『ドリトル先生とラーメン』




                第七幕  アンケートをはじめてから

 学校の人達へのアンケートをアプリではじめてからです、先生は動物の皆にお家でこんなことを言いました。
「いや、ラーメンの凄さをね」
「実感するよね」
「食べれば食べる程」
「そして学ぶと」
「うん、こんな食べものはね」
 それこそというのです。
「カレー位かな」
「日本だとね」
「カレー位凄いわね」
「カレーも凄いけれど」
「ラーメンもだね」
「明治維新になって」
 そうしてというのです。
「日本人は二つの偉大な食べものを生み出したね」
「そう言えるね」
「最初のラーメンは水戸黄門さんが食べても」
「やっぱりラーメンは明治維新からよね」
「カレーと一緒に」
「そうなるよ、その前から麺類はあったけれどね」
 日本にはです。
「おうどんやお蕎麦がね」
「それにお素麺だね」
「そういったものがあったね」
「ちゃんと」
「けれどね」 
 それでもといいうのです。
「ラーメンも生まれて」
「尚更だね」
「日本の麺類は凄くなったね」
「そう言っていいわね」
「パスタも入って来たけれど」
 明治維新からの日本にはというのです。
「ラーメンだってね」
「中国の麺類が入って」
「ラーメンになった」
「そうなってね」
「今ではね」
 それこそというのです。
「カレーと並ぶだけの」
「偉大な日本のお料理になったね」
「色々な種類があって」
「そしていつも大勢の人が食べる」
「素晴らしいお料理だね」
「そう言うしかないよ、僕はカレーも好きだけれど」
 先生は動物の皆に満面の笑顔でお話しました。
「ラーメンもだよ」
「日本に来てからね」
「はじめて食べて」
「それから好きになったわね」
「そうなったよ、それこそインスタントラーメンも」
 こちらまでもというのです。
「大好きになったしね」
「カレーはイギリスにもあってね」
「よく食べてるよね」
「先生もそうだったしね」
「けれどラーメンはね」
 こちらはというのです。
「イギリスにはなかったしね」
「中華料理はあってね」
「中華街もあって」
「それで麺類もあるけれど」
「ラーメンじゃないんだよね」
「そう、本当にラーメンはね」
 この食べものはとです、また言う先生でした。
「日本独自のものだよ」
「日本の人達は中華料理と思っていて」
「中華料理店で食べられるけれど」
「それでもだね」
「そうだよ」
 まさにというのです。
「やっぱりね」
「中国に起源があっても」
「これ中国の人達も言うしね」
「ラーメンは中国の麺類じゃないって」
「日本のものだって」
「そうだよ、それでそのラーメンのアンケートをね」
 それをというのです。
「やっていくけれど」
「さて、どうなるか」
「どういった結果になるか」
「楽しみだよね」
「本当に」
「うん、僕はどのラーメンでも好きだけれど」
 先生はというのです。
「果たしてどのラーメンが一番人気があるかね」
「どんなイメージかもね」
「そしてラーメンへの最初のイメージも」
「八条学園は世界中から人が来てるし」
「丁度いいね」
「うん、ただね」
 ここでこうも言った先生でした。
「八条学園は日本の神戸にあるね」
「それがどうしたの?」
「何か今更だけれど」
「このアンケートに関係あるのかしら」
「ラーメンについて」
「学校の人達の半分が外国の人達で」
 そうしてと言う先生でした。
「後の半分が日本の人達で関西にあるから」
「あっ、関西の人達が多いね」
「八条学園って」
「大阪の団地から電車で学校まで来る学生さんも多いし」
「関西のあちこちから来てる人が多いね」
「日本人が半分で」
 そしてというのです。
「その中でね」
「関西の人達多いね」
「言われてみれば」
「大阪や兵庫県からもで」
「他の府県からもだね」
「だからラーメンの好みもね」
 こちらもというのです。
「関西のものになるよ」
「関西と言っても地域ごとのラーメンがあるけれど」
「やっぱり大きな特徴あるわね」
「関西のラーメンは」
「そう、薄口醤油のラーメンがね」
 これがというのです。
「関西のラーメンの主流だね」
「そうだよね」
「鶏ガラスープでね」
「麺は縮れてるね」
「そうなってるね」
「実際学校の食堂でも」
 八条学園のというのです。
「大学や高等部を見るとね」
「給食もあるけれど」
「中東部までだしね」
「高等部は申請したら給食食べられて」
「大学は給食自体がないわ」
「それで食堂のラーメンはね」
 それを見ると、というのです。
「標準はそちらだね」
「そうそう、薄口醤油の鶏ガラ」
「そちらだよ」
「お塩や豚骨やお味噌もあるけれど」
「メインはそうだね」
「これはやっぱりね」
 何と言ってもというのです。
「八条学園が日本の関西にあって」 
「関西から来ている人が多い」
「だからだね」
「薄口醤油の鶏ガラだね」
「そっちになるのね」
「おそらく一番人気は」 
 アンケートではというのです。
「そのラーメンになるかもね」
「アンケートってそれを行う場所も大事だね」
 チーチーはしみじみとして言いました。
「やっぱり」
「例えば甲子園の一塁側で好きなチーム何処からってアンケートしたら」
「絶対に皆阪神って言うわ」
 チープサイドの家族は先生も皆も好きなこのチームに例えて考えました。
「あそこは阪神ファンの人しかいないから」
「まさに黒と黄色の世界だからね」
「だから関西で一番好きなラーメンは何かって聞いたら」
 トートーも言います。
「そのラーメンだね」
「やっぱりその地域の人の好みってあるね」
 ガブガブも言いました。
「イギリスだってそうだしね」
「イギリスも地域性強いしね」
 ホワイティはガブガブの言葉に頷きました。
「何しろ四つの国で成り立っているから」
「ロンドンの味付けとエジンベアの味付け違うわよ」 
 このことを指摘したのはダブダブでした。
「気候風土も文化も違うから」
「イギリスでもそうで」
 老馬は考えるお顔で言いました。
「日本もでね」
「事実ラーメンの地域性凄いわ」
 ポリネシアはまさにと指摘しました。
「豚骨だったり鶏ガラだったりするし」
「本当に全く違うからね
「ラーメンだってね」
 オシツオサレツも二つの頭で言います。
「そう考えるとね」
「その地域でのラーメンのアンケートすると一番はおおむねわかるね」
「その地域のラーメンだね」
 ジップはオシツオサレツに応えて言いました。
「やっぱり」
「そうなるだろうね、本当に関西の人達が多いからね」
 八条学園にはというのです。
「しかも他の国から来た人達も日本語は」
「関西訛りの人多いね」
「特に太平洋とかアフリカの人達?」
「中南米の人達もね」
「関西訛りの人多い気がするわ」
「そんな感じだね、かく言う僕もね」
 先生ご自身もというのです。
「日本語はね」
「関西訛りだね」
「関西弁にはなっていないけれど」
「そうなっているね」
「そうだね、関西弁は喋ってないけれど」
 それでもというのです。
「やっぱりね」
「それでもだよね」
「先生の言葉ってね」
「日本語は関西訛りだね」
「最初はイギリスの英語の訛りがあって」
「そうだね、関西にいたら」
 それがというのです。
「自然とね」
「こっちの訛りになったよ」
「先生もそうで」
「トミーだってね」
「関西弁といっても色々で」
 それでとです、先生は皆にさらにお話しました。
「僕のそれは神戸だね」
「関西弁と言っても色々だよね」
「大阪もあれば京都もあって」
「奈良に滋賀、和歌山もで」
「最近三重も入れる人いるしね」
「それで僕の日本語はね」
 関西訛りのそれはというのです。
「神戸のものだね」
「そうだね」
「最近先生頭の中で使う言語日本語がメインらしいけれど」
「そっちも神戸訛りだね」
「そうなっているわね」
「そうなったよ」
 まさにというのです、先生にしても。
「僕もね」
「成程ね」
「それでラーメンにも影響するんだね」
「地域性が」
「アンケートにしても」
「そういうことだよ」
 皆に微笑んでお話しました。
「このことはもうね」
「予想しているわね」
「先生にしても」
「そうだね」
「もうね」
 実際にとです、先生はです。
 笑顔で言ってそうしてでした、そのうえで。 
 皆で晩ご飯を食べます、今夜はキムチ鍋でしたがその〆にトミーが用意したものは何かといいますと。
「ラーメンにしたんだ」
「はい、インスタントです」
 トミーは先生に微笑んで答えました。
「そちらにしました」
「それもいいね、韓国ではね」
「お鍋の〆にですよね」
「チゲ鍋、プテチゲとかにね」
 こうしたものにというのです。
「インスタントラーメンを入れてね」
「食べますね」
「日本でも最近はね」
「お鍋の〆にラーメンを入れますし」
「インスタントの場合もね」
 先生はトミーがインスタントラーメンを入れるのを見つつお話しました。
「あるよ」
「そうですね」
「そしてね」
 先生はさらにお話しました。
「お酒を飲んでもね」
「合いますね」
「これまでも飲んでいたけれど」
 冷たい日本酒を飲みつつ言う先生でした。
「ラーメンを食べる時にもね」
「飲まれますね」
「そうするよ」
 実際に飲んで言う先生でした。
「この通りね」
「そうですね」
「いや、キムチ鍋自体がね」
「キムチにお肉に茸にコッテジで」
「お酒に合うけれど」
 それだけでなくというのです。
「ラーメンもあると」
「尚更ですね」
「お酒に合っていて」
「どんどん飲めますね」
「いい感じだよ」
「そうですね、ただ」
 ここでトミーはふと思ったお顔になって先生に言いました。
「韓国でもよくラーメン食べますね」
「うん、食べるよ」 
 先生もその通りだと答えます。
「インスタントラーメンもね」
「よく食べますね」
「ただ味はね」
 そちらはといいますと。
「あちらの味になっているよ」
「韓国のですね」
「今や世界各国にインスタントラーメンはあって」
 そのインスタントラーメンを自分のお碗に入れます、見ればトミーもそうして皆もそれぞれ食べています。
「そしてね」
「そのうえで、ですね」
「そう、それぞれの国の味になっているよ」
「日本や韓国だけでないですね」
「イタリアなんかね」
 この国はといいますと。
「インスタント焼きそばみたいにね」
「カップのですね」
「パスタがね」 
 それがというのです。
「あるんだよ」
「イタリアらしいですね」
「そうだね、こうした風にね」
「世界のそれぞれのお国で、ですね」
「インスタントラーメンがあるんだ」
「そうなんですね」
「そしてね」
 そのうえでというのです。
「楽しまれているよ、また困った時のね」
「保存食にもなりますね」
「最悪そのまま食べても」
 いい具合に煮えているインスタントラーメンを食べつつ言います、キムチ鍋に入れてあったので真っ赤です。
「そうしてもだよ」
「いいですね」
「だからね」
 それでというのです。
「インスタントラーメンはいい食べもので」
「世界中にありますね」
「そうなんだ」 
 まさにというのです。
「これがね」
「そういうことですね」
「そうなんだ、こうしてお鍋の〆にもなるし」
「尚更いいですね」
「そうだよ、それじゃあね」
「今からですね」
「インスタントラーメンを肴にしてね」
 そうしてというのです。
「そのうえでね」
「日本酒を飲まれますね」
「そうするよ、キムチ鍋だからね」
 それでというのです。
「本来はマッコリだろうけれど」
「いや、先生今飲んでるの濁酒だよ」
「日本酒といっても清酒じゃなくて」
「だからマッコリと大して変わらないよ」
「味もそうじゃない?」
「同じお米から造ったお酒でね」
 それでとです、先生は飲みつつ皆に応えました。
「濁ってるからね」
「それじゃあね」
「マッコリと大して変わらないよね」
「造り方は多少違っても」
「そう考えていいね、しかしこの濁酒が」
 飲みながら言う先生でした。
「いいよ」
「キムチ鍋にもよく合うんだ」
「先生にとっても」
「そうなんだね」
「僕もそう思います」
 トミーも濁酒を飲んでいます、そのうえで言うのでした。
「合いますね」
「キムチ鍋とだね」
「インスタントラーメンにも」
「甘くてね」
「飲みやすくて」
「いい感じです」
「そうだね、濁酒もいいお酒だよ」
 先生も飲んで言います。
「本当にね」
「昔はこちらのお酒ばかりでしたね」
「そう、清酒が出たのはね」
「比較的新しくて」
「戦国時代なんかもね」
「濁酒でしたね」
「アルコール度は清酒より低いけれど」
 それでもというのです。
「こちらはこちらでね」
「飲めますね」
「うん、だから今夜もね」
「大いに飲まれますか」
「そうさせてもらうよ」
「わかりました、ただデザートに」
 トミーはこちらのお話もしました。
「実はメロンもありまして」
「メロンなんか」
「プリンスメロンです」
「そのメロンもいいよね」
「日本のメロンですね」
「マスクメロンもいいけれどね」
 こちらのメロンもと言う先生でした。
「けれどね」
「プリンスメロンも美味しいので」
「それにお酒を飲んだ後は」
「水分を摂ることですね」
「そうしたらね」 
 それならというのです。
「いいんだよ」
「悪酔いしなくて」
「翌朝もね」
「二日酔いしにくいですね」
「どうして二日酔いになるか」
 それはといいますと。
「お酒のアルコールでね」
「頭の水分が出されて」
「それで水分不足になって」
 それでというのです。
「なるからね」
「だからですね」
「そう、水分はね」
 飲んだ後はというのです。
「摂るべきだよ」
「そうですよね」
「二日酔いにもならないし」
「悪酔いもしないですね」
「だからね」
 その為にというのです。
「お酒を飲んだら」
「水分もですね」
「摂るべきだよ」
「そうですね」
「お酒も飲むものだけれど」
「アルコールですからね」
「むしろ水分を出すものでね」
 そうしたものでというのです。
「今のお話でどうすべきかという対象になってるよ」
「そうですね」
「そしてね」 
 さらにお話する先生でした。
「今はね」
「お水もですね」
「飲むよ」
 そうするというのです。
「是非ね」
「それがいいですね」
「うん、ただね」
「ただ?」
「韓国料理を食べて飲むと」
 キムチ鍋の中に入れたラーメンとです、まだ鍋の中にあったキムチやお肉を食べてそのうえでトミーに言うのでした。
「あまりね」
「悪酔いしないですか」
「そんな気がするよ」
「そうですか」
「僕としてはね」
「刺激が強いからでしょうか」
「そうかも知れないね、ただ飲み過ぎると」
 その場合はといいますと。
「やっぱりね」
「悪酔いしますね」
「そうなるね、僕は酔っても意識を失わないし」
 先生の場合はです。
「変わったりしないね」
「先生は酒癖悪くないよ」
「特にね」
「絡まないし暴れないし」
「乱れたりもしないし」
「紳士のままだよ」
 皆がその時の先生のお話をしました。
「だからいいと思うよ」
「飲んでもね」
「先生のままだしね」
「今だってそうだし」
「だから安心出来るよ」
「それは何よりだよ、酒乱だと」
 そうであるならというのです。
「かなり問題だしね」
「日本でもそうした人いるしね」
「何処でもいるけれど」
「歴史を見てもだね」
「そんな人いるね」
「そうはなりたくないしね」
 酒乱の人にはというのです。
「僕も気を付けているよ」
「それは何よりだね」
「本当にね」
「それじゃあね」
「今もだね」
「このまま飲むよ」
 こう言ってでした。
 先生はまた濁酒を飲みました、そして〆のラーメンも楽しむのでした。
 食べ終わってから歯を磨いてです、もうお風呂には入っていたのでくつろいでいると皆先生にこんなことを言ってきました。
「ラーメンってお鍋の〆にもなるね」
「おうどんみたいに」
「こうした時でもラーメンだね」
「そうなるんだね」
「うん、お鍋の種類にもよるけれど」
 それでもとです、先生は皆にラーメンの本を読みつつ応えました。
「そうもなるよね」
「そうだよね」
「そこもいいところだね」
「お鍋の〆にもなるところが」
「本当にね」
「そう思うよ、お鍋のだしがいいスープになって」
 そうしてというのです。
「その場合も美味しいね」
「全くだね」
「さっきのキムチ鍋の時もだったし」
「他にもね」
「豚骨の鍋もあるしね」
「その意味でもいいよ、ただね」
 ここでこうも言う先生でした。
「お鍋によってはおうどんの方がね」
「合う場合もあるね」
「あと雑炊もいいよね」
「そこはそれぞれで」
「ラーメンもいいね」
「そうだよ、それで今回もラーメンを食べて」
 お鍋でというのです。
「よかったね」
「そうだよね」
「インスタントでもいけるね」
「こちらも」
「そうだね、インスタントラーメンを否定すると」
 そうすると、というのです。
「どれだけ食事の幅が狭まるか」
「あと冷凍食品と」
「お惣菜もだよね」
「否定するとね」
「凄く狭まるね」
「そうなるからね」
 だからだというのです。
「否定することはよくないよ」
「そうそう、本当にね」
「先生のその考え正しいよ」
「私達もそう思うわ」
「インスタントラーメンも否定出来ないし」
「冷凍食品とかもね」
「冷凍食品でもラーメンあるね」
 このこともお話する先生でした。
「そうだね」
「そうそう、あるよね」
「冷凍うどんや冷凍パスタもあって」
「ラーメンもあるよね」
「こちらもね」 
 冷凍のラーメンもというのです。
「中々ね」
「美味しいよね」
「あちらのラーメンもね」
「侮れないよ」
「美味しくないと売れないから」 
 現実としてです。
「やっぱり作る人達もね」
「美味しくしようとするね」
「冷凍食品にしても」
「インスタントと同じで」
「美味しくなるね」
「それもどんどん」
「そうなるよ、それを企業がどうとか言って」
 そうしてというのです。
「否定してもね」
「意味ないしね」
「企業努力があるってことを」
「何か否定する人いるけれどね」
「何かとね」
「本当に買ってはいけないのは」
 それはといいますと。
「無闇矢鱈に否定して」
「おかしなことを言っている」
「そんな人達が書いた本とか雑誌とか」
「そんなものだね」
「世の中変な人もいるから」
 それでというのです。
「そんな人達は見極めて」
「そうしてだね」
「そんな人達の本は読まない」
「記事にしても」
「そこを見極めないと」
「常識とか科学的に確かな根拠とか」
 そうしたというのです。
「そうしたものから検証してね」
「おかしいかどうか」
「確かめるべきだね」
「そうだね」
「まず何でも過ぎたらよくないよ」
 先生は穏やかな声で皆にお話しました。
「インスタントラーメンだってね」
「そればかり食べてるとね」
「栄養が偏るから」
「よくないね」
「ヴィーガンの人達も」
 この人達のお話もするのでした。
「そうだね」
「そうそう」
「お野菜や果物ばかりだろ」
「それはそれで栄養偏るよね」
「そうなるわ」
「だからお豆とか牛乳も口にして」
 その様にしてというのです。
「栄養を摂取しないとね」
「かえってよくないね」
「栄養が偏って」
「不健康だね」
「そう、何でも過ぎればよくなくて」
 それでというのです。
「そこから考えてね」
「見極めるべきだね」
「インスタントラーメンも食べ過ぎないといい」
「冷凍食品も」
「そして他の食べものも」
「そうだよ、何でも否定しても」
 そうしてもというのです。
「いいどころかね」
「逆だね」
「害になるね」
「そうよね」
「そうなるよ」
 実際にというのです。
「本当にね」
「全くだね」
「先生その辺りもわかってるね」
「科学的でね」
「そして冷静だね」
「学問は冷静に検証しないと」
 確かな根拠を以てというのです。
「大変な間違いを犯すよ」
「実際そうしたこと多いね」
「人間は間違えるものだし」
「どうしてもね」
「そんなことも多いね」
「だからだよ」
 その為にというのです。
「僕達もね」
「そこはだね」
「しっかりしていく」
「そうするね」
「これからも」
「そうしていくよ、ラーメンにしても」
 今学問の対象にしてアンケートを取っているこの食べものもというのです。
「同じだよ」
「冷静に検証する」
「そのうえで考えていくよ」
「見極めていくものね」
「そういうものだよ」
 こう言ってでした。
 先生はこの日は皆とラーメンの本を読みながらくつろいで一日の最後の時間を過ごしました。そうしてでした。
 翌朝ご飯を食べて歯を磨いてから休日なので朝から読書をしていましたが。
 ふとです、皆はお家の中にあるカップヌードルを見て言いました。
「これは代表だよね」
「そうそう、インスタントラーメンの」
「そのうちの一つよね」
「そうだね、蓋を開けてお湯を入れたら」 
 先生もカップヌードルを見て言います。
「出来上がりのね」
「三分でね」
「これって何気に凄いよね」
「すぐに食べられるから」
「チキンラーメンと並んでね」
 この袋麺と、というのです。
「素晴らしいインスタントラーメンだよ」
「そうよね」
「まさにインスタントラーメンの代表の一つで」
「あるとね」
「重宝するね」
「こうしたものを生み出した人は」
 先生は感嘆の言葉を述べました。
「偉人と言っていいよ」
「本当にそうね」 
 ガブガブが頷きました。
「よくこんなもの生み出したわ」
「ただ美味しいだけじゃなくてね」
「保存も出来るし」
 チープサイドの家族も言います。
「お手軽に食べられて」
「素敵な食べものだよ」
「買ってはいけないと言われるものの一つだとしても」
 それでもと言うトートーでした。
「カップヌードルは素晴らしい食べものだよ」
「そのことは否定出来ないわ」
 ポリネシアも断言しました。
「本当に」
「そう、こんな素晴らしいものを生み出したなんて」
 ホワイティも言いました。
「偉人だよ」
「企業の人だね」 
 その人はとです、ジップはホワイティに続きました。
「そうだね」
「そう考えると企業の人の何が悪いか」
 それはと言うチーチーでした。
「わからないね」
「悪く言おうと思えば何でも悪く言えるけえど」
 老馬はどうかというお顔で言うのでした。
「言うものじゃないね」
「こうしたものを生み出せるのなら」
 ダブダブはそれならと言いました。
「企業は必要だよ」
「そこで暮らせる人もいるし」
「社会に貢献も出来るし」
 オシツオサレツはここでも二つの頭で言います。
「企業は必要だね」
「社会に」
「企業を否定する人達は共産主義がいいみたいだけれど」
 先生は皆にどうかというお顔で皆に応えました。
「共産主義がどうなったか」
「もうはっきりしてるしね」
「歴史的にね」
「もうソ連ないし」
「駄目だって結果出てるね」
「そうだよ、北朝鮮なんて」
 共産主義だと自称しているこの国はといいますと。
「一体何処がね」
「共産主義なのかしら」
「あの国の何処が」
「一体ね」
「あの国は共産主義じゃないよ」
 先生は断言しました。
「日本の企業が嫌いな人達はあの国を好きな人が多いみたいだけれど」
「あそこ封建主義よね」
「国家元首世襲だし」
「階級もあるし」
「どう見てもね」
「共産主義ならね」 
 若しそうであるならとです、先生は言いました。
「世襲なんてもっての他で」
「階級だってないよ」
「そもそもね」
「ある筈がないよ」
「どちらもね」
「その時点でおかしいし」
 共産主義であるならというのです。
「日本のそうした人達は皇室や二世議員も嫌いだけれどね」
「日本の皇室は独裁者じゃないし」
「二世議員の人も落選するし」
「どう見ても北朝鮮の方が酷いわ」
「絶対にね」
「しかもね」
 先生はさらに言いました。
「あの国の現状ときたら」
「酷過ぎるね」
「軍隊と独裁者の贅沢にばかりお金を使って」
「国民の人達はいつも餓えていて」
「水道とか全部まともに使ってなくて」
「とんでもないね」
「碌でもないことばかりするしね」
 その行いのお話もするのでした。
「テロとかミサイル撃ったりとか」
「そっちも酷いよね」
「あの国って」
「何処が共産主義かわからないし」
「状況も酷過ぎて」
「行いもそうで」
「企業や皇室や自衛隊が嫌いな人達は」
 日本のというのです。
「あの国を好きだけれど」
「おかしいね」
「あの国の方が遥かに酷いのに」
「あの国が好きって」
「矛盾しているよ」
「そんな人の言うことは」
 先生は首を傾げさせつつ言いました。
「僕としてはね」
「聞けないよね」
「あまりにもおかしいから」
「それでね」
「頷けないよ、あの国ではインスタントラーメンは」
 この食べものはといいますと。
「ご馳走だしね」
「ああ、食べものないからね」
「碌にね」
「そんな状況だとね」
「インスタントラーメンもね」
 日本で普通にあってそうした人達が嫌いな場合が多いこの食べものもというのです。先生は皆にお話しました。
「そうだよ」
「ある意味凄いね」
「今時インスタントラーメンがご馳走な国って」
「その時点でどうかってなるね」
「もうね」
「あんなおかしな国は他にそうはないけれど」
 先生はこうも言いました。
「そんな国が好きな人もね」
「おかしいね」
「どうかだよね」
「本当に」
「そう思うよ、カップヌードルもね」
 今目の前にあるそれもというのです。
「とてもね」
「純粋に素晴らしいもので」
「偉大な発明の一つだね」
「まさに」
「そのことを認めないと」
 さもないと、というのです。
「本当にね」
「間違えるね」
「何かと」
「そうなるね」
「そうだよ、企業もいい企業とそうでない企業があるよ」
 一口に企業と言ってもです。
「人間や他の生きものと同じだね」
「そうそう、いい人も悪い人もいて」
「僕達だってそうで」
「企業だってそうだね」
「企業は人間が集まって出来る組織だから」
 それ故にというのです。
「本当にね」
「いい企業と悪い企業があって」
「いい企業が偉大な発明を行って」
「素晴らしいものを提供してくれるね」
「そうだよ、そしてそうした企業を悪く言う人こそ」
 まさにというのです。
「悪い国や組織を好きだから」
「北朝鮮ってね」
「どう見ても悪い国だよね」
「普通に見たら」
「北朝鮮の独裁者、将軍様とそっくりなのは」
 世襲のこの人と、というのです。
「巨人のオーナーだしね」
「あっ、そっくりだね」
「言われてみたら」
「北の将軍様と巨人のオーナーそっくりだよ」
「恐ろしい位に」
「それでそんな人は巨人ファンの場合も多いんだ」
 野球の方はといいますと。
「これがね」
「思い切り矛盾してない?」
「共産主義なら巨人のやり方って完全にアウトだよ」
「今は力を失くして万年最下位で」
「お金もないから悪事も働けないけれど」
「巨人のやり方なんてね」
「完全に強者の論理で悪い意味で資本主義だからね」
 先生もはっきりと指摘しました。
「共産主義それにそうした人達は社会的弱者やマイノリティーがどうかとも言うけれど」
「そうした主張はいいけれど」
「それなら巨人はね」
「あのやり方はどうかってなるね」
「強者の論理で動くのは」
「全く以ておかしいよ」
 先生はこうまで言いました。
「日本のそうした人達は」
「北朝鮮が好きで巨人が好き」
「矛盾してるね」
「まあ将軍様と巨人のオーナーはそっくりでも」
「それで一脈通じるかも知れないけれど」
「そんな人達がいることは」
 浮かないお顔のままです、先生は言いました。
「日本のよくないところだね」
「全くだね」
「あまりにもおかしな人がね」
「どの国も問題点があるけれど」
「日本はそのことね」
「こうした人達が学者さんにも多いから」
 先生の同業者の人達にもというのです。
「残念だよ」
「あとマスコミの人達ね」
「所謂知識人の人達」
「本来は一番わかっている筈の人達が」
「日本で一番おかしいね」
「おかしいなんてものじゃないね」
 先生は残念そうに言いました。
「本当にね」
「全くだね」
「そうした人達が食べることにも言うからね」
「自然食だけが最高とか」
「そんなこと言ってね」
「ハウス栽培も否定したり」
 こちらもというのです。
「兎角文明や科学、理知に反する」
「何処が知識人なのかな」
「一体ね」
「普通の人達よりずっとおかしいのに」
「知識人をやっていけているんだ」
「だから日本の知識人はどうにもならないともね」 
 その様にもというのです。
「言われているよ」
「常識がなさ過ぎて」
「それでだね」
「インスタントラーメンや冷凍食品も否定して」
「自然食ばかりで」
「それでいざお店で食べると」
 その時はといいますと。
「お口に合わないと騒いで暴れる」
「野蛮だね」
「もう知性を感じないよ」
「それってヤクザ屋さんじゃない」
「無茶苦茶だよ」
「人間こうなったら終わりだよ」
 こうまで言う先生でした。
「全く以てね」
「そう考えるとね」
「インスタントラーメンもちゃんと考えないとね」
「そして冷凍食品のラーメンも」
「正当に食べて評価しないとね」
「それが正しい在り方だよ」
 先生は皆にお話しました。
「知識人という以前にね」
「人間としてね」
「そうでないとね」
「全く以て駄目だね」
「そう思うよ」
 心から言う先生でした、ラーメンを通じてもこうしたことを思うのでした。








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