『恋姫伝説 MARK OF THE FLOWERS』




                             第三話  関羽、趙雲と死地に赴くのこと

 関羽達の旅は北に向かっていた。当然張飛とナコルルも一緒である。
 歌っているのは張飛である。実に朗らかに歌っている。
 その彼女にだ。後ろにいる関羽が問う。
「おい鈴々」
「どうしたのだ?」
「何故そんなに大声で歌うんだ?」
 彼女が問うのはこのことだった。一行は林の中を進んでいる。
「それはどうしてなんだ?」
「熊や豹が来ないようにする為なのだ」
「それでなのか」
「そうなのだ。獣は何処から来るかわからないのだ」
 こう言うのである。
「だからこうして大声で歌って近寄らせないのだ」
「成程、そうだったのですね」
 ナコルルはそれを聞いて頷くのだった。
「けれど動物達なら」
「どうしたのだ?」
「何の心配はいりませんけれど」
 これがナコルルの言葉だった。
「本当に」
「どうしていらないのだ?」
「動物達は私にとって家族です」
 微笑んでの言葉だった。
「ですから」
「大丈夫なのだ?それで」
「はい、そうです」
 そして実際にだ。周りに次から次に動物達が集まって来る。その中には熊や狼、豹、それに虎といった生き物達が集まってきていた。
「皆何の心配もいりません」
「そうなのか?」
「そうです。ですから御安心下さい」
 また言うナコルルだった。
「動物達は」
「そうか。それは有り難いな」
 関羽はナコルルのその言葉を聞いて頷いた。
「ナコルルがいてくれてそうした心配はしなくて済む」
「動物達にも心があります」
 ナコルルは穏やかに微笑んでいる。
「ですから」
「鈴々も動物は大好きなのだ」
 それは彼女もだという。
「けれど山道は危ないのだ。だからこうして歌っているのだ」
「余計な闘いをしなくていいしな」
「そうなのだ。動物達とはできるだけ戦いたくないのだ」
 これは張飛の本音だ。
「悪い奴と戦うのならともかく」
「そうですね。ところで」
 ここでまた言うナコルルだった。
「私達はこれから何処に」
「幽州の州都に行く」
 そうするというのである。
「そこにだ」
「州都にですか」
「そうだ。そこに行く」
 関羽はこうナコルルに話す。そのうえで彼女達は今は林の中を進む。そうしてその州都に辿り着くとであった。門の兵士達に呼び止められたのだ。
「待て」
「何だ?」
「黒髪の美女か」
「私のことか」
「いや、もう一人いるのか」
 こう関羽に対して言ってきたのである。
「二人いるとは思わなかったな」
「それか」
「私ですか?」
「そうだ。二人か」
 また言う兵士だった。
「これはまたな」
「ううむ、私とナコルルは外見は全く違うが」
「それはそうだが美人なのは事実だと思うぞ」
 兵士はそれは保障するのであった。
「二人共な」
「そ、そうか」
「そんな、私が美人だなんて」
「だが。子持ちだとはな」
 兵士は今度はこんなことを言ってきた。
「いや、これは意外だった」
「待て」
 関羽はすぐに兵士に言い返してきた。
「今何と言った!?」
「貴殿の娘ではないのか?こっちの娘は」
 張飛を見ての言葉である。
「違うのか?それは」
「違う、絶対に違う!」
 関羽は焦った顔になってそのことを必死に否定してきた。
「何故私が母親なのだ!?」
「違うのか」
「そうだ、違う」
 とにかくこのことを必死に否定するのだった。そうしてそのうえで今城の中に入った。そうして領主の前に案内されるのだった。
「待たせて済まない」
 暫くしてその声と共に二人の美女がやって来た。今三人は庭の天井がある円席に案内されていた。そこに座る三人に対しての言葉だった。
 赤い髪を髷の様に後ろで束ね前の方は前髪立ちにしている。はっきりとした赤い目をしていて凛としたものを見せている。オレンジの肩のない上着に白い鎧、そしてスカートは短く紺色だ。スカートの前垂れはオレンジでブーツも同じ色だ。その彼女がまず名乗ってきた。
「私は公孫賛という。字は伯珪という」
「貴殿が公孫賛殿か」
「そうだ。関羽殿だったな」
 微笑みながら関羽の名を呼んでみせてきた。
「名前は度々聞いている。山賊退治の黒髪の美女だったな」
「美女かどうかは知らないがな」
 そこは微笑んで返す関羽だった。
「だが山賊退治はしている」
「そうか。そしてだ」
「趙雲だ」
 次に名乗ったのは白く袖は長くスカートの部分は極端に短い着物を着た美女だった。袖のところには黄色い蝶の模様があり胸の部分が大きく開いている。帯は見事な紫だ。ハイソックスは白である。髪は水色で短く切り揃えている。紫の瞳を持つ目は一見すると楚々とした美しさを見せているが同時に知的なものも見せている。その美女がここで自らの名を名乗ってきたのである。
「字を子龍という」
「そうか。趙雲殿か」
「覚えておいてくれたら幸いだ」
「わかった。では覚えさせてもらう」
「ではかけてくれ」
 ここでまた公孫賛が言ってきた。
「ゆっくりと話がしたい」
「わかったのだ」
「それでは」
 張飛とナコルルが頷く。そのうえで席に座る。そうして五人で話に入るのだった。
「まずはだ。趙雲はだ」
「うむ」
「今は私のところで客将をしてくれている」
 こう話す公孫賛だった。
「戦いだけでなく政治もできる。おかげで非常に頼りになる」
「どうということはない」
 趙雲はクールな言葉でこう言うだけだった。
「それよりもだ。公孫賛殿」
「うむ、そうだったな」
 公孫賛の方が逆に応える。そして話をはじめるのだった。
「それで関羽殿は山賊退治をしているとのことだが」
「うむ」
「それで貴殿に対して頼みがあるのだ」
 こう切り出してきた。
「実は今は大変なことになっていてだ」
「山賊が出ているのか?」
「そうだ」
 公孫賛は苦い顔になって関羽に述べた。
「その通りだ。本来なら私自ら出向いて向かいたいのだが」
「それができないのか」
「袁紹が青州まで勢力に収めたのは知っていると思う」
 ここで袁紹の名前を出すのだった。
「あの女は野心が強い。今度は幽州を狙っているのだ」
「河北を全て手中に収めるつもりか」
「既に北の異民族とも手を結んでいるという」
「では今はか」
「そうだ。迂闊には動けない」 
 公孫賛はさらに苦い顔で言う。
「山賊退治にも行きたいのだが」
「だから私が行くと言っているのだ」
 趙雲はこう言ってきた。
「それは駄目か」
「しかし趙雲殿一人では無理ではないのか?」
 公孫賛はその趙雲を気遣う顔で見ながら言った。
「やはり。何というかだ」
「山賊なぞ私一人でどうとでもなる」
 しかしその趙雲はこう言うのだ。
「だから行くというのだ」
「だが。一人では無謀だ」
 あくまでそれは許さない公孫賛だった。
「やはりここはだ」
「兵を率いてというのか」
「できるがそうしたい」
 これが公孫賛の考えである。
「私も行き、だ」
「しかし袁紹がいるからか」
「どうしたものか、ここは」
 そんな話をしていた。そしてここで関羽が言った。
「待ってくれ、山賊ならだ」
「うむ」
「私が行こう」
 こう言って出て来たのである。
「今からだ。すぐに退治してくる」
「はい、私もです」
「鈴々もなのだ」
 ナコルルと張飛も名乗り出て来た。
「私も剣を持っています」
「腕には覚えがあるのだ」
「ふむ、これで三人か」
 趙雲はここで足を組んだ。その時にスカートの奥からピンクのものが見える。
「少し見たいものがあるな」
「待つのだ、今三人と言ったのだ」
「うむ、言ったが」
「何故なのだ。四人の筈なのだ」
「貴殿は今回の作戦には不向きだ」
 こう張飛に対して言うのだった。
「見たところな」
「見たところどうだというのだ」
「貴殿は落ち着きがない」
 それを言うのである。
「だからだ。今回の参戦は見送らせてもらう」
「鈴々は強いのだ」
 それでもムキになった張飛は言う。
「それでも駄目というのだ?」
「腕か」
 趙雲はここで目を留めてきた。
「そうだな。それも見たいと思っていた」
「では早速やるのだ」
「いいだろう」
「ふむ。では少し外に出よう」
 公孫賛が二人の間に立って言う。
「ではな」
 こうして張飛と趙雲は手合わせをすることにした。張飛は蛇矛を持ち趙雲は先が波になっている槍を持っている。それを手に取ってだった。
「よし、それならだ」
「行くのだ!」
 早速張飛が一直線に突進してきた。そのうえで槍を激しく繰り出す。
「ふむ」
「どうなのだ!」
「やるな」
 趙雲は己の槍でその突きを防ぐ。関羽はそれを見て言う。
「あの趙雲という者、できる」
「確かに」
 それはナコルルも言う。
「張飛さんの攻撃をここまで受けるのは」
「私かナコルルだけだと思っていたが」
「それに匹敵する程ですね」
「うむ、間違いない」
 張飛の攻めは全て防がれる。そして彼女が息を切らせたところでだ。
「今度は私の番だ」
「何なのだ!?」
「行くぞ」
 趙雲がその槍を幾度も縦横に振ってきた。そのうえで攻める。
 だが今度は張飛がその槍を防ぐ、何度も何度も防ぐ。完璧と言ってもいい。
「ふむ。守りもできるのか」
「鈴々は攻撃を身体に受けたことはないのだ」
「そうなのか」
「そうなのだ。負けたことはないのだ」
「わかった」
 趙雲は己の槍と張飛の蛇矛を交差させながら言った。
「貴殿の腕はな」
「わかったというのだ?」
「そうだ、わかった」
 まさにそうだというのである。
「貴殿の腕はだ」
「ではどうするというのだ?」
「確かに腕はいい」
 それは認めた。
「それはその関羽殿もだ」
「私もか」
「ナコルル殿もだ。三人共私と同じだけの強さだな」
 趙雲はこう言うのだった。
「その腕は見事だ」
「そうなのか」
「しかし。やはり張飛は今度の戦いには向かない」
 それは言うのだった。
「それはすぐにわかる」
「わかるとはどういうことなのだ」
「まずは席に戻ろう」
 そうしろというのだ。
「それでいいな」
「そうだな。話をしよう」
 公孫賛もここで言う。
「話の続きをな」
「わかった。しかし趙雲殿」
「どうした?」
「何故私達の強さがわかったのだ?」
 そのことを問うのである。
「何故それがわかったのだ?」
「気だ」
 それからだというのだ。
「それでわかったのだ」
「気か」
「貴殿達の気はそこの張飛と同じだけの気を出している」
 それを見ての言葉だというのだ。
「だからだ。それはわかった」
「そうか、それでか」
「私自身の気は見られなくともそれは見ることができる」
「それでか」
「そういうことだ。では行こう」
 こう言ってである。彼女達はまた席に戻った。席に戻ると趙雲はすぐに張飛に対して言うのだった。
「まずはだ」
「どうしろというのだ?」
「じっとしていてくれ」
 こう言うのである。
「いいな、暫くじっとしておいてくれ」
「何だ、簡単なことなのだ」
 張飛はそれを聞いて何でもないといった口調で返す。
「ではこのままじっとするのだ」
「実はだ」
 また公孫賛が話してきた。
「今度の山賊退治は忍び込むことを考えている」
「忍び込むのか」
「宝を入れていそうな箱の中にわざと入り山賊に襲わせてだ」
 公孫賛の説明が続く。
「そのうえで忍び込むつもりなのだ」
「作戦としてはいいな」
 関羽はその話を聞いて納得した顔で頷いた。
「中から忍び込むのはいい」
「だからだ。張飛よ」
 趙雲はまた彼女に声をかける。
「じっとしていてもらおうか」
「ふん、そんなこと簡単なのだ」
 こうして張飛はそのまま腕を組んでじっとしだした。そして三分後。
「・・・・・・・・・」
 いうらいらとしだした。そして五分後。
 何か我慢できそうにもない様子になってだ。遂に。
 爆発した。顔を真っ赤にさせたうえで本当に爆発してしまった。関羽はそれを見て慌てて声をかける。
「り、鈴々!大丈夫か!」
「ああああああ・・・・・・」
「それ見たことか」
 その爆発した張飛を見て冷静に言う趙雲だった。
「だからだ。貴殿は今度の作戦には無理だ」
「そういうことだったのですね」
「だが。参加してもらうことにする」
 それはだというのだ。
「ただ中に忍び込むだけではどうにもならない。外にも人材が必要だ」
「だからなのですね」
 ナコルルが言ってきた。
「それで」
「そうだ。その張飛と。確か」
「ナコルルです」
 ナコルルはまた名乗ってきた。
「宜しく御願いします」
「わかった。では頼むぞ」
 こうして作戦は決まった。そしていざ出発の時にだ。城の門のところで三人の若い男達に出会ったのだった。
「むっ!?見慣れない顔だな」
「見たところかなりの腕前だな」
 公孫賛と趙雲が彼等を見て言う。
「だが。何者なのだ?」
「俺か?俺はテリー=ボガード」
 まずは金髪を後ろで束ね青い精悍な顔をした青年が名乗ってきた。白いシャツに青いジーンズ、それに赤い背中に星があるジャケットと帽子という姿である。鋭く狼の様な印象を与える男だ。
「アンディ=ボガード」
 また一人名乗ってきた。白地に赤い模様のある上着と白いズボンだ。上着には袖がない。金髪を伸ばしており青い目をして整った涼しげな顔をしている。その彼も名乗った。
「東丈」
 赤いトランクス一枚の男だ。黒い髪を立たせて元気のいい顔をしている。見事な筋肉が露わになっている。その三人が名乗ったのだ。
「何か気付いたらこっちの世界にいたんだ」
「どうやら昔の中国らしいが」
「何だ?ここは」
「漢だが」
 公孫賛がここで三人に対して告げた。
「それでわかるか?」
「そうか。かなり昔の中国だな」
「そうだね、兄さん」
 アンディはテリーが腕を組んで述べた言葉に応えた。
「まさかこの時代だったなんて」
「よくわからないが俺達はタイムスリップしてきたみたいだな」
「そうだね」
「何か話が全然わからないんだけれどな」
 丈は首を捻っている。
「しかし」
「しかし?」
「あんた達はこれから何処に行くんだ?」
 このことを関羽達に対して問うのだった。
「一体何処に行くんだよ」
「これから山賊退治に行く」
 三人を見ながら答える関羽だった。
「今からな」
「そうか、山賊か」
「兄さん、なら」
「やろうぜ、俺達もよ」
 ここで三人はそれぞれ話す。そうしてだった。
「よかったら俺達も協力させてくれ」
「ここに来るまでに山賊達なら何度か倒している」
「だからな。俺達にも手伝わせてくれ」
 こう言ってであった。彼等はこうして山賊退治への協力を申し出てきた。そうしてそのうえで公孫賛が三人に対して言ってきた。
「見たところ異国の者達だが悪い者達ではないな」
「そうだな、確かに」
 趙雲もそれに頷く。
「怪しい者達ではない」
「ナコルルと同じか?」
 関羽はこう感じ取った。
「そうなのか」
「ナコルル?聞いたことがあるな」
 アンディがいぶかしむ顔になって応えてきた。
「舞が言っていたな。アイヌの伝説にある戦士だったな」
「はい、私はアイヌの者ですが」
「おかしいな。確か二百年以上前の人だった筈だけれど」
 アンディもまた腕を組んで述べた。
「それが今どうして私達の前に」
「何かよくわからないが色々な人間が集まってきているみたいだな」
 関羽はそれを聞いてふと察した。
「今は」
「それでどうするんだ?」
 また言ってきたテリーだった。
「あんた達は俺達を雇ってくれるのか?どうなんだ?」
「お金の方は大して困ってないけれどね」
「山賊の奴等倒して手に入れてるしな。勿論殆どは村の人達に渡してるぜ」
「よし、わかった」
 公孫賛はここで決断を下した。
「なら宜しく頼む」
 こうして三人も山賊退治に加わることになった。張飛とナコルルは山賊のいる山の裏手に回り三人は入り口に潜伏することになった。そして関羽と趙雲が箱の中に入った。しかしであった。
「お、おい待て」
「どうしたのだ?」
 趙雲はその箱の中で関羽を抱きながら楽しそうに言ってきた。
「一体」
「足の間に腰を入れないでくれるか?」
 関羽は戸惑った声で言う。
「私は。そんな」
「そんな?」
「そうした趣味はないのだ」
「ふむ。どうやら」
 ここでさらに楽しげな声を出す趙雲だった。
「貴殿はまだそうしたことは知らないな」
「私はまだだ」
「安心しろ、それは私もだ」
 こうは言うが何故か楽しげな趙雲の声だった。
「しかしだ」
「しかし?」
「それは男とだけだ」
 これが彼女の言葉だった。
「女とはだ」
「ま、まさか貴殿は」
「女もいいものだ」
 声は暗い箱の中でさらに楽しげなものになる。
「そちらもな」
「まさかここで私を」
「安心しろ。そこまではしない」
 こうは言った。
「だが」
「だが?」
「この感触は楽しませてもらう」
「ううう・・・・・・」
 こうして二人は箱の中に潜んでいた。そしてその箱が少し進むと早速山賊達が出て来た。そうしてそのうえで箱は荷馬車ごと山賊のアジトに入れられた。
 箱はアジトの奥に入れられた。二人は気配が消えた時に出てだ。早速味との中に出たのだ。
「ふむ、こうなっているのか」
「洞窟をそのまま使っているな」
「そうだな」 
 アジトの中はわりかし入り組んでいて蝋燭で照らされている。そこを見回りながら話すのだった。
「だが山賊の気配はそれ程多くはないな」
「そうだな。数は多くないな」
「二百だ」
 趙雲は言った。
「それだけの数ならばだ」
「戦えるか?」
「やはり私一人でも充分だ」
 彼女は真面目な言葉で述べた。
「貴殿もそうではないのか?」
「武器があればな」
 ここで関羽はふと述べた。
「容易いが」
「拳で闘うことは不得手か」
「できることはできる」
 こうは言った。
「しかしそれでもだ」
「やはりあの巨大な得物が欲しいか」
「持って来れなかったのは残念だ」
「貴殿の胸が大きいからだ」
「それで箱の中に入れられなかったというのか」
「私も胸の大きさには自信がある」
 見れば趙雲の胸もかなりのものだ。谷間がはっきりとしていてハリもある。
「しかしだ。貴殿は最早暴力的だな」
「胸の大きさが暴力か」
「公孫賛殿は胸はない。ついでに言えば影も薄い」
「何故ここで公孫賛殿の言葉が出る?」
「実はあの方は白馬がお好きでしかも弟殿が大好きなのだ」
「弟殿がいるのか」
「そうだ」
 関羽はこのことを知った。
「その通りだ。あれでかなりな」
「そうは見えないがな」
「何しろ弟殿のベッドに飛び込んだり肩車をする程だ」
 そこまでだというのだ。
「そういう方なのだ」
「随分と変わった趣味を持っておられるのだな」
「他には色々な変わった服を着るのもお好きだ」
 次々にわかる公孫賛の嗜好だった。
「そうしたこともだ」
「ふむ、そうだったのか」
「さて、それでだ」
 ここまで話したところで趙雲の目が鋭くなった。
「気配が集まっているな」
「近いか」
「そうだ、声は聞こえるな」
「ああ、聞こえる」
 それは関羽も感じ取った。そうしてだった。
 すぐにある部屋の前に来た。中を覗けば山賊達が賑やかに酒盛りをしていた。暗く灯りも少ないその中で銘々酒を飲み肉を食っている。それが見えたのだ。
「それそれ飲め飲め」
「楽しくな」
 こう言いながら飲み食いする彼等だった。
「さあ踊れ踊れ」
「姉ちゃん酌しろや」
「ほら、注げ」
 頭目と思われる男は上座において娘に酌を強制していた。
「しかしな」
「はい」
「おめえ胸大きいな」
 頭目はその娘の旨を見ていやらしそうな顔を見せていた。
 そしてそのうえで。服の中に手を入れてきていた。
「あっ・・・・・・」
「おお、でけえでけえ」
「あの、手が」
 娘はそれを露骨に嫌がる。何とか逃げようとする。
「それが」
「何だ?何か文句あるのかよ」
「止めて下さい・・・・・・」
「いいだろうがよ、減るもんじゃねえし」
 言いながらその娘を抱き寄せる。そのうえでまた言うのだった。
「そうだろ?何ならよ」
「こういう手合いのいつものことだな」
 趙雲はそんな彼等の有様を覗きながら呟く。
「さて、これからどうするかだな」
「おのれ」
 しかしであった。隣の関羽はここで歯噛みしていた。そうしてそのうえでだった。すぐに飛び出てしまった。趙雲が呼び止める余裕もなかった。
「貴様等っ!」
「んっ!?」
「何だ!?」
「許さん!覚悟しろ!」
 こう言ってであった。頭目のところに駆け寄ってである。そうして驚いて座ったままの彼に対して右足からソバットを入れた。それは見事なまでに彼の延髄に決まった。
「うぐっ・・・・・・」
「な、何だこいつ!」
「何処から出て来た!」
「させるか!」
 こう言ってであった。一斉に立ち上がる。関羽はその間に娘を抱き寄せてだ。そうしてそのうえで彼女を後ろに庇ってだ。取り囲む山賊達に対して告げる。
「我が名は関羽雲長!」
「何っ、関羽!?」
「まさかあの黒髪のか!」
「そうだ!」
 まさにそうだというのである。
「この青龍偃月刀の錆になりたくなければかかって来い!」
「何っ、青龍偃月刀!?」
「そんなのが何処にあるんだ!?」
「何っ!?」
 言われてそのことに自分でも気付く関羽だった。
 持っていない。そのことを思い出したのだ。
「しまった、持って来れなかったな」
「いきなり出て来て何かって思ったがな」
「飛んで火にいる何かだ。死んでもらうぜ」
「ふん、それでもだ」
 腰にある剣を抜いての言葉である。例えいつもの青龍偃月刀はなくともだ。彼女も諦めるわけにはいかなかった。
「貴様等なぞこの剣で充分だ!」
「ふん、死ね!」
「たった一人で何ができるってんだ!」
 こうして戦いがはじまろうとしている。しかしであった。
 不意に灯りが消えた。趙雲が傍にあった小石を投げてだ。そのうえで灯りを次々に消していったのだ。
「何だ!?灯りが消えた!?」
「どうなってんだ今度は」
「関羽」
 趙雲は彼等が戸惑っているその間にだ。すぐに関羽達のところに駆け寄った。そしてそのうえで関羽に対して言うのであった。
「こっちだ」
「趙雲か、済まない」
「話は後だ。いいな」
「ああ、わかった」
 こうして二人は娘を連れてすぐにその場から消えた。そうしてそのうえで物陰に隠れてだ。あらためて三人で話をするのであった。
「しかしだ、関羽よ」
「何だ?」
「無鉄砲なのはあの張飛ばかりだと思っていたが」
 こう言うのである。三人はその隅に座ってだ。そうして話をするのだった。
「だがそれは貴殿も同じだな」
「ついな」
 関羽は唇を噛み締めて言葉を返す。
「それはだ」
「だが。あれでよかった」
「よかったのか」
「そうだ、よかった」
 趙雲はこうも言うのだった。
「私も何らかの手段でこの娘を救おうとしていた」
「そうか」
「そしてだ。これからどうする?」
 あらためて関羽に問うのだった。
「これからだが。どうするつもりだ?」
「この娘を連れて出る」
 まずはそれだというのだ。
「とりあえずはな」
「そうだな。この娘を置いていくことはできない」
 それに趙雲も頷く。二人で助け出した娘を見ている。見れば楚々とした可愛らしい少女である。
「そうするとしよう」
「ああ、では今のうちにだな」
「うむ」
「あの」
 しかしであった。ここでその娘が言ってきたのである。
「私だけではありません」
「私だけではないとすると」
「まだ他に捕まっているのか」
「はい、実は」
 娘は俯きながらそのうえで話すのだった。
「村の子供達が」
「子供達もか」
「あの連中に捕まっているのか」
「そうです、捕まっています」
 こう話すのである。
「偶然山賊達の通り道を見つけてしまって。そこを通った山賊達に捕まって。一緒にいた私も」
「わかった。そういう事情か」
「ならばだ」
 二人はそれを聞いてだ。あらためて言うのだった。
「その子供達のところに案内してくれ」
「すぐにだ」
「子供達のですか」
「そうだ、その子達も救う」
「だからだ」
 二人はこう娘に言うのであった。そうしてである。
 娘の案内ですぐに子供達が捕らえられている部屋に来てだ。彼等を救い出しそのうえでアジトから出ようとする。そしてその頃。
 張飛とナコルルは山の裏手に回っていた。そこから山賊達の背後を攻めようというのだ。木々が生い茂る山道を進みながらの言葉だ。
「あの、張飛さん」
「どうしたのだ?」
「それも持って来たのですか」
「当然なのだ」
 見れば彼女はその手に持っているのは蛇矛だけではなかった。青龍偃月刀も持ってそのうえで山道を進んでいるのである。
「それは」
「そうなんですか」
「愛紗はこれが絶対に必要なのだ」
 こう言うのである。
「だからなのだ。それでなのだ」
「けれどそれは」
「どうかしたのだ?」
「かなり重いですが」
 ナコルルは怪訝な顔で彼女に言葉を返す。
「それでもなんですか」
「鈴々は全然平気なのだ」
 平然と返す張飛である。
「これ位の重さ何でもないのだ」
「あの、でもそれは」
「ナコルルはそこまで考えなくていいのだ」
 ナコルルがまだ言おうとするのは止めた。
「それよりもなのだ」
「はい、これからですね」
「そうなのだ。そろそろあの三人も動くのだ」
「テリーさん達が」
「それでナコルル」
 ナコルルの顔を見ながら言ってきた。
「あの三人もナコルルも真名をそのまま呼んでいいのだ?」
「はい、それが私達の世界では普通です」
「変わった世界なのだ。しかしそれならそれで言わせてもらうのだ」
 張飛は首を傾げさせながら述べた。
「ナコルル。それでいのだ?」
「はい、それで御願いします」
 あらためてこう話すのだった。そうして先に進むのだった。
 その頃関羽は趙雲と共に子供達を救い出しアジトを脱出しようとしていた。しかし二人も娘も子供達も道はわからない。それで出て来たのは。
「くっ、しまった」
「まずいな」
 外に出た。しかしそこは崖のすぐ前だった。そこに出てしまったのである。
「まずいな、後ろにはもう来ているぞ」
「テリー達がそろそろ来るにしてもな」
「あっ、張飛さん!」
「見えているのだ!」
 しかしここでナコルルと張飛が二人と子供達の姿を認めたのだった。
「関羽さんと趙雲さんが」
「それに子供達もいるのだ」
「鈴々、それだ!」
 関羽は彼女が蛇矛と共に手に持っているものを指差して叫んだ。
「それを投げてくれ!」
「これなのだ!?」
「そうだ、それだ!」
 彼女自身が持っている青龍偃月刀を指差しての言葉である。
「それを渡してくれ、すぐにだ!」
「わかったのだ!」
 こうしてだった。張飛はすぐにその青龍偃月刀を関羽に向かって投げた。それは凄まじい唸り声をあげ飛び関羽は右手で掴み取った。
「よし、これでいける!」
「これでいけるのだな」
「充分だ。これがあれば誰にも敗れることはない!」
 こうしてだった。二人は今自分が出たその出口に立つ。そこには山賊達がいる。彼等は数を頼んで二人に迫る。
「よし、やっちまえ!」
「相手はたった二人だ!」
 そのまま迫ろうとする。しかしだった。
「パワーウェーブ!」
「飛翔拳!」
「ハリケーンアッパー!」
 三人の声が聞こえてきた。それと共に凄まじい爆音が響き叫び声もあがった。
「う、うわああっ!」
「な、何だ!?」
「後ろから三人出て来たぞ!」
「テリー達だな」
「ああ」
 二人にはわかった。ここで三人がアジトに入って来たのだ。そうしてそのうえで攻撃を加えてきたのである。
 三人は攻撃を浴びせてからだ。そのうえでそれぞれ言うのだった。
「アンディ、どうだ?」
「そうだね。相手としてはね」
 アンディは兄の言葉に応えながら言う。既に技を出し終えていた。
「どうってことはないね」
「そうだな。所詮ただのチンピラだな」
「武器持ってるけれどそれはどうなんだ?」
 丈はあえてこのことを言ってみせた。
「刺されたり斬られたらことだぜ」
「それで斬られるのか?」
 テリーは不敵な笑みを浮かべてそのうえで彼に返すのだった。
「っていうかこんな連中に斬られるか?そんな簡単によ」
「いや、それはないな」
 丈は軽く笑ってテリーのその言葉に返した。
「こんな連中どうってことはねえさ」
「よし、じゃあそれで決まりだな」
「やろう、兄さん」
 また言うアンディだった。
「すぐにね」
「ああ、行くぜ!バーンナックル!」
「残影拳!」
「スラッシュキック!」
 三人は今度は突進して技を繰り出した。山賊達は瞬く間に吹き飛ばされていく。戦いはこれで一変した。
 関羽と趙飛もそれに勢いを得て山賊達を薙ぎ倒していく。なおこの時公孫賛は何をしていたかというとだ。
「さて、それではだ」
「あれ、何処にいかれるのですか?」
「何処に?決まっている」
 白馬を用意させたところで役人の一人に言うのである。
「山賊達のアジトにだ」
「そこにですか」
「そうだ、行って来る。後は任せた」
 こう言って今にも行こうとする。彼女もやる気ではあった。そう、それは確かにあった。
 関羽と趙雲は背中合わせになっている。先程まで山賊達が宴を行っていたあの広間で彼等に囲まれている。テリー達もそこにいる。
「おい、今からそっちに行くからな!」
「少し待っていてくれ」
 テリーとアンディがその山賊達を倒しながら言ってきた。拳と脚で敵を倒していく。その速さも威力もかなりのものであり鎧をものともしない。
「いいな、もう少しだ!」
「それまでだ!」
「いや、大丈夫だ」
「ここは任せておいてくれ」
 しかし二人はこう三人に返すのだった。
「こうして背中合わせになっているとだ」
「負ける気はしない」
「その言葉信じさせてもらうぜ」
 丈は今は百烈パンチで山賊達を殴り倒している。
「こっちもやらせてもらうからな!」
「さて、私の真名前はだ」
「むっ!?」
「星という」
 それを自分から言ってみせたのだ。
「覚えておいてくれ」
「何故真名をここで言う?」
「命を預けるのなら当然だ」
 微笑みを見せての言葉だった。
「違うか?それは」
「そうだな。それではだ」
 趙雲の言葉を受けてだ。関羽も言ってきた。
「私の真名も言っておこう」
「うむ、何だ?」
「愛紗という」
 彼女も名乗った。
「覚えておいてくれ」
「わかった、そうさせてもらう」
「それではだ。行くぞ」
「うむ!」
 その手の得物をそれぞれ構えてだ。そのうえで突き進み山賊達を倒していく。子供達は既にナコルルと張飛が崖に丸太の橋をかけてそれで助け出していた。戦いは彼女達にとって満足のいくものになっていた。
 そしてだ。今まさに山賊達のアジトに向かおうとする公孫賛のところにだ。報告が入ってきた。
「御報告申し上げます」
「山賊達のことか」
「はい、退治されたそうです」
「そうか、退治か・・・・・・何っ!?」
 夜の中剣を準備体操の様に振りながら驚いた声をあげた。
「終わったのか」
「はい、終わりました」
「いや、それでは私の出番は」
「なくなりました」
 実に素っ気無い返答だった。
「これで」
「そうか、なくなったのか」
 それを聞いて見ただけでわかるまでに落ち込む公孫賛だった。
「それでは白馬に乗って颯爽というのは」
「いつも通りです」
「いつも通りか。折角包丁まで用意していたのにな」
「あの、包丁は流石にまずいのでは?」
「ううむ、最近そちらの方が有名だからな」
 何故かこんなことも言うのだった。
「だからなのだが」
「その最近ですがそちらの方も何か」
「ううむ、弟だけでは駄目なのか」
 話が訳のわからない方向にいっている。
「しかし、そうか」
「はい、出番はなくなりました」
「何でいつもこうなるのだ・・・・・・」
 がっくりと肩を落とす公孫賛だった。何はともあれ山賊達は退治され娘も子供達も無事に村に帰された。そしてであった。
「じゃあまたな」
「縁があればまた会おう」
「その時に宜しくな」
 テリー達が関羽達に別れを告げている。丁度道の分かれめであった。
「俺達はこのまま旅を続けるが」
「君達もそうなのかな」
「今度は何処に行くんだ?」
「南に向かおうと思っている」
 関羽が三人の問いに答えた。
「これからは」
「そうか、南か」
「私達は東に向かうとするよ」
「青州だったな」
 こう話すのだった。
「じゃあそういうことでな」
「またね」
「うむ、機会があればまた会おう」
「楽しみにしているのだ」
 皆笑顔で別れた。そのうえで関羽達は南に向かう。一行の中には趙雲も加わっている。関羽はその彼女に問うのであった。
「いいのか?」
「何がだ?」
「いや、公孫賛殿のところを離れてだ」
 問うのはこのことだった。
「我々はまだ仕官するつもりはないが貴殿はだ」
「いい。公孫賛殿はどうもな」
「どうも?」
「悪い人物ではないし能力もそれなりにある」
「そうだな。悪人でも無能でもない」
 それは関羽にもわかることだった。
「それにネタとしても面白い」
「ネタか」
「だが影が薄い」
 趙雲が言うのはこのことだった。
「致命的なまでにな。何処にいるのかさえわからないのがいつもだ」
「気の毒な話ではないのか?それは」
「あれでは?何かをする以前のことだ」
 何気に厳しいことを言う。
「私に相応しい主は他にいる。その主を探す」
「そうするのか」
「そうだ。それにだ」
 その言葉はさらに続く。
「御主等とこうして一緒にいるのも悪くはない」
 笑みを浮かべての言葉である。
「だからだ。同行していいか?」
「拒む理由もない」
 関羽は微笑みながら述べた。
「それではだ。行くか」
「その言葉有り難く受け取らせてもらう」
 こうして一行は趙雲も加えて旅を続けることになった。そしてその先でまたしても新たな出会いが一行を待っているのであった。


第三話   完


                                     2010・3・24



テリーたちが加わっての山賊退治。
美姫 「こちらは無事に終えたようね」
若干、一名ばかりが出番がなくて落ち込んでいたがな。
美姫 「ともあれ、山賊退治は問題もなく終わったし」
旅の一行に星も加わって、って感じだな。
美姫 「多数の人がこの世界に来ているみたいだけれど、どうなっていくのかしらね」
楽しみです。
美姫 「次回も待ってますね」



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