『ドリトル先生のダイヤモンド婚式』




                第十一幕  八十年の間に

 ダイアモンド婚式を迎えることになるご夫婦はご主人が八十歳で奥さんが七十九歳です、そのことからです。
 王子も先生のお家でしみじみとして言いました。
「一口に言って長いよね」
「全く以てそうだね」
 先生もこう答えます。
「お二人がお生まれになった時まだ戦時中でね」
「日本が一番大変な時だったね」
「イギリスもそうだったけれどね」
「本当にどうなるかわからない」
「そんなぎりぎりの状況だったよ」
「ものは配給でね」
「イギリスはそれが戦争が終わっても続いたよ」
 先生はこのこともお話しました。
「そう思うとね」
「本当に大変な時代だったね」
「お二人はその頃にね」
「お生まれになって」
「生きてきたんだよ」
「いや、空襲で街も滅茶苦茶になったわ」
 お静さんはこのことをお話しました。
「私は他の妖怪の皆と六甲の山に疎開していてね」
「無事だったんだね」
「そうなの、ただその空襲でね」
 先生にさらにお話しました。
「牛女さんが囲われてたお家から出て」
「六甲にまで行くことになったね」
「そうしたこともあったわ」
「そうだったね」
「そうなったわ、そう思うとあの空襲もね」
 大変なことだったこのこともというのです。
「一つのきっかけになったわ」
「牛女さんにとってはね」
「そうなったわ、けれど戦争前の街並みもね」 
 お静さんは懐かしむお顔でお話しました。
「それでファッションや他の文化もね」
「よかったんだね」
「ええ、先生がお会いした織田作さんの幽霊みたいに」
「着物を着て」
「マントを羽織って帽子を被ってね」
 そうしてというのです。
「靴を履いたりパラソルを持った」
「そんな人がいたね」
「大正の頃とかね」
「日本に西洋文化が入って」
「それが随分ハイカラでね」 
 そうした感じでというのです。
「よかったわ」
「そうだったね」
「それが戦争を経て」
 そうしてというのです。
「終戦直後は色々あってね」
「その時も大変だったね」
「もう食べものがなかったのよ」
 お静さんは先生にこのこともお話しました。
「お二人が物心つくかつかないかのね」
「その頃のことだったね」
「そんな時で闇市とかがあって」
「横流しもだね」
「あって進駐軍の人達も来ていて」
 そうもなっていてというのです。
「かなり独特だったわ」
「その頃もだね」
「そうだったのよ、けれどその混乱も収まって」
「日本は復興してね」
「驚く位に毎日が変わっていったわ」
 そこからはというのです。
「高度成長期って言うけれど」
「その頃に入ってね」
「お二人も結婚されてね」
 そうしてというのです。
「今に至るのよ」
「そうだね」
「昔からこの街にいてね」
 お静さんの言葉はしんみりとしたものになっていました。
「その変遷を見てきたけれど」
「随分変わっていっているね」
「特に昭和になってからね」
 その頃からというのです。
「どんどんね」
「変わっていっているんだね」
「その変わり様といったら」
 それこそというのです。
「もう驚く位よ」
「そこまでだね」
「そうよ、もう別の世界よ」
 そこまで違うというのです。
「日本も神戸もね」
「そこまで変わってきていて」
「そしてね」
「今もだね」
「どんどん変わっていっているわ」
「これ以上はないと思っても」
「どんどん変わっていってるのよ、畳だってね」
 お静さんは今お部屋に敷かれているそちらのお話もしました。
「昔と今じゃ全然違うわ」
「戦時中の畳と比べてもだね」
「全然違うわよ、お布団だってね」 
 こちらもというのです。
「昔のお布団はもっと重くて中に入ってもね」
「そうしてもだね」
「寒かったわ、まして電気毛布なんてね」
「なかったね」
「電気毛布は最高よ」 
 お静さんはにこりと笑ってお話しました。
「もう今日みたいな寒い時でもね」
「あれがあるとだね」
「あったまって寝られるわ」
「それもすぐにだね」
「あんないいものはないわよ」
「お静さん電気毛布が好きなんだね」
 王子はここでお静さんに尋ねました。
「そうなんだね」
「ええ、大好きよ」
 お静さんは王子にもにこりと笑って答えました。
「本当にね」
「そうなんだね」
「こたつと電気毛布とヒーターはね」 
 この三つはというのです。
「冬の必需品よ」
「今はそうだね」
「昔はこたつはあっても」
「今のこたつと全く違うし」
「電気のものじゃなかったしね」
「後の二つはだね」
「本当になくてね」
 それでというのです。
「はじめて見た時驚いたわ」
「こんなものがあるのかってかな」
「その通りよ、そしてそれ以上にね」
「それ以上に?」
「やっぱりテレビとね」
 それと、というのです。
「洗濯機と冷蔵庫よ」
「その三つだね」
「自動車もね、そうしたものが日本で普通になって」
「世の中は一変したんだね」
「そうなったわ、文明開化に驚いたけれど」
 明治維新の時のこのことにというのです。
「それ以上だったわ」
「電化製品が世に広まって」
「それも急によ、テレビなんてお金持ちしか持てないと思っていたら」 
 それがというのです。
「もうあっという間にね」
「沢山のお家にある様になったんだね」
「そうよ、そのこともね」
「驚いて」
「信じられなかったわ、車なんてね」 
 こちらのお話もするのでした。
「戦時中なんてね」
「殆どなかったね」
「軍隊でもそうそうはね」
「ないものだったね」
「昔の日本軍は恰好よかったけれど」
 それでもというのです。
「今の自衛隊と比べるとね」
「自動車もなくて」
「今思うと本当に不便だったわ」
 そうだったというのです。
「昔の軍隊もね」
「日本軍の強さと厳しさは僕の国でも知れ渡っていて」
 王子はお国のお話もしました。
「お手本にしているよ」
「あの様に強くあれ」
「厳しく、規律にそうであれってね」
「言われているのね」
「陸軍も海軍も空軍もね」
 三つの軍全てがというのです。
「そう言われているよ」
「そうなのね」
「けれどその日本軍でもだね」
「車は少なかったわ」
「そうなんだね」
「ええ、そうだったのよ」
 軍隊でもというのです。
「本当に違ったわ」
「何もかもが」
「本当にね」
「そうした風だったんだね」
「ええ、けれどね」
「それがだね」
「どんどん変わっていったのよ」
 そうなったというのです。
「それで別世界みたいにね」
「なったんだね」
「パソコンも物凄く小さくなって」
「どのお家にもある様になったね」
「そうなったわ」
 実際にというのです。
「今ではね」
「そしてその世の中の変わっていく中をだね」
「私も見ていて」 
 そうしてというのです。
「お二人もよ」
「その中で暮らしていったんだね」
「六十年そしてね」
「お生まれになった時から」
「そうだったのよ」
 まさにというのです。
「お二人はね」
「そう思うと尚更だね」
「そうだね」 
 オシツオサレツが思って言いました。
「幸せなダイアモンド婚式にしたいね」
「是非共ね」
「結婚式も素晴らしいものだったなら」
 老馬も言います。
「今度のダイアモンド婚式もそうしたものにしよう」
「結婚式とどっちが大事かな」 
 ダブダブはこう思いました。
「果たして」
「どっちも大事でしょ」 
 ガブガブはそのダブダブにこうお話しました。
「同じ位ね」
「そうなるかな」
 ホワイティはガブガブの言葉に首を傾げさせました。
「結婚式と同じだけ大事に」
「今お話した通り六十年って長いからね」
 トートーはそのホワイティにお話しました。
「それだけ一緒にいられたからね」
「時ぢ亜の流れも見てきてね」 
 ジップも言います。
「それだとだね」
「やっぱり大事かな」
「ダイアモンド婚式と同じだけね」 
 チープサイドの家族も考えています。
「そうなるかしらね」
「今までお話している通りね」
「だったらもう同じだけ賑やかに華やかにして」
 結婚式と、とです。チーチーは言いました。
「お二人に喜んでもらうことだね」
「結婚式も確かに賑やかに華やかにで」 
 ポリネシアはチーチーに続きました。
「それで今度のダイアモンド婚式もよね」
「そうよ、ご家族の人達がお話してね」
 お静さんは皆にもお話しました。
「お二人の親戚の人達と親しい人達の間でね」
「賑やかにだね」
「そして華やかにだね」
「お祝いしよう」
「そうなったんだね」
「実際に」
「そうなったわ、結婚式場じゃないけれど」
 それでもというのです。
「神戸の八条ホテルでね」
「ああ、あそこでなんだ」
「八条ホテルで開かれるんだ」
「ご自宅でって聞いてたけれど」
「そちらになったんだ」
「そうなの、お孫さんのお一人が八条グループの企業に勤務しておられてね」
 それでというのです。
「親戚の人達もグループの色々なサービスを受けられるから」
「それでだね」
「八条ホテルのサービスも受けられて」
「それであちらで開かれるんだ」
「そうなったのね」
「そうだよ、そしてね」
 そのうえでというのです。
「そこで開かれるから」
「僕達もだね」
「そちらに行かせてもらって」
「そうしてだね」
「士気に参加するんだね」
「そうしていいのね」
「勿論私もよ」
 お静さんもというのです。
「そうさせてもらうわよ」
「それじゃあね」
「その時を楽しみにしているよ」
「ダイアモンド婚式を」
「それでプレゼントもお渡しして」
「楽しんでもらいましょう」
「是非ね、しかし結婚式場はあっても」 
 お静さんは皆とホテルで開かれることをお話してからこうも言いました。
「ダイアモンド婚式場とかはないわね」
「金婚式とか銀婚式も」
「そうした記念の時もね」
「最近結婚式場も減ってるそうだけれど」
「そうしたものもないね」
「そうね、やっぱり少ないからね」 
 ダイアモンド婚式や金婚式はというのです。
「そこまで一緒にいられることは」
「やっぱり一緒にいて欲しいよね」
「五十年も六十年も」
「夫婦仲よくね」
「揃ってね」
「僕もそう思うよ」
 先生も言ってきました。
「夫婦は長く仲良くが一番だよ」
「全くだよ」
「本当にね」
「まさにその通りで」
「結婚したらね」
「その愛情がずっと続いて欲しいわ」
「愛情は育てていくものだしね」
 先生はこうも言いました。
「一緒にいる中で」
「それで五十年六十年と育てて」
「立派なものにしていくんだね」
「その愛情を」
「結婚まで至ったそれを」
「是非ね、そうしてね」 
 そうしてというのです。
「素晴らしい愛情を皆で祝福するんだよ」
「それがダイアモンド婚式だね」
「六十年お二人で育てた愛情をお祝いする」
「そうしたものでもあるんだね」
「そうなのね」
「そうだよ、だからね」
 それ故にというのです。
「皆でお祝いしよう」
「その通りだね、あと僕はね」 
 王子はここでにこりとして先生に言いました。
「先生の結婚式、ダイアモンド婚式もね」
「僕のかい?」
「そちらもね」  
 笑顔で言うのでした。
「お祝いしたいよ」
「ははは、僕の場合はね」
「ないっていうんだね」
「僕程恋愛に縁がない人はいないよ」
 先生はこう言うのでした。
「だからだよ」
「やっぱりそう言うね」
「生まれてからもてたことはないんだよ」 
 それこそ一度もというのです。
「だったらね」
「これからもなんだ」
「皆は色々よく言ってくれるけれど」
「それでもなんだ」
「もてることはね」
 本当にというのです。
「ないんだよ」
「だからこれからもだね」
「結婚どころかね」
「恋愛がだね」
「ないよ、ましてや政略結婚とかね」
「そうしたことはだね」
「僕みたいな一介の医師そして学者にはね」
 とてもというのです。
「学閥とも無縁だしね」
「先生そうしたものに興味ないね」
「全くね、地位や権力はすぐに消えてなくなるよ」 
 そうなるものだというのです。
「だからね」
「それでだね」
「そうしたものについてはね」
「興味がないね」
「そうだよ」
 全くと言うのでした。
「そうしたものはね」
「地位も権力も」
「簡単に失うよ、そして永遠にあるか」
「そうでもないね」
「どちらも非常に移り変わりやすいよ」
「そんなもので」
「反権力と言ってもその権力もね」
 本当にというのです。
「まさに流転する」
「そんなものだね」
「そうだからね」
「興味はないんだね」
「地位や権力は何かをする為のものでね」
「自分の思うことを実現する?」
「そうしたものでね」
 そうであってというのです。
「それだけを求めるなら」
「意味はないね」
「そしてそれ以上にね」 
 先生はさらにお話しました。
「ただ単に地位や権力に反対して」
「ああ、テロや殺人をいいと言うのならだね」
「もうその人はね」 
 それこそというのです。
「生きていてもね」
「意味はないね」
「自分がそのテロや殺人に遭ったらどう思うかな」
「当然ふざけるなって思うよね」
「誰もがそう思うよ」
「関係なくてそうなったら理不尽だからね」
「その理不尽な暴力の酷さ、被害に遭う人の痛みや苦しみや悲しみがわからないなら」
 それならというのです。
「遺族の人達のそれも含めてね」
「しかもわかろうとしないならだね」
「こんな愚かなことはないよ」
 こう言うのでした。
「本当にね」
「それは幾ら学問の知識があってもだね」
「人間として欠かしてはいけないね」
「うん、そういうものだね」
 王子も頷きました。
「そうしたことはね」
「それがないのならね」
「人の痛み、苦しみ、悲しみがわからない」
「それでわかろうともしないね」
「そして命の大事さもね」 
 このこともというのです。
「わからないんだからね」
「それじゃあだね」
「もっと言うと権力に反対するなら殺人もテロもいいなら」 
 それならというのです。
「法律もいらないね」
「そうだね」
「法律がないとどうなるか」
「無法だね」
「何の力もない人はどうなるのかな」
「暴力に苛まれるだけだね」
「だから法律は必要なんだよ」
 先生は法学者でもあります、だからこう言うのでした。
「絶対にね」
「人にとっては」
「そうしたこともわかっていないから」
「これ以上はないまでにだね」
「愚かだよ」
「生きる価値がない位の」
「勿論僕はそんな人に何もしないよ」 
 先生はです。
「そんな人でも命だからね」
「暴力は振るわないね」
「そうするよ」
「それが先生だね」
「だからね」 
 それでというのです。
「そんなことはね」
「しないね」
「うん、ただね」
「ただ?」
「その人達が更正するなら相談したいって言うなら受けさせてもらうけれど」
「そのままいってもだね」
「とても助ける気にはなれないね」
 こうお話するのでした。
「とてもね」
「大切なものが一切わかっていないからだね」
「そうだよ」
 まさにというのです。
「そうした人はね」
「助ける気になれないんだね」
「とてもね、人間はね」
「大切なものは持っていないと駄目だね」
「人の痛み、苦しみ、悲しみ、命の大事さがね」
 そうしたことがというのです。
「わかっていないとね」
「駄目だね」
「そうだよ、今お話している人もそうだし」
 それにというのです。
「ふわりの前の飼い主の人達もね」
「同じだね」
「そうした人はそのままいくとね」 
 生きていくと、というのです。
「破滅するよ」
「ふわりの前の飼い主の人達もだね」
「もう破滅に落ちていっているね」
「誰からも見捨てられてお酒に溺れて」
「そうなっているね、そしてその人を雇ったお店も潰れたからね」
「そこまで愚かな人を雇う位ならだね」
「あまりにも人を見る目がないから」
 それでというのです。
「他にもまともな人を雇っているとはね」
「思えないね」
「あからさまに態度が悪い店員のいるお店は行きたくないね」
「絶対にね」 
 王子もこう言います。
「睨んでたり失礼なこと言ったりね」
「そんな店員がいるだけでね」
 それこそというのです。
「もうね」
「お店は潰れるね」
「そのお店は絶対にその人以外にもね」
「おかしな人を雇っていたんだ」
「それで潰れたと思うよ」
「まあそうだろうね」 
 王子もそれはと頷きました。
「やっぱり」
「そうだよ、まともな人ならそんな愚かな人相手にしないから」
「雇うこともしないね」
「人の痛みや悲しみがわからなくて他の感情もわかる筈がないというか」
「わかろうともしないね」
「そんな人はすぐに誰も相手にしなくなるよ」
 先生は断言しました。
「だからね」
「それでだね」
「うん、やがてはね」
「破滅するね」
「そうなるよ、そして僕は絶対にだよ」
「そんな人にはなりたくないね」
「人間ですらなくなってると思う相手ならね」
 それならというのです。
「絶対にそうはなりたくない」
「そう思うことだね」
「そうだよ、だからね」
 それでというのです。
「こんな人にはならない」
「そう思うことが大事だね」
「それで生きていくことだよ」
「よくわかったよ」
 王子も頷きました、そうしてでした。
 そうしたお話をしてです、皆で晩ご飯を食べます。今日は寒いのでお鍋でしたがそのお肉はといいますと。
 鯨です、王子はその鯨のお肉を見て言いました。
「日本に来てね」
「鯨も食べる様になったね」
「うん、前まで捕鯨に制限をかけられていてね」
「こうして広く食べることはね」
「出来なかったね」
「そうだよ、けれどね」 
 それがというのです。
「日本はIWCを脱退して」
「それが大きいね」
「自分達の考えで捕鯨が出来る様になってね」
「それでだね」
「こうしてだよ」
「前よりも安く鯨肉が手に入る様になって」
「食べられる様になってね」
 先生は自裁に食べつつ言いました。
「それでね」
「僕達もだね」
「こうして食べられるんだよ」
「そういうことだね」
「僕は元々捕鯨賛成でね」
「日本を支持していたね」
「うん、鯨も増え過ぎると生態系を乱すしね」
 海のそれをというのです。
「それで捕鯨も文化だよ」
「日本のね」
「そうした観点からね」
「先生は捕鯨賛成だね」
「そうだよ」 
 まさにというのです。
「だからこうして食べるんだよ」
「そうしていくんだね」
「そうだよ、そして食べるとね」
 実際に食べてです、先生はお話しました。
「これがね」
「美味しいよね」
「こうしてお鍋にもしていいしね」
「そうそう、ハリハリ鍋だね」
「これも美味しいしね」 
 それにというのです。
「ベーコンやさらし鯨もお刺身も美味しいね」
「鯨っていっても色々だよね」
「色々な食べ方があるよね」
「日本だとね」
「何かとあって」
「それで楽しめるわね」
「ステーキもあるしね」 
 先生は生きものの皆にもお話しました。
「かなり楽しめるよ」
「そのこともいいよね」
「鯨って何かと食べ方があるから」
「この文化があってよかったよ」
「この食文化がね」
「そして日本人は鯨を食べるだけでなくてね」
 それで止まらずというのです。
「その全てを活用しているんだよ」
「骨とか歯までね」
「ヒゲクジラだとそのお髭までよね」 
「何もかも使って」
「無駄にしないね」
「白鯨は捕鯨の作品だね」
 先生は今度はアメリカの作家メルヴィルが書いたこの文学作品の名前を出しました、あの巨大な白い鯨が出る作品です。
「そうだね」
「そうそう、昔は色々な国が捕鯨していたよ」
「そうだったんだよね」
「鯨油を取る為にね」
「街の灯りとかに使う」
「それで白鯨の登場人物達も捕鯨をしていたんだ」 
 先生は皆にお話しました。
「そうだったんだよ」
「そうだったね」
「それは歴史にあるね」
「今捕鯨を反対している国もかつては捕鯨をしていたよ」
「そうだったんだよね」
「かつてはね」
「あの捕鯨は油を取るけれど」 
 先生は鯨のお肉だけでなくお野菜も食べています、緑のそれも美味しいです。
「けれどね」
「お肉は食べなくて」
「骨とかお髭も利用しなくて」
「他の部分はそのままだったね」
「だから残りの部分は鮫が食べていたね」
 こう言うのでした。
「白鯨でそうした場面もあったね」
「そういえばそうだったね」
「そんな場面もあったわ」
「あの小説にはね」
「鮫が船に群がっていたよ」
「それに対して日本の捕鯨は鯨の全部を使っていたからね」
 食べるだけでなくです。
「こちらの方がかなりいいよ」
「しかも日本は計画的に捕鯨してるしね」
「環境にも気を使ってるから」
「乱獲もしないし」
「問題ないね」
「そうだよ、そうしたあらゆる面から見てね」
 そうしてというのです。
「僕もいいと思うよ」
「日本の捕鯨はいい」
「先生は捕鯨賛成派だね」
「それも最初から」
「そうだよ、捕鯨はいいんだよ」
 先生は心から皆にお話しました。
「本当にね」
「そうだよね」
「じゃあ僕達も食べていいね」
「そして文化でもあるし」
「文化も楽しむことね」
「そうだよ、それとね」
 先生はさらにお話しました。
「昭和の頃はこうした鯨料理は日本ではよく食べたんだ」
「当時の日本人の貴重な蛋白源でしたね」
 トミーが応えました、彼も王子もお静さんも先生や皆と一緒に卓を囲んでいてそうしてお鍋を食べています。
「昭和の頃は」
「五十年代までね」
「そうでしたね」
「だからね」
 それでとです、先生はお話しました。
「ご夫婦もだよ」
「食べておられたんですね」
「そうなんだ」
「そうですよね」
「鯨のステーキに竜田揚げにってね」
「お刺身に」
「そしてこのハリハリ鍋もだよ」
 こちらもというのです。
「沢山の人が食べていたんだ」
「そうでしたね」
「だからね」 
 先生はまたお肉を食べて言いました。
「ご夫婦もお好きかもね」
「昭和の頃はもっと普通に食べていたんだね、鯨を」
 ここでダブダブは思いました。
「そうだったんだね」
「そうよね」
 ポリネシアも言いました。
「捕鯨反対とか誰も言ってなかったし」
「日本も色々制限せざるを得なかったしね」
 トートーはその時のことを思って言いました。
「世界的に言われていて」
「けれどそれを突っぱねたことはよかったよ」
「そうよね、ちゃんとしていて問題ない行動を取っていたら」
 チープサイドの家族も言います。
「そうだとね」
「何の問題もないよ」
「そうそう、それでね」
 ジップも言いました。
「食べたらいいんだよ」
「というか捕鯨反対って結構おかしいわよ」
 ガブガブはそうした主張のことを言いました。
「日本だけ攻撃してない?」
「あと鯨が人間の次に頭がいいから食べるなって言うけれど」
 ホワイティは首を傾げさせて言います。
「牛がそうだったらどうなのかな」
「もっと言えば極端なヴィーガンの人だけれど」 
 ポリネシアはそうした人達について思いました。
「他の人がお肉食べてたら攻撃するのはよくないわ」
「食文化も大切にしないとね」
 老馬は心から思いました。
「環境に配慮したうえでね」
「ここまで考えると日本の捕鯨はいいね」
 チーチーはこう確信しました。
「本当に」
「だから食べていいね」
「日本人は鯨をね」
 オシツオサレツは二つの頭で言いました。
「無駄なく使ってしかも環境に配慮して」
「食文化だしね」
「そうだよ、そして昭和のね」
 先生は皆にさらにお話しました。
「かなりの間だよ」
「日本では今以上に鯨を食べていて」
「それでだよね」
「ご夫婦も召し上がっていた」
「そうだね」
「ええ、ご夫婦はお二人共鯨が好きよ」
 お静さんもお話してくれました、勿論お静さんも鯨を食べています。
「よくステーキや煮っころがしにしてね」
「召し上がっていたんだね」
「そう、そしてね」
 お静さんは先生にお話しました。
「お刺身もね」
「召し上がっていたんだ」
「そうなのよ」
「そうだったんだね」
「お二人は海のものがお好きで」
「神戸は前が海だしね」
「明石の漁港は有名よね」
 こちらのお話もするのでした。
「そうだね」
「そうそう、あそこもね」
「それでなのよ」
「お二人はお魚がお好きなんだ」
「そうなの、特に蛸と鱧がお好きなのよ」
 この二つがというのです。
「それでダイアモンド婚式の時もね」
「蛸と鱧がなんだ」
「お料理に出るかもね」
「それはいいね」
「先生も好きでしょ」
「海の幸は全部だよ」
 これが先生の返答でした。
「もうね」
「そうなのね」
「こうしたお鍋も好きだしね」
「お刺身もよね」
「煮ても焼いてもでね」
「唐揚げもよね」
「好きだよ、西洋風にムニエルやアクアパッツァにしてもね」 
 こちらもというのです。
「好きだしパスタに入れてもね」
「好きなの」
「あと中華の海鮮ものもだよ」
「本当に何でも好きなのね」
「イギリスではこんなに食べられなかったのが」 
 それがというのです。
「日本では本当にね」
「ふんだんに食べられてなのね」
「嬉しい限りだよ」
「イギリスの魚介類のお料理っていうと」 
 王子が少し苦笑いで言ってきました。
「鰻のゼリーに鰊のパイにね」
「ロブスターをただ焼いただけとかね」
「そんなのだよね」
「兎角食文化は色々言われる国だけれど」
「特にだよね」
「海のものはね」 
 どうしてもというのです。
「烏賊は食べられることを知らなかった位だから」
「勿論蛸もだね」
「たこ焼きなんてね」
 それこそというのです。
「想像もしないよ」
「そうしたものだね」
「だからイギリス人が大阪に行ったら」 
 先生も大好きなこの街にというのです。
「たこ焼きにね」
「驚くよね」
「こんなに美味しいのかってね」
「そうだよね」
「蛸もそうでね」
 そうしてというのです。
「たこ焼きだってね」
「本当にそうだね」
「いか焼きもあるしね」
「姿焼きと生地を使ったね」
「両方いいしね」
「そうそう」
 王子も笑顔で頷きます。
「お好み焼きにも使うしね、烏賊は」
「いか玉だね」
「あちらもいいよね」
「僕もそう思うよ」
「僕もだよ、そしてその海の幸もご夫婦はね」
「お好きなんだね、嬉しいね」 
 先生はにこりとして言いました。
「海の幸がお好きなんてね」
「全く以てね」
「そうそう、お二人はお寿司がね」
 お静さんがまたお話してくれました。
「特になのよ」
「お好きなんだ」
「それで蛸の握りもなのよ」
「そうなんだね」
「ええ、ちなみに鱧は天麩羅とね」
 それにというのです。
「お吸いものよ」
「鱧のあれも美味しいね」
「そうだよね」
「当然イギリスでは鱧も食べないよ」
「名前知ってる人も少ないとか?」
「うん、日本でも関東では食べないね」 
 先生はそちらのお話もしました。
「そうみたいだね」
「どうもね、美味しいのにね」
「あっちでは獲れないみたいでね」
「そうらしいわね」
「それでイギリスもだよ」
「鱧は食べないのね」
「そうなんだ、僕も日本に来てはじめて食べたよ」
 先生もというのです。
「これがね」
「そうだったのね」
「鰻はイギリスでも食べていたよ」
「同じく細長いお魚ね」
「けれど穴子は食べたことがなくて鱧もね」 
 こちらもというのです。
「食べたことがなかったよ」
「そうだったのね」
「そして食べてみてね」
「美味しかったのね」
「穴子もそうでね」
 そしてというのです。
「鱧もだよ」
「美味しかったという訳ね」
「凄くね、あの小骨の多さも」
 鱧のそれもというのです。
「最初は驚いたけれどね」
「あれがまたいいでしょ」
「まさに鱧と思ってね」
 それでというのです。
「今はいいと感じているよ」
「本当に美味しいお魚よね」
「あちらもね、そしてこの鯨も」
 言いつつまた鯨のお肉を食べます。
「凄くね」
「美味しいわよね」
「食べていて幸せな気持ちになれるよ」
「私もそうよ、それじゃあね」
「最後まで食べよう」
「そうしようね」
「一緒にね」
 笑顔での返答でした。
「そうしましょう」
「それじゃあね」
「そしてダイアモンド婚式の時はね」
「プレゼントをしようね」
「そうしましょう」
 こうしたお話もしてでした。
 先生達は今はハリハリ鍋を楽しみました、そのお鍋から先生達は確かな美味しさを感じて心から喜びました。








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