『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第七十八話  呂布、晴れないのこと

 華陀はだ。再びだった。
「よし、行くか」
「そうね。まずは洛陽なのね」
「そこに行くのね」
「いや、あそこじゃない」
 そこではないとだ。華陀は怪物達に答えるのだった。
「あそこよりもまずはだ」
「まずはっていうと?」
「何処に行くのかしら」
「徐州に行ってくれるだろうか」
 怪物達にそこに行こうというのだ。
「そこにだ。行ってくれるか」
「徐州っていうと確か」
「劉備ちゃんの場所よね」
「ああ、そこだ」
 まさにだ。そこだというのだ。
 そうしてだ。そのうえでだった。華陀はこんなことも言うのだった。
「そこに用がある」
「ああ、そうね」
「そういうことなのね」
 妖怪達は華陀の話からだ。すぐに察して応えた。そうしてだった。
「あの人に会ってね」
「それでなのね」
「そうだ。徐州に行ってだ」
 あらためて話す彼等だった。
「あの人を連れてだ」
「そうしてなのね」
「それから」
「そう、連合軍の陣に行く」
 そのうえでだ。そこに行くというのである。
「洛陽に行くのはそれからでいい」
「何ごとにも順番がある」
「わかったわ。じゃあ」
 こう話してだった。彼等はだ。
 まずは徐州に行った。勿論二人が華陀をそれぞれ両脇に抱えてだ。そうして空を飛んだのである。今回の速度はマッハ五であった。
 徐州に着いた華陀はだ。落ち着いた顔で言うのだった。
「今回も速いな」
「そうでしょ。お空を飛んだからね」
「速いわよ」
「すぐに移動するのはやっぱりお空よ」
「そこを飛べばすぐなのよ」
「そうだな。便利な話だ」
 非常に素っ気無く、何でもないといった顔の華陀だった。
「空を飛べたらな」
「そういう話だろうか」
「違うのではないのか?」
 カインとグラントが二人に対して言う。同行していたのだ。
「そもそも私達も何故か一緒に空を飛んだが」
「貴殿等の背中にくくりつけられてだ」
 二人が気付けばだ。そうなっていたのだ。
 そしてここに来てだ、華陀達に話すのだった。
「人間は空を飛べない筈だが」
「その理屈はどうなっているのだ」
「拳法よ」
「そこに仙術を入れたのよ」
 そうしたとだ。二人は平然として答えた。
「それでああしてお空を飛べるようになったの」
「わかってくれたかしら」
「人間ではないな」
「どう考えてもな」
 これがカインとグラントの結論だった。二人に対するだ。
「華陀殿には感謝しているがな」
「それでもそう思う」
「ああ、あの鉛の弾のことだな」
 華陀はグラントの胸を見て話す。見ればその胸は実に逞しく見事なものだ。彼はグラントのその胸を見てそのうえで話をするのだった。
「あれか」
「よく取り除いてくれた」
 礼を述べたのはカインだった。
「我が友の死を救ってくれた」
「本当に有り難い」
 グラントもこう言うのだった。
「俺はまだ戦えるのか」
「ああ、あんた達はあんた達の夢があるんだな」
「そうだ。まさに餓狼の街だ」
「その街を築こうと考えている」
 それがだ。二人の夢だというのだ。
「人間は堕落してはならない」
「そう考えるが故に」
「俺はそれについては何も言わない」
 二人のその考えについてはと返す華陀だった。
「ただ。病はだ」
「治すか」
「医師として」
「そういうことだ。医術は仁術だ」
 これが華陀の持論だった。まさにだ。
「それを果たすだけだ」
「そうよね。ダーリンによって沢山の人が助かってるわよね」
「グラントさんだけじゃなくて」
 怪物達はその華陀の横で身体を不気味にくねらせながら話す。
「お蔭で何かね」
「運命が変わった人もいるわね」
「俺の運命もか」
 グラントはここで己のことをそれに当てはめて考えた。
「そしてそれで何をするか、か」
「そうなるな。私もまた」
 カインもだ。そのグラントと共に話す。
「何を為すのかだな」
「あんた達はこの世界に来たのは偶然じゃない」
 華陀は真剣な顔で彼等に述べた。
「必然なんだ」
「運命か」
「それもまた」
「絶対にな。知ってると思うがこっちの世界は戦乱に覆われようとしている」
 華陀は今度はこのことを話した。
「そしてそれに対して俺達はだ」
「戦乱の元凶を見つけ出してね」
「やっつけちゃうのよ」
「戦い自体は構わない」
 カインはだ。戦いは否定しなかった。
 しかしだ。彼はここでこうも言うのだった。
「だが。それは人がより上を目指すべきのものだ」
「それだというのね」
「戦いは」
「そうだ。混沌や破壊の為の戦いは私の望む戦いではない」
 カインはその美学も見せた。
「人が極限まで上を目指し、研ぎ澄まされる為のものなのだ」
「あんたの戦いは純粋だな」
 華陀はそんなカインの話を聞いて述べた。
「俺の考えとは違うにしてもな」
「違っていてもいいのだな、同志になるのは」
「同志を選ぶのは俺じゃない」
「貴殿ではないのか」
「他の、俺よりも上位の存在だ」
 それが何かというとだ。
「運命の神だろうな」
「その運命のか」
「ああ。俺達は運命により導かれて共にいるんだ」
「その運命を変える為に」
「そしてこの世界と。俺達が救われる為にも」
「我々がだというのか」
「俺はそう見ている」
 華陀はカインの目を見て話す。確かに鋭い。しかしその目はあくまで純粋だった。その純粋な目を見てだ。そうして彼に話すのだった。
「だから多くの者がこの世界に来ているんだ」
「これは戦いの為でもあるけれどね」
「あたし達と同じくね」
 怪物達も話す。
「皆運命なのよ」
「運命に導かれているのよ」
「貴殿等は知っているな」
 グラントは二人の話からそのことを察した。
「我々が何故この世界に来たのかを」
「察しの通りよ」
「全部ね」
 これが化け物達の返答だった。
「あんた達の世界のよからぬ存在にね」
「あらゆる世界を行き来できる者達がついたのよ」
「それでまとめてこっちの世界に来たのよ」
「自分達の望みを果しにね」
「その為にね」
 二人はだ。その事情をカインとグラントに話していく。
「あたし達はそうした存在を監視するのが役目なの」
「言うならばあらゆる並行世界の監視者なの」
 それがこの怪物達だというのだ。
「それで、あたし達をそうさせている何かの意志がね」
「あんた達をこっちの世界に連れて来たの」
「そうだったのか」
 カインもだ。驚愕を見せる話だった。普段は自信に満ちていて不遜なまでの誇りを見せている顔にだ。僅かだがそれが出ていた。
「それで私達はこの世界に来ているのか」
「同時にあんた達の複雑な運命や因縁もね」
「解き放つつもりなのよ」
「何故我々の運命をそうするのだ」
 グラントがここで問うのはこのことだった。
「その我等の」
「あんた達がそうした運命に押し潰されるのを望まないからよ」
「だからなのよ」
 それでだと話す二人だった。
「その運命を司る存在はね」
「あんた達のことをいつも気にかけているのよ」
「善意か」
 カインの眉がぴくりと動いた。そのうえでの今の言葉だった。
「それは善意によってか」
「善意もあるけれど」
「それによってあんた達が為すべきことを謝ることを防いでいるのよ」
 それが為だというのだ。
「事情は色々と複雑でね」
「あんた達はそれぞれやらないといけないことがあるの」
「けれど。あんた達の何人かはそれを果すにはね」
「微妙に因果を持ってるから」
 それでだ。できないからだというのだ。
「それを変える為にもね」
「こっちの世界に呼ばれているのよ」
「では私は」
 カインはだ。その顰めさせた眉で話すのだった。
「力により人が高みを目指す世界を築くことはまさか」
「それもわかると思うわ」
「この世界でね」
「そうなのか」
 考える顔になっていた。そのうえでのカインの今の言葉だった。
「私の運命もまた」
「まあ今すぐにわかるものではないさ」
 華陀がそのカインに話す。
「そういうのは最後の最後にな」
「わかるものか」
「とりあえずあんた達は俺達と一緒に来てくれるんだな」
 華陀がカインに問うのはこのことだった。
「そうしてくれるんだな」
「うむ、それではだ」
「そうさせてもらう」
 これが二人の返答だった。
「貴殿等といればだ」
「それがわかるだろうかな」
 こんな話をしてだった。そうしてだ。
 彼等はその徐州に来たのだった。そのうえでだ。
 徐州の牧の城。ここに入ってだ。彼女の前に来たのだった。
「むっ、御主は」
「ああ、久し振りだな」
「何故ここに来たのじゃ?」
「少し来て欲しいところがあるんだ」
 華陀はこう彼女に話すのである。
「いいか?」
「何かあるようじゃな」
「ああ、そうだ」
 その通りだというのである。
「それでだ。いいか?」
「わかった」
 彼女もだ。真剣な顔で頷いた。
「それではのう」
「話はこの国、いや世界に関わっている」
「この世界にじゃな」
「そうだ。だから来てくれるな」
「御主には一度救われている」
 だからだと言う彼女だった。
「それではな」
「悪いな。そう言ってくれてな」
「感謝しちゃうわ」
「もう感激よ」
「ううむ、その二人はのう」
 彼女はだ。華陀の左右の怪物達にはだ。 
 顔を曇らせてだ。こう言うのだった。
「どうも慣れぬのう」
「慣れないって?」
「そうなの?」
「うむ、慣れん」
 実際にそうだというのである。
「人間なのじゃな?」
「あら嫌ね、こんな奇麗な乙女達を捕まえて」
「あたし達傷ついちゃうわよ」
「傷つくのか?」
 彼女にとってもだ。そのこと自体が疑問のことだった。
 いぶかしむ目になってだ。彼等、間違っても彼女達ではないその妖怪達を見て言う。
「その姿で」
「心はデリケートなのよ」
「繊細なのよ」
「精神的にも恐ろしいまでに強いと思うがのう」 
 誰が見てもだ。そうとしか思えないことだった。
「しかしじゃ。何はともあれじゃ」
「ああ、来てくれるんだな」
「そうさせてもらおう」
 彼女はまた華陀に対して頷いてみせた。
「是非共な」
「悪いな。それじゃあな」
「うむ、行くとしよう」
「じゃああたし達もね」
「行くわよ」
 また言う妖怪達だった。
「どんな場所もひとっ飛びよ」
「簡単に行けちゃうから」
「ううむ、私もだ」
「俺もだが」
 一緒にいるカインとグラントはそんな彼等、絶対に彼女達ではないを見てまた言うのであった。
「空は飛べない」
「絶対にだ」
「だから。コツなのよ」
「コツさえわかれば簡単にできるわよ」
「だからそれは人間のできることなのか?」
「絶対に違うと思うのだが」
 二人が言うのは人間の常識での話だった。
「それをできるとなると」
「やはり人間ではないのだが」
「そもそも監視者というが」
「どうしてそれになったのだろうか」
「まあそれはね」
「言うと長くなるわよね」
 こう言う怪物達だった。
「実際問題あたし達ってね」
「戦国時代から生きてるし」
「中国の戦国時代か」
 カインがそれを言う。
「となると何百年も前だが」
「そうよ、夏王朝の時もね」
「よく知ってるわよ」
「伏儀さんもね」
「懐かしい思い出よね」
「だから幾つなのだ」
 カインはそれが気になり言う。
「貴殿等は」
「そんなに気にすることじゃない」
 しかしだ。ここでも華陀はこんな調子だった。
 彼は微笑んでだ。こうカイン達に話すのだった。
「俺にしても百二十歳だからな」
「待て、百二十だと!?」
 女はだ。それを聞いてだ。眉を顰めさせて言うのだった。
「とてもそうは見えんぞ」
「見えないか?」
「うむ、全く見えぬ」
 こう言うのだった。
「その外見で百二十というのか」
「そうだ。俺は自分の医術を自分にも行っているからな」
「それでというのか」
「そうだ。常に身体、特に朝起きた時にな」
 その時にだというのだ。
「身体を動かす様にしている。独自の運動法をな」
「それでその若さか」
「後は食べるものに気をつけている」
「身体によいものばかり食しておるのか」
「あと丹薬は飲まない」
 それもだというのだ。
「あれは危ないからな」
「むっ、あれは危ないというのか」
「そうだ。絶対に止めておくことだ」
 丹薬についてはだ。絶対に駄目だというのだ。
「さもないと命を落とすことになりかねない」
「そこまで危ういというのか」
「ああ、あれはね」
「そうよね」
 そんなものを飲んでも全く平気な面々がここで言う。
「絶対に駄目よ」
「飲んだら死ぬわ」
「そうなのか」
「水銀を使うからね」
「あれがよくないのよ」
 水銀にだ。問題があるというのだ。
「あれは毒になるの」
「それこそ猛毒よ」
「そうじゃったのか」
「だからね」
「丹薬よりも他のを飲むべきなのよ」
 それがいいというのである。そしてだ。
 二人はだ。こんなことを言うのだった。
「あれよ。動物の肝とかね」
「椎茸もいいし」
「すっぽんに高麗人参」
「それとお野菜はたっぷりね」
「海草も身体に凄くいいし」
「後はお魚もね」
 そういったものがいいというのだ。
「とにかく医食同源よ」
「そこをしっかりすればいいから」
「うむ、それはわかる」
 女もだ。それはだというのだ。
「わらわも元は肉を扱っておったからのう」
「じゃあ肝のことはわかるんだな」
「あそこは栄養の塊じゃ」
 まさにだ。そうだというのだ。
「食せねばな、是非共」
「そうだな。絶対にな」
 そんな彼等の話を聞いてだ。カインとグラントはだ。 
 あらためてだ。華陀達に話すのだった。
「そうした話もいいがだ」
「少しいいだろうか」
「ああ、用件のことだな」
 それはもうわかっている華陀だった。二人に顔を向けて応える。
「この人をだな」
「そうだ。案内するのだな」
「そうすると聞いているが」
「ああ、その通りだ」
 華陀は微笑んで二人に答えた。
「今からそうする」
「ではそろそろ旅立たないとだ」
「よくないのではないのか」
「ああ、それはね」
「何時でもいいのよ」
 怪人達がだ。それは構わないというのだった。
「だってあたし達お空飛べるし」
「瞬間移動だってできるしね」
「だから全然気にしなくていいわ」
「許昌なんて一瞬で行けるから」
 彼等にとってはだ。そうしたことはなのだった。
 まさにだ。何でもないことであったのだ。
 だからこそだ。平気で言うのであった。
「ノープロブレムよ」
「貴方達のお国の言葉で言うわね」
「どうやら貴殿等はアメリカも知っているな」
 グラントは二人の言葉からそのことを察した。
「我が国にも行き来しているのか」
「時空超えられるからよ」
「普通にしているわ」
 そうしているというのである。
「だから。移動のことはね」
「全然気にしないで」
「わかった。ではだ」
「今は何も言わないでおこう」
 カインもグラントもこれで納得した。というよりは彼等の常識が全く通用しない相手だとだ。そのことがわかったのだ。
 そしてなのだった。
「では今は」
「待たせてもらうか」
「何か食べない?」
「そうしたらどうかしら」
 妖怪達は二人に食事を勧めるのだった。
「貴方達の好きなものをね」
「食べたらどうかしら」
「そうか。それではだ」
「そうさせてもらおう」
 二人もだ。化け物達のその話に乗った。
 そうしてだ。まずはカインが言った。
「アップルパイを食べよう」
「俺はビーフシチューだ」
 それぞれだ。二人の好物だった。
「それはあるだろうか」
「作られるか?」
「むっ、料理か」
 女がだ。料理について顔を向けた。
「それならわらわもできるが」
「自信はあるのか」
「そちらは」
「特に肉料理はな」
 自信があるというのである。
「元々それを生業としておるしのう」
「そうなのか」
「肉屋だったというのか」
「待っておれ。少ししたら作る」
 こうした話をしてだった。そのうえでだ。
 女がだ。彼等に対してそのアップルパイとビーフシチューを作った。それをなのだった。
 カインとグラントに御馳走する。二人はそれを食べてみてだ。
 納得した顔になってだ。それぞれこう言った。
「うむ、この味ならだ」
「いい」
 これが彼等の感想だった。
「この時代の中国でアップルパイが食べられるとはな」
「しかもビーフシチューまでな」
「作り方がわかれば造作もないことじゃ」
 女は言う。料理をすることは問題ないとだ。
「こうしてじゃ。作られるぞ」
「そうか。どうやらこの世界はだ」
「俺達の知っている中国ではないな」
 二人がそれを言うとだった。またしてもだ。
 怪物達がだ。彼等に説明するのだった。
「そうよ。この世界はね」
「かなり違う世界だからね」
「イレギュラーな世界なの」
「中国であって中国でないのよ」
「我々の知っている中国とは全く違う」
「そういう意味か」
 二人は怪物達の話をこう解釈した。そしてだ。
 妖怪達もだ。そうだと言うのだった。
「そうよ。完全な別世界」
「貴方達の世界とは全く違うからね」
「それを理解してか」
「考えていくべきか」 
 二人もそれがわかった。そうしてであった。
 華陀や女、それに怪人達もそのアップルパイとビーフシチューを食べてだ。それからだった。
 出発かと思われた。しかしだ。
「仲間達も呼ぶか」
「ええ、カインさんとグラントさんだけでなく」
「他の人達もね」
 華陀にだ。妖怪達が応えた。
「そうしてね」
「皆で行きましょう」
「ああ。これからが肝心だ」
 華陀も腕を組んで話す。
「だとすればだ。俺達も総力を結集してことにあたる」
「あたし達も頑張るわよ」
「世の為人の為ダーリンの為」
「一肌も二肌も脱ぐわ」
「全力であたるわよ」
 こんな話をするとであった。カインとグラントがまた言うのだった。
「いや、貴殿達がいればだ」
「何の問題もない」
「それに脱ぐと言うが」
「既にだ」
 半裸だというのだ。全裸よりも恐ろしい姿である。
 実際に今二人を見てしまった蝿がだ。落ちた。即死していた。
 それを見てだ。また言う二人だった。
「こうしたことができるのだ」
「我々は不要ではないのか」
「いや、絶対に必要だ」
 これは華陀の言葉だ。
「仲間がいてこそだ。何かができるからな」
「その通りよ。だからね」
「二人も他の人達も御願いね」
 それは言う怪物達だった。何はともあれだ。
 そうした話をしながら彼等は進路を決めるのだった。次の動きをだ。
 そしてだ。その頃だ。
 洛陽でもだ。動きがあった。賈駆がだ。
 主だった将帥や異邦人達を集めてだ。こう告げていた。
「じゃあいいわね。二つの関でね」
「敵を食い止めるのね」
「ええ、そうするわ」
 強い顔になってだ。董白の問いに答えていた。
「ここはね。それで陽はね」
「私は?」
「都の守りを御願いね」
 留守役は彼女だというのだ。
「そうしてね」
「わかったわ。それじゃあね」
「ええ。それで他の面々で二つの関を守るわ」
 賈駆の話は続く。
「数は十万、残りの五万でね」
「南への備え、そして都と擁州の守りだな」
「そうするわ」
 華雄に対して述べたのだった。
「あの二つの関が大事だからね」
「ただ」
 ここで呂布が言った。
「敵は東から来るだけじゃない」
「涼州のことね」
「袁紹の兵はそこにもいる」
 呂布が話すのはそこもだった。
「そっちには」
「ええ、勿論兵を回しておくわ」
 賈駆はその眼鏡の奥の目をやや顰めさせて述べた。
「当たり前でしょ、それは」
「わかった」
 呂布はそれを聞いてこくりと頷いた。
「それならいい」
「そういうことでね。じゃあ万事整ったわね」
「では出陣なのです」
「僕も都に残るから」
 賈駆もだ。留守役だというのだ。
「月もいるから」
「?待て」
 そのことを聞いてであった。華雄はだ。
 眉を顰めさせてだ。その賈駆に言った。
「董卓殿は出陣されないのか?」
「そうだけれど。それがどうかしたの?」
「董卓殿は確かに生粋の文官だ」
 それを踏まえての話だった。
「だが。それでもだ」
「それでもって?」
「出陣されて兵を見守られるのが常だが」
 牧としての義務と考えてだ。そうしているのだ。実際の指揮は華雄達が行うので問題はないのだ。
「それをされないのか」
「ちょっとね。帝に言われてね」
「その帝のお姿も見えないのだが?」
 華雄はこのことも言った。
「どうされておられるのだ」
「御身体の調子が悪いのよ」
 そうだと話す賈駆だった。
「だからね。帝は」
「そうなのか」
「そうよ。それでとにかくね」
 賈駆は眉を顰めさせてまた言った。
「皆御願いね。それじゃあね」
「わかったのです」
 陳宮が頷いた。
「それでは今から」
「出陣御願いね」
 こうしてだった。呂布達が出陣に向かう。その中でだ。
 山崎はだ。実に楽しそうに言うのだった。
「よし、それじゃあ暴れるか」
「ああ、そうだな」
「そうするでやんすよ」
 彼の言葉にチャンとチョイが楽しそうに応える。
「やっと大暴れできるな」
「この時を待ち望んでいたでやんすよ」
「ずっとキムの旦那とジョンの旦那の修業地獄の中にいたからなあ」
「それがとりあえず終わるでやんすよ」
 そのことをだ。心から喜んでいる二人だった。
 そしてだ。こんなことも言うのだった。
「このまま戦死ってことになって何処かに消えるとかな」
「そういうのも悪くないでやんすよ」
「ああ、それいいな」
 山崎もだ。彼等のその話に乗った。
「じゃあ適当な場所でな」
「何処かに消えるか」
「あっし等にやっと自由が戻るでやんすよ」
 こんな話をしていた。しかしだった。
 ここでその二人が来てだ。彼等に言うのだった。
「ああ、三人共そこにいたか」
「喜んで下さい、朗報です」
「朗報?」
「休暇でやんすか?」
「私達は先陣になった」
「真っ先に敵と戦うことになりましたよ」
 二人は笑顔で三人にこう話す。
「そして関の壁の修理もだ」
「受け持つことになりました」
 強制労働まであるというのだ。
「これは働きがいがあるな」
「頑張りましょう」
「これが現実だな」
 山崎は二人の話を聞いてだ。がっくりと肩を落として言った。
「所詮は見果てぬ夢なんだよ」
「そうだよな。俺達に自由なんて」
「もう絶対にないでやんすよ」
 チャンもチョイもそれは同じだった。やはり肩を落としている。
「じゃあ諦めて」
「戦って働くでやんすよ」
「俺達って結局地獄にいるのと同じだよな」
「その通りだケ」
 アースクェイクと幻庵も言う。
「あの二人と一緒になったばかりにな」
「修業と強制労働の日々だケ」
「では行こう」
「汗を流しに」
 キムとジョンだけが機嫌がいい。こうしてだった。
 彼等は先陣となり先に出陣した。二人以外にはだ。誰もが肩を落としての出陣だった。
 そしてだ。呂布もだった。出陣に向かう。しかしだ。
 呂布も晴れない調子だ。この彼女を見てだ。
 陳宮がだ。こう彼女に言うのだった。
「あの、恋殿」
「何?」
「出陣となったのです」
「うん、なった」
「あの、それでは今から何か食べるのです」
「食べる?」
「はい、食べるのです」
 呂布に笑顔を向けてだ。陳宮は言うのだった。
「御饅頭にしますか?」
「うん。それなら」
「御饅頭にするのです」
「うん、そうしよう」
 恋は力ない調子で頷いて返した。
「今から」
「はいなのです」
「ねね」
 呂布は陳宮の名前を呼んできた。
「それでだけれど」
「それで?」
「二人で食べる」
 こう陳宮に言う。そしてそれだけではなくだ。
 呂布はだ。彼女にこんなことも言った。
「できれば二人だけじゃなくて」
「他の人ともなのです?」
「月と。食べたい」
 こう言うのだった。
「一緒に。食べたい」
「月様となのです?」
「そう。月は都に間違いなくいる」
 呂布は茫洋とした感じで言うのだった。
「その証拠に詠は都を絶対に離れない」
「確かに。詠殿は月様を大事にされています」
「前から思っていた。だから離れない」
「そうなのです」
「そう。多分月が出て来ないのは」
「御身体が悪いのです?」
「多分悪くない」
 それをだ。呂布は察したというのだ。
「これは恋の勘だけれど」
「悪くないのならどうして出てこられないのです?」
「閉じ込められているのかも知れない」
 そうではないかというのだ。
「宮廷の奥深くに」
「宮廷の」
「だから出て来られない」
 そうではないかというのである。
「ひょっとしたら」
「だとしたら誰がそんなことを」
「よくあることだけれど」
 ここでまた言う呂布だった。
「死んだと思ってる奴が生きている」
「死んだと思っていても?」
「そう、実は生きている」
 それを言う呂布だった。
「となると」
「まさか。あいつが」
「あいつ?」
「そう、あいつ」
 こう言うのである。
「あいつが生きている」
「誰なのです、一体」
「張譲」
 呂布はこの男の名前を出した。
「あいつが」
「そんな筈はないのです」
 陳宮はだ。その名前を聞いてだ。
 驚いた声をあげてだ。呂布に対して言うのだった。
「あいつは死んだのです。処刑されたのです」
「誰が処刑した」
 そのことをだ。呂布は陳宮に問うた。
「張譲を処刑したのは誰」
「月様です」
「その月の姿が見えない」
 呂布はまたこのことを話した。
「ということは」
「そういえば張譲の骸も」
「誰も見ていない」
 そのこともだ。指摘されるのだった。
「そう、誰も見ていない」
「では」
「あいつは後宮の奥深くにいる」
 宦官の居場所にだというのだ。
「そこに潜んで今動いている」
「後宮にいるのです」
「そこには誰も入られない」
 それがだ。最大の問題だった。
 だからこそ宦官は厄介なのだ。最高の隠れ場所を持っているからだ。
 そしてそこから皇帝に取り入りだ。張譲の様なことが実際に起こるのだ。
 それをだ。呂布は今指摘するのだった。
「何処にいるかもわからない」
「ううむ。では一体どうすればいいのです」
 陳宮もだ。唸るばかりだった。
 軍師である彼女にもだ。こればかりはだった。
「ねねはどうしたい?」
「ねねは?」
「そう。ねねはどうしたい」
 呂布はこうその呂布に尋ねるのだった。
「張譲に対して」
「絶対に許せないのです」
 陳宮は両手を拳にして思いきりあげて言った。
「張譲をやっつけてやるのです」
「後宮に殴り込んで」
「流石にそれはできないのです」
 そう言われるとだ。それはとてもだった。
 陳宮は顔を曇らせてだ。こう呂布に答えた。
「後宮に入られるのは。誰もいないのです」
「そう。張譲には手出しできない」
 呂布はあらためてこのことを指摘した。
「今は絶対に」
「ではどうすれば」
「ここで大事なのは」
「大事なのは?」
「ねねの思う通りにすること」
 それがだ。大事だというのだ。
「恋も思う通りにする」
「恋殿もといいますと」
「これから恋達は出陣する」
 そのこともだ。話された。
「それに対してどうするか」
「ここで連合軍と戦っても何にもならないです」
 陳宮はこのことを話した。
「何の意味もないです」
「そう。無意味」
「無駄な血が流れるだけです」
「けれど敵は攻めて来る」
 これがだ。問題だというのだ。
「恋達が守るその関に」
「来るのです。どうすればいいのです」
「時間はあまりない」
 呂布はまた言った。
「それをどうするか」
「ううん、これは難題なのです」
「だからこそ。ねねはねねの思う通りにする」
 あらためてだ。彼女に言うのだった。
「そうするべき」
「ううん、ねねの思う通りに」
「恋もねねも月を救いたい」
 このことはだ。もう言うまでもなかった。
「だからここは思い通りにする」
「しかしそれではどうすれば」
「ねねは動かない?」
 呂布は陳宮の顔を見た。そうしてだ。
 彼女のそのまだ幼いがまっすぐの目を見てだ。そうして問うのだった。
「このまま動かないでいるつもり」
「そんなの絶対に嫌なのです」
 その問いには首を横に振って答える陳宮だった。
「何があろうともです」
「そう。なら動く」
 これが陳宮に言う言葉だった。
「そうする」
「ねねも動く」
「そう。恋はねねを信じてる」
 言葉は少ないがだ。それでもなのだ。
「だから。恋はそのねねを待つから」
「わかりましたのです。それでは」
 こうした話をしてだった。二人はだ。
 出陣する。だがその彼等はだ。目の前の敵を見ておらずだ。真の敵を見ているのだった。
 連合軍も出陣した。先陣はだ。
 話通り劉備だった。彼女の緑の軍勢を見てだ。
 第二陣であり総大将でもある袁紹がだ。面白くない顔をしていた。
 そしてその顔でだ。こう言うのだった。
「ううむ、劉備さん達が心配ですわ」
「そう?全然大丈夫でしょ」
 横にいる曹操が彼女に返す。
「あの娘ならね」
「いえ、若し何かあれば」
「何かあれば?」
「わたくしが救援に向かいますわ」
「そう言って自分が前面に出たいだけでしょ」
 やれやれといった顔で突っ込みを入れる曹操だった。彼女達にしても既に出陣の用意を整えている。そのうえでだ。彼女達は劉備を見て話すのだった。
「先陣で」
「ですから大将ともあろう者が後方にいるなどとは」
「それで弓矢が額にぶすりってなったらどうするのよ」
「そんなことは絶対にありませんわ」
 自分が討たれるとは夢にも思っていない袁紹だった。
「わたくしが矢に負けるなどとは」
「そう言って死んだ人間は多いわよ」
 また呆れた声で言う曹操だった。
「大体総大将が先陣切って戦うって。家臣はどうなるのよ」
「皆さんも共にですわ」
「全く。そのでしゃばりは変わらないわね」
 曹操の呆れた言葉は変わらない。
「本当に死ぬわよ、何時か」
「ううむ、言ってくれますわね」
「その性格は全然変わらないわね」
 今度はだ。そうした話になった。
「子供の頃から」
「だから何だというのですの」
「それで何度秋蘭が困ったか」
 曹操は困っていない。そこもまた問題だった。
「人様に迷惑をかけるのはよくないわよ」
「かく言う貴女はどうですの?秋蘭をいつも困らせてますわね」
「それはまああれよ」
「あれとは?」
「私達の仲だからいいのよ」
 かなり強引にそういうことにする曹操だった。
「そういうことなのよ」
「随分と酷いことを言いますわね」
「いいのよ。夜に愉しませてあげてるから」
 だからだ。いいというのだ。
「いいじゃない」
「わたくしに言われましても仕方ありませんわ」
「本人に言わないとっていうのね」
「そうですわ。とにかくわたくしは」
「何度も言うけれど先陣は劉備に任せていいから」
 それは釘を刺す曹操だった。
「安心して出陣しなさい」
「ううむ、先頭で戦わない限りはどうにも」
 気が済まないという袁紹だった。その彼女を見てだ。
 夏侯惇はだ。納得した顔で言うのだった。
「その通りだがな」
「姉者、そこでそう言うか」
「いや、麗羽殿は正論ではないのか?」
 彼女は袁紹を支持するのだった。この場合はだ。
「将ともあろう者が後ろにいてはだ」
「それはその通りだが」
「秋蘭はよくないというのか?」
「総大将だぞ。それが前に出て何かあればだ」
「困るというのか」
「その場合どうなるのだ」
 夏侯淵が言うのはこのことだった。実際に姉を少し咎める顔で見ている。
「軍が瓦解してしまうぞ」
「ううむ、それではか」
「そうだ、流石にそれはよくない」
 夏侯淵は慎重な彼女の考えを話す。
「気をつけねば」
「私なら真っ先に突っ込むがな」
「姉者はそれでいいのだ」
「私はか」
「そうだ。姉者はそれでいいのだ」
 夏侯惇はだ。いいというのだ。
「麗羽殿は将は将でも将の将だからな」
「それならばはか」
「そうだ。おいそれと前に出るべきではない」
「将の将は」
「華琳様にしてもだ。そうおいそれと前に出られないな」
「それは我等の役目だ」
 曹操の話が出るとだ。夏侯惇はすぐに強い声で言った。
「華琳様に何かあればどうするのだ」
「そういうことだ。これでわかってくれたな」
「そうなのか」
「そうだ。姉者にしてもだ」
 妹は今度は姉に顔を向けて言うのだった。
「用心してくれ」
「迂闊に突っ込むなというのか」
「くれぐれも軽挙妄動は謹んでくれ」
 こうだ。姉に言うのである。
「何かあれば私も悲しいし華琳様もだ」
「だからか。軽挙妄動はか」
「何があっても謹んでくれ」
「わかっているが」
「わかってないよね」
「絶対にそうだよな」
 ここで顔良と文醜が言う。二人も共にいるのだ。
「夏侯惇さんって昔から頭ではわかっていても」
「身体ではわかってないんだよな」
「身体が自然に動いちゃう人だから」
「それがやばいんだよな」
「だがそれが姉者のいいところだ」 
 夏侯淵は微笑になってその二人に話す。
「可愛い方なのだ」
「わ、私が可愛いだと!?」
 姉は妹の今の言葉に顔を真っ赤にさせて戸惑いを見せる。
「馬鹿を言え。私は生粋の武人だぞ。その私が何故可愛いのだ」
「いや、性格がな」
「可愛いんだよ」
 マイケルとミッキーがそうだと話すのだった。彼等も出陣の準備をしている。その中でだ。彼等はこんな話を楽しくしているのである。
「夏侯惇さんの性格ってな」
「俺達から見てもそうだからな」
「私の性格が可愛いのか」
「外見は奇麗系なのにね」
「凛々しい感じだけれどな」
 また顔良と文醜が話す。
「性格はね」
「素直で照れ屋でな」
「ううむ、そう言われたことはなかったが」
 夏侯惇は困った顔で話していく。
「そうなのだろうか」
「そうだ。だから姉者はいいのだ」
 夏侯淵は微笑んだままで姉に話す。
「天真爛漫なのがいいのだ」
「だといいのだがな」
 口を少し尖らせ頬を赤らめさせたままで応える夏侯惇だった。そんな話をしながらだ。
 連合軍も出陣するのだった。戦いは避けられない、誰もがそう見ていた。


第七十八話   完


                      2011・4・19







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