『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第三十九話  幽霊、袁術を驚かせるのこと

 宿でだ。趙雲と馬超が二人に怒っていた。
「全くだ」
「ありゃないだろ」
「め、面目ない」
「返す言葉もないのだ」
 関羽と張飛は困った笑顔で彼女達に返す。今一行は宿の一室にいる。言うまでもなく彼女達が宿にしているその部屋の中にいるのだ。
「どうしてもな」
「お化けは苦手なのだ」
「それでもだ」
「何であんなことになるんだよ」
 趙雲と馬超もまだ言う。
「犯されると思ったぞ」
「しかも三人がかりでな」
「全くだ。四人共それぞれから犯されるなぞ」
「そんなの普通ねえだろ」
 こう言う二人を前にしてだ。関羽と張飛は困った顔になってきた。そうして少しずつだが小さくなってきていた。肩身が狭いからである。
 そんな話の後でだ。孔明があらためて一行に話した。
「それでは皆さん」
「今後のことね」
「ええ、それだけれど」
 鳳統に答えながら話すのだった。
「とりあえず対策を考えました」
「お化けのね」
「うん。雛里ちゃんもよね」
「多分。朱里ちゃんと同じ」
 鳳統は孔明のその言葉にこくりと頷いた。
「ここは」
「一つ工夫をしてね」
「工夫って?」
 馬岱がその二人に尋ねた。
「お化け相手に策をなのね」
「はい、そうです」
「策を仕掛けます」
 実際にそうだという二人だった。
「ただ。問題はです」
「あれはお化けではありません」
「何っ、そうだったのか!?」
「お化けじゃなかったのだ」
 関羽と張飛はそれを聞いて思わず声をあげた。
「しかしあれは火を噴いていたぞ」
「目もぎらぎらとしていたのだ」
「あの、火は噴いていませんよ」
「目も輝いていませんでした」
 孔明と鳳統は二人にすぐに突っ込みを入れた。
「ただ出て来ただけじゃないですか」
「それで帰れって叫ぶだけで」
「そういえばそうか」
「そうなのだ」
 関羽と張飛はここでやっとわかったのだった。
「それではだ。我々は」
「おもちゃに驚かされたのだ」
「それでああした事態になるのだからな」
「頼むからしっかりしてくれよ」
 陵辱されそうになった二人の言葉だ。
「それはな。いい加減な」
「何とかしてくれよ」
「あ、ああ。済まない」
「今度から絶対にしないのだ」
「化け物が怖いといってもだな」
「ああいうことはな」
 だが、だ。趙雲はここでくすりと笑ってだ。こんなことも言った。
「しかし。それでもだな」
「どうしたんだよ星」
「うむ、私は女も好きだ」
「それは聞いたぜ、前に」
「だからだ。ああして四人で絡み合うのもだ」
 こう馬超達に話すのだった。
「いいものだな」
「おい、何言ってるんだよ」
「どうだ翠、今晩にでも」
「あたしはそんな趣味はねえっ」 
 馬超は戸惑った顔で誘う目をしてみせてきた趙雲に言い返した。
「女同士だろ、それにあたしまだそういうことはな」
「安心しろ、それは私もだ」
「経験ないのにどうしてそこまで言えるんだよ」
「知識はあるからだ」
 こんな話をする二人だった。そしてだ。
 黄忠は劉備に顔を向けてだ。こう言うのだった。
「そういえば劉備さんは」
「私ですか?」
「ええ、見事だったわ」
 彼女に優しい笑みで告げる。
「最後まで踏み止まって」
「だって私のことですから」
 こう答える劉備だった。
「だからでしたけれど」
「けれどそれがいいのよ」
「いいんですか」
「滅多にできることじゃないわ」
 こう話すのだった。
「そういうことはね」
「そうなんですか」
「そうよ。とりあえずだけれど」
 黄忠は孔明と鳳統の二人に顔を向けた。そのうえでだった。
 こう二人に尋ねたのだった。
「あの、それでだけれど」
「はい」
「お化けのことですよね」
「今夜また向かうのね」
 尋ねたのはこのことだった。
「そうなのね」
「はい、そうです」
「そのつもりです」
 はっきりと答えた二人だった。
「こうしたことは早いうちにですから」
「ですから」
 それでだというのであった。
「今夜また行きましょう」
「そしてです」
「そして、ね」
 黄忠の流麗な眉が鳳統の今の言葉にぴくりと動いた。
「その工夫ね」
「はい、それはですね」
「それは」
 二人は一行に話していく。そうしてだった。
 その夜だ。一行はまたあの廃寺に入った。しかしである。
 関羽と張飛はだ。今夜はかなりリラックスしていた。そうしてその中でこう言うのだった。
「いや、本当にな」
「お化けじゃなかったら怖くないのだ」
「全く。驚かさせられたがな」
「もう全然平気なのだ」
「ああ、もう動じないでくれ」
「頼むからな」
 その二人にだ。趙雲と馬超が話す。
「もう多くは言わないが」
「せめて朱里達の工夫には従ってくれよ」
「わかっている。それではだ」
「行くのだ」
 二人は今は確かだった。そうしてであった。
 一行はまた道観のところに来た。するとすぐにだった。
「帰れ〜〜」
「では皆さん」
「ここは」
 孔明と鳳統が言うとだ。一行はだ。
 その出て来たものを見てだ。まずは悲鳴をあげた。
 そのうえでそれぞれその場に崩れ落ちる。気絶したように見えた。
 そうなるとだ。急にその道観からだ。子供達が次々に出て来た。
「よし、やったな」
「ああ」
「気を失ったな」
「ざま見ろってんだ」
 こうそれぞれ言ってだ。倒れている劉備達を取り囲む。そうしてそのうえでまた話をするのだった。
「お金あるかな」
「あるだろ、少しは」
「それよりも武器凄いのばかりだよな」
「ああ、そうだよな」
「特にこのお姉ちゃんの剣な」
 劉備の剣が最も注目されていた。
「これ、高いよな」
「ああ」
「かなりな」
「凄い値段で売れるぜ」
「服だって」
 それも見る。一行の服は子供達が着ているみすぼらしいものと比べると確かに立派である。そうした服を見てまた話すのだった。
「この服もな」
「ああ、売れるよな」
「じゃあ早速な」
「身ぐるみ剥がして」
「おい、待て」
 だがここでだ。関羽が最初に起き上がった。
「それは駄目だ」
「えっ、起きてきたぞ!」
「気絶したんじゃなかったのか!?」
「嘘だろ、こんな」
「嘘ではない」
 こう返す関羽だった。
「全く。何を考えているんだ」
「全くなのだ」
 今度は張飛だった。
「泥棒は駄目なのだ」
「うわ、次から次に起きてきたぞ」
「このお姉ちゃん達何なんだ?」
「悪い奴等か?」
「おいら達をどうするつもりなんだ」
「あの、別にそんなことは」
 怯えだした彼等に劉備が告げた。
「ないから」
「ないって言われても」
「俺達をやっつけに来たんじゃないのか?」
「そうじゃないのか?」
「それはないから」
 また彼等に言う劉備だった。彼女はにこりと笑って言っている。
「私達はお化けを退治しに来たけれど」
「じゃあやっぱりじゃないか」
「俺達をやっつけに来たんじゃないか」
「そうよそうよ」
「だからそれは違います」
「お化けじゃありませんでしたから」
 孔明と鳳統も子供達に言ってきた。
「それよりもどうしてここに?」
「こんな場所で一体何を」
「あの」
 そしてだ。ここで道観から女の子が出て来た。胸が大きく楚々とした外見のだ。その彼女が出て来てそのうえで劉備達に言ってきたのだった。
「それは」
「貴女は」
「お話させてもらいます」
 彼女が言うとだった。その左右に青い服と赤い服の男達が出て来た。そしてもう一人いた。赤と白の派手な服を着た白塗りの男である。
 彼等がだ。劉備達に言うのだった。
「知恵を入れたのは俺達だ」
「この子達にな」
「そうしたんだよ」
「あら、貴方達は」
 神楽は彼等の姿を見てすぐに言った。
「ゴズウにメズウ、それにジョーカーね」
「そういう御主は神楽家の」
「双子のか」
「ええ、そうよ」
 その通りだとだ。そのゴズウとメズウに返す神楽だった。
「私は神楽ちずるよ」
「御主もこの世界に来ていたのか」
「そうだったのか」
「そうよ。貴方達もだったのね」
「いや、困ってるんだよ」
 今度はジョーカーが二人に話す。
「僕達どうしてここにいるんだろってね」
「それはお互い様よ。ただね」
「うん、ただ?」
「僕達悪気はないんだよ」
 ジョーカーはこのことも話すのだった。
「それを今から言っていいかな」
「ええ、御願いするわ」
 神楽が応えてだった。そのうえでだった。
「それじゃあね」
「お知り合いなんですか?」
 劉備がここでその神楽に尋ねた。
「神楽さんとこの人達って」
「ええ、そうなの」
 神楽は微笑んで劉備のその問いに答えたのだった。
「実はね」
「そうだったんですか」
「少しだけだけれど」
 こう前置きもした神楽だった。
「知り合いなのは確かよ」
「何か怪しい人達だけれど」
 馬岱は三人の格好を見て言った。
「大丈夫なのかしら」
「確かに表の世界にはいないわ」
 神楽もそれははっきりと答えた。
「けれど根は悪くはないから」
「そうなんですか」
「特に警戒する必要はないわ」
 こうも言う神楽だった。
「それは安心して」
「わかりました」
 神楽のその言葉に頷く馬岱だった。そのうえでだった。
 一行はその道観の中に入った。そうして三人と子供達の話を聞くのだった。
「この子達は可哀想なんだよ」
「そうだ」
「その通りだ」
 ジョーカーの言葉にゴズウとメズウが頷く。見ればもう一人いた。
「ええと?」
「そっちの人は?」
「またお面付けてるけれど」
 劉備達はそのもう一人の仮面の緑の男も見て話す。
「ゴズウさんとメズウさんの御兄弟ですか?」
「若しかして」
「その通りだ」
「よくわかったな」
 二人からの言葉だった。
「これはガズウ」
「俺達の弟だ」
「宜しく頼む」
 そのガズウからも言ってきた。
「俺達はここに気付いたらいたのだ」
「私達と同じね」
 また神楽が言った。
「それも」
「同じなのか」
「何もかもが同じね」
「何故ここに来たんだろうね」
 ジョーカーもそれがわからないようだった。
「僕にここでも何かをさせたいのかね」
「それはないわね」
 神楽はそれは全否定だった。
「絶対にね」
「ないんだ」
「貴方のそれは犯罪よ」
 こうまで言う神楽だった。
「最早ね」
「そうかな。ほんの些細な悪戯だよ」
「悪戯じゃないから」
 また言った神楽だった。
「だから何度も捕まりそうになってるじゃない」
「ううん、皆心が狭いね」
「そのうち大変なことになるわよ。それにしてもね」
 神楽はここで話を変えてきた。子供達を見てだった。
「この子達はどうして」
「そういえばこの人達も」
「一緒にいるのでしょうか」
 ミナと月はジョーカーに三兄弟を見て話す。
「それもちょっとね」
「わかりませんし」
「ああ、それはね」
 ジョーカーが話をはじめた。
「この子達ってあれなんだよ」
「孤児なんですね」
 孔明が言った。
「そうなんですね」
「そうだ、その通りだ」
「この子達は全員だ」
「そうなのだ」
 ゴズウ、ガズウ、メズウの三人が話した。
「それでこの女の子が面倒を見ていた」
「俺達はたまたま一食一晩世話になってだ」
「それで協力しているのだ」
「意外といい奴なのだ?」
 張飛がそれを聞いてこう言った。
「外見は怪しいぇれどそれでも」
「怪しいか」
「確かにそうだな」
「それは否定しない」
 彼等もそれはだった。
「別にな」
「だが、だ。一食一晩の恩を受けたのは事実だ」
「だからこの子達を助けているのだ」
「僕も同じだよ」
 それはジョーカーもだった。
「やっぱりね。子供好きだしね」
「そうなのだな」
 関羽はそれを聞いて少し微笑んだ。
「それはいいことだ」
「外見は怪しいけれどな」
「それでも根はいい人達なんだね」
「それは間違いないようだな」
 馬超に馬岱、趙雲がそれぞれ話す。
「それでか」
「お化けになってるのにも」
「協力していたのか」
「お化けのおもちゃは僕達が作ったんだよ」
 ジョーカーもここで話す。
「実はね」
「道理でよくできていた筈です」
「確かに」
 孔明と鳳統も頷く。
「子供達が作ったにしては」
「そうだったんですね」
「ちなみに最初のアイディアは僕がだったんだよ」
 そうだったというのである。ジョーカーの言葉だ。
「どうかな」
「中々面白かったけれど」
 黄忠はこう前置きしてから話した。
「それでもあまり趣味がよくはないわね」
「そこがいいんだよ」
 ジョーカーは笑いながら話した。
「だって僕の趣味は悪戯なんだから」
「そこが問題なのよ」 
 それを見て話す神楽だった。
「ジョーカーはね」
「僕達ここで畑仕事もしてるし」
「そうして暮らしてるんだ」
「釣りや狩りもしてね」
「大変ね」
 それを聞いてだ。劉備は心から同情した。
 そしてだ。一同に話すのだった。
「あの、これでお化けのことは終わったし」
「はい、そうですね」
「それは」
「袁術さんにはこのことを話して」
 こう言うとだった。孔明と鳳統が言うのだった。
「あっ、そこはですね」
「ありのまま言うよりは」
 二人はこう劉備に話す。
「お化けを退治したと」
「そう言っておくべきです」
「そうするの?」
「その方が袁術さんも南部に進出してくれますし」
「全体的にいい流れになります」
「そうなのね」
 劉備は考える顔で述べた。
「それだったら」
「ただ。この子達はかなり多いですけれど」
「ここまで孤児が出る理由は」
「それなのですが」
 女の子が難しい顔で話してきた。
「実は近頃」
「賊でも出ているのか?」
「それならすぐに退治するのだ」
「南部に妖怪が出るという噂がありまして」
「うっ、それか」
「それなのか」
 関羽と張飛は妖怪と聞いてまた青い顔になった。
「やはりいるのか!?」
「それは勘弁して欲しいのだ」
「乱れていまして」
「乱れている」
「そうなのか」
「はい」
 女の子はさらに話すのだった。
「それを袁術様が聞かれて中々統治に出られなくて賊が出たり政がされていなくて」
「ううむ、そういう話だったのか」
「袁術にも困ったものだ」
「それを何とかしないといけませんから」
「ここは」
 こう話す孔明と鳳統だった。
「お化けを退治したということにしてです」
「袁術さんにお話しましょう」
「ええ、わかったわ」
 劉備もこれで賛同した。そうしてだった。
 一行は子供達とジョーカー達を連れて袁術の下に戻った。話は孔明と鳳統がだ。彼女達の考えた通りに袁術に話すのだった。
「ということで」
「お化けは退治しました」
「うむ、それは何よりなのじゃ」
 左右に張勲と紀霊を置く袁術はそれを聞いて満足した顔で頷いた。
「では剣は劉備殿のものじゃ」
「有り難うございます」
「礼はよいぞ」
 それはいいという袁術だった。
「これで一件落着だな」
「では美羽様」
「ジョーカー殿達は」
「そうじゃな。召抱えるとしよう」
 袁術は機嫌のいい顔のまま話した。
「子供達については救済処置じゃ」
「はい、それでは」
「その様に」
「では袁術さん」
「南部にもですね。統治の手を」
「い、いやそれはのう」
 ところがだった。袁術はこのことには難しい顔になった。そうしてそのうえでだ。劉備達に対してこんなことを言うのであった。
「南部に妖怪がいたのじゃな」
「はい、そうです」
「その通りですが」
「では行かぬ」
 今度は困った顔になってであった。
「それではじゃ」
「どうしてですか?」
「お化けは」
「お化けは一匹おれば十匹はおるのじゃ」
 こう言うのだった。
「それでどうしてじゃ。統治を進めるのじゃ」
「えっ、もういませんよ」
「はい、間違いありません」
 あえて南部での噂は話さない二人だった。話せば袁術は確実に統治の手を進ませないと思ったのだ。だからなのである。
「ですから普通に」
「進められても」
「絶対に嫌じゃ」
 怯えた顔にもなる袁術だった。
「そんなことはじゃ」
「ううん、そうなのですか」
「それは」
「そうじゃ。お化けがいる場所に行ってたまるものか」
 袁術は妖怪が大嫌いなのだった。
「北部だけで充分なのじゃ」
「仕方ありませんね」
「それじゃあ」
「えっ、待て」
「これで終わりなのだ!?」
 引き下がった二人を見てだ。関羽と張飛は思わず声をかけた。
「これでは話は終わらないぞ」
「それでもいいのだ!?」
「いえ、ここはです」
「これで」
 いいという二人だった。
「また後でお話しますので」
「今は」
「ううむ、そうなのか」
「それならいいのだ」
 関羽も張飛もこれで頷いたのだった。そうして劉備達は今は剣を手に入れ子供達の保護を引き受けてもらっただけで下がった。しかしだった。
「剣は戻ったけれど」
「そうよね。子供達のこともいいとして」
 劉備と黄忠が話す。
「南部のことがどうにかならないと」
「同じことが起こるわ」
「はい、それですけれど」
「考えがあります」
 ここでだった。孔明と鳳統が話すのだった。
「毒には毒です」
「それで行きましょう」
「毒!?」
「毒って何なんだ!?」
 趙雲と馬超がここで話した。
「そう言われてもだ」
「何をするんだよ」
「ですからお化けです」
「皆でお化けになってです」
 孔明と鳳統がまた話す。
「袁術さんを驚かせてです」
「そうして南部の統治をしてもらいます」
 そうだとだ。そうするというのだった。
「ですから毒には毒をです」
「そうします」
「それなら今から?」
 馬岱が話した。
「今から用意するのね」
「はい、はじめましょう」
「私達で」
 こうしてだった。彼女達は早速その準備に取り掛かるのだった。その時だった。
 そしてである。この時だった。袁術は張勲と紀霊の話を聞いていた。その手には蜂蜜水がある。
 その蜂蜜水を飲みながらだ。袁術は満足していた。そのうえで二人の話を聞いていた。
「あの、美羽様」
「南部のことは」
「お化けが出るから嫌なのじゃ」
 袁術はその話が出ると急にその顔を青くさせた。
「絶対にじゃ」
「けれど退治されましたよ」
「それでもですか」
「そうじゃ、絶対にまだいるのじゃ」
 また言う彼等だった。
「だから何があっても嫌なのじゃ」
「ううん、それなら」
「今は」
「ずっとじゃ。わらわは何もしないのじゃ」
 こう言うのだった。
「お化けがいる場所には絶対に行かないのじゃ」
「それじゃあ仕方ありませんね」
 張勲もこう言うしかなかった。
「私もここはです」
「どうするのじゃ?」
「いえ、何もしません」
 こう言うのであった。
「そういうことで」
「あの、七乃さん」
 紀霊が難しい顔で張勲に話した。
「それでいいんですか?」
「はい、いいです」
 いいというのであった。張勲の言葉は平然としている。
「何の心配もいりませんよ」
「美羽様はどうも」
 ここでまた話す紀霊だった。袁術にも聞こえるように話している。
「怖がり過ぎですよ」
「それは違うのじゃ」
 袁術は必死に強がって話す。
「わらわはじゃ。怖がりなのではない」
「妖怪がいても私達が相手をしますが」
「それでも嫌なのじゃ」
 駄々をこねるようにして主張する。
「お化けとか幽霊とかの話はするななのじゃ」
「そうですか」
「左様、ではこの話はこれで終わりじゃ」
 話を強引に終わらせた。
「よいな」
「はい、わかりました」
「そうですか」
 張勲の声は明るく紀霊のそれは暗いものだった。だがこれで話は確かに終わったのだった。少なくとも袁術はこう考えた。
 しかしであった。その時劉備達はだ。準備に余念がなかった。
「なあ朱里」
「はい」
 馬超が孔明に声をかけていた。
「こんなんでいいのか?」
「あっ、ばっちりですよ」
 見れば馬超は髪を解いてそのうえで白い服を着ていた。そして頭には三角の布がある。
「神楽さんが仰った通りです」
「だといいがな」
「はい、とても奇麗ですし」
「いや、奇麗っていうのはな」
 馬超はこう言われて顔を赤くさせた。
「それはいいけれどな」
「いいのですか」
「けれどあたしはこれでいいんだな」
「はい」
 孔明は笑顔で馬超に対して頷いた。
「万全です」
「他の人は」
 鳳統は周囲を見ていた。そのうえでだった。
 神楽、ミナ、それに命は頭から白い布を被っている。そして目だけを開けていた。鳳統はそれを見て満足した顔で言うのだった。
「万全ですね」
「そう、それならね」
「私も」
「これでいきます」
「はい、後は」
「私の方もできたわ」
 黄忠はだった。顔を白く塗って赤く縁取りしてだ。如何にもという格好になっていた。服も異様に派手な赤いものである。
「これでいいかしら」
「うわっ・・・・・・」
「これはかなり」
 鳳統だけでなく孔明もいささか引いてしまった。
「怖いです」
「というかこれ程までとは」
「夜叉を想像してきたけれど」
 それでだというのである。
「どうかしら」
「はい、万全です」
「これなら」
「私もだ」
 今度は趙雲だった。
「できたぞ」
「あっ、いいですね」
「星さんも万全です」
「うむ、それは何よりだ」
 彼女もあえて不気味な化粧をしていた。口元に派手に大きく紅に口紅をしてた。そして目も青く縁取りして爪も大きいものを付けている。
 そしてだ。こう言うのだった。
「実は私はだ」
「はい」
「こうしたことはなのですね」
「そうだ。こうした性質の悪い冗談が大好きなのだ」
 実に楽しそうに話す。
「さて、楽しませてもらうか」
「皆さんいけてますね」
「後は」
 張飛を見た。しかしだった。
 二人はだ。張飛に対しては難しいような困ったような笑顔になってだ。そうしてそのうえでこう彼女に対して言うのであった。
「あの、鈴々ちゃん」
「その格好は」
「これなのだ?」
「ええ、それは」
「一体」
 見ればだ。張飛の格好は蓑を着て頬に左右に三本ずつの髭を描いている。そして鼻を赤くさせている。そうして言うのであった。
「これははんにゃもんにゃなのだ」
「はんにゃもんにゃ?」
「確かそれは」
「そうなのだ。夜に便所に行くといるのだ」
 こう二人に話すのだった。
「そしてお尻を撫でる。恐ろしい妖怪なのだ」
「恐ろしいって」
「それなんですか」
「そうなのだ。それなのだ」
 また言う張飛だった。
「それになったのだ」
「そうなんですか」
「それでそれなんですか」
「これは怖いのだ」
 とにかく張飛はそれだった。そうしてだ。
 今度は関羽を見た。彼女の姿は神楽達と同じだった。二人はそれを見てこう言うのだった。
「愛紗さんはそれでいいですね」
「それじゃあ」
「ううむ、私はどうもな」
 関羽はその被りものの中から言うのだった。
「こうしたことは苦手でな」
「ええ、私も」
「私もなの」
 そうだとだ。神楽とミナも話す。
「だから悪いけれど」
「チャンプルもいるし」
「私も。これで許して下さい」
 月も少し申し訳なさそうである。
「ちょっと」
「あっ、いいですよ」
「気にしないで下さい」
 孔明と鳳統もだ。彼女達と同じものを被って話す。
「私達も同じですから」
「そういうことです」
「ただ」
「問題は」
 ここでだった。最後の一人だった。 
 劉備をだ。ここで呼ぶのだった。
「劉備さん、もう少しですか?」
「もう少しかかりますか?」
「すいません」
 劉備からの言葉だった。部屋の隅の囲いの中からである。
「もう少しです」
「わかりました」
「落ち着いてやって下さいね」
 こう彼女に声をかけた。
「劉備さんがこの策の軸ですから」
「ここは」
「私が軸なんですか?」
「だって劉備さんって」
「可愛いだけじゃなくて化粧映えもしますから」
 だからだというのである。
「もううんとしてもらわないと」
「いけませんから」
「だからなんですね」
「はい、だからです」
「宜しく御願いします」
 こう彼女に言うのであった。そうしてであった。
 一同は準備を進めてだ。袁術の寝室に向かう。袁術は気持ちよさそうにベッドの中で寝ていた。
「うう、もう食べられないのじゃ」
「寝てますね」
「そうですね」
 まず孔明と鳳統が確かめた。
「今です」
「それなら皆さん」
「うむ、行こう」
 趙雲が言った。
「宴のはじまりだ」
「趙雲ちゃんって本当に楽しそうね」
「うむ、うきうきしている」
 趙雲は実際に神楽にこう返した。
「実にな。しかし」
「しかし?」
「私のことは真名で呼んでくれ」
 こう彼女に言うのだった。
「ミナ殿も月殿もだ」
「それでいいの?」
「私も名前で呼んでいるからな」
 この話もするのだった。
「だからだ」
「そうそれじゃあだけれど」
「うむ」
「星ちゃんでどうかしら」
 幽霊のその被りものの下からの言葉だった。
「それで」
「うむ、いい感じだ」
 趙雲は真名を呼ばれてにこりと笑った。
「それではだ」
「これからはそれでね」
 こうしたやり取りの後でだった。一同は相変わらずベッドの中で実に気持ちよさそうに寝ている袁術を囲んだ。それからだった。
「さて、一二の」
「三で」
 驚かそうとした。しかしであった。
「起きるのだ、袁術よ」
「えっ」
「あれっ!?」
「もう!?」
 一同今の言葉にきょとんとなった。それは劉備のものだったのだ。
「劉備殿もうか?」
「出番早いんじゃないのか?」
「ちょっとね」
「どうなってるの、これって」
 孔明と鳳統もだ。劉備の声には少し戸惑っていた。
「はわ?劉備さんちょっと早いですよ」
「そうです。劉備さんらしくないです」
 おっとりした劉備にしてはだと。二人もおかしいと思った。
 しかしであった。劉備の声はまたしてきた。
「起きるのだ」
「起きるって」
「脚本とも違いますし」
 孔明と鳳統はまた話した。
「脚本通りにしてもらわないと」
「困ります」
 だが。それでもだった。
 話は続く。袁術の上にその劉備が出て来てふわふわと浮かぶ。淡い白い服を着て何処か虚ろな顔で髪を漂わせてだ。そうしていた。
「浮かんでいる?」
「糸を使っているのだ?」
 関羽と張飛はこう考えた。
「何時の間にあんなことを」
「凄いことになってるのだ」
「劉備さん何時の間に?」
「こんなこと考えてませんでした?」
 また言う孔明と鳳統だった。
「けれどこれは」
「かなり凄いことになってます」
 結局二人は劉備に任せるしかなかった。ここはだ。
「もうこうなったら」
「劉備さんにどんどんやってもらいます」
 こう言って覚悟を決めた。劉備を見守るのだった。
 その劉備はだ。袁術にまた言った。
「起きるのだ」
「さっきから何じゃ?」
 ここでやっと起きた袁術だった。
「わらわを呼ぶのは」
「目を開けるのだ?」
「だから何じゃ。急な政か?」
 こんなことを言いながら目を開けるとだった。そこにだった。
「な、何じゃ御主は!」
「化け物なぞ怖がるでない」
「そういう御主は何なのじゃ!」
「幽霊だ」
 そうだというのだった。
「私は荊州の南部にいた」
「あ、あの場所か」
「そなたが牧として統治しない為に賊が蔓延りそれに殺されたのだ」
「何っ、賊に」
「そうだ」
 その通りだというのだった。
「そのことを言いに来たのだ」
「わらわにか」
 袁術はここでベッドから起き上がった。そのうえでまだ自分を見下ろしている幽霊を見る。だが恐怖のあまりその顔が劉備そっくりとは気付いていない。
「そうだ、そなたが治めていれば私は死ななかったのだ」
「し、しかしじゃ」
 袁術は青い顔で言い訳に入った。
「あの地にはお化けがいるではないか」
「妖怪か」
「その様な場所に行けるものか」
 こう言うのであった。
「わらわはそうした相手が大の苦手なのじゃ」
「化け物が怖くて政ができるのか」
 幽霊の声は厳しいものになった。
「それを言うのならだ」
「どうするというのじゃ」
「私がそなたをじゃ」
 声が一層怖いものになった。
「ここで取り憑いてもよいのだぞ」
「な、何っ!?」
「そなたを祟り殺し七代まで祟る」
 この言葉と共にであった。
 顔が一変した。劉備のその整った顔からだ。急に痩せこけて髑髏の顔になってだ。その顔で袁術に対してさらに言うのだった。
「それでもよいのか」
「た、祟り殺すじゃと!?」
「この世で最も恐ろしい目に遭わせてやろうぞ」
 こんなことまで言った。
「それでもよいのか」
「い、嫌じゃ」
 それはすぐに否定した袁術だった。
「それは勘弁するのじゃ。わらわは怖いものが大嫌いなのじゃ」
「ではどうするのだ?」
「な、南部じゃな」
「そうだ」
 まさにそこだというのだった。
「私はそこで死んだのだ」
「それではじゃ。わらわはそこも統治しようぞ」
 恐怖で青くなった顔で話す。
「それでよいのじゃな」
「その言葉偽りはないな」
「ない、ないぞ」
 こくこくと必死の顔で頷く。
「絶対にない。安心するのじゃ」
「嘘は許さぬ」
 また言う幽霊だった。
「そのことしかと誓うがよいぞ」
「誓う、誓う」
 袁術はここでもこくこくと頷く。
「だからもう帰ってくれ。わかったから」
「ならばよい」
 幽霊もこれで頷いたのだった。
「では。南部も治めるのだ」
「わかったぞえ・・・・・・」
 泣きながら言う袁術だった。何とか失禁はせずに済んだがそれでもだった。彼女にとってはこの上ない恐怖の夜であった。
 そうして次の日だった。袁術は朝起き朝食を食べながらだ。共に朝食を食べている張勲に対して言うのだった。二人共粥を食べている。
「七乃よ」
「はい、美羽様」
「わらわは決めたぞ」
 こうその睡眠不足でやつれ気味になっている顔で話した。
「南部も治める」
「お化けはいいんですか?」
「よい、よいのじゃ」
 ここでも必死の顔だった。
「もうよい。これでじゃ」
「わかりました」
 張勲は袁術のその言葉ににこりとして頷いた。
「それでは皐ちゃん達にお話しておきますね」
「役人を派遣し兵達に賊を退治させよ」
 袁術はまずはこう命じた。
「街も田畑もじゃ。整備して開墾していくぞ」
「城壁もですね」
「うむ、それも整える」
 このことも忘れない。
「修復するぞ。よいな」
「はい、わかりました」
 張勲はここでもにこりとしていた。そのうえで主の言葉を受けるのだった。
 こうして袁術は南部も治めることにした。このことは帰路についた劉備達の耳にも入った。
「何はともあれよかったですね」
「はい」
 孔明と鳳統はこのことに素直に喜んでいた。
「袁術さんはやればできる人ですから」
「後は大丈夫です」
「そうか。それは何よりだ」
 関羽も二人の笑顔と言葉に笑顔になった。
「これで荊州全域が無事に治まるな」
「そうなのだ。しかし」
 張飛は視線を上にやって考える顔になって述べた。
「劉備殿はあの時恐過ぎたのだ」
「うむ、あれはな」
「凄かったよな」
 趙雲と馬超もそのことに頷く。
「あそこまでいくとはな」
「予想以上だったよ」
「というか予想を遥かに超えていたわね」
 黄忠はこう言った。
「私自信あったけれどそれ以上だったわ」
「そうですよね。あれはもう」
 馬岱も話す。
「本物並でしたよ」
「本物って?」
 だが、だった。当の劉備はきょとんとした顔で返すのだった。
「あの、昨日ですけれど」
「主役だったわね」
「凄かったですよ、本当に」
 神楽と命も彼女に話す。
「一人で話を終わらせるなんてね」
「八面六臂とはあのことでしたの」
「すいません、実は」
 両手を顔の前で合わせて目を閉じて言う劉備だった。
「昨日幽霊になった後で寝てしまいました」
「寝たって」
 それを聞いてだ。ミナはきょとんとなった。
「どういうことなの、それは」
「お化粧して行こうって思ったらそこで」
「そこで?」
「一体?」
「寝ちゃったんです」
 そうだったというのである。
「本当にすいません」
「ということはなのだ」
「あの人は」
 ここでだ。勘のいい張飛と馬岱はわかった。その瞬間に真っ青になった。
「まさか本物なのだ!?」
「本物の幽霊!?」
「ち、違うと思いますよ」
「私もです」
 孔明と鳳統は慌てて二人の考えを打ち消そうとした。
「お化けとか幽霊はこの世界には」
「いないですから」
「けれど私の世界には」
 ここでまた言うミナだった。
「いたから」
「ですからそれはミナさん達の世界ですから」
「私達の世界には」
「こっちに来てるかもね」
 神楽はここでまた二人にとっては余計なことを言った。
「ひょっとしたら」
「そうよね」
 黄忠も話す。
「ミナちゃん達が来てるんだし」
「はわわ、じゃああの人は本当に」
「幽霊だったんですか」
「ううむ、何ということだ」
 そうしたことが苦手な関羽も真っ青になっている。だがここで言うのだった。
「まさか本物だったとは」
「まあ気にするな」
 趙雲がその関羽に言う。一行は今帰路を歩いている。左右は見渡す限りの水田だ。農民達がその中で田の手入れに余念がない。
「結果はよかったのだからな」
「結果はなのか」
「そうだ、袁術殿は南部も治められることになったのだ」
「それはな」
「それはいいことではないか」
 彼女が言うのはこのことだった。
「そうではないのか?」
「ううむ、そうなるのか」
「だよな、確かにな」
 馬超も趙雲の言葉に頷く。
「結果としてな。いいことになったよな」
「そうだ。幽霊と言っても悪い存在ばかりではない」
 趙雲の話のポイントはここだった。
「いい幽霊もいるのだ」
「しかしあの幽霊は誰だったんだろうな」
 馬超は腕を組んで考える顔になって述べた。
「それが問題だよな」
「南部の人だったのかな、本当に」
 馬岱はこのことを少し疑問に思った。
「やっぱり」
「違うかも知れないわね」
 だがだった。黄忠はこう言った。
「袁術さんを導く為の守護霊だったのかもね」
「それにしては劉備さんそっくりでしたけれど」
「あの人は確か」
 ここでだった。孔明と鳳統はこの名前を出した。
「漢の高祖劉邦様に」
「そっくりだったような」
「私のそもそもの御先祖様に」
 劉備は中山靖王の子孫である。その王の祖先がその劉邦であるということなのだ。
「そうなのね」
「ううん、となるとやっぱりこの世界にも」
「幽霊がいます」
 孔明と鳳統はあらためてこの結論に至った。
「守護霊ですけれどそれでも」
「いますよね」
「けれどいい幽霊もいますから」
 月はこう話した。
「ですから特に」
「そうですね。それじゃあ」
「そう考えます」
 孔明と鳳統もここで遂に納得して頷いたのだった。
 そんな一行だった。そしてだ。
 劉備がだ。ここで元気に話すのだった。
「じゃあ長い旅でしたけれど」
「そうなのだ」
「それもこれで終わりなのだ」
 関羽と張飛が明るい顔になって話した。
「ではだ」
「桃家荘に戻るのだ」
「はい、皆さん待ってますよ」
 劉備もまた明るい顔になっていた。
「それで帰ったら」
「宴を開こうか」
「帰還の宴なのだ」
「いえ、まだあるわ」
 神楽が言葉を加えてきた。
「劉備さんの剣が戻ったことをね」
「そうだったな。まずはな」
「それなのだ」
「とにかく。皆で派手にお祝いしましょう」
 神楽も明るい顔で話す。
「仲良くね」
「そうしましょう。じゃあ御馳走を用意して」
「お酒にお菓子も」
 孔明と鳳統もにこにことしている。
「皆でお祝いですね」
「楽しくなりますね」
「さて、問題はお魚ね」
 神楽はここで魚を話に出した。
「草薙君に二階堂君の大好物だし」
「鰐の唐揚げも」
「納豆スパゲティにハンバーガーも」
「肉饅も」
 残っている面々の好きなものが次々と挙げられていく。
「とにかく色々用意しないと」
「大変だな、こりゃ」
 皆笑顔で話していく。こうして劉備の剣が元に戻った。だがこれはだ。幸せな結末ではなく新たな物語のはじまりだった。だがこのことはまだ誰も知らない。


第三十九話   完


                       2010・10・16



無事に剣も返って来たな。
美姫 「あの説得していたのが劉備じゃなくて、本当の幽霊だったとはね」
まあ、それによって統治されることにもなったし、悪い幽霊でもなさそうだったしな。
美姫 「とりあえずは、一件落着よね」
だな。で、本来なら剣を取り戻して劉備の旅は終わりって所なんだろうけれど。
美姫 「さてさて、どうなるかしらね」
次回も待っています。



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