『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』





                         第百話  夏侯淵、定軍山に向かうのこと

 夏侯淵がだ。曹操に命じられていた。
「それではね」
「はい、あの山にですね」
「一軍を率いて向かって」
 曹操はこう彼女に告げた。
「わかったわね」
「わかりました。それでは」 
 夏侯淵は畏まって曹操の言葉に応える。
「すぐに」
「あの山は華陀も言っていたし」
「そうですね。ですから」
「一度見てきて」
 こう言うのである。
「流琉も連れてね」
「あの娘もですか」
「後は」
 曹操は考える顔でさらに言う。
「あちらの世界から何人かね」
「では秦兄弟にです」
「あの二人ね」
「はい、彼等はどうでしょうか」
「確かに性格には問題があるけれど」
 曹操も秦兄弟の性格についてはよく知っていた。
「口が悪いしね」
「それが問題ではありますが」
「力は確かね。なら問題ないわ」
「はい、それでは」
「後何人か連れて行きなさい」
「では他にはレオナ殿やラルフ殿、クラーク殿も」
「そうね。彼等もいいわね」
 曹操は彼等についてもいいとした。
 そしてだ。あらためてだ。夏侯淵に言った。
「あと。忍者ね」
「忍者をですか」
「そうよ。忍者を一人連れて行きなさい」
「偵察の為ですか」
「いえ、違うわ」
「違うのですか?」
「その時になればわかるわ。そうなっては欲しくないけれど」
 こうは言ってもだった。曹操はある程確信している顔だった。
 そしてだ。こう言ったのだった。
「けれど何かあればね」
「その忍者が役に立ちますか」
「忍者は何かと役に立つしね」
「ではガルフォード殿でしょうか」
 夏侯淵が名前を挙げたのは彼だった。
「犬達もいますし」
「その犬達の力も使えるわね」
「はい、ですから」
「いいと思うわ。ガルフォードもあれで口が固いし」
「口とは?」
「そうそう、言い忘れていたわ」
 ここでだ。曹操はだ。
 言葉を一旦切ってだ。それから夏侯淵に話してきた。
「何処に向かうかは内密よ」
「指揮官達以外にはですか」
「そうよ。その秦兄弟と軍人組」
 レオナ達のことである。
「それとガルフォード以外にはね」
「そして流琉以外には」
「私もこのことは劉備と麗羽、美羽、孫策」
 そうした今国を動かしている主だった面々には話すというのだ。
 そしてだ。曹操は顔を顰めさせだ。この名前も出した。
「あと。司馬尉にね」
「あの方にもですか」
「仮にも三公よ。話さない訳にはいかないわ」
 こう言ったのだった。
「だからよ」
「司馬尉殿ですか」
「まあわかるわ。後はね」
「後は?」
「麗羽達には兵を動かさないように言っておくわ」
「それは絶対にですね」
「つまり今兵を動かすのは貴女の率いる兵達だけよ」
 曹操はこう話していく。そしてだ。
 さらにだ。こんなことも言った。
「確かに定軍山は謎に包まれているけれど」
「はい、どういった場所か知られていません」
「けれどその周辺のことはわかっているわ」
「そうですね。あの辺りも益州になります」
 益州ならばだ。どうかとだ。夏侯淵も話す。
「益州といえば」
「劉備よ。あの娘は今益州の政を進めているけれど」
「それであの辺りもわかってきたのですね」
「そうよ。地理や人口もね」
「特に人口ですね」
「あの辺りは人が多いけれど治安はかなりいいから」
 そこからだ。得られる結論は。
「賊は少ないわ」
「山賊もですね」
「そうよ。少ないわ」
 また言ったのだった。
「少ない筈なのよ」
「そこに一軍を向ければ」
「山賊なら簡単に征伐できるわ」
 曹操は言い切った。
「ましてや貴女にはそれなり以上の軍を率いてもらうし」
「数においてですか」
「そうするわ。山賊どころか下手な叛乱を鎮圧できるだけの軍をね」
「では」
 こう言ったのだった。
「その軍に対することができる相手は」
「定軍山にはいない筈。ここまで言えばわかるわね」
「はい、私はあえてですね」
「頼めるかしら。危険だけれど」
「喜んで」
 夏侯淵の返事はすぐだった。
「そうさせてもらいます」
「いいわね。何かあればね」
 曹操は夏侯淵を強い顔で見てだ。こう言ったのだった。
「すぐに連絡しなさい」
「すぐにですね」
「絶対に死なないことよ」
 曹操は本心も出した。夏侯淵に対して。
「必ずね」
「わかりました。必ず生き残ります」
「そうしなさい。絶対によ」
 こう念を押してだ。そうしてだった。 
 夏侯淵は密かに出陣の用意に入った。そして密かにだ。
 秦兄弟にレオナ達、そしてガルフォードに声をかけた。そうして言うのだった。
「いいだろうか。場所は定軍山だ」
「ああ、わかった」
「そこですね」
 まずは秦兄弟が応える。まずは二人が頷く。
「それも内密に進むか」
「そうしてですね」
「そうだ。内密にだ」
 また話す夏侯淵だった。
「いいな。兵達にも詳しい場所は伏せておいてくれ」
「何か考えてるな」
「それもかなりのことだな」
 ラルフとクラークが話す。
「何か面白そうだな」
「じゃあ乗るか」
「頼めるか」
 夏侯淵はあらためて彼等に話した。
「是非共だ」
「ただ。気になるのは」
 レオナは鋭い目になり夏侯淵に尋ねた。
「ここまで秘密主義に徹するのは」
「そうだよな。そこがわからないな」
「あからさまに怪しいな」
 ラルフとクラークもだ。そのことについて話す。
「曹操さんも限られた人間にだけ話してるっていうしな」
「俺達にも秘密主義でいてくれってな」
「まああの山は前から噂があるけれどな」
「それもあるんだろうがな」
「華琳様は我々をあえて囮にしてだ」
 夏侯淵もだ。彼等に話した。
 今は密室の中だ。その中で話をしている。灯りは一本の蝋燭が中央にある。その灯りだけを頼りにしてだ。彼等は話しているのだ。
「あることを見出そうとしておられる」
「司馬尉さんですね」
 ウィップが言った。彼女はすぐに察した。
「あの方をですね」
「わかるか。やはり」
「はい。あの方には謎と不審な行動が多いですから」
「そうだ。それを見極める為にだ」
 その為だとだ。夏侯淵も話す。
「我等はあえて定軍山に向かうのだ」
「そうか。そこで悪党が待っていて」
「私達は戦うのですね」
「間違いなくそうなる」
 夏侯淵は秦兄弟に答えた。
「それは覚悟してくれ」
「わかりました」
 典韋も夏侯淵のその言葉に頷く、
「それならその時は」
「思う存分暴れてくれ。そしてガルフォード殿」
「ああ、俺だな」
「貴殿はいざという時にすぐに都に向かってくれ」
 そうしてくれというのである。
「いいな。すぐにだ」
「そうしてだよな」
「都に伝えて欲しい」
「ああ、それは任せてくれ」
「貴殿ならあの山から都まですぐに行けるな」
「まあな。俺の脚ならな」
「忍の力頼らせてもらう」
 それがだ。大きかった。
「むしろ貴殿にかかっているのだ」
「全員の命がだな」
「そうだ。だからこそだ」
 ガルフォードに言うというのである。
「頼む」
「わかったぜ。パピー達とな」
「では話はこれで終わりだ」
 夏侯淵は話が一段落したところでこう言った、
「解散しよう」
「それでですね」
「そうだ。我々は今から出陣まで無関係だ」
 そういうことにすると。典韋にも話した。
「それでいいな」
「わかりました」
 こうした話をだ。密室の中でしたのだった。
 そのうえでだ。彼等は今は密かに出陣の用意をしていた。
 そしてだ。曹操もだ。
 劉備達にだ。今回の出陣のことを話したのだった。
「あの山には昔から賊がいるから」
「ふむ。そうじゃな」
 ここでだ。袁術が納得した顔で頷く。言葉の中に含んでいることに対しても。
「あの山は前から噂があったしのう」
「益州も劉備が治めるようになったし」
「だからですね」
「それでいいかしら」
「はい、是非そうして下さい」
 山賊の討伐ならだ。劉備もいいというのだ。ただし彼女も曹操の言葉の中にあるものは理解してそのうえで話をしているのだ。
 そしてだ。袁紹と孫策もだった。
 全てを納得してだ。こう答えたのだった。
「そうですわね。賊を放置する訳にはいきませんわ」
「だから今回は妥当ね」
 二人も言うのだった。
「是非共。秋蘭さんには果たしてもらいたいですわ」
「必ずね」
「そうね。とりあえず私達はこれで決まりね」
 曹操はあえて『私達』と言ってだ。
 そのうえでだ。司馬尉を見てだ。問うたのだった。
「貴女はそれでいいかしら」
「私の考えなのね」
「そうよ。それでいいかしら」
「ええ、いいわ」
 微笑んで言う司馬尉だった。
「私としても異存はないわ」
「今回申し訳ないけれど貴女の出番はないわ」
 曹操は司馬尉への嫌味を言うことも忘れない。
「都で政務に専念していてね」
「わかっているわ」
 司馬尉もだ。嫌味に受けて立つ。二人共顔は笑っている。
 そのうえでだ。こう言ったのだった。
「私の仕事をね」
「擁州に言っていましたし」
 袁紹もだ。曹操に加勢してきた。
「御仕事は多いですわね」
「多いわ。けれどね」
 二対一でもだ。司馬慰は受けて立つのだった。
「私には何ということはないわ」
「ほう、面白いことを言うのう」
 袁術も参戦してきた。
「では御主はその山の様な仕事をあっという間に終わらせられるのか」
「その通りよ」
 平然と答える司馬尉だった。袁術に対しても。
「そうさせてもらうわ」
「ではどれだけで済ませられるのかしら」
 孫策は直接的ではないが曹操達の援護に回っている。
「一体どれだけで」
「今日中で終わるわ」
 司馬尉は余裕に満ちた顔で言い切った。
「あの程度の仕事ならね」
「言うわね。それじゃあ」
「それも見せてもらいますわ」
 曹操と袁紹が同時に攻撃を仕掛ける。
「貴女の仕事をね」
「楽しみにしていますわ」
「そうじゃな。では若しできなければじゃ」
 袁術は意地悪い笑みを浮かべて司馬尉に述べた。
「どうしてくれるのじゃ」
「ええ。その時は三公である司空を辞めて」
 それが司馬尉の今の官職だ。司徒は袁術で太尉は孫策だ。袁家は遂に五代に渡って三公を出したということになったのである。
「故郷に隠棲するわ」
「言ったわね。ではその時はね」
「そうさせてもらうわ。何ならね」
 さらにだとだ。司馬尉は笑いながら話す。
「倍の仕事をしてみせるけれど」
「そうね。丁度司空の仕事が溜まってるし」
「そうしてもらいますわ」
 曹操と袁紹が言いだ。こうしてだった。 
 司馬尉にだ。倍の仕事が与えられた。そうなってだ。
 袁術は会議の後己の屋敷に戻り自分の仕事をしながらだ。大笑いで言うのだった。
「愉快じゃ。これであの胸糞悪い女が消えるぞ」
「ああ、司馬尉殿」
「あの方ですね」 
 傍に控えている張勲と紀霊が応える。
「どうも山の様なお仕事を今日中にできないと」
「官を辞されて故郷に入られるとか」
「確かに言ったのじゃ。さすればじゃ」
 どうなるかと。袁術は上機嫌のまま話す。
「あの女が完全にいなくなるわ」
「そうなりますか」
「これで」
「あ奴の今日の仕事の量を見た」
 実際にだ。それを確めたというのだ。
「うむ、わらわの今している仕事の十倍はあるぞ」
「えっ、これのですか」
「銃倍もあるのですか」
「そうじゃ。十倍はあったぞ」
 それだけの仕事の量だというのだ。
「あんな仕事一日で終わらん。あ奴はこれで終わりじゃ」
「そうですね。そこまでの量だと」
「幾ら何でも」
 二人もだ。それだけの仕事の量になるとだった。
 流石にだ。無理だというのだった。
「一日では不可能でしょう」
「どう考えても」
「そうじゃ。だからこれで終わりじゃ」
 袁術はこのことを確信していた。
「後の司空は誰がいいかのう」
「そうですね。まあ董白さんでしょうか」
「董卓さんはおられないことになっていますし」
「そうじゃな。そうしたところじゃな」
 こうした話をしながらだった。袁術は司馬尉の失脚を確信していた。
 しかしだ。次の日である。彼女が驚愕する報が来た。
「何っ、それはまことか!?」
「はい、昨日のうちにです」
「御一人で」
「あれだけの仕事を終わらせたと申すか?」
 袁術は驚きを隠せない顔で楽就と揚奉に問い返した。
「あの女一人で」
「はい、妹君達は別の仕事をしておられたので」
「御一人なのは間違いありません」
「御一人で昨日一日で、です」
「終わらせました」
「信じられん」
 袁術もだ。唖然として言う。
「あれだけの仕事をするとは」
「あの、司馬尉殿は」
「果たして人間でしょうか」
 楽就も揚奉もだ。唖然となっている。
 そしてその唖然となった顔でだ。袁術に言うのである。
「美羽様のお話ですととても一日でできるものではありません」
「それも一人でとなると」
「そうじゃ。絶対に無理じゃ」
 袁術もそれは断言する。
「どういう奴なのじゃ。あ奴は」
「只でさえ首が背中にまで曲がりますし」
「まるで狼の如く」
「あれも怪しいことじゃ」
 袁術は司馬尉の首のことも話した。
「ううむ、司馬尉という者は」
「はい、まことに怪しいです」
「そうとしか思えません」
「恐ろしい奴じゃ」
 袁術も歯噛みして言う。
「若しあの娘が本格的に敵となるとじゃ」
「厄介ですね」
「その時は」
 そうした話をしてだった。袁術達は司馬尉に恐ろしいものを感じたのだった。
 その司馬尉はだ。平然としてだった。
 妹達にだ。こう話していた。
「あの程度の仕事はね」
「お姉様にとってはですね」
「どうということはありませんね」
「そうよ。私を誰だと思っているのかしら」
 己の机に座りだ。その前に立っている妹達に話すのである。
「司馬尉仲達よ。次の王朝の主よ」
「その姉様ならばですね」
「あの程度のことは」
「ええ、造作もないわ」
 またこう言う司馬尉だった。
「曹操や袁紹なぞ問題ではないわ」
「全くですね」
「あの娘達にしてもですね」
「あの娘達は私を敵視しているけれど」
 それでもだ。司馬尉から見ればだというのだ。
「私にとっては彼女達はね」
「敵ではありませんね」
「全くですね」
「そうよ。何ということはないわ」
 また言う司馬尉だった。
「所詮はね」
「では彼女達もですね」
「やがては」
「ええ。私が晋を築いた時に」
 彼女の王朝の名は決まっていた。既にだ。
「あの娘達は真っ先に生贄になるわ」
「晋の。血の帳の中にですね」
「最初に消えますね」
「そうなるわ」
 こう言うのである。
「あちらの世界の者達もね」
「どうやらあの者達ですが」
「私達を倒す為にですね」
「この世界に送り込まれた様です」
「その様です」
「そうね。どうやらね」
 それはだ。司馬尉もわかっていた。
 そうしてだ。こうも言うのだった。
「けれどそれでもね」
「所詮はですね」
「止められはしないわ」
 とてもだ。それはできないというのだ。
「絶対にね」
「そうですね。私達と同志達」
「オロチの者達もいますし」
「それに于吉殿達も」
「求めることは同じよ」
 司馬尉は言った。心でつながっているのではなくだ。欲するものが同じだからだ。彼等は今は結託して共に動いているというのである。
 そのことをわかってだ。司馬師と司馬昭も話す。
「では。その同志達と共に」
「今はですね」
「定軍山で、ですね」
「あの娘達を」
「消しておきましょう」
「定軍山は我等の拠点の一つ」
 それも言う司馬尉だった。
「どちらにしろ調べさせる訳にはいかないわ」
「はい、あの山は最高の霊山です」
「私達がこの世を滅ぼす力を蓄えるに最適です」
「ですから多くの結界を設けています」
「力を蓄える為の結界を」
「その結界を壊されては困るわ」
 だからだというのだ。
「だからどちらにしてもね」
「はい、そこに入る者達はです」
「必ず消さねばなりません」
 妹達も姉に話す。
「ではすぐにです」
「あの山に向かい」
「そうするわ。ただ」
 ここでだ。司馬尉はこうも言った。
「私達はあの山には行けないわ」
「といいますと」
「何かありますか」
「ええ。都でやることがあるわ」
 それでだというのだ。彼女達は都から動けないというのだ。
「都で。劉備達をね」
「失脚させる為にですね」
「謀を仕掛けますか」
「そうするわ。あの娘達に朝廷にいてもらっては」 
 その整った夜の世界の美貌を歪めさせて。司馬尉は言った。
「邪魔よ。どちらにしてもね」
「そうですね。ではどうして失脚させますか」
「あの娘達を」
「宦官を使うのもいいわね」
 司馬尉の顔にだ。邪なものが宿った。
 そしてその邪なものを顔に徐々に出しながらだ。妹達に話す。
「汚職をでっちあげたり」
「若しくは謀反を企てていた」
「証拠は捏造して」
「そうしてですね」
「陥れますか」
「その為にもね」
 どうするかというのだ。
「今は都を離れる訳にはいかないわ」
「では。山のことは彼等に任せて」
「私達はですね」
 都に残るのだった。そうしてだった。
 実際に都にだ。不穏な噂が流れだしていた。
 その噂を聞いてだ。関羽が顔を曇らせて孔明に言った。
「私達が謀反を企てているとだ」
「はい、近頃そうした話が出ていますね」
「姉上が皇帝になられる」
 こうした話だというのだ。
「そうした噂だな」
「桃香様は皇族ですし」
 かなりの傍流でもだ。劉氏は劉氏なのだ。
「それにです」
「そうだな。しかもだ」
「摂政、王の位も頂いています」
「徐州に益州の牧でもある」
「今や我が国随一の権限を持たれています」
 功によりそうなったのだ。黄巾の乱と董卓の騒ぎを主に収めたことと皇族であることが評価されてだ。彼女は瞬く間にそこまで至ったのだ。
 だが、だ。それだからこそというのだ。
「その桃香様が謀反を企てるとなると」
「少なくとも野心を抱いてもか」
「不思議ではありません」
 そう判断されても仕方ない、それが今の劉備だった。
 孔明はこのことを見てだ。関羽に話すのだった。
「だからです」
「噂が出てもおかしくはないな」
「こうした話は歴史において常でした」
 孔明は目を曇らせて述べた。
「皇族、若しくは王族同士の位の奪い合いは」
「そうだな。史記にも多々あるな」
「臣下が王位を狙うのは簒奪です」
 聞こえが悪い。孔明は言葉にそれを含ませていた。
「それは誰もが躊躇しますが」
「同じ血筋ならばだな」
「その躊躇が大幅に消えます」
「そうだな。だからこそ皇族、王族同士での殺し合いがある」
「秦を御覧下さい」
 孔明はここで漢の前にだ。この国を統一した王朝の話をした。
「始皇帝が亡くなるとすぐにでした」
「次の皇帝は兄弟、その夫や妻達までだったな」
「全て殺しました」
 これこそまさに皇族同士の殺し合いだった。
「そうしたことが実際にありましたし」
「思えばあの秦の二代皇帝は」
 関羽が言うのは胡亥のことだ。始皇帝の末子であった。尚兄弟姉妹の中で一番出来が悪いとも言われ宦官の傀儡にもなっている。
「本来は皇帝になる娘ではなかったな」
「はい、始皇帝は長女を皇帝に選んでいました」
「しかし宦官がそれを隠してだったな」
「彼女をたぶらかし皇帝にさせました」
 全ては史記に書かれている通りだ。
「そしてこれはその時は許されました」
「皇族同士の間のことならば」
「人は批判しにくいものです」
「ましてや。今の姉上のお立場なら」
「何時でも皇帝になれます」
「では。やはり」
「はい、この噂は多くの者が信じるでしょう」
 孔明は顔を曇らせて関羽に話す。
「非常に危険です」
「ではどうするべきだ」
 関羽は顔を曇らせて孔明に問うた。
「ここは」
「はい、すぐに手を打ちましょう」 
 孔明もだ。今は様子見を選ばなかった。
「若しこの噂が広まればです」
「噂を信じた者が姉上を謀反人とみなし」
「帝に誤った進言をするか」
 若しくはだった。
「謀反人を始末しようとしてだな」
「暗殺に至ります。そうでなくとも」
「他にもあるのか」
「桃香様を謀反人とみなし失脚させてです」
「その後釜に座るか」
「そうしたことを考える者も出るでしょう」
「司馬尉か」
 関羽はすぐに言った。
「あの女がか」
「おそらく。噂を流したのも」 
 孔明は察した。このことも。
「あの人だと思います」
「くっ、京観を築いただけでは飽き足らずか」
「あの人は危険です」
 孔明もだ。これまで以上にこのことを認識した。
「権勢欲以上のものがあります」
「姉上を追い落とし摂政になれば」
「私達、そして曹操さんや袁紹さん達もです」
 彼女達もだというのだ。
「共に失脚させられます」
「そうだな。共に政を動かしている我等を」
「これは何とかしなければ」
「危険極まるな」
「すぐに雛里ちゃん達にお話します」
 軍師達でだ。これからのことを決めるというのだ。
「そうしますので」
「頼むぞ。さもなければ姉上がだ」
「はい、わかっています」 
 こうした話をしてだった。孔明は。
 すぐに他の軍師達に来てもらいだ。謀反の噂への対処を話すことにしたのだった。
 都では不穏な噂が流れていた。そしてだ。
 華陀達はだ。その都の状況を見て話をしていた。
「仕掛けてきたわね」
「そうね」
 妖怪達が話している。彼等は今は洞窟の中で火を囲んで話をしている。
「予想はしていたけれどね」
「やっぱり仕掛けてきたわね」
「劉備さん達を失脚させてね」
「その咎で処刑して始末する」
「頭のいいやり方ではあるわね」
「悪智恵そのものね」
「そうした悠長なことを言っている場合か?」
 突込みを入れたのはクラウザーだった。
「この事態はまずいぞ」
「それにだ」
 ギースも怪物達に話す。
「定軍山に軍勢が向けられているのだな」
「ええ、そうよ」
「夏侯淵さん達がね」
 向かっているとだ。二人はギースに答える。
「あたし達の千里眼にはわかるわ」
「そうしたこともね」
「ならこのまま見ている訳にはいくまい」
 ギースはまた彼等に言った。
「あの山のこともだ」
「あの山はあの者達の拠点の一つだったな」
 獅子王もこのことを指摘する。
「そこに向かうとなるとだ」
「どちらにしても何かある」
 今言ったのは天草だった。
「危険ではないか」
「それもわかってるわ」
「全部ね」
 二人はこのこともわかっているというのだ。
 それでだ。こんなことを言うのだった。
「どっちもね。無事に解決するわ」
「都のことも山のこともね」
「また妖術を使うのか?」
 刀馬は二人の力をそれだと認識していた。
「それでか」
「都のことはあの娘達が無事解決するわね」
「あちらは安心していいわ」
「問題はあの山」
「あそこね」
「それではどうしますか?」
 命が問うた。
「ここは」
「安心して、手はね」
「考えてあるわ」
 貂蝉と卑弥呼はそれぞれ答える。
「その時が来ればね」
「早速動くから」
「では安心していいのだろうか」
 ここで言ったのは黄龍だった。
「とりあえずは」
「大船に乗ったつもりでいてね」
「今まで通りね」
「そうだな。下手に悲観しても何もならない」
 華陀も言う。
「とはいっても事実を見ないのも駄目だが」
「そうよ。あたし達も事実を見てね」
「それで考えて動いてるから」
「何の問題もないわ」
「正直どうとでもしてみせるわ」
「山のことはわかった」 
 ミスタービッグはそれはよしとした。そのうえでだ。
 彼は都のことを尋ねたのだった。
「都は任せていいのか」
「そう、あの娘達にね」
「そうすればいいから」
 こうだ。彼女達はミスタービッグにも答えたのだった。
「謀略であの娘達を止めることはできないから」
「誰にもね」
「ならいいのだがな」
 ミスタービッグは二人の話を聞いてまずは納得したのだった。
 そうしてだ。今度はだった。
「それでだが」
「あら、どうしたの?」
「何かあったの?」
「もうそろそろ時間だと思うが」
 こう二人に言ってきたのである。
「食事の時間ではないのか」
「そうね。もうそんな時間ね」
「時間が経つのは早いわね」
「それでは何を食べるのだ?」
 ミスタービッグは何を食べるのかも尋ねた。
「今は何だ」
「ええと、何があったかしら」
「熊があったわよ」
 卑弥呼が貂蝉のその問いに答える。
「さっきあたし達が倒したじゃない」
「そうだったわね。あの熊ね」
「あれ食べましょう。火はあるし」
「そうね。そうしましょう」
「またワイルドなことだな」
 ギースは彼等の話に腕を組んで述べた。
「熊を焼いてそのまま食べるか」
「熊の掌もあるし」
「内臓も食べられるわよ」
「熊は声以外は食べられるから」
「毛皮も使えるし」
 そうした話をしてだった。実際にだ。
「もう豚と同じでね」
「何でも使えるから」
「豚?」
 しかしだった。刀馬は。
 豚が何でも使えると聞いてだ。首を傾げさせて二人に問うた。
「豚はそこまで使えるのか?」
「豚はだ」
 クラウザーがいぶかしむ彼に対して話す。
「腹や足や背だけではなくだ。他も食べられるのだ」
「そういえば」
 彼の言葉でだ。刀馬もふと気付いた。
「この国では豚の耳や内臓も食べているな」
「皮も食べているな」
「そうだな。頭も食べている」
 それもだった。そしてだ。
「骨でだしを取っているな」
「スープだな」
「そうだな。豚は何でも使えるのか」
「声以外は食べられる」
 今言ったのは獅子王だった。
「それこそだ」
「そうなのか」
「だからこそどの国でもよく食べられる」
 カインも刀馬に話す。
「当然アメリカでもだ」
「アメリカでも豚はよく食われる」
 グラントも話す。
「俺は耳が好きだ」
「私は内臓もいける」
 カインはそれだった。
「豚の内臓は美味だ」
「だから誰もが食べているのか」
「まああたし達が今食べるのは熊だけれどね」
「熊の内臓もいいわよ」
 ここでまた貂蝉と卑弥呼が話す。
「では食べましょう」
「それじゃあね」
「ただし。気をつけることがある」
 華陀が出て来て一同に話す。
「肝には注意しろ」
「肝臓よ」
「そこのことよ」
 妖怪達が華陀の説明に補足を入れる。
「内臓全体じゃないから」
「それは安心してね」
「ではその肝に何がある」
 無限示が尋ねた。
「熊にも毒があるのか」
「正確に言うと毒じゃない」
 華陀もそれは否定する。
「しかしだ」
「しかし?」
「熊の肝にはビタミンAだったな」
「急に我々の時代の言葉になったな」
 クラウザーがすぐに突っ込みを入れた。
「妙な話だな」
「その方がわかりやすいからな。それでだ」
 華陀の話が続く。
「ビタミンは本来は身体にいいのだが」
「では問題ないのではないのか?」
 ギースが問うた。
「私は栄養学については詳しくないが」
「多過ぎるんだ」
 そのだ。ビタミンの量がだというのだ。
「それが多過ぎて人間には毒になるんだ」
「毒にか」
「それになるか」
「ああ。何でも過ぎたるは及ばざるが如しだ」
 医者ならではの言葉だった。
「熊の肝はそれが多過ぎて。猛毒になるんだ」
「絶対に食べられないのですか?」
「ああ、あまりにも多過ぎてな」
 そうだと命にも話す華陀だった。
「生だと勿論駄目だ」
 これはもう論外だった。
「ビタミンが破壊されないからな」
「では火を入れてはどうだ」
 カインが調理法を提案した。
「煮るなり焼くなりしてだ」
「それでも多過ぎて駄目だ」
 そのだ。ビタミンがだというのだ。
「食べるとショック死してしまう」
「恐ろしいな」
 刀馬はここまで聞いて唸る様にして述べた。
「まさに毒だな」
「そうだ。だから食べることは止めてくれ」
「けれどダーリンそれって」
「ホッキョクグマのことよ」
 貂蝉と卑弥呼がその華陀に言う。
「普通の熊は別にね」
「そんなことないわよ」
「むっ、普通の熊だったのか」
「そうよ。流石にホッキョクグマはね」
「ここにはいないから」
 こう華陀に話すのである。
「普通の黒い熊よ」
「だから安心して」
「そうか。ならいいんだがな」
 ここまで聞いて落ち着いた顔になる華陀だった。
「なら問題ない。肝も食べていい」
「それは納得したが」
 グラントが華陀のその言葉に応える。
 しかしだ。ここでこう彼に問うた。
「だが何故そんなことを知っている?」
「そんなこととは?」
「ホッキョクグマのことだ」
「それがどうかしたのか?」
「この国にいるのか?」
 グラントが問うのはかなり核心的なことだった。
「あれは北極にいるな」
「そうだ。だからホッキョクグマだ」
 華陀もそのことは知っていた。
「それがおかしいのか?」
「若しかしてだ」
 グラントはここでふと気付いたことがあった。それは。
「貴殿は北極に行ったことがあるのか」
「ある」
 一言でだ。華陀は答えたのだった。
「何度かな」
「あったのか」
「ああ。ついでに北極から新しい場所に行ったこともある」
 華陀は微笑みグラントに話す。
「新大陸にもな」
「私達の国か」
「そうだな」
 カインとグラントは華陀の話からそのことを悟った。
 そのうえでだ。顔を見合わせて話すのだった。
「アメリカ大陸か」
「あの大陸にも辿り着いていたのか」
「こう見えても百年以上生きているからな」
 華陀もだ。かなりの歳なのだ。
「羅馬にも行ったことがある」
「ローマにもか」
「あの国もいい国だな」
 華陀はクラウザーにもこう返した。
「薔薇が咲き誇っていて美味いものが多い」
「それであのコロシウムにもね」
「ホッキョクグマが運ばれていたりしたのよ」
 何気に妖怪達も知っていた。
「ローマ帝国もこの国に負けない位繁栄しててね」」
「もうすんごいんだから」
「貴殿等はあれか」
 グラントは二人が何故ローマを知っているのか推測してみせた。
「その術で行き来しているのか」
「もうローマだって一瞬よ」
「世界一周もあっという間よ」
 空を飛べ瞬間移動すらできる彼等ならばだ。そんなことも朝飯前だった。
 それでだ。こんなことも言うのだった。
「南極にも行ったわよ」
「あの大陸にもね」
「最早何でもありだな」
 獅子王も唸る様にして呟く。
「だが。それだけの力があるからだな」
「この世界、救ってみせるわ」
「絶対にね」
「とりあえずは定軍山だな」
 また言う華陀だった。
「ではあの山に向かうか」
「ええ、そうしましょう」
「今からね」
 こうしてだった。彼等の方針は決まった。
 しかしだ。ここでだった。
 命がだ。ふと呟いたのだった。
「それにしてもどうしてなのですか?」
「どうして?」
「どうしてというと?」
「何故定軍山に軍が向かうとわかったのですか?」
 彼女が気付いたのはこのことだった。
「それがわからないのですが」
「そうだな。今回は内密に動いている様だが」
「そうよ。殆んどの人が知らない出陣よ」
「そうなのよ」
 こう話す二人だった。
「それをどうしてあたし達が知っているのか」
「そのことよね」
「はい。どうしてなのでしょうか」
「それは簡単よ。あたし達の目はね」
「さっきも言ったけれど」
「そうでしたね。見えておられていましたね」
 そのことをだ。命は思い出したのだった。
「そうでした。すいません」
「他には千里先の針の落ちる音が聞こえたり」
「どんな匂いでも嗅ぎ分けられるわよ」
 今度は鼻だった。
「もう犬にだってね」
「負けないから」
「こうした人物だからか」
 ギースもわかったのだった。
「世界を救えるのか」
「力は正しいことに使うべきだから」
「そうさせてもらうわ」
 二人は少なくとも邪悪ではなかった。外見はともかくだ。
 そしてその力でだ。また働こうとするのだった。


第百話   完


                        2011・8・7



まずは大台突入、おめでとうございます!
美姫 「三桁なんて凄いわね」
だな。さて、今回は司馬、結構残酷な事を。
美姫 「でも、肝心の中々尻尾は出さないわね」
怪しげな気配を感じ取っている者とかもいるんだけれどな。
美姫 「逆に劉備が危ない状況に立たされているわね」
このままどうしようもないのか。
美姫 「それとも何か策が出てくるのか楽しみよね」
だな。で、貂蝉たちもまた裏で動き出すのか。
美姫 「こちらは頼もしくはあるけれどね」
一体どうなっていくんだろうか。
美姫 「次回も待っていますね」



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