その彼の沈黙の前に困惑し狼狽するばかりだった。
「どういうことなの?」
 そして悲しみも感じて言うのだった。
「愛の幸せが永遠に消えてしまったのね」
 こう感じ取ったのだ。
「あの愛の喜びの時間は私の中にはもう帰って来ない。貴方の為のこの涙を貴方がもう愛の渇きを感じないのなら死の中に感じるしかないのね」
 ここまで言って泣きながら玄室から駆け去った。しかしタミーノはやはり一言も話さないのであった。そうしてである。
 パパゲーノはである。ここで呟くのだった。
「いざとなれば黙っていられるんだ。料理人の旦那と酒倉番の旦那に乾杯だ」
 上機嫌で今パンとワインを食べ終えていた。
「あれっ、行かれるんですか」
 タミーノが今の玄室を後にするのを見ての言葉だ。
「それじゃあおいらもか。やれやれ」
 食べ終えたのでかなり上機嫌ではあった。
「行きますよ。それじゃあね」
 こうして二人で部屋を出た。この時ピラミッドの玄室では僧侶達が神々を讃えていた。
「イシリスとオシリスよ」
「何という歓喜か」
「間も無く夜と昼が巡り合う」
「再び共にあるようになるのだ」
 その夜と昼を讃える言葉からタミーノへの話になる。
「あの気高い若者は間も無く新しい命を感じ間も無く我々の聖なる務めにその身を捧げるだろう」
「彼の魂は雄雄しくその心は汚れない」
「間も無く彼は我等に相応しい人物になる」
「そうなるのだ」 
 ザラストロもいた。そして彼も言うのだった。
「彼は間も無く試練を乗り越える。そして」
「そして?」
「どうされるのですか?」
「パミーナを」
 彼女の名前を出すのだった。
「娘をここに」
「わかりました。それでは」
「王女を」
 そうしてであった。パミーナが連れて来られた。彼女はその目を真っ赤にさせていた。悲しみの中で父の前に連れて来られたのである。
「ここは」
「娘よ」
 ザラストロは優しい顔で彼女に告げるのだった。
「彼は御前を待っているのだ」
「私をですか」
「そなたに最後の別れを告げる為に」
「最後の別れ・・・・・・」
 その言葉を聞いて顔を蒼白にさせるパミーナだった。
「そうだ。ここに来るのだ」
「ここに」
「そうだ、タミーノ」
 こう言うとであった。そのタミーノも連れて来られた。パミーナは彼女を見てだ。そのうえで彼のところに駆け寄ろうとする。しかし。
「駄目だ、今は」
「えっ!?」
「まだ駄目だ」
 右手を前に出してパミーナを拒むのだった。
「駄目なんだ、まだ」
「そんな、どうして」
 パミーナは今の彼の言葉を聞いてだ。さらに青くなるのだった。
「もうこれで御会いできないのですか?」
「それは違う」
 ザラストロが絶望の中に陥ろうとする彼女に告げた。
「そなた達はまた楽しく再会できるのだ」
「ですが」
 パミーナは父の先程の言葉から本能的に悟っていた。
「貴方を恐ろしい試練が」
「神々が僕を護って下さる」
「その通りだ」
 ザラストロもその通りだというのだ。
「だからだ」
「ですが貴方は」
 それでもだった。パミーナは心から彼を気遣って言うのだった。
「危機が」
「大丈夫だ」
 しかしタミーノはそれでも決意を変えない。
「神々の御心が行われる。神々の合図が僕の掟だ」
「そうなのだ。だからだ」
「けれど」
 その彼に尚も言うパミーナだった。
「貴方が私が貴方を愛するのと同じ位私を愛して下さるなら」
「どうしろと」
「そんな平気な顔をしないで下さい」
 これが彼女の言葉だった。
「ですから」
「それは信じて欲しい」
 タミーノは切実な顔でそのパミーナに告げた。
「僕だって同じ思いだ」
「では」
「君に永遠に忠実であり続けるだろう」
「それは信じるのだ」
 またザラストロがパミーナに告げた。
「彼の心は本物なのだ」
「そうなのですか」
「だから今は耐えるのだ」
 娘への言葉だ。
「そなたへの試練だ」
「私への」
「わかったな」
 確かな、それと共に優しい声を娘にかけた。
「それで」
「はい」
 そしてだった。パミーナも遂に頷いたのだった。
 そうしてだ。タミーノはここで言った。
「では僕は」
「行かれるのですか?」
「試練を乗り越える」
 パミーナに対して告げた。
「何があろうとも」
「行くがいい若者よ」
 ザラストロは今度はタミーノに優しく確かな声をかけた。彼の後ろには僧侶達が並んで立ったままである。その中での言葉であった。
「再び」
「はい」
 ザラストロのその言葉にこくりと頷いてみせた。
「今から」
「ではタミーノ」 
 パミーナは悲しみそのものの顔で彼に言った。
「これで」
「必ず帰って来る」
「それでは」
 こうしてであった。二人は別れた。そのうえで二人は見詰め合ってであった。
「黄金の平安よ」
「また再び」
 二人は別れタミーノも試練に向かう。パミーナはザラストロにまた何処かに導かれていく。彼女もまた試練の中にいるのだった。
 そしてパパゲーノはだ。一人でピラミッドの中で騒いでいた。
「おいら一人かな。ねえタミーノさん」
 周りを見回しながらタミーノを探している。
「いないんですか?おいら一人だけですか?」
「全く。困った奴だ」
 その彼のところにだ。一人の僧侶が呆れた顔で出て来たのである。
「試練をする気がなかったのか」
「おいらはこのままじゃ餓え死にだ。こんなところにずっといたくないんですがね」
「餓え死にどころかだ」
 僧侶はパパゲーノの前に来て言うのであった。
「御前は暗い大地の割れ目の中を永遠に彷徨い歩いて然るべきなのだぞ」
「そんなところにですか」
「そうだ。試練はいいのだな」
「そんなのどうでもいいですよ」
 見事なまでの本音だった。
「そんなことは」
「情け深い神々が御前のその不心得を免じて下さる」
「それはどうも」
「その代わりにだ」
 僧侶の言葉は厳しい。
「御前は神々に仕える者の貴い満足を味わうことは決してない」
「だからそんなのはどうでもいいですよ」
 本当にそんなことには興味のないパパゲーノだった。
「おいらは美味い酒でもあれば」
「それでいいのか」
「ええ、それだけで」
 いいというのである。
「構いませんよ」
「他にはいらないのか?」
「ええ、別に」
 こう僧侶に答える。
「ないですよ」
「では望みを適えてやろう」
「そりゃどうも。しかし」
「しかし?」
「いえですね」
 ここでさらに話すパパゲーノだった。何かを思い出した顔になってである。
「お酒を貰えるとなって嬉しいんですけれど」
「どうしたのだ?」
「何かを思い出したんですよ」
 腕を組んで首を傾げさせての言葉だった。
「何かをね」
「何かをか」
「何か欲しいものがあったんですよ」
 そうだというのだ。
「そうそう、それはですね」
「うむ、言ってみるのだ」
「一人の娘か女房ですかね」
 ここでやっと思い出したのである。
「そんな優しい娘がいれば天にも昇る心地だよ。飲むものも食うものも全部美味くて王様だって何のその」
 こう話していく。
「賢者さながら世を楽しみ極楽浄土にいる気持ち」
「それだけでいいのか」
「可愛い娘の誰一人おいらを好きなってくれないのか。一人位はいえもいいじゃないかな。さもなければおいらは悶え死ぬ」
 そうなるというのだ。
「誰も愛してくれないならおいらは炎で悶え死ぬ。けれど優しい娘がいれば」
「わかった」
 僧侶はここまで聞いて頷いた。
「ではその様にだ」
「本当ですか?」
「嘘は言わない」
 こうしてであった。僧侶は静かに部屋を出てである、その代わりにだった。
「ここにいたのね」
「またあんたか」
 パパゲーノはあの老婆パパゲーナを見て思わず声をあげた。身体をこれでもかと伸ばしそのうえで心臓が飛び出そうな程口を開けている。
「何で出て来たんだ!?」
「だから恋人にって」
「有り難い幸せだ!」
 また飛び上がる彼だった。
「だから何でこうなるんだよ!」
「若しあんたが永遠に私に忠実でいると約束するなら」
「それは?」
「あんたの女房がどんなに優しくあんたを愛するか見せてあげるわよ」
「それはまた」
 パパゲーノはこのうえなく嫌悪感を露わにさせて言葉を返した。
「有り難い幸せだ」
「そう思うじゃろう」
「うん、全然」
 全くというのだ。やはり素直である。
「全くね」
「じゃあ縁結びの印に手を」
「遠慮させてもらうよ」
 如何にも嫌そうな顔での返答だった。
「何があってもね」
「躊躇ったらずっとここにいることになるよ」
「それはもっと勘弁だよ」
 まさにあれも嫌、これも嫌だった。
「本当に餓え死にじゃないか」
「毎日食べるものはパンと水だけじゃよ」
「餓え死にしないだけましか!?」
「お友達も恋人もなく」
 パパゲーナの言葉は続く。
「世の中から何時までも見捨てられたままで暮らさないといけないのよ」
「そりゃ何て地獄なんだ」
「わかったわね」
「それなら婆さんでもいい」
 彼もこう言うしかなかった。
「もうね。約束するよ」
「約束するんだね」
「そうだよ。もっと奇麗な娘が出て来るまでね」
「よし、誓うね」
「誓うよ」
 心に思っていることはそのまま言ってしまった。
「是非ね」
「よし、それなら」
「何てこった」
 パパゲーノはパパゲーナのその手を取ってから顔を背けて。悲嘆そのものの顔で言うのであった。
「何でこんなことになったんだろう」
 しかし彼がパパゲーナを見ていない間にである。彼女はそのフードを脱いでいた。するとそこには黄色い輝かんばかりの服を着て美しい黒髪と可愛らしい琥珀の瞳の女の子がいたのである。小柄で実に明るい感じの。
「ねえ」
「声色使うのかい?」
「使ってないわよ」
 こう彼に言ってみせたのである。
「そんなのはね」
「じゃあ何で声が?」
「振り向けばわかるわ」
 楽しそうに言うのであった。
「そうすればね」
「それだけでわかるっていうのかい」
「ええ、わかるわ」
「それでわかるのなら苦労はしないよ」
「じゃあ振り向くのね」
「そうさせてもらうよ。じゃあ」
 こうして振り向くと。
「今から・・・・・・って」
「振り向いたわね」
「本当に十八歳だったんだ」
「そうよ。言わなかったかしら」
「聞いたけれど信じられるものか」
 こう返すパパゲーノだった。
「こんなことって」
「それじゃあどうするの?」
「是非一緒に」
 パパゲーノは一転して能天気になった。
「楽しくやろうか」
「よし、それならだ」
 こうしてであった。二人で楽しく手を取ってだ。
 明るく踊りはじめた。しかしここでまた僧侶が出て来たのだ。
「まだだ」
「まだってどうしたんですか?」
「そなたにはまだやってもらうことがある」 
 こうパパゲーノに言うのである。
「わかったな」
「わかったも何も」
「じゃあ私は?」
 二人はそれを聞いてであった。少し呆然となった。だがパパゲーナは僧侶に対して明るい調子で言葉を返すのであった。
「私はこれで」
「えっ、ちょっと」
 パパゲーナのその言葉を聞いてであった。パパゲーノは驚いてそのうえで話すのだった。
「それって」
「わかったな。そなたはここに来い」
「そんな、まだ何かあるんですか」
「何事にも手順がある」
 パパゲーノに対して告げた言葉だった。
「いいな、それではだ」
「そんな、何てこった」
 しかしこのまま連れて行かれる。パパゲーナも部屋から去っており後に残ったのは誰もいなかった。部屋は暗闇の中に包まれていた。
 そして少年達はだ。ピラミッドのある部屋の中にいた。そこで誰かを待っているようだった。
「もうすぐ朝だね」
「うん、朝だ」
「もうすぐだよ」
 まずはこう言い合うのだった。
「太陽が黄金のはじまりに燦然と輝く」
「間も無く迷信は消え失せて」
「間も無く聡明な人間が勝利を得る」
「そうして」
 彼等の言葉は次々に出されていく。
「安らかな憩よ」
「天を降り再び人の胸に帰り来たれ」
「その時この地上は一つの天国になり」
「死すべき者も神々に似たものとなる」
「そして」
 ここで少年の一人が言ってきた。
「パミーナは」
「そうだね。今とても落ち込んでいる」
「絶望の中に沈もうとしている」
「まずいね」
「その彼女が来たよ」
「うん、やっぱりここに来たね」
 そのパミーナが虚ろな足取りで部屋に入って来た。そうして絶望した顔で言うのだった。
「もう何もかもが終わったのね」
「まずいな」
「うん、かなり」
「僕達にも気付いてないし」
 少年達はそのパミーナを見ながら話す。
「ここは何とかしないと」
「さもないと大変なことになる」
「だから」
「私はこれで」
 死という言葉が出ようとしていることを悟った。そうしてだった。
 三人はすぐに動いてだった。パミーナの周りを囲んだ。そしてそのうえで優しく声をかけるのだった。
「気を取り直して」
「落ち着いて下さい」
「どうかここは」
「けれど」
 パミーナはその沈んだ顔で少年達に返す。
「そんなことをしても」
「いえ、死ぬことはありません」
「その必要はないんです」
「ですから思い止まって下さい」
「思い止まる」
 パミーナもそれを聞いてふと言葉を止めた。
「けれど私は」
「いえ、それでもです」
「僕達の話を聞いて下さい」
「どうかです」
「話を聞いても」
 ここでだった。遂にパミーナは彼等に顔を向けた。そのうえで何とか気を取り直してそのうえで言葉を出したのだった。
「いえ、そうね」
「はい、そうです」
「王子のことですね」
「それですね」
「ええ」
 少年達の言葉にこくりと頷く。
「どうして話し掛けてくれないのかしら」
「それは御答えできません」
「しかしあの方はです」
「貴女のことを心から想っています」
「だからなのです」
 こうパミーナに話すのだった。
「ですからよければ」
「貴女は王子のところに行かれますか?」
「どうされますか?」
 こう尋ねるのだった。
「今から」
「如何でしょうか」
「そうね」
 その言葉を聞いてであった。パミーナも遂に言うのだった。
「それでは」
「ではこちらに」
「今から参りましょう」
「愛に燃え立つ二つの心はです」
 少年達は決意したパミーナにさらに話すのだった。
「人の力では引き離すことはできません」
「敵が骨を折ってみても無駄というもの」
「神々が御護り下さるのですから」
 こう言ってであった。パミーナを彼の場所に導くのだった。絶望は消えようとしていた。
 奥に様々なものが渦巻いているのが見える入り口がある。その左右に二人の武装した兵士達が立っている。鎧兜に身を包みその手には槍と楯がある。その彼等が前に来たタミーノに対して言ってきたのだった。
「苦難に満たされたこの道を辿り行く者」
「その者は火、水、風、土により清められる」
「そなたが死の恐怖を克服できれば」
「この地上から天上に舞い上がるのだ」
「そなたは光に照らされて」
「イージスの秘儀に一身を捧げることができるようになるのだ」
 こうタミーノに告げる。すると彼はそれに応えて言うのだった。
「死は怖れない、それに行動して徳の道を歩み続けます」
「それがそなたの心だな」
「間違いないな」
「はい」
 まさにその通りだというのだった。
「どうかその先に進ませて下さい。進んで危険な中に入りましょう」
「よし、わかった」
「それではだ」
 兵士達は彼を行かせようとする。しかしだった。
 ここにパミーナが来てだった。そして懇願してきた。
「お待ち下さい!」
「パミーナ!?」
「ええ、私よ」
 パミーナは驚くタミーノの傍に来て答えた。
「私が」
「けれど君は」
「いや、いいのだ」
「これでいいのだ」
 しかし兵士達はこうタミーノに言うのだった。
「ザラストロ様はこうなるとわかっておられた」
「二人で乗り越えてこそなのだ」
「二人で」
「そうだ。運命が導いている」
「例え死が定められているにしても」
 こう言ってであった。二人で行くことを許すのだった。そうしてだった。
 タミーノはパミーナを見た。そうして彼女に声をかけるのだった。
「君と一緒に行くことができる」
「はい、二人で」
「例え何があっても行こう」
「二人で」
 こうしてであった。二人で向かおうというのだ。
 兵士達もそれを見てだ。静かに言う。
「行くがいい」
「はい、パミーナ」
「ええ、タミーノ」
 二人で見詰め合っていた。
「二人であの中に」
「進もう」
「私は貴方の手を取って」
 既に自分の両手で彼のその右手を強く握り締めていた。
「そうして」
「そうして?」
「愛の導きに従って」
 そうするというのである。
「先に進みましょう。あらゆる苦難は」
「苦難は?」
「その魔笛を吹いて下さい」
「この笛を」
「そう、吹いて下さい」
 そうするといいというのである。
「その笛が私達を護ってくれます」
「そう。それなら」
「その魔笛はお父様が作られたものです」
「ザラストロ様が」
「そうです」 
 まさにそうだというのだ。
「ある魔法の時間に雷光と雷鳴が鳴り響く嵐の中で千年経ったオーク樹の根を刻んでそのうえで作ったものなのです」
「それがこの魔笛」
「その通りです。ではその魔笛を吹いて」
「うん」
 パミーナのその言葉にこくりと頷く。
「行こう」
「ええ、それでは」
「僕達はこの魔笛の力を頼りに進んで死の暗い中を通り抜けよう」
「行くがいい」
 兵士達も二人に告げる。
「今からだ」
「そなた達の先に」
 こうして二人は中に入った。そこでは火も水も大地も風も荒れ狂っている。しかし魔笛を吹けばであった。
「炎の灼熱の中も」
「あらゆる危険も」
「溢れる水の中も」
 揺れ動く大地も荒れ狂う風もであった。全てがタミーノが吹いたその魔笛の音の前に消えていく。全ては静寂に覆われたのだった。
「これで鎮められ」
「僕達は今から」
「神々の幸福の中に」
「彼等は手に入れた」
 ザラストロはそれを見て言うのだった。
「後はだ」
「はい、他の者達もですね」
「手に入れるのですね」
「その通りだ」
 まさにそうだというのだ。
「幸福と。そして」
「昼と夜が再び一つになる」
「その時もまた」
「来るのだ」
 こう話してだった。彼等はそれぞれ話していく。その目には未来が見えていた。
 そしてだ。僧侶にある部屋に連れて来られたパパゲーノは一人でどうしていいかわからなくなってきていた。パパゲーナがいなくなってだ。
「折角一緒になれると思っていたのに何なんだ?」
 こうぼやきながらうろうろとしている。
「パパゲーナが消えておいらは不幸の中」
 己のことをしきりに嘆くのだった。
「お喋りはしたさ。けれどあの娘がいないと」
 やはりパパゲーナのことを話す。
「どうすればいいってんだ。せっかく見つけたいとおしい相手なのに」
 こう言ってどうしていいのかわからず頭を抱えてその玄室の中をうろうろとしていた。そうしてそのうえでだ。何故か部屋の中にあったロープを手に取ってだ。それで首吊りを作ったのであった。
「さて、と」
 それを作ってから言う。
「いんちきな世の中はおいらにだけ厳しい。可愛いパパゲーナも何処かに行っておいらは一人だ」
 その首吊りを見ながらの言葉だ。
「けれどあの娘が来てくれたら考えてもいいんだけれどな。おおい」
 ここで誰もいないのに周りに声をかける。
「誰かいないのか?」
 こう問うのだった。
「誰かいないか?止めるなら今のうちだぞ」
 しかし返答はない。
「いないのか?」
 もう一度問うた。
「もう一回尋ねるぞ。いないのか?」
 やはり返事はない。当然ではある。
「一、二、三で数えて本当に返事がなかったら」
 わざわざ勿体までつける。
「死ぬからな。いいな」
 やはり返事はない。ここでやっと諦めるパパゲーノだった。
「わかった。もういい」
 そのまま首吊りに向かう。しかしであった。
「待って下さい」
「何をするかと思えば」
「落ち着いて」
 少年達が来た。そうしてすぐに彼を止めるのだった。
「人生は一度だけですよ」
「それでそんなことをしてもです」
「何もなりはしません」
「けれどだね」
 パパゲーノは首吊りを取り払いながら彼等に述べた。
「おいらはだね」
「わかっています。パパゲーナですね」
「彼女ですね」
「そうだよ。あの娘はどうやったら戻って来るんだい?」
「その鐘を鳴らせばいいのです」
 少年の一人が答えてきた。
「それを鳴らせばです」
「鐘を使えばいいのか」
「そうです」
「よし、わかった」
 それを聞いて確かな顔で頷くパパゲーノだった。
「それなら鳴らすよ」
「是非共」
「そうして下さい」
「よし、それなら」
 パパゲーノは早速鐘を鳴らした。
「鈴の音よ。響き渡り可愛い恋人を連れて来てくれ」
「さあ、パパゲーノ」
「周りを見て」
「ほら、周りを」
「周りを?」
 するとだった。パパゲーナが来ていた。その彼女が笑顔でパパゲーノに告げてきた。
「パパパ」
「パパパ」
 それに合わせてパパゲーノも言う。
「パパパ」
「パパパ」
 そしてパパゲーノが出した言葉は。
「パパゲーナ!」
「パパゲーノ!」
 パパゲーナも笑顔で彼の名前を呼んできた。
「やっと会えたよ」
「そうね、やっとね」
「長かったけれどこれで」
「私達は会えたのよ」
「それじゃあ」
 パパゲーノは満面の笑顔で彼女に言ってきた。
「パパゲーナはおいらの恋人だね?」
「そうよ」
 パパゲーナは満面の笑みで彼の言葉に応える。
「その通りよ」
「そうか、それなら」
「私達はずっと一緒よ」
「神様がおいら達の愛を祝ってくれて」
 パパゲーノはもう上機嫌だった。
「私達に小さい子供達を授けれくれたら」
「そうだよな、それだけで」
「どんなに幸せか」
「はじめは」
 まず言ったのはパパゲーノだった。
「小さなパパゲーノ」
「次は小さなパパゲーナ」
「そしてまた小さなパパゲーノ」
「また小さなパパゲーナ」
 二人で手を取り合って笑顔で回りながら話す。
「パパゲーノ!」
「パパゲーナ!」
「パパゲーノ!」
「パパゲーナ!」
 二人で話をしていく。すると二人の周りに大勢の彼等によく似た子供達が出て来てであった。二人を取り囲み一緒に踊りはじめた。
「家族で幸せに暮らせることも」
「この世で最も楽しいことの一つだから」
 皆で笑顔で話していく。二人も明るい喜びを得たのだった。
 そして最後にだ。モノスタトスの先導で夜の女王と侍女達がピラミッドの奥に向かっていた。そこであれこれ話をしていた。
「遂にあの男にやり返せる」
 女王はその中で言うのだった。
「忌々しい。昼の世界などというものは」
「それでなのですが」
 案内をするモノスタトスがここで女王に言う。
「成功したらお嬢さんは俺に」
「わかっています。仕方ありません」
 女王は少し憮然としながら述べた。
「それは」
「わかりました。それじゃあ」
「しかし何か」
「光が迫る様な」
「その感じが」
 女王の後ろにいる侍女達は不吉なものを感じる顔であった。
「します」
「女王様、ここは御気をつけて」
「どうか」
「わかっています。ザラストロめ」
 扉の前に出た。女王はいよいよ意を決して言う。
「今度こそは」
「そう、御前達もだ」
 ここでだった。ザラストロの声がしたのだった。
「昼を知るのだ」
「!?これは」
「この光は」
 女王達が驚いたその時にだった。太陽の光が彼等を照らす。その光を受けた女王達は最初は唖然となっていたがすぐにだ。光の中で少しずつ恍惚とした顔になっていった。
 そしてその顔でだ。それぞれ言うのであった。
「これが昼の世界・・・・・・」
「昼の世界が持っているもの」
「これが」
「昼だけでも駄目で夜だけでも駄目だ」
 ザラストロが出て来て言う。そこにはタミーノとパミーナもいればパパゲーノとパパゲーナ、そして子供達もいた。僧侶達に兵士達、それに民衆もだ。誰もが集まっていた。
 ザラストロはその中で妻達に対して静かに告げた。
「そなたも昼を知った。これからはだ」
「また一緒に」
「そうだ。どうだ?」
「貴方が夜を知り私が昼を知る」
 女王も自分の前に来た彼を見詰めながら言う。
「世界はそうあるべきなのね」
「その通りだ。それではだ」
「ええ、また一緒に」
「モノスタトスよ」
 ザラストロは彼にも声をかけた。侍女達は静かに女王の後ろに控えた。
「そなたにもやがて相応しい相手が見つかる」
「だといいですがね」
「月も一人では寂しいものだ」
 そしてこうも言うのであった。
「そして一人では何にもならないからだ」
「それでは」
「悔い改め心を落ち着かせるのだ」
 穏やかな声で彼に告げた。
「わかったな」
「はい、それでは」
「皆の者、讃えよう」
 全てが終わったと見たザラストロは一同を見回して言う。部屋の中は太陽の輝きに照らされている。
「昼と夜が一つになったことを」
「はい、そして神々に」
「深く感謝を」
 タミーノとパミーナも言う。
「勇気ある者達が勝利を収め」
「その報いとして美と叡智が永遠の冠を頂かせる」
「そしてそれをつかさどるのは愛」
 ザラストロも厳かに言った。
「愛が全てを幸福にするのだ」
 皆このことを心から感じ恍惚となっていた。今二つの愛が成就し昼と夜は元に戻った。誰もがこのことを心から喜んでいた。


魔笛   完


                       2010・2・25



無事に丸く収まったな。
美姫 「そうね。今回はちょっと名前でややこしい所があったわね」
ああ。思わず、どっちだと思ってしまったよ。
美姫 「投稿ありがとうございました」
ありがとうございます。



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