『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第七十九話  呂蒙、陣を組むのこと

 連合軍は洛陽に向かう。その進軍は予想通りだった。
「うう、やはりわたくしが前に出なくてはいけませんわね」
「だから何でそうなるのよ」
 袁紹にだ。隣にいる曹操が呆れた顔で突っ込みを入れた。
「あのね、私達は第二陣よ」
「それはわかっていますわ」
「先陣は劉備。あの娘の軍が前に出て当然でしょ」
「それはそうですけれど」
「じゃあいい加減大人しくしなさい」
 ぴしゃりとした口調での言葉だった。
「いいわね。今はね」
「うう、何かじれったい感じですわね」 
 顔を顰めさせて言う袁紹だった。
「どうも。戦となりますと」
「全くですね」
 その袁紹に賛成したのは夏侯惇だった。彼女は二人のすぐ後ろに馬を進めている。その彼女が袁紹のその言葉に対して頷いてきたのだ。
「やはり将は垂範で」
「その通りですわ。だからこそ前線に立たなければなりませんわ」
「総大将がですか?」
 勿論夏侯淵もいる。彼女は冷静に袁紹と夏侯惇に突っ込みを入れる。
「前線に立たれるのですか」
「その通りですわ」
「私はいつもそうしているではないか」
 夏侯惇は己のことを引き合いにして話す。
「それが悪いのか」
「姉者はそれでいいのだ」
 夏侯淵は姉はいいとした。しかし袁紹についてはだ。
 困った様な光を左目に浮かべ。そうしての言葉だった。
「ですが麗羽殿は」
「わたくしも将ですわよ」
「総大将がそれでは困ります」
 彼女は正論を言うのだった、
「総大将に何かあっては話になりませんしそれに」
「それに?」
「軍全体を見なければなりません」 
 このこともだ。袁紹に話すのだった。
「ですからあまり前線に出られては」
「ううむ、いけませんのね」
「はい、御自重下さい」
 まさにそうしてくれというのである。
「どうかここはです」
「うう、仕方ありませんわね」
「秋蘭の言う通りよ」
 曹操がここでまた袁紹に話す。
「あのね、第二陣でも軍全体を見るのは難しいんだから」
「前に出るのはいけないというのですね」
「そうよ。劉備達に任せるの」
 あくまでこう言うのだった。
「わかったわね」
「わかりましたわ。それでは」
 ようやく納得した袁紹だった。そうしてだ。
 彼女は進軍の指揮を執っていた。その指揮自体は的確だった。
「指揮自体はいいんだよな」
「そうなのよね」
 文醜と顔良が袁紹の後ろで話している。
「麗羽様ってな」
「これでムラッ気とか出たがりなところさえなければ」
「最高の君主なのにな」
「どうしてこうなのかしら」
「昔からだ」
 夏王淵がその二人に話す。
「麗羽様は昔からああした方だ」
「そういえば夏侯淵さんってあれだよな」
「麗羽様とは幼い頃からですよね」
「そうだ。いつも一緒だった」
 このことをだ。二人に話すのである。
「何かとな」
「厄介だった」
「そうなんですね」
「ムラッ気と出たがりな方だった」
 そのことは変わらないというのである。
「しかも動かれれば騒動を起こされる」
「何か子供の頃からだったんだな」
「麗羽様って本当に変わらないんですね」
「華琳様もだ」
 曹操もだというのだ。
「あの方も幼い頃から同じだった」
「夏侯淵さんも大変なんだな」
「麗羽様だけでも大変なのに」
「夏侯惇さんもいるしな」
「苦労されてたんですね」
「おい、そこで私の話になるのか」
 夏侯惇は二人に対して身を乗り出して抗議した。
「華琳様ではなく私なのか」
「だって。曹操さんってうちの姫とか夏侯惇さんみたいにやたら前に出ないしさ」
「騒動も起こしませんし」
「私は騒動など起こしたことはないっ」
 自覚なぞ何一つとしてしていない言葉だった。
「私にあるのは華琳様に対する忠誠だけだ」
「けれど周り見えてないですよね」
「そこが問題なんですけれど」
「周り?見る必要があるのか?」
 またしても言う夏侯惇だった。
「忠誠以外の何が必要なのだ」
「だから問題なんだよな」
「文ちゃんも結構そんなところあるけれど」
 さりげなく相棒のことも言う顔良だった。
「けれど。夏侯惇さんの場合は」
「あたいよりやばいからな」
「うう、言われ放題ではないか」
「まあ落ち着け姉者」
 妹が苦い顔になる姉に助け舟を出した。
「この戦は激しいものになる。そうなればだ」
「私の力が必要となるな」
「そうだ。その時に思う存分戦ってくれ」
 こう姉に言うのだ。
「周りは私が固める」
「秋蘭、そうしてくれるのか」
「うむ、そうする」
 こう言ってだ。姉をフォローするのである。
「姉者を放ってはおけないしな」
「済まないな、本当に」
「気にすることはない」
 優しい微笑でだ。夏侯淵は姉に話す。
「姉者はそれでいいのだ」
「そうか。前に突き進むのがだな」
「それが姉者のいいところだ」
 この言葉も姉に話すのだ。
「一途なところがな」
「一途過ぎるんだよなあ」
「あちらの世界ではブレーキがないって言うらしいけれど」
 文醜と顔良がまた言う。
「けれど。確かに猪突猛進じゃない夏侯惇さんってな」
「それってらしくないよね」
「だよなあ。結局それが夏侯惇さんのいいところだよな」
「前に前にっていうのが」
 そんな話をしてだった。彼女達は進軍するのだった。
 そして第三陣はだ。第二陣とはまた違った賑やかさの中にあった。
 休憩中にだ。第二陣からドンファンとジェイフンが来てだった。
 チヂミを食べながらだ。呂蒙達に話すのである。
「まあ第二陣もそんな感じでな」
「結構大変なんですよ」
「ううん、袁紹さんと夏侯惇さんですか」
「それと茶色い猫と黒い猫な」
「あの御二人は喧嘩ばかりです」
「あの二人じゃな」
 一緒にいる黄蓋がここで言った。彼女はチヂミと一緒に酒も飲んでいる。陣中であってもだ。彼女は酒を楽しんでいるのであった。
「あの二人は相変わらずじゃな」
「そうですね。顔を見合わせればですから」
「姉妹なのに仲の悪いことじゃ」
「困ったことですね」 
 実際に顔を暗くさせて言う呂蒙だった。
「それが軍の作戦に影響しなければいいですけれど」
「あの仲の悪さのせいでそれぞれ君主が違うのよね」
 孫尚香もそのことを話す。
「袁紹さんと曹操さんのところにね」
「まあ二人共小さいし戦闘力は高くないからな」
「口喧嘩だけだけれど」
 だからだとだ。キム兄弟は話すのだった。
「大ごとにはなってないけれどな」
「それでもいつも口喧嘩ですから」
「あの猫耳二人はそもそもの性格に問題があるのじゃ」
 黄蓋はそのものずばりだった。
「全く。妙な奴等じゃ」
「全くだな」
 凱が黄蓋のその言葉に同意して頷く。車座の中に座ってやはりチヂミを食べながらだ。彼女の話を聞いてそうしたのである。
「何か妙に軍師らしくないっていうかな」
「はっきり言えばアホじゃ」
 またずばりと言う黄蓋だった。
「知識や教養があって頭は回るがじゃ」
「人間としてか」
「そういう意味だな」
 ラルフとクラークが応える。
「あれだってことか」
「そういうことなんだな」
「困った奴等じゃ」
 こうも言う黄蓋だった。
「全くのう」
「うちの軍だったらあの二人どうなのかしら」
 孫尚香はこんなことを言った。
「正直喧嘩されたら面倒なんだけれど」
「そういえば揚州ってあれだよな」
「かなり和気藹々とした雰囲気ですね」
 ドンファンとジェイフンがこのことを指摘する。
「まあこっちも何だかんだで雰囲気はいいけれどな」
「あの人達も顔を見合わせなければいいですから」
「はい、揚州の雰囲気はかなりいいと思います」
 呂蒙はそのことに真面目に答えた。
「和気藹々としているというか明るいというか」
「真面目な娘も多いしな」
「そうだな」
 ラルフとクラークが微笑んで話す。
「それがいいんだよな」
「孫権さんとかな」
「うむ、蓮華様は真面目な方じゃ」
 黄蓋もその通りだと微笑んで話す。
「しかもとてもお優しい方じゃ」
「あの性格のよさっていいよな」
 凱もそのことについて話す。
「一見するときつそうなんだけれどな」
「ですが違うんです」
 呂蒙がその孫権について話した。
「蓮華様はとてもお優しい方で」
「心が美しいのだな」
 鷲塚の言葉だ。彼もいるのだ。
「そういうことだな」
「うむ、揚州にはそうした者が多いぞ」
 黄蓋が話す。
「何かとな」
「確かにな。周泰殿といい」
 鷲塚がまた話す。
「そして呂蒙殿もな」
「私ですか!?」
 自分の話が出てだった。呂蒙はだ。
 戸惑った顔を見せてだ。顔を赤くさせて話した。
「私はそんな」
「何言ってるのよ、亞莎だってそうじゃない」
 彼女はどうかとだ。孫尚香が微笑みながら話すのだった。
「とても真面目で優しいのに」
「そうですか?」
「いい娘じゃない」
 その性格のことが話されるのだった。
「いつも夜遅くまで勉強して朝早くに起きて」
「軍師として当然のことではないですか?」
「そう普通に言うことが凄いのだ」
 鷲塚の言葉だ。
「それがな」
「そうなんですか」
「そうだ。しかし本当に揚州は見事な気質のおなごが多い」
「わしはどうじゃ?」
「まあ黄蓋さんはあれだな」
 今言ったのはだ。ドンファンだった。
「見事な気質のな」
「うむ、何じゃ」
「熟女だよな」
 おばさんと言うようなことはしなかった。この辺りドンファンはわかっていた。
「それだよな」
「言うのう。そこでおばさんと言っておればぬしはじゃ」
「死んでたっていうんだな」
「うむ、首を絞めておった」
 微笑みながらの言葉だった。
「確実にのう」
「確実にのう」
「やっぱりそうなんだな」
「まあ確かに歳は食っておる」
 本人もそのことは認めた。
「それは認めるぞ」
「祭って母様の頃から我が家にお仕えしてるからね」
 孫尚香が笑って話す。
「シャオが生まれる前からね」
「ははは、シャオ殿のおむつも代えたのう」
 笑いながら話す黄蓋だった。
「わしが孫堅殿に仕官した頃はまだ小さな勢力じゃった」
「それが今じゃか」
「江南を治めるまでになったんだな」
「牧になるまでが大変じゃった」
 こうラルフとクラークにも話すのであった。
「洒落にならんかったぞ」
「洒落にならなかったのか」
「そこまで辛かったのか」
「辛くはなかったがのう」
 それとはまた違うというのだ。
「ただ。苦労したのじゃ」
「苦労なあ」
「そういう意味か」
「何でも最初に立ち上げるのは大変じゃ」
 また言う黄蓋だった。
「金もなければ人もなしじゃったからのう」
「お金って大事ですから」
 呂蒙もそのことについて言及する。
「実際にこの群を動かすにもかなりのお金がかかっていますし」
「あれだな。何でもただじゃないな」
 今言ったのは凱だった。
「そういうことだな」
「家臣はわしを含めて三人」
 二張とである。
「そして兵は百人程じゃった」
「けれどそれがか」
「二州を治めるまでになった」
「そこまでか」
「うむ、思えば遠い道のりじゃった」
 黄蓋は微笑みながら話す。
「わしも歳を取った筈じゃ」
「だからあんた幾つなんだよ」
 凱がまた言う。
「見たところそんなに歳取ってないけれどな」
「言うのう。では幾つに見える」
「さてな。けれどあれだよな」
「当然三十以上と言えば首を絞める」
 それは絶対だというのである。
「覚悟するのじゃ」
「じゃあ聞かないさ」
「賢明じゃな」
「シャオは一応十八歳よ」
 孫尚香がこんなことを言った。
「宜しくね」
「それは無理があるのではないのか?」
 鷲塚がすぐに突っ込みを入れた。
「それで十八というのは」
「けれどそういう設定だから」
「どう見ても十代に入ったばかりだが」
「けれどそっちの世界じゃ高校?よね」
 学校の話になる。
「そこに入られる歳よ」
「絶対に違うよな」
「そうだよね」 
 ドンファンとジェイフンがそれは絶対にないと話す。
「高校生でその胸ってな」
「胸は関係ないじゃない」
 ドンファンが胸の話をするとだった。孫尚香はすぐにむくれて言い返した。
「そんなの何時か大きくなるわよ」
「けれど高校生だよな」
「そっちの世界じゃね」
「高校生になるとなあ」
 ドンファンは腕を組んで真面目な顔で話した。
「そうそう大きくはならないぞ」
「成長期じゃない」
「それは男の話だよ」
 ではだ。女はどうかというのだ。
「女の子は高校生になるとそんなにな」
「成長しないっていうの?」
「そうだよ。ましてや十八になるとな」
 もう成長はしないというのだ。
 そうした話をしてであった。ドンファンはさらに言った。
「そもそも絶対に十八じゃないだろ」
「まだ言うのね」
「だから見えないっての」
「兄さん、あれじゃないんですか?」
 ここでジェイフンが兄に話す。
「そういうことにしないと駄目なんじゃないですか?」
「十八にしないとか」
「はい、色々な事情で」
「ってそういえばこっちの世界ってあれよな」
 ドンファンもふと気付いたのだった。
「元々は」
「うむ、それは言わぬ方がよいぞ」
 黄蓋が釘を刺す。
「そこまではな」
「そうだな。じゃあそういうことでな」
 ドンファンもそのことに頷く。そしてなのだった。
 再びチヂミを食べていく。それでだった。
 ふとだ。また呂蒙が言うのだった。
「ところでシャオ様」
「何?」
「今の我が軍の陣ですが」
 話すのはこのことだった。
「進軍中の陣ですよね」
「そうよね。今はね」
「そろそろ左右から敵が出て来てもおかしくないですね」
「そうじゃな。敵の中にはじゃ」
 黄蓋もそのことについて言及する。目が鋭くなっている。
「張遼や華雄といった強者がおる」
「そして何よりもです」
 呂蒙の顔は警戒するものになっていた。そしてだ。
 彼女の名前をだ。ここで出すのだった。
「あの呂布さんがいます」
「あ奴は尋常ではないぞ」
 黄蓋から見てもだ。呂布はそうなのだった。
「わし一人では絶対に勝てぬ」
「祭でも駄目なの?」
「それも弓においてじゃ」
 彼女が最も得意とするだ。その弓でもだというのだ。
「呂布には勝てぬ」
「呂布さんは武芸百般の方です」
 とにかくだ。武芸ならば誰にも負けないというのだ。
「弓も当然ながらです」
「そうじゃ。あの弓には勝てぬ」
 黄蓋も真剣な顔で話す。
「百歩離れた場所の槍の穂先に当てることができる位じゃ」
「恐ろしい話だな」
 鷲塚がそれを聞いて言った。
「弓をそこまで使うというのか」
「そうじゃ。おそらく紫苑や夏侯淵よりも遥かに上じゃ」
 その二人ですらだというのだ。
「あの者が急襲を仕掛けて来れば」
「連合軍が壊滅しても不思議ではないです」
 呂蒙はそのことを危惧していた。
「せめて。何時来ても対処できるようにしておかないと」
「ではそのことを進言する?」
 孫尚香がそうしてはと話す。
「雪蓮姉様に」
「それがよいのう」
「私もそう思います」
 黄蓋と呂蒙も孫尚香のその提案に乗った。
「是非共」
「そうさせてもらいます」
 こう話してだ。そのうえでだった。
 三人は孫策の場所に行きだ。そうして話すのだった。
 話を聞いた孫策は馬上でだ。こんなことを言った。
「それねえ」
「すぐに陣を組み替えるべきかと」
 呂蒙がまた言う。
「そうして敵が何時来ても対処できるようにです」
「それならね」
「それなら?」
「どういう陣がいいかしら」
 孫策は楽しげに笑って呂蒙に話してきた。
「それならね」
「陣ですか」
「そうよ。進軍速度は落とさないでね」
「そのうえで敵の急襲に何時でも対処できる」
「そうした陣を。組めるかしら」
 孫策はその笑みで呂蒙に問うのである。
「どうかしら、それは」
「さて、どうしたものか」
 黄蓋は孫策が呂蒙に話すのを聞いてだ。考える顔になって述べた。
「警戒に気を取られれば進軍速度が落ちかねぬな」
「兵は神速を尊ぶよ」
 また言う孫策だった。
「ましてや私達の軍は馬が少ないから」
「進軍速度に問題があるわよね」
 孫尚香もここで気付いた。
「今でもちょっと」
「そう、袁紹や曹操の軍に何とか追いついてるって感じよ」
 彼女達の軍は馬が多い。それならばだった。
「さて、どうするのかしら」
「それならです」
 暫し考えてからだ。それからだった。
 呂蒙は答えた。どういった陣にすればいいかをだ。
「まずは軍の左右にです」
「左右に?」
「弓兵を置きます」
 彼等をだというのだ。
「そうしてその周辺に騎兵を配します」
「何故騎兵かしら」
「彼等は物見です」 
 つまりだ。偵察だというのだ。
「周辺の哨戒に当たらせます」
「そうして敵が来れば発見できるようにするのね」
「はい、そうします」
 まさにだ。その通りだというのだ。
「そして中央には普通の歩兵を置きます」
「警戒を騎兵に任せて何かあれば弓で撃つのね」
「これでどうでしょうか」
「そうね。今はただの進軍の為の陣でね」
 特にだ。戦の準備はしていないというのだ。
「そこまではしていないから」
「それならすぐに」
「そうするわ。それじゃあね」
 こうしてだった。孫策軍の陣はその様に組まれた。元々騎兵の少ない彼等の郡の進軍速度は落ちなかった。まさに呂蒙の読み通りだった。
 そしてだ。その陣で進軍しながらだ。孫権が姉に声をかけた。姉の馬の隣に己の馬を持って来てだ。二人並んでから話をするのだった。
「あの娘の考えを容れたのですね」
「そうよ」
「試されたのですか」
「簡単だけれどね。試験よ」
 それだとだ。孫策は笑って妹に話す。
「あの娘が軍師として努力してるかどうかね」
「試験だったのですか」
「そろそろ陣を組みなおそうと思ってたし」
 実はそうした事情もあったのだった。
「好都合だったわ」
「確かに。間も無く敵の関に近付いています」
「何時敵が来てもおかしくないからね」
「だからですね」
「ええ。陣を組みなおそうと思っていた時にね」
 その呂蒙達が来たというのだ。そうした話をするのだった。
「正直有り難かったわ」
「試験もできてですね」
「貴女の軍師に相応しいわね」
 微笑んでだ。こんなことも言う孫策だった。
「大切にしなさいよ」
「はい、そうさせてもらいます」
 孫権も姉の言葉に微笑んで返す。
「その性格もいいですし」
「そうね。真面目で一途でね」
「純粋で」
「正直軍師としては素直過ぎるかも知れないけれど」
 しかしだ。それが呂蒙なのだった。
「それでもね。あれがかえっていいからね」
「とてもいい娘です」
「何かうちってああいう娘多いわね」
 孫策は馬を操りながら笑顔で話す。
「貴女といいね」
「わ、私もですか」
 孫権はそう言われてだった。そうしてだった。
 その顔を赤くさせてだ。それで姉に言い返した。
「そんな。私は」
「だってそうじゃない。素直で真面目で」
 孫権のいいところである。
「一途だし」
「何かそれを言うと」
 呂蒙と同じであった。そうした性格がだ。
「ですが私はあの娘みたいに」
「そこでそう言うところが同じなのよ」
「そうですか」
「まあ君主の私がこんなのだから」
 孫策は今度は己のことを話した。
「真面目な娘が多いのはいいことね」
「姉上の場合はです」
 孫権はその真面目さを見せるのだった。意識せずにだ。
「それでよいと思いますが」
「いいのかしら。これだけいい加減なのに?」
「いい加減というよりはです」
「というよりは?」
「おおらかさがいいのです」 
 孫策の気質はそれだというのだ。
「器の大きいのがです」
「器ねえ。それを言うとね」
「はい?」
「劉備の方がずっと大きいかもね」
 話が変わった。劉備についての話になった。
 今先陣の彼女はだ。どうかというのだ。
「あの娘の器は相当なものよ」
「姉上以上にですか」
「それはすぐにわかると思うわ。蓮華にもね」
「確かに何か。あらゆるものが入りそうな感じですが」
 孫権は劉備の器をこう評した。
「それはですか」
「ええ、私よりも遥かに凄いわね」
「では。まさに」
「天下の大器ね」
 劉備はそこまでだというのだ。
「さて、この戦いでは何を見せてくれるかしら」
「それもまた楽しみなのですね」
「まあ袁紹が前線に立とうとするけれどね」
 このことは誰もが容易に読めることだった。
「先陣を務めて。凄いことをしてくれるでしょうね」
「そうですか。見せてくれますか」
「きっとね」
 こんな話をしてであった。彼女達は進軍を続けるのだった。呂蒙の陣を組警戒しながらだ。揚州の兵達も都に向かって進む。
 そしてその劉備の先陣では。雪がだった。
 守矢、そして楓と共にいた。そのうえでだった。
 彼等にだ。こう言うのだった。
「楓もいるのはね」
「聞いていたんだね」
「ええ。聞いていたわ」
 その通りだとだ。雪は楓に答えた。
「何時かは会うと思っていたけれど」
「そうだったんだね」
「それでね。やっぱり貴方も」
「感じているよ」
 楓は少し暗い面持ちで姉に返した。
「刹那はこの世界にも来ているね」
「間違いなくね」
「そして常世をもたらそうとしている」
「だから私達はこの世界に来たのよ」
 こうだ。雪は言った。
「常世を封じる為に」
「しかしだ」
 守矢がここで口を開いてきた。
「雪、御前は」
「それが私の務めだから」
 雪は楓のそれ以上に暗い面持ちで言葉を返した。
「だから」
「駄目だ」
 守矢の言葉の調子は厳しい。
「それは駄目だ」
「駄目だというのね」
「御前は命を捨ててはならない」
 彼が妹に言うのはこのことだった。
「何があってもだ」
「けれどそれでも」
「姉さん」
 楓も姉に言ってきた。
「僕達が刹那を封じるから。だから」
「私は、というのね」
「命を捨てる必要はないんだ、絶対に」
「けれど。常世はそうしなければ」
「いや、方法はある」
 また守矢が妹に言う。
「御前が命を捨てなくて済む方法がだ」
「あるというのね」
「そうだ、必ずある」
「それならそれは」
「誰も命を捨てる必要はない」
 守矢はまずそのことから話した。
「そう、誰もだ」
「勿論僕達もさ」
 楓達もだというのだ。
「命を捨てる必要はないんだ」
「ではどうするというの?」
「刹那を、そして常世の門をだ」
 その二つをだというのだ。
「完全に叩き壊す」
「そうすれば。姉さんも命を捨てる必要はない筈だよ」
「それができるのかしら」
「できる」
 守矢の言葉は強く短い。
「必ずだ」
「だから姉さんはね」
 命を捨てる必要はない、楓も言うのだった。
「そんなことをしなくていいんだ」
「だから馬鹿な考えは捨てろ」
 妹にだ。心からの言葉を告げる。
「わかったな」
「兄さん、楓・・・・・・」
「戦いは辛いものになるだろう」 
 守矢の話が変わった。
「しかしだ。それでもだ」
「姉さんは命を捨てることはないんだ」
「私の命は」
「己を大切にしろ」
 守矢がここで最も言いたいことだった。
「いいな、何があってもだ」
「そしてこの世界で」
「戦うことだ。私達が何故この世界に来たか」
 それはだ。どうしてかというと。
「おそらく刹那を倒す為だ」
「僕達以外の大勢の人達もね」
 覇王丸や草薙達のことだ。
「多分。それぞれの世界での災厄がこの世界に来たからね」
「その彼等と戦う為に来ている」
「それは戦って封じる為なんだ」
 それで来ているとだ。二人は雪に話す。
「決して死ぬ為ではない」
「それはわかって欲しいんだ」
「それなら」
 ここまで聞いてだった。楓は。
 ようやく頷いたのだった。彼女は命を粗末にはするなと頷いたのだった。
 そしてだった。その三人のところにだ。
 玄武の翁が来てだ。そうしてこう言ってきた。
「ふむ。そこにおったか」
「翁か」
「こちらに来られたんですか」
「そうじゃ。今休憩になった」 
 そのことを三人に伝えに来たというのだ。
「それでじゃが」
「それで?」
「それでといいますと」
「どうじゃ。茶でも」
 翁は笑顔で三人に話した。
「それを飲むか」
「そうですね」
 微笑んでだ。雪が応えた。
「それでは。お茶を」
「茶はいいのう」
 翁は楽しげに笑ってもみせた。
「ずっと飲んでいきたいわ」
「ずっとですね」
「そうじゃ。雪よ」
 雪にだ。話すのだった。
「御主も茶は好きじゃな」
「はい」
 確かな声で翁に答える。
「とても」
「ならばずっと飲みたいな」
 笑顔で雪に問うのだった。
「その茶を」
「では」
「そうじゃ。そういうことじゃ」
 笑顔で話を続ける。
「そなたは生きよ。命を無駄にするでない」
「翁もそう仰るのですね」
「おそらくこの世界での戦いは刹那や常世だけではない」
「他の存在もですか」
「多くのまつろわぬ者達がおる」
 その彼等の存在も話すのだった。
「オロチやアンブロジア」
「他にもいるな」
 守矢がここで言った。
「元々この世界に介入しようとしている者達がな」
「感じ取っておったか」
「感じていた」
 そうだというのだ。彼はまさにそれを感じていたのだ。
「実際にな」
「そうじゃ。明らかに妙な雰囲気じゃ」
 この世界そのものがだというのだ。
「この世界には様々なものが渦巻いておる」
「その渦巻くもの全てをですか」
「そうじゃ。封じなければならん」
 翁はまた雪に話した。
「戦い、そして倒してじゃ」
「では翁」
 今度は楓が翁に尋ねた。
「僕達はこの世界にいる全てのまつろわぬ存在とですね」
「戦わなくてはならん」
 まさにそうだというのだ。
「一つを封じてもどうにもならんのだ」
「わかりました。では私は」
「封じるな。戦うのじゃ」
 これは雪への言葉だった。
「わかったな」
「そうなのですね。私は」
「しかし。あらゆるまつろわぬ存在が集る」
 翁の目が光った。その傘の奥にある目がだ。
「その中心におる者は何者じゃろうな」
「そのことだが」
 ここで来たのは嘉神だった。示現もだ。
「一つ妙な話を聞いた」
「それを話していいか」
 二人でだ。こう翁達に言ってきたのだ。
 そしてその二人の言葉にだ。翁も返すのだった。
「うむ、何じゃ」
「この国の都のことだが」
「董卓の他にもおかしな話を聞いた」
 二人は話しながら翁達の中に入った。四霊が揃った。
「何進将軍の側近だった司馬仲達だが」
「一向に姿を見せない。だが死んだ訳でもないらしい」
「生きてるのは間違いないんだよ」
 今度はガルフォードが来て話すのだった。
「ちょっと半蔵さんと調べて来たんだけれどな」
「それでなのじゃな」
「そうだ。司馬慰は生きている」
「しかし姿を見せない」
「董卓に命を狙われている為潜伏している」
 守矢は腕を組んで述べた。
「そういう事情・・・・・・ではないな」
「どうも違うみたいだな」
 また話すガルフォードだった。
「都にいるかどうかもわからないけれどな」
「それでもか」
「ああ、死んだ形跡は全くなかったさ」
 ガルフォードはこう守矢に話す。
「何一つとしてな」
「切れ者と聞いている」
「それもかなりのだ」
 嘉神と示現も話す。
「将軍の懐刀として董卓に狙われても仕方ないが」
「しかし失踪したとしてもだ」
 それでもだと話していく。そうしてなのだった。
「その失踪の痕跡もない」
「足跡を調べられない」
「忍の連中総出で調べたんだけれどな」
 今この世界には忍者も大勢来ている。彼等はそうしたことの専門家だ。しかしその彼等でもだ。司馬尉の足跡は何一つとしてだというのだ。
「こんなことははじめてなんだよ」
「おかしいですね。やはり」
 楓がそこまで聞いて話した。
「それは」
「董卓殿と対立しているのなら」
 雪も言った。
「私達に合流するのが妥当ですね」
「そうだ。ここに来ている筈だ」
「しかしそれもない」
 嘉神と示現の顔に怪しむものが出ていた。
「都でのことは。どうにもだ」
「あまりにも謎が多いようだ」
「そしてその謎がそのままじゃな」
 翁の目が再び光った。白の光を放つ。
「この世界の謎にもなっておるのう」
「闇に蠢いている」
 嘉神も同じだった。その目の光を強くさせる。
「闇の奥深くにだ」
「そこに刹那もいる」
 示現も話す。
「その他の者達もだ」
「何かあれだな。悪とかじゃないな」
 ガルフォードもそう察していた。
「闇っていうかそんなのが今回の相手か」
「悪と闇は別物じゃ」
 それを話す翁だった。
「また別のじゃ。別の目的で動いておるのじゃ」
「我々の相手は闇だな」
 守矢が述べた。
「悪ではないか」
「悪は善の裏に過ぎん」
 翁は悪をそう定義付けた。
「しかし闇はまた違うのじゃ」
「あらゆるものをその中に覆う闇か」
「そうじゃ。その闇が蠢いておるのじゃ」
 そうした種類の闇だというのだ。
「善悪とは根本から違う」
「混沌ってやつか?」
 ガルフォードは翁の話を聞いてこう問うた。
「考えてみればその刹那の常世ってのもオロチもアンブロジアもそんな連中だしな」
「そうじゃな。混沌じゃ」
 まさにその通りだとだ。翁も話した。
「わし等の相手は混沌じゃ」
「根本からして我等とは相容れないもの」
「そうしたものだ」
 嘉神と示現が再び話す。
「それとどう戦うか」
「倒していくか」
「それが問題なのだ」
「この世界のだ」
 こうした話をするのだった。そしてだ。
 先陣は順調に進んでいた。劉備が左右に尋ねる。
「もうすぐなのかしら」
「はい、最初の関がです」
「近付いてきています」
 その通りだとだ。孔明と鳳統が劉備に答える。
「あと三日です」
「三日で関の前に来ます」
「そう。それなら」
 その話を聞いてだ。劉備は意を決した顔になった。
 そしてそのうえでだ。こう二人に言うのだった。
「大変だけれど頑張らないとね」
「関を守るのは呂布さんです」
「正直に申し上げまして」
 ここで軍師二人の言葉が曇る。
「あの人の強さは尋常なものではありません」
「かなり激しい戦いになると思います」
「そうよね」
 そのことはだ。劉備もわかっていた。それで顔を曇らせる。
 しかもだ。それに加えてだ。
 徐庶もだ。劉備にこんなことを話すのだった。
「しかも。私達が戸惑っているとです」
「袁紹さんが出て来られます」
「援軍と称して」
 それが問題だというのだ。軍師二人も話す。
「そうして前線に出られようとして騒動を起こされますので」
「時間をかけることもできません」
「袁紹さんって前に出たがる人なのね」
「はい、かなり目立ちたがりな方ですし」
「しかも御自身が動かれないと気が済まない方ですから」
 袁紹のその性格がだ。もんぢあだというのだ。
「困ったことですけれど」
「曹操さんが何とか抑えておられますけれど」
 それでもだというのだ。
「本当に私達がまごまごしていますと」
「出て来られますから」
「指揮官としては有能で兵隊さんの数も多いですけれど」
「流石に総大将が前線に出て来られるのは危険です」
 問題はそこだった。とにかく袁紹は前線に出たがるのだ。元々自ら指揮して戦うタイプの将だがそれがこの場合は問題なのである。
「だからこそです」
「万全の状態で挑みましょう」
「ええと、呂布さんは」
 何につけてもだ。まずは彼女のことだった。
「やっぱり。愛紗ちゃん達五人で相手をしないと駄目なのね」
「それで何とか互角かと」
「呂布さんの場合は」
 とにかくだ。呂布の強さは圧倒的だった。
「ですから愛紗さん達五人で呂布さんを止めて」
「その間に他の敵兵を倒していきましょう」
「まずはそうして関の前まで至ります」
「そこから攻城戦です」
 段階を踏んでいくというのである。
「基本的な作戦はこうです」
「攻城兵器は袁術さんからお借りします」
「既に袁術さんとはです」
 徐庶は袁術のことを話す。
「お話をしましたので」
「えっ、もうなの」
「はい、早いうちにと思いまして」
 それでだというのだ。
「それで宜しいですね」
「うん、いいよ」
 劉備もそれでいいと返す。
「じゃあ。まずは呂布さんの軍を関まで退けて」
「そのうえで関を」
「陥とさないとね」
「はい。ですが」
 ここでだ。徐庶はさらに話した。
「関はまだあります」
「虎牢関です」
「あの関もあります」
 ここで孔明と鳳統も話す。
「むしろこちらの関の方がです」
「堅固ですから」
「ううん、辛い戦いになるのね」
 劉備は顔を曇らせて述べた。
「それでも勝たないとね」
「そうです。漢王朝の為にも」
「そして民の為にも」
「わかってるわ」
 こう話してだった。劉備達はこれからの戦いのことを考えるのだった。考えそのうえでだ。進軍を続けるのだった。洛陽に向かって。


第七十九話   完


                        2011・5・7







▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る