『ドリトル先生と山椒魚』




                第七幕  山の川にいるので

 先生はこの日は動物の皆と一緒に大阪に来ていました、そして梅田の街を歩いてそこから地下鉄で南の方に行ってです。
 法善寺のお店に入ってそこで飲んで食べますが。
 丁度そこに織田作さんが来ました、織田作さんの方から先生に気付いてです。
 そのうえで先生のところに来て言ってきました。
「先生、今日はこっちに来てるんやな」
「あっ、どうも」
 先生も声をかけられて気付いて挨拶を返しました。
「今日は大阪を楽しみたくて」
「それでこっちでやな」
「飲んで食べてます」
「そうやねんな、こうして会ったし」
 それでと言う織田作さんでした。
「相席ええやろか」
「そうしますか」
「ほなな」
 笑顔で言ってでした。
 先生は織田作さんと相席になって動物の皆と一緒に飲んで食べます、織田作さんはお酒は飲まずにソフトドリンクを飲んでです。
 そうして海の幸を中心としたお料理を食べます、ここで先生は言いました。
「大阪は瀬戸内海に面しているので」
「昔からやで」
 織田作さんはお刺身を食べつつ笑顔で言いました。
「海の幸は豊かで」
「そうですね」
「そやから土手鍋もあるしな」
「はりはり鍋もありますね」
「他の海の幸を使った料理もや」
「美味しいですね」
「ただホッケはな」
 織田作さんは今ご自身が食べているホッケの開きを見つつ言いました、見れば今日も着流しにマントと粋な恰好です。帽子は取っています。
「私の頃はなかったわ」
「北海道のお魚ですからね」
「そや、牛肉かてな」
 こちらもというのだ。
「高うてな」
「あまり食べられませんでしたね」
「今はこうしたお店でも食べられるけど」
 それでもというのだ。
「そやけどな」
「昔はですね」
「ステーキなんか夢みたいやった」
「ご馳走でしたね」
「そやった、自由軒でもな」
 織田作さんは行きつけのこのお店のお話もしました。
「ほんまにな」
「召し上がられるのはあのカレーですね」
「そやったわ、ステーキなんてな」
 それこそというのです。
「昔はご馳走やった」
「今はこうしたお店でもあっても」
「ここは炉端で海の幸が売りやけどな」 
 それでもというのです。
「こうしたお店でもあるな」
「牛肉を使ったお料理もな」
「そうですね」
「まあ太宰君はな」
 織田作さんはここでこの人の名前を出しました。
「食べてたやろな」
「太宰治さんですね」
「彼の家はめっちゃ金持ちやからな」
「今も政治家のお家ですしね」
「もうステーキかてな」
「召し上がっていたかも知れないですね」
「そうかもな、あの頃から」
 太宰治さんはというのです。
「ほんまに」
「そうかも知れないですね」
「そこ行くと私はあれや」
 織田作さんはジュースを飲みつつ言いました。
「根っからの庶民でな」
「大阪のですね」
「そやからな」 
 だからだというのです。
「ステーキなんかや」
「あまり縁がないですか」
「そやった、彼はやっぱりちゃうわ」
 太宰さんのことをこうも言うのでした。
「家はああで顔もええ、文才もある」
「やはり違いますか」
「ええお師匠さんもおったしな」
「井伏鱒二さんですね」
 太宰さんのお師匠さんと聞いてです、先生は言いました。
「そうですね」
「そや、井伏さんは太宰君のお師匠さんでな」
「ずっと太宰さんのことを気にかけておられたとか」
「そやけどな」 
 それでもというのです。
「戦争終わってからはどうもな」
「何でも疎遠になっていたとか」
「そやった、私が東京に行った時も」
 その時もというのです。
「そこで私は死んでるけどな」
「あの時ですか」
「あの時も思ったわ」
 織田作さんはホッケの後は枝豆を食べます、そのうえでお話するのでした。
「二人はどうもな」
「疎遠ですか」
「それで死んでな」
 織田作さんが東京でというのです。
「そして大阪に戻って」
「今の様にですね」
「幽霊になったけどな」 
 それでというのです。
「二年半経って太宰君が死んだ」
「玉川上水で自殺されて」
「それで太宰君の話を聞いたら」
 織田作さんは複雑なお顔になって言います、過去を思い出してそれで考えているお顔です。そのお顔で言うのです。
「やっぱりなってな」
「思われましたか」
「太宰君の遺書の話聞いてな」
「井伏さんは悪人です、ですね」
「それ聞いてな」
 それでというのです。
「やっぱりって思ったわ」
「そうですか」
「ああ、それでな」
 織田作さんは複雑なお顔のまま言います。
「私も納得したわ、納得したけどな」
「それでもですね」
「そうしたことは書かんといて欲しかった」
「悪人です、と」
「色々あったにしてもな、ただな」
 織田作さんはジュースを飲んでまた言いました。
「疎遠でも絆はな」
「ありましたね」
「そやった」 
 そうだったというのです。
「井伏さんはずっと太宰君を想ってた」
「太宰さんが世を去ってからも」
「そやった、それであの世に行った太宰君もな」
 その彼もというのです。
「わかってくれて今はな」
「あちらの世界で、ですね」
「井伏さんもあちらに行ったし」
 そうなっているというのです。
「疎遠なんもな」
「戻ってますか」
「そうなってるで」
「それは何よりですね、実は今僕は山椒魚の論文を書いていまして」
 先生は織田作さんにこのこともお話します。
「井伏さんのこともです」
「意識してるんやな」
「はい」
 こう織田作さんに答えました。
「何かと」
「奇遇やな、私もあの作品は知ってるけど」
 それでもとです、織田作さんは食べつつ先生に言いました。
「実は山椒魚とは縁がないんや」
「オオサンショウウオとはですね」
「あれは山におるやろ」
「その川の中に」
「そやからな」
 だからだというのです。
「大阪みたいな街中におるとな」
「縁がないですね」
「川は多いで」
 大阪はというのです。
「堀とな」
「大阪はそうですね」
「前に海があって」
 先生が食べているほたてを見つつ言います。
「ほたてかてそやしな」
「これも北海道が有名でもですね」
「海は海でな」
 それでというのです。
「前は海で」
「そこから川が複雑に流れていて」
「お堀もある、道頓堀かてな」
 法善寺のすぐ傍のです。
「あそこもや」
「まさにそれですね」
「そや、もうあちこち川が流れていてなや」
「大阪はその中にある街ですね」
「そやから水の都って言われてる、私は木の都やと思てるけど」
 木もまた多いからです。
「そやけどな」
「それでもですね」
「川が多いこともな」
「事実ですね」
「そやから橋にちなんだ地名が多いし」
 川や堀にかけるそれがです。
「船場なんてな」
「地名もありますし」
「ほんま大阪は川が多い」
「というか川の中に街がある?」
 ガブガブはここでこう言いました。
「大阪って」
「もうそんな感じだね」
 ホワイティはガブガブの言葉に頷きました。
「最早ね」
「そうだよね」
「島が幾つもあって一緒になってる風よ」
 チープサイドの家族はこう言いました。
「大阪ってね」
「昔の地図なんて見たらそうだね」
「大阪城だってそうだったね」
 トートーは大阪の象徴の一つのこのお城のお話をしました。
「川を使ってお城の守りにしてたね」
「そうそう、もうね」
 ダブダブも言います。
「その川と堀で難攻不落になっていたんだよね」
「元は本願寺があって」
 ジップはこのことをお話しました。
「織田信長さんも攻めるのに苦労したんだよね」
「そこに豊臣秀吉さんがさらに堅固なお城を築いたのが大阪城」
 ポリネシアは強い声で言いました。
「当時は大坂城といったわね」
「難攻不落なのはまず川があったこそ」
「そこまで大阪の川は多いんだよね」
 オシツオサレツは二つの頭でお話しました。
「複雑に入り組んでもいて」
「まさに川の街だね」
「ヴェネツィアとはまた違った形で水の都だね」
 チーチーはイタリアのこの街の名前を出しました。
「海と川でね」
「その大阪でもだね」
 老馬は織田作さんを見て言いました。
「オオサンショウウオはいないんだね」
「まあ流れ着いたのはいたかも知れへんけど」
 織田作さんは皆に答えました。
「私は知らんわ」
「そうなんだね」
「織田作さんは」
「どうにもだね」
「オオサンショウウオは」
「そうやで、ただおることは知ってたわ」
 そのことはというのです。
「ちゃんとな」
「ハンザキとか呼ばれて」
「童話にも出て来たしね」
「それで井伏鱒二さんも書いてたし」
「それでだね」
「知ってたわ、街におってもな」
 大阪にというのです。
「知ってることは知ってたで」
「そうなんだね」
「それでだね」
「今もこうしてお話が出来るんだね」
「僕達とも」
「そやで、あと動物園にもおらんかった」 
 織田作さんはこうも言いました。
「天王寺のな」
「やはりそうですね」
 先生もそれはと答えました。
「仕方ないですね」
「ああ、昔の技術やとな」
「今もオオサンショウウオの飼育は難しいですし」
「まだわかってへんことも多いな」
「戦前の技術と今の技術では」
「今の方がずっと凄いわ」 
 織田作さんは冷奴を食べつつ笑って答えました。
「何もかもがな」
「そうですね」
「そや、戦前と百年も経ってへんのに」
「全く違いますね」
「食いもんかてな」
 食べるものもというのです。
「同じ冷奴とか焼き魚とかな」
「そうしたものでもですね」
「使ってる技術がちゃうさかい」
 それ故にというのです。
「味もな」
「全く違いますね」
「そや」
 その通りだというのです。
「素材もちゃうし」
「今の技術で栽培や養殖されたものは」
「ほんまにな」 
 それこそというのです。
「全く違ってな」
「味が違う」
「ホッケみたいに昔はなかったもんもあるし」
「美味しいですか」
「昔よりずっとな、それで動物園もな」
 こちらもというのです。
「飼育の技術がな」
「昔はですね」
「今よりずっと低くてな」
 その為にというのです。
「天王寺の動物園におる生きものもや」
「今よりですね」
「ずっと少なかった、数も種類もな」
「そうでしたね」
「そやった、特に戦争の時はな」
 織田作さんは残念そうにです、先生と皆にお話しました。
「人間の食べるもんもなかった」
「だから殺すしかなかったですね」
「上野動物園のことが有名やが」 
 東京のというのです。
「何処も同じでや」
「天王寺でもですね」
「そやったからな」
 その為にというのです。
「ああしたことがあったわ」
「そうでしたね」
「ほんま戦争は辛いな」
 織田作さんはこうも言いました。
「私は結核やったさかい」
「徴兵されず」
「軍属にもならんかったが」
 それでもというのです。
「疎開もしたし」
「そうしたことも見てこられましたね」
「そやったし検閲もきつくなってたし」
 このこともあってというのです。
「ほんまにな」
「戦争は、ですね」
「起こって欲しくないわ」
「本当にそうですね」
「先生も思うな」
「はい、平和が一番です」
 先生もこう答えます。
「何と言っても」
「そやな」
「平和であってこそです」
 まさにそうであってこそというのです。
「学問もです」
「普通に出来るか」
「小説の執筆と同じで」
「平和であってこそな」
「充分に出来ます、戦争になれば」
 若しそうなればというのです。
「まず世の中から余裕がなくなります」
「それな、娯楽がなくなってくな」
「まずは。そして学問もです」
「する余裕がなくなるわ」
「戦争に勝たねば全てを失います」
 先生は蛸のお刺身を食べつつ言いました。
「そうなるので」
「国としても必死で戦うわ」
「私の生まれた国イギリスもです」
 先生の祖国もというのです。
「ナポレオンとの戦いでも二度の世界大戦でも」
「負けたらえらいことになってたな」
「そうでした」 
 お刺身を食べて日本酒を飲んでから答えました。
「そうなっていましたので」
「全力を以て戦ったな」
「国家の総力を結集させて」 
 そのうえでというのです。
「戦わねばならず」
「そうして戦ってな」
「勝たねばならないので」
「余裕がなくなるわ」
「まずは娯楽が」
「そこに小説もあってな」
 織田作さんが書いていたそれもというのです。
「他にもな」
「色々な娯楽が消えていきますね」
「娯楽って余裕があるから生まれるものやさかいな」
 織田作さんは達観した様に言いました。
「そやからな」
「戦争で余裕がなくなれば」
「そこからや」
 娯楽からというのです。
「なくなってくわ」
「今は娯楽が非常に多いですが」
「それが次から次にな」
 まさにというのです。
「なくなってくわ」
「そうなりますね」
「今の時代で言うたら小説だけやなくてな」
 それに限らずというのです。
「漫画もゲームもテレビもな」
「全部ですね」
「インターネットとかもな」
「どんどんですね」
「なくなってくわ」
「まずはそこから」
「そして学問もやな」
「やはり制限を受けますね」
 戦争で余裕がなくなればです。
「何かと」
「そうなるな」
「そこからさらに余裕がなくなれば」
 先生は二度の世界大戦でのイギリスのことをお話しました。
「生活用品もお金ではなく」
「切符で買うな」
「今で言うポイントによってです」
「食べものも配給になって」
「自由に食べられなくなりますね」
「それすらもな」
「そうなって戦争が終わっても」 
 例えそうなってもというのです。
「苦しい生活がです」
「続くな」
「そうですね」
「イギリスは前の戦争では勝ったやろ」
 織田作さんは先生に焼き鳥、ねぎまのそれを食べつつ言いました。
「そやったやろ」
「いえいえ、勝ってもとても苦しい勝利で」 
 そしてとです、先生は織田作さんに答えました。
「勝っても苦しい状況が続いて」
「それでやったんか」
「戦争が終わって暫く経っても配給制でした」
「そやったか」
「はい、そして勝ちましたが」
 イギリスはというのです。
「その後のイギリスは」
「そや、えらい落ちたな」
「植民地はあらかた独立しまして」
「私も幽霊になってから見たけどな」
「凄かったですね」
「あのイギリスがな」
 織田作さんが生きていた頃は世界帝国だったのにです。
「欧州の一国になったな」
「ええ、そして日本の方がです」
「国力上になったな」
「そうなりました」
「こっちが負けたのにな」
 織田作さんはジュースが入ったグラスを片手に言いました。
「そうなったな」
「はい、まあ植民地がなくなったことも」
 先生はお話しました。
「時代の流れですし」
「しゃあないか」
「はい、それでもイギリスは頑張っていてです」
「欧州やと大国やな」
「それ位でいいかと。ただ僕にとっては故郷なので」
 生まれたお国だからだというのです。
「食べもの以外はいいことしか言わないですね」
「何や、食べものは別かいな」
「これだけはお世辞にも」
 先生は日本酒を飲んで、です。
 タレが利いたねぎまを食べてそうして言いました。
「よく言えないですね」
「イギリスの料理はまずいってな」
「織田作さんも聞かれていますね」
「カレーはあってもやろ」
「自由軒のものはないですね」
「それで善哉も関東煮もやな」
「ありません」
 こうしたものもというのです。
「そして他のものもです」
「そやな、それやとな」
「イギリス料理はですか」
「ええわ、もう大阪におってな」
 そうしてというのです。
「大坂を歩いて色々なところ見て楽しんで」
「こうしてですね」
「美味しいものを食べてな」 
 そうもしてというのです。
「やっていけたらええわ」
「織田作さんはそうされてですね」
「満足や、大阪におれたら」
 それでというのです。
「もうな」
「充分ですね」
「そやから今のままでずっといたいわ」
「そうなのですね」
「色々変わってくけど」
 大阪も時代の流れでというのです。
「そやけどな」
「それでもですね」
「ええものはそのまま残る街やからな」
 それ故にというのです。
「もうな」
「このままで、ですね」
「幽霊になったけど」
 それでもというのです。
「大阪で暮らしてくわ」
「そうですか」
「ああ、それで先生はやな」
「日本にいまして」
 それでとです、先生も答えます。
「そうしてです」
「そのうえでやな」
「はい、学問を楽しんで」
 大好きで生きがいでもあるそれをというのです。
「そしてです」
「美味いもん飲んで食べてやな」
「生きていきたいです」
「そういうことやな」
「はい、それで今日はです」 
 先生は織田作さんにあらためてお話しました。
「井伏さんのことを教えて頂き有り難うございます」
「いや、何でもないことや」
 織田作さんは先生の今のお言葉に気さくに笑って応えました。
「別にな」
「そうなのですか」
「あの人と太宰君のことはもう文壇ではよお知られとったっていうかな」
「常識ですか」
「大阪におっても聞く位にな」
 そこまでのというのです。
「それ位でしかも東京に行ってな」
「実感されたのですね」
「私が見ただけでな」
 それだけのものでというのです。
「それだけのもんやし」
「お話を聞いてもですか」
「感謝なんてな」
 先生に笑ってお話します。
「及ばんわ」
「そうですか」
「むしろ私の方から色々話を聞かせてもらって」
 そうしてもらってというのです、先生に。
「有り難いわ」
「そう言われますか」
「そやからな」
 それでというのです。
「むしろ私の方が言わせてもらうわ、おもろい話をしてくれてな」
「有り難うとですか」
「おおきにってな」
 先生に笑って言いました。
「そう言わせてもらうわ」
「大阪弁ですね」
「そや、この言葉もな」
「織田作さんはお好きですね」
「大阪の言葉がな」
 まさにそれがというのです。
「私はめっちゃ好きや」
「そうですか」
「ああ、これからも大阪におって」
「お言葉もですね」
「好きでいるで、私は大阪の人間や」
「これからもですね」
「ずっとな」
 先生に笑ってお話してでした。
 織田作さんは焼きそばも食べました、その様子はまさに大阪の人のものでした。 
 織田作さんと楽しい時間を過ごしてお店を後にして法善寺のその前で笑顔でまたと一時のお別れをしてでした。
 先生は帰路につきました、そこで動物の皆に言いました。
「織田作さんはああ言われたけどね」
「それでもだよね」
「いいお話聞けたよね」
「楽しい時間を過ごして」
「それが出来たね」
「そうなったよ、僕も井伏さんと太宰さんのことは知っていたよ」
 お二人の関係はです。
「師弟の関係でね」
「戦後疎遠になって」
「太宰さんは井伏さんを遺書で悪人と言って」
「井伏さんは太宰さんを気にかけていた」
「太宰さんが世を去ってからも」
「だから作品の中で太宰さんが死んだことを書いていたりもするよ」
 そうしたこともあったというのです。
「井伏さんは最後まで太宰さんをどうにかしたかったみたいだね」
「やっぱりお師匠さんだから」
「それでだね」
「心配していたんだね」
「けれど太宰さんは心中して」
 そうしてというのです。
「世を去ったからね」
「ショックだったんだね」
「太宰さんの死に」
「そうだったんだね」
「そうだよ、それでね」
 そのうえでというのです。
「色々思ったらしいね。ただね」
「ただ?」
「ただっていうと」
「太宰さんは終生何があっても敬愛し続けた人がいてね」
 この人のお話もしました。
「この世を去るまでそれは変わらなかったんだ」
「ええと、芥川さん?」
「芥川龍之介さんだった?」
「蜘蛛の糸とか書いた」
「あの人も自殺したよね」
「そう、学生時代にあの人の作品に出会って」 
 そうしてというのです。
「井伏さんの作品にもだったけれど芥川さんの作品にも心酔したんだ」
「そういえば何か似てる?」
「芥川さんと太宰さんってね」
「同じく自殺していて」
「タイプは違うけれどお二人共美形だしね」
「そうだね、僕も共通点は多いと思うよ」
 先生にしてもというのです。
「そして作品にずっとね」
「感銘を受けていて」
「読んでいて」
「敬愛し続けていたんだ」
「憧れていてね」
 芥川さんにというのです。
「芥川賞を何としても受賞しようとしたし」
「それで揉めもしたね」
「川端康成さんと」
「先生太宰さんの論文前書いたけれど」
「そうしたことお話してたね」
「そうだよ、兎角芥川さんへの憧れは強くて」
 そうしてというのです。
「絶対に悪いこと言わなかったんだ」
「井伏さんは悪人と言っても」
「芥川さんには言わなかった」
「そうだったんだ」
「最後の方に如是我聞って作品を書いたけれど」
 この作品のお話もするのでした。
「芥川さんの様にって言ってるし」
「悪人どころかだね」
「芥川さんの様にだね」
「そう言ったんだ」
「人間失格と一緒に自殺する直前に書いた作品だけれど」
 それでもというのです。
「その作品でも言っていたからね」
「凄いね」
「太宰さんって本当に芥川さんに憧れていたんだ」
「そして心から敬愛していたのね」
「そうなんだ、太宰さんにとって井伏さんはお師匠さんでも」
 それでもというのです。
「芥川さんは特別な人だったかもね」
「敬愛、尊敬かな」
「そう思っている人だったのかな」
「太宰さんは」
「そうかもね、山椒魚とは関係ないけれど」
 今書いていてお手伝いをしている生きものとはというのです。
「けれどね」
「それでもだね」
「山椒魚を書いた井伏さんと関りの深い人だから」
「覚えておくといいね」
「そうだよ、学問は一つに終らないんだ」
 ただそれだけでというのです。
「そこからどんどん枝分かれもして学べるし深く広くもね」
「学んでいく」
「そうなるんだね」
「学問は」
「だから尚更面白いんだ、そうしたものだからこれからもね」
 是非にというのです。
「学んでいきたいね」
「そうなんだね」
「先生としては」
「これからも学問をしていきたいんだ」
「そう考えているよ」
 皆で笑顔で言います、そうしてです。
 電車で神戸に戻ってお家でお風呂に入って歯を磨いて寝てです。
 翌朝です、動物の皆が言ってきました。
「先生起きて」
「とてもいい朝だよ」
「朝顔も咲いてるよ」
「へえ、どうなのかな」
 先生は皆のお話を聞いてです。
 そのうえでお布団から出てお庭の縁側に行きました、すると。
 お庭にある朝顔がです。
 見事な青や紫に咲いています、先生はそれを見て笑顔になって言いました。
「朝から素敵だね」
「そうだよね」
「朝顔っていいよね」
「日本の夏の朝にとてもマッチしていて」
「最高だよね」
「そうだね、日本の夏はね」
 何と言ってもというのです。
「朝顔だよね」
「そうだよね」
「奇麗で風情があって」
「とても素敵だよ」
「早起きすればね」
 日本の夏にというのです。
「こうしたものが見られるね」
「そうだよね」
「とても素敵だよ」
「日本の夏はね」
「朝顔だけでもいいよね」
「朝からいいものを見て」
 そうしてというのです。
「気持ちよく頑張れるよ」
「じゃあ今日もだね」
「楽しく論文を書いていくのね」
 チープサイドの家族が言ってきました。
「そうするのね」
「それも楽しく」
「先生は学問そのものを楽しみにしてるから」
「だから行うだけで楽しめるけれど」
 オシツオサレツも二つの頭で言います。
「どうせならはじめる前から楽しく」
「そう出来たら最高だね」
「じゃあ朝顔を見たことはとてもいいね」
 チーチーも先生に言います。
「そうだね」
「朝ご飯もまただけれど」
 ダブダブは実に彼らしいことを言いました。
「その前にいいものを見られたね」
「朝ご飯も楽しく食べられるわね」 
 ガブガブも明るく言います。
「これは」
「そう思うと余計にいいね」
 トートーは笑顔で言いました。
「朝顔を見て」
「まだ一日ははじまったばかりだけれど」
 ポリネシアの口調はしみじみとしたものでした。
「はじまりがいいとそれに越したことはないわ」
「全くだね」
 ジップはポリネシアの言葉に頷きました。
「寝覚めが悪いよりずっといいよ」
「さて、じゃあ今からだね」
 老馬も先生に言います。
「朝ご飯だね」
「いつも通り皆で食べよう」 
 ホワイティの口調は急かす様でした。
「楽しくね」
「うん、トミーが呼ぶまでここで本を読もうか」
 先生はその皆に言いました。
「そうしようか」
「学問だね」
「それをするんだね」
「今から」
「本当にいいものを見られたから」
 だからだというのです。
「気持ちよく学問に入ろう」
「じゃあ本読もうね」
「そうしようね」
「今からね」
「うん、是非そうしよう」
 笑顔で言ってでした。
 先生は縁側でオオサンショウウオの本を読んででした。
 そうしてトミーのお食事を待ちます、そしてトミーが朝ご飯が出来たと言ってきたので居間に皆と一緒に行くとでした。
 朝ご飯はトーストにでした。
 目玉焼きに焼いたベーコンそれに苺に牛乳でした。先生はそのメニューを見て一瞬で目を細くさせました。
「これはいいね」
「美味しそうですか」
「とてもね」 
 こうトミーに答えます。
「それは何よりです、ではです」
「今からだね」
「皆で食べましょう」
「それじゃあね」
「今日はイギリス風にしてみました」 
 その朝食にというのです。
「させてもらいました」
「そうなんだね」
「先生もお好きですし」
「大好きだよ」
 実際にとです、先生はトミーに答えました。
「こうした朝ご飯もね」
「そうですよね」
「思えば日本に来て朝ご飯もね」
 こちらもというのです。
「かなりね」
「色々な朝ご飯を召し上がられていますね」
「納豆もね」
 こちらの食べものもというのです。
「食べる様になったしね」
「そうですよね」
「噂には聞いていたけれど」
 納豆はというのです。
「凄い匂いでね」
「糸も引いていて」
「噂通り凄いものだったけれど」
「美味しいですね」
「今は普通にだよ」
 先生もトミーも他の皆もです。
「食べているね」
「そうですね」
「だからまたね」
「納豆もですね」
「出してくれるかな」
「勿論です、ではその時はですね」
「美味しくね」
 まさにというのです。
「食べさせてもらうよ」
「それでは」
「そして今は」
「イギリス風の朝ご飯をですね」
「いただくよ」
「それでは」 
 トミーも笑顔で応えてでした。
 皆で朝ご飯を食べます、先生はトーストにバターをたっぷりと塗って食べます。そうしてなのでした。
 一口食べてまた笑顔で言いました。
「パンも焼き加減もよくて」
「そうしてですか」
「バターもね」
 たっぷりと塗ったそれもというのです。
「かなりね」
「いいですね」
「日本はバターもいいね」
「乳製品全体がいいですね」
「そうだよね」
「保存技術がよくて」
 牛乳のです。
「製造技術もです」
「いいよね」
「工場生産で、です」
「均質的にいいものが作られているね」
「はい、手作りもありますし」
「あれもいいけれどね」
「その分お金がかかるので」
 だからだというのです。
「スーパーとかでは」
「あまり売られていないね」
「そうですね」
「けれどね」
 それでもというのです。
「その工場で作った様なものも」
「美味しいですからね」
「馬鹿に出来ないよ」
「全くです」
「だからね」
 それでというのです。
「今朝も美味しくね」
「食べようね」
「そうしましょう」 
 トミーも笑顔で言ってでした。
 皆で楽しく朝ご飯を食べました、そうしてから学校に行きました。








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