『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                                第三十話   典韋、曹操に試されるのこと

 曹操はこの時。配下の曹仁と曹洪から報告を聞いていた。
「そう、麗羽はまたなの」
「はい、北にです」
「北に行っています」
 二人もこう曹操に報告する。
「また匈奴です」
「そちらに出陣しています」
「匈奴?ということは」
 二人の話を聞いてだ。曹操はすぐに察したのだった。
 それで言う。こうだった。
「あれね。北匈奴ね」
「はい、北です」
「南匈奴は無事併合を進めていますが」
「北匈奴が攻めてきているのね」
「ここにきて帰順させた部族も反乱を起こしているそうですし」
「麗羽殿もその対処に追われています」
「わかったわ。とりあえず麗羽にはね」
 曹操はここまで聞いてまた述べた。
「そちらを頑張ってもらいましょう」
「麗羽殿なら無事平定してくれるでしょうし」
「それなら」
「そうよ。ただ暫くの間中原で乱が起こってもあの娘は兵は出せないわ」
 曹操はこのことも気にかけていた。
「それが問題だけれどね」
「その為に我等がいますし」
「その時は」
「ええ。孫策殿の方も山越征伐に出ていますし」
「後は」
「董卓は西方だし」
 曹操は今度は彼女の名前を出した。
「中原に来るには時間がかかるわね」
「あとは袁術殿ですが」
「あの方は」
「頭が痛いわね」
 曹操はその袁術の名前が出ると難しい顔になった。
「ちょっとね」
「はい、全くです」
「それでなのですが」
「そうね。また人材が来ているわね」
 曹操の顔がここで綻んだ。
「今度も来たのだったわね」
「御会いになられますか」
「それで」
「勿論よ」
 微笑んでの二人への返答だった。
「それじゃあね」
「はい、それではです」
「こちらに」
「ええ」
 曹操はまた人材と会うことになった。その彼等もまた、であった。
 そしてである。関羽はだ。二人を曹操に合わせたその後で自分達の宿に戻った。するとそこには全員集まっていたのであった。
「よお、お帰り」
「待っていましたよ」
 すぐに馬超と孔明が彼女に声をかける。
「どうやら二人共上手くいったみたいだな」
「曹操さんに登用されたのですね」
「うむ、無事な」
 関羽は微笑んで二人の言葉に答えた。
「それでだが」
「晩御飯を食べに行きましょう」
 黄忠が優しく微笑んで述べた。
「それじゃあ」
「そうなのだ、もう鈴々お腹ぺこぺこなのだ」
「鈴々ちゃんそれでもさっきからずっとそう言ってるじゃない」
 馬岱が張飛に突っ込みを入れる。
「本当に」
「それは気のせいなのだ」
「それで関羽さん」
 劉備はすぐに関羽に問うてきた。
「どのお店に行きますか?」
「そうだな。ここは」
「それならだけれど」
「いいお店があるわ」
 神楽とミナが言ってきた。
「私達がお昼に行ったお店だけれど」
「そこはどうかしら」
「ほう。どんな店なのだ?」
「いいお店よ」
「かなりいい味を出しているわ」
 こう関羽だけでなく全員に話す。
「だからそこはどうかしら」
「チャンプルも気に入ってるし」
「そうか。それならだ」
 関羽は二人の言葉を受けてだった。それに頷く。
 そしてそのうえで他の面々に尋ねた。
「ならそこでいいか」
「うむ、メンマが美味ければな」
 趙雲はまずはそれだった。
「それでいい」
「じゃあそういうことでな」
「行くのだ!」
 馬超と張飛が笑顔で言う。そうしてであった。
 一行はその店に行く。許昌はこの日も賑わっていた。
 その中でだ。一行は不気味な二人と擦れ違った。
「な、何ですかあの人達!?」
「す、凄い格好だったわよね」
 孔明と馬岱が驚いた顔で言う。
「男の人みたいだけれど」
「人間なのかしら」
「恐ろしい気を感じるわ」
 ミナも顔を蒼くさせている。
「只者ではないわね」
「私一人では相手になれないな」
「私もね」
 関羽と黄忠も険しい顔になっている。
「あの辮髪にビキニの巨漢には」
「その横の白い褌の髭の人もね」
「あの格好、何なんだろうな」
「尋常な人間ではないが」
 馬超と趙雲もいささか引いた顔になっている。
「怪物かって思ったけれどな」
「うむ、私もそう思っていた」
「変態にしても恐ろしいものがあるのだ」
 張飛も恐怖を感じていた。
「何か最近この国に変態が揃ってきたのだ」
「個性が強い人が集まるっていいことじゃないの?」
 劉備だけがこう考えることができていた。
「それって」
「それ自体はいいのですけれど」
 孔明はまだ青い顔になっている。
「あの御二人は明らかに何かが違います」
「そうだよね。多分あのうちの一人に私達全員があたっても勝てないよ」
 馬岱はこう見ていた。
「そこまで強いよ」
「蒲公英ちゃん達全員って」
「いや、確かにそこまでの力がある」
 関羽も真剣な顔で劉備に答える。
「あの二人はな」
「そうなんですか」
「まあとにかくなのだ。行くのだ」
 張飛は考えを別の方に向けた。
「御飯を食べに行くのだ。どのお店なのだ?」
「ええ、ここよ」
「このお店よ」
 神楽とミナが言うとであった。一行の目の前にだ。 
 大きな門構えの店があった。紅の門の色が麗しい。
「このお店だけれど」
「どう?」
「美味しそうな匂いがするのだ」
 張飛がまず言った。
「それじゃあすぐに入るのだ」
「そうね。それじゃあね」
 劉備が頷いてであった。皆でその店に入る。そうして全員で一つの席に着いてそこからメニューを頼んでそのうえで全員で食べるのであった。
「おっ、これは」
「凄く美味しいのだ」
 まずは馬超と張飛が笑顔で言った。
「庶民的な味がいいよな」
「それでいてしっかりとした味付けなのだ」
「そうよね。凄く食べやすいし」  
 馬岱も笑顔である。
「どんどん食べられる感じよね」
「瑠々にも食べさせてあげたいわね」
 黄忠は母親の顔であった。
「それが残念だわ」
「ううむ、このメンマの味は」
 趙雲はここでもまずメンマを食べている。
「わからない者、味わえない者は不幸だ」
「はい、この麻婆豆腐もラーメンも蒸し餃子も」
 孔明は小柄だが結構な量を食べている。
「凄いですよ」
「朱里ちゃんの言う通りよね」
 劉備もどんどん食べている。彼女は今は炒飯を食べている。
「どれも凄く美味しいわ」
「ううむ。これ程までとはな」
 関羽も唸っている。
「私は料理ができないから余計に感じるところがある」
「関羽ちゃんはちょっとね」
「あれは一種の才能だから」
 神楽とミナは少し苦笑している。
「切るのは得意だけれど」
「調理は駄目なのね」
「残念だが私はそういうことは駄目なのだ」
 関羽は目を伏せて悲しい顔になった。
「どうしてもな」
「そういえば昔から武芸に学問だったよな」
「うむ」
 馬超の問いにも答える。
「その通りだ」
「そういえばあたしも家事したことないな」
「お姉様お料理作ったことあったっけ」
「ないんだよ、これは」
 こう従妹の問いにも答える。
「ちょっとな」
「そうよね。ないよね」
「家事全般駄目なんだよ。まずいよな、やっぱり」
「鈴々もなのだ」
 それは張飛もであった。
「家事はしたことないのだ」
「この面々で家事ができるのはおそらく紫苑だけだ」
 趙雲は静かに述べた。
「残念ながらだ」
「私とりあえず一通りできますけれど」
 劉備がここで自分を指差しながら話した。
「お料理も。一応は」
「あら、そうだったの」
「はい」
 神楽の問いにも答える。
「特に靴を作ったりお裁縫はです」
「靴を売って生きていたからなのね」
「はい、それで暮らしてきましたから」
 ミナにも答える。
「ですからそれは特にです」
「それでは今度から劉備殿も家事をしてくれるのか」
 趙雲がうっすらと笑って述べた。
「楽しみにしておくか」
「やらせてもらいますね」
 こんな話をしていたのだった。
 そうしてだ。そんな話をしているとだ。そこに鮮やかな青い髪を短くして上で髷を作っている女の子が来た。赤がかった鳶色の目をしていて顔立ちは幼いがとても可愛らしく明るいものである。小柄でエプロンをしている。エプロンの下には袖のない上着と黒いローライズの半ズボンが見える。
 その少女が来てだ。一行に声をかけてきたのだ。
「皆さんとても召し上がられていますね」
「むっ、貴殿は」
「誰なのだ?」
「はい、典韋といいます」
 少女はにこりと笑って関羽と張飛の言葉に答えた。
「このお店の料理人です」
「ではこの料理は貴殿がか」
「作ったのだ」
「はい、そうです」
 その通りだという典韋だった。
「皆さん私が作ったお料理をとても美味しそうに沢山召し上がられてますよね」
「だって美味いからな」
「その通りだ」 
 それでだという馬超と趙雲だった。
「これじゃあ幾らでも食えるよな」
「うむ、メンマもな」
「堪能させてもらっているわ」
「はい、とても美味しいです」
 黄忠と孔明も話す。
「御礼を言わせてもらうわ」
「有り難うございます」
「いえ、御礼を申し上げるのはこっちです」
 だが典韋は笑顔でこう話すのだった。
「私の料理をここまで美味しく召し上がってもらって。それで」
「それで?」
「今度は何なのかな」
 劉備と馬岱が言う。するとであった。
 一同にだ。あるものを出してきたのだ。
「お饅頭?」
「そうね」
 神楽とミナがそれを見てすぐに言った。
「これは頼んでないけれど」
「どうして」
「私からの皆さんへの御馳走です」
 満面の笑顔で話す典韋だった。
「どうぞ召し上がって下さい」
「凄い太っ腹なのだ」
 張飛は典韋のその饅頭を前にして彼女もまた満面の笑顔になった。
「それじゃあ遠慮なく頂くのだ」
「はい、皆さんもどうぞ」
 こう話してだった。彼女達は皆その饅頭を食べはじめた。その味は。
「美味いな」
「そうだな」
「コクのある味だけれどあっさりしていてな」
「凄く食べやすいのだ」
「これ何かな」
 一同はそれぞれ言う。
「そうね。牛でも豚でも羊でもないわね」
「何のお肉でしょうか」
「はい、それはですね」
 典韋がにこりと笑って話す。
「頭に『に』が付く生き物です」
「に!?」
「日本語ね」
 神楽とミナがそれに気付いたのだった。
「とりあえずそれはいいとして」
「何の生き物かしら」
「それはですね」
 何故かここで典韋はその両手の指を禍々しく曲げて前にやってきた。両手は胸の前の位置だ。肘は曲げてあまり強く前には出していない。
 そして顔を不気味な笑みにさせてだ。さらに言うのであった。
「四文字で」
「ええと、四文字?」
「四文字で頭に『に』というと」
「まさか・・・・・・」
 劉備に関羽、孔明の顔が真っ青になる。
「それって。出したらいけないんじゃ」
「そうだ、食べるのはかなりな」
「そういう話はありますけれど」
「はい、鶏です」
 フェイントだった。
「鶏なんです」
「お、おい。それか」
「それだったの」
「全く」
 馬超に馬岱、それに黄忠はほっと胸を撫で下ろした。
「驚かせてくれるよ」
「まさかと思ったけれど」
「本当にね」
「そうだな。私もな」
 趙雲も今は笑っていない。
「今のはぎくりとしたぞ」
「流石に人間は食べたことはないわ」
「私もよ」
 神楽とミナも他の面々と同じ顔になっていた。
「けれど鶏ならあるから」
「そうだったら喜んでいいわ」
「そうなのだ。美味しいのだ」
 張飛だけが平然としていた。話を聞かずに食べることに専念しているからだ。
「このお饅頭とても美味しいのだ」
「はい、召し上がって下さいね」
 笑顔で言う典韋だった。
「どうか」
「わかりました」
 劉備が頷いてだった。皆で食べるのだった。そして宿に帰るとだ。
 一行の下にだ。夏侯淵が来た。そうしてだった。
「宜しければですが」
「明日か」
「お食事にですか」
「はい、曹操様は月に一度御自身が作られたお料理でお客人を接待されます」
 そうするというのである。
「ですから。それに皆さんを」
「いいのですか?それは」
 劉備が遠慮する顔になっていた。
「あの、私達ってただこの街に来ただけですし」
「はい、構いません」
 夏侯淵は微笑んで劉備の言葉に返した。
「曹操様はお客人をお招きするのが趣味でして」
「そうなんですか」
「是非皆様いらして下さい」
 こうも言う。
「そして曹操様が作られた御馳走を堪能しましょう」
「よし、わかったのだ!」
 張飛はたらふく食べたばかりだがもうそちらに考えをやっていた。
「明日はお腹を空かせる為に朝御飯はお代わりを三杯までにしておくのだ」
「あたしもだ!」
 馬超も言うのだった。
「明日は楽しみにしておくか!」
「おお、馬超殿」
 夏侯淵は彼女の姿を認めて優しい笑顔になった。
「姉者が貴女と会いたがっていましたよ」
「夏侯惇がかよ」
「はい、また貴女と機会があれば槍を交えたいと」 
 だからだというのである。
「それでなのです」
「そうか、あいつもいるんだよな」
「はい」
「会うのが楽しみだぜ。元気だといいがな」
「うむ、私は元気だ」
 ここで本人が出て来た。
「馬超、久しいな」
「おお、夏侯惇!」
「明日は宜しくな」
「ああ、こっちこそな!」
 二人はお互いの右手と右手を絡め合わせて言い合う。
「できれば槍の手合わせといきたいな」
「全くだよ」
「ふむ、この二人は馬が合うのだな」
 趙雲はそんな二人を見て言う。
「仲良きことはだな」
「同じ槍使いだしな」
「それに馬超の性格は嫌いではない」
 その二人がそれぞれ言う。
「こうして会えたからにはな」
「一緒に楽しみたいものだ」
「そうだな、姉者」
 夏侯淵も姉の横で優しい笑顔になっている。
「そうしたところが姉者のいいところだ」
「そして夏侯淵さんはあれだよね」
 馬岱は彼女を見ながら笑顔になっている。
「そんなお姉さんが大好きなんだね」
「う、うむ」
 馬岱の言葉に頬を赤らめさせる。
「姉妹だからな」
「そうですよね。姉妹っていいですよね」
 孔明もここで笑顔になる。
「私もお姉ちゃんがいますから」
「揚州の諸葛勤さんね」
 黄忠が言う。
「また会えるといいわね」
「はい、その時を楽しみにしています」
 そんな話を聞いてだった。神楽はふと呟いた。
「そうね。姉さんだって」
 だがこの言葉は誰にも聞こえなかった。何はともあれその次の日だった。
 曹操はだ。昨日会った人材とまた会っていた。彼等は。
 一人は覆面をした忍者、一人は頭に頭巾のある上半身裸の男だ。
 三人目は顎鬚を生やした赤いスーツに白いズボンの端整な男、最後の一人は太って家鴨を連れた青年だ。その四人であった。
「如月影二に不破刃」
 曹操は彼等の名前を呼んでいく。
「それにカーマン=コールに王覚山ね」
「それに私達もよ」
「遅れてすまん」
 紫と白のアラビアの服に曲がった刀を持った美女、それとやたらと大きな禍々しさを感じさせる男、その二人も来たのであった、
「シンクレアよ」
「ワイラーだ」
「ええ、覚えてるわ」
 曹操は悠然と笑って二人にも言葉を返した。
「ちゃんとね。安心して」
「そう、それならね」
「いい」
「それでだけれど」
 ここであらためて言う曹操だった。
「貴方達もどうかしら」
「どうかとは」
 影二が曹操の言葉に応える。
「何かあるのか」
「これから私が料理を作るのだけれど」
「料理をか」
「貴方達も食べるかしら」
 こう言うのであった。
「それはどうかしら」
「いや、拙者はいい」
 影二が最初に断った。
「貴殿の料理となるとかなり豪奢なものだな」
「腕によりをかけて作るわよ」
「拙者はそうしたものは食べぬ」
「じゃあ何を食べるの?」
「保存のきくもの、腐りにくいものがいい」
 これが彼の言葉だった。
「だから馳走や美食といったものは合わぬ」
「貴方、凄い人生を歩んできたみたいね」
 曹操にもそのことはわかった。
「まあいいわ。食べたくないのならそれはいいわ」
「済まぬ」
「謝らなくてもいいわ。無理強いはしないから」
 だからいいというのである。
「けれど他の人はどうかしら」
「よかったらな」
「是非」
「御相伴に」
「御願いします」
「わかったわ。それじゃあ今回は量も奮発してね」
 曹操は目を細めさせて言うのだった。
「腕によりをかけるわよ」 
 こうしてだった。曹操は料理を作ることにした。そしてその宴席ではだ。曹操側の家臣達と客将達が横一列に並んでいる。客将達の数がかなり多い。
 そしてもう一方には劉備達がいる。こちらは九人だ。
「あっち側多いのだ」
「そうよね。何かはじめて見る人も多いし」
「増え過ぎではないのか?」
 張飛と馬岱、趙雲がその客将達を見て言う。
「向こう側の人間ってあんなにいるのだ」
「あの人が覇王丸さんかな」
「ナコルルの言っていたあの御仁か」
「おっ、あんた達ナコルルを知ってるのか」
 その覇王丸が自分の席から彼女達に言ってきた。
「へえ、そりゃまた奇遇だね」
「何か凄く豪快そうな人ですね」
 孔明がその覇王丸を見て言う。
「剣の腕もかなりですね」
「おっ、わかるか」
「私は武芸の心得はないですけれど」
「それでもわかるか」
「はい、その気配で」
 わかるというのである。
「他の皆さんもですね」
「うむ、皆それぞれ一風変わった者達だが」
 夏侯惇が微笑んで彼女達に話す。
「いい連中だぞ」
「そうなのか。それはこっちと同じだな」
「そうだ、馬超」
 夏侯惇は今度は馬超に対して微笑みを向けた。
「貴殿も元気そうで何よりだ」
「夏侯淵から話は聞いてるぜ」
「よし、それじゃあ後で槍を交えるか?」
「楽しみにしているぞ」
 こんな話をする二人であった。そしてだ。
 荀ケも言うのだった。
「そういえばこの面々が来てから男とも普通に話すようになったのよね」
「それは物凄い変化ではないかしら」
「そうよね」
 曹仁と曹洪がそんな荀ケの言葉を聞いて話す。
「随分変わったわね」
「確かに」
「十兵衛さんはお酒より甘いものが好きなのが残念だけれど」
 無類の酒好きである荀ケらしい言葉だった。
「覇王丸はお酒大好きだし。それに」
「それに?」
「さらに?」
「あんな話聞いたらね。どうしても嫌いになれないわよ」
「おしずさんのことですね」
「あれはちょっと凄いです」
 郭嘉と程cが言う。
「そこまで剣の道を求められるとは」
「覇王丸さんは漢ですね」
「そこまで突き進むのなら何処までも突き進めばいいのよ」
 荀ケはこんなことも言った。
「全く。おしずさんが可哀想よ」
「しかし覇王丸さんは嫌いじゃないのね」
「大嫌いよ」
 許緒にこう返す。
「大嫌いだから。つい話を聞いてやりたくなるのよ」
「こう言って最近他の世界から来た面々と飲んでるからな、こ奴は」
 夏侯惇がいささか呆れながら言う。
「人は変われば変わるものだ」
「姉者も覇王丸達とよく飲むな」
「正直嫌いじゃない」
 こう言ってであった。
「だからだ。共にいる」
「そうか。実は私もだしな」
「秋蘭もよく飲むな、最近」
「うむ、ズィーガー殿の騎士道は勉強になる」
 こんな話をしながら曹操を待つ。その曹操が黒いマントを羽織って来た。
 そして多くの食材に囲まれてだ。まずは梅をかじった。
 それからだった。こう一同に宣言する。
「それじゃあ美食の会をはじめるわよ」
「よし!」
「待ってました!」
 覇王丸達から歓声が起こる。
「食うぜ!」
「たっぷりとな!」
「そうよ。さあ関羽」
 曹操は微笑みを浮かべて関羽を見て言う。
「今日は私の料理を楽しんで頂戴ね」
「曹操殿かたじけない」
「劉備殿もね」
 彼女にも顔を向けた。
「堪能してね」
「は、はい」
「馬超」
 今度は馬超を見た。
「貴女もね」
「あ、ああ」
 因縁のあった二人だがだ。今は違った。誤解は解かれどちらかというとである。馬超の方が顔を赤らめさせていた。
 そうしてである。曹操が料理を作る間にだ。一同に酒が出された。
「曹操様が好物の蜜柑から作ったお酒です」
「あっ、お酒なのだ」
 張飛がその酒を見て笑顔になる。
「それじゃあ早速飲むのだ」
「では般若湯を飲むとしよう」
 双角はこう理由をつけていた。
「これは曹操殿が自ら作られたものだったな」
「左様、曹操殿が自分の足で蜜柑を踏んでそこから作りしもの」
 狂死郎が話す。
「葡萄の酒と同じであるな」
「ああ、曹操様が自ら作られたお酒」
「美味いな、この酒」
 荀ケがうっとりとしたところで覇王丸が一気飲みした。
「もう一杯」
「うむ、私もだ」
 夏侯惇も一気だった。
「もう一杯くれ」
「あのね、あんた達」
 荀ケはそんな二人に呆れながら注意を入れる。
「折角華琳様が自ら作られたお酒なのに味わって飲みなさいよ」
「んっ?酒ってこうやって飲むものだろ」
「違うのか?」
「違うわよ。全くあんた達は」
「もう一杯なのだ」
 それは張飛もだった。
「鈴々はお酒も幾らでもいけるのだ」
「全く、この面々は」
 荀ケはここで完全に呆れてしまった。
「無作法にも程があるわね。ズィーガー殿みたいに紳士的にね」
「何でしょうか」
 そのズィーガーが応えてきた。彼は穏やかに飲んでいる。
「曹操殿が作って頂いたこの蜜柑酒見事です」
「そういえばあんたあれじゃったな」
 中が彼に言う。
「ビール作りが趣味だったな」
「はい」
 笑顔はないが実に丁寧な返答である。
「そうです。ですからお酒のことはわかるつもりです」
「成程、そうなのじゃな」
「よし、それじゃあまずは」
 ここで曹操が言った。そうしてであった。
 どんどん料理が来る。
「西方から取り寄せたトリュフを焼いたものです」
「熊の手の刺身です」
「海亀の卵の似たものです」
「燕の巣の湯です」
 次々と運ばれてくる。荀ケは恍惚としている。しかしである。
 張飛と馬超は不満な顔であった。
「何かちまちまとしているのだ」
「もっとがっつり食いたいよな」
「そうなのだ、これなら」
 ここで言う張飛だった。
「街の典韋の料理の方が美味しいのだ」
「何ですって!?」
 そしてであった。それを聞き逃す曹操ではなかった。
 強い顔になってだ。張飛に顔を向けて言った。
「聞き捨てならないわね、張飛」
「けれど本当のことなのだ。あの料理は美味しかったのだ」
「わかったわ。それじゃあ」
 そしてだ。曹操は言うのだった。
「その典韋という料理人をすぐに連れて来なさい」
「何か凄い展開になってきたわね」
 黄忠はぽつりと呟いた。そうしてであった。
 その典韋が連れて来られる。彼女は周囲を見回しおろおろとしている。
 しかしだ。その中でだ。
「あれっ、季衣ちゃん」
「流琉ちゃんじゃない」
 お互いを確認して笑顔になる。
「曹操様のところにいるって聞いたけれど」
「ここに来ていたの」
「うん、そうなの」
 料理人の場所と食事の席からそれぞれ話す。
「ねえ、今度ね」
「御馳走してね」
「知り合いみたいだな」
 グローバーはそんな二人を見て話す。
「また奇遇だね」
「はい、私達実は故郷が一緒なんです」
「親友同士なんですよ」
「世界は狭いわね」
「本当にね」
 神楽とミナがそんな二人を見て言う。
「私達もこの世界に来ているし」
「そうね」
「そう。二人は同郷だったの」
 曹操は二人のやり取りを見て笑顔になる。
「それでだけれど典韋」
「は、はい」
「貴女が作りたいものを作ってくれるかしら」
 こう言うのであった。
「量は多いだけいいわ」
「多いだけですか」
「何しろ数が多いから」
 見ればだ。とりわけ曹操の客将が多い。
「御願いするわね」
「そう言われましても」
 何を作るかだった。それがわからなかった。
 しかしである。ここで張飛が狼狽して周囲を見回し続ける典韋に対して手を振って言ってきた。
「典韋、頑張るのだ!」
「張飛さん、それに」
「頑張れよ!」
「期待してるからね!」
 それに馬超と馬岱の話も聞く。彼女達を見てだった。
「それじゃあ」
 典韋は明るい顔になってすぐに料理を作りはじめた。それは。
「お饅頭?」
「そうね」
 黄忠が劉備に応える。
「中は」
「メンマと鶏肉と麻婆豆腐ね」
 それだった。
「美味しい、あのお店の味がそのまま」
「そうね」
「確かに美味しいけれど」
 荀ケは少し辛口の顔になる。
「曹操様のものと比べると」
「凄く美味しいのだ!」
「うむ、そうだな」
 張飛と趙雲が笑顔になっている。
「鶏肉が美味しいのだ」
「メンマもな」
「それに麻婆豆腐も」
 孔明も満面の笑顔である。
「この味、やっぱりいいですよね」
「そうだな。本当にな」
「そうよね」
 関羽と劉備も満足している。しかしだ。
 荀ケはまた言った。
「やっぱりこの勝負は」
「いいえ、私の負けよ」
 ここでこう言う曹操だった。
「今回の勝負はね」
「えっ、負けって!?」
「負け!?」
「どうしてですか!?」
「今回の宴会は劉備殿や関羽をもてなす為のものだったのよ」
 曹操が言うのはこのことだった。
「けれど私は自己満足で料理をしたわ。けれど典韋は」
「私なんですか」
「そう。貴女は劉備殿達のことを考えて料理をしたわ。お客人をもてなす為にね」
「だからなんですか」
「そうよ、私の負けよ」
 こう言う曹操だった。しかしである。
 今度は劉備が言うのだった。
「それも違うんじゃないですか?」
「違うというの?」
「だって曹操さんも私達をもてなす為に作ってくれましたよね」
「そのつもりだったけれど」
「だったら同じです」
 にこりと笑って話す劉備だった。
「それに」
「それに?」
「料理に勝ち負けなんてありません」
 これが劉備の考えだった。
「ですから」
「そうなの。そうね」
 それを聞いてだった。微笑む曹操だった。
「私もまだまだ未熟ね。それはそうと典韋」
「はい」
「見事よ」
 こう言ったところであった。いきなりだ。
「そ、曹操様!」
「どうしたの?」
「牛が!食材の牛が!」
 その牛がだ。宴会の場に飛び込んで来たのだ。
「牛!?」
「おいおい、暴れ牛だな!」
 へヴィDとロイが言う。
「じゃあ俺が止めるか」
「いや、俺が!」
「こういうときにローレンスがいればな」
 今言ったのはフランコである。
「面白いんだがな」
「ここは私が行く」
「いや、客人の手をわずらわせてはならない」
 関羽は夏侯惇が制する。
「ここは私がだ」
「というか誰でもいいから早く行った方がいいですよ」
 孔明が正論を言う。
「さもないと牛さんは」
「ここは僕が!」
 許緒が出ようとしたその時だった。典韋がだ。
 自分の前に突っ込んで来る牛の角を掴んでだった。
「てえええええええええええええいいっ!!」
 思い切り上に放り投げた。牛はそのまま天高く上げられそして。地に叩き付けられたのだった。
「ステーキだな」
「ああ」
「それかすき焼きだな」
「シェラスコでもいいんじゃないか?」
 別の世界から来た面々はその落ちてきた牛を見てそれぞれ言う。
「じゃあ食うか」
「後でな」
「それはまた後の話でね」
 曹操はそんな彼等を見て話す。
「典韋」
「はい、何でしょうか」
「その怪力と料理の腕見事よ」
 こう言うのだった。
「丁度料理を語り合える相手も欲しかったし季衣の親友でもあるし」
「また一緒に遊ぼうよ」
「そうよ。私のところに来て頂戴」
 許緒と共に言う曹操だった。
「どうかしら、それは」
「あの、私まだお店が」
「わかってるわ。それじゃあその話はそっちでしてね」
「そうしてですか」
「御願いするわね」
「は、はい」
 こうしてであった。典韋も曹操の配下になることになった。そうしてであった。
 劉備達はあらためて旅をはじめることになった。曹操が彼等を見送る。
「ところで噂だけれど」
「はい?」
「何か私の領内に不気味な男が二人徘徊しているそうね」
「あっ、若しかして」
 ここでふと思い出した劉備だった。
「昨日か一昨日に擦れ違ったあの?」
「間違いないですね、あの人達です」
 孔明が顔を青くさせて言う。
「絶対に」
「知ってるのかしら」
「知ってるというかちょっと街で擦れ違ったんです」
 孔明はこう曹操に話す。
「一人はピンクのパンツに辮髪の人で」
「辮髪ね」
「もう一人はお髭に褌の人で」
「変態なのかしら」
「多分」
 孔明もその可能性を否定しなかった。
「そうだと思います」
「そう、わかったわ」
 話を聞いて頷く曹操だった。
「何者かわからないけれど警戒が必要ね」
「ところで曹操さん」
 馬岱が曹操に尋ねた。
「お姉様が見えないんですけれど」
「ああ、馬超ならね」
「はい」
「今夏侯惇と槍の手合わせをしてるわよ」
 こう馬岱に話すのだった。
「だから今はね」
「そうなんですか」
「もう少し待ってね」
 微笑んで馬岱に話す。
「馬超も欲しかったりするけれど」
「あの、曹操様」
「今度は馬超殿ですか?」
 曹仁と曹洪は今の主の言葉に困った顔になる。
「私達もいますし」
「ですから」
「それでもよ。やっぱり奇麗で優れた娘は好きなのよ」 
 曹操のこの嗜好は変わらない。
「どうしてもね」
「それでもです」
「あの」
「わかってるわよ。貴女達の相手は忘れないわよ」
 微笑みを困った顔の二人にも向ける。
「じゃあ今夜はね」
「は、はいっ」
「御願いしますっ」
 顔を赤らめさせて応える二人だった。そうしてだ。劉備達は彼女達に別れを告げた。
 一行はまた旅を続ける。そこで、である。
「さて、いよいよだな」
「そうだな。その袁術殿の下にだ」
 趙雲が関羽に対して述べる。
「行くことになるな」
「何かここまでの道中でも色々あったな」
「そうね」
 黄忠が二人の言葉に微笑む。
「袁紹さんのところに曹操さんのところに」
「あと白々ちゃんも」
「白蓮だ!」
 劉備が言うと何処からか声がした。
「桃香、本当にいい加減覚えてくれ!」
「あっ、御免なさい」
「いや、問題はそこじゃなくて」
「そうですよね」
 馬超と孔明が目を点にして言う。
「あの人今幽州に戻ってるんだろ?」
「どうして聞こえたんでしょうか」
 二人が言うのはこのことだった。
「よくわからないけれど聞こえたみたいなのだ」
「凄い耳だよね」
 張飛と馬岱は特に驚いている様子はない。
「とにかくなのだ」
「その袁術さんのところよね」
「大丈夫かしら」
「そうね」
 神楽とミナは不安な顔になっていた。
「あの袁紹さんの従妹だというけれど」
「いい予感がしないわ」
「実際に結構問題のある人みたいですね」
 孔明がその二人に話す。
「ですからちょっと注意しておいた方がいいかも知れません」
「わかったわ。それじゃあ」
「少し覚悟を決めてね」
 ミナはここで自分の足元のチャンプルを一瞥した。
「いざその地へ」
「今から」
「じゃあ行きましょう」
 劉備はここでも天真爛漫である。
「いざ、袁術さんのところに」
「うむ、それではな」
「行くのだ!」 
 関羽と張飛が彼女の言葉に応える。そのうえで乙女達は目的地に向かうのであった。


第三十話   完


                           2010・9・11



典韋の登場。
美姫 「そして、彼女はそのまま曹操の下に」
魏の主だった顔ぶれも揃ってきたな。
美姫 「そうね。で、劉備たちはようやく出発ね」
無事に取り戻せるのかな。
美姫 「どうなるのか、次回も待っていますね」
ではでは。



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