『ドリトル先生と伊予のカワウソ』




               第八幕  先生の秘策

 長老さんのお屋敷は見事な和風のものでした、その木造のお屋敷を見てダブダブが驚いてこう言いました。
「いや、このお屋敷もね」
「凄いよね」
「とてもね」
「うん、凄いよ」
 こうオシツオサレツの二つの口での言葉にも答えるのでした。
「広さはカワウソさん達のものよりずっと小さいけれど」
「趣がね」
「いいよね」
「日本のお屋敷ってね」
 どうかとも言うのでした。
「独特のものがあって」
「それがまたね」
「味があってね」
「先生のお家もね」
 今彼等が先生と一緒に住んでいるそのお家もだというのです。
「落ち着いた雰囲気でね」
「お庭も整っていて」
「綺麗でね」
「そう、けれどこのお屋敷はね」
 長老さんのそのお屋敷は、というのです。
「僕達の今のお家よりもね」
「大きくてね」
「趣があるね」
「本当にお屋敷だね」
 そう言って差支えのないものだというのです。
「ここも」
「うん、このお屋敷もね」
「いいよね」
「このお屋敷はです」
 加藤さんは先生にお話しました。
「街でも滅んどの人が誰がいるのか知らないのです」
「長老さんが住んでおられることよ」
「はい、旧家とだけです」
 そう思われているというのです。
「私も先日教えてもらいまして」
「そうだったのですか」
「そうです、とりあえずです」
「今からですね」
「お屋敷の中に入りましょう」
「そうしてですね」
「長老さんに昨日のことをお話しましょう」
 こう言ってでした、そのうえで。
 先生達はまずはお屋敷の門の前に来ました、すると。
 その中からでした、一人の小坊主みたいな人が出て来てです。そのうえで先生達に陽気に言ってきました。
「あっ、どなたかって思ったら」
「うん、僕達だよ」
「お邪魔しに来たよ」
「長老さんにだよね」
 小坊主さんは動物達に応えました。
「そうだよね」
「そうだよ、昨日カワウソさんのところに行ってね」
「お話してきたんだ」
「何もなかった?」
 小坊主さんは動物達の言葉を聞いて皆を心配する様に尋ねてきました。
「あの人達怖くなかった?」
「いや、全然ね」
「そうしたことはないよ」
「皆いい人達だったよ」
「本当に?」
 小坊主さんは動物の皆の言葉に驚いたお顔で言葉を返しました。
「あの人達が」
「うん、僕達嘘は言わないから」
「本当にそうだよ」
「嫌味なところもなくてね」
「紳士だったよ」
「そうなのかな、カワウソさん達のことは知っているけれど」
 この人達のことは、というのです。
「四国から姿が見えなくなるまで仲良くしていたからねえ」
「同じカワウソさんじゃない」
「そうだよね」
「特に変わらないと思うけれど」
「一緒だよね」
「いや、あの人達はイギリスから来ているからね」
 だからだとです、小坊主さんは言うのでした。
「違うじゃない、そこは」
「いやいや、一緒だよ」
「全く変わらないよ」
「同じカワウソさん達だよ」
「本当にね」
「そうなのかな、けれど長老さんにお話があるのなら」
 それならとです、小坊主さんは応えてです。
 先生達にもお顔を向けてこう言いました。
「あの、では先生」
「はい、それでは」
「長老さんのところにご案内します」
「宜しくね」
 こう応えてでした、先生達は小坊主さんにお屋敷の中に入れてもらいました。見れば立派なお屋敷まで結構な距離のお庭があります。
 お庭にはお池があって緑も豊かです、そして四季の花々もあります。そのもの静かですが上品なお庭を見てです。
 先生は加藤さんにこう言いました。
「やはり日本のお庭はいいですね」
「先生もお気に召された様ですね」
「自然をそのままお庭にした」
「それが日本の庭園です」
「素晴らしいです」
 にこにことしてです、先生は答えました。
「イギリスのお庭とまた違ったよさがあります」
「イギリス、いえ欧州のお庭は左右対称ですね」
「そうです、中国もそうですが」
「それは大陸の文化でしょうか」
「そう思います、しかし日本のお庭は左右対称かといいますと」
「こだわらないです」
「自然を重視されていますね」
 その自然をありのままお庭にすることを、というのです。
「切り揃えても」
「そうです、このお庭も」
「自然をそのままお庭にして」
「お気に召されましたね」
「目に優しいですね」
 先生はこうも言いました。
「とても」
「緑が多くて」
「お池もあって、それにしてもこのお庭は」
 小坊主さんに案内してもらいつつ言う先生でした。
「お見事です」
「僕達が毎日手入れしているんです」
 ここで小坊主さんが先生に言ってきました。
「庭師の人もいて」
「その庭師の人も狸なのかな」
「はい、そうです」
 その通りだというのです。
「僕もお手伝いしていますが」
「そうなんだね」
「そうです、それでは」
 ここで、でした。遂にです。 
 先生ご一行はお屋敷の前に来ました、そうして小坊主さんが扉を開けてです。
 中に入ります、すると加藤さんが唸って言いました。
「全て檜とは」
「はい、このお屋敷は全てです」
「檜造りとは」
「長老さんが檜がお好きでして」
 それで、というのです。
「お屋敷も全てなんです」
「檜で出来ていて」
「そうなんです、凄いですよね」
「全く以て」
 また唸る様に言う加藤さんでした。玄関から見える廊下はとても長くてです、そしてそのうえでなのでした。
 廊下の左右のお部屋の襖も見事です、数多くあるその襖のどれも見事な絵が描かれています。そしてです。
 その全てを見てです、加藤さんはまた言いました。
「絵も。これは」
「日本の昔の絵ですね」
 先生が応えました。
「これは」
「そうです、本当に」
「日本画といいましたね」
「狩野派を思わせますね」
「あの安土時代の狩野永徳からはじまる」
「そうした感じですね」
「僕は絵のことはよくわからないですけれど」
 それでもとです、小坊主さんが言ってきました。
「その頃で最も有名な絵師の人が描いてくれたそうです」
「そうなんだね」
「はい、それでは」
 こうお話してでした、そして。 
 先生達はお屋敷に上がってそうしてなのでした、廊下を進んでいきました。小坊主さんに案内してもらって。
 お屋敷の一番奥のお部屋の前に来ました、そのお部屋の襖は。
 多くの狸達が描かれています、先生はその狸達も見て言いました。
「この愛媛の狸さん達ですね」
「はい、そうなんです」
 小坊主さんがまた答えてくれました。
「僕達皆をそれぞれ描いてくれたんです」
「そうなんだね」
「僕もいますから、それでは」
「今から」
「長老さん、いいですか?」
 小坊主さんは襖の向こう側に尋ねました。
「先生と皆さんをお連れしました」
「うむ、よいぞ」
 襖の向こうから長老さんのあの声が聞こえてきました。
「何時でもな」
「わかりました、それじゃあ」
 小坊主さんは長老さんの言葉に応えてでした、そのうえで。
 その麩を開けて先生達を案内しました、そのお部屋は。
 茶室でした、緑の畳に木の色の壁にです、掛け軸や壺が置かれていて真ん中には茶を淹れる場所もあります。
 そしてそのお茶を淹れる場所のすぐ傍にです、長老さんが座布団の上に座っていました。そのうえで先生に言ってきました。
「ようこそ」
「はい、お邪魔します」
「ささ、では座られよ」
 長老さんは先生達に笑顔で言ってきました。
「そしてお茶を飲みながら話そうぞ」
「それでは」
「さて、ではじゃ」
 長老さんは先生達がお部屋に入って座ってからです、案内してくれた小坊主さんにお顔を向けて言いました。
「ご苦労じゃった、控えの部屋に饅頭があるぞ」
「はい、じゃあ」
「うむ、それを食するがいい」
「御言葉に甘えまして」
 小坊主さんは笑顔で応えてでした、そのうえで。
 お部屋から笑顔で去りました、長老さんは全てを見届けてから先生に笑顔で言いました。
「それでお話があるとのことじゃが」
「はい、昨日カワウソさんのところに行ってきました」
「何もなかったか」
 長老さんは先生達を気遣うお顔で安否を尋ねました。
「あの人達から何もされなかったか」
「はい、全く」
「ならよいが」
「いい方々でした」
 先生は長老さんにありのまま答えました。
「とても」
「ううむ、左様か」
「はい、それでなのですが」
 先生は長老さんが淹れたお茶を飲みつつ言いました。
「私がカワウソさん達に提案したことですが」
「何ですかな、その提案は」
「カワウソさん達と狸さん達がそれぞれお話をしてはどうかと」
「我等がか」
「はい、そしてお互いを知ればと」
「ふむ、それが先生のお考えか」
「そうです」
 その通りだというのです。
「如何でしょうか」
「ううむ、そうじゃな」
 先生の提案を聞いてでした、長老さんはといいますと。
 考えるお顔になりました、そうして。
 真剣にです、こう言いました。
「悪い考えではないな」
「そう思われますか」
「うむ、どういった相手かわからぬが」
「まだあの人達とお会いしたことはですね」
「実はないしのう」
「それではです」
 それ故に、というのです。先生は。
「是非共」
「お互いに会って話してじゃな」
「知り合い親睦を深めるべきです」
「そうじゃな、話をすればお互いにわかるな」
「それにです」
 先生は長老さんにさらにお話します。
「カワウソさん達は皆いい人達ですから」
「会っても喧嘩にならぬか」
「はい、そうです」
 だからだというのです。
「ですから」
「わかった、ではじゃ」
 長老さんは今はお茶を飲んでいません、それをせずに真面目なお顔でこう言いました。
「カワウソさん達と会おう」
「そうして頂きますか」
「会わねばならぬ、それにじゃ」
「それにですね」
「先生がそう言われるのなら問題はあるまい」
 微笑んで、です。先生に言いました。
「ではな」
「それでは」
「うむ、問題は場所じゃな」
 何処でお会いするかというのです。
「何処で会うべきかのう」
「それでしたら」
 すぐにです、加藤さんが長老さんに提案してきました。
「温泉に入り」
「そこでか」
「はい、お話をされては」
「それはよいのう」
「我々がそうした様に」
「悪くないな」
「その前にです」  
 温泉に入るその前に、とも言う加藤さんでした。
「パーティーをしてです」
「そうしてじゃな」
「はい、そこでお互いにお話をされてはどうでしょうか」
「ふむ。では馳走の用意をするか」 
 長老さんは加藤さんのお話を聞いて述べました。
「それに酒もな」
「いえ、それだけではなく」
 ここで先生が言ってきました。
「日本のご馳走にです」
「イギリスのか」
「そう思うのですが、ただ」
「ただとは」
「日本の方はイギリスのお料理については」
「よくないですね」
 加藤さんがです、先生に困った様な笑顔で言ってきました。
「先生には申し訳ありませんが」
「そうですね、どうにも」
「はい、これといって」
「よくまずいと言われます」
 イギリスのお料理は、というのです。先生は苦笑いでご自身からも言いました。
「残念ですが」
「じゃああれしかないね」
「そうだね、もうあれしかね」
 ここで動物達が言いました。
「ティーセットだね」
「あれしかないね」
「あとは朝御飯」
「あれだね」
「それ位だね」
 先生も言いました。
「イギリスというと」
「他にはないからね、イギリスって」
「食べものでも惨敗だよ」
「うん、日本はその点でも凄いよ」
「お料理は段違いだよ」
 そこまでいいというのです、とにかくです。
 イギリスのお料理を出すとなるとです、これは。
「ティーセットと朝食だね」
「うん、その二つだよ」
「これでいこう」
 こうお話してでした、とりあえずです。
 先生は長老さんにです、あらためて言いました。
「では道後温泉で」
「うむ、我等は日本の馳走の用意をしてな」
「場所はここがいいですね、温泉には入っても」
 ここでふとです、先生はお考えを変えて言いました。
「パーティーは」
「?どうしてじゃ?」
「はい、道後温泉は日本なので」
「わし等はイギリスのことも知るべきか」
「はい、そう思いまして」
 それでというのです。
「カワウソさん達のお屋敷にもです」
「行くべきか」
「そこでもです」
「お互いのことを知るべきか」
「これでどうでしょうか」
「ふむ、ではな」
 ここまで聞いてでした、長老さんはまた先生に決断を伝えました。
「それでいこう」
「はい、それでは」
「仲立ちは先生達にお任せする」
「それではあちらにまた」
「うむ、赴かれてじゃな」
「お話をしますので」
「お任せしようぞ、さて」
 ここまでお話してでした、長老さんは。
 ご自身のお茶を飲みながらです、こう言いました。
「お話が終わったところでじゃ」
「はい、お茶ですね」
「いやいや、お茶の後でじゃ」
 それからのこともお話するのでした。
「丁渡昼じゃ、だからのう」
「それでなのですか」
「昼食を用意しておいた」
 既にというのです。
「遠慮せず食べていって下され」
「何か悪いですね」
「いやいや、先生には今回お世話になっておる」
 だからだとです、長老さんは笑ってお話するのでした。
「だからこれ位はのう」
「左様ですか」
「それではじゃ」
 あらためて言う長老さんでした。
「お昼を召し上がって下さい」
「それでは」
 こうしてでした、先生は長老さんにお昼をご馳走になることになりました。そうして長老さんから頂いたものは。
 お蕎麦でした、今回のお蕎麦は天ぷらそばではなく。
 たぬきそばでした、長老さんはそのお蕎麦を前にして先生に言いました。
「我等は狸、じゃからな」
「たぬきそばですか」
「天ぷらそばもよいが」
 それでもというのです。
「やはり蕎麦はこれじゃ」
「たぬきそばですか」
「狐さん達がきつねうどんを好きなのと同じじゃ」
 それも全く、というのです。
「わし等はな」
「たぬきそばなのですね」
「うむ」
 まさにとです、長老さんはにこにことして先生に答えました。
「時々食わねば気が済まぬ」
「そこまでお好きなのですね」
「では先生もな」
 長老さんはたぬきそばを前ににこにことしながら先生にお話します。お屋敷の中でもとりわけ広いお部屋に長老さんと先生達がいます、他の狸さん達もです。 
 座布団の上に座ってです、お膳の上に置かれているたぬきそばを見て言っています。
「遠慮せず召し上がって下され」
「何杯も食べていいの?」
「たぬきそばも」
「うむ、遠慮せずにな」
 長老さんは動物の皆にも答えました。
「食するのじゃ」
「それじゃあね」
「何かこのお蕎麦も凄く美味しそうだね」
「普通のお蕎麦じゃない?」
「香りが違うね」
「手打ちでな」 
 それで、というのです。
「しかも打ってくれた狸はわし等の中で一番の蕎麦職人じゃ」
「だからなんだ」
「このお蕎麦も美味しいんだ」
「それも凄く」
「そうじゃ、その美味さに驚くぞ」
 そこまで美味だというのです。
「ではな」
「では」
 先生が応えてでした、そうして。
 皆と一緒にお蕎麦を食べました、実際に食べてみてです。
 先生は満面の笑顔になりました。一口啜ってから長老さんに答えました。
「いや、これは」
「美味いな」
「はい、とても」
「そう言って頂いて何よりじゃ」
 長老さんも笑顔で述べます、そのたぬきそばを食べながら。
「では楽しまれよ」
「このお蕎麦を食べて」
「たぬきそばは最高じゃ」 
 狸さんならではの言葉でした。
「やはりこれを食わなくてはな」
「そうですよね、やっぱり」
「時々でも」
「お蕎麦はたぬきですよ」
 他の狸さん達も言うのでした、長老さんに応えて。
「他のお蕎麦もいいですけれど」
「まずはたぬきですよね」
「僕達はそうですよね」
「うどんは正直どれでもよい」
 長老さんはおうどんにはこだわりを見せませんでした。
「きつねでも何でもな」
「そうそう、どのうどんでもね」
「いいんですよね」
「しかし蕎麦はじゃ」
 これは、というのです。
「やはりな」
「たぬきですね」
「これですね」
「そうじゃ、では今日はな」
 このお昼は、というのです。
「腹一杯食おうぞ」
「お蕎麦は一杯ありますしね」
「それでは」
「先生も他のお客人も遠慮せずにな」
 皆もというのです。
「何杯でも召し上がって下さい」
「はい、それでは」
「お言葉に甘えまして」
 先生と加藤さんが応えてでした、そうしてです。
 皆そのたぬきそばを堪能しました、一杯食べて。
 そしてさらに食べるのでした、次々におかわりをしてです。先生も気付けば三杯食べていました。ですが。
 それだけでなくです、先生は長老さんに尋ねました。
「もう一杯宜しいでしょうか」
「勿論ですじゃ」
 長老さんもこう応えてでした。
 先生にたぬきそばをもう一杯食べてもらうのでした。こうして先生は天ぷらそばだけでなくたぬきそばも楽しみました。
 その後で今度はカワウソさん達のお屋敷に向かいます、ですが。
 その道中のバスの中で、です。先生は加藤さんに尋ねました。
「あの、たぬきそばですが」
「ご馳走になったあのお蕎麦ですか」
「はい、揚げが入っていましたね」
 薄揚げが、です。
「あれがたぬきそばですね」
「そうです、西ではそうです」
「西日本ではですね」
「そうです、あれがたぬきそばです」
 油揚げを入れたそれが、というのです。
「うどんに入れますと」
「きつねうどんですね」
「それがきつねうどんとたぬきそばです」
「つまり揚げが入ったおうどんがきつねうどんで」
「揚げが入ったお蕎麦がたぬきそばです」
「そうなのですね」
「はい、ただそれは西のお話でして」
 西日本の、というのです。
「東ではまた違います」
「そうなのですか」
「西ではたぬきうどんはありません」
 加藤さんはこの前提からお話しました。
「何故なら揚げで決まるからです」
「今お話された通りですね」
「はい、そうです」
 まさにというのです。
「ですが関東、東ではです」
「どうなのでしょうか、あちらのたぬきそばは」
「天かすです」
 加藤さんはこれをお話に出しました。
「天かすを入れて、です」
「そうしてですか」
「はい、それをたぬきそばと言い」
 天かすを入れたお蕎麦がたぬきそばというというのです、東の方では。
「天かすを入れたおうどんもたぬきうどんといいます」
「関東ではたぬきうどんもあるのですね」
「そうなのです、あちらでは」
「そうですか、僕は神戸にいますので」
 言うまでもなく西の方です、だからだというのです。
「そのことは知りませんでした」
「関西では普通に立ち食い蕎麦屋さんに天かすが置いていますね」
「はい」
 このことは先生も知っています、神戸でも大阪でも立ち食い蕎麦屋に入ったことがあるからです。
「立ち食い蕎麦も好きですが」
「そこで御覧になられましたね」
「それで、です」
 知ったのです、先生も。
「天かすが置いてあってそれを入れますと」
「おうどんもお蕎麦も美味しくなりますね」
「かなり、僕も好きです」
「天かすは関西では非常によく使います」
「お好み焼き屋さんやたこ焼き屋さんで」
「ああいった粉ものには欠かせません」
 それが天かすです。
「焼きそばにも入れます」
「入れると味が違いますね」
「格段に上がるので」
「だから皆天かすを使うのですね」
「そうです、たかが天かすですが」
 それでもというのです。
「されど天かすです」
「大きなものですね」
「極めて、そういった食べものの名脇役です」
 それこそが天かすだというのです。
「美味なるものです、それて立ち食い蕎麦屋にも置いてあります」
「関西では天かすを入れることは普通だからですね」
「それを入れてもたぬきとは呼びません」
「だから揚げなのですね」
「そうです、しかし京都はまた違いまして」
「あの街ではですか」
 先生は既に見んなと一緒にその京都に行っています、狐さん達との思い出は先生達にとって非常に懐かしいものです。
「どんな風になっているのでしょうか」
「まず油揚げを刻みまして」
 それから、というのです。
「そしておうどんかお蕎麦の上に乗せて」
「それでたぬきでしょうか」
「いえ、そこからあんをかけます」
「それを、というのです」
「あんかけなのです」
「揚げを刻んで乗せて」
「おうどんやお蕎麦にです」
 それが京都のきつねうどん、たぬきそばだというのです。
「西でたぬきうどんがあるのは京都だけです」
「ううむ、それぞれの地域で違うのですね」
「そうです、松山は西なので」
「あれがたぬきそばですね」
 揚げを入れたそれが、というのです。
「そうなのですね」
「そうです、美味しかったですね」
「とても」
 先生も美味しいと感じました、それで加藤さんにも笑顔で答えたのです。
「お蕎麦も好きですが」
「たぬきそばもですね」
「美味しかったです」
 こう答えるのでした。
「満足しました」
「何杯も召し上がられましたし」
「いや、ついついそうしました」
「左様ですか、実は私も」
 彼もだというのです。
「かなり頂きました」
「長老さんは気前のいい方ですね」
「伊達に愛媛の狸さん達の棟梁ではありませんね」
「はい、そうですね」
「二百匹以上の狸さん達の棟梁です」
 それがあの仁左衛門さんです。
「流石にかなりの度量です」
「はい。ただ」
「ただ?」
「日本ではああして狸さんや狐さんも普通に人間世界にいるのですね」
「そこはイギリスと同じでは」
「はい、妖精もまた」 
 イギリスにいるこの人達もです。
「僕達と共にいます」
「そうですね、それでは」
「その辺りは日本とイギリスは似ているでしょうか」
「妖怪変化が人間達と共にいることが」
「ただ日本のああした人達はイギリスの妖精さん達よりも人間的ですが」
 より人間の考えや行動に近いというのです、イギリスの妖精さん達よりも。
「この辺りは文化の違いですね」
「確かに。日本では八百万の神といって」
「森羅万象に神がいますね」
「そうした考えなので」
「妖怪変化もですね」
「あちこちにいまして」
 そして、というのです。
「私達と共にいるのです」
「狸さん達と同じく」
「あの人達が何も言わないとわからないです」 
「普通に人間世界の中で暮らせるのですね」
「はい、そうです」
 まさにというのです。
「長老さん達の様に」
「面白いことですね」
「そうですね、ただ中には怖い妖怪もいますので」
「鬼や土蜘蛛でしょうか」
「はい、他にもいますが」
 そうした怖い妖怪は、というのです。
「欧州の妖怪よりもずっと大人しいですね」
「悪魔よりもですね」
「そう思います、欧州の妖怪は物凄いですから」
「狼男等ですね」
「あれは日本で言う狼憑きですね」
「その通りです」
 まさにとです、先生は狼男について加藤さんに答えました。
「狼男になる理由は様々ですが」
「狼に憑かれて」
「ああなると言われています」
「吸血鬼とも縁があるとか」
 狼男は、というのです。
「そうも聞いていますが」
「吸血鬼、ドラキュラ伯爵もですが」
「ああ、狼に変身したりもしますね」
 このことは映画にもあります、吸血鬼は霧や蝙蝠だけでなく狼にもその姿を変えることが出来るのです。
「そういえば」
「そうです、狼男は吸血鬼の眷属ともされています」
「左様ですね」
「フランスには恐ろしい話が実際にありましたし」
「ジェヴォダンの野獣ですか」
「ご存知でしたか」
「何でも多くの人を襲い殺したとか」 
 こう言うのでした、ここで。
「そう聞いています」
「あの野獣は特別でして」
「特別ですか」
「狼にない習性もあります」
「ではやはり」
「狼人間ではなかったという噂もあります」
 先生はその野獣について真面目なお顔でお話します。
「訓練された大型犬とも」
「その辺りは様々ですか」
「そうなのです、僕も研究したことがありますが」
「野獣が何者だったかわからないのですね」
「誰もその正体は知りません」
 今も尚、というのです。
「倒され死体は確保されましたが」
「何処かに行ったのでしたね」
「はい、腐敗が酷かったので捨てられたとか」
「だからですか」
「今は残っていません」
 最も手がかりになるその死体がなくなってしまったのです。
「頭が何処かにあったとか」
「その頭蓋骨が」
「ですが今も尚野獣の正体は不明です」
「恐ろしい話ですがね」
「まことに」
「そうした話も欧州にはありますね」
「あの野獣が妖怪だとしますと」
 それならとです、先生はここでは野獣が妖怪、つまり狼男だったらとする仮定のうえで加藤さんにお話しました。
「やはり恐ろしいですね」
「日本の妖怪よりも」
「酒呑童子のお話は読みました」
「あの鬼の」
「あの鬼も恐ろしいですが」
 それでもというのです。
「野獣の方が恐ろしいですね」
「実在していましたしね」
「しかもまだ正体がわかりません」
 それ故に、というのです。
「ですから酒呑童子より恐ろしいですね」
「私はかなり本気で狼男ではないかと思っています」
「加糖さんは、ですね」
「どう考えても狼ではないかと」
 本物のそれでは、というのです。
「狼は人を襲いません」
「実はそうなのですよね」
 先生もこのことはよく知っています、そうしたこともよく知っているからこそ動物達に深く愛されているのです。
 そしてです、ジップも実際に先生に言います。
「狼さん達は僕達のお兄さんだから」
「犬は狼から生まれたからね」
「うん、だからね」
 それでだと先生にお話するジップでした。
「そんなことしないよ」
「相当餓えていてもね」
「牛や羊の方を食べるよ」
 そうするというのです。
「狼さん達はね」
「そうだよね」
「あの野獣は人と動物がいても人を襲っています」
 牛や馬、羊よりもとです。加藤さんは今度はこのことを指摘しました。
「狼にしましては」
「おかしいですね」
「しかも群れていません」
「狼は集団で行動します」
 群れを為して、です。
「それが狼ですが」
「しかし野獣はつがいという説もありますが」
「はい、群れではありませんでした」
「それもおかしいですね」
「極めて」
 狼というには、です。
「有り得ないですね」
「狼である可能性は低い、いえ殆どないかと」
 先生もこう言いました。
「野獣は」
「では何か、ですね」
「色々言われているのですが」
 先生も野獣について述べます。
「訓練されたハイエナや犬と狼の雑種」
「そして陰謀説ですね」
「何者かの」
「その何者かが訓練された獣を使っていたと」
「そうも言われていますが」
 しかし、というのでした。
「結局今もわかっていません」
「その正体は」
「はい、結局のところは」
 今も尚、です。
「わかっていません」
「謎だらけですね」
「全く以て」
「やはり狼男だったのでは」
 またこの説を出す加藤さんでした。
「この妖怪でしたらある程度説明がつきます」
「人を集中的に襲っていて単独行動と」
「狼でないことはほぼ確実ですから」
「そうですね、狼憑きか」
 先生も真顔で答えます。
「そうした存在でしたら」
「ありますね」
「僕は妖怪の存在を否定していませんdねした」
 日本に来られる前からです。
「それはイギリスに生まれ育ってこともありますが」
「その研究の中で」
「ルーマニア等には実際に吸血鬼の話がありますし」
「スラブには」
「元々吸血鬼はスラブの妖怪でして」
 あの辺りの妖怪なのです、吸血鬼は。
「蘇った死体、呪われた人間と様々ですが」
「あの辺りでは今も実在が信じられていますね」
「それがいて逃げているという噂も」
「本当にあるのですが」
「何しろ最近まで吸血鬼退治の仕事があったのです」
 今もあるかも知れません、実際にスラブにはそうしたお話もあります。
「ですから」
「実在していますか」
「僕はそう思います」
 吸血鬼も、というのです。
「この目ではまだ見ていませんが」
「ドラキュラ伯爵も、ですね」
「ブラド四世は実在ですが」
 ルーマニアの君主でした、英雄でしたがとても残酷な人として知られています。
「あの人もともかくとしまして」
「吸血鬼は今もいますか」
「そうした噂がハンガリー辺りであります」
「そして今も逃げている」
「本当であって欲しくはないですね」
 先生は切実にこう願っています、本当に恐ろしいことだからです。
「まことに」
「そうですね、本当に」
「その吸血鬼のことも考えますと」
「欧州の妖怪は恐ろしいですね」
「はい、とても」
 極めて、というのです。
「日本の妖怪はかなり親しみやすいです」
「その鬼や土蜘蛛ですら」
「元々はまつろわぬ民でしたしね」
「そうそう、そうでしたね」
「まあこの辺りは複雑なのですが」
「歴史的にも民俗学的にも」
 そうだというのです。
「何かと」
「特に奈良県や京都府の辺りですね」
「よくご存知ですね」
 加藤さんは先生がそうした府県の名前を出してきたので少し驚きました。
「日本の妖怪のことにも」
「いえ、それは」
「いやいや、まことに」
 先生のその博学さに驚いているのです。
「先生は医学、動物学だけではないのですね」
「文系もというのですか」
「語学も堪能ですし」
 何しろ今も普通に日本語で加藤さんとお話しています、もうイギリスの訛りも全くなくなっています。まるで日本で生まれ育ったみたいです。
「素晴らしいです」
「だといいのですが」
「学者になる為に生まれて来られた様な方ですね」
「確かに家は代々医師で」
 そして、というのです。
「僕も跡を継ぎました」
「代々ですか」
「はい、しかし」
「しかしですか」
「本を読むことが好きで。そもそも本が好きな理由は」
「それはどうしてでしょうか」
「運動が苦手でして」
 だからだというのです。
「子供の頃から本を読んでいて」
「それでなのですか」
「そういうことかと」
「先生はスポーツは苦手でしたね」
「観ることについては何もありませんが」
 しかし、というのです。
「することは大の苦手です」
「ですが観られることはですね」
「それは好きです、最近は野球も」 
 このスポーツも、というのです。
「あの阪神というチームには愛情すら感じます」
「あっ、それはちょっと」
「松山ではですね」
「ここは広島県に近いので」
 だからだとです、加藤さんも苦笑いで言うのでした。
「広島ファンの人が多いので」
「加藤さんもですしね」
「はい、私もそうですし長老さんも」
「ここは広島なのですね」
「これがどうも四国でも違いまして」
 狸さん達の贔屓するプロ野球のチームは、というのです。
「香川や徳島は阪神、そして愛媛は広島です」
「では高知は」
「どちらかみたいですね、団三郎さんは広島みたいですが」
「そうなのですか、狸さん達も地域によって違うのですね」
「そうです、ただやはり阪神は」
「あのチームの人気は凄いのですね」
「松山でもわりかしおられます」
 阪神ファンの人は、というのです。
「そして広島にも」
「阪神ファンは全国ですか」
「先生もそうじゃないですか」
「応援していると楽しくなります」
 イギリス人の先生でもだというのです。
「あのチームは勝っても負けても華がありますから」
「よく言われますね、そのことは」
「阪神はいいチームです」
 先生はにこりと笑って言いました。
「華があります」
「そしてその華がですね」
「病みつきになります」
 そこまで素晴らしいというのです。
「それに阪神を応援していますと」
「まあ阪神ならいいですが」
 加藤さんは笑ってです、先生の阪神愛に答えました。
「広島ファンにしましても」
「そういえば関西でも広島ファンの人には優しいですね」
「巨人以外にはですね」
「巨人は駄目ですね」
 関西では、です。
「八条学園でもアンチ巨人の人は多いですね」
「というかアンチばかりですね」
「はい、関西自体が」
「こっちでも同じですよ」
「愛媛でもですか」
「カープファンの国ですから」
 だからだというのです。
「巨人ファンは少数派ですよ」
「そしてアンチが多いのですね」
「いつも選手を獲っていきますし」
「だからですか」
「阪神からは獲らないので」
「それはどうしてでしょうか」
「決まってます、ファンが怒るからですよ」 
 加藤さんは笑って答えました。
「だからですよ」
「阪神ファンがですか」
「凄いですよ、阪神ファンの巨人への敵対心は」
「あっ、それは何となくわかります」
「どんどんわかってきますよ、あれは凄いです」
「イギリスのラグビーやサッカーよりもですか」
「フーリガン並ですね」
 阪神ファンの巨人への敵対心は、というのです。
「暴れもしますし」
「ああ、阪神ファンの人達は熱狂的ですから」
「ですから若しもですよ」
「巨人が阪神の選手を獲ればですね」
「暴動です」
 それが起こるというのです。
「あのチームはまた特別なので」
「確かにかなりエキセントリックなところがありますね」
「広島もそこまではいきません」
「阪神はまた特別ですね」
「先生もそのことが次第にわかってきておられますね」
「次第にですが」
 そうしたことをお話してなのでした。
 先生達は今度はカワウソさん達のお屋敷に行きます、そうして狸さんとカワウソさん達の仲を進めるのでした。



とりあえずはカワウソ達との会談結果の報告だな。
美姫 「そうね。そして、仲良くする為の方法を提案と」
長老さんも同意した事でカワウソたちとの会談が開かれるな。
美姫 「まあ、パーティーという形だけれどね」
話し合いで両者が納得できる答えが出れば良いな。
美姫 「間に先生も入るし、悪くはならないとは思うけれどね」
さて、どうなるのか。
美姫 「次回も待っていますね」
ではでは。



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