『ドリトル先生と山椒魚』




                第十幕  奥さんが来て

 いよいよ動物園に雌のオオサンシュウウオが来る人なりました。それで雄のオオサンショウウオはお水の中でうきうきとしています。
「いい娘だっていうからね」
「楽しみなんだね、君も」
「僕にとても合っている娘っていうからね」
「それはいいね、やっぱりお付き合いするならね」
 先生はオオサンショウウオにお水の傍で言いました。
「性格がよくてね」
「相性のいい娘だね」
「そづだよ、性格が悪いとね」 
 そうした相手だと、というのです。
「どれだけ外見がよくても」
「一緒にいられないね」
「日本だとマスコミや野党の人に多いかな」
 先生は具体的な例を挙げました。
「とても少しでも一緒にいられない」
「そんな人が多いんだ」
「うん、あまりにも性格が悪くてね」
「先生みたいな人でも無理なの」
「僕は大した人でないしね」
 この場合の『みたいな』という言葉に応えて言いました。
「あまりにも性格が悪い人とはね」
「一緒にいられないんだ」
「人のことをあら探ししてあれこれ関係のない時まで言って」
 そうしてというのです。
「自分のことは言わないでしかも底意地が悪くて努力もしない」
「自分に甘く他人に厳しい?」
「徹底してね」
 そうだというのです。
「そうした人とはね」
「先生もなんだ」
「一緒にいられないよ、近寄ってこられても」
 例えそうして来られてもというのです。
「そうした人は友情とか愛情がね」
「ないんだ」
「人は利用するもとね」
 その様にというのです。
「思っているから」
「そうした人だからなんだ」
「失礼なことは言わない様にするけれど」
 この辺り先生は紳士ならではです。
「けれどね」
「それでもだね」
「お付き合いもね」
「お断りだね」
「そうするよ」
 実際にというのです。
「僕も利用されるだけで後はポイとかね」
「されると嫌だね」
「人を利用するだけの人は笑顔に出るよ」
 そこにというのです。
「やけに下卑た媚た笑顔だからね」
「そうした笑顔なんだ」
「それで来るから」
「自分から?」
「そうした笑顔で来る人とは」
「お付き合いしないことだね」
「今お話した人達はね」
 マスコミや野党の人達はというのです。
「そうした笑顔で来る人が多いだろうね」
「そしてそんな人とはだね」
「僕も一緒にいられないよ」
「結婚もだね」
「しない方がいいね」
 先生はきっぱりと言い切りました。
「不幸になるから」
「嫌な人と一緒にいたら」
「人を利用するだけの人が困ってる人を助けるかな」
「それは絶対にないね」
 オオサンショウウオも断言しました。
「むしろ真っ先にね」
「逃げるね」
「どんな生きものでもね」
「人間だけでなくね」
「そう、だからね」
 それでというのです。
「僕もお話を聞いてわかったよ」
「そんなオオサンショウウオとは」
「絶対に付き合えないよ」
「結婚出来ないね」
「性格が悪い相手とはね」
「そうだね、自分しかない相手とはね」
「一緒になれないね」
 先生のお言葉に頷きました。
「それじゃあ」
「これから来る娘はとてもいい娘だから」
「僕は幸せになれるね」
「きっとね、そしてね」
「そして?」
「末永くね」
 先生はこうも言いました。
「一緒に暮らすんだよ」
「ただ幸せになるだけでなくて」
「そうだよ、その幸せをね」
「ずっとだね」
「一緒に育んでいくんだよ」
「そうだね、幸せは長くあってこそだよね」
 オオサンショウウオは先生の言葉に頷きました。
「そうだよね」
「そう、だからね」
「僕達もだね」
「末永く幸せにね」
「そうなる様にするよ、それじゃあ先生もね」
 オオサンショオウウオはお水の中から先生を見上げて言いました。
「幸せにね」
「もう僕は最高に幸せだからね」
 先生も笑顔で応えました。
「その幸せがずっと続く様に努力していくよ」
「もっと幸せになれるよ」
「そうなるかな」
「きっとね」
 こう言うのでした。
「先生が気付いたらね」
「あれっ、君もそう言うんだ」 
 先生はオオサンショウウオの言葉におやというお顔になって応えまいsた。
「もっと幸せになるって」
「そうだよ、気付いたらね」
「今で最高に幸せなのに」
「そうだよ、だからね」
 それでというのです。
「気付くことだよ」
「僕は」
「うん、先生はもてるね」
「いや、僕程もてない人間はいないよ」
 相変わらずの返事でした。
「この世にね」
「そう言うんだ」
「君にも言うけれどこの外見で運動音痴で」
「それでなんだ」
「家事も世事も全くだからね」
 そうした人だからだというのです。
「もてないよ」
「そうかな」
「事実僕は全くもてたことがないから」
「それでなんだ」
「そうしたことはないしそれにね」
 先生はさらに言いました。
「沢山のいい人が周りにいてくれているから」
「それでなんだ」
「今もね」
 それこそというのです。
「最高に幸せだから」
「その幸せがなんだ」
「ずっと続く様にね」
「していくんだ」
「その様に努力していくよ」
「ううん、先生は無欲だね」
 ここまで聞いてです、オオサンショウウオは思いました。
「本当に」
「よく言われるよ、そうもね」
「事実そうだしね、無欲なのは美徳だけれど」
 それでもというのです。
「人に迷惑かけなくて人も勧めるならね」
「それならなんだ」
「もっと幸せにね」
 その様にというのです。
「なってもいいんじゃないかな」
「そうなのかな」
「うん、僕の幸せを願ってくれてアドバイスしてくれるなら」
「僕もなんだ」
「そうなるべきだよ」 
 今以上にというのです、そしてです。
 奥さんが来ると早速二匹は打ち解けて仲良くなりました、先生はそれを見てとても明るい笑顔で喜びました。
 ですがここで動物の皆に言われました。
「オオサンショウウオさんもそう言ってるし」
「先生、もっと幸せになろう」
「今以上にね」
「そうなろうね」
「だからね、僕は今で最高に幸せだから」
 先生のお考えは変わりません。
「だからね」
「それでだよね」
「結婚はしなくていい」
「今で充分過ぎる程幸せで」
「それなら今の幸せを願う」
「ずっと続く様に努力するんだ」
「そうするからね」
 だからだというのです。
「結婚や恋愛は元々無縁だしね」
「やっぱりそう言うんだね」
「全く先生ときたら」
「すぐにそう言うんだから」
「困るよ」
「困ると言われてもね」 
 それでもというのです。
「本当にね」
「先生はもてない」
「そうだって言うのよね」
「とても」
「そうだって」
「そうだよ、本当にね」
 こう言うのでした、そしてです。
 先生はオオサンショウウオのスタッフの人達につがいとなった場合についてどうすべきかをお話しました、その知識はスタッフの人達以上でして。
 スタッフの人達も驚いてこう言いました。
「流石先生です」
「本当に生きもののことにもお詳しいです」
「生きものとお話も出来ますし」
「素晴らしいですね」
「そう言って頂き嬉しいです、これからもお話して頂ければ」
 その時はとです、先生も言いました。
「僕もです」
「お話して頂けますか」
「そうして頂けますか」
「ではですね」
「これからもですね」
「強力させて頂きます」 
 是非にと言うのでした。
 そのお話の後で、です。
 先生はご自身の研究室に戻りましたがここで、でした。
 皆がです、また言いました。
「先生、お見合いとかは言わないよ」
「僕達もね」
「けれどね」
「それでもだよ」
「本当に結婚を考えるべきだよ」
「昔はもう結婚する年齢じゃなかったよ」
 老馬が言ってきました。
「今の先生の年齢だとね」
「けれど今だとだよ」
 トートーも先生に言います。
「先生の年齢でも充分に結婚出来るし」
「全然遅くないから」
 それでとです、ホワイティも先生に言いました。
「真剣に考えてね」
「あのね先生、世の中先生より遥かに酷い人物凄く多いんだよ」
「人間の屑と言うしかない手合いも多いのよ」
 チープサイドの家族も言うことです。
「そんな人でも結婚してるのに」
「それで色々酷いお話になってるのに」
「先生みたいないい人が結婚しないでどうするのか」
 ジップは強い声で言いました。
「本当にね」
「もてないとか言うけれど」
「先生はそこで思考停止しているんだ」
 こう言ったのはオシツオサレツでした。
「何かとね」
「そこがよくないよ」
「もてないんじゃなくてもてると思う」
 こう言ったのはガブガブでした。
「自分は凄いからって」
「そう思ったらどうかしら」
 ポリネシアは先生に提案しました。
「ほんの少しでもね」
「先生ってどうしてもそうしたことは考えないけれど」
 チーチーもわかっていることです。
「そこも努力してね」
「そもそも外見や運動神経だけで判断するとか」
 もてないとです、ダブダブも思うことでした。
「僕が見てもよくないよ」
「皆そう言うけれど僕は本当に今で満足しているし」
 論文を書いて紅茶を飲みつつです、先生は微笑んでお話するのでした。本当にこうしたことでは変わりません。
「もてないんだから」
「やれやれだよ」
「まあそうした人だってわかってるし」
「それじゃあね」
「僕達も気長にいくよ」
「腰を据えてね」
「そうするんだ、何をどうするかわからないけれど」
 先生だけはそうでした。
「頑張ってね」
「そうするからね」
「何時か先生を今以上に幸せにするから」
「楽しみにしていてね」
「きっとだよ」
「そうするね」
 こう返す先生でした、そしてです。
 一休みしてインターネットでニュースをチェックしてこう言いました。
「阪神今年も強いね」
「二位に十ゲーム差以上つけてるね」
「今年も優勝間違いなしよ」
「本当に強いね」
「嬉しいことよ」
「投打が?み合っているからね」
 それ故にです、先生は笑顔でお話しました。
「だからだね」
「そうだよね」
「投手陣は抜群の安定感だし」
「しかも打線は絶好調だし」
「ダイナマイト打線がね」
「最下位巨人の倍以上はだよ」
 それだけはというのです。
「得点を上げているからね」
「巨人は本当に打たないからね」
「打率も二割台で」
「物凄い貧打線だからね」
「そこの倍以上得点していてもよ」
「おかしくないよ」
「球界の盟主と勝手に名乗って」
 先生は巨人についても言いました。
「ずっとやりたい放題やってね」
「それでその名前に固執して」
「フリーエージェントで他のチームから選手獲って」
「そればかりしてね」
「選手の育成もしないで」
「設備も顧みないで」
「野球理論も考えてこなかったから」
 皆も巨人について言います。
「親会社がお金回せなくなったら」
「あの有様ね」
「フリーエージェントで選手獲れなくなって」
「スカウトもボロボロで」
「育成もなっていないから」
「いい人が来なくなってね」
 そうした新人や助っ人がです。
「しかも育てられなくて」
「やる気も見られないし」
「練習も酷いっていうね」
「怪我人毎年異常に多いし」
「本当になってないんだね」
「それでは弱くなって当然だよ」
 今の巨人はというのです。
「万年最下位のね」
「駄目球団になるのも」
「人気も今や最下位で」
「かつては一番人気だったっていうのに」
「巨人軍大鵬卵焼きっていう位に」
「僕は卵焼きは好きだけれど」 
 先生の好物の一つです。
「大鵬さんはその時代じゃないしね」
「お相撲自体は観るけれどね」
「時々でも」
「そうするけれどね」
「その人は知らないし」
 大鵬という力士さんはです。
「そして巨人はね」
「先生阪神ファンだしね」
「本当に強くて華があるチームの」
「そうだからね」
「巨人は見向きもしないね」
「毎年百敗しているし」
 そこまで負けていてというのです。
「勝率一割台だからね」
「ある意味凄いよね」
「史上最弱って言われ続けて」
「みっともないとか恰好悪いって言われ続けて」
「オールスターでもずっと誰も出ていないし」
「驕る平家は久しからずって言うね」 
 先生はこの諺をここで言いました。
「そうだね」
「そう言うね」
「日本の有名な諺の一つだね」
「だから思い上がらない」
「謙虚でいなさいって」
「巨人にはそれがなかったんだ」
 このチームにはというのです。
「もうずっとね」
「球界の盟主って思い込んで」
「自分達が勝たないと日本がよくならないとか言って」
「野球も巨人あってこそだって」
「勝手に思い込んでよね」
「けれど実際はどうかな」
 現実はというのです。
「巨人は最下位でもね」
「野球は存在しているしね」
「阪神が毎年日本一で」
「そうなっていてね」
「むしろ人気が出ているよ」
 阪神が強くてです。
「そして日本もだよ」
「問題があるにしても」
「それでもだね」
「よくなっていってるよね」
「少しずつでも」
「むしろずっと悪いことをしていた巨人が負ける姿を見てだよ」
 そうしてというのです。
「皆元気が出て頑張っているね」
「そうだよね」
「皆巨人が負けて嬉しいよね」
「その負ける姿を見て元気が出て」
「お仕事もお勉強も頑張って」
「遊びだって元気だしね」
 それでというのです。
「日本はむしろ元気になってるね」
「巨人が弱い方がね」
「日本はよくなっているよ」
「やっぱり巨人は弱い方がいいわ」
「その方がずっとね」
「昨日はヤクルトに完全試合で負けたけれど」
 巨人はというのです。
「三試合連続完封負けでエラーは三試合で十もあったよ」
「いいところないね」
「本当に何もかもが駄目ね」
「弱いね、巨人」
「誰でも謙虚さを忘れたらいけないね」
 先生は心から思いました。
「驕る平家じゃなくて」
「今は巨人だね」
「驕る巨人は久しからず」
「今はそうだね」
「そう言っていいね」
「全くだよ、巨人はこれからずっと最下位だよ」
 先生は断言しました。
「何しろフロントは野球を全くわかってなくて」
「もう何もしない」
「そうした状況だからね」
「経営放り投げてるも同然で」
「昔よくやった補強もしないし」
「ストーパーの助っ人の人の防御率は二十五点台だったしね」
 そうした成績だったというのです。
「バッターの人は四番でもね」
「あれだよね、打率一割九分で」
「ホームラン三本でね」
「打点今は七点」
「全然打たないわね」
「チャンスはからっきしで」
「左ピッチャーの打率は一割切るっていう」
 そうした選手だとです、先生も言います。
「ある意味凄い選手だね」
「態度も悪くて」
「発言も大概よね」
「そちらでも評判悪いし」
「酷い助っ人だね」
「そうした人しか来ない様なね」
 そうしたというのです。
「酷いチームになっているんだ」
「いい場所にはいい人が集まって」
「悪い場所には悪い人が集まる」
「花には蝶が寄る」
「そして汚物には害虫がたかるって言うしね」
「そうだよ、阪神はいいチームになったからね」
 かつての暗黒時代を乗り越えて、です。
「だからだよ」
「雰囲気も最高だし」
「明るく溌剌としていて」
「六甲おろしの歌詞そのままのね」
「蒼天駆ける日輪の如し」
「本当に明るくて爽やかなチームだよ」
「それでいて愛嬌もあってね」 
 先生は笑ってお話しました。
「よく話題の種になることも起こるね」
「所謂ネタだね」
「ネタも尽きないチームだよね」
「笑える様な」
「そんなことも多いんだよね」
「そうしたところもだよ」
 実にというのです。
「阪神は魅力なんだよね」
「昔からそうしたことには尽きなくて」
「ネタチームとか言われてみたね」
「毎年何かある」
「そうしたチームだって」
「けれどね」
 それでもというのです。
「阪神は今は明るくて笑える話題ばかりだね」
「そうそう」
「何でそうなるのってね」
「強い中にも笑いあり」
「そんな素敵なチームよ」
「けれど巨人は陰気でね」
 そうしたチームカラーになっていてというのです。
「不祥事ばかりだね」
「もうそれしかないよね」
「悪い話しかないよね」
「どんよりとして沈んで」
「物凄く暗いカラーだよ」
「ベンチはヤクザ屋さんの事務所みたいだしね」
 そこまで雰囲気が悪いというのです。
「ファンも少なくなる一方で」
「本当に悪いチームだよ」
「いいところが全くない」
「東京ドームを観てもね」
「テレビとかインターネットでも」
「そこでも一塁側の雰囲気悪いよ」
 巨人の方はというのです。
「選手同士助け合わなくて」
「チームプレーは全然で」
「ミスがあったら罵り合って」
「それで負ける度にお互いを批判し合うね」
「本当に驕るとね」
 今お話している通りにとです、先生は心から思いました。
「ああなるね」
「全くだね」
「巨人は最悪のチームよ」
「弱くて暗くて柄が悪くて」
「いいところの全くない」
「最低のチームになったね」
「僕も反面教師にしないとね」
 巨人はというのです。
「選手一人一人も」
「驕るとああなる」
「謙虚さを忘れたら」
「そして紳士としてああなってはいけない」
「そうだね」
「うん、もう巨人はよくならないよ」
 絶対にというのです。
「今も球界の盟主とか言ってるしね」
「十五年連続最下位なのにね」
「しかも勝率一割台で」
「一シーズン敗戦記録更新し続けてるのに」
「それでもね」
「まだそう言ってるからね」
「反省して」 
 自分達をというのです。
「そしてそこからやり直さないとね」
「よくならないよね」
「誰だってそうだし」
「けれど巨人は反省しないから」
「悪いままだね」
「どうして日本の知識人が駄目になったのか」
 先生はいつも思うことをお話しました。
「色々原因はあるけれど反省しないでずっといたこともね」
「そのうちの一つだね」
「北朝鮮への帰国事業に関わったり」
「あの国の拉致はないと言っても」
「そうしたことを全く反省しないで責任も取らなくて」
「同じことを繰り返したからだね」
「だからだよ」
 そうした行いだったからだというのです。
「酷くなる一方で」
「ああなったんだね」
「腐敗しきって」
「どうしようもなくなったのね」
「テロを起こしたカルト教団の教祖を最も浄土に近いと言った人がだよ」
 そうした人がというのです。
「大勢の人を殺した教祖を」
「ああ、あの人ね」
「信者さんに粗末なもの食べさせて自分は贅沢して」
「禁欲説いていてそうで」
「愛人さんも一杯いたっていう」
「そんな人をそう言った人がね」
 先生は苦いお顔で言いました。
「戦後最大の思想家って言われているんだ」
「普通にないよね」
「一般社会ならね」
「絶対に違うって言われるよ」
「そんなこと言ったら」
「僕も思うよ、僕はこの人を評価していないけれど」
 先生としてはです。
「日本の知識人の人達の多くは違ってね」
「そんな人が戦後最大の思想家なんだ」
「そう言われて持て囃されてるんだ」
「絶望的だね」
「どうしようもないね」
「本当に他の世界なら馬鹿にされる様な人でもなんだよ」
 言っていることがあまりにも酷くてです。
「日本の知識人の間ではね」
「尊敬されるんだね」
「反省してこなくて酷くなる一方だったから」
「そうなったんだ」
「そうだよ、ハンガリー動乱で逆にハンガリーをこう批判した人もいたよ」
 先生は暗いお顔で言いました。
「百姓国だってね」
「命懸けでソ連に抵抗した国にだね」
「その国の人達に」
「どうせソ連の肩を持ったんだろうけれど」
「酷い発言だね」
「こんな人が東大教授で法政大学の総長だったんだ」
 そうした立場にあったというのです。
「それで今もこの人の名前を冠した賞とかあるよ」
「それも酷いね」
「日本の知識人の世界ってそこまで酷いんだ」
「テレビも酷いけれど」
「全体が腐敗しきってるんだね」
「日露戦争でも勝って日本の政治家達は戦争をすれば儲かると錯覚したと言った国立大学の教授もいるしね」
 この人のこともお話しました。
「事実は全然違うけれどね」
「実は日本は借金だらけになったね」
「勝ったにしても」
「それで戦後まで借金返して」
「四苦八苦したけれど」
「反省しないと人間は酷くなる一方だね」
 先生は心から思いました。
「巨人と言い知識人の人達といい」
「全くだね」
「今先生が言った人達一人も反省してないよね」
「どの人も最悪と言っていいけれど」
「そうだね」
「してないだろうね、開き直るか口を拭って」
 その様にしてというのです。
「同じことを繰り返してきたからね」
「そうした人達は」
「そうしていってだね」
「進歩もしなかったんだね」
「そうだよ、人に反省を強要することは僕はしないけれど」
 それはというのです。
「そうした人も見るとね」
「人にあれこれ言う人ってね」
「人ばかり見てね」
「自分のことはおろそかになってるからね」
「お説教好きな人に大した人がいないのは」
 それは何故かといいますと。
「それは自分が偉いと思いたいからだけでね」
「人にあれこれ言ってるとね」
「言える自分偉いって思えるね」
「確かにそうだね」
「それだけでね、しかも人ばかり見てね」
 そうなってというのです。
「自分のことはおろそかになってるからだよ」
「そうだね」
「そんな人ってそうよね」
「自分は偉いとだけ思って」
「全く磨かないからね」
「大した人じゃないんだ、だから僕は人にはそう言わないけれど」
 それでもというのです。
「反省することの大事さはね」
「自覚してるね」
「自分を振り返ってあらためるべき点はあらためる」
「そのうえで努力する」
「それが大事だね」
「そうだよ、自分を振り返ることも」
 このこともというのです。
「大事だよ、それをしないとね」
「巨人や知識人の人達みたいになる」
「そういうことだね」
「要するに」
「そうだよ、何しろ学校の先生が北朝鮮の素晴らしさを自信満々に生徒さん達に言うことすらね」
 そんなこともというのです。
「日本じゃあるからね」
「あの国がどんな国かって誰でも知ってるよ」
「子供でもね」
「絶対に生まれたくない国だよ」
「何があっても」
「そうした人ですらね」
 誰でもわかっていることをわかっていない様なというのです。
「学校の先生、知識人になれるんだから」
「物凄く酷いね」
「日本は素晴らしい人が多いけれど」
「いい人もね」
「けれど知識人になると」
「全く違うんだ」
「そうなんだ、僕はそうした人達とは交流しない様にしているよ」
 先生はというのです。
「発言も行動も信用出来ないし賛同も出来ないからね」
「その方がいいね」
「そうした人達とお付き合いしてもいいことないよ」
「絶対にね」
「僕達もそう思うよ」
「だからだよ」
 そう考えるからだというのです。
「いつもお誘いを受けてもね」
「断わってるね」
「僕達もいつも一緒だから見ているけれど」
「先生はそうしているね」
「いつもね」
「やんわりと断って」
 先生はそうしていると言いました。
「近寄らない様にしているね」
「笑顔でね」
「そうしてお断りして」
「交流しない様にしているね」
「そうした人達とは」
「何故かああした人達は集まることが好きだけれど」 
 先生は首を傾げさせながら言いました。
「学問は色々なお話を聞いても一人でするね」
「そうそう」
「本を読んでフィールドーワークをして」
「そうしてやっていくけれど」
「やっていくのは一人だよね」
「常にね」
「そしてその学説は自分のもので」
 そうであってというのです。
「賛同はしてもらっても集まるものか」
「違うよね」
「そちらもね」
「やっぱりね」
「そうしたものだからね」 
 それ故にというのです。
「僕はお友達にはなってもね」
「集まってね」
「派閥に入ったり作ったりしないね」
「学問において」
「人とのお付き合い全体でそうだしね」
 学問に限らずというのです。
「僕はね」
「そうそう、先生ってそうしたことはしないよ」
「派閥作る様なこともね」
「そうしたこともしないね」
「絶対にね」
「それに意味があるか」
 派閥を作ったり入ったりということにというのです。
「僕はないと思うから、結社は必要だけれどね」
「集会とか結社とかね」
「民主政治では守られないとね」
「そうしたものも」
「イギリスでは伝統的に多いしね」
 先生は祖国のお話もしました。
「結社もね」
「遊びで作ったりね」
「魔術だのオカルトを学ぶ為にもあったり」
「ドルイドになるとか」
「他にもあるね」
「僕はそうしたものはいいと思うよ」
 こうした結社はというのです。
「面白いね、けれど本当に人の派閥はね」
「作らないしね」
「入らないね」
「それも先生だね」
「本当に」
「うん、この考えは昔からだよ」
 まさにというのです。
「守ってるよ」
「そうだね」
「じゃあこれからもだね」
「先生はそうしたものも作らないで」
「反省もしていく」
「そうして生きていくね」
「そうしていくよ」 
 実際にというのです。
「僕もね」
「そうだね」
「じゃあそうしていこう」
「これからもね」
「是非ね」
「そうして自分も磨いていくよ」
 先生はにこりと笑ってです、皆に答えました。
「心掛けてね」
「そうしていってね、しかしね」  
 チーチーは新聞を見て思いました。
「本当に阪神はいいチームだね」
「歴史もいいよね」
 ダブダブはチーチーと一緒に新聞を読みつつ応えました。
「はじまってからの」
「いい選手が多くてね」
「その時代その時代で」
 チープサイドの家族も新聞を読んでいます、そのうえでの言葉です。
「阪神愛に満ちて頑張っている」
「そんな選手がいつもいるね」
「甲子園球場もいいんだよね」
 ホワイティは球場のお話をしました。
「凄くいい球場だから」
「あの球場の前に来ただけで気持ちがよくなるわ」
 ポリネシアにしてもです。
「これから野球を楽しもうって」
「そしてあのユニフォームを見たら」 
 ジップは目を輝かせて言いました。
「もうやろうってなるね」
「六甲おろしを聴く時の嬉しさときたら」
 トートーも目を輝かせています。
「何とも言えないよ」
「七回の風船もいいわよね」
 ガブガブにしてもです。
「さあここからもっと楽しもうってなってね」
「グラウンドを観てもいいんだよね」
「あの内野が土のグラウンドもね」
 オシツオサレツも二つの頭でお話します。
「素敵だよね」
「あそこで阪神の選手の人達が活躍する姿を観ることも」
「いや、阪神はね」
 本当にと言った老馬でした。
「何もかもが最高のチームだよ」
「全てにおいて華があるね」
 先生も皆と一緒に新聞を読みつつ言いました。
「絵にもなるよ」
「勝っても負けても」
「そして何があっても」
「阪神は華があってね」
「絵になるね」
「僕は日本に来るまで野球自体疎かったよ」
 イギリスにいる間はというのです。
「本当にね」
「そうだったね」
「野球がイギリスに入ったのって最近だし」
「先生も知らなくて当然だね」
「そうだったよ、けれど日本に来て」
 王子に誘われてというのです。
「そしてね」
「そうしてだよね」
「王子に紹介されたお仕事に就いて」
「お家にも入って」
「生活をはじめて」
「テレビを点けたらね」
「阪神の試合でね」
 それがあってというのです。
「そこで阪神の魅力に触れて」
「それでだね」
「先生は阪神ファンになったね」
「そうなったね」
「野球も知ったね」
「そうなったよ、甲子園でのあの姿を観て」
 阪神タイガースの人達が活躍するそれをというのです。
「一瞬でね」
「ファンになって」
「そしてだね」
「今もだね」
「応援しているね」
「そうだよ、僕はずっと阪神を応援するよ」
 この愛すべきチームをというのです。
「何があってもね」
「勝っても負けても」
「例え何があっても」
「それでもだね」
「そうしていくよ、こんな素敵なチームないからね」
 それこそというのです。
「応援していくよ」
「僕達もだよ」
「阪神最高だよ」
「こんな素敵なチームないよ」
「世界の何処にもないね」
「そうだね、ただ日本に虎はいないね」
 ここでこのこともお話しました。
「そうだね」
「うん、いないよ」
「日本には大きなネコ科の生きものいないわ」
「虎だけでなく豹やライオンも」
「日本って猛獣少ない国だよ」
「狼とか熊位でね」
「そうだね、けれどどうして虎なのか」
 阪神はというのです。
「それは阪神創設時日本が朝鮮半島も領土にしていたからだよ」
「そういえばそうだったね」
「あの頃は日本は朝鮮半島を領土にしていたわ」
「台湾もだったけれど」
「そうだったね」
「それで当時の阪神の経営陣の人が虎をチームの象徴にしたんだ」
 こうした縁からというのです。
「実はね」
「そうだったんだ」
「阪神と言えば虎だけれど」
「もう何と言っても」
「そうした経緯があったのね」
「日本に虎はいないから」
 だからだというのです。
「そこは不思議だったね」
「うん、確かにね」
「そのことはね」
「僕もそう思っていたよ」
「私だってね」
「それがなんだ」
 実はというのです。
「こうしたはじまりだったんだ」
「成程ね」
「面白いことね」
「はじまりがそうだったね」
「中々興味深いよ」
「全く以てね」
「そうだね、それにね」
 先生はさらにお話しました。
「阪神のユニフォームも色々だね」
「歴史が長いからね」
「復刻で色々見るけれど」
「本当に多いね」
「何かとね」
「中には真っ黒のものもあるね」 
 先生は言いました。
「そうだね」
「あれいいよね」
「滅茶苦茶恰好いいよ」
「縦縞じゃなくても」
「それでもね」
「そのユニフォームを楽しむこともだよ」
 このこともというのです。
「本当にだよ」
「楽しみね」
「阪神を応援するにあたって」
「そのうちの一つね」
「そうだよ」
 まさにというのです。
「だからね」
「これからもだね」
「そうしたことも楽しんで」
「応援していくね」
「そうしていこうね」
 阪神タイガースのこともお話してでした。
 先生は日々を過ごしていきます、そのうえで学問も楽しんでいっているのは言うまでもありませんでした。








▲頂きものの部屋へ

▲SSのトップへ



▲Home          ▲戻る