『ドリトル先生の落語』




                第十二幕  これからも落語を

 先生が動物の皆と一緒に大阪に行って寄席で春琴さんの落語を聞こうとしますとここで皆が言ってきました。
「こうして寄席に行くのもね」
「何か風情があるわね」
「日本の中に入る」
「その文化の中にね」
「そうだね、落語もまた日本文化だからね」
 先生はいつもの正装で応えます。
「風情があるね」
「日本のね」
「昔ながらの」
「このこともまたよしだね」
「落語は」
「僕もそう思うよ、じゃあ楽しませてもらおうね」
 皆にこう応えてでした。
 先生はその皆と一緒に春琴さんの落語を聞きました、今回の落語は古典落語で大坂の町人さん達のお話でした。
 そのお話を聞いてです、先生は言いました。
「やっぱりね」
「やっぱり?」
「やっぱりていうと?」
「いや、大坂はね」 
 この街はというのです。
「町人さんの街だね」
「ああ、お侍さんがね」
「全く出ないね」
「春琴さんの今日の落語には」
「他の人の江戸時代の落語もね」
「本当にお侍さん出ないね」
「刀すらね」
 お侍つまり武士の人達が持っているです。
「出ないね」
「そうだね」
「お話を聞いていても」
「刀のかもないね」
「全くね」
「やっぱりお侍さんを見たことがない」 
 そこまでというのです。
「そんな人がいた位だからね」
「名字帯刀っていうけれど」
「そういうのとは無縁で」
「大阪は本当に町人さん達の街だったんだね」
「それが大坂だね」
「そうだね、ここまでお侍さんと縁がない街もないよ」 
 そうはというのです。
「江戸はかなり多かったけれど」
「人口の半分がお侍で」
「何かあったらすぐに見掛ける」
「そんな街だったわね」
「それで他の藩の町も」 
 そちらもというのです。
「やっぱりね」
「お侍さんいたね」
「そうだったわね」
「しっかりと」
「そうだったよ、村にもね」 
 そちらにもというのです。
「郷士さん達がいたし」
「身分が低いとされたお侍さん達だね」
「普段は農業をしたりしている」
「そうした人達がいて」
「村でもお会い出来たわね」
「けれど大坂はね」  
 あらためてこの街のことをお話するのでした。
「そうじゃなくてね」
「兎に角町人さんが多くて」
「お侍さんが少ない」
「だから落語でもだね」
「出て来ないのね」
「そうだよ、だからね」 
 それでというのです。
「こうしたことも頭に入れて」
「そしてだね」
「寄席に来て聞く」
「そうするのね」
「そうだよ」
 先生は皆に笑顔で応えました、そしてです。 
 寄席の後で道頓堀のお好み焼き屋さんに入って明でお好み焼きを食べました、その中で先生は笑顔で言いました。
「やっぱりいいねお好み焼き」
「まさに大阪だよ」
 ガブガブが笑顔で言ってきました。
「お好み焼きは」
「たこ焼き、串カツもあって」 
 ジップも言います。
「お好み焼きもだね」
「本当に美味しいよね」
 チーチーも唸る位です。
「お好み焼きは」
「おソースとマヨネーズと鰹節で味付けして」 
 ホワイティはこちらのお話をします。
「紅生姜に青海苔も入れてね」
「ボリュームもあるしね」
「お酒にも合うしね」
 オシツオサレツも言います。
「いいんだよね」
「先生も大好物だしね」
「それで今も食べてるね」 
 老馬は皆と一緒に食べている先生に言いました。
「そうだね」
「いや、僕達だってね」
「先生と一緒に食べてるけれど」 
 チープサイドの家族も一緒です。
「これがまたね」
「いいんだよね」
「先生が大好きなのも当然よ」
 ポリネシアは言い切りました。
「これだけ美味しいんだから」
「じゃあどんどん食べていこう」 
 トートーも先生に言いました。
「今日はね」
「皆でそうしましょう」 
 ダブダブも言います。
「今日もね」
「是非ね。あと焼きそばも食べたいね」
 それもと言う先生でした。
「お好み焼き以外も。あとたこ焼きもね」
「いいね」
「たこ焼きもいいわよね」
「勿論焼きそばもね」
「こちらもね」
「そうだね、特にここは大阪だから」
 それでというのです。
「尚更だよ」
「本場だし」
「それでだね」
「落語も楽しんだし」
「お好み焼きやたこ焼きもよね」
「そうしようね」
 こう言って皆でたこ焼きを食べようとしますと。
 ここで、です。春琴さんが先生の前に来て言ってきました。
「先生もこの店来てましたん」
「あっ、春琴さんもなんだ」
「はい、このお店馴染みで」
 見れば水色の丈の長いワンピース姿です、右手にバッグを持っていて如何にもお嬢様といった感じです。
「ちょこちょこです」
「来てるんだ」
「それで食べてます、ほなお隣の席ええですか?」
 春琴さんはテーブルの席に皆と一緒にいる先生に言いました。
「そうしても」
「いいよ、それじゃあね」
「はい、食べましょう」
「お隣同士でね」 
 見れば春琴さんのマネージャーさんも一緒です、そのうえででした。
 春琴さんはモダン焼きを注文して食べます、それでこんなことを言いました。
「いや、このモダン焼きもです」
「好きなんだね」
「お好み焼きや焼きそばもええですが」
「モダン焼きもだね」
「好きでして」 
 それでというのです。
「結構食べます」
「そうなんだね」
「それとです」
 春琴さんはさらに言いました。
「今度モダン焼きの落語をです」
「お話するんだ」
「英語で」 
 そちらでというのです。
「考えてます」
「それは面白いね」
「そう思います?先生も」
「そう思うよ、こうした食べものはね」
「イギリスにないですね」
「まず発想でね」
 その時点でというのです。
「ないからね」
「そうですね、そやから」
「やってみるんだね、まずやってみる」
「それが大事だね」
「チャレンジ精神ですね」
 春琴さんは笑って言いました。
「お笑いは」
「そうそう、もうね」
「チャレンジですね」
「やってみることがね」
 まさにこのことがというのです。
「何といってもね」
「大事ですね」
「そうだよ」
 これがというのです。
「本当にね」
「私もそう思いますさかい」
「モダン焼きをだね」
「落語でやってます」
「頑張ってね」
「はい、ただです」
 ここでこうも言った春琴さんでした。
「イギリスでこうしたお料理はほんまないんで」
「どうお話するかだね」
「それも面白く」
 その様にというのです。
「考えてます」
「悩んでるかな」
「かなり。いや古典落語を英語でお話するのも難しいですけど」
「そうしたこともだね」
「イギリスにないもんをネタにして」
 落語のというのです。
「それをお話するのもです」
「難しいね」
「英語でするのも」
「そうだね、けれどね」
「それをですね」
「することもね」 
 それもというのです。
「またね」
「ええことですね」
「試行錯誤、時にはミスもね」
「することですね」
「そしてそうしたことから学んで」
 そうしてというのです。
「成長するのがね」
「人間ですね」
「そうだよ」
 こうお話するのでした。
「何でもね」
「ほな先生も」
「数えきれない位ね」
 春琴さんに笑ってお話しました。
「間違えて来たよ」
「失敗してきましたか」
「僕もね」
「そうは見えへんですけど」
「僕は物凄くどんくさいんだ」
 自分で言いました。
「誰よりもね」
「それで、ですか」
「だからね」
 その為にというのです。
「ミスもね」
「多いんですか」
「何をしてもね」
「それで、ですか」
「自分にも言えるよ」
 そうだというのです。
「誰でもね」
「試行錯誤してですか」
「間違えるよ」
「そうなんですね」
「天才と言われる人達だって」
 そう呼ばれる様なというのです。
「ミスはね」
「しますか」
「エジソンさんだってね」
 発明王と呼ばれるこの人もというのです。
「物凄く試行錯誤して」
「ミスをして」
「そしてだよ」
「あれだけの発明を成し遂げましたか」
「そうだよ、阪神だって時には負けるね」
「はい、私も阪神好きですけど」
 春琴さんもそれはと応えます。
「時々負けますね」
「エラーとか采配ミスとか失投とかね」
「ありますね」
「巨人はいつもだけれどね」
 この万年最下位の上に超が三つ付く位不人気なチームはというのです。
「あのチームは失敗からね」
「学ばへんですね」
「だから駄目だけれどね」
「過去の栄光とやらにすがって」
「過去は過去でね」
 それでというのです。
「大事なのはね」
「今ですね」
「そうだからね」 
 あくまでというのです。
「それで阪神はね」
「その失敗からね」
「よく学んでるから」
「強いんですね」
「しかしね」
 それでもという先生でした。
「今お話した通り阪神でもね」
「ミスがありますね」
「誰でもね、そしてね」
「そのミスから学ぶ」
「そしてね」 
 それでというのです。
「成長していくものだよ」
「そやから間違えることもですね」
「恐れないでね」
 そしてというのです。
「やっていこうね」
「そうします」
「モダン焼きの落語もね」
 これもというのです。
「英語で行うにしても」
「それでもですね」
「そしてね」
 そのうえでというのです。
「いい落語をね」
「英語でもですね」
「していこう」
「ほなそういうことで」
「はい、ただ」
「ただ?」
「春琴さんは完全に大阪人になってるね」
 笑顔で、でした。先生はお好み焼きを食べ乍らモダン焼きを食べている春琴さんに笑顔になってお話しました。
「言葉も考え方も」
「そうですか」
「大阪に馴染んでね」
「いや、学生時代は神戸の学校に通ってましたけど」
 春琴さんはお箸とへらを使って食べつつ応えました、その手捌きも実に大阪人のもので軽やかですらあります。
「大阪はです」
「好きなんだ」
「最初お父ちゃんお母ちゃんと一緒に行って」 
 そしてというのです。
「もうその瞬間にです」
「好きになったんだね」
「難波も梅田も好きで」
 大阪のというのです。
「都島、天王寺、上本町もです」
「好きなんだね」
「はい、西成も住吉も生野も」
 そうした場所もというのです。
「好きです、大阪の全部がです」
「好きなんだね」
「そうです、そうなりました」
 笑顔で言うのでした。
「ほんまに」
「そうなんだね」
「それで、です」
 春琴さんはさらに言いました。
「今は大阪に学生時代からの友達と暮らしながら」
「やっていってるんだね」
「はい、その娘と結婚とか」
 笑顔で言うのでした。
「してもええかなともです」
「同性婚だね」
「私そっちの趣味はないですが」
 それでもというのです。
「馬が合いますさかい」
「それでだね」
「これからもです」
 是非にというのです。
「一緒にです」
「暮らしていきたいんだね」
「そう思ってます、そやけどお互いに好きな人が出来たら」
 その時のこともです、春琴さんは言いました。
「やっぱり」
「同居も終わるっていうんだね」
「お互いそんなこともお話してます」
 そうだというのです。
「二人共結婚も考えてますし」
「それでだね」
「その時が来ても笑顔で」
 春琴さんは笑顔で言いました。
「同居終わらせて」
「そしてだね」
「友達のままでいようって」
「お話しているんだね」
「そうです、それからも時々でも会って」
 そしてというのです。
「ミックスジュースでも飲もうって」
「大阪名物のだね」
「お互い大阪を離れるつもりはないです」
 それはというのです。
「全く」
「いい街だからだね」
「私はロンドンに里帰りしても」
 その時があってもというのです。
「骨埋めるのはです」
「大阪だね」
「はい、ただ宗教は変わってないです」
「キリスト教かな」
「国教会です、まあそっちはです」 
 先生に宗教のお話もしました。
「教会に行くことはあっても」
「それでもなんだ」
「お寺や神社にも行きます」
 日本のというのです。
「この前四天王寺行ってきました」
「そっちにだね」
「やっぱええですね、お寺」
 こうも言う春琴さんでした。
「それで住吉さんでグラビア撮影なんかも」
「したんだ」
「太鼓橋の上で」
「ああ、あの橋だね」
「そうもしてます、お賽銭も入れさせてもらって」
 そうしたこともしてというのです。
「手も合わせてます」
「完全に日本人それもね」
「大阪人ですね」
「じゃあ石切神社や晴明神社も」
「行ってます、大阪城も好きです」
「通天閣もだね」
「勿論です、それで鶴橋に行ったら」
 その時はといいますと。
「ホルモンとかキムチも」
「食べるんだね」
「そうしてます、天下茶屋にも馴染みのお店ありますし」
「ああ、あそこにもなんだ」
「行きます、平野の天理教の教会にも行かせてもらったりもです」
「船場にも大きな教会あるね」
「マネージャーさんは天理教の人で」
 一緒に食べているその人を見てお話します。
「行かせてもらったり」
「宗教も大阪にだね」
「馴染んでます、それでどっちの教会にもめっちゃ凄い別嬪さんおって」
 それでというのです。
「眼福でした」
「女の人も見たんだ」
「はい、たまたま見掛けたら」
 それでというのです。
「どっちの教会にもです」
「平野の方も船場の方もだね」
「何や女優さんかいなって」
 そこまでというのです。
「思う位の別嬪さんがいまして」
「驚いたんだね」
「そうでした、しかしです」
「しかし?」
「自分でも思います」
 春琴さんはサイダーを飲みつつ言いました。
「私はもうです」
「大阪人にだね」
「なってます、そうですさかい」
「大阪で暮らしてだね」
「そしてです」
 そのうえでというのです。
「大阪でお仕事して」
「大阪で死ぬんだ」
「そうしたいです、そうですね」 
 春琴さんは笑ってこうも言いました。
「死ぬ前はたこ焼き食べて」
「それでなんだ」
「死にたいですね」
「たこ焼きだね」
「イギリスではこれもないですが」
 たこ焼きもというのです。
「そうしていきます、これまで豚まんとかアイスキャンデーもです」
「難波のだね」
「はい、あそこの自由軒のカレーとけ夫婦善哉とかきつねうどんもネタにしてきましたし」
「英語の落語のだね」
「それにしてきまして」
 それでというのです。
「今度はです」
「モダン焼きをなんだ」
「ネタにします」
「いいね、応援させてもらうよ」
 先生は春琴さんににこりと笑って応えました。
「モダン焼きはとても面白い食べものだからね」
「お好み焼きの中に焼きそばがあるとか」
「炭水化物と炭水化物でね」
「他にないですね」
「そんな食べものだからね」
「そうしたことも頭に入れまして」
 そしてというのです。
「やっていきたいです」
「期待しているね」
「おおきにです、ただ」
「ただ?」
「大阪って炭水化物おかずにしますね」
 春琴さんはこのことも言いました。
「お好み焼き定食とか焼きそば定食とか」
「うどん定食もあるね」
「ラーメンとか餃子でも」
「豚まんもするしね」
「欧州ではお米はお野菜でパスタはスープみたいなもので」
「あくまでメインじゃないね」
「おかずやないですが」
 それでもというのです。
「こっちやとちゃいますね」
「日本でも東の方ではね」
「お好み焼き定食とかないですね」
「ないよ、これがね」
「そうですね」
「大阪の食文化だよ」
「それもネタにしましたら」
 英語の落語にというのです。
「めっちゃ不思議がられました」
「ははは、日本でも関西のものでね」
「関東とかにはないんで」
「他の国の人達から見れば尚更だね」
「そういうことですね」
「うん、そうしたことも着目してネタにするとは」
 先生はお好み焼きを食べつつ言いました、今食べているのは海老玉です。他の皆もそれを食べています。
「そして面白くお話するなんて」
「センスあります?」
「そう思うよ、じゃあそちらの落語もね」
「観てくれます?」
「そうさせてもらうね」 
 先生は笑顔で応えました。
「是非ね」
「ほなそういうことで」
「観させてもらうね」
 お好み焼きに焼きそばも食べてでした。
 先生は皆と一緒に春琴さんと楽しくお話もしました、そしてです。
 先生は食べ終えて春琴さんとお別れをしてそれからお家に帰って春琴さんの大阪の食べものや食文化をネタにした英語の落語を観ました。
 そしてその落語を来日したサラにも観せますと。
 サラはかなり笑い続けてからです、先生に言いました。
「いや、どのお話もね」
「面白いね」
「笑えるわ、じんときたお話もね」
「あるね」
「この人上手ね」
「うん、日本の落語もよくてね」 
 ちゃぶ台を囲んでいるサラに言うのでした。
「こうした英語のね」
「落語もいいのね」
「そうなんだ」
「落語は私も知ってたわ」
 サラは先生に言いました。
「日本のお笑い文化の一つってね」
「そうなんだね」
「けれどその落語をイギリスから来た女の人がして」
 そしてというのです。
「英語でもするなんてね」
「面白いね」
「こんな人もいるのね」
「そうなんだ、この人今落語で注目されて」
 先生はさらにお話します。
「グラビアでもなんだ」
「奇麗な人だから」
「そうなんだ、可愛い服を着たり水着に成ったりしてね」
「その辺りイギリスと同じね」
 サラはグラビアのお話を聞いて思いました。
「むしろ日本はイギリス以上に凄いわね」
「奇麗な人可愛い人は誰でもグラビアのお仕事するね」
「そうみたいね、アスリートの人も声優さんも」
「それで春琴さんもなんだ」
「成程ね、しかし兄さんって」
 サラは今度は先生を見て言いました。
「グラビアのお仕事させてもらう位の人とお付き合いあるのね」
「お友達としてね」
「お友達なのね」
「そうだよ」
「お友達だけなのね」
 今度はジト目になって言いました。
「兄さんは」
「いや、それ以上に何かあるのかな」
「まあこの人は実際にそうね」
 サラは今度はこう言いました。
「芸能界にいたらスキャンダルは避けるでしょうし」
「スキャンダル?サラさんは真面目な人だよ」
 先生は妹さんの今のお言葉にまさかというお顔で応えました。
「そんなスキャンダルなんてね」
「だからそういうのじゃないのよ」
「そういうのじゃないって?」
「気付かないならいいわ」
 呆れて言うサラでした。
「相変わらずなんだから」
「相変わらずと言われてもね」
「わからないわよね」
「何を言ってるのかな」
「だから先生いつも言ってるでしょ」 
 ポリネシアはやれやれとなって言ってきました、皆は当然として先生と一緒にいてサラとのやり取りを見ているのです。
「それがわからないからね」
「問題なんだよ」
 チーチーも呆れ顔です。
「本当にね」
「先生らしいよ」
「全く以てね」
 チープサイドの家族もチーチーと同じ表情になっています。
「何でこうなのかしら」
「先生ときたら」
「先生、誰だってスキャンダルの可能性はあるよ」
 こう言ったのはホワイティです。
「世の中ね」
「そりゃ先生紳士だから変なことしないけれど」 
 ガブガブはそれでもと言いました。
「そういう問題じゃないから」
「どうしてスキャンダルが起こるか」
 ジップは指摘しました。
「セクハラだけじゃないね」
「そういうのゴシップだと常にあるよ」
 トートーも先生にお話します。
「イギリスってゴシップのお話すぐに話題になるけれどね」
「日本でもそうじゃない」
 ゴシップのお話が多いとです、老馬は言いました。
「ゴシップのお話多いよ」
「まあ何処でもあるけれどね」
「ゴシップはね」
 オシツオサレツは二つの頭でお話しました。
「日本もで」
「イギリスはもう文化にまでなってるけれどね」
「しかしそのイギリスに生まれたのに」
 ダブダブはある意味不思議といった感じでした。
「先生わかっていないわね」
「僕もゴシップは知っているよ」
 先生は皆にお顔を向けて答えました。
「ちゃんとね」
「いや、知っていてもね」
「それでもね」
「先生は自分はって思ってるね」
「ゴシップのお話にはならないって」
「セクハラなんて絶対にしないよ」
 先生はわかっていないままとんでもないというお顔になって言いました。
「パワハラモラハラもね」
「そうだね、先生は」
「そんなことする人じゃないわ」
「いつも温厚で公平で」
「立場とか悪用しないから」
「そんなことはしないよ」
「そうだよ、僕だって気を付けているし」
 そんなことはしない様にです。
「ましてやね」
「そう、女性問題はね」
「起こさないね」
「女性にもいつも紳士で」
「小さい子にもそうで」
「その僕にゴシップは」
「だからこの人とはなくてもよ」
 サラは今度は春琴さんの動画を観ながら言います、夏のお部屋の中で白いビキニ姿で笑顔で遊んでいる動画がスマートフォンにあります。
「他の人とね」
「誰にでもそうしたことがない様にね」
「気を付けてるのね」
「そうしているよ」
「そこは兄さんね、ただね」
「ただ?」
「兄さんこの人とお友達って言ったけれど」 
 先生をジト目で見て言うのでした。
「そこれで終わりね」
「そこで終わりっていうと」
「だからよ、恋人とかは」
「恋人?僕に?」
 素っ頓狂な声での返事でした。
「そんな人はね」
「いないわね」
「僕のもてなさは自分でも言うけれど折り紙付きだからね」
「お友達の女性は多くても」
「恋愛なんてね」
 それこそというお言葉でした。
「もう天地がひっくり返ってもだよ」
「ないのね」
「有り得ないよ」
 心から笑って言うのでした。
「お空が割れてそこから怪獣が出てもね」
「そんなの出て欲しくないわよ」
「だからそんなことが起こってもね」
 それでもというのです。
「僕にはね」
「ないのね」
「絶対にね」
 それこそというのです。
「本当にね」
「そう思うから駄目なんだよね」
「いつも思ってるけれどね」
「それで言ってるけれど」
「先生はね」
「そうなんだよね」
 皆も呆れ顔で言います。
「これがね」
「もてないって思い込んで」
「そこで思考停止してるから」
「勘違いもしないけれど」
「それ以上にだからね」
「それ以上はないから」
「困るのよね」
「ううん、何が困るのか」
 それがという先生でした。
「全く以てわからないよ」
「わからないと駄目よ」
 サラがまた言ってきました。
「そうしたこともね」
「わからないとなんだ」
「兄さん一生恋愛とか結婚に縁がないって思ってるでしょ」
「事実だよ」
 やっぱりこう言う先生でした。
「僕はね」
「もてないわね」
「もうもてないことについては」  
 それこそというのです。
「他の誰にもね」
「負けないのね」
「それこそ僕がもてたら」
「何かしら」
「魔法だよ」
 そちらのことだというのです。
「僕は魔法も否定しないけれどね」
「魔法も錬金術も学問ね」
「科学が存在して」
 世の中にはというのです。
「それもまた学問で」
「魔法も錬金術もよね」
「学問でね」
 それでというのです。
「学ぶとね」
「面白いことが沢山わかるのね」
「そうだよ、そうしたものを否定しても」
「そこで終わって」
「何も得られないよ」
「それでそうしたものの存在も否定しないで」
「学んでいるよ」 
 魔法も錬金術もというのです。
「俗にオカルトというものもね」
「妖怪の人達ともお友達だし」
「そうそう、お静さんに姫路城のお姫様達ともね」
「兄さんの公平さと温厚さのお陰ね」
「妖怪も人の心があるのならね」
「人ね」
「そうだしね、オカルトを馬鹿にしても」
 それでもというのです。
「何もならないよ」
「そうなるのね」
「それが僕の考えだよ、しかし僕がもてる様になるなら」
 サラに笑って言うのでした。
「魔法を使う位だね」
「魔女の人に頼んでかしら」
「そうなるよ」
「そして兄さんはそうしたことはしないわね」
「しないよ、魔法は素晴らしいけれど」 
 そうした学問であることは事実でもというのです。
「自分の為に使うつもりはね」
「ないわね」
「僕はね」
「じゃあ魔女の人に惚れ薬を作ってもらって使うとか」 
 サラは魔法でよくあるお話をしました。
「しないわね」
「しないよ、世の為他の人の為にね」
 まさに自分の為にというのです。
「魔法はね」
「使うべきね」
「科学も錬金術もそうで」
 そしてというのです。
「他の学問もね」
「自分の為には使わないのね」
「僕はそれで生計を立てられているから」
 学問でというのです。
「もうそれでね」
「充分なのね」
「そうだよ」
「兄さんらしい考えね、無欲で」
「こうした無欲はいいよね」
「ええ、ただね」
 それでもと返すサラでした。
「何度も言うけれどお付き合いに縁がないというのは」
「そう考えることはなんだ」
「本当に駄目でね」
「僕は誰かとお付き合いすべきなんだ」
「そうよ、皆がいてもね」 
 生きものの皆も見て言いました。
「トミーも王子もいても」
「誰かとお付き合いをして」
「交際してね」
「結婚もなんだ」
「すべきよ」
「僕には何の縁もないお話でも」
「だから縁がないと思い込むことがね」
 サラは心から言いました。
「全く以てね」
「駄目だっていうんだ」
「そうよ」
 実際にというのです。
「先生はね」
「そうなんだ」
「だからね」
 サラはさらに言いました。
「考えを変えてね」
「僕にはないからね、そんな縁は」
「落語でもあるじゃない」
「春琴さんのかな」
「日本の関西弁でもお話していて」
 そしてというのです。
「英語でもよ」
「恋沙汰の落語しているね」
「それも上手にね」 
 春琴さんの落語家の着物姿で正座して手振りも入れて英語でお話するその動画を観つつ言いました。
「してるでしょ」
「そうだね」
「イギリスでも日本でもどうしようもない人はいるわ」
「世界の何処でもね」
「人間と呼ぶのも憚れるみたいな」
 そこまで質の悪いというのです。
「人減の屑と言うしかない」
「残念なことに何処でもいるね」
「そんな手合いでも結婚してるでしょ」
「世の中そうだね」
「最低な人でもね」 
 それこそというのです。
「そんな人と比べたら先生なんて」
「どうなのかな」
「聖人君子よ」
 こう言っていいまでというのです。
「それこそね」
「そうかな」
「温厚で公平で紳士でね」
 そうした人でというのです。
「真面目だししかもお仕事もあるし」
「それでなんだ」
「そんな人達と比べたら」
 人減の屑と呼ぶしかないまでのというのです。
「もうね」
「全然違うんだ」
「違うわよ」
 それこそというのです。
「まさにね」
「聖人君子なんだ」
「腐った悪いこと、醜いことしかしない人達に比べたら」
「僕は違うんだね」
「そうよ、だからね」
 それでというのです。
「兄さんはね」
「結婚出来るんだ」
「出来るわよ」
 絶対にというのです。
「もうね」
「僕はそうは思わないけれどね」
「そう思うから駄目なのよ、失恋とか怖いの?」
「その経験すらないからね」
「怖いとかはなの」
「実感としてはね」
 どうしてもというのです。
「ないよ」
「そうなのね」
「八条学園には酷いお話もあるけれどね」
「失恋で」
「うん、人間性が変わる位に傷付いて」
 そしてというのです。
「お友達や新しい恋人さんに救われたんだけれどね」
「失恋で傷付いて」
「周りからも言われてね」
「失恋は言われると辛いわね」
「それでね、だからね」
 それでというのです。
「余計に傷付いたんだ」
「そんなお話もあるのね」
「けれど僕は自分の経験ではね」
「失恋はないのね」
「幸いね」
「そうなのね」
「けれどそれも恋愛とは無縁だからだね」
 先生は笑って言いました。
「有り難いよ」
「全く、こんなのだとね」
「駄目だっていうんだね」
「駄目過ぎるわ」
 それこそというのです。
「傍にいてくれてる筈よ」
「僕を好きな人が」
「そうよ」
 まさにというのです。
「だからね」
「そんな人いないよ」
 またしてもです、先生は笑って否定しました。
「本当にね」
「何度言ってもね」
「先生はそうなんだよね」
「こうした人なのよ」
「こと恋愛については」
「困ったことよ」 
 皆またやれやれとなりました。
「どうしたものか」
「これからも大変かな」
「このことはね」
「僕達も頑張らないと」
「何もね」
「そうね、全力でね」
 サラも皆に言いました。
「やっていきましょう」
「サラさんも頼むよ」
「先生はこんな人だから」
「こうしたお話は全く駄目で」
「どうにもならないから」
「それじゃあだよ」
「私達が頑張るしかないわね、兄さんいいわね」
 サラは先生にまた言いました。
「絶対に幸せになってもらうわ」
「今最高に幸せなのにかな」
「最高のさらに最高なよ」
「まだ上があるんだ」
「そうよ、だからね」 
 それでというのです。
「いいわね」
「僕はだね」
「今の状況で満足しないで」
 そしてというのです。
「もっと幸せになる様に兄さんもよ」
「努力することなんだ」
「ちょっと周りを見て」
 そのうえでというのです。
「諦めないことよ」
「そうした努力なんだ」
「そう、ちょっと努力したら」
 それならというのです。
「もっと幸せになれるわよ」
「そうなんだね」
「いいわね、私達も頑張るし」
「僕もそうする」
「そうしたらいいわ、きっと今以上に幸せになれるわ」
 サラは強い声で言いました、そしてまた春琴さんの落語を聞きました。今度は日本の関西弁の恋愛のネタでしたがそちらも面白いものでした。


ドリトル先生の落語   完


                  2023・5・11








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