『ローエングリン』




                         第一幕  白鳥の騎士 

 ベルギーアントヴェルペン。イギリスではアントワープと言われるここに今ドイツの軍勢が多く集まっていた。そしてそ

こには皇帝もいた。
 ハインリヒ一世。厳かな白い顎鬚の男は今年老いたかしわの大樹を背に玉座に腰かけていた。一際高い場所にいる彼を帝

国の貴族や騎士達が護っている。
 剣や槍が林立している川辺において彼は人々の話を聞いていた。まずは伝令が言う。
「では聞かれよ、ブラバントの方々」
「はっ」
「ここに」
 王の前に集まるブラバントの貴族達がそれに応える。その中心には黒い鎧とマントに黒い鞘の大きな剣を両手で抱えるよ

うにして持った額がやや広い髭の男がいた。その横には灰色の嵐を思わせる色の服をきた黒い髪と目の鋭い目の女がいる。

美しいが何かを妬んで怨んでいるような顔をしていて陰気なものがある。それは全体としての雰囲気がそうさせていた。
「我等のドイツ王国の国王陛下がこちらに参られました」
「ハインリヒ陛下がですね」
「その通りです」
 伝令はこう彼等に答えた。
「ここに参られたのは他でもない」
「何事でしょうか」
「東方の敵でしょうか」
「まずそれがあります」
 当時ドイツはその東方に征伐すべき対象を持っていたのだ。リトアニア等の異教徒達だ。その彼等を見ての言葉である。
「彼等がです」
「左様ですか」
「では我々も」
「ですがまずはそれは置きましょう」
 ここで伝令はこう言うのだった。
「それよりもです。一つ御聞きしたい」
「何でしょうか」
「一体」
「貴方達は誓われますか?」
 ブラバントの者達に問うてきた。
「陛下の御言葉に」
「無論です」
 返答はもう決まっているものであった。
「ドイツ王国の者として」
「今誓いましょう」
「神にかけて」
 ドイツ王国はキリスト教、即ちローマ=カトリック教会を護ることをその使命としている。それが為に後教皇からローマ

皇帝の冠を授けられているのだ。カール大帝と同じである。
「それでは今ここに」
「うむ」
 皇帝が伝令の言葉を受けて今口を開いた。
「まずハンガリーの者達がいる」
「奴等が」
「マジャールの」
「彼等はかつて倒された」
 まずはこう言うのだった。後の神聖ローマ帝国の開祖であるオットーはマジャールを討ち教会から神聖ローマ皇帝とされ

ている。言うならば彼等の宿敵なのだ。
「そしてまだいるのだ。まずは九年の平和を得た」
「和平を」
「朕はその間に力を蓄えた」
 王としての言葉であった。
「そして時は過ぎた。だからこそ」
「我等も戦場に」
「憎むべきマジャールの者達を討つ為に」
「その通りだ。朕はその為に卿等に頼む為にまずここに来た」
 このドイツ王国という国は国王の権限が弱かった。領邦国家であったからだ。だから皇帝もこうしてブラバントにまで赴

き彼等に乞うているのである。
「今こそマジャールを討つ為に卿等の力を」
「喜んで」
「是非我等を共に」
「有り難い言葉だ。それではまずはその心を受けよう」
「是非」
「どうか」
「うむ。そしてだ」
 まずは兵の申し出の了承を受けたうえでさらに話を進めた。
「次にフリードリヒ=フォン=テルラムント伯爵よ」
「はい」
 あの黒い男が一歩前に出て来た。
「卿の申し出だが」
「お話して宜しいでしょうか」
「よい」
 彼に対してこう告げた。
「申してみよ。その話を」
「はい。あれは実に不思議なことでした」
 テルラムントは一礼してから話をはじめた。
「先のブラバント公爵がなくなられた時」
「あの時か」
「そう、あの時だな」
 ブラバントの者達がここで顔を見合わせてひそひそと話をする。
「私は生前公爵より公爵の御息女であるエルザ様と御子息であるゴッドフリート様の後見を頼まれました。これは陛下も御

承知ですね」
「それはな」
 王もまた彼の言葉に頷いてみせてきた。
「聞いている。都にも届出があった」
「その通りです。ですがある日のことです」
「ある日!?」
「何があったのだ」
 王の側近達がテルラムントの言葉に声をあげる。
「ゴッドフリート様が何処かへと御姿を消されました」
「御姿を」
「またそれは面妖な」
「まず申し上げておきます」
 ここでテルラムントはまた言った。
「私は殿下を探しました。ですが見つからず」
「むむむ」
「何故か」
「何故いなくなったのだ」
「調べているうちに。一つのことがわかったのです」
 沈痛な顔での言葉ではあった。
「その時殿下の御側におられたのは」
「誰だったのだ?」
「エルザ様お一人でした」
 ここで一同とは少し離れた場所に立っている白い、白鳥や百合を思わせる服を着た美女を見た。さらりとした豊かな金髪

は黄金の光を放ち青い目は何処までも澄んでいて湖を思わせる。白い顔は清らかで聖女を思わせる美貌をたたえその身体は

細く華奢である。しかしその顔は憂いに満ち沈んでいた。不思議な顔をした美女だった。
「こちらにおられるエルザ様だけでした」
「!?それではだ」
「エルザ公女が」
「それは私にもわかりません」
 テルラムントはこれは前置きしてきた。
「ですが」
「ですが?」
「私はゴッドフリート様をお探ししブラバント公爵から与えられたエルザ様への求婚の権利も放棄し」
 執拗なまでに己の潔白を言い募っていた。
「このオルトルートを妻としました」
 今度は傍らに立つその黒い女に顔をやって述べた。
「フリースランド公爵、ラートボート家の娘です」
「ラートボート家?」
「確かかつてはヴォータンを信じていた」
「だがそれはもう昔のことだな」
「そうだな」
 このことはすぐに消えた。そしてまたテルラムントの話になった。
「それでです」
「むっ!?」
「何だ?」
 皆またテルラムントの話を聞く。
「私はエルザ様を弟君失踪の件に関して訴えます。公女様は何らかの形で関わっておられると思われます」
「まさか」
「そんな筈は」
 ブラバントの者達がそれを否定する。
「確かに伯爵はブラバント家の縁者でもあられるし」
「公爵位の継承権も持っておられる御方」
 血筋は確かである。この時代は血筋が絶対であった。
「それにオルトルート様もこの地に縁深い家の方」
「だがそれでも」
「訴えるというのだな」
「そうです」
 テルラムントは王に対しても毅然として答えた。
「宜しいでしょうか」
「ううむ」
「まず申し上げておきます」
 テルラムントはここでまた皇帝に対して言うのだった。
「私はエルザ様に求婚したことがありますが断られております」
「つまりだ」
「それでもって婚姻した場合公爵位継承にとって邪魔となるゴッドフリート殿を害する理由はない。そう言いたいのであろ

うな」
「おそらくそうだな」
 王の側近達は話を聞いてこう判断した。
「では彼はこの件に関しては潔白か」
「そうだな」
「それではだ」
 王はあらためて一同に告げた。
「今より裁判をはじめよう」
「はっ」
「ここで」
 皆一斉に剣を抜く。王の側近達はその剣を目の前の地面に刺しブラバントの者達はその前に寝かせて置く。これがはじま

りの合図となった。
「判決が正義を与えないうちは剣は鞘に収まらない」
「今それを誓おう」
「それではエルザ様」
 伝令が金髪の美女に声をかける。
「宜しいでしょうか」
「はい」
 エルザはそれに応えて前に出て来た。王に従うザクセンやチューリンゲンの者達はその彼女を見てまた囁き合うのであっ

た。
「あの美女がか」
「とてもそんなようには見えないが」
「悪事を犯すようには」
 彼らはそう思わざるを得なかった。
「だがそれでも」
「裁判は裁判だな」
「うむ。見守るとしよう」
 彼等の言葉を受けつつエルザは王の前に進み出た。王は彼女が一礼するとすぐに言葉をかけるのであった。
「エルザ=フォン=ブラバントだな」
「はい」
 名を聞いてきた問いに頷いて答える。
「その通りです」
「今の伯爵の訴えだが。申すことはないか」
「いえ」
 王の問いに対して首を横に振る。王はそれを見て言うのだった。
「だがそれでは罪になるのだが」
「公女の様子がおかしいが」
「どうしたのだ?」
 そんな彼女を見て皆言うのだった。
「何故あの様な態度を」
「解せぬが」
「もう一度聞こう」
 王もまた釈然としなかったのでまた彼女に問うた。
「そなたは。何か言うことがあるか」
「ある日のことです」
 ここで彼女は静かに口を開いてきた。
「弟がいなくなり私は悲しみに囚われ一人寂しく神に祈っておりました」
「ふむ」
「私の胸の奥底からの訴えを祈りに込め。すると胸の溜息の中から嘆きに満ちた声が起こりそれが力強い響きに変わり」
「不思議な話だ」
 人々はそれを聞いて言った。
「その響きが遠くへ消えていくのを私はそれが聴こえなくなるまで聴き。そのうえで深い眠りに入ったのです」
「夢の話か?」
「まさか」
 皆それを聞いていぶかしむ。それは王も同じだった。
「ここは裁きの庭だ。弁明は」
「輝かしい銀の鎧に身を包んだ騎士が近付いてきて」 
 だがそれでもエルザは語るのである。夢見るような顔で恍惚となり。
「黄金のホルンを腰に下げ白銀の剣を両手に抱き。空の彼方から清らかな方が降りて来て私の前で端整に片膝を折られたの

です。その方こそ」
「その方こそ?」
「私の為に今戦ってくれる方です」
「何という御言葉か」
 皆それを聞いてまずは瞑目する顔になった。
「その様な方がおられるなら」
「どうか罪ある者を名刹されるように」
「伯爵よ」
 王はエルザの話を聞き終えたところでテルラムントに顔を向けて声をかけた。
「卿は本当に訴えるのだな」
「はい」
 彼は傲然と胸を張って王の問いに答えた。その横にはオルトルートもいる。彼女は静かに、だが不気味に彼の横にいた。
「夢の様な、いえ夢の話ではありませんか」
 彼はエルザの今の言葉をこう言って切り捨てた。
「姫に罪があるのは私にとっては確証されていますが皆様の御疑念をそういった証拠によって晴らすのも私の誇りが汚れる

もの」
「しかし」
「公女はどうも嘘は」
「それではです」
 疑念の声には不敵な笑みで返してみせた。
「私がここにいて私の剣もあります」
 持っているその剣である。しかと両手で抱くようにして持っている。
「このかつてデンマークのあの敵将を倒したこの剣が」
「あの敵将を倒したことをか」
「それは」
 皆それを聞いて怖気付く。テルラムントの武勇はブラバントはおろかドイツに知られたものなのだ。デンマークとの戦い

において敵の猛将を激しい一騎打ちの末に倒しもしているのだ。皆このことをよく知っているのである。これははっきりと

した圧力であった。
「それはそうだが」
「ううむ」
「陛下」
 テルラムントは皆に圧力をかけたうえで王に対しても問うのであった。
「私のこの名誉を疑われるのでしょうか」
「いや」
 無論王もそうしたつもりはなかった。首を横に振って答える。
「それはない」
「有り難き御言葉」
「それではだ」
 ここで王は一つの決断を下した。
「神だ」
「神!?」
「神ですか」
「そうだ。神だけがこの裁きの判決を下されよう」
 エルザの話を受けての言葉である。
「それでよいな」
「はっ」
「陛下の御言葉のままに」
 ザクセンやチューリンゲンの者達もブラバントの者達も王の今の言葉には賛同した。王は玉座から立つと剣を抜きそれを

大地に刺した。十字になったその剣を前にしてまたテルラムントに対して問うのであった。
「それでよいな」
「はい」 
 テルラムントもまた王の言葉に対して頷いて答えた。
「この剣に誓って」
「うむ。では公女よ」
 今度はエルザに対してであった。
「その騎士を信じるな」
「無論です」
 彼女に異論がある筈はなかった。こくりと頷いてみせての言葉であった。
「私もまた」
「よし。それではだ」
 王はまたエルザに問うてきた。
「その騎士の名は」
「それはわかりません」
「わからないというのか」
「はい。ですが私は信じています」
 厳かな言葉であった。
「その方がここに来られることを。そして誓いましょう」
「何をだ?」
「その方にこのブラバントを治めて頂くことを」
 つまりその騎士にブラバント公になってもらうということだった。
「私を妻と呼んで頂けるのなら喜んで全てを捧げます」
「何と」
「そこまで仰るというのか」
 皆それを聞いてまた言い合う。
「そこまで」
「その騎士のことを」
「間も無く昼だ」
 王は今度は時間を述べた。
「今その騎士を呼び出そう。よいな」
「はい」
「それではだ」
 王はエルザの言葉を受けたうえで伝令に告げた。
「ホルンを」
「はっ」
 伝令は王の言葉を受けて一礼する。そのうえで後ろにいるホルン奏者達に指示を出した。するとすぐにホルンの四重唱が

辺りに響いたのであった。
「エルザ=フォン=ブラバントの為に剣を取らんとする騎士はここに」
 エルザは期待の顔で立っている。しかし返事は誰からもなかった。
「いないのか?」
「ここには」
「いえ」
 しかしエルザはそれは首を横に振って否定した。
「それは必ず」
「来られるというのか」
「それでは」
「我が神よ」
 エルザはここで神の名を口にしてきた。
「どうかここに。夢に出て来てくれたあの白鳥の騎士を」
「白鳥の騎士!?」
「それでは」
 ここで何人かがあることに思い立った。
「ここに来るには」
「川か?」
 こう考えたのである。
「川から来るのか!?」
「ならば」
「むっ!?」
 ここで川岸に近い丘の上から声がしてきた。
「あれは」
「どうかしたのか?」
「小舟がやって来る」
 こう言うのである。
「小舟が来るぞ」
「小舟がか」
「そうだ。白鳥が曳いている」
「白鳥!?」
「それでは」
「乗っているのは誰だ」
 今度の問いは乗っている者についてだった。
「誰なのだ!?」
「騎士か!?」
「そう、騎士だ」
「見ろっ」
 見るようにさえ言われる。
「あそこだ」
「近付いて来るぞ!」
「むっ、確かに!」
「あれは!」
 皆川岸に行って一斉に声をあげる。そこに確かに彼がいた。
「白銀の鎧だ」
「白いマントを羽織っている」
「うむ」
「白鳥の曳く鎖は黄金で」
「見ろ」
 また言う彼等だった。
「あの剣を」
「白銀の剣だな」
「間違いない」
 彼は剣も持っているのであった。
「腰には黄金のホルンがあり」
「その剣を両手に抱えるようにして持っている」
「間違いない!」
「騎士だ!」
 皆口々に叫んだ。
「公女の仰っていた騎士だ!」
「間違いないぞ!」
「奇蹟だ」
 遂にこの言葉が出された。
「騎士が来られたのだ」
「公女の為に」
「今ここに」
 そして遂にその白銀の騎士の小舟が彼等の前に泊まり彼は岸にあがってきた。白銀の鎧と白い服にマントを身に着けた彼

は長身で引き締まった身体をしていた。波打つ金髪を後ろに撫でつけ彫刻を思わせる硬質の端整な顔の青い目は強い光を放

っていた。まるでゲルマンの美貌をそこに集めたかのような。麗しい姿の騎士であった。
「ようこそこちらへ」
「公女の為ですね」
「はい」
 騎士はまずそのことを認め彼等に答えた。そのうえで白鳥に顔を向けて言うのだった。
「白鳥よ、有り難う」
 こう礼を述べた。
「さあ今は帰るのだ。私達が幸福になったその時に戻って来るように」
 白鳥は静かに鳴いてそれに応えた。彼等の上の空は何時しか青く晴れ渡り騎士の背には白い光さえ見えるかのようであっ

た。
「その時にまたそなたの務めを果たすのだ。ではその時までさらばだ」
「何という厳かな光か」
 皆彼の光を見て声をあげる。
「この光は」
「何という気高く美しい方か」
「陛下」
 騎士は剣を抱いたまま王の前に現われた。そうしてエルザの傍らに立ちつつ静かに一礼したうえで述べるのであった。
「こちらに参上したことをお許し下さい。陛下に神の御加護があらんことを」
「何故ここに」
「公女の為に」
 エルザに顔を向けつつ答える。エルザは彼を恍惚の顔で見ている。
「参りました。では姫よ」
「はい」
「私に任せて頂きますね」
「是非共」
 その恍惚とした顔での言葉であった。テルラムントは蒼ざめた顔になっているがそれとはまた対象的であった。
「御願いします」
「それでは私は貴女の夫となりこのブラバントの国と民を護り」
「その通りです」
 全てはエルザの言う通りであった。
「御願いします」
「わかりました。ですが」
「ですが?」
「一つだけ御護り頂きたいことがあります」
 その硬質の声でエルザに対して言ってきた。
「一つだけ」
「それは一体」
「私が誰で何故ここに来たのか」
 騎士はこう言った。
「それを決して尋ねないで下さい」
「はい」
「宜しいですね」
 うっとりとした顔で頷くエルザに念押しをしてきた。
「それだけは。御願いします」
「わかりました。私を御護り下さる貴方に対して」
 エルザは今彼に対して誓ったのだった。
「誓いましょう。何があろうとも」
「有り難い御言葉」 
 皆その言葉をうっとりとして聞いている。だがオルトルートだけがその言葉を聞いて眉を顰めさせた。しかしそれは誰も

気付かなかった。
「そしてです」
「そして?」
 皆また騎士の言葉を聞く。
「公女に罪はありません。伯爵は間違っておられます」
「それではだ」
「伯爵、引き下がらせれよ」
 人々はこうテルラムントに対して言って来た。
「この方は嘘は申されていないな」
「だからだ。それにこの方は神がつかわされた奇蹟の方だ」
 その神々しい姿を見ての言葉である。彼等は騎士を天使と見ていたのだ。
「だからだ。ここは」
「引き下がられよ」
「戯言を」
 しかしテルラムントはそれを拒んだ。
「私は騎士だ」
 顔を強張らせつつもこう言うのだった。
「騎士は臆病を嫌う。それ位なら」
「どうされるというのだ?」
「闘う」
 これが彼の決意であった。
「何があろうとも。闘おう」
「だからそれは」
「止めておくべきだ」
「それなら死を選ぶ」
 彼はこうまで言った。
「正義は私にある。だからこそ」
「では陛下」
 騎士もまたテルラムントの言葉を受ける形で王に申し出て来た。
「私もまた」
「わかった」
 王は騎士の言葉も受けてまた一つ決断を下した。そしてまた指示を出す。
「では三名ずつ前に出ろ」
「三人ずつですね」
「そうだ」
「わかりました」
 伝令はそれに応えて指示を出す。これでザクセンから三人、ブラバントから三人出た。こうして三人ずつの計六人で円の

闘いの場を作ったのだった。
「これでよし」
「ではおのおの方」
 また伝令が周囲に伝える。
「くれぐれもこの闘いを妨げることのなきよう」
「はっ、それでは」
「その様に」
 彼等もまたそれに応えて従う。こうして闘いになることになる騎士とテルラムントがそれぞれ前に出て跪いて誓い合う。

そうして言うのだった。
「神よなにとぞ公正に我等を裁き給え」
「我は神を信じ我が力を信じず」
 この言葉を誓いとしたうえでまた立つ。王は彼等の中央に来て厳かにまた告げた。
「剣の勝利によって判決を下し破邪顕正を示し給え。清き者の腕には猛き力を与え」
 こう神に対して言うのだった。
「偽れる者の勢いは萎えて果てるよう。神よ、何卒力を貸し給え」
「主なる神と」
 騎士とエルザも言う。
「今ぞ真の裁きを。我等は臆せず」
「ではあなた」
「うむ」
 テルラムントもまた妻の言葉に頷いていた。
「どうかその御力を」
「わかっている。神よ、我が名誉を見捨てたまわらんことを」
 それぞれ誓い合ったうえで剣を構える。騎士もテルラムントもそれぞれ剣を抜いた。
「さあ、どうなる」
「どちらが」
 今ここに闘いがはじまった。
「むっ!?」
 だが勝負は一瞬で終わってしまった。騎士の剣がテルラムントの一撃を弾き返しそのまま彼の身体をも倒れさせたのであ

る。起き上がろうとするその喉元に剣先がある。これで終わりであった。
「勝負ありですな」
「くっ・・・・・・」
 テルラムントは己の喉に指し示された騎士の剣を見て呻くしかなかった。
「抜かった・・・・・・」
「神の勝利により卿の命は私のものとなった」
 まずはこうテルラムントに告げた。
「だが前非を悔いられるなら神はお許しになられる」
 こう言って剣を収めた。全てはこれで終わり貴族達はそれぞれ突き刺したり前に置いていた剣を自分達の鞘に収めた。立

会人達も剣を地中から抜いて収める。王が最後に己の剣を腰に収め厳かに告げた。
「勝利だ!」
「騎士殿が勝たれたぞ!」
「やはり奇蹟が起こったのだ!」
「騎士様・・・・・・」
「これで約束は果たされました」
 騎士はエルザの前に進み出て静かにこう告げた。
「貴女に誓った約束は」
「有り難うございます。それでは」
「はい」
「貴女は次に何をお求めになられますか」
 こうエルザに対して問うのであった。
「次は何を」
「貴方を」
 恍惚として騎士に告げるのだった。
「どうか貴方を」
「私をなのですね」
「はい」
 その恍惚とした声で答えてきた。
「どうか私を」
「わかりました。それでは」
「あの騎士は一体」
 オルトルートは項垂れる夫の側に寄り添い騎士を見ながら呟いた。
「不思議な力を感じずにはいられない。一体」
「何もかもが終わった」
 テルラムントはこう言うばかりだった。
「最早。わしには」
「響くのだ勝利の歌よ」
「騎士殿を讃えよう」
 そして皆が騎士を讃えていた。
「その旅路に光栄あれ、その奇蹟を讃えよう」
「敬虔な騎士よ」
「奇蹟を起こした方よ」
「今ここに貴方を」
「貴方を讃えましょう」
 皆エルザに寄り添う騎士を讃えていた。今は喜びの中にあった。しかしその中でオルトルートだけが。不吉な目で騎士と

エルザを見ていたのであった。



突然現れた騎士。うーん、ちょっと不思議なお話かな。
美姫 「エルザは窮地を救われた訳だけれど、どうもこれで終わりそうにもないわよね」
不吉な目というのが気になるしな。
美姫 「このお話はどんなお話になるのかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね」



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