『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                          第二十三話  楓、思い出すのこと

 袁紹の陣営は今何かと多忙だった。誰もが仕事を持っていて動き回っていた。
「善光、あの書はできまして?」
「はい、できました」
 陳琳が袁紹の問いに答えていた。
「こちらに」
「わかりましたわ。ではすぐにそれを烏丸にいる青珠と赤珠に届けなさい」
「はい、すぐに」
「急ぎなさい。それと」
 袁紹は険しい顔で陳琳に話す。
「次は西に向けて書きなさい」
「はい、涼州にですね」
「そうですわ。そこにも」
 袁紹は言うのだった。
「兵を送りますわよ」
「ではいよいよ」
「ええ、討伐にかかりますわ」
 こう言うのであった。
「姜への」
「はい、それではすぐに兵を」
「わたくしも行きますわ」
 彼女もだというのだった。
「わかりましたわね」
「麗羽様もですか?」
「いけませんこと?」
「あの、それは」
「少し」
 ここでだった。彼女の左右に控えていた田豊と沮授がすぐに彼女を止めにかかった。
「烏丸の時も出陣されましたし」
「今は」
「駄目だというのでして?」
 袁紹は二人の言葉に面白くなさそうにその目を向けた。
「わたくしが出なくてどうするのでして?」
「ですが麗羽様は御出陣になるとすぐに前に出られますから」
「それでは何かあったら」
「大変だというのでして」
「はい、そうです」
「ですから今回はここに留まっておいて下さい」
 二人は袁紹を必死に止める。
「御願いですから本当に」
「政治のこともありますし」
「いえ、そういう訳にはいきませんわ」
 しかし袁紹は話を聞かない。
「わたくし自ら出陣しあの者達を討伐しますわ」
「全く。戦がお好きなんだから」
「困ったことですよ」
 田豊と沮授も主のその性格には呆れるばかりだった。だが袁紹は言い出したら聞かない。それが袁紹陣営の悩みの種だった。
 そうしてだ。袁紹自ら西方に出陣するという話は兵達にも伝わっていた。それはまだ烏丸の治安維持にあたっている者達のところにも届いていた。
「また袁紹の姫さん出陣されるそうだぜ」
「あの方も好きだよな」
「全くだ」
 ビリーとアクセル、ローレンスが話をしていた。彼等は築いている城の城壁のところにいた。その城から烏丸を治めようというのである。
「戦場に出たらいつも前に出る人だしな」
「俺達はいいが周りははらはらしてるな」
「大将自ら前に出てはそれも当然だ」
 三人はこう話していた。そしてジャックもミッキー、リーと話をしていた。
「今度は西か」
「ああ、そうだな」
「また大きな戦争じゃな」
 ミッキーとリーは食事を採りながらジャックの言葉に応えていた。
「まあ俺達は戦うことが仕事だしな」
「それとこうした城壁を築いたりすることだな」
「わしは薬の仕事もあるがな」
 リーはそちらの仕事もあった。見れば今何か手に薬草を持っている。
「これを飲めば二日酔いも一発じゃ」
「おっ、そりゃいい薬だな」
「俺にもくれるか?」
「よいぞ。しかしここでも戦いおかしなことがあったのう」
 リーはここで首を捻るのだった。
「随分とな」
「ああ、そうですよね」
「それは」
 ニコルとミハルが来てだ。リーのその言葉に応えた。
「烏丸の人達って温厚ですし」
「反乱を起こすような人達じゃないですよね」
「それが急に大暴れして」
「戦争が終わったらもう僕達と仲良くですし」
「普通ここまで変わるものかい?」
 凱もこのことを指摘する。
「俺達のそれみたいにスポーツとか格闘じゃないだろ。戦争だろ?」
「まあ俺達の世界でもな」
 ミッキーもここで話す。リーから受け取ったその薬草を食べながら。
「戦争は後々まで恨みとか残るからな」
「けれどこの人達はあっさりしてますし」
「戦死した人がかなり少なかったにしても」
 ニコルとミハルはまた話す。
「それでも何か」
「この人達が反乱を起こしたなんて信じられません」
「突発的な暴動だったのか?」
 レッドドラゴンはこう考えた。彼も来ていたのだ。
「今回のことは」
「暴動にしては少し組織的過ぎるんじゃないのか?」
 テリー=ロジャースはレッドドラゴンの言葉に首を捻った。
「今回のことは」
「そういえば動きがよかったな」
「そうだな」
 ガンダーラとイワンはこう話した。
「敵の動きは統率が取れていた」
「妙なまでに」
「考え過ぎ、じゃねえな」
 キムはすぐにその考えは否定した。
「裏に何かいたな」
「それが誰か」
「それが問題ってことか」
 ジャックも腕を組んで考える顔になった。
「煽ってる奴がいたってことか、烏丸の連中を」
「だとすればそれは誰かだな」
 マイケルも真剣な顔である。
「碌な奴じゃないのは間違いないにしても」
「手掛かりはあるのか?」
「だとしたら誰だ」
 ブラバーマンとパヤックはその場合誰がいるかを考えた。
「一体全体」
「どういった者が」
「少し調べる必要があるな」
 レオが言った。
「そうしたことも」
「じゃああれか。忍者の連中の仕事か」
「そうなるな」
 凱とロジャースはこう話した。
「火月と蒼月か」
「あの連中も忙しいな」
 こう話をしていた。そしてリーもだった。
「ふむ、この世界きな臭いにも程があるな」
「全くダス。だからワス達がここに来たダスか?」
 テムジンは首を傾げさせながら話した。
「それで」
「そうなんだろうな。縁があってのことだろうな」
 マイケルもその通りだというのだった。
「テリーやヘヴィ=Dもこっちに来てるしな」
「ジョンとかな。ダックも南の方にいるってな」
「ああ、あの連中もか」
 キムとイワンが話す。
「賑やかなのはいいがな」
「何だらけだな」
 こんな話をしていた。そのうえで彼等は烏丸で仕事をしていた。そしてこの時ドンファンとジェイフンはだ。古い知り合いと会っていた。
「あんた達も来てくれたか」
「お久し振りです」
 見ればだ。鳥の覆面にレスラーの服の大男に金髪のいかつい男と少年、それと髭の老人だった。この三人がいたのであった。
「ああ、二人共そこにいたので」
「探したわよ」
 彼等のところに辛評と辛?が来た。そのうえで声をかけてきたのだ。
「新しい人達が来たのね」
「その人達?」
「ああ、俺達の古い知り合いでな」
「いい人達ですよ」 
 ドンファンとジェイフンが二人に応えて笑顔で話してきた。
「頼りになるしな」
「力になってくれます」
 そしてだ。その三人と少年が名乗ってきた。
「グリフォンマスクだ」
「ケビンだ」
「坂田冬二という」
「マーキーだよ」
 最後に少年が名乗った。合わせて四人だった。
「気付けばこの世界にいたが」
「面白そうな世界だな」
「わし等は戦えばいいのじゃな」
「他にも力仕事をしてもらいたいけれど」
「いいかしら」
 辛評と辛?は彼等にこうも話した。
「期待しているからね」
「是非共ね」
「わかった」
 グリフォンマスクの返事である。
「それではやらせてもらう」
「さて、それで」
「ここでの戦後処理も終わりだし」
 姉妹はこうも話した。
「後は帰ってね」
「そうね。また政治ね」
「何か政治ばっかだよな」
「そうですね」
 ドンファンとジェイフンは姉妹の話を受けてこう言った。
「戦乱っていったのにな」
「戦争よりも政治の方がずっと多いですよね」
「そういうものよ」
「ねえ」
 しかし二人はこう返すのだった。
「政治は止まらないし」
「いつもしておくものだから」
「それに戦は政治の一手段よ」
「だからこれも政治よ」
 こうドンファン達に話すのだった。
「そうした意味で貴方達も政治をしてるのよ」
「そういうことになるの」
「そうだったのか」
「成程」
「とにかくね。今度は西よ」
「私達は南皮に向かうけれど」
 二人はそこだというのである。
「麗羽様は冀州の内政をさらに充実させたいと考えておられるから」
「それでね」
「あの姫様も忙しいよな」
「そうだよね」
 ドンファンとジェイフンは袁紹のその話を聞いて述べた。
「また随分とな」
「政治と。その戦争にって」
「あれでその二つはできるからいいのよ」
「確かに何をするかわからない方だけれど」 
 二人も袁紹についてはそうした認識だった。
「宝探しが趣味だしね」
「幼いところも多いし」
「そういえば普段あれなところも多いな」
 ドンファンは腕を組んで述べた。
「お馬鹿っていうかな」
「兄さん、それ失礼だよ」
 ジェイフンは兄のその言葉を嗜めた。
「幾ら何でも」
「ああ、悪い」
「まあ事実だけれどね」
「残念なことにね」
 二人もそれは否定しない。
「水華と恋花はもっと大変だけれどね」
「軍師二人は」
「っていうかあの二人よくあの姫様に忠義尽くすよな」
「あれだけ振り回されてるのに」
「というか我儘でムラッ気がなかったら麗羽様じゃないし」
「あれで家臣思いでお優しいし」
 袁紹の意外な長所である。
「劣等感もあったりしてそれがおかしなところになったりしたりもしてるけれど」
「基本的にはいい方でしょ」
「ああ、それはな」
「その通りですね」
 ドンファンもジェイフンもそれには頷いた。
「悪い人じゃないな」
「領民を大切にしますし」
「烏丸の民だって万全かつ公平に統治されるしね」
「そういうところはいいのよ」
「ただ。多分にお馬鹿だからな」
「興味がないことは絶対にしないしね」
 そうしたところが袁紹の問題点なのだ。
「それでも悪い姫様じゃないからな」
「僕達もいるし」
「そして俺達もだな」
 ケビンが笑顔で言ってきた。
「この世界でもやらせてもらうぜ」
「わしのこの腕、見るがいい」
 坂田も言う。
「老いていてもそれは鈍ってないぞ」
「ええ、それじゃあね」
「期待させてもらうからね」
 こうして袁紹陣営にもまた人が加わった。そうしてであった。
 楓達は既に西に向かおうとしていた。先遣隊というわけである。ここで嘉神が不意にこんなことを言ってきたのであった。
「紫鏡が死んだ」
「そうだな」
「揚州じゃったな」
 彼のその言葉に示現と翁が応えた。
「刺客として死んだか」
「あ奴らしいのう」
「しかしだ」
 嘉神はここでまた言った。
「あの者がただ一人で何かをするとは思えぬ」
「では。やはり」
「裏におるか」
「それで間違いない。それに」
 その言葉を続ける。
「烏丸も同じじゃな」
「気付いておったか」
 翁は嘉神の今の言葉に笠の奥の目を光らせた。
「流石じゃな」
「何かがなくてあそこまでの大乱は起こりはしない」
 嘉神は言った。
「それも突如起こり突如終わった」
「常世か?」
 示現はその可能性を考えた。
「それでは」
「親父、それだったら大変です」
 虎徹はそれを聞いて言った。
「刹那がこの世界に来ているです」
「間違いなく来ている」
 嘉神は虎徹に対しても話した。
「さもなければ我等が揃ってこの世界に来ていると思うか」
「そうですよね」
 楓はここでようやく口を開いた。
「やっぱり。来ていますよね」
「そうだ、だが何処にいるかだ」
 嘉神が考えるのはこのこともだった。
「何処に潜んでいるかだ」
「そうじゃな。やがてわし等の前に出るにしても」
 翁も言う。
「何処に潜んでおるかじゃ」
「そして刹那だけではない」 
 示現は他の存在のことも考えていた。
「他にも来ているか」
「どうやらこの世界、我等が考えている以上に危うい」
 嘉神の目が鋭くなる。
「この世界の乙女達はそれに気付いているだろうか」
「気付かなくとも時が来れば気付くじゃろうな」
 翁はそのことには楽観している向きがあった。
「やがてな」
「その時になればか」
「そうじゃ、その時は必ず来る」
 また嘉神に話した。
「そのことは特に心配することはない」
「そうか」
「うむ、そしてじゃ」
 また言う翁だった。
「今度の戦もじゃ。激しいものになるな」
「西の騎馬民族ですね」
 楓が問うた。
「今度は」
「左様じゃ。強いぞ」
 翁は楓に対して答えた。
「用心してかからねばな」
「はい、わかりました」
 楓は翁のその言葉に素直に頷いた。
「それでは」
「それでだが」
 今度は示現が言ってきた。
「少し休憩にするか」
「休憩か」
「そうだ。朝から歩き通しだ」
 こう翁に告げる。
「我等はいいが兵達はな」
「そうだな。馬に乗っている者も多いにしてもな」
 嘉神も話す。
「それでもな。馬も疲れるからな」
「今疲れてはどうにもならない」
 また言う示現だった。
「だからだ」
「よし、そうじゃな」
 翁はここで言った。
「ここは休憩じゃ」
「そうするか」
「いい時間じゃしな。食事にしよう」
 こうも言うのだった。
「さて、何を食べるかじゃが」
「干し肉にするか」
 嘉神はそれだというのだった。
「それと餅だな」
「餅?あれですね」
「そうだ」
 嘉神は楓の言葉に応えた。
「あの餅だ」
「小麦の生地を焼いたあれですか」
「あれを餅というのじゃな」
 翁も少し不思議そうに言う。
「ここでは」
「そうだな。餅といえばあの米のものだと思っていたが」
 これは示現も同じだった。
「しかしそれとは別の餅もある」
「何か不思議ですよね」
 楓はまだいぶかしむ声だった。
「それも餅だなんて」
「しかし食べられる」
 嘉神は最初にこう述べた。
「しかも美味だ」
「確かに」
「火はある」
 嘉神は次にこう言った。
「私の火を使うといい」
「朱雀の力か」
「こうした時にも使わなくてはな」
 そしてこうも言うのだった。
「術はな」
「普段にもですか」
「まあ悪事に使わなければそれでよい」
 翁の考えは寛容だった。
「少なくとも今の御主にはそれはないな」
「私は一時人というものを誤解していた」
 嘉神は今はかつての自分を振り返っていた。
「人は醜く汚れたものだと思っていた」
「しかしそうした一面もあるということにですね」
「それがわかった。人は不思議なものだ」
 楓にも言葉を返す。
「確かにそうした一面があるがそれと共に美しく清らかなものもある」
「そうだな、確かにな」
 示現も頷くことだった。
「人は様々な顔を持っている」
「この世界の乙女達もだ。そこに美しいものを見せている」
 これは容姿だけのことを言っているのではない。
「必ず。その目指すものを掴めるまでにな」
「そしてこの世界を脅かす存在にも気付くか」
「気付くだろう」
 嘉神はこのことを信じていた。
「必ずな」
「左様か」
「そしてだ」
 その言葉が続く。
「倒す。必ずな」
「敵はお互いではないんですね」
 楓もわかったのだった。
「つまりは」
「本来天下を手に入れるものではないのじゃ」 
 翁がその楓に話す。
「この世界はそうじゃ」
「あの人達はお互いに争うのではなく」
「手を携えるのじゃ。世界を脅かす者達とじゃ」
「そう、それは」
「そうだな」
 ここで嘉神と示現の目が光った。
「わかるな、二人共」
「迫っている」
「はい」
「感じておる」
 楓と翁も二人の言葉に応えた。
「これはかなり強い妖気ですね」
「刹那にも匹敵しおる」
「夜だな」
 示現は言った。
「戦うのは」
「親父殿、では夜に」
 虎徹も言ってきた。
「やるですよ」
「うむ、そうするぞ」
 こう話してだった。一行は休憩し昼食を採り次の休憩で夕食を食べ眠りに入った。その夜だった。
 草原だった。周りには何もない。そこに陣を敷き天幕を設けてそれぞれ休んでいた。五人はそこから少し離れそのうえで待っていた。
「来るな」
「うむ」
 嘉神は示現のその言葉に頷いた。
「間も無くだ」
「妖気がさらに強まっている」
「しかしこの妖気」
 翁の目が強く光った。
「刹那とはまた違うが」
「禍々しいのは同じですね」
 楓の目は険しい。
「何なのでしょうか」
「わからん。しかしじゃ」
「しかし?」
「明らかに只者ではない」
 翁は言った。
「用心するのじゃ。これは恐ろしいぞ」
「その相手が来た」
 示現は言った。するとだった。
 それは小柄な老人だった。その周りに二本の禍々しい刀達が漂っている。
 嘉神がだ。その彼の名を問うた。
「何者だ」
「朧という」
 こう名乗ってきた。
「知っておるかのう」
「確か離天京の者だったな」
 嘉神はすぐにこう述べた。
「三刃のうちの一人か」
「今は一人だけじゃがな」
「そうか」
「では後の二人は」
「さてな」
 示現の問いに飄々として返すだけだった。
「わしは知らん」
「知らぬというのか」
「どうでもよい。今はわし一人で充分じゃ」
 こう話すのであった。
「仲間達もおるからのう」
「仲間か」
「そうじゃ。わしに相応しい仲間じゃ」
 これが今の彼の言葉だった。
「闇の者達じゃ」
「刹那」
 楓はすぐに悟った。
「あいつもまた」
「ほう、わかったか」
 朧はその名前を隠さなかった。
「無論あ奴もおるぞ」
「あ奴もということは」
 示現はこの言葉からすぐにわかった。
「他にもいるか」
「オロチ、それに」
 楓はこの世界で巡り合った者達の話を聞いて述べた。
「アンブロジア」
「色々おるのう。しかもじゃ」
「しかも?」
「それだけではないぞ」
「この世界に介入しようとしている者」
 嘉神はすぐに悟った。
「そうした存在もいるな」
「鋭いのう、流石朱雀じゃ」
「皮肉か?」
「いや、純粋に褒めたのじゃがな」
 こうは言ってもだった。その目には明らかな悪意があった。
「聞こえんかったかのう。そうした風には」
「聞こえぬな。貴様にあるのは悪意とどす黒さだけだった」
 嘉神はこう返した。
「それしかない」
「わかるというのか」
「よくな。そしてだ」
「そして?」
「貴様だな」
 その朧を見ての言葉だった。
「貴様が烏丸を操っていたな」
「さて、どうじゃろうな」
「とぼけるのか」
「さてな。しかし」
「しかしか」
「そうじゃ。どちらにしろ烏丸はもうどうでもいい」
 こう話すのだった。
「どうでもな」
「いいというのか」
「そうじゃ。所詮はあの程度」
 これだけで切り捨てていた。そしてだった。
 朧のその刃達が舞っていた。まるで鮫の様に。
 その刃を見ながらだ。朧はさらに言うのであった。
「さて、それではじゃ」
「それでは?」
「どうする?相手になるか?」
 刃を見ながら楓達に問うてきた。
「今ここで」
「そのつもりだが」 
 嘉神が最初に刀を抜いた。
「まさかここまで来て何もない訳ではあるまい」
「如何にも」
 それに朧も頷く。
「さて、四霊の剣達よ」
「さて、それではじゃ」
「戦わせてもらおう」
 翁も示現もその目が鋭くなった。
「この者、刃もその者も尋常ではない」
「どちらも攻めるべきだな」
「それなら」
 楓も刀を抜いた。するとだった。
 青い髪が金髪になった。そうしてだった。
 四人はそれぞれ散り朧を囲んだ。そのうえだった。
「行くぜ」
「貴様には色々と聞きたいことがある」
「それならばこそじゃ」
「ここで倒す」
「わしを倒す」  
 朧の言葉に邪なものが宿った。
「果たしてできるかのう」
「一つ言っておく」
 嘉神の刀にはもう炎が宿っていた。
「我等とて伊達に四霊を司っている訳ではない」
「それはわかっておる」
 朧の方からもこれは言ってきた。
「じゃが」
「じゃが?」
「わしはそれ以上じゃ」
「悪か」
 示現は彼が身にまとっているものを見た。
「悪だな。その妖気は」
「悪か。そうじゃ」
 朧はこのことも認めてみせた。
「わしをそう呼ぶのならそうじゃな」
「どちらにしてもこの世界でとんでもねえことをしようとしてるな」
 楓は髪の色と共に性格を変えていた。
「それならだ」
「来るか」
「行く」
「それなら」
 こうしてだった。彼等は戦いをはじめた。
 四人はそれぞれ攻撃を放つ。しかしだった。
「くっ、この刃!」
「この強さ!」
「宙に浮かんでいるだけではないな」
「この強さは!」
「ほっほっほ、やはりやるのう」
 朧は二本の刀を動かしながらだ。笑っていた。
「伊達に四霊ではないな」
「ふざけてるんじゃねえよ」
 楓は朧のその刀を己の刀で受けながら言った。
「手前、この刀は」
「よく防ぎおるのう」
 尚も笑う朧だった。
「この世界に来たのは刹那のことだけではないな」
「へっ、手前も潰すこともその中にあったんだろうな」
 楓はこう朧に返した。
「だからだな」
「まあわしだけではあるまい」
 朧の目が赤く光っていた。
「その他にもじゃな」
「オロチもアンブロジアも何もかも斬ってやるぜ」
 楓は言い切った。
「全部な」
「言うのう。先程とは全く違うのう」
「俺の性格は二つあるんだよ」
 朧の刀を防いでいるだけではなかった。攻撃も繰り出していた。
 しかしそれでも朧はその攻撃をかわす。何なくだ。
「ちっ、何て動きだ」
「素早いな」
 示現も言う。
「歳を思わせないな」
「わしを只の爺と思ってはおらぬ筈じゃがな」
「既に半ば以上人ではないな」
 翁の言葉だ。
「その心がな」
「そうかものう。どちらにしろ今のわしはじゃ」
「化け物になってるのなら話は別だ!」
 楓はまた刀から攻撃を放ったのだった。
「くたばれ!」
「ふむ」
 姿を消した。それでだった。
 そのまま気配も消えた。何処までもだ。
「消えた!?」
「一体何処に」
「行った!?」
「今日はこれで終わりじゃ」
 朧の声だけがした。
「また会おう」
「手前、逃げるのかよ」
「逃げるのではない」
 朧の声は楓のそれは否定した。
「去るだけじゃ」
「今日はほんの挨拶ということか」
 嘉神はそれだと悟った。
「そういうことか」
「そうじゃ。ではな」
 それだといってだ。気配も遠くへ行く。
「また会おう」
「朧、あの力」
「はいです」
 虎徹が示現の言葉に頷く。
「ただこの世界に来ているだけではないです」
「何かを求めてのことだ」
 示現はこのことを悟っていた。
「この世界でもまたな」
「そうじゃな。碌でもないことじゃな」
 翁にとっては言うまでもなかった。
「この世界にとってな」
「そして我々がここに来た理由はだ」
「それじゃあやっぱり」
「そうだ、あの者達の行動を防ぐ」
 嘉神は髪の色が元に戻った楓に対して述べた。
「そういうことだ」
「やはりそうですか」
「何はともあれ今は終わりじゃ」
 翁はここで話を終わらせた。
「休むとしよう」
「その通りだ。戦いはまだある」
 示現も言う。
「だからこそ今はな」
「西方ですか」
 楓はまだ辿り着いていないその場所のことを考えた。
「どういった場所でしょうかね」
「砂漠だ」
 嘉神はそこだと答えた。
「荒地だ。ここより遥かに過酷な場所だ」
「そうですか」
「そこで戦うことになる」
 こう言うのであった。
「大軍と大軍の戦いだ」
「ここに来てからそうした戦争ばかりです」 
 虎徹が言った。
「続きますですね」
「まあそうじゃな。この国はこの世界でもじゃな」
 翁が今言うのは中国のことである。
「北や西の異民族に悩まされておる」
「日本とは違うな、それが」
「全く違うのう、わしも来てはじめてわかった」
 翁は示現にこうも述べた。
「まことにな」
「そうですね、本当に何もかもが違いますね」
 楓も翁のその言葉に頷いた。
「世界も違いますし」
「それも大きいな。とにかくだ」
 最後に嘉神が言った。
「今は休むとしよう」
「そういうことじゃな。それではじゃ」
 翁が応える。そうして彼等は今は休息に入った。そうしてであった。
 結局袁紹は出陣した。自ら大軍を引き連れ西に向かうのだった。
「やっぱり自ら行かれるんだから」
「行っても聞かない人だけれどな」
 顔良と文醜がそれぞれ馬上で溜息をついていた。
「どうしてこう陣頭指揮がお好きなのかしら」
「あたい達だけでやるっていうのに」
「自ら行かなくてどうしますの?」
 その袁紹がこう言うのだった。
「このわたくし自ら行かなくて」
「政治をされたらいいじゃないですか」
「そうですよ。内政もお好きでしょ?」
 二人は主にこのことを言う。その後ろには黄色い鎧の大軍がいる。見れば武器も鎧もかなり充実している。数だけではなかった。
「そちらもお仕事が沢山ありますし」
「ですから」
「無論出陣中もそちらの仕事もしますわ」
 忘れられる筈のないことだった。
「しかしでしてよ」
「それでもですか」
「出陣もですか」
「その通りでしてよ。攻めますわよ」
 その西をというのであった。
「私自ら」
「これで万が一のことがあったら」
「大変なんだけれどな」
 二人のぼやきは続く。
「それでも水華と恋花が一緒なのは救いよね」
「全くだよな」
 袁紹の側近の軍師二人も当然同行していた。
「神代もいてくれてるし」
「内政は陳花が留守番で仕切ってもくれるしな」
 本拠地にいなければできないことはというのだった。
「それは救いね」
「頼むぜ、神代」
「わかっているわ」
 審配は真面目な顔で二人の言葉に応える。今も袁紹の傍にいる。
「麗羽様は何があってもお守りするわ」
「麗羽様の親衛隊だしね」
「それに軍師でもあるしな」
「私は麗羽様の家臣だから」
 このことは忘れないことだった。
「だからね」
「私達が前線指揮にあたるから」
「花麗や林美達と一緒にな」
「黒梅お姉様もよね」
「ええ、五人でね」
「袁紹軍五大明王勢揃いだぜ」
 この二人とその三人でだった。袁紹軍の将軍達なのだ。
「それにあれよね。陳花の他にも」
「藍玉と黒檀が残ってるよな」
「ええ、あの二人も内政を担当してくれるから」
 審配はその二人の名前にも頷いてみせた。
「安心していいわ」
「我が陣営は人が多くて助かるわね」
「ああ。麗羽様がどんなにムラッ気の塊でもな」
「それはどういう意味でした?」
 袁紹は文醜の今の言葉を聞き逃さなかった。
「何か凄く馬鹿にされたような気がしますわ」
「あっ、気のせいですよ」
 文醜はこれだけで誤魔化した。
「別に麗羽様が御自身の興味のないことは全然駄目でしかも変に子供っぽいとか騒ぎを引き起こすとか実はあまり周りを見てないとかそういうことじゃないですから」
「ちょっと、全部言ってるわよ」
 顔良は彼女のその言葉に困った顔になった。
「何もかも」
「あれっ、そうか?」
「麗羽様のことを」
 言ってしまっているというのだった。
「全く」
「悪い悪い、気付かなかったよ」
 一応謝りはした。しかし顔も目も笑っている。
「まあとにかく。あの連中を倒せばそれで北や西の馬に乗ってる連中は全部あたい達の配下になるわけだな」
「そうね。合わせて百二十万」
 顔良はここで顔を微笑まさせた。
「兵士も手に入るし。これで国力がさらにあがるわね」
「まず国力あってのことですわ」
 袁紹もそれを言う。こうしたことはわかっているのだ。
「五つの州で千五百万、それにその百二十万でしてよ」
「兵士は三十万ですよね」
「それだけは充分養えますよね」
「三十万以上いけますわね」
 袁紹はそれ以上だと言った。
「ただ。無理はできませんから異民族の兵も合わせて三十万ですわ」
「民を駆り出さない、ですね」
「ですから」
「華琳はこのことで困っているようですけれど」
「曹操さんのところは異民族いませんからね」
「それで民から兵を集めるには限度がありますからね」
 兵を集めるのも大変だった。そういうことだった。
 袁紹が異民族を集めるのにはだ。そうした理由があったのである。
「この西への遠征が成功したら幽州の統治権も朝廷から貰えますし」
「本当に頑張りましょう」
「ええ、必ず勝ちますわ」
 こう話しながら西に向かうのだった。今袁紹の大軍が西に向かっていた。
 そしてその本拠地である?ではだ。今二人の美女が話をしていた。
「それで藍玉殿、今来た人材は」
「ええ、黒檀殿。もう会ったわ」
 眼鏡をかけていて切れ長の黒い知的な目に緑の長い髪を上で束ねた美女が奥二重の緑がかった青い目に白く流麗な、絵を思わせる顔のブロンドの髪の美女の言葉に応えていた。
 眼鏡の美女は胸が目立ちスリットのある黒いチャイナドレスである。ブロンドの美女は天女を思わせるふわりとした服を着ている。どちらも胸がかなり大きい。
「それでね」
「どうしたの。採用?」
「ええ、採用よ」
 眼鏡の美女はにこりと笑って答えた。
「そうさせてもらったわ」
「そう、それでまたなのね」
「ええ、またよ」
 眼鏡の美女蔡文姫はこう甄姫に答えた。
「あの世界から来た人達よ」
「最近続くわね」
 甄姫はそれを聞いて静かに述べた。
「それもかなり」
「そうね。ただ」
「腕は立つ」
 甄姫はまた言った。
「そういうことね」
「そうよ。それは見事なものだから」
「いいとするべきね」
「これで西方を制圧できるし」
 蔡文姫の顔は知的な笑みを浮かべている。
「それに力仕事もできるし」
「ええ。灌漑も田畑を耕すのも街造りもね」
「だからいいのよ。それでね」
「そうね。ただ」
「ただ?」
「この世界にこれだけ来ているというのは不思議ね」
 甄姫が今言うのはこのことだった。
「麗羽様は強い人材が加わるからいいって仰るけれど」
「そうね。それに」
「宮中のことね」
「私は気付けば匈奴のところに送られていたわ」
 蔡文姫の顔がすぐに険しくなる。
「何者かに眠らされてね。大将軍に御会いする時に」
「そして私達が匈奴を服属させた時にここに戻って来れたわね」
「このことはよかったわ」
 蔡文姫はこのことは確かによかったとした。
「けれど。それでもね」
「問題は誰が貴女を匈奴まで送ったかね」
「普通に考えれば宦官達だけれど」
「十常侍」
 甄姫はこの名前を出した。
「彼女達かしら」
「そう考えるのが普通ね。けれど」
「けれど?」
「彼女達ではない気があするのよ」
 蔡文姫はこう述べたのだった。
「どうもね」
「じゃあ一体誰だというの?」
 甄姫は彼女のその言葉に問い返した。
「貴女でないのなら」
「私が宮中からいなくなって得をする誰か」
「宮中きっての知恵者と言われた貴女がいなくなってそのうえで」
「得をする誰かよ。それ十常侍だったら拉致して送るなんてことは」
「しないわね」 
 甄姫もこのことはすぐに言った。
「間違いなく暗殺してるわね」
「毒なり刺客なり使ってね」
「そうするわね。あの連中なら」
「けれど拉致されたわ。それに私は確かに宦官達を好きではなかったけれど」
「対立はしていなかった」
「派閥争いは好きではなかったから」
 これは彼女の性格から来るものであった。それで宮中では中立の立場でいたのである。
「だからね」
「つまり宦官達に貴女を害する理由はない」
「彼女達も私のことは嫌っていたけれど」
 このことははっきり自覚していた。嫌えば嫌われるである。
「けれど。それでも対立はしていなかったから」
「無闇に害を及ぼすこともない」
「そういうことになるわよね。つまり宦官達ではないわ」
「では一体全体本当に誰が」
「私が宮中からいなくなってから」
 蔡文姫の言葉がここで強いものになった。
「誰が宮中に出て来て頭角を現したか」
「ええと。それは」
「その誰かだけれど」
「誰だと思うの?貴女は」
「それが私にも」
 ここでは首を傾げてしまった蔡文姫だった。
「わからないのよ。私は中立派だったし」
「まだ大将軍の陣営にいたらね」
「ええ。司馬慰殿かも、と思うけれど」
「大将軍の懐刀にして参謀の」
「彼女が来てから大将軍は常に御傍に置いているそうね」
「らしいわね。絶大な信頼を得ているとか」
 このことは河北でもよく知られていることだった。
「頭が切れるうえに名門司馬家の嫡女で」
「そう、私よりも頭は切れるわ」
 そして家柄もであった。
「聞いた話によるとね」
「そこまでなのね」
「私は本から得ているものよ。けれど彼女はそれだけじゃなくて」
「元々頭が冴えているのね」
「かなりね。我が陣営の水華や恋花よりも上ね」
「そして曹操殿のところの桂花さんよりも」
「間違いなく上よ、かなりのものよ」
 そこまでの頭脳の持ち主だというのだ。蔡文姫は彼女をこうも評した。
「伏竜、鳳雛にも比肩する、恐ろしい才の持ち主よ」
「恐ろしい人物ね」
「しかもその名門の嫡女」
 このことも重要なのだった。
「麗羽様や曹操殿にとっては間違いなく疎ましい存在よ」
「ええ、確かにね」 
 甄姫はこのことは実によくわかっていた。嫌になる程にだ。
「御二人にとってはね」
「だからね」
 袁紹は妾の子、そして曹操は宦官の家の出である。二人はそうした意味でその立場は弱いのだ。家柄はあってもそれは清流ではないからだ。
「御二人は間違いなく司馬慰殿を嫌っておられるわ」
「かなりね。まだ御会いされていないけれど」
「けれど嫌っておられるわ」
 これは間違いないというのだった。
「注意しておかないとね」
「そうね。御二人共繊細なところがあるから」
 意外なことに袁紹もそうなのである。彼女は実は繊細な部分が多いのだ。
「注意しておかないとね」
「それにしても。司馬慰殿は」
 蔡文姫はあらためて彼女のことを考えてた。
「どうされるのかしらね」
「大将軍の御傍において」
「それが問題ね。どういった方かわかっていないし」
「その通りね。よからぬ方ならばいいけれど」
 二人はこのことを危惧していた。しかしであった。
「まあ話はこれで終わって」
「ええ」
 二人はふとここでまた言い合うのだった。
「陳花のところに行ってね」
「ええ、内政のことでね」
「それと西方攻略の後で手に入る幽州のこともね」
 蔡文姫はその地のことにも言及した。
「ちゃんとしておかないとね」
「あの州もね。そうね」
「まだ決まっていないけれど袁家の統治下になるのは間違いないわ」
「我が河北袁家の」
 ここで河北と断られた。ここにも袁紹の微妙な立場が出ていた。
「その為にね」
「ええ、だからね」
 蔡文姫はまた言った。
「今のうちに戸籍等を調べておきましょう」
「各郡や県のことも調べて」
「劉備殿がおられるけれど州全体を管轄されているわけではないし」
「あの州は牧がおられないからね」
 やはり二人も公孫賛のことは知らなかった。何処までも存在感の薄い公孫賛である。
「だから内政が滞っているでしょうし」
「余計に内政に専念しないといけないわね」
「今から準備をしておきましょう」
 これが蔡文姫の主張だった。
「そういうことでね」
「わかったわ。それじゃあね」
「陳花とも話してね」
 二人はこう話してその場を離れた。そして。
 西に向かう者達がいた。一人は金髪碧眼に黒いその見事なスタイルにぴっしりとした服を着ている。そしてもう一人は黒いスパッツに赤と白の奇麗な上着の長い黒髪の美少女である。その二人がそれぞれ話していた。
「ねえ、凛花」
「何、沙耶さん」
「貴女とはここでも一緒ね」
「そうですね、確かに」
 凛花と呼ばれた少女は自身が沙耶と呼んだ金髪の美女の言葉に応えていた。
「離天京からまた」
「ここはあそこに比べてどうかしら」
「この地はまとまっているようですが」
 今は平原にいる。しかしそこには戦乱の空気はなかった。
「ただ。他は」
「随分と治安の悪い場所もあるみたいね」
「確かな大名のいない国では」
「そうね。ただここじゃ大名とは呼ばないみたいよ」
「そうなのですか」
「牧と呼ぶらしいわ」
 沙耶はこう話した。
「そうね」
「そうなのですか」
「吉野殿、沙耶殿」
 ここでだった。二人の後ろにいる槍を持った髭だらけのちょんまげの男が言ってきた。黒い袴に白の着物、そして緑のたすきをしている。その手には十字の槍がある。
「それはそうとでござる」
「はい、花房迅衛門殿」
 凛花が彼の言葉に応えた。
「何でしょうか」
「やはり馬を貰った方がよかったのではないのか」
 彼が言うのはこのことだった。
「どうも。それがしにはこれは」
「あら、歩くのは苦手かしら」
 沙耶は悪戯っぽく笑って彼に問い返した。
「お武家様ともあろう方が」
「そうではない」
 花房はそれは否定した。
「しかしだ」
「しかし?」
「果たしてこれで間に合うのか」
 彼が危惧しているのはこのことだった。
「袁紹殿の奸賊討伐に」
「大丈夫よ。このままいけばもうすぐ軍と合流できるわよ」
「左様か」
「そうよ。安心していていいわよ」
 こう花房に話すのであった。
「そんなに気になるんなら一人で駆けて行ったら?」
「一人でか」
「先にね。止めないわよ」
「ううむ、それならばだ」
 花房はそれを聞いて髭だらけの顔をいぶかしめさせた。
「ここはだ。先に向かわせてもらうとするか」
「おいおい、おっさんよ」
「幾ら何でもそれはないな」
 彼のそれぞれ左右から青紫の服にざんばら髪の血走った顔の男と白髪の僧侶を思わせる服の白い肌の男が言ってきたのだった。
「あんた一人で行ったら絶対に道に迷うぜ」
「止めるべきだな」
「ううむ、そうか?」
「ああ、そうだよ」
「絶対にそうなるな」
 二人はそれぞれ話した。見れば黒髪の男は腰にやけに大きな刀がある。白い髪の男の手には細く鋭い刀が握られていた。どちらも禍々しい感じがする。
「だからここはな」
「一緒に行こうぜ」
「そうするのが一番か」
「そういうこった」
「納得してくれよ」
「そうしよう」
 花房も遂に頷いた。
「それではな」
「それはそうとですが」
 凛花はその二人に言ってきた。
「十六薙夜血殿」
「ああ」
 黒髪の男が応えた。
「七坐灰人殿」
「何だ」
 白髪の男が応えた。
「急にあらたまってよ」
「どうしたんだ」
「御二人も共に来られるとは思いませんでした」
 こう二人に言うのだった。
「失礼な言葉ですが」
「まあ気が向いたからな」
「俺もだ」
 二人はそれが理由だというのだった。
「それでだ。気にするな」
「仕事でもあるしな」
「仕事、ですか」
「ここには那美も一緒だしな」
「自由なようだしな」
 二人はここでこんなことも言った。
「俺はそれで満足だ」
「俺もだ。肌や目の色で何ともないらしいしな」
「だからですか」
「へっ、俺はあいつさえいればいいんだよ」
「俺は来られたんだな。その東の国に」
 二人はこう言ってだ。満足している顔を見せた。
「そういうことだからな」
「やらせてもらう、やることはな」
「わかりました」
 凛花は二人のその言葉に頷いた。
「では。このまま共に」
「行こうぜ」
「ここでは味方になってやるからな」
 二人は笑いはしない。しかし敵意も見せなかった。
 そのうえでだ。五人は進んでいく。その中でだ。
「ヂッ」
「鉄之介、どうしたの?」
 凛花は己の左肩にいる銀の鼠の言葉に応えた。
「何かあったの?」
「ええ、ほら」
 今度は沙耶が言ってきた。
「あそこに」
「うむ、軍だな」
 花房もそれを見て頷く。見れば一行の前に大軍がいる。
「蔡文姫殿達から聞いてすぐに出発したが」
「案外すぐに合流できたな」
「そうだな」
 夜血と灰人も言う。
「いいことじゃねえか」
「運がいいか」
 しかしであった。ここでだ。
 一行は見たのだった。巨大な鳥の仮面の男にだ。
「何だありゃ」
「怪物かよ」
 夜血と灰人がその男を見て顔を顰めさせた。
「この世界にはそんなのがマジでいやがるのかよ」
「とんでもない話だな」
「そうだな。しかしそうなればだ」
 花房が早速槍を構える。
「そこの妖怪!成敗してくれる!」
「妖怪!?モンスターのことか」
 しかしであった。ここでその鳥の仮面の男も周囲を見回すのだった。
「私が相手をしよう。何処だ?」
「あんたのことよ」 
 沙耶がその彼に突っ込みを入れる。
「っていうか自分で自分を探してどうするのよ」
「モンスター!?私がか」
 だが男はまだ自覚していない。
「馬鹿な、私は人間だ」
「じゃあその鳥の顔は何なんだよ」
「それで人間っていうのか!?」
 夜血はその鋸を思わせる禍々しいまでに歪な刀を抜いている。灰人はもう既に刀を抜いている。戦闘態勢に入っているのだった。
「若し人間っていうんならな」
「証拠を見せてみろ」
「ううむ、致し方ない」
 それを聞いてだ。男は仮面を取った。そこにあったのは。
「ああ、人間だな」
「間違いないな」
 夜血も灰人もこれで納得した。
「じゃあそれはお面か?」
「よくできてるな」
「グリフォンマスクの仮面だ」
 この男グリフォンマスクは答えた。
「そして私自身でもある」
「ふむ。貴殿にとってはそれはだ」
 花房はそれを聞いて言った。
「武士の心と同じものだな」
「そうなるな。見たところユー達も」
 グリフォンマスクは五人を見てから言った。
「こちらに来たのだな」
「ええ、そうよ」
 沙耶が答えた。
「あんたもそうなのね」
「そうだ。私もまた同じだ」
 グリフォンマスクはまた答えた。
「この世界に来た」
「縁でしょうか」
 凛花はそれを聞いて述べた。
「つまりこれは」
「そうね。縁なのは確かね」
 沙耶は彼女のその言葉に頷いた。
「それはね」
「そうですか。それなら私達以外にもこの世界に」
「来てるでしょうね。乱鳳君達は間違いないわね」
 彼等は絶対だというのであった。
「来てるでしょうね」
「何となくわかります」
 凛花もそれは感じ取ることができた。
「彼等にはこうした世界の方が相応しいと思います」
「そうね。それでだけれど」
「はい」
「この人は一体」
「私か。私はグリフォンマスクという」
 彼は自分から名乗った。
「宜しく頼む」
「グリフォンマスクさんですか」
「子供達と正義の為に戦っている」
 こうも言うのであった。
「ユー達もそれは同じか」
「大儀の為に」
 花房が答える。
「本来は幕府の為なのだがな」
「うむ、この国には幕府はない」
 グリフォンマスクはこのことは断った。
「残念だがな」
「幕府を知っているのね」
「日本の武家政権だな」
 グリフォンマスクは沙耶に対して答えた。
「そうだな」
「正解よ。知ってたのね」
「歴史で習った。ユー達もそこから来たのか」
「そこからってことは」
「つまりは」
「ここにもそこから来た者がいる」
 こう沙耶と燐花にたいして答えたのだった。
「何人かな」
「へえ、俺達だけじゃなくてか」
「この陣営にもいたんだな」
 夜血と灰人が楽しそうに言う。
「じゃあ結構早いうちに馴染めそうだな」
「そうみたいだな」
「馴染むといい」
 グリフォンマスクはそれは是非にというのだった。
「少なくともユー達は私の仲間だ」
「ふむ、仲間だ」
「共に戦うことになる。宜しくな」
 言いながら花房に対して右手を差し出した。
「握手をしよう」
「握手とは?」
「手と手を握ることよ」
 沙耶がいぶかしむ花房に対して述べた。
「それのことよ」
「挨拶か何かか?」
「友への挨拶だ」
 それだというのだった。
「これから共に戦う友に対してのな」
「友人ですか」
「そうだ」
 こう凛花に対しても言っ。
「それでは駄目か」
「そうだな」
 花房がだ。彼のその言葉に応えた。
「喜んでだ」
「そうしてくれるか」
「我等は仲間だ」
 こうグリフォンマスクに答える。
「そしてだ。友だ」
「そう言ってくれるか」
「言うのではない。信じるのだ」
 それだというのであった。
「貴殿を友として信じよう」
「そうしてくれるか。ならば」
「うむ、ならばだ」
 こうしてだった。二人は互いの手を握り合った。
 そのうえで彼等は共に戦場に向かった。それはまた一つのはじまりだった。


第二十三話   完


                        2010・6・27



中々緊迫した会話のはずだったんだが。
美姫 「公孫賛、本当に不憫ね」
ある意味、これが特徴なんだろうけれど覚えてもらえない特徴ってどうよ。
美姫 「まあ、それは兎も角として、本当に色んな人が」
他には誰がいるのかちょっと楽しみだな。
美姫 「今、誰がどの陣営かも再確認しておかないとね」
確かにな。さてさて、次回はどんな話かな。
美姫 「次回も待ってますね」



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