『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                            第百三十三話  司馬尉、陣を語るのこと

 劉備達連合軍は北の匈奴の地に向かう。その先陣には。
 袁紹がいた。彼女は先陣のさらに先頭にいてだ。馬上で胸を張っている。
 その彼女がだ、満面の笑みで言うのだった。
「さて、誰が来てもですわ」
「戦うっていうのね」
「そうですわ。やりますわよ」
 傍らにいる曹操にもだ。満面の笑みであった。
「折角の先陣なのですから」
「全く。宰相の一人で先陣なんてね」
 曹操はその袁紹に対して呆れた顔で返す。 
 そしてそのうえでだ。こう彼女に言ったのである。
「私もだけれど」
「左右の宰相がそれぞれ先陣ですわね」
「私は最初は先陣になるつもりなんてなかったわよ」
「あら、ありませんでしたの」
「当たり前でしょ。だからどうして宰相が先陣なのよ」
「同時に将軍でしてよ」
 将軍ならばだとだ。袁紹も負けていない。
「それなら先陣は当然でしてよ」
「普通将軍も高位なら先陣なんてしないし」
「言いますわね、また」
 いい加減だ。袁紹もだ。
 不機嫌な顔になりだ。こう曹操に返したのである。
「先陣の栄誉について何とも思いませんの?」
「貴女の場合はただのでしゃばりでしょ」
 袁紹を実によくわかっているからこその言葉だった。
「全く。子供の頃から変わらないわね」
「ここで子供の頃のお話ですの」
「そうよ。何度でも言うわよ」
「くっ、人の上に立つ者なら率先垂範は当然ですわ」
「だから。指揮官が矢面に進んで出るのは問題なのよ」
 曹操は指揮官として当然のことを話す。
「若し何かあれば指揮はどうするのよ」
「そんなのは倒されなければいいことですわ」
「その発想が駄目なのよ」
 曹操は眉を顰めさせて袁紹に告げる。
「率先垂範はいいけれどね。だから貴女は」
「でしゃばりというのでして?」
「そうよ。目立ちたがりなのは本当に変わらないわね」
「うう、しかしこれは」
「貴女だけだと心配だからよ」
 曹操はここで本音を出した。袁紹の横で馬に乗りつつ。
「こうして私もいるのよ」
「感謝して欲しいのでして?」
「今更そんなこと言う仲じゃないでしょ」
 今度は幼馴染としての話だった。
「今までどれだけ御互い助け合ってきたのよ」
「わたくしが華琳を?」
 そう言われてだ。袁紹はきょとんとした顔になった。
 そしてそのうえでだ。こう曹操に尋ねたのである。
「何時助けてますの?」
「自覚はないのね」
「ですから。わたくしが何時貴女を」
「気付いていないだけでそうなのよ」
「そうですの」
「そうよ。御互い助け合ってきているから」
 それでだというのだ。
「今更そんなことを言うことはないから」
「そうですの」
「とにかくよ」
 何はともあれだという曹操だった。ここではだ。
「斥侯は出してるわよね」
「当然ですわ、それは」
「その斥侯からの報告はあるかしら」
「いえ、ありませんわ」
 それはないというのだ。
「今のところは」
「そう。それじゃあ」
「そうですわね。恐らくはですけれど」
 曹操だけでなく袁紹もだ。その眉を曇らせてだ。
 そうしてだ。こう話すのだった。
「連中の常として必ず何かを企んでいますわね」
「問題はそれが何かだけれど」
「赤壁の時の様に夜襲は」
「それも考えられるけれど」
「同じ策を二度はありませんわね」
「ええ、それはないわね」
 二人はこう読んだ。彼等のこれまでの行動からだ。
 それでだ。ここで言うのだった。
「妖術は結界を敷いていますし」
「それでどうするかよね」
「例えばですが」
 ここでだ。夏侯淵がだ。二人のところに来てだ。
 そうしてだ。こう二人に言ったのである。
「我々に妖術が効かないとなると」
「自分達に術を使う?」
「それなら術を使っても問題はないかと」
「そうね。私達に術が効かないのなら」
 それならばだというのだ。
「自分達に術を使えばね」
「問題ありませんね、連中にとっては」
「ええ、本当に」
「それならやはり」
 これが夏侯淵の考えだった。
「そうして自分達の力を強める等をしてくるかと」
「むっ、それではだ」
 今度は夏侯惇が来た。彼女もやはり馬上にいる。
 そしてそこからだ。こう妹に述べたのである。
「例えば私の大刀に力を込めて余計に大きくしたり切れ味をよくしたりか」
「そうだ。それも考えられる」
「ううむ、それは厄介だぞ」
 そう言われれば夏侯惇もわかった。それで言ったのである。
「私の大刀は只でさえ天下無双だというのに」
「他には分け身もある」
「忍の者達が使うあれか」
「例えばあのゲーニッツが同時に何人も出て来たらどうだ」
 魔人の如き強さを見せるあの男がだというのだ。
「それはまさに脅威だな」
「確かにな。それはな」
「そういうことだ。妖術は相手に仕掛けるだけではない」
「自分にかけることもだな」
「色々とあるのだ」
 こう話すのだった。
「無論その者がどういった術を使えるかが大事だが」
「それならまずいわね」
 夏侯淵の話を聞いてだ。曹操の顔が曇る。そのうえでの言葉だった。
「敵にはあの于吉や司馬尉がいるし」
「はい、あの者達は様々な術を使います故」
「幻術もありますわね」
 袁紹もだ。ここで言った。
「戦の時に惑わすということも」
「はい、それもあります」
「そうですわね。わたくし達に幻術を仕掛けずともいいですわね」
「その通りです。まことに危険です」
「そうした場合はどうするかね」
 曹操は馬上で腕を組み考える顔で言った。
「少し考える必要があるわね」
「そうですわね」
 袁紹も曹操のその言葉に頷きだ。そうしてだ。
 進軍を止め休息に入りだ。天幕を敷いてからだ。
 そのうえでだ。劉備の天幕に入りそうして話をするのだった。
「敵自身に仕掛ける妖術ね。そういえば」
「ええ、それは考えてなかったわよね」
「わたくし達も今まで」
「確かに。言われてみれば」
 そのことにだ。劉備もやっと気付いたのである。
 そしてだった。こう言ったのである。
「じゃあどうすればいいかしら」
「その場合は敵のその術を破ればいいのではないのか?」
 今言ったのは袁術だった。彼女も劉備の天幕のところにいるのだ。
 そしてだ。劉備達にこう言ったのである。
「わらわ達に仕掛ける術を破る時と同じでじゃ」
「そうね。それいいわね」
 孫策がだ。袁術のその提案に頷く。
 そしてだ。彼女も言うのだった。
「敵が怪しい時はね。そうすればいいわね」
「敵の術ならです」
「私達が絶対に見破るから」
「任せて下さい」
 ナコルルにリムルル、それに命が応える。
「例えどうした術でも。精霊の気でわかりますから」
「安心して任せてね」
「ふむ。妖術使いには巫女じゃな」
 袁術は彼女達の話を聞いて述べた。納得した顔になってだ。
「毒には薬じゃな」
「その通りです」
 まさにそうだとだ。命は袁術に言葉を返す。
「私達が薬になります」
「じゃあ。お願いしようかしら」
 考える顔になり視線を上にやってだ。応える劉備だった。
 そしてそのうえでだ。彼女は巫女達に話すのだった。
「その時は」
「そうして頂ければ何よりです」
 命が応える。そうしてだった。
 敵が自分達に妖術を仕掛けた時への対策も考えるのだった。そうしながらの進軍だった。
 その中でだ。ロバートはだ。都から離れ草原に入った中で周囲を見つつ言うのだった。
「ほんまここ凄いわ」
「ああ、見渡す限り平原だからな」
 リョウがそのロバートに応える。軍の周囲は最早見渡す限りの大平原だ。その中にいてだ。
 ロバートはまただ。こう言ったのである。
「どないしたもんやな」
「こんな場所で戦うんだな、俺達は」
「敵が何処から出ても丸わかりやな」
「逆に言えば俺達もだな」
「敵から丸見えや」
「見える限りはな」
 これは視力の関係だった。そしてだ。
 二人にだ。テムジンがこんなことを言うのだった。
「ワスの経験から言うと敵はあっという間に来るダスよ」
「この草原じゃか」
「そうやねんな」
「敵と味方を阻むものは何もないダス」
 実際にだ。障害物なぞ何もない。この緑の大平原にはだ。
「しかも敵は馬に乗っているダス」
「それも重要だな」
「バイクに乗ってるのと同じやからな」
「だから一気に来るダス」
 テムジンは真顔で二人に話す。
「そこが大事ダスよ」
「気をつけるべきだな」
「敵があっという間に来るんやったらな」
 リョウとロバートも話す。そうしてだった。
 テムジンもだ。周りを見回す。そして彼はまた二人に言った。
「こうしたところが一番危ないダス」
「何時来るかわからない」
「敵がやな」
「只でさえ白装束の連中は神出鬼没ダスが」
「馬に乗っている遊牧民族もだな」
「急に出て来て襲い掛かって来るわな」
 彼等は警戒の念を解く訳にはいかなかった。それがそのまま死を意味するからだ。
 そしてだ。休息の間もだった。
 やはりロバートは周囲を見回す。そして言うのだった。
「地平線の彼方まで見られればええんやけれどな」
「そうだな。俺達の視力がもっとよければな」
「ここまで不安になることもなかったわ」 
 敵襲を警戒してだ。不安を感じているのだ。
「難儀な話やで」
「地上から見ることには限度があるな」
 リョウは餅を食べながら言った。ロバートは焼きそばだ。二人はそれぞれ好物を食べている。
 そうしてだ。やはり周囲を警戒し続けるのだった。
 そうしてだ。また言うのだった。
「それならだな」
「ああ、空飛べる連中の出番や」
 二人が言うとだ。早速だった。
 テムジンがだ。二人に言ってきた。
「アルフレド達はもう飛んでいるダスよ」
「何っ、そうか」
「それならかなりちゃうな」
「そうダス。陸地から見えるものには限りがあるダス」
 それはだというのだ。
「しかし空から見るとダス」
「遥かに広く見られるからな」
「ほな安心できるな」
「そういうことダス。アルフレド達から連絡がない限りは大丈夫ダス」
 テムジンが笑顔で言うとだ。ここでだった。
 いきなりだ。怪物達が出て来たのである。そしてここでもだった。
 大爆発を起こす。それから言うのであった。
「あたし達もお空飛べるわよ」
「しかも千里眼もあるからね」
「だから。敵の偵察は任せてね」
「どんな敵でも一瞬で見つけちゃうわよ」
 こう言ってウィンクしたところでだった。またしてもだった。
 大爆発が起こった。再びだった。
 その二度の爆発から起き上がったリョウがだ。こう彼女達に言ったのである。
「そ、そうか。それは有り難いな」
「そうでしょ。だから任せてね」
「あたし達もいるからね」
「まああんた達は確かに凄いわ」
 ロバートもぼろぼろになりながら立ち上がる。
「人間のものとは思えんわ」
「あたし達仙女だからね」
「術が使えるからね」
「今回の戦いもこの術をふんだんに使ってるのよ」
「今からね」
「妖術ダスな」
 テムジンは妖怪達のその外見から言った。
「まさに毒を以て毒を制すダスな」
「違うわよ。仙術よ仙術」
「あたし達のは妖術じゃないわよ」
 だが、だった。怪物達はこう言うのであった。
「正しいことの為に使ってるし」
「そんな無気味なものじゃないわよ」
「そうなのか?」
「全然そうは思えんで」
 リョウとロバートは真剣にだ。貂蝉に対して問い返した。
「出て来た瞬間に周囲を爆発させるしな」
「他にも妖しいこと一杯しとるやないか」
「だから。人の為に使えるからよ」
「妖術なのよ」
 二人はリョウとロバートに平然として返す。
「世の為人の為に使う術。それがね」
「仙術なのよ」
「つまりあれか?」
 首を捻り腕を組みつつ言うリョウだった。
「人の為に使うか使わないかでか」
「仙術と妖術の違いがあるんやな」
「そうみたいだな。結局は心か」
「心の持ちようで変わるんやな」
「ワスもそう思うダス」
 テムジンも二人の言葉に納得して述べた。
「だから少なくともこの二人は仙術を使っているダスよ」
「ううむ、そういうことか」
「そうなるんやな」
「少なくとも悪人ではないダス」
 その前に生物学的に人かどうかという疑問もあるがだった。
「それはわかるダスな、二人も」
「まあな。これまで何度も助けられてるしな」
「大切な仲間や」
「そういうことダス。確かに異様な外見ダスが」
 テムジンも貂蝉と卑弥呼をこう評する。
「それでも心は確かダスよ」
「ならいいか」
「大事なのは心やさかいな」
 こう話してだった。彼等はだ。
 貂蝉と卑弥呼にだ。彼等の食事を勧めるのだった。
「どうだ?餅食うか?」
「焼きそばあるで」
「ボルツもあるダスよ」
 三人それぞれその食事を怪物達に勧める。
「美味いぜ、だからな」
「一緒に食わへんか?」
「ええ、喜んでね」
「その申し出受けさせてもらうわ」
 二人は恥じらいを見せつつ彼等の誘いに乗った。そうしてだった。
 あらためてだ。彼等の中に入りそうしたものを食べるのだった。
 その中でだ。貂蝉は餅を食べつつこんなことを言った。
「そうそう、お餅はこうでないとね」
「柔らかいだろ」
「この感触がいいのよ」
「保存食にもなるしな」
「だからいいのよ」
 こう話すのだった。そのうえでだ。
 卑弥呼は焼きそばをすする。彼女?はこう述べる。
「海鮮五目焼きそばね」
「どないや?何で大平原に海の幸があるかは気にせんときや」
「そうね。この世界はある意味で特異点だから」
「食文化や服の文化はかなり進歩してると思うで」
「そう、ここはそういう世界なのよ」
 まさにそうだと述べる卑弥呼だった。
「だからこそね。ああした異形の者達がね」
「介入してくるダスな」
「そうなのよ。困ったことにね」
「あの于吉達が狙って来るのよ」
 卑弥呼に加えて貂蝉も話す。
「あたし達はそれをそれぞれの世界で防いでいるの」
「違う世界でもね」
「?というとだ」
 彼女?達の言葉からだ。リョウはあることに気付いた。
 そしてそのうえでだ。こう二人に問うたのである。
「この世界と同じ様な世界がまだ他にあるのか」
「そうよ。女の子達はそのままでね」
「それでも違う世界があるのよ」
「パラレルワールドか」
「それやな」
 リョウに加えてロバートも言う。
「この世界の娘達と同じ娘達が複数の世界にいる」
「そしてそこにそれぞれ于吉達が介入しようとしてるんかいな」
「彼等は次元の超越者なの」
 貂蝉が于吉達をこう話す。
「そしてそれぞれね。工作を仕掛けてきてね」
「自分達の望もうとする世界を築こうとしているのよ」
「あんた等と逆の立場やな」
 ロバートも焼きそばをすすりながら貂蝉と卑弥呼に言った。
「世界を害するんやったらな」
「そうよ。あたし達は次元の管理者でね」
「彼等とはずっと戦ってきてるの」
「他にもスサノオやケイサル=エフェスという存在もいるし」
「中々複雑なのよ」
「よくわからないダスがわかったことはあるダス」
 テムジンはどうにも矛盾する言葉を出したのだった。
「貂蝉さんと卑弥呼さん達はそれぞれの世界を守護していて奴等はダス」
「そう、気の遠くなるだけ色々な世界に介入しようとしているの」
「無数の並行世界をね」
「壮大な話だったんだな」
「ほんまやな」
 リョウもロバートもそれぞれ顔を見合わせて話す。
「俺達が最初思っていた以上にな」
「壮大な話やで」
「貴方達はこの世界と貴方達の世界の為に戦ってね」
「あたし達が全力でバックアップするから」
「ああ、頼む」
「わい等もやるさかいな」
「そうダス。絶対にやるダスよ」
 三人共気合を入れて応える。そうしてだった。
 彼等は出陣の中の腹ごしらえをした。彼等の戦いの前にだ。
 劉備達は草原を進んでいく。草原の中は本当に何もない。
 だが闇の中ではだ。司馬尉がだ。
 ここでも同志達に対してだ。こんなことを言うのだった。
「では。今回はね」
「はい、何を為されますか」
「遂に決戦だが」
「決戦に相応しいものを用意するわ」
 悠然と、かつ妖しい笑みで応える。そのうえでの言葉だった。
「それをね」
「あの、ですがお姉様」
「敵もです」
 劉備達が何をしそうなのかをだ。司馬師と司馬昭が話す。
「妖術を破ることを念頭に置いてます」
「おそらくは私達自身に仕掛ける場合でも」
「ですから下手に妖術を使ってもです」
「破られてしまうかも」
「妖術はそうね」
 司馬尉は妹達の言葉を受けてだった。
 悠然としたものは崩さずにだ。こう言ったのだった。
「破られてしまうわね」
「はい、落雷の術と同じく」
「そうなるかと」
「わかっているわ」
 そのことはだというのだ。そのうえでだ。
 彼女はだ。妹達だけでなく他の同志達にだ。こう言ったのである。
「妖術だけではないわ」
「ではあれか」
 すぐにだ。左慈が述べてきた。
「あれを使うのか」
「ええ、宝貝をね」
 新たな言葉が出て来た。それはこれだった。
「それを使うわ」
「そうだな。あれは妖術ではないからな」
「思う存分使えるわ」
 悠然とした笑みのままでだ。司馬尉は左慈に応えて述べていく。
「あれをね」
「何だ、その宝貝というものは」
 ルガールがここでだ。司馬尉に対して問うた。
「妖術とは別のものであるのはわかるが」
「仙人が使う道具よ」
 それだと話す司馬尉だった。
「それは剣だったり楽器だったり動物だったりするわ」
「様々なのだな」
「そう。その中でも私が今使うのはね」
「それは何だ?」
「陣よ」
 それだというのだ。
「陣を使うわ」
「陣の宝貝もあるのか」
「そうよ。宝貝にはそうしたものもあるのよ」
「実に多彩なのだな」
 話を聞いてだ。ルガールは頷く。
 そしてだ。彼はまた言ったのである。
「宝貝は実にな」
「そう。そして私が使う陣は」
「どういった陣なのだ、それで」
「十絶陣よ」
 司馬尉は言った。
「この陣を使うわ」
「十絶陣か」
「十の。何者をも寄せ付けない陣」
 笑みを浮かべつつだ。司馬尉は述べていく。
 そこには余裕がある。そうしての言葉だった。
「それを使て勝つわ」
「流石ですね」
 司馬尉が十絶陣を使うと聞いてだ。于吉がだ。
 その司馬尉を認めてだ。笑みを浮かべて言ったのだった。
「あの陣を使われるとは」
「そうだな。目の付け所が違う」
 左慈も于吉に続いて言う。
「あれならばそう簡単にはだ」
「破られはしないわ」
「勝つな」
 今度はこう言った左慈だった。
「この戦いは俺達がだ」
「勝つ為の宝貝よ」
 それ故に使いだ。出すというのである。
「そういうことよ」
「そういうことだな。それではな」
「ええ、いいわね」
「いいと思います」
「それでな」
 于吉と左慈に反論はなかった。彼等はそれでよしとした。
 そしてミヅキもだ。妖しい笑みで頷いて言うのだった。
「面白そうな陣ね。それならね」
「いいというのね、貴女も」
「邪神アンブロジアもそれを望んでいるわ」
 ミヅキの後ろにいるだ。その神もだというのだ。
「だからね。お願いするわ」
「わかったわ。それじゃあね」
「ではその十絶陣をですね」
「早速ですね」
「十の方角に敷くわ」
 その十の陣をそのままだ。敷くと話す司馬尉だった。
 そうしてだった。彼女はまた言うのだった。
「それは彼等ですら破れないわ」
「はい、あの陣は絶対にです」
「破れません」
 妹達がだ。姉の言葉に応える。
「ですから最後には私達が勝ちます」
「例え何があろうとも」
「この九頭の九尾の狐の力ならば」
 リョウシツの力、それならばだというのだ。
「あの十の陣を自由に使えるわ」
「見事です。ではです」 
 于吉は微笑みながら司馬尉の話を聞いてだ。
 そしてだった。同志達に述べていくのだった。
「この戦いで全てを決めましょう」
「そのうえで二つの世界を我々のものにしよう」 
 ルガールはその無気味に光る単眼で述べた。
「そのうえでだな」
「新たな王朝を築くわ」
 司馬尉の手に何かが宿った。それは杯だった。
 紅い杯の中に赤いものがあった。それをだ。
 口に含み飲みだ。それから言ったのだった。
「この美酒も好きなだけ飲めるわね」
「人の血じゃな」
「葡萄酒と混ぜたものよ」
 それだと朧に話すのである。
「こうして飲むと最高の美酒になるのよ」
「味がいいだけではないのう」
「妖力も強めてくれるのよ」
 人食いの九頭の九尾の狐の力を強める何よりのものだった。
「だからこそね」
「そうして飲むか」
「人の世を完全に滅ぼし魔の世にして」
 そうしてだというのだ。
「この美酒をさらに飲んでいくわ」
「人が尽きても心配せぬことだ」
 刹那がその司馬尉、血を混ぜた酒を飲む彼女に話す。
「常世の者の血も飲めるからな」
「それに肉もよね」
「死者は無限だ」
 それこそどれだけいるかわからないというのだ。
「その者達を好きなだけ喰らうがいい」
「ええ、そうさせてもらうわ」
 司馬尉の血が濡れていた。赤くだ。
 唇を塗らすその赤いものをだ。人のものとは思えぬ長く紅い舌で舐め取る。そうしてだった。
 彼女はだ。また言うのだった。
「その為にも私の王朝を築くわよ」
「さて、それではです」
 司馬尉が人の血を舐め摂るのを見届けながらまた言う于吉だった。
「私達も食事にしますか」
「そうだな。何を食う?」
「軽いものでどうでしょうか」
 今はだ。それでいいというのだ。
「パンか何かで」
「パンか」
「はい、それを召し上がられますか」
 こう左慈、古くからの同志に尋ねたのである。
「そうされますか」
「そうだな。それではな」
 左慈もだ。腕を組んだうえで頷く。
 そのうえでだ。于吉に返したのだ。
「今はそれで軽く済ませるか」
「ではその様に」
「十絶陣を敷きそのうえでだ」
 あらためてだというのだ。
「奴等を迎え撃つとしよう」
「俺達のオロチも封印が解かれるな」
 社はオロチの話をした。
「こっちの世界で解放して向こうの世界もな」
「そうだね。二つの世界をね」
「私達の世界にしましょう」
 クリスとシェルミーがその社に続いて述べてだった。彼等もだ。
 それぞれの飯を食う。闇の中でそうしたのだ。
 光と闇の激突が近付いている様に見えた。しかしだ。
 闇についてだ。言うのは玄武の翁だった。
 翁は進軍中に玄武に乗ったままだ。周囲に話すのだった。
「闇は決して悪ではないのじゃ」
「えっ、違うのですか」
「そうやないんか」
「うむ、そうじゃ」
 まさにそうだとだ。翁はアテナとケンスウに話すのである。
「光があれば必ず闇ができるな」
「はい、影になって」
「そうしてそこにできるで」
「それじゃ。表裏一体でありじゃ」
「悪とはまた違う」
「そうなのですか」
「しかしじゃ。そこに人とは違う考えが入る」
 そしてそれこそがだというのだ。
「あの司馬尉なりオロチなりアンブロジアなりな」
「彼等の。独善や全てを滅しようという考えが」
「闇に入ってかいな」
「闇は悪となるのじゃ」
 即ちだ。闇は悪ではないというのだ。
「同じことは光にも言えるのじゃ」
「では彼等が光に加わると」
「光が悪となるんかいな」
「そういうことじゃ。光も闇も善でも悪でもない」
 それ自体にはだというのだ。光にも闇にもだ。
「何でもないことじゃ」
「そうじゃのう」
 鎮もここで翁の言葉に頷く。
「全てはそこにある心じゃ」
「そういうことやねんな」
 ケンスウは首を左右に捻り考える顔で述べた。
「善とか悪ってのは心からやねんな」
「そうなのね。じゃあバッタも心が悪なら」
 アテナは自分の嫌いなものを話に出した。無意識のうちにそうしたのだ。
「悪になるのね」
「ピザまんもそやな」
「それはまた違うと思うけれど」
 包は率直にその二人に突っ込みを入れた。
「けれどまあ。光も闇もそれ自体は悪じゃないのは」
「その通りじゃ。悪は心じゃ」
 また言う翁だった。あくまでそう話す。
 そしてだった。彼はだ。静かにだ。
 人の心、目には見えないものを見ているのだった。
 その心を見つつだ。人は言うのであった。
「己だけが絶対に正しいと思い他のものを害するものはじゃ」
「それが悪なのね」
「わしは最近そう思えてきたのじゃ」
 翁が今になって辿り着いたものだった。
「この世界に来てのう」
「善と悪は言い切るのがまことに難しい」
 鎮も珍しく深い言葉を出した。
「中々のう。わかりにくいものじゃ」
「善って何なのか。悪って何なのか」
 包も言う。そしてだった。
 深い顔になり考えてだった。人自体についても考えてだ。そうしてそのうえで翁や鎮といった人生の先輩達も見てだ。そしてこんなことを言ったのである。
「ずっと考えてもわからないものなのかな」
「そうなのじゃ」
 翁は包にも話す。
「人は常に善と悪を内在しておるがじゃ」
「その善と悪が非常にわかりにくいんだね」
「一概に言えぬものじゃ」
 どうしてもだ。そうなるというのだ。
「しかしそれでもじゃ」
「それでもかいな」
「何かがあるんですね」
「人は。あ奴も気付いたことじゃが」
 嘉神だ。彼の弟子であり同志のだ。
「それでも人はよいものじゃ」
「そやな。悪いことだってするけどな」
「それでもですね」
「うむ。人はよいものじゃ」
 こうだ。翁はケンスウとアテナに話した。
「不安定で弱い存在じゃがな」
「そうじゃな。確かに愚かじゃ」
 このことは鎮も言う。
「しかしそれでもじゃ」
「愚かなだけではない」
「賢明なものもあるからのう」
「そうした人というものを一方的に言えるのか」
「言えぬな」
「そのことがわかってきたのじゃよ」
 長く生きてきてだ。それでようやくだというのだ。
「人は善でもあり悪でもあるのじゃよ」
「言うならばあれなの?」
 包がここでまた言う。
「中立なのかな、人って」
「そもそも生まれた時は全くの白紙やで」
 ケンスウは赤子の状態をこう指摘した。
「それで善か悪かってな」
「ちょっとないのね」
「俺もそう思えてきたわ」
 その考えに至ったというのだ。
「そんでそこから色々勉強するんやからな」
「いいことも悪いことも」
「それで何で一方的に悪って言えるかや」
 オロチ達の様にだ。決め付けられるかというのだ。
「オロチの奴等は一方的に自分達の目だけで決めつけてるだけやな」
「そうなるわね」
 アテナもケンスウのその言葉に頷く。こうした話をしてだった。
 そしてだ。また言うアテナだった。
「だからこそあの人達は間違ってるのね」
「そやなあ。そこがやな」
「そうね。だから」
「絶対に止めなあかん」
 ケンスウにしては珍しい断言だった。そうしてだった。
 あらためてだ。彼は言った。
「ほな、やるで」
「ええ、頑張らないとね」 
 アテナも応える。敵に向かいながらだ。彼等は決意をあらたにするのだった。


第百三十三話   完


                                         2011・12・19



いよいよだな。
美姫 「いよいよね。貂蝉たちも揃ってるし、本当に最後の対決ね」
激戦は必至だろうな。
美姫 「よね。どんな戦いが繰り広げられるのかしらね」
結末も含めて楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね」
ではでは。



▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る