『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                                張三姉妹、書に気付くのこと

 バイスとマチュアを専属のマネージャーにした三姉妹は順調、いやまさに破竹の勢いで人気を上げていた。それは最早国で知らぬ者はない程だった。
「嘘みたいよね」
「そうよね」
 張角が張梁の言葉に笑顔で頷いている。
「私達のこと知らない人って」
「もう漢にはいないわよ」
「ついこの前までしがない旅芸人だったのに」 
 本当についこの前まで、である。
「何とか生きている感じだったのにね」
「それが今じゃ食べるものにも着るものにもこと欠かない」
 切実な問題である。
「しかも宿だってね」
「これまで野宿も普通だったのに」
「今じゃ上等のお宿のそれも一番いいお部屋よ」
「そうしたお部屋って何ていうんだっけ」
「確かあれよ。スイートルームよ」
 張梁はこう姉に話す。
「バイスが言ってたけれどね」
「そうよね。それにしてもバイスさんとマチュアさんがマネージャーになってくれて」
「人和も楽になったんじゃないの?」
「ええ」 
 その通りだとだ。これまで黙っていた張宝が静かに頷く。
「歌と踊りに専念できるから」
「そうよね。三人共そっちにね」
「集中できるのって大きいわよね」
「そうね。それは大きいわ」
 張宝もこのことを認めて頷く。
「私かなり楽になった」
「そうそう。何か私達絶好調って感じ?」
「このままいける?何処までも」
「油断は禁物」
 張宝はここで手綱を引き締めた。
「そこから全部駄目になっていくから」
「あっ、そうね」
「慢心は駄目よね」
 二人の姉は末妹の言葉にはっとなった。
「私達の夢って大きいからね」
「漢だけじゃなくて西秦や倭にもね」
「そこでも舞台やってね」
「皆に私達の歌を聴いてもらわないと」
「そういうこと」
 張宝は姉達の言葉に頷く。三姉妹の夢はとにかく大きいのだ。
「だから」
「そう。まだまだ私達の夢ははじまったばかり」
「こんなところで得意になったらね」
「駄目よ」
 こんな話をしながら旅を続け各地で舞台を開いていた。そしてだ。
 この日は幽州に来ていた。ここに来るとすぐにだった。
「やっぱり寒いよね」
「そうだよね」
 まずその寒さを感じるのだった。
「話には聞いてたけれどね」
「やっぱりよね」
「はい、これ」
 張宝は姉二人にすぐに上着を差し出した。
「二人共これを着て」
「あっ、有り難う」
「それじゃあ」
「私達の服はお肌をよく出す服だから」
 だからだというのである。
「風邪をひかないようにね」
「有り難う、人和ちゃん」
「それじゃあね。有り難く」
 張角と張梁はすぐに妹が出したその服を着る。ここで、だった。
 バイスとマチュアが三人のところに来て告げるのだった。
「それじゃあ燕都に行くわよ」
「いいわね」
「そこなのね」
 張宝が彼女達の言葉に応える。
「今話題の桃家荘には行かないのね」
「あそこには剣がいるわ」
「それに鏡も」
 ふとこんなことを言う二人だった。顔が歪んでいる。
「だから」
「今はね」
「今は?」
 張宝はその言葉にふと問うた。
「何かあるの?」
「いえ、何もないわ」
「気にしないで」
 彼女の問いにはこう返すのだった。
「あそこは人が少ないから」
「だからコンサートはもっと他の場所がいいわ」
「えっ、最近話題の劉備さんがいるのに!?」
「何で皇室の人らしいじゃないの」
 張角と張梁も劉備のことはもう聞いていた。
「おっぱいが凄く大きくて可愛いっていうのに」
「それに劉備さんのところに人が一杯来てるって話よ」
「皇室の方だったらおひねりも弾んでくれるのに?」
「人がいてくれてこそのあたし達なのに」
「その人が問題なのよ」
「私達にとってはね」
 ぽつりと呟く二人だった。
「そう、今はまだね」
「気付かれては駄目だから」
「何かよくわからないけれど」
「そこは駄目なのね」
「そうみたいに」
 しかし根は人のいい三人はだ。二人の反対を受け入れたのだった。
「じゃあ他のいい場所に?」
「その燕都よね」
「そこなのね」
「そうよ、そこよ」
「ここは牧がいなくて今一つはっきりしない場所だけれど」
 バイスとマチュアも公孫賛のことは知らなかった。
「近いうちに袁本初がここも治めることになるようだけれど」
「それでも今はね」
「ふうん、そういう場所なんだ」
「ここってもう袁紹さんの治める場所って思ってたわ」
「私も」
 勿論三姉妹も公孫賛のことは知らない。何処までもその存在感が残念な彼女である。
 とにかくだ。彼等はその燕都に入る。そこに入るとだ。
「天和ちゃーーーーーーーーーーーん!」
「地和ちゃーーーーーーーーーーーん!」
「人和ちゃーーーーーーーーーーーん!」
 三人を出迎えるファン達だった。
「待ってたよーーーーーーー!」
「ようこそこの幽州へ!」
「ほっほーーーーーーーーーーーーーう!!」
 こんな叫び声もあがっていた。そうしてだ。
 旅用の荷馬車から降りた三人のところにだ。三人の少女が来た。
 三人は彼女達の前でそれぞれ片膝を着いてだ。名乗ってきた。
「はじめました」
「我々はです」
「貴女達の親衛隊の者です」
「あっ、そういえば最近できたのよね」
 張角はその三人の言葉を受けて言った。彼女らしくゆったりとした口調だ。
「張三姉妹親衛隊よね」
「はい、まず私はです」
 灰色の長い黒髪に緑の目の凛々しい顔立ちである。背は三人の中で最も高く黒装束であるが右足のところが半ズボンになっている。斧を持っている。
「程遠志といいます」
「同じくケ茂」
「同じく下喜」
 茶色の髪を後ろで束ね槍を持った赤い目の小柄な少女である。白い上着に赤いミニスカートと白のブーツである。最後の一人は分銅を持った青い髪のやや年長の女だ。青い髪は腰までありやや巻いている。目は緑であり細面に高い鼻、豊かな胸をドレスを思わせる赤い長い服で覆っている。
 その三人が来てだ。言うのであった。
「これからはです」
「我等三人常にです」
「御三方を御守りします」
「えっ、本当!?」
 張梁は三人のその言葉を聞いてすぐに満面の笑顔になった。
「私達の護衛をしてくれるんだ」
「はい、そうです」
「それで宜しいでしょうか」
「我等で」
「そうね」 
 今度は張宝が考える顔で言った。
「ボディーガードが必要かしらと思ってたし」
「そうよね。いいわよね」
 張角も言う。
「どうかしらバイスさん、マチュアさん」
「ええ、そうね」
「いいと思うわ」
 二人のマネージャーもそれでいいとしたのだった。
「三人共それでね」
「いいんじゃないかしら」
 二人も賛成した。こうしてであった。
 三人は三姉妹の親衛隊長兼護衛役となった。そのうえで常に同行することになった。
 それが決まったその日にだ。三人は三姉妹と共に料理店で昼食を食べていた。ただしバイスとマチュアはそこにはいなかった。
「あれっ、あのお二人は」
「一体どちらに?」
「ああ、バイスさんとマチュアさんはね」
 張角がいぶかしむ三人に対して話す。
「お食事はいつも二人だけなの」
「そうなのですか」
「それでおられないのですか」
「そうよ。大抵お昼の時も食べながらお仕事してるみたい」
「大変ですね、マネージャーも」
「そうですね」
 三人は張角の言葉に納得した顔で頷いた。
「それでなのですか」
「とても真面目ですね」
「はい、勤勉です」
「そうそう、あの二人て凄いのよ」
 張梁は五目そばをすすりながら話す。
「もう物凄い仕事できるんだから」
「敏腕マネージャーなのですか」
「そうなるわね。ほら、あたし達ってさ」
 張梁はさらに話す。
「これまでしがない旅芸人だったけれど」
「売れるまではそうですよ」
「誰だって」
「ですがそこからですから」
「そうなのよね。それで今のお仕事は全部あの二人が管理してくれてるの」
 そうだというのだ。
「これまではあたし達自身でやってたけれどね」
「具体的には私が」
 張宝は餃子を食べている。海老蒸餃子だ。
「やってたのよ」
「しかし今では専属マネージャーが来てくれるまで、ですか」
「凄い躍進ですよね」
「まだまだこれからよ」
 張角は満面の笑顔で言う。そこで胸が揺れる。
「私達は漢以外の国にもデビューするわよ」
「はい、私達はいつもです」
「貴女達についていきます」
「不束者ですが宜しく御願いします」
「有り難う。それじゃあね」
 張飛はにこにことしたまま三人に話す。
「三人共これからはね」
「はい、これからは」
「一体」
「何でしょうか」
「お食事の時はいつも一緒に食べましょう」
 そうするというのである。
「それはいいかな」
「えっ、お食事をですか」
「今だけではなくですか」
「いつもですか」
「ええ、そうよ」
 そうだというのであった。
「だって私達の護衛役よね」
「はい、そうです」
「その通りです」
 このことは忘れていなかった。三人は真面目な顔で話す。
「ですから。何があろうともです」
「私達は貴女達を御護りします」
「ですから御安心下さい」
「だからよ」
 また言う張角だった。
「御飯の時も私達と一緒だったらいいわよね」
「はい、言われてみれば」
「その通りです」
「じゃあ決まりね。三人共食事はいつも一緒だよ」
「仲良くやろうね」
「宜しく」
 張梁は右目をウィンクさせて、張宝は静かに言った。
「あたしも友達は多い方がいいしね」
「人は大いに限るわ」
「私達を友とは」
「何と有り難い御言葉」
 三人は三姉妹のその飾り気のない親しい言葉に感動を覚えた。
「では私達これからです」
「張角様達を御護りします」
「何があっても」
 こうしてであった。三人は三姉妹と食事を常に共にするようになった。そしてであった。
 張角は三人に問うてきた。
「あのね」
「はい」
「何でしょうか」
「三人共真名は何ていうの?」
 このことを問うのであった。
「これからはお互いにそれで呼び合いましょう」
「何と、真名で」
「私達をそこまで」
「そこまでして下さるのですか」
「勿論私達も真名で呼んでね」
 張角は左目をウィンクさせている。
「もうファンの皆からそう呼ばれてるけれどね」
「だからいいわよ」
「それで御願いね」
 張梁と張宝も言う。これで決まりだった。
「それではです」
「言わせてもらいます」
 こう前置きしてだ。三人はそれぞれその真名を名乗るのだった。
「心水です」
 程遠志が言った。
「宜しく御願いします」
「明命です」
 ケ茂も名乗った。
「以後はこの真名で」
「澄日です」
 最後に下喜だった。
「それでは」
「わかったよ」
 張梁が頷いた。
「それじゃあね」
「はい、それでは」
「天和様、地和様、一和様」
「これからも」
 こうして互いに真名で呼び合うことにもなった。彼女達お互いにとってだ。非常に頼りになる仲間達と出会い友となったのであった。
 そしてだ。燕都のコンサートはだ。三人と彼女達が率いる親衛隊の面々が舞台を警護してだ。これまでにない統制を見せているのであった。
「うわあ、凄いね」
「そうね」
「もう喧嘩はないわね」
 三姉妹は熱気はこれまで以上だが整然とした舞台を見て素直に驚いていた。
「こんなのってね」
「ええ、今までなかったわ」
「凄く安心できるわ」
 三姉妹は舞台の上からこの状況を見ている。そうしてであった。
「これならね」
「そうね、歌に専念できるわ」
「踊りにもね」
 こうして三人で歌って踊ってだった。舞台はこれまで以上の成功だった。
「予想以上ね」
「そうね」
 バイスとマチュアはその舞台の夜に夜空の下で二人で話していた。
「まさかここまでなんて」
「ええ」
「思わなかったわ」
 まずはこうそれぞれ話すのだった。
「あの三人が加わったこともね」
「大きいけれどそれ以上にね」
「そうね。あの三姉妹」
「予想を超えてるわ」
 二人が主に話すのは三姉妹についてであった。彼女達だ。
「そのカリスマ性、ね」
「実際大平要術の書がなくてもね」
「そうね。成功していたわね」
「それは時間の問題だったわ」
 三姉妹の能力も見極めていた。それは確かだった。
「そしてそこにあの書を加えると」
「恐ろしいまでの力を発揮する」
「三人のカリスマ性と」
「歌と踊りの力も加わって」
「それによって」
 三姉妹はだ。只カリスマだけではなかった。その本業である歌と踊りもである。やはり只ならぬ力がありそれもまた人を引き寄せているのである。
「恐ろしい力を生み出すわね」
「そしてその力こそが」
「私達をね」
「よお」
 ここでだった。何者かが二人のところに来た。
「上手くいってるみたいだな」
「ええ、社」
「その通りよ」
 二人は闇の中に出て来たその白い髪の男に対して告げた。
「予想以上よ」
「あの三姉妹はね」
「正直どうかって思ったんだけれどな」
 ここで白い髪の男はこんなことを言った。
「あの三人はな」
「野心がないからなのね」
「無邪気だし」
「ああ。人間としちゃ只の女の子だからな」
 三姉妹の人間性もよくわかっていた。
「自分達が有名になって人気者になりたいだけだからな」
「けれどそれでもね」
「そのカリスマはね」
「歌と踊りもね」
「ああ、凄いな」
 男はこのことも認めた。
「思っていた以上だな」
「へえ、あんたがそう言うなんてね」
「ということは本物ってことね」
「向こうの世界でも間違いないな」
 男はまた言った。
「トップアイドルだ」
「そうね。アイドルね」
「あの三人はまさにそれね」
「アイドルは馬鹿にはできないぜ」
 男の顔は自然に笑みになっていた。そのうえでの言葉だった。
「さて、それじゃあこれからもだな」
「ええ、そうよ」
「あの三人と一緒にいるわ」
 こう答えるバイスとマチュアだった。
「貴方はそれで」
「自分の仕事をってことね」
「そうするさ。シェルミーとクリスもな」
「そういえばゲーニッツも動いているのだったわね」
 マチュアがここで言った。
「そうだったわよね」
「ああ、あいつも宜しくやってるさ」
 その通りだと。男は答えた。
「あいつの仕事をな」
「それじゃあ私達もね」
 今度はバイスであった。
「楽しくやらせてもらうわ」
「そうしな。この世界でこそやるぜ」
「ええ」
「オロチの復活を」
「俺達だけじゃない」
 男はさらにだった。その笑みを深くさせて言う。
「刹那もいればミヅキもいるからな」
「あらゆるものが集まりそして」
「この世を塗り変えていく」
「左慈、あの男も考えるものだ」
「ええ、確かに」
「私達と手を組んでくれるし」
 彼等にとってもだった。非常に有り難いことであった。そしてだった。
 彼等は闇の中で何かを考えていた。そのうえで動いていたのだ。
 闇が蠢くことを知っているのはだ。彼等だけであった。
 怪物達は今日もまた漢の中を旅をしていた。ここで。
「おのこはいた?」
「ええ、いたわよ」
 卑弥呼が貂蝉に対して話す。
「今度はね」
「ええ、誰なの?」
「ギース=ハワードよ」
 この名前を出すのだった。
「そしてウォルフガング=クラウザーよ」
「あら、豪勢ね」
 貂蝉はその名前を聞いて身体をくねくねとさせた。
「それじゃあ今度のダーリンはね」
「そうよ。会いに行きましょう」
「そうね。ところで華陀のダーリンは?」
 貂蝉はこんなことも話した。
「今は何処にいるの?」
「面接中じゃないかしら」
 卑弥呼はそれではというのだ。
「また新しい人材のね」
「そうなの」
「確か。今度の人は」
 卑弥呼は少し考える顔になってのべた。
「庵さんよ」
「あら、彼なの」
「そうよ、彼よ」
 こう話すのだった。
「どう?豪勢でしょ」
「ええ。私達のところにも人材が集まってくるわね」
「そうよね」
「人材はいいがだ」
 ここで言ったのはだ。刀馬だった。
「御前等の目的はそもそも何だ」
「目的?」
「あら、それの話なの」
「そうだ、それは何だ」
 刀馬の聞きたいことはそれだった。
「一体何だ」
「何と言われても」
「ねえ」
 ここで二人は顔を見合わせる。
「決まってるじゃない」
「一つしかないわ」
「一つでは、ですか」
 命が二人の言葉に問うた。
「といいますと」
「この世界を救うことよ」
「それよ」
「俺には興味のないことだな」
 刀馬は二人の話を聞いてまた言った。
「俺はそれよりもだ。あの男を」
「まあまあ」
「そう言わないで」 
 二人はその刀馬を宥める様にして話した。
「その中で貴方の意中の相手にも会えるから」
「その時にね」
「本当だな」
「私達嘘はつかないわよ」
「そういうことはしないから」
 また言う二人だった。
「誰に対してもね」
「言わないわよ」
「ふん、世界がどうなろうと知ったことではないがな」
 幻十郎も言う。
「だが。それでもだ」
「貴方は覇王丸さんよね」
「あの人よね」
「俺がここにいるということはだ」
 彼が言うのはここからだった。
「あいつもいる筈だ」
「ええ、そうよ」
「その通りよ」
 それで間違いないというのだった。
「だから待っていてね」
「いいわね」
「では暫くは貴様等と旅を続けよう」
 幻十郎は納得する言葉で返した。
「こうした旅もいいものだ」
「そうだな」
 獅子王もであった。
「この国は中々面白い国だな」
「そうでしょ。幾つかの世界があるけれどね」
「この国がある世界も」
 二人はふと妙なことを話しだした。
「私達はこの世界にも来たのよ」
「彼等を防ぐ為に」
「彼等?」
 命は今の二人の言葉にふと目を止めた。
「誰ですか、それは」
「そのうちわかるわ」
「そうそう。ただ」
「貴女が思っている人もいるわよ」
「ちゃんとね」
「お父様にお母様も」
 命はそれを聞いてだった。考え、そして懐かしむ顔になった。
「この世界にも」
「そうよ。今この世界で起こっていることはね」
「かなり色々だから」
「けれど難しいことは考える必要はないわよ」
「そう、戦えばいいから」
 二人も難しいことは言っていなかった。それはだ。
「それじゃあね」
「華陀のダーリンが来たらまた出発よ」
「ふん、いいだろう」
 刀馬は二人の言葉を一応だが受けた。
「それではだ」
「ええ、それじゃあね」
「行きましょう、その時に」
 こんな話をしていた彼等だった。
 三姉妹は親衛隊の三人が来てから舞台を安全に続けていた。しかしだった。
 この日はだ。三人は外の騒動を収めに行っていてだ。たまたま舞台の中にいない日もいた。しかしここで、であった。
「おい、押すなよ」
「そっちが押したんだろ」
「何っ?そっちだろ」
「いや、そっちだろ」
 押したの押さないのでだ。騒動になろうとしていた。
 それに舞台の三姉妹も気付いてだ。最初は張角が言った。
「ちょっと、皆駄目だよお」
「そうよ」
 張宝も言う。
「喧嘩したら駄目だよ」
「仲良くね」
 しかしであった。騒ぎは大きくなるばかりだった。
「謝れ!」
「御前が謝れ!」
「何で俺が謝らないといけないんだ!」
「御前が押したんだろうが!」
「いや、御前だろうが!」
 こう騒いでだった。どうにもならない状況だった。
 それを見てだ。張角がおろおろしながら話しだした。
「ど、どうしよう」
「親衛隊の人達呼ぼう」
 張宝はその長姉に落ち着いて言う。
「そうしよう」
「けれどその前に騒ぎが大きくなりそうだよ」
「それはないわ」
 やはり冷静な彼女である。
「だから」
「けれど」
「まああれよね」
 ここでそれまで黙っていた張梁が言った。
「騒ぎはすぐに収めるに限るわ」
「地和ちゃんもそう思うよね」
「勿論。だからね」
 張梁は自分が持っていた声を大きく出させる宝貝でだ。こう言うのだった。
「喧嘩なんて止めようよ」
「おっ?」
「地和ちゃん?」
「私達の歌聴いて。いいかな」
「そ、そうだよな」
「やっぱりな」 
 彼女の言葉でだ。騒いでいた面々も静かになった。
「俺達その為に来ているんだしな」
「三姉妹の歌を聴く為にな」
「それだったらな」
「ああ、喧嘩なんて止めるか」
「そうだな」
 こう話してであった。彼等は穏やかになった。場は静かになった。 
 しかしだ。それを見た張角と張宝はきょとんとした顔になった。そうしてそのうえで、であった。張梁を見るのだった。
「あの、地和ちゃん」
「これってまさか」
「うふふ、そうよ」
 張梁は姉妹に右目をウィンクさせて応えた。
「ちょっとね。宝貝を使ってね」
「成程、この場合はね」
「使いようね」
「これ位はいいでしょ」
 張梁は嵐を止めたまま言う。
「歌以外にもね」
「そうね。これ位だったらね」
「いいわよね」
 二人も納得した。こうしてコンサートは再び行われだ。今回も成功のうちに終わった。
 その次の日であった。上等なホテルの一等室で寝ている三姉妹のところにだ。扉のドアをノックしてそのうえで声がかけられたのだった。
「あの」
「はい?」
「えっ、随分早いわね」
 三姉妹は目をこすりながらその声に応えた。
「一体何かな」
「ファンのお手紙かな」
「それか贈り物かしら」
 張宝はこう考えた。その通りだった。
「はい、これです」
「あっ、お饅頭」
「それも中にあんこが入ってるやつね」
「そうね」
 三姉妹はホテルの従業員が持って来たその饅頭を見て喜びの声をあげた。
「私これ大好きなのよ」
「私もよ」
「私も」
 これは三姉妹共通だった。そうしてだった。
 その饅頭を笑顔で受け取る。だが。
 それだけではなかった。次々にであった。
「どうぞ」
「差し入れです」
「ファンの人達からです」
「来ています」
 こんな感じでだ。饅頭の箱だけでもう部屋が一杯になってしまった。三姉妹はその饅頭を食べながらだ。そのうえで話をするのであった。
「これって一体」
「そうよね」
 張角が張宝の言葉に応えて言う。
「どうしてこんなに一杯来たのかしらね」
「まさか」
 ここでだった。張宝はふと気付いたのだった。
「天和姉さんか地和姉さんが間違えて」
「間違えて?」
「どうしたの?」
「宝貝の力をそのままにして何か言ったとか」
「あっ 、そういえばだけれど」
 ここで気付いたのは張梁だった。
「この前歌の合間にこのお饅頭が食べたいって言った時に」
「やっぱりその時なのね」
「多分ね」
 こう話すのだった。そうしてであった。
 これでわかった。今回の原因がだ。
「この宝貝って」
「いえ、ひょっとしたら」
「あの書?」
「あの太平要術の書?」
「あの力だったの」
 このことに気付いたのだった。
「声を大きくする宝貝だけじゃ大きな声しか出せないし」
「それじゃあまさか」
 張梁はこのことにも気付いた。
「あの喧嘩を収めた時も」
「その時も?」
「やっぱり」
「きっとそうよ」
 こう姉妹に話す。
「それでなのよ」
「ううん、本当にあの書って」
「凄い力を持っているのね」
 このことに気付いたのだった。しかしである。
 元々欲がないと言えばなく邪気のない三姉妹はだ。こう考えるだけだった。
「贈り物貰い放題よね」
「そうよね。お客さんの喧嘩も収められて」
「助かるわ」
 これで終わらせたのだった。書の力への認識はこの程度だった。
 そしてだ。三姉妹は別の話もするのだった。
「このお饅頭食べきれないよね」
「どうしよう」
「そうよね」
 あまりにも多い饅頭の処遇のことだった。
「ええと、親衛隊の人達にも分けてあげて」
「ホテルの人達にも?」
「それでもあったら街の困っている人達にも分けてあげて」
 そんな話をしてであった。饅頭の処遇について話すのであった。
 そしてこの頃劉備一行はだ。
「段々あったかくなってきたよね」
「南に来ていますからね」
 孔明が劉備に話す。
「北は寒くて南が暖かいものですから」
「それは知っていたけれど」
「劉備さんはこのことをはじめて実感されたんですね」
「うん。幽州にいただけじゃわからないのね」
「はい、世間は広いです」
 笑顔で劉備に話す。
「特に南蛮はかなり暑いそうですよ」
「そんなになの」
「南蛮って何か色々いるらしいよな」
 馬超もここで問うのだった。
「動物もそうだし鳥も」
「あとそこにいる人間も変わっているというが」
 趙雲はこんなことを言った。
「同じ顔で増えるというが」
「同じ顔で増えるのだ?」
 張飛はそのことを聞いて首を捻った。
「何なのだ、それは」34
「ううん、南蛮も異民族だしね」
 馬岱はこのことを言った。
「私達と風俗とか全然違うよ」
「そうよ。そのことは考えておくべきね」
 黄忠も言う。
「漢とはまた違う場所だから」
「南蛮。そこにまさか」
 ミナはふと思ったのだった。
「誰かいるかも」
「誰かなのね」
「そう。この世界に来た誰か」
 その誰かがだというのだ。
「来ているのかも」
「その可能性はあるわね」
 神楽もそのことは否定しなかった。
「やっぱりね」
「そうね。それは」
「それとなんですけれど」
 ここで孔明が劉備にまた言った。
「袁術さんのところに行く前にですね」
「行く前に?」
「水鏡先生のところに行っていいですか?」
 こう提案したのである。
「そこに。少し寄って」
「水鏡先生のところに?」
 そう言われて少しきょとんとなる劉備であった。
「どうしてなの?それって」
「はい、久し振りに荊州に来ましたし」
「あっ、そうだったな」
 ここで関羽も言う。
「朱里のいた場所はここだったな」
「はい、生まれは徐州ですが」
「それでも故郷と呼べるのは」
「この荊州です」
 そうだというのである。
「そして水鏡先生の屋敷は私にとっては」
「家なので」
「実家も同じです」
 劉備にもにこりと笑って話す。
「私の我儘ですけれど」
「いいよ、我儘でもいいじゃない」
 柳眉は優しい笑顔で孔明に応えた。
「誰だって故郷、それに実家は大切だからね」
「それじゃあいいんですか?」
「ええ、勿論よ」
 いいというのだった。
「それじゃあ袁術さんのところに行く前にね」
「まずは水鏡先生のところに」
「そういえば水鏡先生の屋敷には」
 黄忠がふとした感じで言った。
「新しい弟子が来たらしいけれど」
「新しい弟子?」
「誰なのだ、それは」
 馬超と張飛がその黄忠に問い返す。
「朱里みたいにすげえ頭のいい奴か?」
「だとしたら凄いのだ」
「多分そうね。水鏡先生のところに来る娘は皆出来物だから」
「そうなんですか」
 孔明はそれを聞いて少し考える顔になった。
「それじゃあそのことも楽しみですね」
「そうなのだ。誰がいても楽しくなるのだ」
「鈴益々ちゃんって人見知りしないからね」
 馬岱が張飛に対して言った。
「けれどそういうのっていいと思うよ」
「そうなのだ?」
「少なくとも御主らしくはないな」
 趙雲が笑ってその張飛に話す。
「人見知りする御主なぞ考えられるものではない」
「ふふふ、そうね」
「その通りね」
 神楽とミナも笑って今の趙雲の言葉に応える。
「そんな鈴々ちゃんはね」
「考えられないわ」
「全くだ。しかしそれがいいな」
 関羽も温かい笑顔になっている。
「御前はな」
「何かよくわからないが褒められているのだ」
 少なくとも悪口を言われているのではないことはわかった。
「それじゃあとにかくまずはなのだ」
「うん、行こう」
 劉備が応える。
「水鏡先生のところにね」
「うむ、そうだな」
「何か楽しみになってきたのだ」
 その劉備の言葉に関羽と張飛が応えてであった。
 乙女達は旅を続ける。その中でだ。
 ふとだ。趙雲が言った。
「我々も多くの場所を旅をしてきたが」
「んっ、どうした?」
「益州はまだだな」
 気付いたのはこのことであった。こう馬超にも返した。
「そうだったな」
「ああ、そういえばそうだよな」
 馬超も言われて気付く。
「何か山が凄く多いんだってな」
「あそこは山岳地帯よ」
 黄忠もこう話す。
「私の知り合いがいるけれどね」
「そうなんですか」
「そうなの。厳顔っていうのよ」
 こう孔明に話すのだった。
 そんな話をしてそのうえで向かっていたのであった。


第三十一話   完


                      2010・9・15



太平要術の書の力に少し気付くも、って感じだな。
美姫 「本当にのほほんとしているというか」
書の力を悪用とか思いつかないんだろうな。
美姫 「とは言え。そんな三姉妹を操っているみたいだけれどね」
だよな。このまま三姉妹を使ってどう動かしていくんだろうか。
美姫 「次回も待っていますね」
待ってます。



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