『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                              第百十七話  社、三姉妹と競うのこと

 社はだ。彼等の陣中においてこんなことを言い出した。
「何か打つ手打つ手がしてやられてるけれどな」
「忌々しいことにな」
 左慈が実際に忌々しげな口調で返す。
「あの連中も小賢しい」
「それでそろそろと考えています」
 于吉は冷静に社に返す。
「戦いを」
「いや、ちょっと待ってくれ」
 ここでだ。社はこう切り出した。
「まだそれには早いだろ?」
「早いといいますか」
「ああ。それよりもな」
 ここで笑ってだ。彼はこんなことを言った。
「俺も遊びたくなってきたんだよ」
「遊びですか」
「何をする気だ?」
「暫く楽器に触ってなかったからな」
 それでだというのである。
「ちょっと派手に演奏してみたくなってな」
「そうか。音楽か」
 音楽と聴いてだった。左慈は述べた。
「それであの連中をかき乱すか」
「決戦前に少し戦力を削っておかないか?」
 楽しげな笑みのままだ。社は言うのである。
「連中との戦いの前にな」
「そうですね。面白いですね」
 于吉は微かに笑って社の言葉に応えた。
「それではです」
「ああ、ちょっとやらせてくれよ」
「はい、どうぞ」
 こう話してだった。彼はすぐにだ。シェルミーとクリスに声をかけた。二人も彼の言葉を聞いてだ。
 楽しげに笑ってだ。こう話したのだった。
「いいわね。それじゃあね」
「楽しくやろうよ」
 これが二人の言葉だった。
「じゃあギターもあるし」
「社のドラムもあるよ」
「ああ、じゃあ三人でやるか」
 社はいつもの三人でいこうと思った。ところがここでだ。
 バイスとマチュアも来てだ。それで言うのだった。
「私達も入れてくれるかしら」
「同じオロチの誼でね」
「別にいいけれどな」
 特に悪くないとだ。社はまずは二人の申し出を受け入れた。
 しかしそれと共にだ。彼はこうも言った。
「けれどな」
「私達が楽器を使えるかね」
「そのことよね」
「ああ、そっちは大丈夫か?」
 こう二人に尋ねたのである。楽器のことをだ。
「本当にな」
「ダンスじゃ駄目かしら」
「それは」
「ああ、それがあったな」
「そうよ。歌に演奏だけじゃないでしょ」
「その他のものもあるじゃない」
 こうだ。二人は楽しげな笑みで社に話すのだった。
「そうでしょ?だからね」
「私達はそれでいきたいんだけれど」
「いいぜ」
 社はあらためて笑顔で応えた。
「じゃあ五人でいくか」
「こちらは五人ね」
 シェルミーが楽しげに言った。
「何か面白い感じになるわね」
「五人か」
「うん。向こうにもオロチはいるけれどね」
 クリスは彼等のことに言及した。
「山崎とレオナだね」
「こちらにはゲーニッツもいるわ」
 シェルミーはゲーニッツについて話す。
「とはいってもね」
「私は今回は遠慮させてもらいます」
 そのゲーニッツが出て来て笑顔で話す。
「音楽は聴く方です」
「ああ、いいのか」
「はい。教会の音楽は好きですが」
 この辺りは牧師としてである。
「ですが今はそうさせてもらいます」
「わかったぜ。じゃあ五人で行くな」
「見守らせて頂きます」
 こう話してだった。彼等は船に乗りだ。劉備達連合軍の陣地に向かった。そうしてだ。
 船の上からだ。楽器を使い演奏をはじめたのだった。それと共にだ。
 クリスが歌い。バイスとマチュアがダンスをはじめる。すると。
 急にだ。連合軍の兵達が浮き足立ってきた。
「な、何だ!?」
「あの船の連中オロチの奴等だよな」
「そいつ等が何をするんだ!?」
「歌ってるけれどよ」
「舞も舞ってるし」
「あれ何だ!?」
「あっちの世界の音楽か!?」
 誰もが戸惑いを見せる。そしてだ。
 出陣しようにもだ。彼等は。
 急に動きを止める。それを見てだ。猛獲が驚きの声をあげた。
「大変だニャ!皆動かなくなったニャ!」
「これどういうことなの!?」
 猛獲と共にいるチャムチャムも驚いている。
「何か皆急におかしくなって」
「アノ音楽ノセイ」
 ここでタムタムが言う。
「おろちノ奴等ノ音楽ノセイ」
 まさにそのせいだとだ。猛獲達に話す。
「コノママダト大変ナコトニナル」
「じゃあどうすればいいニャ!」
「このままだと大変なことになるけれど」
 猛獲もチャムチャムも動かなくなった兵達を見ながらタムタムに問う。
「何か今度はお互いに睨み合いだしたニャ」
「喧嘩しそうだけれど」
「タムタム思ウ」
 具体的にどうかとだ。タムタムは話した。
「音楽ニハ音楽」
「音楽ニャ!?」
「それしかないのね」
「タダシちゃむちゃむハ駄目」
 自分の妹にはこう話す。
「歌下手ダカラ駄目」
「うう、僕歌いたかったのに」
 チャムチャムは兄に言われ残念な顔になる。しかしだった。
 何はともあれ対策は決まった。こうしてだった。
 劉備達はすぐに集まりだ。誰を歌わせるか話した。
 すぐにだ。袁術が名乗り出る。
「ここはわらわが行くのじゃ」
「そうですね。美羽様が出られるのなら」
「私も是非」
 すぐに張勲と郭嘉も名乗り出る。
「偶像支配で対抗しますか?」
「私達三人で」
「いえ、ちょっと待って」
 ここで言ったのは荀ケだった。見れば怪訝な顔になっている。
「今軍全体が浮き足立っているから」
「そちらですか」
 郭嘉もすぐに察して返した。
「兵達の動揺を抑える為に」
「というか沈静化させないといけないから」
 荀ケが言うのはこのことだった。
「だからね」
「ううむ。ではわらわ達はそちらに向かうか」
 袁術も荀ケの話を聞いて素直に頷いた。
「このままでは同士討ちになってしまうしのう」
「それとなのです」
 今度言ったのは陳宮だった。
「軍全体を抑えるにはもっと人手が必要なのです」
「それならニ喬もいるわね」
 孫策がすぐに述べた。
「この娘達にも働いてもらいましょう」
「わかりました」
「それなら私達も」
 こうしてだった。二人も歌うことになった。その他にもだった。
「とにかく軍全体が浮き足立っているのは問題よ」
「それなら私達も総動員ですね」
 劉備は孫策の言葉に続いた。
「私達も陣の各所で歌って」
「とにかく歌える人間は総動員ね」
 曹操も言った。
「私も一応歌えるし」
「それなら私も」
「私もね」
 劉備に孫権も続くのだった。とにかくだ。
 歌える面々が次々と挙げられる。別の世界の面々もだ。
 アテナもだった。ケンスウに推挙される。
「それで私も?」
「そや。気合入れていくんや」
 ケンスウは力瘤を入れてアテナに告げる。
「ええな。派手にいけや」
「じゃあまたするのね。バンドオブファイターズ」
「そや、まさにあれや」
 こう言ってだ。ケンスウはアテナの背中を押したのだった。そしてだ。
 彼女も出ることになった。その他にもだった。
 テリーにナコルル、草薙もだ。出るのだった。
 この四人ならばだった。草薙は八神を見て尋ねた。
「御前はどうするんだ?」
「俺か」
「ああ。ベースは持っているよな」
「無論だ」
 この世界においてもだ。八神はベースを持っていた。
 そしてだ。そのベースを実際に出して言うのだった。
「こいつは俺の身体の一部だ」
「そう言うんだな」
「それでどうするんだ?」
「オロチは俺を利用しようとした」
 八神は表情を崩さず述べた。
「そのことは何があろうと忘れない」
「それならか」
「そうだ。奴等が動くのなら俺も動く」
 そうするというのである。
「必ずだ」
「わかった。それならな」
 こうして八神も加わった。これでいつもの五人になった。
 その五人に加えてだった。劉備が笑顔で言った。
「張三姉妹も欠かせないわよね」
「あっ、やっぱり出してくれるんだ」
「今自分から言おうって思ってたけれどね」
「劉備さんから言ってくれるなんて」
「だって歌なのよ」
 劉備は天真爛漫そのものの口調で話す。
「歌だったら張三姉妹が出ないとね」
「有り難う。やっぱり劉備さんよね」
「あたし達のこといつも応援してくれてるし」
「こうして推挙もしてくれるのは嬉しいわ」
 こうしてだった。三人も出ることになった。こうしてオロチ達の音楽に総員で対抗することになった。しかしだ。
 ここでだ。出て欲しくない連中が出て来たのだった。
「じゃあ出番ね」
「あたし達の出番なのね」
 出た瞬間でまたしても爆発が起こった。天幕が瞬く間に焦土になる。
 だがその中でだ。妖怪達だけは言うのだった。
「あたし達の歌なら誰もが悩殺されるわ」
「さあ、聴いて頂戴」
「はっきり言わせてもらうわ」
 曹操は何とか起き上がりながらだ。怪物達に返す。
「あんた達はいいから」
「あら、どうしてなの?」
「絶世の美女二人の歌を聴きたくないの?」
「どう言えばいいのかしら」
 曹操はこっそりと荀ケに囁く。
「あの二人に納得してもらう言い方は」
「ええと、ここはですね」
 荀ケもだ。あちこち煤だらけになりながらも何とか起き上がりつつ応える。
「あの二人には敵陣にでも行ってもらってですね」
「そこで歌ってもらうのね」
「あの二人の歌が若し陣中で歌われると」
 それならどうなるか。想像に難くなかった。
「軍はそれだけで全滅します」
「そうね。確実にね」
「全滅で済めばいいです」
 こう言うのだった。
「戦力の九割は失われます」
「そうね。それだけは防がないと」
「はい。ですから」
 こうした話をしてだった。曹操はだ。
 怪物達にだ。レトリックの限りを尽くして話した。
「是非お願いしたいところだけれどね」
「そうよね。だからね」
「今から歌わせてもらうわ」
「何かね。敵も聴きたいらしいのよ」
 こう言い繕うのだった。
「だから。敵陣で歌ってくれるかしら」
「ううん、敵もあたし達の美しさに魅了されたのね」
「敵でさえ魅了する。あたし達って本当にね」
「罪な女ね」
「全くだわ」
「だからお願いできるかしら」
 曹操は究極の戦略兵器を敵に打ち込もうともしていた。
「そちらでね」
「ええ、わかったわ」
「それならね」
 二人も快諾してだ。そのうえでだ。
 瞬間移動で消えた。それを見届けてからだ。曹操は安堵した顔で言った。
「これでいいわね」
「はい、敵軍は大混乱に陥ります」
「ええ、確実にね」
 そのことをいいとしてだ。荀ケに話す。
「私達の陣は守られてね」
「そして敵軍はです」
「大混乱に陥るわ」
「本当に危ないところでした」
 荀ケは心から安堵していた。そうしたやり取りの中でだ。
 曹操はあらためてだ。三姉妹に話した。劉備と同じく。
「じゃあいいわね」
「うん、いいわ」
「それじゃあ頑張らせてもらうからね」
「歌うわ」
 三姉妹も快諾してだ。そのうえでだ。
 舞台の設定にかかる。それも陣の至るところでだ。それを進めながら袁紹が言う。
「さて、舞台の設置が終わりましたら」
「鑑賞ですね」
「その舞台の」
「ええ、そうしますわ」
 こう辛姉妹にも答える。その中でだ。
 全ての舞台の演出を担当しているだ。蔡文姫に問うたのだった。
「ところでなのですけれど」
「はい、先程のお話ですね」
「あの男でしたのね」
「間違いありません」
 蔡文姫も真剣な顔で袁紹に答える。
「あの首は間違いなく。腐っていたとはいえ」
「貴女を攫い匈奴に売った男ですのね」
「紫鏡、屍といいましたが」
 その男のことだった。
「あの男こそが私を都から攫って」
「それでは、ですわね」
 袁紹はその話を聞いて眉を顰めさせた。そうして言うのだった。
「貴女を攫わせたのもまた司馬尉か于吉かの策略でしたのね」
「オロチや常世とも考えられますが」
「どちらにしても同じですわ」
 彼等が結託しているからだ。それでだというのだ。
「貴女を都から遠ざけたことは変わりませんわ」
「そのことですが」
「考えられることはです」
 ここでもだ。田豊と沮授が袁紹に言ってきた。
「名家の出身で教養も豊かな藍玉殿を司馬尉達が疎ましく思ったのでしょう」
「それで都から遠ざけたのかと」
「そういうところですわね」
 袁紹も察しながら述べる。
「この娘は先の帝の憶えも目出度く宦官達も一目置いてましたし」
「大将軍も側近にされようとしていましたし」
「ですから」
「司馬尉にとっては邪魔以外の何者でもありませんでしたわ」
 袁紹は今言った。
「それ故に、ですわね」
「そう考えられます」
「憶測ですが」
「いえ、確かですわ」 
 それはだ。間違いないと答える袁紹だった。
「藍玉がいなくなり司馬尉は大将軍に一気に接近しましたし」
「だからこそですか」
「あの男を使って拉致を」
「司馬尉のしそうなことですわ」
 袁紹はこうも言った。
「若しあそこでわたくしがこの娘を見つけていなければ」
「はい。あのまま匈奴のところで虜囚になっていたままでした」
「あの最果ての地で」
「私もそう思います」
 蔡文姫自身もだ。そう思っているのだった。
「あの時麗羽様に見つけて頂けなければ」
「もっと早く気付くべきでしたわ」
 袁紹は眉を顰めさせたまま述べる。
「貴女のことも司馬尉のことも」
「どちらもですか」
「そうすればあの女をより早く除けましたのに」
「申し訳ありません、我々もです」
「気付けませんでした」
 田豊と沮授が謝罪する顔と声で袁紹達に述べる。
「あの司馬慰の正体にです」
「全く以て」
「仕方ありませんわ。これはわたくしの不明」
 だからいいというのだ。袁紹は歯噛みしつつ述べる。
「あの女のことは常に意識していたというのに」
「そして今ですね」
 蔡文姫がここで言う。
「あの女は異形の者達と共に」
「ええ、あの場所にいますわ」
 袁紹は見た。対岸にある敵陣の方を。
「必ず。勝ちますわ」
「そうして天下を救いましょう」
「あの者達を滅ぼして」
 田豊と沮授も応えてだった。まずは舞台を整える。社達の演奏は続き陣中の不穏な空気が増していたのでだ。舞台の設置は急に進められていた。それを見てだ。
 社達は船の上からだ。楽しそうに話す。休憩の中でだ。
「いいねえ。向こうもやる気だよ」
「そうだね。それこそ総動員でね」
「私達に対抗する気ね」
 クリスとシェルミーも応える。
「まずは陣中の混乱を抑えるんだ」
「そして私達にも戦力を向けるみたいね」
「あの三姉妹が来るわね」
「私達が利用していた」
 バイスとマチュアは彼女達に注目していた。見れば港に設置されていく舞台のところに三姉妹がいた。そして彼女達以外にもだ。あの面々もいるのだった。
「それに草薙京と八神庵」
「あの二人もね」
「へっ、あの二人は何だかんだいってよく一緒にいるな」
 社も彼等の姿を見て楽しそうに言う。
「他の連中もいるしな」
「麻宮アテナにテリー=ボガード」
「それにナコルルだったわね」
「ああ。あの五人は音楽に力があるからな」
 そのうえでの五人だというのだ。
「それで一緒になってるからな」
「で、僕達と争うんだ」
「そうするのね」
 シェルミーとクリスも楽しそうに話す。
「三姉妹とあの五人」
「数ではこちらが劣勢ね」
「音楽は数じゃねえよ」
 社は数についてはあっさりと受け流した。
「心なんだよ」
「そうだね。どれだけ人の心を操れるか」
「そうした話だからね」
「ああ。だからやるぜ」
 社はまた言う。
「勝負をな」
「よし、それなら」
「再開ね」
 こうしてだった。オロチの彼等は再び演奏に入る。それと同時にだ。
 三姉妹もだ。舞台ができたのを見てだ。そこにあがる。アテナ達も既に自分達の舞台でスタンバイしている。そのアテナと張角がだ。それぞれの舞台から話をする。
「それではですね」
「うん。歌は替わりばんこでね」
「歌いましょう」
「そうしようね」
 お互いににこりと笑ってだ。そうしてである。
 まずはだ。張角が妹達に告げる。
「じゃあ地和ちゃん、人和ちゃん」
「ええ姉さん、歌うわよ」
「思いきりね」
「あの時のことは忘れてないんだから!」
 張角はきっとした顔でオロチの船を見て言う。特にバイスとマチュアを見て。
「私だって騙されたら怒るんだから!」
「そうよ、よくもやってくれたわね!」
「許さない」
 張梁と張宝も言う。こうしてだった。
 三人は三人の歌を歌う。その時にだ。
 陣の至る場所でだ。歌える面々が歌っていた。
「わらわ達の歌を聴くのじゃーーーーーーーーーっ!」
「では皆の者行くぞ!」
「しかと聴くのだ!」
 袁術も関羽も張飛もだ。それぞれの舞台から兵達に告げる。それをはじまりとして。
 それぞれ歌いだ。オロチの術に対する。そして。
 そのオロチ達にだ。三姉妹とアテナ達が向かう。お互いに一曲ずつ交代しながらオロチの歌に対する。それに対してオロチは常に彼等だけで向かっていた。
 その交代で攻めるやり方がだ。次第に功を奏してきた。
「あれっ、いけてる!?」
「そうね。奴等押されてるわ」
「私達の歌に」
 三姉妹は自分達の歌を歌い終えてアテナ達の歌を聴きながらオロチ達を見て言う。
「何かオロチの歌が押されてきてるよね」
「少しずつだけれどね」
「勢いは私達に傾いてるわ」
 三人にもそのことが次第にわかってきた。
「ううんと。交代で歌ってるせいかな」
「あたし達とアテナ達は大体互角だし」
「それにオロチとも」
 実力が互角ならばだ。後は体力勝負だった。そしてそうなるとだった。
「私達は交代でやってるから体力には余裕があるから」
「連中は常に歌わないといけないし体力使ってるわね」
「その分だけこちらが有利」
 そういうことだった。社が否定した数の差が出ていた。
 アテナ達が歌い終わりまた三姉妹の歌と舞がはじまる。それに対してだ。
 クリスは歌いながらだ。苦しいものを感じていた。それで言うのだった。
「ううん、少しずつだけれど」
「そうね。向こうがね」
「押してきてるな」
「どうする、社」
 彼はここでドラムの社に尋ねた。
「何か分が悪いよ」
「それに陣の兵隊の奴等も術が解けてきてるな」
「うん、そうなってきてるね」
「まずいな、こりゃ」
 社は情勢を冷静に見て述べた。
「このままじゃ策は失敗だな」
「ならここは一気に」
「切り札を出すの?」
 バイスとマチュアはダンスを続けながら社に尋ねる。
「オロチを降臨させて」
「その力で」
「いや、それにはまだ力が全然足りないんだよ」
 だからだ。それはできないというのだ。
「まだこれからだよ」
「じゃあ今はなのね」
「凌ぐしかないのね」
「とりあえず体力勝負でも自信はあるけれどな」
 伊達にオロチではない。それはあった。
「暫くは辛い戦いになるな」
「それは仕方ないわね」
 シェルミーも演奏をしながら少し残念そうに述べた。
「けれど凌いでいって」
「ああ、音楽で反撃するぜ」
 こう言ってだ。社は今は耐えようとした。そうして一刻程彼等にとって苦しい戦いを続けた。
 その間連合軍の全ての舞台で歌い続けている。曹操は彼女と劉備の曲を歌い終えて少し休憩を取る中でだ。こんなことを呟いた。
「そろそろだと思うけれど」
「そろそろって?」
「あの妖怪達が暴れる頃よ」
 鋭い目でだ。劉備に話すのだった。
「そうなったらいよいよよ」
「ええと。妖怪って」
「ほら、あの無気味なオカマ二匹よ」
 完全に人間扱いしていない。
「あの連中が敵陣に向かったでしょ」
「はい。大爆発の後で」
「奴等が仕掛けるわ」
 こう言うのである。
「だからそれが起こるから」
「じゃあこの歌も」
「終わるわ」
 その終わり方はどういったものかというと。
「私達の勝ちよ」
「兵隊さん達もこれで」
「完全に元に戻るわ」
「もうすぐなんですね」
 劉備はそのことがわかってだ。笑顔になって言う。
「皆が助かるのは」
「そうよ。それにしても」
 曹操は劉備のその天真爛漫な笑顔を見てだ。少し苦笑いになって述べた。
「貴女は勝つことよりも兵達のことが心配なのね」
「ええと。勝つことは確かにとても大事ですけれど」
「それでもなのね」
「はい。兵隊さん達が無事で勝てたら最高です」
「そういうことなのね」
「曹操さんは違うんですか?」
 逆にだ。劉備は少しきょとんとした顔になって曹操に尋ねた。
「兵隊さん達が無事なのは嬉しくはないんですか?」
「確かに大事よ」
 曹操もそのことは否定しない。
「けれどそれでもね」
「戦いに勝つことがですか」
「ええ。それが第一と思っていたわ」
 言葉は既に過去形だった。曹操が気付かないうちにそうなっていた。
「その為には必要ならね」
「兵隊さん達はですか」
「多くの犠牲も仕方ないと思っていたわ」
 軍略家としてだ。そう思っていたのだ。
「けれど貴女を見ていると」
「私をですか」
「甘いと思うわ」
 こうも言った。それは否定できなかった。
「それでもね。あえて兵達の心配をする」
「そのことがですか」
「違うわね。貴女みたいな考えには中々なれないわ」
 今度は優しい笑みになって言う曹操だった。
「けれどそういう貴女だから」
「私だから」
「何かができるのね」
 こう言ってだ。心の中で劉備を認めるのだった。彼女達は今はあくまで歌い続ける。
 そしてだ。その戦いが遂に終わる時が来た。歌い続ける社達のところにだ。
 朧が姿を現しだ。こう囁いたのである。
「すぐに陣に戻ってくれるかのう」
「何かあったのかよ」
「うむ、あの怪物共が現れた」
 そうなったというのである。
「そして連中の歌でじゃ」
「何だ?陣がとんでもないことになっておるのか」
「左様じゃ。兵達が次々に吹き飛ばされておる」
 歌によってだ。そうなっているというのだ。
「歌には歌じゃ。頼めるか」
「仕方ねえな」
 その話を聞いてだ。社は歯噛みしながら述べた。
 そうしてだ。オロチの同胞達に告げるのだった。
「おい、残念だがな」
「撤退だね」
「ここで」
「ああ、そうするぜ」
 こう彼等に告げるのである。
「忌々しいがな」
「仕方ないね。流石に陣を壊されたらね」
「戦いは負けよ」
 クリスとシェルミーはさばさばした感じで言う。
「それなら今はね」
「帰りましょう」
「今日のところは奴等の勝ちにしておくさ」
 社は三姉妹やアテナ達を見て述べた。
「あくまで今日のところはな」
「ええ。けれど次はね」
「こうはいかないわ」
「そろそろ余興は終わりだな」
 社はバイスとマチュアの話にも応えながら話す。
「本番をはじめるか」
「僕達の力を最大限に使ってね」
「それでなのね」
「奴等はあそこで天麩羅になるぜ」
 社はいつもの楽しげな笑みになって言う。劉備達の陣を見ながら。
「木ばかりだからよく燃えるだろうな」
「それに風があればね」
 クリスは右手を前に掲げ手の平を上にやった。そこに青い火の玉が沸き起こる。
「確かに妖術は封じられたけれどね」
「俺達の力は自然の力だからな」
「術では防げないわよ」
 社もシェルミーも楽しげに笑いながらだ。今は水平線の彼方に消えていく。
 彼等が消えたのを見てだ。草薙は鋭い目で述べた。
「とりあえずは、だな」
「奴等は諦めが悪い」
 八神もだ。同じ目で続く。
「すぐに来る」
「その辺りは御前と同じだな」
「俺とか」
「何かっていうと俺につっかかってくるだろ」
「俺はつっかかりはしない」
 八神はそれは否定する。
「俺は貴様の命を狙っている。それだけだ」
「それだけだってんだな」
「そうだ。奴等とは違う」
 あくまでオロチとは違うというのだ。ここに八神とオロチの決定的な違いがあった。
「そのことは言っておく」
「確かにな。執念深くてもな」
「奴等は滅ぼすだけだ。自然とやらの我儘でな」
「自然の我儘かい」
「奴等の意志は自然の総意ではない」
 八神は見抜いていた。オロチとはどういったものか。
「オロチは自然を司る神の一柱に過ぎないのだからな」
「人間は自然の敵じゃないってんだな」
「人間もまた自然の一部だ」
 八神は一言で看破してみせた。
「奴等はそれがわかっていないだけだ」
「成程な。じゃあ奴等はあれなんだな」
 草薙も八神の話を聞いてだ。理解したのだった。
「妄執でしかないんだな」
「俺には妄執はない」
 八神のそのことは否定する。
「それは言っておく」
「わかったぜ。じゃあ俺達はその妄執をだな」
「焼き尽くす」
 それが八神の考えだった。オロチに対する。
「オロチは。確かにな」
「俺もそうするけれどな」
「勝手にしろ」
 草薙に対してはこう言う八神だった。
 何はともあれ戦いは終わった。今回の戦いは。
 兵達の虚脱も喧騒も終わりだ。陣は元に戻った。三姉妹はそのことを明るく喜んでいた。
「やったわね。勝ったわよ」
「ええ。あたし達の歌の勝利よ」
「やったわね」
「それじゃあね」
 張角が元気よく言う。
「お祝いに御馳走食べようよ」
「孔明ちゃんや鳳統ちゃんにお願いしてね」
「それと曹操さん達にも」
 三人はここぞとばかりに言う。
「あとあの秦兄弟の青い方にもね」
「舞ちゃんもお料理上手だしね」
「ロック君にもお願いして」
 こうしてだった。三姉妹は彼等の御馳走をねだる。それを受けてだ。
 典韋がだ。巨大な中華鍋を操りだ。料理を作っている。それを見てだ。
 隣にいる黄蓋もだ。エプロン姿で言う。
「勝ったら勝ったでのう」
「忙しくなりますね」
「全くじゃ。歌で出番がないと思うていたらじゃ」
「まさか。料理での出番になるとは思いませんでしたね」
「うむ。しかしじゃ」
 だがここでだ。黄蓋は笑ってこんなことを言った。
「悪い気はせん」
「御祝いのお料理ですから」
「作る方も楽しい」
 それでだというのだ。
「望むところじゃ」
「そうですね。孔明ちゃん達も頑張ってますし」
「わし等も励むぞ」
「はい」
 典韋も笑顔で応える。リチャードとボブもだ。料理を作っている。それを見てだ。
 孔明がだ。驚きながら言う。鳳統も一緒だ。
「へえ、何か凄いですね」
「美味そうか?」
「お肉をそのままぶっすりとやってですか」
「ああ。それで焼くんだ」
 そうした料理だというのだ。
「シェラスコという」
「シェラスコですか」
「ブラジルの料理だ」
「リチャードさんのお国の」
「そうです。パオパオカフェの人気メニューの一つです」
 それがそのシェラスコだというのだ。今はボブが話した。
「とても美味しいですよ」
「とにかく肉をたらふく食べることだ」
 リチャードは陽気に笑って話す。
「祝いだからな」
「ではどんどん焼いていきますよ」
 ボブは笑顔で話す。
「鰐の肉もありますから」
「あっ、丈さん用ですね」
 鳳統は鰐と聞いてすぐに察した。
「鰐は」
「勿論唐揚げもあります」
 丈の好物のだ。それもだというのだ。
「とにかく色々なものをふんだんに作りますので」
「それで祝おうな」
「そうですね。そしてです」
「そろそろ決着の時ですし」
 孔明と鳳統はここでこんなことも言った。
「この赤壁で決めましょう」
「是非共」
「というかですね」
 ここでボブは肉を焼きながら二人に言った。
「何か連中もしつこいですね」
「そうだな。それもかなりな」
 リチャードも弟子のその言葉に応えて述べる。
「あの手この手で来るしな」
「しかも陰湿なやり方ばかりです」
「暗殺や扇動、そうしたことばかりだ」
「それは彼等が陰の世界の存在だからかと」
「そのせいだと思います」
 軍師二人はこうボブ達に話した。
「例えばボブさんは陰謀とかお嫌いですね」
「はい、嫌いです」
 そのことははっきりと答えるボブだった。
「私の性分ではありません」
「そういうことです。人にはそれぞれ属性があります」
「陰陽、それに五行で」
 この国独特の陰陽五行の思想に基くというのだ。
「ボブさんは陽でそして火です」
「それなら極端に明るくなります」
「そうなるんですね」
「はい、そしてそれに対してあの人達はです」
「陰です」
 彼等はそれだというのだ。
「白装束の者達もオロチも常世もです」
「まず陰があります」
 そしてだ。その陰もだというのだ。
「それもかなり深い」
「闇の深遠にある様な」
「深遠か」
 リチャードはそれを聞いてだ。目を曇らせた。
 そのうえでだ。こう言うのだった。
「だからか」
「はい、ああした策ばかり仕掛けてくるのです」
「闇ですから」
「大体わかりました」
 それでわかったとだ。ボブは答えた。
 そうしてだ。肉を突き刺した長い鉄の串を出しながら孔明と鳳統に答えた。
「それなら僕達はその彼等とですね」
「はい、ボブさんのやり方で向かうべきです」
「私達のやり方で」
「同じことをしては駄目なのですね」
「それをすれば私達も闇に堕ちます」
「そうなってしまってはどうしようもありません」
 それでだというのだ。
「私達のやり方で向かいましょう」
「そして勝ちましょう」
「では今はだ」
 リチャードもその肉を刺した串を出して言う。
「祝いをしよう」
「はい、それでは」
「皆で楽しみましょう」
 孔明と鳳統はその肉の塊を見て笑顔になる。それは澱みのない少女の笑みだった。


第百十七話   完


                          2011・10・14







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