『ドリトル先生のオーケストラ』
第十一幕 偏見を退けて
音楽会の日が近付いています、大学のオーケストラの人達もお野菜の楽器を演奏するお子さん達も歌手の人達も練習に余念がありません、ですが。
先生は研究室に来た王子からそのお話を聞いて思わずお顔を顰めさせてそのうえで王子に言いました。
「そんな理由で来るって言ってるんだね」
「うん、抗議をしにね」
王子はお顔を顰めさせて言いました。
「来るそうだよ」
「この学園にだね」
「流石に学園の敷地内には入られないけれど」
それでもというのです。
「抗議をしにね」
「来るんだね」
「日本の大学のオーケストラなのにね」
「外国の人達が半分もいるってだね」
「お野菜の方のお子さん達の方もで」
「歌手の人達もだね」
「アフリカ系やアラブ系の人達がいて」
そうであってというのです。
「特にクルド人が」
「何を言っているんだ」
先生は憮然として言いました。
「誰がどんな音楽を演奏してもだよ」
「いいね」
「クルド人がいて悪いのかい?」
「あとアジア系の人もね」
「アジア系って自分はどうなんだい」
先生は言いました。
「日本人ならだよ」
「まずアジア系だね」
「そうだよ、人種では黄色人種だよ」
そうだというのです。
「その同じアジア系の人がいてなんだ」
「言うんだ、アフリカ系の人もね」
「根拠なくだね」
「そうなんだ、あのね」
王子はさらに言いました。
「選挙でも動いていた何かの政党の代表の」
「ああ、潰すとかいう」
「あの人がね」
「日本の大学でもだよ」
先生はそれでもと言いました。
「留学生を受け入れるのはその大学の方針だよ」
「自由であるべきだね」
「留学生は帰れとかね」
「出て行けとかだね」
「そんなことを言ったら」
それこそというのです。
「自由に反するよ」
「その通りだね」
「大学にも自治があるんだ」
「若しそれを脅かすなら」
「まさに全体主義でね」
「ナチスやソ連だね」
「若し共産主義がどうとか言っても」
それでもというのです。
「自分こそ同じだよ」
「共産主義だね」
「大統領が市長選挙に介入してもだよ」
「同じだね」
「若しその大統領が倒れたら」
その時はというと。
「こうした人にはおべっか使いの取り巻きがいるものだけれど」
「取り巻きはどうなるか」
「おべっか使いはただそれを言うだけでね」
おべっかをというのです。
「何の能力もないから」
「すぐに責められるね」
「裁かれる時が来るよ」
そうなるというのです。
「間違いなくね」
「そうだよね」
「その大統領も何かあれば」
「失脚するね」
「無道には報いがあるよ」
絶対にというのです。
「ナチスもそうなったね」
「そしてソ連もね」
「どちらも崩壊したし」
「そして後には何も残らなくて」
「酷いことになったね」
「そうなるよ、そして音楽の演奏に人種を持ち込むと」
そうすると、というのです。先生は動物の皆にもお話しました。
「どうなるか」
「酷いことになるよ」
「絶対にね」
「そんなことをしたら」
「それこそ」
「そうだよ、アフリカ系の人がどうして演奏したら駄目なのかな」
先生は皆に言いました。
「根拠はあるかな」
「アラブ系でもアジア系でもね」
「構わないよね」
「日本人もアジア系だしね」
「それにクルド人のことが出たけれど」
この人達がというのです。
「こうした考えはどうせ白人至上主義だけれど」
「クルド人って白人だよね」
チーチーが言ってきました。
「そうだよね」
「顔立ちでわかるよ」
ジップも言います。
「一目瞭然だよ」
「インド人も白人でね」
それでと言うガブガブです。
「あの人達もなんだよね」
「トルコ系の人達も白人で」
ホワイティはこの人達もと言いました。
「欧州だけじゃないんだよね、白人の人達がいるのは」
「白人至上主義ならクルド人差別しないよ」
老馬は冷めた目で指摘しました。
「ただ偏見で言っているだけだね」
「大体留学生を受け入れてね」
「日本のことを知ってもらって悪いのか」
オシツオサレツも言います。
「その大学が決めることで」
「他の誰が抑圧することでもないよ」
「本当に若し抑圧すれば全体主義だよ」
「ナチスやソ連と同じよ」
チープサイドの家族は怒って言いました。
「まさにね」
「そうした主義だよ」
「それでアフリカ系やアラブ系の人が側にいたら警戒するって」
ダブダブは怒って今お話している人が言った言葉を言いました。
「何でよ」
「日本人だって白人だって悪い人いるよ」
トートーも言います。
「切り裂きジャックって絶対にイギリス人だよ」
「人の家の前で騒いだりそんなことを言う人なんてよ」
ポリネシアは強い声で批判しました。
「確実にまともな人じゃないわ」
「そう、この人は悪人だよ」
先生は断言しました。
「紛れもなくね」
「誰がどう見ても」
「悪人だね」
「若しいい人って思うならおかしいわ」
「その行いを見て」
「大体言っていることや態度を見ればね」
そうすればというのです。
「わかるね」
「あの人についてはね」
「もう一目瞭然よ」
「そのレベルじゃない」
「それこそ」
「選挙で貢献した、議論を興した意義があると言う人がいるけれど」
それでもというのです。
「嘘をインターネットで吹聴して人を騙すことはそうは言わないよ」
「それって本当にナチスかソ連よ」
「連中がやったプロパガンダじゃない」
「それこそ」
「それをインターネットでそのままやってね」
「何が影響なのか」
「彼がやったことは扇動でね」
先生はお話しました。
「自分が望む様にだよ」
「人を煽って投票させた」
「それだけだね」
「そしてこの人の実態たるや」
「人種差別主義者ね」
「人種差別主義にね」
それだけでなくというのです。
「自分の行いで人がどうなっても平気でね」
「それこそ家庭がどうなっても」
「命に関わることでも」
「どうなっても平気ね」
「自分のことしか考えていなくて」
そうであってというのです。
「自分の為にはね」
「何をしても平気だね」
「そしてどうなっても」
「全く平気ね」
「そんな人だね」
「そうだよ、そしてどんな下品なことを言ってもだよ」
そうしてもというのです。
「やっぱりね」
「平気だね」
「酷い暴言を吐いても」
「暴力的なことを言っても」
「そして嘘も」
「私はこうした人を悪人だと思うよ」
その様にというのです。
「むしろ悪人だと思わないなら」
「おかしいね」
「本当に」
「若し本当にそう思わないなら」
「それなら」
「こうした人がいいことを言っても」
それでもというのです。
「おかしいと思うべきだよ」
「日本って昔共産主義ならいいって言う人達いたんだよね」
「ソ連のすることなら何でもいい」
「北朝鮮だって」
「共産主義みたいなこと言ってるなら無条件でいい人」
「そうした考えの人がいたね」
「進歩的知識人といってね」
先生はお話しました。
「そんなことを言ってたんだ」
「共産主義は正しい」
「ソ連は何をしてもいい」
「北朝鮮だって」
「そう言う人達がだね」
「そしてそれが一見日本のことを想っていて」
そうであってというのです。
「日本を持ち上げていてもだよ」
「それがいい人とは限らないね」
「日本のことを言っていても」
「そうであっても」
「キリスト教徒にも悪い人はいるよ」
先生は言いました。
「いい人か悪い人かは人種や民族では決まらないし」
「主義主張でも決まらない」
「日本のことを愛していても悪い人はいる」
「そういうことね」
「そして果たしてその人は本当に日本が好きか」
先生は皆にこうも言いました。
「しっかりとだよ」
「見極めないとね」
「そのことも」
「嘘じゃないかって」
「嘘吐きもいるから」
「そして私が思うにああした人達は」
今お話している人達はといいますと。
「共産主義と殆ど同じ、社会主義でも極端な」
「極左だね」
「日本のそうした人達は実はそうで」
「他の国の人達もだね」
「アメリカにしても」
「鎖国みたいなこと言って自分とは違う考えや人種の人達を徹底的に排除して経済も芸術も何もかもを統制するなんて」
そうしたやり方はというのです。
「何処が保守的なのかな」
「イギリスの保守党を見てるとわかるね」
「全く違うわ」
「これってそのままナチスだよ」
「ドイツ国家社会主義労働者党だよ」
「そう、ナチスは自由経済も否定したけれど」
国家の統制下に置いたというのです。
「こうしたことを言う人達の主張もね」
「同じだね」
「そもそも経済のことわかっていないみたいだけれど」
「統制しろとか言うし」
「関税で鎖国みたいなことしてね」
「自由経済とか貿易とか脅かすし」
「これは社会主義だよ」
明らかにというのです。
「自分達の敵を極左と言っても」
「自分達も同じだね」
「極左だね」
「つまり極左同士の対立だね」
「自分達以外を認めないで排除して」
「そして何でも自分達の支配下に置く」
「そうなるよ、間違っても保守でも極右でもないよ」
そうではないというのです。
「極右も一周すれば極左と変わらないっていうけれど」
「今お話している人達は違うね」
「極左だね」
「ソ連は極左だったけれど」
「ナチスも極左で」
「ナチスは民族主義から極右と言う人がいるけれど」
その実はというのです。
「全く違うよ」
「国家社会主義だとね」
「実際身体が健康な労働者の人達の権利は保証したし」
「労働時間や福利厚生に力を入れて」
「それで守ったし」
「そうしたね、そして彼等は人種差別に宗教差別、イスラムを変に攻撃して」
そうしたこともしてというのです。
「障害者や社会的に困っている人達もだよ」
「攻撃するね」
「国家の負担とか言って」
「保護を止めてね」
「切り捨てろって考えているわね」
「これがどれだけとんでもない考えか」
それこそというのです。
「自分達だってわからないんだよ」
「将来はね」
「低所得者の人にもそう言うだろうし」
「やがては」
「どんどん困っている人達を切り捨てて」
「排除していくね」
「ナチスもソ連もそうして」
それでというのです。
「国家を運営したけれど」
「どんどん殺されていったよ」
「切り捨てられ粛清されて」
「一体どれだけの血が流れたか」
「恐ろしい位よ」
「彼等はそうした考えだよ、私としては到底認められないし」
先生は強い声で言いました。
「彼等が抗議してくるなら」
「反論するね」
「間違っているって」
「そう言うわね」
「断固としてね」
まさにというのです。
「そうするよ」
「そうだよね」
「それが先生だね」
「それじゃあね」
「その人達が来たら」
「私はコンサートには参加しないから」
だからだというのです。
「出て行ってね」
「向かうね」
「そして論破するね」
「そうするわね」
「絶対にね」
こう言うのでした、そしてです。
先生はその時が来た場合の気構えをしました、そうしてそのうえで王子にあらためて言ったのでした。
「私が行くから」
「先生がだね」
「そう、彼等は暴力を振るうかもしれないけれどね」
「先生は暴力には屈しないね」
「そんなものは全く怖くないさ」
先生は強い声で言いました。
「私はね」
「では何が怖いか」
「それは信念にだよ」
自分のというのです。
「それに負けることでね」
「それでだね」
「暴力にはだよ」
「屈しないで向かって」
「退けるよ」
「あの連中は暴力的だよ」
王子は断言しました。
「どう見てもね」
「そうだね」
「うん、何かあるとね」
それこそというのです。
「攻撃的に罵倒してきて」
「何をするかわからないね」
「そうした意味でもナチスやソ連そっくりだよ」
彼等はというのです。
「どっちも暴力を使ったからね」
「それも頻繁にね」
「日本の過激派もだったね」
「そう、彼等と過激派の違いもだよ」
「実は然程ないね」
「そうだよ、実はね」
そうであるというのです。
「これがね」
「共産主義か社会主義の違いで」
「そうであってね」
「同じ極左だね」
「ナチスとソ連はそっくりだったし」
「過激派とああした連中もそっくりだね」
「自分達だけが正しいだからね」
そうした考えでというのです。
「本当にね」
「過激派と同じだね」
「そしてね」
それでというのです。
「彼等は暴力を用いることに躊躇しないけれど」
「先生は負けないね」
「何があってもね、暴力に勝つのは何か」
それはといいますと。
「理性と法律だよ」
「その二つだね」
「その二つで以てね」
「彼等を退けるね」
「そうするよ」
こうお話してでした。
先生もまたコンサートの日を待ちました、先生はその間も学問に励んでいますが警戒はしていました。
その先生にです、トミーはお家の中で先生に尋ねました。
「ああした人達は相手のお家にも来ますね」
「お家の前で抗議活動と称して攻撃するよ」
「そこに事務所があるからと言って」
「そうしたことも行うよ」
「犯罪ですよね」
「明らかにね」
先生も否定しません。
「そうだよ」
「その通りですね」
「しかしね」
それでもというのです。
「屁依然とだよ」
「そうしたことも行いますね、それじゃあ」
「私が彼等の前に出たらね」
「うちに来るかも知れないですか」
「そうしてくるかも知れないよ」
「その時はどうします?」
「同じだよ、理性と法律でだよ」
この二つで以てというのです。
「対するよ」
「その二つで、ですか」
「その時もね」
「皆先生を助けるわよ」
見ればお静さんもいます、そのうえで先生に言ってきます。
「その時はね」
「いや、大丈夫だよ」
先生は微笑んで答えました。
「その時もね」
「そうなの」
「うん、皆の力を借りなくても」
それでもというのです。
「私は彼等を退けるよ」
「理性と法律で」
「彼等は野蛮で無法だね」
「私もそう思うわ」
お静さんにしてもです。
「どう見てもね」
「そうした人達だね」
「品性も教養も知識もなくてね」
「彼等にはその三つでも向かうけれど」
それでもというのです。
「何といってもね」
「理性と法律だね」
「理性のない無法者だからね」
彼等はというのです。
「向かうよ、そしてね」
「退けるんだね」
「そうさせてもらうよ」
「先生は武器を持たないし暴力は絶対に振るわないけれど」
それでもと言う王子でした。
「勇気はあるね」
「昔は格闘も出来たけれどね」
「今は全くだね」
「運動は馬に乗ったり水泳位しか出来ないよ」
今の先生はというのです。
「けれどやはりね」
「間違っている人達がおかしなことをするのなら」
「間違っていると言うよ」
「そうした人達の前に立って」
「そのうえでね」
「先生はそうするね」
「そう、そして」
そのうえでというのです。
「止めるよ」
「そうするね」
「人間は文明の中にいるとね」
「法律は守らないとね」
「そして理性をね」
これをというのです。
「絶対にだよ」
「失ったらいけないね」
「そうだよ、私はお金というものは好きじゃないけれど」
「それに縛られることはね」
「しかしお金の価値もわかっているつもりだし」
「必要だと思っているね」
「そうだよ、そしてその理性や法律は」
そういったものはというのです。
「決してね」
「忘れてはいけなくて」
「そしてね」
そうであってというのです。
「彼等にもだよ」
「その二つで向かう」
「そして退けるよ」
「そうするね」
「彼等は平気で暴力に訴えるけれど」
それでもというのです。
「私は決してね」
「暴力に訴えないね」
「何があってもね」
それこそというのです。
「しないよ」
「そうだね」
「暴力は絶対に駄目だよ」
先生は王子に右の人差し指を立てて強い表情で言いました。
「あんなもので支配する、言うことを聞かせるなんてね」
「やっちゃいけないことだよ」
「そうだよ、私はそう信じているからね」
「暴力は振るわないし」
「否定するよ」
「そうだね」
「そして退けるよ」
そうするというのです。
「理性と法律でね」
「そうするね」
「確かに私は格闘は出来ないし身に寸鉄も帯びないし戦わないけれど」
それでもというのです。
「向かうよ、知恵や知識も使って」
「退けるね」
「偏見と暴力に屈するなんて」
そうなることはというのです。
「絶対にだよ」
「あってはならない」
「だからね」
「若し彼等が来るなら」
「私が行くよ」
「そうするんだね、先生は勇気ある紳士だね」
王子は先生のお話を聞いてしみじみと思いました。
「そうした人を君子と言うんだよね」
「中国ではね」
「その君子だね」
「そう言ってくれると嬉しいよ、ではね」
「彼等が来たら」
「その時は退けるよ」
王子に微笑んで言います、そしてインターネットでのそうした人達のやりとりを確認しているとでした。
「来るだろうね」
「コンサートに抗議してくるんだ」
「外国人をオーケストラに入れるなって」
「歌わせるなって」
「アフリカ系やアラブ系の人達やアジア系の人達を」
「クルド人だって」
「うん、エックスとかで頻繁に言っているから」
先生はお家に皆にお話しました。
「これはね」
「来るんだね」
「大学の前に」
「日本人だけでやれって」
「そう言うんだ」
「そして白人の人達はいいっていうんだよ」
先生は眉を顰めさせて言いました。
「完全な人種差別だよ」
「まさか日本で白人至上主義を見るなんてね」
「あんな嫌なものを」
「そんなの見るなんて」
「凄く嫌な気分だよ」
「私もそう思っているよ」
先生自身もです。
「日本人はアジア系なのにね、あとイスラム教にね」
「偏見あるね」
「ああした人達って」
「何かされた訳でもないのに」
「そのイスラム教徒の人達に」
「正直理解出来ないんだ」
先生としてはです。
「彼等がイスラム教を差別する理由についてはね」
「何でだろうね」
「別に何かされた訳でもないのに」
「それでクルド人も攻撃する」
「おかしいね」
「しかも嘘を拡散してのことだから」
その攻撃はです。
「極めて卑しくて愚かで汚いよ」
「そうした行いだね」
「正義なんて何処にもないね」
「そんな行いにね」
「嘘を吐いて人種差別をするなんて」
「絶対の正義はなくてもね」
先生はそれでもと言いました。
「卑劣、醜悪な行いはあってね」
「あの人達がしていることだね」
「最近はAIイラストも作って攻撃しているみたいだし」
「卑怯だよね」
「そして醜いね」
「差別主義者には多いよ」
実にという口調でお話しました。
「相手を攻撃する為には平気で嘘や捏造を行って拡散する」
「そして差別を助長する」
「そうするね」
「そうだよね」
「しかも彼等はかつて攻撃されていたんだよ」
先生はお話しました。
「アメリカのイエロージャーナリズムに」
「ハーストだよね」
「あそこの新聞が攻撃していたね」
「日本も日系人も」
「嘘まで平気で吐いて」
「その攻撃されていたことを自分達がするんだから」
今はというのです。
「悪質なブラックユーモアだよ」
「全くだね」
「しかも白人って言うならクルド人白人だし」
「結局自分達以外は差別するね」
「キリスト教も馬鹿にするしね」
「私はイギリス生まれだけれど」
それでもと言う先生です。
「何かあるとね」
「あの人達に不都合なことがあったら」
「気に入らないことがあったら」
「その時はだね」
「イギリスも差別するね」
「彼等にあるのは自分だけでね」
先生はこのことを指摘しました。
「決して学ばず努力せずね」
「自分達以外を攻撃する」
「それこそ」
「差別して嘘も吐いて」
「そうするんだね」
「彼等はまともな本も読まないしね」
そうであってというのです。
「まともな人とも付き合わないよ」
「それで差別を続けるね」
「インターネットでもまともなものを読まないし」
「物凄く汚くて卑しい場所にい続ける」
「自分達は高尚とか国士とか立派とか思い込んで」
「そのうえで」
「思いやりもマナーも理性もないんだ」
彼等はというのです。
「知識もないしね」
「福祉、経済、社会、貿易、文学、科学、環境と色々ね」
「全く知らないね」
「環境のことも」
「挙句歴史や軍事もスポーツも」
「政治のことばかり言って」
そしてというのだ。
「他はないんだ、そして社会的弱者とされる人達は」
「徹底的に排除してね」
「差別するね」
「他の人種や宗教の人達に対するのと同じで」
「差別して攻撃して」
「助けようとしないね」
「本当に彼等は自分さえよければいいんだ」
そうした人達だとです、先生はまた言いました。
「そしてそんな人達が支持する政治家なんてね」
「碌なものじゃないね」
「まともな人の筈がないわ」
「ヒトラーやスターリンみたいな」
「そんな人達に決まってるよ」
「流石に彼等よりはずっと質が落ちてもね」
能力はというのです。
「けれどね」
「それでもだね」
「考えは同じだね」
「偏見の塊で平気で嘘を吐く」
「扇動も行うね」
「そして自分の国のことを想っている様で」
そう吹聴してもというのです。
「実はね」
「自分しかない」
「もう私利私欲を貪る」
「そんなことしか考えていないね」
「平気で悪いことをして」
「そうだよ、平気で人を騙す人達だよ」
そうした政治家はというのです。
「ペテン師と言っていいね」
「そんな人達で」
「絶対に信じたらいけないね」
「支持してはならない」
「そうに決まってるわ」
「勿論騙す人は問題だよ」
先生は強い声で言いました。
「けれど騙される方もね」
「問題だよね」
「そうした考えだとね」
「騙されて利用されてもね」
「自業自得だね」
「けれど彼等が他の人達に害を及ぼすことは許してはいけないよ」
決してというのです。
「だから私は行くよ」
「こうした人達が来たら」
「そして邪魔をさせないね」
「理性と法律で以て」
「そうするわね」
「絶対にね」
こう言うのでした。
「そうするよ」
「当然僕達も一緒だよ」
老馬が言ってきました。
「先生は一人じゃないよ」
「いつも一緒だからね」
それでと言うトートーです。
「来るなって言われても行くよ」
「先生、僕達がいるからね」
ホワイティも言います。
「安心してね」
「僕達は何処までも一緒だから」
「その時もだよ」
オシツオサレツも二つの頭で言ってきます。
「横や後ろにいてね」
「先生を守るからね」
「僕達が力を合わせたら」
それならと言うジップです。
「先生は大丈夫だよ」
「差別主義者が何よ」
ダブダブは強い声で言いました。
「所詮烏合の衆よ」
「これまでどれだけのピンチがあったか」
チーチーは皆の過去の幾多の冒険の中で起こったことを思い出して言います。
「その都度乗り越えてきたしね」
「それぞれの力を使ったら」
「卑しくて汚いだけの連中何でもないわよ」
チープサイドの家族はとても強気です。
「これまでもっと大変なことがどれだけあったか」
「そのことを思うと」
「先生には指一本触らせないわよ」
ポリネシアは毅然として言いました。
「だから安心してね」
「皆で先生の横や後ろにいれば」
ガブガブも言ってきました。
「それだけで違うよ」
「実は皆を危険な目に遭わせたくないけれど」
先生は皆の勇気を受けてやや眉を曇らせて応えました。
「そこまで言ってくれるなら」
「一緒だよ」
「ずっといつも一緒だって言ってるし」
「それじゃあね」
「離れないわよ」
「お願いするよ」
こう言うのでした。
「是非ね」
「先生、あっしもいますし」
マグ氏もいて言ってきました、何時になく真剣なお顔です。
「女房もいてセンターの皆もです」
「来てくれるんだ」
「いざって時は」
「姫路城の姫様にもお話しておいたわよ」
お静さんもいて言うのでした。
「だから何かあればすぐによ」
「妖怪の皆も来てくれるんだ」
「そうよ、兵庫中の妖怪がね」
「この学園も妖怪のお話が多いけれどね」
「皆来るから。先生に何かさせないわよ」
「最初は私だけでと思っていたけれど皆がそこまで行ってくれるなら」
先生もです。
「好意は無下に出来ないよ」
「それではね」
「コンサートの邪魔はさせないよ」
「コンサートは皆で演奏するわね」
「人種や国籍や信仰の垣根を越えてね」
そうしてというのです。
「演奏されるよ」
「そうなるわね」
「彼等は手段を選ばないでどんなこともするよ」
「大学の敷地内にも入りやすね」
マグ氏はその目を鋭くさせて言いました。
「それが出来れば」
「そしてホールにも乱入してね」
「コンサートを潰しますね」
「そうもしてくるよ」
「そうしたこともお話していますね」
「そうだよ」
まさにというのです。
「エックスや彼等の交流サイトでね」
「堂々とですね」
「見えないところでのやり取りもあるだろうけれど」
「見えるところでも話してやすか」
「そうなんだ、彼等は平気でそうしたこともするんだ」
そうだというのです。
「差別発言をして何をするかも言うんだ」
「表で偏見言ってですね」
「何をするかもね」
「言いますね」
「そして徒党を組んでね」
「そんなことをしますね」
「だからね」
そうであるからだというのです。
「本当にね」
「用心して」
「備えておこう、大学の方としても」
「そうしたことは許さないですね」
「お話を聞いて理事長さんも動いてくれたよ」
学園の最高責任者の人もというのです。
「彼等が来たら門を警備員さん達が守って」
「中に入れないですね」
「そして必要とあらば警察もね」
「呼びますか」
「すぐにね、彼等が無法に走るなら」
その時はというのです。
「毅然とした対処をするとね」
「言っているね」
「そうだよ」
それこそというのです。
「だから絶対にね」
「連中を中に入れないですね」
「学園の方もね」
そうだというのです。
「だから安心していいよ、ただね」
「ただ?」
「政府がそうしたことを許さないで」
それでというのです。
「大学の行動を認めることはね」
「いいことですね」
「ここでね」
「政府が逆にですね」
「差別する人達だったらね」
「ああ、もう終わりですね」
マグ氏はそうなった場合について言いました。
「その時は」
「そうだね」
「ええ、本当に」
「ナチスやソ連と同じですね」
「今ナチスやソ連がどう評価されているか」
「あっしても知ってますよ」
マグ氏や嫌そうに手振りを交えてお話しました。
「それこそ」
「そうだね」
「ええ、とんでもない連中だって」
「評価されていますね」
「とんでもないこと言ってしましたからね」
実際にというのです。
「本当に」
「そうだよ、今そうしたことを言ってね」
「そうした連中を支持しているなら」
「後で大変なことになるよ」
「普通に責められますね」
「私もそうせずにいられないよ」
それこそというのです。
「間違っているとね」
「先生でもですね」
「中には全く容赦しないでね」
「責める人もいますね」
「全否定して徹底的にね」
その様にしてというのです。
「責めるよ」
「そうしますね」
「だからね」
それでというのです。
「後悔するよ」
「尚更ですね」
「そうした人に責められてね」
「そうなりますね」
「周りから吊し上げにされることも」
そうなることもというのです。
「有り得るよ」
「そうなってから後悔しますか」
「いや、こうした人達の多くはね」
先生はマグ氏にお話しました。
「反省しないし後悔もね」
「しませんか」
「自分しかないから」
だからだというのです。
「自分が悪いとはね」
「思わないですか」
「自分しかなくてどうして反省や後悔があるのか」
「そうですね」
マグ氏も言われてはっとしました。
「自分しかないと」
「自分が偉い、凄い、立派でね」
「客観的に見ませんね」
「だからね」
「反省も後悔もしなくて」
「周りが悪いとね」
その様にというのだ。
「なるよ、責める自分変わらない周りがね」
「悪いですか」
「そうなってね」
「責められても反省しないで」
「後悔もしなくてね」
それでというのです。
「変わらないよ」
「そうなんですね」
「そうそう、そんな奴は自分しかないわ」
お静さんは言ってきました。
「まさにね」
「そうだよね」
先生はお静さんにも応えました。
「これが」
「ええ、そして何があってもね」
「反省こ後悔もしないね」
「そうであってね」
それでというのです。
「責めらても周りが悪い」
「責めている人達が」
「自分は被害者だってね」
「思い込んでね」
「周りや他人を責めて」
「自分は反省も後悔もしないで」
そのままというのです。
「努力もしないよ」
「悪いままね」
「ずっとね」
「どうしようもない連中ね」
「残念だけれど何処でもいるね」
「どの国でもなのねね」
「そして日本にもいるのね、そうした奴はね」
お静さんは先生にお話しました。
「私も見てきたわ」
「長い間生きていて」
「いるのよ、巷でもね」
「度食しないで反省も後悔もしない人は」
「根拠なく自分を偉いと思ってよ」
そうであってというのです。
「他の人を見下して馬鹿にして」
「偏見やプライドばかり強くてね」
「自分は何もしない出来ないで」
「簡単に騙される人だね」
「しかもいいものに近付かないで」
そうであってというのです。
「やたら攻撃的な奴がね」
「何処でもいるね」
「ちょっと自分のプライドを傷付けられたら」
「物凄く怒るね」
「思いやりもないわ」
「自分だけでね」
「そんな奴は何処でもいるわ、けれどそんな連中が集団で来ても」
それでもというのです。
「先生は負けないわね」
「コンサート、必ず守るよ」
「お願いね」
「そうするよ」
こう言ってでした。
先生はそうした人達に立ち向かうことを決意するのでした、コンサートが近付く中で偏見との戦いもはじまろうとしていました。