『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                                  第九十三話  孔明、司馬尉を警戒するのこと

 戦いが終わりだ。まずはだった。
 群雄達は朝廷においてそれぞれの官位に任じられた。まずは
「わたくしが左丞相ですのね」
「不服だというのかしら」
 曹操がその袁紹に問う。二人は今朝廷を出てそこから町に出ようとしている。大路を馬で並んで進んでいるのだ。
「それでは」
「そして貴女が右丞相で」
「ええ、そうよ」
 二人で左右の丞相となったのである。
「あらたに設けられたそれにね」
「普通に考えれば栄達ですわね」
「そうね。妾の娘に宦官の家の娘がそこまでなるのは」
 考えなくともだ。それはその通りだった。
「有り得ないわよね
「それを考えますと素直に喜ぶべきですわね」
「夏蘭や冬蘭達も将軍になれたし」
 当然袁紹の配下の者達もだ。
「桂花達も高官にね」
「そうですわね。孫策さん達は」
「あの娘と美麗も三公になって」
「大尉に司徒に」
 二人もそれぞれ栄達したのである。
「そうしたところもよかったですけれど」
「言いたいことはわかってるわ」
 ここでだ。曹操はその顔を少し忌々しげなものにさせて言った。
「あの娘よね」
「ええ、司馬尉ですわ」
 彼女がだ。どうしたかというのだ。
「急に出て来てそれで」
「まさか。司空になるなんてね」
「思いも寄りませんでしたわ」
「貴女、聞いてるかしら」
 ここで曹操は袁紹に問うた。
「あの娘は先の戦乱の間何処にいたのか」
「いえ、全く」
 聞いていないとだ。袁紹も答える。
「行方を完全にくらましていましたわ」
「そうよ。私もね」
 曹操もだというのだ。
「何処にいたのか全然知らないわ」
「貴女もですのね」
「つまりこの戦乱では何もしていないのよ」
「けれど戦乱が終われば」
 即座にだったのだ。
「都にいてそれで全ての権限を掌握していて」
「宦官達を追放してね」
「あの場に居座っていますわね」
「いけ好かないわね」
 曹操の眉が曇った。
「あの娘にお株を奪われた感じで」
「ええ。大体何処で何をしていたのか」
「それも気になるしね」
「全く。まだオロチだの何なのはいるというのに」
「嫌な話ね」
 二人はそれぞれ国政を司る立場にまで栄達したがそれでもだ。そのことには喜べずにだ。司馬尉のことを考えだ。不機嫌な顔になっていた。
 その司馬尉のことはだ。孔明もだった。この戦乱の最大の功労者であり皇室ということもあり摂政に任じられた劉備にだ。こう話していた。
「あの方ですが」
「司馬尉ちゃん?」
「どうもおかしいです」
 こうだ。劉備に怪訝な顔で話すのである。
「急に出て来られて帝をお救いして」
「都の安全を確保してよね」
「はい、それで私達を迎えて」
 司馬慰はそうしたのだ。これだけなら彼女の功績である。
 しかしその功績についてだ。孔明は疑問符を付けて話すのだった。
「今では三公の一人です」
「それがおかしいのね」
「あの方は今まで何処で何をしておられたのか」
「この戦乱の間いなかったわよね」
「それで終わると急にです」
 出て来たというのだ。
「こんなおかしな話はありません」
「一体何処にいたのかしら」
「そのことですけれど」
 今度は鳳統が出て来てだ。劉備に話すのだった。
「一切わからないのです」
「一切!?」
「はい、袁紹さんや曹操さんの軍師の方々が」
 まずは彼女達だった。
「孫策さんや袁術さんのところの張勲さんもそのことを調べておられますが」
「全くわからないの」
「あの謀反の時に」
 張譲のだ。何進追い落としのことだ。
「その時に屋敷を襲撃されましたけれど」
「その時にはもうなの」
「はい、おられませんでした」
「それからは全くでした」
「それで戦乱が終わったら急に出て来て」
「都を救った功績を手に入れられました」
 孔明も眉を顰めさせ首を傾げさせて話す。
「やっぱりおかしいです」
「その功績で三公になられていますし」
「だがそのことはだ」
 ここで関羽が二人の軍師に言った。
「功績もあるしだ」
「それに家柄もですね」
「司馬尉さんの」
「司馬尉殿の家は名門中の名門だ」
 それこそだ。袁家や曹家に匹敵するまでのだ。
「しかも嫡流であられる」
「何進大将軍の腹心でしたし」
「その頃にはもう辣腕を振るっておられましたね」
「そうした方だから三公になるのも当然ではないのか?」
 こう言う関羽だった。
「それは」
「確かに。それはです」
「その通りです」
 軍師二人もそうしたことは認めた。
 しかしだ。ここで徐庶がこう言うのだった。
「それでも。急に出て来られてですから」
「はい、何か腑に落ちません」
「怪しいものも感じますし」
「怪しいもの。確かに」
 そう言われると関羽もだった。
 眉を曇らせてだ。司馬尉のことを話した。
「あの方には妙なものを感じるな」
「何かあるような」
「そうした感じもありますし」
「確かなものはありませんが」
「どうも怪しい方です」
「名門の嫡流ならなのだ」
 張飛もここでこう話す。
「普通はもっと明るい雰囲気がある筈なのだ」
「そうです。けれどあの方にはそれがありません」
「明るさがないんです」
 軍師二人は司馬尉のそうしたことを見て話すのだった。
「何か。オロチやあの于吉にも似た」
「よからぬものが」
「オロチ。確かにな」
 草薙がだ。そのオロチという言葉に反応を見せた。
 そしてそのうえでだ。こう劉備達に話すのだった。
「あいつにはそういうものがあるな」
「そうですよね。私達も御会いして内心驚きました」
「名門特有の傲然なものに加えて」
 そのだ。どす黒さもあるというのだ。
「ああした方はです」
「他にはおられません」
「あいつは気をつけた方がいいな」
 草薙は真剣な顔で述べた。
「俺はそう思う」
「朝廷には宦官の他にも色々な方がおられます」
 徐庶はあまりよくない意味でこう言った。
「ですから」
「ううん、それじゃあ」
 劉備は首を捻りながら摂政の座から応えた。
「一つ考えてみるわね」
「はい、それではどうされますか?」
「一体」
「ちょっと調べてみて」
 こう孔明と鳳統に話す。
「司馬尉ちゃんのこと」
「はい、それではです」
「そうします」
 二人の軍師も応えてだ。こうしてだった。
 司馬尉について調べられることになった。しかしだった。
 わかったことはだ。何もなかった。
「あれ、何も?」
「はい、これまでわかっていることだけです」
「名門出身で嫡流であることだけです」
「その他には何も」
「わかりませんでした」
「じゃあ怪しいところはないのかしら」
 劉備は首を傾げさせながら述べた。
「あの娘は」
「いえ、やはりそれはありません」
「間違いなくです」
 孔明と鳳統はそのことは確信していた。
「あの人には恐ろしい秘密があります」
「そのことは確実です」
「はい、そうです」
 その通りだとだ。徐庶も話す。
「ですからこれからも」
「調べていくのね」
「ただね。どうもね」
 舞が困った顔で劉備に話してきた。
「あの娘ガード固いわよ」
「ガード?」
「身辺警護のことよ」
 劉備はガードという言葉を知らない。舞達の時代の話だからだ。
 それでだ。舞はわかりやすく話した。
「それが尋常じゃないのよ」
「そんなに凄いの」
「もうね。いつもあの娘の兵達が護衛についていて」
「お家の兵隊さんが?」
「そう、もう何重にも囲んでいてね」
 その彼等が護衛をしているというのだ。
「屋敷なんて要塞みたいだし」
「ああ、あれな」
 二階堂もその舞の言葉に応えて話す。
「壁は高いし堀は深いしでな」
「この時代で言うと砦よね」
 そこまでだとだ。舞はまた話した。
「あの警護じゃね」
「本当に蟻一匹入られへんで」
 そうだとだ。ロバートも話す。
「あんなのどうすればええんや」
「そうなのよ。とにかく入られないのよ」
 舞はまた困った顔で話す。
「屋敷にも。その周りにもね」
「今忍者の人結構多いですよね」
 慎吾も首を捻っている。
「どなたも駄目なんですか」
「だから。警護は厳し過ぎて」
 舞は話していく。その困っている顔で。
「どうしようもないのよ」
「書を調べてもです」
 孔明も話す。彼女も困った顔で。
「わかることは表立ったことだけで」
「肝心なことは全くです」
 鳳統も話していく。
「謎だらけの人です」
「というか謎しかないみたいなのだ」
 張飛はこう言い切った。
「名門であそこまで知られた奴なのにおかしいのだ」
「っていうか三公だよな」
 馬超もこのことを話す。
「それで謎だらけの人って普通ないだろ」
「だからこそ余計に引っ掛かるな」
 趙雲は推理を働かせていた。
「謎が多いということは隠さなければならないことがあるということだ」
「謎、ね。そうなるわね」
 黄忠も趙雲のその言葉に頷いた。
「確かにこれは」
「少なくともはっきりしたことはだ」
 大門は思慮する顔だった。元よりそうした顔だがだ。
「司馬尉と言う者は尋常な者ではない」
「ああ、調べさせないものがあるからな」
 テリーも言う。
「調べて欲しくないことを山だけ持ってるのは間違いないな」
「とりあえずは」
 どうするべきか。アンディは考える顔で述べた。
「彼女のやり方とか知りたいけれど」
「そうですね。それなら」
 ここで孔明は考える顔、それも深い顔になりだ。
 そのうえでだ。劉備に話した。
「あの人は軍のことも知っておられますし」
「それならどうするの?」
「ここは一つ考えがあります」
 こう劉備に話すのだった。
「あの方に兵を率いてもらいましょう」
「では征伐に出すのか?」
 魏延が孔明に尋ねる。
「叛乱か何かの」
「はい、何処かの山賊の征伐に行ってもらいましょう」
 孔明は司馬尉にそうさせてだ。彼女のやり方等を見るというのだ。
「戦い方でおおよそのことはわかります」
「じゃあ。少しね」 
 どうするかと。劉備はここで彼女の考えを話した。
「袁紹ちゃんと曹操ちゃんにお話してみるわね」
「それがいいと思います」
 鳳統もそれはいいと答えた。
「ではそうして」
「ええ、それじゃあ」
 こうしてだった。劉備はだ。
 袁紹達を呼んでだ。司馬尉を山賊討伐に行かせることを提案した。
 するとだ。まずはだった。
 曹操がだ。こう劉備に言うのだった。
「いいと思うわ」
「そう。曹操ちゃんは賛成してくれるのね」
「丁度擁州で山賊が暴れてるし」
「そこに行ってもらうのね」
「ええ。残念だけれど山賊は消えるものじゃないわ」
 この時代はだ。どうしてもだった。
「だからね」
「そうですわね。わたくしも」
 今度は袁紹が言った。少し考える顔で。
「賛成しますわ」
「じゃあ」
「ただね」
「どうも気になりますわ」 
 いぶかしむ顔でだ。袁紹は言った。
「あの娘のことは」
「袁紹ちゃんもなの」
「最初からいけ好かないと思っていますし」
「私もね」
 袁紹だけでなく曹操もだった。彼女についてはだ。
 個人的にだ。嫌悪感を持っていてそれで話すのだった。
「名門の嫡流でね」
「それで非の打ちどころがないっていうのはどうしてもですわ」
「そうなの?」
 その話を効いてだ。劉備は。
 首を傾げさせてだ。こう二人に返した。
「別にそんなことは」
「ええ、これはね」
「わたくし達の事情ですから」
 二人は顔を曇らせた。宦官の家の娘や妾の娘ということは彼女達にとっては拭えないものだ。その劣等感故に司馬尉を嫌っているのだ。
 それを出してしまったのだ。だが劉備はそれに気付かずにだ。
 二人にだ。こう言うのだった。
「仲良くとかした方が」
「少なくとも対立とかはしないから」
「それはしませんわ」
「何進大将軍は信任されていたし」
「向こうも何もしてきませんし」
 少なくとも対立は避けているというのだ。二人は。
 それを話してだった。再びだった。
「まあとにかくね」
「気になることはなりますわ」
「ううん、皆同じこと言うわね」
 劉備は二人の話から孔明達の話を思い出した。そのうえで、であった。
 話を戻した。その出兵のことだ。
「それならね」
「ええ、山賊の討伐ね」
「それに行ってもらいますわ」
 こうしてだった。山賊退治自体は決まったのだった。
 こうして司馬尉は兵達を率いてだ。擁州の山賊退治に赴いた。その目付けとしてだ。
 曹仁と曹洪、それに田豊と沮授がついた。表向きは将、軍師である。
 だが彼女達はだ。怪訝な顔であれこれと話すのだった。
「大丈夫かしら」
「ううん、司馬尉って兵を率いたことはなかったわよね」
「軍師としては参戦してたけれどね」
「それはなかったわよね」
 こうだ。曹仁と曹洪が話す。
「じゃあこの戦いは」
「不安ね」
「まあ。将として貴女達がいて」
「軍師として私達がいるから」
 田豊と沮授がここで二人に話す。
「相手も普通の山賊だから」
「特に不安に感じることはないんじゃ」
「そうね。私達はあの娘がどうなのか見るだけだし」
「実質的に戦ってね」
 そのうえでだ。司馬尉を見るというのだ。
 こうしてだった。彼女達は司馬尉を見る。今のところは。
 特におかしなところはなかった。しかしだ。
 急にだ。首をだ。
 真後ろまで回してみせる。それに対してはだ。
 曹仁達も引いた。そのことも話すのだった。
「何度見てもあれは」
「ちょっと怖いわよね」
「ええ、慣れないわよね」
「どうしても」
 それはなのだった。首が背中の方まで回るのはだ。
 何度見ても慣れないと話すのだった。
「梟とか狼みたいな」
「そんな感じよね」
「おい、それってやばいぞ」
 二人の話を聞いてだ。ビリーが言った。彼等も同行しているのだ。
「梟とか狼っていうとな」
「剣呑な動物っていうのね」
「そうだっていうのね」
「ああ、そんな感じだからな」
 それでだというのだ。ビリーは。
「只でさえ胡散臭い奴だってのにな」
「ああした奴が一番危ないんだよな」
 マイケルは腕を組んで難しい顔で話す。
「裏で相当なことをするぜ」
「裏ね。その裏がわからないのよ」
「本当に全然」
 田豊と沮授も言うのだった。
「わかるでしょ。警護が固いし」
「周りにはいつもあれだけ兵がいるし」
「会いに行くのにも何度も細かく調べられるし」
「調べるなんてとてもね」
「俺達にしてもな」
 ダックも首を捻りながら話す。
「忍び込むことさえできないしな」
「あの兵にしてもじゃ」
 タンは兵達について話した。
「普通の兵ではないな」
「ああ、剣呑なことこの上ないぜ」
「只者ではない者達ばかりだ」
 ビリーだけでなくリチャードも話す。
「何かな、雰囲気がな」
「あれだ。こちらの世界の白装束の者達に似ている」
「あっ、言われてみれば確かに」
「そうよね」
 曹仁と曹洪も話す。
「あの連中何か影みたいな感じで」
「急に出て来たりするし」
「あの連中と似てるわね」
「雰囲気まで」
「違うのは着てる鎧とかだけじゃねえのか?」
 ダックはここまで言った。
「他そっくりだろ」
「まさかと思うがじゃ」 
 タンは己の顎に右手を当てて話した。
「あの連中と白装束の者達は関係があるのかのう」
「まさかそれは」
「ないんじゃないかしら」
 それはだ。田豊と沮授が否定した。
「幾ら何でも」
「あの娘の家はそれこそ袁家や曹家に並ぶ名門だし」
「しかもその嫡流よ」
「雲の上の名門なのよ」
「じゃあ聞くぜ」
 ビリーは鋭い目で彼女達に問うた。
「その家はどうやって出て来たんだ?」
「えっ!?」
「どうやってって?」
「だから。名門になるにはなる理由や状況があるだろ」
 ビリーが彼女達に問うのはこのことだった。
「例えばあれだろ?曹家は」
「ええ、漢王朝の功臣曹参がはじまりよ」
「私達は夏侯家の養子筋だけれどね」
 この辺りにも宦官の家であることが影響している。
「それで袁家はね」
「袁安様からはじまって」
 袁紹や袁術もその袁安からはじまっているのだ。
「高潔さや裁判の公平さが認められて世に出て」
「三公にまでなられたの」
 この袁安からだ。四代三公がはじまったというのだ。
「そういうことなの」
「これでわかってくれたかしら」
「ああ、まあな」
 ビリーは二つの家のことはわかった。
「そういうことだったんだな」
「それであの娘の家だけれど」
「あれっ!?そういえば」
「そうよね。何か急にね」
「出て来たわよね」
 四人はだ。ここでだ。
 それぞれ怪訝な顔になってだ。こう話すのだった。
「誰か何か知ってる?あの娘の家のこと」
「いえ、全然」
「そういえば何もね」
「知らないわよね」
 このことにだ。気付いたのである。
「郷里から長老に推薦されてね」
「それで出て来てよね」
 漢王朝の登用制度だ。まだ科挙はないのだ。
「代々高官を務めていて」
「けれどその詳しい出自は」
「ではだ」
 リチャードが四人に問うた。
「曹家や袁家程その出自はか」
「はっきりしないわ」
「それはその通りよ」
 こう話す彼女達だった。
「実はそうなのよ」
「確かに名門だけれど」
「まあどの家もな」
 ダックは一つの真理を話した。
「最初は何処にでもある家さ」
「まあね。御先祖が功を挙げて家を立ててね」
「それで立派になるものだから」
「名門ってそういうものだから」
「簡単に言えば」
「それでも怪しい家だな」
 ビリーは司馬尉のその家そのものにだ。胡散臭さを感じていた。
 そのうえでゆで卵を食べながら。こう言うのだった。
「随分とな」
「ううん、特にあの娘はね」
「とりわけよね」
「これは一層監視必要だな」
 リチャードはこう結論を出した。
「見ていくか」
「そうね。より慎重にね」
「見ていきましょう」
 曹仁達も頷くのだった。こうしてだ。
 彼等は司馬尉を離れた場所から見ていた。そしてその司馬尉は。
 彼女の天幕の中でだ。こう話すのだった。
「見ているわね」
「はい、曹仁殿達がです」
「見ておられます」
 ビリー達が言う不気味な兵達が彼女に応える。天幕は何もかもが白い。だが白い筈なのにだ。えも言われぬどす黒さが漂っている。
 そのどす黒さの中でだ。司馬尉は話すのだった。
「それならね」
「それなら?」
「それならといいますと」
「呼んでいるから」
 自信に満ちた声でだ。司馬尉は言った。
「既にね」
「御呼びだったのですか」
「あの方々を」
「そうよ。私の最も愛する妹達」
 こうだ。妖しい笑みで言う司馬尉だった。
「あの娘達を呼んだわ」
「司馬師様と司馬昭様」
「あの方々を」
「ええ。私を支えてくれる彼女達をね」
 呼んだというのだ。
「あの娘達がいればね」
「何の問題もありませんね」
「これからのことも」
「今回の山賊退治だけれど」
 それはどうなのかもだ。司馬尉はわかっていた。
「私を見る為のものだから」
「ではここは」
「どうされますか」
「見せてあげるわ」
 笑みの妖しさがさらに深まった。
「私のやり方をね」
「司馬尉様のですね」
「その戦い方も」
「あの娘達には一切触れさせないわ」
 曹仁や田豊達にはというのだ。
「決してね」
「全てはですね」
「司馬尉様が」
「ええ、そうさせてもらうわ」
 まただ。司馬尉は妖しい笑みで言うのだった。
「私と妹達で」
「では戦の後の処理も」
「全てですね」
「そうよ。楽しみだわ」
 口元の妖しい笑みがだった。
 歪み邪なものも含ませて。そこから言葉を出したのである。
「どうしてあげようかしら」
「司馬尉様の想われる様に」
「そうされるとよいかと」
「ええ、そうさせてもらうわ」
 実際にそうするとだ。司馬尉自身も言う。
「山賊の生き残った数にもよるけれどね」
「では出来る限り生き残らせましょう」
「戦いにおいては」
 兵達も主に言う。
「そしてその後で」
「ゆっくりと」
「血、いいものだわ」
 今度はだ。目が歪んだ。
「あの匂いはたまらないわ」
「そしてその血がですね」
「戦においては」
「美味なるもの。では」
 どうするかというのだ。
「それを思う存分味わいましょう」
「はい、では今より」
「妹様達も御呼びして」
「それと」
 さらにと。司馬尉は言葉を加えた。
「あの目付けの娘達だけれど」
「曹操や袁紹が送り込んでいるあの四人ですね」
「あの者達はどうされますか?」
 兵達は彼女達をどうするかも訪ねた。
「やはりここは」
「毒で」
「いえ、それはしないわ」
 毒やそうしたことはだ。しないというのだ。
「今はね」
「ではこの戦においてはですか」
「放っておきますか」
「どうせ私達のことはわからないのだから」
「泳がせておきますか」
「無駄に」
「そうさせるわ。ただし」
 それでもだとだ。司馬尉はここでこうしたことも言った。
「あの娘達にはこの戦では」
「見ているだけにさせる」
「そうさせますか」
「ええ、楽しみは独占させてもらうわ」
 また妖しい笑みを浮かべて。司馬尉は言う。
 己の席に座っている彼女は右手にあった銀の杯の中のだ。赤い葡萄酒を飲みそこからまた兵達に話をするのであった。
「美味は私達だけでね」
「だからですね」
「そのうえで」
「ええ。外に除けておくわ」
 戦には関わらせない、その考えは決まっていた。
 そのうえでだった。こうも言うのだった。
「ただ」
「ただ?」
「ただといいますと」
「面白いことを考えたわ」
 ここでこんなことも言ったのである。
「一つね」
「一つといいますと」
「何をされるおつもりですか?」
「一体」
「あの娘達。あちらの世界の住人達にも」
 ビリー達のこともだ。把握しての言葉だった。
「見せてあげるわ」
「見せるとは」
「それは」
「芸術よ」
 ここでだ。芸術と言う司馬尉だった。
「それを見せてあげるわ」
「ふむ。それではです」
「戦の後で、ですね」
「それを見せるのですね」
「あの者達に」
「そうするわ。それではね」
 こう話してであった。司馬尉は。
 次の日己の天幕に曹仁達を集めてだ。こう告げるのだった。
「妹達を呼ぶわ」
「妹!?」
「妹といいますと」
「おられたのですか!?」
「それも御一人ではなく」
「ええ、そうよ」
 その通りだとだ。司馬尉は自分の目の前に立つ彼女達に悠然と笑って答える。今座っているのは彼女だけである。己の席に座っているのだ。
「その通りよ」
「あの、司空殿」
 曹洪は戸惑う調子で彼女を官位で呼んで問うた。
「宜しいでしょうか」
「妹達のことね」
「はい、御言葉ですが」
 その存在を急に聞いてだ。曹洪も驚きを隠せなかったのだ。
 それでだ。彼女は問うたのである。
「おられたのですか」
「言っていなかったからね」
「だからですか」
「知らないのも無理はないわ」
 そうだとだ。司馬尉は悠然とした笑みをそのままに話すのである。
「そのこともね」
「ですか」
「名前を言うわね」
 妹達のその名前も話す。
「司馬師と司馬昭というのよ」
「それがお二人のですか」
「御名前ですか」
「覚えておいてね」
 やはりだ。誰もがはじめて聞く名前だった。
「その彼女達をこの軍に呼び」
「そしてですね」
「司空殿の補佐を」
「そうしてもらうから。宜しくね」
 こうだ。曹仁達に話すのである。
 このことを伝えてからだ。司馬尉は彼女達を己の天幕から下がらせた。四人は自分達の陣に戻りながらだ。こんなことを話す。
 まずは沮授がだ。いぶかしむ顔で言った。
「初耳です」
「そうね。私もよ」
 田豊もだ。驚きを隠せない顔だった。
「司馬尉殿に妹君がおられたとは」
「聞いていません」
「そうよね。しかも二人なんて」
「聞いたこともないわ」
 曹仁と曹洪もだ。同じだった。
「司馬家は名門だというのに」
「妹君達の存在が今までわからなかった」
「これはどういうことなの!?」
「そのことさえはっきりしていないなんて」
「わかりません」
「本当に」
 袁紹が誇る軍師二人にしてもだ。それは同じだった。
「一体どういうことなのか」
「偽りではないようですし」
「確かに。司馬家はね」
「謎に包まれた家みたいね」
 それでもだ。このことはわかった彼女達だった。
「どういう家なのか誰も知らない」
「そのことだけはわかったわね」
「そうですね。そのことだけはです」
「それはわかりました」
 袁紹の軍師二人もそのことはわかった。しかしだ。
 その謎に包まれた司馬家についてはというと。
「あの、これは」
「是非共です」
「ええ、そうね」
「すぐに華琳様達にお伝えしましょう」
 名門であればあるだけその家系はわかっている筈なのだ。しかし妹達の存在さえわからなかった。司馬家のその不可思議さをだというのだ。
「司馬尉仲達、それにしても」
「本当に何者なのかしら」
「はい、余計に得体が知れなくなりました」
「不気味なことに」
 こうした話をしてだった。彼女達は己の天幕に戻るのだった。そしてだ。四人からその話を聞いたビリー達もそれぞれ言うのだった。
「おいおい、さらに怪しくなってきたな」
「何だよそれ妹登場かよ」
 ビリーもダックも引きつった笑みで言う。
「何かよ。これってよ」
「謎が謎を呼びってやつだよな」
「というかどういう家だ?」
 マイケルはその司馬家について言及した。
「妹達の存在が今までわからなかったなんてよ」
「訳がわからないな」
 リチャードも真剣な顔で話す。
「この事態は」
「ううむ、ここは様子を見るべきかのう」 
 タンはその長く伸びた眉の下の目を考えるものにさせている。
「話がさらにわからんようになった」
「おい、話は聞いたぜ」
 ホア=ジャイがここで来た。彼は今まで偵察に出ていたのだ。
 それでだ。首を傾げさせながらだ。仲間達に言うのだった。
「あの怪しい大臣さんにまた怪しい話なんだな」
「ああ、そうさ」
「妹登場さ」
「しかも二人だ」
 ビリーにダック、マイケルが彼に話す。
「そうビッグベアにも伝えてくれるか?」
「あいつも戻ってきてるんだよな」
「そうだな」
「ああ、ここにいるぜ」
 そのビッグベア本人が出て来て彼等に応える。
「本当に謎が謎を呼びになってるな」
「俺の考えはな」
 ホアは鋭い目で仲間達に話した。
「ここは用心してな」
「様子を見るか」
「そうすべきか」
「訳がわからなくなってきたからな」
 だからだとだ。ホアも言うのだ。
「下手に動いたらまずいだろ」
「少なくともあの大臣さんは俺達の味方じゃねえな」
 ダックは本能的にこのことを察していた。
「敵だと思っていいな」
「ああ、そうだな」
 ビリーもダックの今の言葉に真剣な顔で頷く。
「ありゃ敵だな」
「オロチと関わりがあるか」
 リチャードは真剣にこのことを疑っていた。
「そんな筈はないと思うが」
「気配は似ておる」
 タンはそこから指摘する。
「あの戦いで感じたものとな」
「ああ、そっくりだな」
 ビッグベアはタンのその言葉ニ頷いて述べた。
「不気味なところなんて特にな」
「ならば余計にじゃ」
 そのオロチと似たものを感じるからこそだとだ。タンは話すのである。
「ここは様子見じゃ」
「よし、それじゃあな」
「曹仁さん達ともそれを話すか」
 こうしてだった。彼等も今の方針を決めたのだった。そしてだ。
 彼等の言葉を聞いてだ。その曹仁達もだった。
 自分達の天幕の中で卓を囲んでだ。こう話すのだった。
「そうね。やっぱりね」
「ここはね」
「様子を見て」
「下手に動かない方がいいわ」
 結論はこれだった。
「さもないとおかしなことになるわね」
「どうも。あちらもそれを狙っているみたいだし」
「それなら」
 こうしてだ。彼女達は今は動かずに様子を見ることにした。それを見てだ。
 司馬尉は楽しげに笑ってだ。己の兵達に話すのだった。
「狙い通りね」
「はい、これでですね」
「あの者達は動けません」
「よいことです」
「そう。こちらから何かをせずに」
 向こうからだというのだ。
「動きを止めてくれたからね」
「これでこの戦はですね」
「非常にやり易いですね」
「私達の思うがままの」
 闇の如き深い笑みを浮かべ。司馬尉は言った。
「ではそうしましょう」
「はい、司馬師様と司馬昭様が来られ」
「そのうえで」
「楽しみだわ。あの娘達と久し振りに会えるのね」
 今度はこんなことを言う司馬尉だった。
「さて、元気かしら」
「おそらくは。そうかと」
「ではその時を待ちましょう」
「姉妹の再会を」
 こうだ。司馬尉は兵達と話だ。闇を見るのだった。どす黒い闇の中で。


第九十三話   完


                        2011・7・9







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