『ヘタリア大帝国』
TURN28 ソビエトの将達
カテーリンはこの日もクレムリンに来たロシアとその妹にこんなことを言っていた。場所は学校の来賓室の様な客室だ。そこでミーシャ、ゲーペと共に二人に会ってだ。そのうえで言うのだった。
「ドクツはどうなの?最近」
「何かソビエトに攻めて来るって噂があるけれど」
「そのことですが」
すぐにだ。ゲーペが眼鏡に手を当てて話してきた。
「ドクツはエイリスとの戦いに敗れたのですが」
「それでもなのね」
「はい、それで諦めた訳ではありません」
ゲーペはこうカテーリンに話していく。ロシア兄妹ではなく彼女が話していた。ソビエトにおいては秘密警察は対外的な情報を収集することも担当しているのだ。
「その持てる力の殆どを使いそのうえで」
「ソビエトに攻めて来るのね」
「その様です」
こうカテーリンに話すのだった。
「非常に危険です」
「軍の増強を急いで」
話を聞いてだ。カテーリンはすぐにこう言った。
「人口と国力ならソビエトの方が上なんだから」
「そうだよね。軍隊も革命しているところだしね」
「ソビエト軍は無敵なんだから」
カテーリンはいささか意地っ張りな感じの顔になっていた。
「全く新しい最強の軍隊なんだからね」
「一人が皆の為に。皆が一人の為に」
ミーシャは皆が、の後の一人の意味はわかっていなかった。無論カテーリンもだ。そしてその一人が人ではなくイデオロギーであることもわかっていなかった。
だがそのことに気付かないままだ。ミーシャは言うのだった。
「それがソビエト軍だよね」
「そうだよ。皆平等だから」
カテーリンはさらに言っていく。
「階級もないからね」
「だから強いんだよね」
「数があって装備だっていいんだから」
この辺りはソビエトの底力だった。まさに。
「ドクツにも負けないんだよ」
「冬将軍もいてくれています」
ロシア妹は彼女の名前も出した。
「スノーさんも」
「ううん、僕彼女苦手なんだよね」
ロシアはスノーの名前が出ると困った顔になった。
「寒過ぎるからね。暖かいところに住みたいのに」
「祖国君、ソビエトだからそれは無理だよ」
ミーシャはロシアが認めたくない現実を指摘した。
「ソビエトは寒いものだよ」
「どうしても?」
「そう、どうしてもだよ」
実際にソビエトは何処も吹雪が吹き荒れる星域ばかりだ。銀河においても。
「それにスノーさんは私達の味方じゃない」
「その吹雪で敵を苦しめてくれるけれどね」
「あのナポレオンさんだって退けたんだよ」
当時のオフランスの主だ。ルイ王室を一時追い出して自分がオフランス皇帝になったのだ。欧州を席巻した英雄としてこの時代でも知られている。
「だから。苦手にすることないんだよ」
「ううん、けれど寒いからね」
「祖国君幾ら寒くても平気じゃない」
「それでも寒いのより暖かい方がいいけれどね」
「じゃあ皆をソビエトに入れればいいから」
ミーシャは無邪気に語った。
「私達が目指してることでもあるし」
「じゃあそうしようかな。イタリア君達も入れてあげてね」
「イタリア君?いいね」
「うん、私もそう思うよ」
ミーシャだけでなくカテーリンもだ。イタリアについては好意を見せた。
「インドさんとかキューバさんとかね」
「暖かい国とはどんどんお友達になろう」
「そしてソビエトに入れてあげてね」
「家族になればいいのよ」
二人もソビエトにいる。それならばだった。
そうした暖かい国に憧れがあった。それ故の言葉だった。
そうしたことを言いながらだ。そのうえでだった。カテーリンは話を戻してきた。
「それでソビエト軍だけれど」
「うん、戦力の大増強だね」
「それにかかりますか」
「そうしよう。ドクツなんかに負けないんだから」
カテーリンは意地になった顔になってロシア兄妹に言う。
「祖国君達も頑張ってね」
「うん、僕頑張るよ」
素朴に微笑んでだ。ロシアはカテーリンに応えた。
「いつも通りね」
「祖国君も妹君も。私大好きだからね」
カテーリンは今度は無意識のうちに頼るものを見せた。
「だって。私の国なんだから」
「祖国を好きじゃない人なんていないよ」
そしてそれはミーシャもだった。彼女もロシア達が好きだ。
「ましてや私達なんてね」
「うん。物凄い田舎に生まれたから」
実は二人、そしてゲーペもモスクワ等賑やかな星域生まれではないのだ。では何処かというと。
「カフカスだからね」
「あそこ生まれだからね」
そこが彼女達の出身星域だった。三人の。
「そんな私達のこと。祖国君達は笑顔で迎えてくれたし」
「大切に思わない筈ないよ」
「だって。三人共僕の国の人達じゃない」
ロシアの微笑が変わった。今度は優しいものだった。
その微笑みで三人にだ。こう言ったのである。
「だから。そんなこと気にしなくていいんだよ」
「そうなのね」
「そうだよ。じゃあ僕もドイツ君達と戦うから」
その時が来ればだというのだ。
「任せてね」
「うん、頼むよ」
「今のうちに軍を強くしないとね」
「では人民から。戦闘に向いている者を大量に軍に回しましょう」
ゲーペがカテーリンとミーシャに話した。
「そうしてそのうえで」
「うん、軍艦も大量建造に入ろう」
カテーリンは軍艦のことも言った。
「ウラルでね」
「畏まりました」
「あと。祖国君達ちょっといいかな」
ミーシャはロシア達に対して言ってきた。
「これからだけれど」
「うん、何かな」
「何でしょうか」
「国防省に行ってきて」
そこにだというのだ。
「それで提督の人達見てきて欲しいけれど」
「ジューコフさんとか?」
「うん、あの人達元気かどうか見てきて欲しいの」
「わかったよ。じゃあね」
ロシアはミーシャのその申し出を快諾した。
「行って来るね」
「お願いね」
こうした話をしてからだった。ロシアは妹、そして他のソビエトの国々と共に国防省に赴いた。その巨大な建物の中に入りだ。ロシアはリトアニアに言った。
「何かね」
「どうしたんですか?」
「うん、皆働いてくれてるんだね」
こう言うのだった。国防省の中で働いている軍人達を見て。
「頑張ってね。ただね」
「今度は」
「皆顔が赤いね」
ロシアは彼等の顔も見た。見れば確かに誰もが顔が赤い。
そしてその赤い顔についてもだ。ロシアは言った。
「ウォッカ飲んでるんだね」
「だって。ウォッカがないとね」
どうかとだ。ここで言ったのはウクライナだった。
「皆動けないよ」
「ソビエトだから?」
「寒いから」
幾ら暖房を付けていてもだ。ソビエトは寒いのだ。
そしてその寒さ故にだ。彼等はウォッカを飲んでいるのだ。
「さもないと動けないじゃない」
「ううん、そういえば僕も」
ロシアは懐からアルミの水筒を出してきた。その蓋を開けて。
それから中にあるものを飲んでだ。こう言うのだった。
「飲まないとね、こうして」
「動けないよね、やっぱり」
「寒さはどうしようもないわ」
そのだ。ソビエトの寒さはだ。
「お酒を飲んで暖まらないとね」
「だから皆飲むのよ」
ウクライナは今はまだ飲んでいない。だがそれでもだというのだ。
「お酒はね」
「お酒ないとです」
エストニアも言う。
「僕達も人民の人達も動けないですから」
「お酒は無尽蔵に配給していますね」
ベラリーシがぽつりと述べた。
「それだけは」
「そうそう。あのロシア帝国でもね」
ウクライナは今度は妹に話した。ロシア妹を入れると二番目の妹だ。
「お酒だけはあったから」
「若しもソビエトにお酒ないとどうなるでしょうか」
ラトビアはぽつりとそうなった場合について他の皆に尋ねた。
「その場合は」
「皆死んじゃうんじゃないかな」
ロシアは少し考える顔になってからラトビアのその問いに答えた。
「だって。寒いから」
「凍死ですか?」
「凍死じゃなくても。ソビエトじゃ皆お酒がないと動けないから」
ソビエトの人間は誰もがそうなのだ。酒がエネルギーなのだ。
「死んじゃうと思うよ」
「そうですか。やっぱり」
「だからカテーリンさんもお酒を飲むことは止めないんだよ」
止められる筈がなかった。カテーリンですら。
「皆動けなくなるからね」
「よく他の国の人はお酒飲んで働けるのか言いますけれど」
「ソビエトじゃ逆だからね」
ロシアはリトアニアにも述べた。そんな話をしながら国防省の奥に向かっていく。擦れ違う軍人達は彼等に敬礼をしロシアが一同を代表して敬礼を返す。
そうして進みながらだ。ロシアは言うのだった。
「お酒がないとね。本当に皆動けないから」
「そうですよね。じゃあやっぱり」
「朝を飲んでから寝るまでね」
起きている間はずっとだった。
「飲んでいないとね」
「ただ。それはいいのですが」
飲酒自体はいいとしたうえでだ。ロシア妹が兄に言ってきた。
「問題は酔って外に出て」
「そのまま酔い潰れて凍死する人だよね」
「自殺者より多いので」
ソビエトのもう一つの特徴だ。酒による死亡事故がやけに多いのだ。
「それはどうするべきかですが」
「難しいよね。かといってお酒は止められないし」
「はい、とても」
「どうしたものかな。僕も気をつけないといけないね」
「ロシアちゃんもいつも飲んでるからね」
ウクライナが言うその間にもだ。ロシアはまた飲んだ。
それからだ。また言うのだった。
「せめて。夜は外に出ないでね」
「飲むからにはだよね」
「そう。国家はそうしたことでは消えないけれど」
だがそれでもだというのだ。
「風邪ひいちゃうから」
「お酒って怖いんだね」
ロシアは飲みながらまた言う。
「ソビエト人の友達だけれどね」
「お酒は全てを明るくさせるわ」
ただしこう言うベラルーシはいつも通り禍々しい恐怖のオーラを放っている。
「だからソビエト人は明るいけれど」
「皆お酒飲んでないと暗いんだよね」
ソビエト人は寒さのせいかそうした傾向があるのだ。
「やっぱり皆お酒飲まないとね」
「はい。なりません」
こうした話をしながらだった。一行は国防省の中に入った。するとだ。
そこにはダークブラウンの髪にその髪と一つになった髭をたくわえた隻眼の軍人がいた。年齢は四十近いだろうか。その眼帯は右目にある。
左目の色は黒だ。彼はその黒い左目でロシア達を見て敬礼をした。
それからだ。彼はこうロシアに言って来たのだった。
「ようこそ、祖国殿達」
「うん、久し振りだねジューコフさん」
ロシアは微笑んで彼の名を言った。
「それでだけれど」
「軍のことか」
「軍の増強の話が出ているんだ」
ロシアはカテーリンの言ったことをそのまま話した。
「実はね」
「そうか。やはりな」
「あれっ、知ってたのかな」
「察していた」
そうだというのだ。
「ドクツが攻めて来るのは間違いない」
「そうなんだよね。ドクツの生存圏はウラルまで入っているらしいから」
「ドクツの目標は世界征服だ」
ジューコフはこう看破した。ドクツの野心だというのだ。
「それならばだ」
「このソビエトにもなんだね」
「そうだ。間違いなく来る」
「だからだね」
「軍の増強は絶対のことだ」
国家として生き残る、その為だというのだ。
「では軍人の数も艦艇の数もだな」
「うん、かなり増やすらしいね」
「今の三倍は必要だな」
ジューコフは冷静な言葉で己の分析を出した。
「これまでよりもな」
「三倍ですか」
それを聞いてだ。ロシア妹が言った。
「かなりの数になりますね」
「戦争はドクツ戦だけで終わらないだろう」
「その後もですか」
「太平洋に進出することになる」
ジューコフは戦争だけを見ていなかった。それからのことも見ていたのだ。
そしてその隻眼で見ているものをだ。さらに語ったのである。
「例えドクツを倒しても彼等との戦いがあるからな」
「日本君にそれに」
「ガメリカ、中帝国だ」
その二国があった。
「この三国との戦いもある」
「だからこそ三倍ですか」
「それでも足りない可能性がある」
ジューコフはこうも見ていた。
「より多く必要かも知れない」
「あの、それですと」
リトアニアはジューコフのその言葉を聞いて驚いた顔になって意見をした。
「軍事費もかなりのものになりますね」
「なるだろうな」
「ですがそれでもですか」
「全ては我々が生き残る為だ」
「このソビエトがですか」
「そうだ。その為にだ」
「それだけの軍が必要ですか」
こう言ったリトアニアにだ。ジューコフはさらに言った。
「軍は数だ」
「よく言われていますね」
「戦争は数なのだ」
軍を戦争とも呼び換えたのだった。
「我々は周辺諸国からよく思われていない」
「太平洋の三国を代表として」
「エイリスからもだ」
とかくだ。共有主義を警戒されてだ。ソビエトは敵が多いのだった。
「とにかく敵が多いからだ」
「それ故にですか」
「数が必要なのだ」
「圧倒的な数を誇る軍が」
「その通りだ。我々は生き残る為には勝たなければならない」
それがソビエトの置かれている状況だった。
「必ずな」
「では」
「私も賛成だ」
軍の増強、それも大幅なものにはというのだ。
「全ては生き残る為だ」
「ソビエトの為に」
「その為に」
「そうだ。祖国君も他の国々の諸君もだ」
ジューコフはロシア達を見ながら言っていく。
「戦うことになるだろう」
「うん、そうだよね」
ロシアは朴訥な声でジューコフのその言葉に応えた。
「ドイツ君達は絶対に来るね」
「激しい戦いになる」
こうも言うジューコフだった。
「それこそだ。この国の存亡をかけたな」
「そしてそれからもだよね」
「太平洋諸国ともだ」
やはりだ。彼等とも戦うというのだ。
「戦うことになるからな」
「因果なものですね」
リトアニアは少し残念そうな顔になって述べた。
「そうして戦いが続くことは」
「そうだな。しかしだ」
だがそれでもだとだ。ジューコフはウクライナにも言葉を返した。
「戦うからにはだ。リトアニア君もそれはわかっているな」
「はい、それは」
リトアニアは姿勢を正してジューコフに答えた。
「わかっているつもりです」
「ならいい。ではだ」
「この戦い、最後まで」
「生き残ろう。その為にはどれだけ犠牲が出ようともだ」
その犠牲の中には自分自身も入っている、ジューコフはそうした男だ。
このことも言いだ。彼はロシア達にまた言うのだった。
「ウラルにカフカスだな」
「その二つの星域からですか」
「資源を利用して大量の兵器を建造する」
そうするというのだ。
「シベリアやチェリノブイリからもな」
「資源には困っていませんからね。我が国は」
ロシア妹もよく知っていることだった。自分の国だけに。
「では今からですね」
「軍の大幅な増強に入ろう」
こう話してだ。そのうえでだった。
ロシア達はジューコフとこれからのことを打ち合わせた。ソビエトが誇る名将との話をしたのだ。
そうした話をしてからだった。ロシア達はジューコフと別れた。そうして国防省の中を進みながらだ。ふとベラルーシがロシアに対して言ったのだった。
「残念ですね」
「ジューコフさんのこと?」
「はい、間も無く定年でしたね」
「うん、三十九歳だったかな」
「四十歳で、でしたね」
「そうだよ。定年になってね」
そうしてだというのだ。
「ラーゲリの老人ホームで暮らすことになるよ」
「ラーゲリを中心に東方で穏やかに働きながら」
「余生を過ごすんだよ」
彼等はラーゲリの実態を知っていた。そこは言うなら老人ホームだった。確かに穏やかに働けるがそれでもだ。静かで寂しい場所だった。
カテーリンは老人の体力が落ちていること等を考慮して定年制を取り入れたのだ。ただ自分がよくしてもらった近所のお婆さんのことを思い出してラーゲリを置いたのだ。
そのラーゲリのことをだ。ベラルーシは言うのだった。
「では四十年程度は」
「ラーゲリでね。過ごされるよ」
「仕方ないことですが」
「やっぱり残念かな」
「ラーゲリは寂しい場所です」
東方の寂れた星域だった。元々は。
「そこやシベリアの開発も必要ですが」
「うん、若い人は西の主だった星域で働いてもらってね」
モスクワやカテーリングラードでだというのだ。
「それでだからね」
「確かに合理的ですが」
やはりソビエトの軸は西方にある。ウラルより西に。カテーリンはそこに若い働ける人材を向けているのだ。確かに合理的である。だが、だった。
「ジューコフ元帥については」
「カテーリンさんにお話しておこうかな」
こうも考えるロシアだった。尚ソビエトでは元帥や提督は階級ではなく称号である。
「ジューコフさんはソビエトにとって必要な人だからね」
「そうですね。その辺りは難しいですが」
「カテーリンさんはいい娘だけれど」
確かに生真面目で清潔だ。意地悪もしない。
しかし多分に強情で人の話を聞かないところがある。そうした意味で彼女は子供なのだ。
そして子供だからこそだった。ロシアもいささか困った顔で言うのだった。
「決めたことは変えないから」
「ロリコフさんいるわよ」
ウクライナが話に出したのはこの博士だった。
「あの人、相当な高齢だけれど」
「六十五歳でしたね、確か」
エストニアが彼の年齢を言う。
「定年を遥かに越えていますね」
「それでもミーシャさんが口添えしてくれたから」
カテーリンが話を聞く数少ない存在であった。
「だからあの人はいますけれど」
「物凄く問題のある人ですけれどね」
ラトビアはロリコフがどういった人間か知っていた。ソビエトでは有名人だった。
「一歩間違えたら犯罪者ですよ」
「変態ね」
ベラルーシも言う。
「あの人は」
こう目を右に逸らして言うのだった。
「それも救いようのないまでの」
「女の子が好きなのはいいけれど」
それでもだとだ。ロシアも引いていた。
「けれどね。それでもね」
「変態はよくないですよ」
ラトビアは珍しくお仕置きされることは言わなかった。
「幼女好きっていうのはもう」
「あれで実際に行動に移したらね。カテーリンさんも容赦しないよ」
ロシアは怖い現実を指摘した。
「僕も止めるし」
「私もです」
ロシア兄妹の制止は他の国から見れば恐怖以外の何者でもない。だからこそ日本も彼等に対しては最初から刀に手をかけて対するのである。
そのロシア兄妹がだ。また話すのだった。
「ロリコンはまだ趣味でいいけれど」
「実行に移すことは駄目ですから」
「うん、けれどロリコフさんは科学者としては優秀だからね」
「定年せずに済んでいます」
「だからいいんじゃないかな」
ジューコフについてもだとだ。ロシアはまた言った。
「ソビエトの為にもいいしね」
「このことも考えておきますか」
こうした話もだ。ロシア達はした。そしてだ。
そのロシア達に前からだ。明るい男の声がしてきた。
「ハラショーーー、祖国さん達は今日も元気そうだな」
「あっ、コンドラチェンコさん」
「こんにちは」
ウォッカの入った瓶を手にしている金髪の若い男だ。目は緑だ。顔立ちは整っているがそれでもその顔は酒のせいで赤くなっている。平均的なソビエト人だ。
彼の名はマロン=コンドラチェンコという。ソビエトの提督の一人だ。若いが実力のある人物として知られている。趣味はソビエト人らしく酒である。
その彼がだ。笑顔でロシア達に敬礼してきてだ。こう言ってきたのだ。
「飲んでるかな。ソビエト人なら飲まないと駄目だからな」
「うん、楽しく飲んでるよ」
ロシアがにこやかに笑って返す。
「コンドラチェンコさんもだよね」
「ああ、俺は今日も上機嫌だよ。ただな」
「ただ?」
「いや、さっき部下が酔って外で寝転がったんだ」
極寒のロシアの外でだ。吹雪の。
「慌てて国防省の中に担ぎ込んだよ。危うく凍死するところだったな」
「それは大変でしたね」
ウクライナがその話を聞いてコンドラチェンコに言った。
「それでその部下の人は」
「サウナに放り込んださ。国防省のな」
無論服を脱がしてだ。
「そこであっためてついでに酒も抜かせてる」
「それがいいですね」
ロシア妹はコンドラチェンコのしたことをよしとした。ソビエトにおいては酒を飲んでサウナに入るなぞ常識だ。健康についてはいいかどうかは別にして。
その話からだ。コンドラチェンコはロシア達に言ったのだった。
「それでだけれどな」
「うん、どうしたの?」
「実は今から訓練なんだ」
ウォッカを飲みながらである。当然。
「祖国さん達も見てくれるのかな」
「御免、実は他に用事があるんだ」
軍を見回ることだ。ロシア達は今は訓練だけを見る訳にはいかなかったのだ。
それでだ。こうコンドラチェンコに言ったのである。
「だから艦隊の演習とかはね」
「ははは、そんなのじゃないさ」
コンドラチェンコは笑ってそれは否定した。
「シュミレーションだよ。俺がやるのはな」
「あっ、それなんだ」
「コンピューターを使ってな。相手は」
「誰かな。その相手の人は」
「リディアちゃんだよ」
コンドラチェンコは酒で赤くなってそのうえ笑顔になっている顔で述べた。
「あの娘とこれからなんだよ」
「リディア=ロコソフスキー提督ですか」
ベラルーシはその彼女のフルネームを述べた。
「あの方とシュミレーションとなりますと」
「面白いだろ。見るかい?」
「どうされますか?」
ベラルーシはコンドラチェンコの話を聞いてから自分の兄に顔を向けて尋ねた。
「お二人のシュミレーション。御覧になられますか?」
「ううんと。どうしようかな」
二番目の妹に問われてだ。ロシアは少し考える顔になった。
そしてそのうえでだ。こう彼女に答えた。
「じゃあね。観させてもらおうかな」
「はい、それでは」
ロシアが言えば決まりだった。ソビエトの国家達ではそうなるのだ。
他の国々も頷いてだ。そのうえでコンドラチェンコに答えた。
「ではそれでは観させて下さい」
「そうれでお願いします」
「リディアさんとのシュミレーションも」
「ああ、よく見てくれよ」
コンドラチェンコはバルト三国の面々の言葉にこ応える。
「俺達のシュミレーションな。それにしてもあれだよな」
「あれっていいますと?」
「ああ、リディアちゃんっていい娘だよな」
酔った顔でウクライナにも話す。
「明るくて元気がよくてな」
「それによく気がつきますね」
ウクライナもよく知っていた。彼女のことは。
「とてもいい娘ですよね」
「部活のマネージャーっていうのかな」
そうした娘だというのだ。そのリディアという娘は。
「そういう感じでな」
「そういうコンドラチェンコさんはあれですね」
また言ってしまうラトビアだった。
「居酒屋さんによくいる酔っ払いですね」
「あの、ラトビアそれは」
「言ったら駄目だよ」
リトアニアとエストニアがすぐにそのラトビアを注意する。
「そんなこと言うから御飯抜きになるんだよ」
「アコーディオンにされたり」
「あっ、そうでした」
言ってからだ。いつも気付くのだった。
だがコンドラチェンコは酒瓶を手に明るく笑ってだ。こう言うだけだった。
「ははは、肴は干し肉がいいな」
かえってだ。ラトビアの話に乗ってきた。
「ラトビアさんも一緒にどうだい?いける口だろ」
「はい、お酒大好きです」
「じゃあ一緒に飲むか?シュミレーションの後でな」
飲んでさらに飲む、それがソビエトだ。
「そうするか」
「リディアさんも一緒ですよね」
「まあ誘うことは誘うさ」
そうするというのだ。
「それで全員で飲むか」
「はい、そうしましょう」
「じゃあ来てくれるか」
シュミレーションの場所にだというのだ。
「それで観てくれよ」
「それじゃあね」
ロシアが応えてだ。そのうえでだった。
ロシア達はコンドラチェンコに案内されてそのうえでシュミレーションルームに入った。そこにはもうブラウンの所々がはねたショートヘアに群青色の明るい目をした少女がいた。
顔立ちも明るくはっきりとした感じだ。向日葵に似た明るさを見せている。
そして顔立ちだけでなくだ。それに加えてだった。
全体的な雰囲気も明るい。大きな胸が目立つ身体を赤の軍服と黒のスカートというソビエトの女性兵士のスタイルである。だがスカートの丈は短い。
この少女がリディアである。リディアは敬礼をしてからロシアとコンドラチェンコ達に言ってきた。
「祖国さん達もいらしたんですか」
「ああ、俺が誘ったんだよ」
そうだとだ。明るく話すコンドラチェンコだった。
「俺とリディアちゃんのシュミレーション観てくれってな」
「だからいらしたんですか」
「そうだよ。別にいいよな」
「はい、いいですよ」
リディアは明るく笑ってコンドラチェンコに答えた。
「むしろ祖国さん達に観てもらえると思うと」
「やる気が出るだろ」
「ですから」
それでだというのだ。
「私としても有り難いことです」
「じゃあはじめるか」
コンドラチェンコはウォッカを飲みながら言う。
「明るく楽しくな」
「そうしましょう。ただ」
「ただ?どうしたんだ?」
「コンドラチェンコさんちょっとお酒ばかり飲み過ぎですよ」
リディアはこのことを指摘したのだ。確かに彼は今かなり飲んでいる。
「もっと。身体にいいものも食べて下さいね」
「野菜もちゃんと食ってるさ」
「だといいんですけれどね」
「給食でちゃんと出るじゃないか」
ソビエト人民の健康管理は給食で行われているのだ。しっかりと野菜や果物も出る。
「だから大丈夫だよ」
「だといいですけれどね」
「けれど酒はな」
それはだというのだ。
「毎日楽しく飲んでるさ」
「飲み過ぎはよくないですよ」
「おいおい、ソビエト人に酒を止めるのかよ」
「何でも程々です」
確かにだ。リディアはマネージャーだった。こんなことを言う辺り。
「ウォッカは只でさえ強いお酒ですし」
「その強さがいいんだけれどな」
「ですから。量を考えませんと」
「身体壊すか」
「只でさせ我が国でのお酒が関係する死者の数は自殺者より多いんですから」
リディアもこのことを懸念していた。
「気をつけて下さいねえ」
「まあな。間違っても酔って外で寝たらな」
「ソビエトでは絶対に死にますから」
「それは気をつけるな」
こうした話を二人でしてからだ。そのうえでだ。
リディアはロシア達に明るい笑顔を向けてこう言った。
「では席を用意しますので。あとケーキも」
「ロシアンケーキだよね」
「はい、祖国さんはあのケーキでしたね」
「うん、ケーキっていえばね」
ソビエトではケーキはクッキーの様に固く焼いたお菓子だ。西欧や他の地域でのケーキとは全く違うのだ。別物と考えていい代物なのである。
そのケーキについてだ。ロシアはにこりとして話すのだった。
「やっぱりあれだからね」
「はい、それと紅茶を持って来ますね」
「いつも悪いね。気を使ってもらって」
「いえ、御気になさらずに」
リディアは気さくに笑ってロシアに応えた。
「皆さんお茶を楽しみながら私達のシュミレーションを御覧になって下さい」
「じゃあ俺が勝ったらな」
コンドラチェンコは自分の勝利を念頭に述べた。
「リディアちゃんにお酌してもらうか」
「何かささやかなお願いですね」
「ソビエト人は無欲なんだよ」
そのリディアにもだ。コンドラチェンコは明るく返した。
「だからそれでいいんだよ」
「そうですか。では私が勝ったら」
「その時は俺が、だよな」
「お酒を一日でもいいですから」
「おい、酒断ちかよ」
「そうして下さいね」
「参ったな、そりゃ俺にとって死ねってことじゃないか」
そう言われてだ。コンドラチェンコは嘆きを見せた。そのうえでの言葉だった。
「俺にとっちゃそれは酷だぜ」
「ですが週に一回でもです。お酒を飲まない日があれば」
それでだというのだ。
「かなり違いますよ」
「健康にいいってのか」
「はい、そうです」
まさにその通りだというのだ。
「コンドラチェンコさんは飲み過ぎですから」
「参ったな。俺は酒がないと生きていけないんだよ」
精神的にという意味である。
「ソビエト人自体がそうだろ」
「それはそうですけれど。皆さん飲み過ぎなんです」
「ソビエト人ってそうなんだな」
「そうです。だから問題なんですよ」
「健康管理なあ」
「そうです。多少ならいいのですが」
それを過ぎているのだ。ソビエト人の飲酒の量は。
「皆さん本当に。飲み過ぎは危険ですよ」
「じゃあ僕もかな」
「はい、勿論です」
祖国に対してもだ。リディアは遠慮しなかった。
「祖国さんも気をつけて下さいね」
「ううん、お酒のことは知っているつもりだけれど」
「ですから。多少ならいいんです」
ソビエト人の基準ならばだった。それも。
「ですが度が過ぎたら駄目ですよ」
「で、俺は度が過ぎてるのか」
「そういうことです」
「やれやれだな」
苦笑いでだ。こう言うコンドラチェンコだった。
「じゃあ負ける訳にはいかないな」
「では私が勝てばいいですね」
「絶対に負けないからな」
こうした話をしてだ。そのうえでだった。
コンドラチェンコは己の酒を賭けて戦うことになった。リディアとシュミレーションを通じて。
二人でコンピューターの前に座る。そうして。
お互いにモニターでの艦隊を動かして戦いをはじめる。モニターでの艦隊は艦種も数も性能も忠実に再現されている。三次元モニターに出ている。
それを観てだ。ロシアは紅茶を飲みながら言うのだった。
「ううん、この勝負だけれど」
「どうなるかしら」
「コンドラチェンコさんが有利かな」
こうリトアニアに言ったのである。
「どっちかっていうとね」
「指揮が違うの?」
「確かにコンドラチェンコさんはお酒好きだけれど」
だがそれでもだというのだ。
「それでもね」
「提督としての力量はあるのよね」
「うん、酔えば酔う程力を発揮するからね」
これもソビエト人の特色である。
「だからね」
「それによね」
「うん、コンドラチェンコさんはミサイル攻撃が得意だけれどね」
「リディアさんは鉄鋼弾だから」
「ミサイルの方が射程は長いし」
それにだった。
「ミサイル戦艦は耐久力があるけれど」
「鉄鋼弾を装備している駆逐艦の耐久力は弱いのよね」
「リディアさんにとって悪い材料が揃ってるんだよね」
もっと言えばだ。不利な材料しかなかった。
「だからリディアさんが勝つには」
「どうすればいいのかしら」
「ううん、ここは」
ロシアもだ。よくわからなかった。二人はモニターでそれぞれの艦隊を動かしていた。コンドラチェンコは自分が率いるミサイル艦隊を冷静に動かしていた。
それに対してだ。リディアはというと。
機動力、、駆逐艦のそれを利用してコンドラチェンコの艦隊の側面に回ろうとする。そうしていた。
お互いに隙を窺っている。それを見てリトアニアは言った。
「これは」
「時間がかかりそうだね」
「うん、お互いに隙を窺っていてね」
リトアニアはエストニアの言葉に応えて言う。
「そして隙を見せないから」
「隙を見せるのはやっぱり」
「それまでなんだよ」
将としてだ。そうだというのだ。
「けれどお二人はどちらも」
「そうした隙を見せる程度の方々じゃない」
「だからね。この戦いは」
「長期戦になりそうだね」
エストニアは眼鏡のその奥の知的な瞳を鋭くさせて言った。
「どうやらね」
「そして仕掛けた方が」
「それが迂闊なものだったとしたら」
その場合はだというのだ。
「負けるね」
「そうなる戦いだね」
「制限時間は一時間です」
ラトビアは戦いの時間を言った。
「その間に決着がつくでしょうか」
「引き分けになるかも知れませんね」
ロシア妹はそのケースになる可能性を指摘した。
「若しかしたら」
「ううん。まあ僕としては引き分けでもいいんだよね」
ロシアは少しだけ微笑んでだ。お互いにそれでもよしとした。
「それでもね」
「それはどうしてなの?」
「後で話すよ」
ロシアはウクライナにはこう返した。
「この模擬戦の後でね」
「そうなの」
「うん、後でね」
こうした話をしながらだ。ロシア達は二人の模擬戦を見守っていた。その二人は。
お互いに隙を窺い合いながら対峙している。リディアは艦隊をしきりに動かすがそれでもだ。攻めずコンドラチェンコの隙を窺っていた。
コンドラチェンコも方陣を組み隙を見せない。そうしているうちにだ。
時間は過ぎていく。ベラルーシがタイムウォッチを見て言った。
「五十分です」
「あと十分」
「そうですね」
ベラルーシの言葉にリトアニアとラトビアが呟いた。
「あと十分で決着がつくかな」
「どうなるでしょうか」
「決着がつくとした一瞬ですね」
それで終わるとだ。エストニアは指摘した。
「お互いの攻撃で」
「そうなるわね。本当に一瞬よ」
ウクライナも言う。艦隊戦が一瞬で決着がつくことはよく知っていた。
だからこそ二人も真剣な顔でモニターの前にいて迂闊に軍を動かさない。そうしているうちにだ。
ベラルーシがだ。タイムウォッチの時間をまた言った。
「五十九分」
「あと一分ね」
「そうですね」
今度はウクライナとロシア妹が言った。
「それで決まらなかったら」
「引き分けだけれど」
「ロシアちゃんはそれでいいていうのね」
「そうなのですね」
「うん、勝つに越したことはないけれどね」
だがそれでもだとだ。ロシアは言うのだった。
「引き分けでもいいんだよ。ソビエト的にはね」
「ソビエト的になの?」
「そうなのですか」
「そう。もうすぐその理由を話すね」
ロシアは二人の戦いぶりに満足している面持ちであった。その表情で戦いを見守りながらそのうえで紅茶を静かに飲んでいるのだった。
そして遂にだ。結局お互いに攻撃を仕掛けないままだ。
戦いは終わった。引き分けだった。
戦いが終わりモニターでその結果が表示されるのを見てだ。コンドラチェンコは笑ってこう言った。
「やれやれ、お酌はなしか」
「休肝日をお願いできなくなりました」
「まあ。ソビエト人にそんなの不要だけれどな」
「そうはいかないですよ」
こうした軽いやり取りからだった。二人は互いに話していく。
「とにかく。流石ですね」
「リディアちゃんこそな。隙見せなかったな」
「提督こそ。ですがそれで、ですね」
「いいからな」
「どうしてですか?」
ここでだ。リトアニアが二人に問うた。
「ロシアさんも仰ってますけれど」
「それは祖国さんがお話してくれますよ」
リディアは明るい笑顔でリトアニアに返した。
「戦いが引き分けでいいということは」
「ソビエトとしてはですね」
「そう。じゃあ言うね」
そのロシアがだ。遂に理由を話してきた。
「同じ数だとね。例え艦艇の相性とかがあっても」
「戦うべきじゃないんですか」
「そうなんだ。ましてこのシュミレーションだと吹雪もないから」
ソビエトを護るそれもだというのだ。
「戦ったら駄目なんだよ」
「では何時戦うべきなんですか?」
「こちらの数が遥かに多くてね」
そうしてさらにだった。
「吹雪が吹き荒れてる中で。ソビエト軍は戦うべきなんだ」
「その通り、同じ数なら仕掛けない方がいいんだよ」
コンドラチェンコはまたウォッカが入った水筒を出しながら陽気に話す。
「しかも吹雪もないとな」
「そういうことですか」
「ソビエトにはソビエトの戦い方があるんだ」
その気候と数を利用した。それがだというのだ。
「そういうことだよ」
「ううん、そうなんですか」
「そういうこと。それじゃあ後はね」
今度はロシアがだ。コンドラチェンコとリディアに対しても。
お茶とお菓子を出してだ。こう言うのだった。
「ゆっくりとお茶にしよう」
「ああ、俺お茶も好きなんだよな」
「ではお言葉に甘えまして」
二人も笑顔で応えてだ。そうしてだった。
彼等もお茶を飲むのだった。ロシアは今自分の周りに大勢人や国家がいて幸福を感じていた。だがその幸福がやがて戦乱に変わることもだ。彼は既に覚悟していた。だがそこからまた、だ。彼は多くの家族、ソビエトに国家が入ることを期待していたのだった。
そうしたことを期待しながらだ。ロシアは。
妹にだ。こんなことを言ったのだった。
「ケーキまだあるかな」
「はい、それではですね」
「うん、もっと頂戴」
子供の様に素朴な笑みで言ったのだった。今は素朴であどけないままの彼だった。
TURN28 完
2012・5・21
ソビエトも軍を強化させようとしているな。
美姫 「やっぱりドクツの進撃があるからね」
それだけじゃないだろうけれどな。
美姫 「ジューコフに関しては、ロシアから言うみたいだけれど」
果たして、どこまで聞き届けてもらえるか。
美姫 「どうなるかしらね」
だな。次回も待っています。
美姫 「待ってますね」
ではでは。