『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第六十二話  三姉妹、書から離れるのこと

 三姉妹は今自分達の天幕にいた。そこは流石に立派なものだった。
 赤い絨毯が敷かれ幕も絹だ。それを天幕の中で飾ってだ。その中で大きな円卓に座ってだ。そのうえで三人でその卓を囲んでお菓子を食べていた。
 その中でだ。張角が妹達に尋ねた。お菓子は四角く黄色い麦を焼いたものだった。
「このお菓子美味しいね」
「そうね」
 張梁が姉の言葉に応える。
「このお菓子何ていったっけ」
「カステラよ」
 それだとだ。張宝が答える。彼女もそれを食べている。
「それよ」
「カステラなの」
「そう。カステラ」
 こう話すのだった。
「バイスさんとマチュアさんが作ってくれた」
「あの人達ってお菓子作れたのね」
「そうみたいね」
 張角と張梁が二人のことを話す。
「御姉ちゃんそういうことは駄目だけれど」
「姉さん自分でお料理したことある?」
「ないよ」
 あっけらかんと答える張角だった。
「そういうことはね」
「でしょ?それじゃあ駄目よ」
「だって。私食べる方が好きだから」
 それが理由だというのだ。
「そういうのは」
「全く。そんなことだから」
「駄目だっていうの?」
「そうよ。姉さんもしっかりしないと」
「だって。御姉ちゃんしっかりしたこと一度もないのよ」
「だから。それが駄目なのよ」
 張梁は呆れた顔で姉に言う。三人はこの状況でも呑気なものだった。
 そしてだ。外での騒ぎが耳に入ってだった。
「あれっ、外が騒がしいよ」
「何かしら」
 張角と張梁その騒ぎに気付いて顔をあげた。
「まさか官軍?」
「遂に来たとか」
「少し見て来る」
 張宝がここで言った。
「姉さん達は待ってて」
「うん、それじゃあ」
「人和、御願いね」
「わかったわ」
 こうしてだった。張宝が見に行った。二人は相変わらずそのカステラを食べ続ける。暫くして張宝が顔を曇らせて天幕に戻ってきて言う。
「姉さん達大変よ」
「まさか官軍!?」
「本当に来たの!?」
「官軍が来たのは確かみたいだけれど」
 それはもう察している張宝だった。だがここではだった。
「けれど」
「けれど!?」
「何かあったの?」
「来てみて」
 こう姉達に言う張宝だった。
「大変なことになってるから」
「大変なことって」
「だから何よ」
「いいから。とにかく来て」
 こう言って姉達を連れ出す。そして目の前にだ。袁術達を見たのだった。
「な、何よあれ!」
「歌ってるの。あの娘達が」
 張宝はこう張梁に話す。
「そうしてるの」
「あの娘達凄く上手いね」
 張角は無邪気に自分の手と手をその胸の前で組み合わせて言った。
「三人共」
「姉さん、何呑気なこと言ってるのよ」
 しかしだった。張梁はその姉にきつい顔を向けて告げた。
「若しここで黄巾軍が向こうになびいたらどうなるかわかってるの?」
「どうなるの?」
「そこに官軍が来て」
 張宝も長姉に話す。
「私達捕まって」
「捕まって?」
「終わりよ」
 こう長姉に話した。
「そうなったら」
「終わりっていうと」
 張角は末妹の言葉を聞いてその視線を一旦上にやった。そうしてそのうえでだ。
 右手を自分の首のところにやってだ。左から右に引いた。
「こういうこと?」
「だからそうよ!」
 張梁がまた告げた。言葉が荒くなっている。
「姉さんそうなっていいの!?」
「そんな、御姉ちゃんまだ死にたくないよ」
 やっと状況を理解した張角だった。
「もっともっと歌いたいし美味しいもの食べたいのに」
「そうよね。だったらよ」
「私達も対抗しないと」
「そ、そうね」
 遂に意を決した顔になる張角だった。そしてそこにだ。
 程遠志達が来てだった。三姉妹に話してきた。
「天和様、ここは」
「是非です」
「舞台を!」
「う、うん。そうだね」
 張角が最初に応えた。
「それじゃあ今すぐに」
「いい、行くわよ」
「ええ。それじゃあ」
 張梁と張宝も続いてだった。そうしてであった。
 三人も舞台を出した。そのうえでだ。
 歌いはじめる。それを聴いてだ。
 黄巾軍はだ。そちらにも顔を向けてだ。歓声をあげた。
「ほっほーーーーーう!」
「天和ちゃーーーーーん!」
「地和ちゃーーーーーん!」
「人和ちゃーーーーーん!」
 三人それぞれへの応援もある。その後ろではだ。
 今では程遠志達が楽器を演奏している。彼女達はそれも担うようになっていたのだ。当然三姉妹の傍にいて護衛する意味もある。
 その中でだ。張梁が言う。
「皆あたし達の歌を聴いて!」
「ほっほーーーーう!」
「聴くよ!」
「三人の歌!」
 こうしてだった。流れは三姉妹の方に流れた。それを見てだ。
 袁術がだ。あたふたとなりながら左右の二人に問うた。
「う、やっぱり凄いのじゃ。どうすればいいのじゃ?」
「いえ、ここはです」
「はい、一つしかありません」
 張勲と郭嘉もいささか狼狽しながら袁術に答えた。
「私達も歌いましょう」
「このまま」
「それしかないのじゃ?」
「そうです、やはり」
「それしかありません」
 これが二人の言葉だった。
「ですからここは」
「御気を確かに」
「わ、わかったのじゃ」
 二人に言われてだ。袁術は何とか気を取り戻した。
 そしてだ。二人にあらためて言った。
「それではじゃ。さらにじゃ」
「はい、歌いましょう」
「ここは」
「後ろも頼むぞ!」
 草薙達にも声をかける。
「そなた達の力も必要じゃ!」
「おっ、あの姫様あれで」
「そうですね」
 袁術の今の言葉にだ。テリーとナコルルが話す。
「いいところあるな」
「仲間思いでもあるんですね」
「はい、美羽様はですね」
 二人に張勲が話してきた。
「人見知りなんですよ、あれで」
「へえ、誰にもって訳じゃないんだな」
「繊細な方なんですか」
「はい。ただ」
 ただしというのであった。ここで。
「慣れると。ああですから」
「ううん、ややこしい人だな」
「けれど。悪い人じゃないんですね」
「美羽様は悪人ではないです」
 張勲はそれは確かだと言った。
「けれど」
「そこでけれどなんだな」
「袁術さんは」
「好きな相手をいじるところがありますから」
「それでその陽子さんって人か」
「いつもなんですね」
「はい、そういうことです」
 こうだ。にこりと笑って話すのだった。しかもそれをだ。
 郭嘉がだ。微妙な顔で見てだ。そのうえで袁術に話した。
「あの、美羽様」
「ん?どうしたのじゃ凛」
「いえ、やはり七乃さんの方が私よりも」
「な、何故そう言うのじゃ!?」
 そう言われてだ。袁術は明らかな焦りを見せた。
「わらわは凛はじゃ。何よりも大切にじゃ」
「ですが七乃さんは美羽様をよくご存知です」
 困ったような顔でだ。袁術を見ての言葉だった。
「それは」
「それはじゃな。七乃はわらわが幼い頃から共にいてじゃ」
「ご幼少の頃から。ではやはり」
「いや、だからわらわはじゃな」
「駄目ですよ、美羽様」
 ここで張勲が来て煽りにかかる。
「凛ちゃんはもう私といい仲なんですから」
「何ィ!?凛は取るなと言った筈じゃ!」
「ですがもうなってしまいましたから」
「凛、それはまことか!?」
「いえ、私はそんな」
 舞台でだ。何やら妙な言い合いをはじめた。そしてそれがだった。
「何かああしたやり取りもな」
「可愛いよな」
「そうだよな」
「本当にな」
 それも受けたのだった。見事なまでにだ。
「いいぞ!」
「その調子だ!」
「どんどんいけ!」
「人気がさらに出てるの」
 于禁がそれを車の中から観て笑顔になる。
「この調子なの」
「ううん、見ているこっちが恥ずかしゅうなるわ」
 李典も見ていた。そのうえでの言葉だった。
「あの三人。完璧百合やん」
「曹操殿と同じだな」
 趙雲は彼女尾名前を出した。
「ただ。あの三人はな」
「まんま痴話喧嘩やな」
 李典は一言で切り捨てた。
「それも愉快なな」
「見たところ張勲殿には余裕があるが」
 楽進が見てもそうだった。
「しかし。袁術殿と凛殿は」
「ううん、真剣に焦ってるの」
「完璧青煽らさせられてるな」
「だがそれがいい」
 趙雲は楽しげに笑って述べた。
「それが受けているしな」
「そうだな。歌以外でもいけるのだな」
 楽進は納得した顔で述べた。
「ああしたやり取りもか」
「ええんやな。ちょっと勉強になったわ」
 李典が言うとだ。ここでだ。
 馬超がだ。こう言ってきた。
「おい、何かな」
「どうしたの?」
「ちょっと車の札の調子がおかしいんだけれどな」
 こう于禁に答える。
「あのおっさんの札な」
「誰がおっさんだ!」
 すぐに華陀から声が来た。
「御兄さんと呼べ!」
「では幾つなのだ?」
 張飛がその年齢を尋ねた。
「考えてみればそれが一切わからないのだ」
「うむ、百二十歳だ」
 素直にその年齢を述べた華陀だった。
「独自の運動をしていてな。病気一つしたことない」
「待たんかい」
 すぐにだ。李典が顔を顰めさせて突っ込みを入れた。
「あんた百二十歳やったんか」
「そうだが?まだまだ若いな」
「立派なお爺ちゃんやろが。何や百二十って!」
「だからだ。俺はお兄さんだ」
「全然ちゃうわ!仙人か!」 
 李典はここまで言った。
「何処まで若作りなんや!」
「そうなの、ちょっと有り得ないの」
 于禁も顔を顰めさせて言う。
「華陀さんどうやったらそこまで若いままでいられるの」
「うむ、だからそれは独自の運動でな」
「それ是非教えて欲しいの」
 何時の間にか話が変わってきていた。
「沙和もそれして。ずっと可愛いままでいたいの」
「うむ、それではだな」
「だからな。ああ、華陀兄さんな」
 馬超はその華陀に気を使ってこう呼んだ。そのうえでだった。
「それで札がな」
「まずいな、思ったより長引いた」
 馬超の話からだ。華陀も悟って言った。
「札の効き目が切れてきたか」
「じゃあもうすぐ」
「ああ、術が解ける」
 こう黄忠にも話す。
「歌や演奏はできるがな」
「けれど術はなのね」
「そういうことだ。あの三姉妹にはあの書がある」
 華陀は危惧する顔で話していく。
「術の効果は無尽蔵だ」
「何っ、それではだ」
「このままだと」
「そうだ、負ける」
 華陀は関羽と楽進にも話した。
「三姉妹にな」
「撤退することも考えるか」
 趙雲は真剣な顔になって述べた。
「それもな」
「残念やな。折角ここまできたのにな」
「けれどよ。術が切れたらよ」
 馬超が眉を顰めさせる李典に話す。
「あたし達黄巾軍のど真ん中にいるからな」
「只では済まないわね」
 黄忠もその流麗な眉を顰めさせている。
「それなら。安全なうちに」
「そうするしかないんやな」
「けれど残念なの」
 于禁は心から残念そうであった。
「本当にもう少しだったのに」
「けれど仕方がないな。それならだな」
 華陀も撤退に傾いた。そうした話をしているうちにだ。
 遂に札の力が切れた。するとだ。
 観客である黄巾軍の面々がだ。目が覚めた様な顔になった。
「んっ、何だ?」
「何か急にな」
「ああ。落ち着いてきたな」
「そうだよな」
 こうそれぞれ話すのだった。そしてだ。
 そんな彼等を見た張梁がだ。会心の笑みを浮かべて言った。
「どうやら向こうも術使ってたみたいね」
「そうね」
 張宝も次姉の言葉に頷く。
「どうやらね」
「けれどそれが切れたみたいね。それならよ」
「それなら?」
「こっちの勝ちよ」
 こう姉妹に言うのだった。その会心の笑みで。
「こっちの術は無尽蔵だからね」
「それなら姉さん」
「ええ、やるわよ!」
 そしてだった。宝貝を使って叫んだ。
「皆、いい!?」
「おっ、地和ちゃん」
「何だ?」
「どうしたんだ?」
「あの連中やっつけて!」
 こうだ。袁術達を指差して叫んだのだった。
「追い出して。ここから!」
「追い出すって」
「ちょっとなあ」
「あの娘達も歌上手いし」
「可愛いしな」
「そこまではなあ」
「そうだよな」
 しかしだ。元々只の追っかけである彼等はだ。そう言われてもすぐには動かなかった。好戦的な人間は殆どいない状況なのである。
「仲良くやればいいじゃないか」
「そうそう」
「御互いの歌を聴いてさ」
「楽しくさ」
 こう言う有様だった。しかしだ。
 袁術達はだ。術が切れてあたふたとなっていた。
「ど、どうするのじゃ!」
「ど、どうしましょう」
 流石に張勲も今は焦ってどうしようもない。
「このままですと」
「そうじゃ、あの連中に捕まってしまうぞ!」
「捕まったらそれこそですよ」
「ええい、わらわはまだ死にたくないのじゃ!」
 袁術は真っ青になって叫ぶ。
「とにかくじゃ。どうにかするのじゃ!」
「撤退しかありません!」
 郭嘉は流石に軍師だった。冷静さを保ちながら言う。
「今のうちに」
「それしかないな」
「今はな」
 草薙と八神が彼女の言葉に頷く。
「とりあえず後詰は任せろ」
「容赦はしない」
 それぞれの手に赤と青の炎を出しての言葉だった。
「大抵の奴ならな」
「幾ら来ても問題ではない」
 二人も覚悟を決めていた。しかしだ。
 黄巾軍はまだ動かない。張梁もそれを見て焦りを感じていた。
 そしてその焦りを顔に見せてだ。また宝貝を使って叫んだ。
「皆、やっちゃえーーーーーっ!!」
 するとだ。張梁を中心としてだ。黒い波動が湧き起こった。
 そしてそれが黄巾軍を覆いだ。そうして。
 彼等がだ。明らかに変わった。
「そうだよな」
「ああ、あの連中な」
「追い出そう」
「歯向かうならな」
「やってやろうか」
「ああ、そうしような」
 こうしてだった。車を徐々に取り囲んでだ。迫ってきていた。
「あいつ等、敵だ」
「俺達の敵だ」
「それならだ」
「追い出せ」
「最悪殺してもな」
「構うものか」
 虚ろな声で言いながらだ。迫って来る。それを見てだった。
「まずい、このままじゃあ」
「ああ、そやな」
「これ以上ここにいては危険だ」
 李典と楽進が華陀に応える。
「今ならまだ間に合う!」
「ほな、全速力で行くで!」
「真桜、頼んだぞ!」 
 車を出そうとする。そしていざという時に備えて。
 関羽達も得物を手にする。草薙達が身構える。
「今日、無様な姿を晒すか」
「へっ、それは手前が一番許さねえことだろ」
「当然だ。貴様を倒すのはだ」
 二人は車のすぐ後ろに立ちそれぞれの炎をたゆらせながら話す。
「この俺だ」
「ああ、手前を倒すのもな!」
 草薙も八神に言い返す。
「この俺だからな」
「どちらにしてもやるか」
 テリーも出て来ている。
「手荒な真似はしたくないがな」
「この場合そうも言ってはいられぬ」
「やるしかないな!」
 趙雲と馬超もそれぞれ槍を手にしている。全員戦うつもりだった。
 しかし一人だけ違っていた。劉備がだ。車から出てこう言うのだった。
「ここはね」
「ここは?」
「御姉ちゃんは中にいるのだ」
 その彼女に関羽と張飛が慌てて言う。
「姉上は中におられよ!」
「武器なしでは危ないのだ!」
「ううん、それはかえって駄目よ」
 こうだ。二人の妹に話すのだった。
「歌には歌でよ」
「し、しかし今は」
「とてもそんな状況じゃないのだ」
「歌が好きな人に悪い人はいないから」
「リョウ殿は例外だな」
「あいつは音楽の才能がないだけなのだ」
 さりげなくリョウのことも話される。
「とにかくだ。今は」
「物凄く危ないのだ」
「いえ、けれど」
 それでもだと言ってだ。劉備は迫る黄巾軍の前に出てだ。
 微笑み。そのうえで歌いはじめたのだった。
 その歌を聴いてだ。黄巾軍の動きがまた止まった。
「なっ!?」
「この歌もな」
「ああ、いいよな」
「何か。聴いてると」
「落ち着くよな」
「そうだな」
 彼等はだ。それまでの野蛮さからだ。元の穏やかさを取り戻して話すのだった。
「何か追い出すとかな」
「馬鹿馬鹿しいよな」
「全くだな」
「それは」
 彼等は動きを止めてしまった。そうして。
 袁術達もだ。それを聴いてだった。
「いい歌じゃな」
「そうですね。劉備さんの歌ですけれど」
「心に滲み入ります」
 二人が袁術に話す。
「黄巾軍の動きも止まりましたし」
「凄いことです、これは」
「わらわ達も歌うのじゃ」
 ここで袁術はその二人に言った。
「そうするのじゃ。こんないい歌歌わずにいられないのじゃ」
「そうですね。じゃあ私達も」
「歌いましょう」
 こうしてだった。三人も歌う。そして。
「ふむ。これはな」
「そうだな。あたし達もな」
「歌おう」
「そうするのだ」
 趙雲の言葉にだ。馬、関羽、それに張飛が続く。黄忠もだった。
「歌は。あまり歌わないけれど」
「けれど。この歌は」
「めっちゃええ歌やし」
「歌わずにいられないの」
 楽進、李典、于禁と共にだ。歌いはじめた。テリー達も。
「演奏に戻るか?」
「戦わなくていいんだな」
「あれだけの数でもか」
「じゃあ戦いたいか?今」
 テリーは微笑んでだ。こう草薙と八神に問うのだった。
「この歌を聴きながらな」
「いや、それは」
「俺もその気はなくなった」
「そういうことだ。じゃあな」
「戻るか。演奏にな」
「音楽を邪魔することは俺の流儀じゃない」
 こうしてだ。彼等も演奏に戻った。ナコルルが言う。
「じゃあまた」
「ああ、はじめような」
 テリーが笑顔で応えだった。演奏をはじめた。するとだ。
 歌と演奏でだ。何もかもが変わった。殺伐なものは完全に消えて。そうしてそのうえで和が世界を支配した。そしてその和は。
 三姉妹にも届いていた。それを聴いて最初に張宝が言った。
「この歌を聴いてると」
「何よ、あの連中追い出したくないっていうの!?」
「ええ」
 その通りだとだ。張宝は張梁に答えた。
「聴いているだけで」
「何言ってるのよ!ここで諦めたら!」
 張梁の顔が変わっていた。その顔は。
 ドス黒く険のある顔になってだ。そうして姉妹に言うのだった。
「終わりなのよ、あたし達!」
「けれどもう」
「駄目よ、まだ!」
 その顔でだ。妹に言う。
「こんなところで!」
「姉さん」
 妹が次姉を止めようとする。そうして。
 張角はその音楽を聴いていた。それと共に。
 これまでのことを思い出すのだった。
 幼い時に三人で仲良く歌いはじめた時のこと。旅芸人をはじめた時、そして人気が出て応援する者達と楽しくやっていた時、そうしたことを思い出して。
 そのうえでだ。こう妹達に言った。
「もういいじゃない」
「えっ、どういうことよ!」
「姉さん、一体」
「この歌、邪魔できないから」
 まずは劉備の歌について言った。
「それにね」
「それに!?」
「それに」
「今こうして暴れるのって。私達の欲しいものじゃないから」
 そのことも言うのであった。
「だから。もう止めましょう」
「な、何言ってるのよ!」
 張梁は姉に対しても言った。
「姉さん、今諦めたら」
「皆を巻き込んで。何かをするのってよくないわ」
 だが、だった。張角の言葉は変わらない。あくまでこう穏やかに言うのだった。
「だからね」
「それでって」
「いいっていうの」
「そうよ。もう」
「だから駄目よ!」
 まだ言う張梁だった。その顔はさらに険しいものになる。
「あたし達、絶対・・・・・・」
「姉さん・・・・・・」
 ところがだった。ここでだった。
 張梁は急に力を失いだ。前に倒れていく。その彼女を張角が受け止めた。
「まさか」
「そうね。あの書の力で」
 姉妹で次姉を支えながら話す。
「地和ちゃん、おかしくなっていたのね」
「じゃああの書は」
「元々。私達が持ったらいけないものだったのよ」
 張角は目を伏せてこう言った。
「あの書は」
「じゃあやっぱり」
「ええ」
 こう張宝に応えてだ。意を決した顔になってだ。
 宝貝を手にだ。こう言うのだった。
「皆、聞いて!」
「あれっ、天和ちゃん」
「何だ?」
「どうしたんだ?」
 皆その彼女に顔を向ける。そしてその言葉を聞く。
「黄巾党はこれで解散します!」
「えっ、解散!?」
「そうするって!?」
「まさか!」
「そんな、天和様!」
 程遠志もだ。彼女に声をかけてきた。
「解散とは」
「宜しいのですか?」
「折角ここまで来たのに!」
 下喜達も言う。しかしだった。
 それでもだった。張角は晴れ渡り、そして確かな顔で続けた。
「もういいの」
「そんな、あれだけ苦労されてきて」
「それでここで解散とは」
「そうされるとは」
「今こうして暴れ回っても。誰も幸せにならないから」
 それでだとも話す張角だった。
「だから」
「そうですか」
「それでなのですか」
「だからこそ」
「ええ。三人共今まで有り難うね」
 親衛隊の三人にもだ。笑顔で話した。
「じゃあこれからは」
「わかりました」
「それなら」
 三人も納得した顔になり頷いた。そうしてだった。
 彼女達ももう何も言わなかった。三姉妹を見守るだけだった。
 彼女達を後ろにしてだった。張角はさらに言った。
「私達普通の女の子に戻ります!」
「じゃあ本当に」
「これで解散なんだ」
「本当なんだ」
「皆今まで有り難う!」
 張角はまた言った。
「これで。さようなら!」
「また会おうな!」
「忘れないから!」
「ずっと!」
 黄巾軍の面々も声援を送る。こうしてだった。
 黄巾軍は解散となった。そしてだ。
 物見をしている馬岱と典韋は少し能天気にだ。森の中で話していた。
「皆何か凄く楽しそうだね」
「そうだよね」
 こうだ。にこにことして二人で話していた。
「何か私達もね」
「行きたかったよね」
「けれどこれも仕事だし」
「仕方ないわね」
「そうそう、それでね」
 馬岱はここで話を変えてきた。
「典韋ちゃんって元々料理人だったよね」
「うん、そうなの」
 料理の話になった。すると典韋の顔がさらに明るいものになった。
「ずっとね。陳留で働いていたの」
「そうなんだ。お料理自身あるんだ」
「それなりにだけれど」
「うちにも料理得意な人がいるけれど」
「黄忠さんよね」
「あとね。ロック君とか」
「ロック君っていうと別の世界から来た?」
「そうだよ。ロック=ハワードっていうんだ」
 こう彼のことを話すのだった。二人は狼煙に使う台を囲んで座って話している。
「強いだけじゃなくてお料理もできるんだ」
「あっ、それって華琳様みたいね」
「曹操さんに似てるからな」
「馬岱ちゃんのお話聞く限りはね」
「そうかな。性格は全然違うから」
「そうなんだ」
「うん。格好いい性格だよ」
 ロックの性格をだ。こう典韋に話した。
「テリーさんに似た感じでね」
「じゃあいい人なんだ」
「元々あっちの世界でテリーさんと一緒にいたらしいし」
「だからなんだ」
「そうだよ。あっちの世界も色々ある世界みたいだけれど」
「そうだよね。あっちの世界は格闘家が多くて」
 このことは二人もよくわかっていた。実に多くの格闘家達が来ているからだ。その彼等と実際に会いそして話をしているからだ。
 そのことを話していた。するとだ。
 許緒がだ。二人のところに来た。そしてこう言った。
「向こう終わったよ!」
「あっ、終わった!?」
「凛さん達上手くいったの」
「うん、狼煙があがったよ!」
 こう二人に言うのだった。満面の笑顔で。
「成功の赤い狼煙がね」
「そう、じゃあ」
「そうね。すぐに私達もね」
 馬岱と典韋は顔を見合わせてだ。満面の笑顔で言い合った。
 そしてそのうえでだった。彼女達も狼煙をあげたのだった。
 それを本陣で見た曹操はだ。満面の笑みでだ。こう傍らに控える程cに話した。
「成功したわね」
「はい。凛ちゃんやってくれました」
「そうね。あの娘は鼻血と策だけじゃなかったのね」
「彼女の歌は絶品ですから」
 程cは穏やかな笑みで曹操にこのことを話した。
「そう簡単に負けることはないと思っていましたから」
「そうね。袁術と張勲も上手だったし」
「草薙さんの作詞もよかったかと」
「彼ね。私はそっちの趣味はないけれど」
 それは前置きしてからの言葉ではあった。
「けれどそれでもね」
「いいと思われますね」
「大事を成すことのできる者ね」
 草薙をだ。こう評するのだった。
「必ずね」
「はい。華琳様とはまた違う日輪かと」
「ええ。彼もまたね」
「それでなのですが」
 ここでだ。程cは曹操にこう言ってきた。
「黄巾軍の処罰ですが」
「それね。ちょっと詳しく話し合いましょう」
「わかりました。それでは」
「ただ、ね」
 曹操はここでだ。程cにふとした感じで述べた。
「あの三姉妹だけれど」
「彼女達ですか」
「黄巾軍の面々も含めて簡単に処罰するのもね」
「よくないというのですね」
「首を切るのは簡単よ」
 一応この処罰も述べはした。
「けれど、ね」
「そもそも三姉妹はあの書をどうして手に入れたのでしょうか」
「それも気になるし」
「思うのですが」
 程cの目が少し顰めさせられた。
「あの三姉妹が書を手に入れた訳ではないと思います」
「自分達で望んでではなくね」
「誰かに手渡されたのでは」
 こう述べる程cだった。
「そんな気配がしますが」
「あの書はそれこそ天下を左右できるだけの力があるわ」
「しかし彼女達にそんな野心はありません」
「ただ。旅芸人として有名になりたいだけよね」
「そして美味しいものを食べて人気者になりたいだけです」
「そんな娘達が天下を乗っ取るとか」
「考えられません」
 程cは三姉妹のことを読みきっていた。まさにその通りだった。
「張角に鉈や刀を持たせたら危険でしょうが」
「けれどそれ以外はなのね」
「はい、何の危険もない娘達です」
 まさにそうだというのであった。
「ですから。三姉妹を処罰してもです」
「問題の解決にはならないわね」
「そう思います」
「わかったわ。とにかく」
 曹操はあらためて程cに述べた。
「劉備達が戻ってきたら。あらためて話し合いましょう」
「御意」
 こうしてだった。曹操は劉備達の帰還を待ってそのうえで話をするのだった。天幕の中でだ。曹操が話を切り出したのであった。
「さて、乱の処理だけれど」
「乱を起こしたのは事実ですね」
「それは」
 孔明と鳳統がまず言った。
「ですからそれへの処罰は」
「絶対にですね」
「ええ。ただ」
 ここでだ。曹操はこう一同に言った。
「あの三姉妹と黄巾軍よりもね」
「といいますと?」
「その後ろにいる人間を処罰すべきね」
 こうだ。荀ケに述べたのだった。
「彼女達よりもね」
「後ろのですか」
「貴方はどう思うかしら」
 曹操は華陀を見た。そのうえで彼に問うのであった。
「あの娘達が自分の意志で乱を起こしたと思っているかしら」
「それはないな」
 華陀もすぐに答えた。
「おそらくな。あの書はより大きな力の中にある」
「その力の持ち主こそが問題ね」
「そうだ。あの三姉妹はただ操られていただけだ」
「けれど。乱を起こしたのは事実よ」
 荀ケはそれを言う。
「処罰はしなければいけないわ」
「けれど。あの娘達は自分達から解散して書も手渡してくれるっていうし」
 劉備は三姉妹の擁護に回っていた。
「だからここは」
「貴女はそう言うのね」
「いけませんか?」
「前の私だったらそう言ってたわね」
 ところがだった。ここで荀ケはこう言うのだった。
「三人は斬首、黄巾軍の面々は生き埋めよ」
「乱を起こしたから」
「けれどね」
 ここでだ。荀ケは覇王丸達を見た。彼等も共にいるのだ。
「全く。私もおかしくなったわよ」
「おいおい、俺のせいかよ」
「あんたの話を聞いたらどうもね」
 こうだ。苦笑いと共に覇王丸と話すのだった。
「そうした処罰をしてもね」
「ああ。大事なのはな」
「人を斬るんじゃなくてその後ろにいる邪なものを斬るのね」
「アンブロジアがそうだったからな」
 彼がかつて戦ったその邪神の名前を出した。
「まあこの世界にはいないがな」
「あんな無茶苦茶な存在がこの世界にもいたらたまったものじゃないわよ」
 荀ケはその邪神がこの世界には絶対にいないと確信していた。それは他の面々も同じだ。
「けれど。今回もそれよね」
「ああ。天草達と同じでな」
「その後ろにいる存在が問題であって」
「三姉妹はそんなに重い処罰をしなくてもな」
「いいわね」
「そういうことね」
 曹操は二人の話がまとまったところで述べた。
「三姉妹の処刑も黄巾軍の生き埋めもしないわ」
「そうですか」
 それを聞いてだ。劉備はほっとした顔になった。そのうえで言うのだった。
「曹操さん、有り難うございます」
「その後ろにいる誰かは絶対に処罰するけれどね」
 彼はそうするというのだった。
「容赦しないわ」
「ああ、そういう奴は斬らないとな」
 ガルフォードが述べた。
「どうしようもないからな」
「その通りね。何もならないわ」
 曹操もそれは同意だった。
「だからその誰かは徹底的に探すわ」
「ではそれを大将軍にもですね」
 荀ケがまた話す。
「お伝えしてですね」
「そうするわ。もっとも」
 ここでだ。曹操は目を顰めさせてこんなことを言った。
「宦官の連中が仕組んだ乱っていうのも考えられるわね」
「確かに。あの連中がこの乱を口実に大将軍を攻撃して失脚させるということも」
「考えられますね」
 夏侯姉妹も曹操の今の言葉に応えて述べた。
「とりわけ乱の平定を命じられた我々がそれをしくじれば」
「そうなれば奴等の思う壺です」
「その通りよ。まあ確かなことはこれから調べるけれどね」
 曹操は姉妹にこう述べた。
「とりあえず処罰はだけれど」
「はい、それは」
「どうされますか?」
 曹仁と曹洪がそのことを問う。
「その処罰は」
「どのようなものを」
「まずは黄巾軍ね」
 彼等から話すのだった。
「彼等は。罪の軽い、とはいっても全員どうも大したことはしてないみたいだけれど」
「軽い面々は」
「どうされますか?」
「このまま徐州に帰っていいわ」
 要するに処罰はしないというのだった。
「叱責程度でね」
「わかりました」
「彼等はそれで」
「それで罪が重い連中は私達で預かりましょう」
 彼等はそうするというのだった。
「まあ。労働でもしてもらいましょう」
「あの、それでしたら」
 ここでだ。韓浩が出て来た。そうして曹操に話した。
「一つ考えがあるのですが」
「凛、何かしら」
「はい、労働は土地を耕させましょう」
 まずはその労働の内容から話した。
「そしてそれと共にです」
「それと共に?」
「兵役にも就かせましょう」
 それもだというのだ。
「いざという時の戦力にするのです」
「つまり兵に開墾等をさせるのね」
「はい、まだ予州等は土地が荒れているところがありますし」
「そうね。いい考えね」
「はい、それでは」
「ええ。黄巾軍はそれでいいわ」
 彼等への処罰はこれで決まった。
「それで三姉妹は」
「適当に歌わせておけばよいではないか」
 袁術がここで素っ気無く言った。
「あの連中元々歌が好きなのじゃ。罰としてあちこちを回らせて慰問でも何でもで歌わせておけばいいではないか」
「!?そう言うのね」
 これには曹操もだ。目を瞠った。
「各地の慰問に」
「処罰だから金は渡さずともよいではないか。それで終わりじゃ」
「貴女それ考えずに言ってない?」
 荀ケが怪訝な顔で袁術に問い返した。
「第六感で」
「美羽様はいつもそうなんですよ」
 張勲はいつもの笑みでこう荀ケに話す。
「主語がないんですよ」
「全く。感性だけなのね」
「わらわはそれでいいのじゃ」
 呆れる荀ケに胸を張って返す袁術だった。
「褒めるがいいぞ」
「貴女を褒めるのはうちの陣営じゃ凛だけよ」 
 その細い眉を顰めさせてだ。荀ケはまた言った。
「全く。妙に波長が合うんだから」
「私は別に」
 その本人が顔を赤くさせて否定しようとする。
「美羽殿とは」
「けれど口移しで食べ合うし」
「それはその」
「ああ、いいから」
 曹操がその二人を止めた。
「そうね。三姉妹はそれでいいわね」
「流石に衣食や移動の車等は用意しないといけないですが」
 徐晃が話す。
「それは」
「それ位はいいわ。まああの三姉妹いつも美味しいもの要求するだろうけれど」
 それは簡単に予想できることだった。
「まあそれ位はね」
「いいかと」
「食べるもの位は」
 流石にこれ位は誰も反対しなかった。そうしてだった。
 三姉妹についてはそれで終わった。黄巾軍についてはだ。楽進、李典、それに于禁が調練にあたることになった。話はこれで完全に終わった。
 そしてその三姉妹はだ。今は。
「これが私達の車になるのね」
「そうよ」
 袁術達が舞台に使っていた車がそのまま与えられることになった。張梁はその車を見て妹の言葉を聞いていた。
「これに乗って各地を慰問することになったから」
「命が助かって。処罰がそれなの」
「そう。衣食はくれるらしいから」
「じゃあ待遇いいかしら」
「破格だと思うわ」
 落ち着いた声で述べる張宝だった。
「もうね」
「食べるものの心配しなくていいから」
「服もね」
「じゃあいいかしら」
 張梁は納得しかけた。しかしだ。
 張角がこんなことを言うのだった。
「美味しいもの。食べられるかな」
「安心していいわ、それも」
 張宝はそれも保障した。
「それ位は大目に見てくれるから」
「そう、よかった」
「ただ。太らないように気をつけないと」
 それはだというのであった。
「天和姉さんただでさえ胸大きいから」
「大丈夫よ。お姉ちゃんおっぱい以外は太らない体質だから」
「だといいけれど」
「まあとにかく。これからもね」
 張梁が笑顔で話す。
「三人でやっていきましょう」
「うん、そうだね」
「いつも一緒でね」
 こう話す三人だった。そしてだ。
 その三人のところに親衛隊の面々も来てだ。再出発をきる三人だった。


第六十二話   完


                                         2011・2・12



無事に黄巾党も解散したみたいだな。
美姫 「一区切りって感じよね」
だな。しかし、役人を操った上で三姉妹を利用して、遂に反乱を起こさせるとか。
美姫 「結構、手がこんでいたわね」
同じ歌で対抗されてしまったけれどな。
それにしても、哀れなのは……。
美姫 「公孫賛よね」
まさか、朝廷からも忘れられているとは。
美姫 「彼女、このままで帰る場所はあるのかしらね」
流石に直属の部下たちは忘れたりはしないだろう……と思いたいが。
美姫 「まあそれは置いておくとして、一つの反乱は何とか終息ね」
だな。次はどんな事が起こるのやら。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



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