『ヘタリア大帝国』




                TURN115  オリジナル対クローン

 カテーリンはロシアからエカテリンブルグに枢軸軍の主力が来ているという報告を受けた、その報告を聞いてすぐにだった。 
 カテーリンは傍にいるロリコフに顔を向けた、そして怒った様な顔で言うのだった。
「もう出来てるわよね」
「今ある艦艇分のクローン達ですね」
「そう、いいわよね」
「勿論ですよ」
 ロリコフはカテーリンの問いに笑顔で答えた。
「もう何時でも全員出撃出来ますよ」
「それとね」
「はい、彼等も」
 数だけでなかった、さらにだった。
「彼等のクローンも揃っています」
「今ここに呼べる?」
 カテーリンは全て自分の目で確かめる主義だった、それでロリコフに確認したのである。
「あの人達のクローンも」
「では呼びますね」
 ロリコフはあっさりと答えた、そしてだった。
 そのクローン達が来た、ロシアとロシア妹は彼等の姿を見て目を丸くさせて言った。
「うわ、遂になんだ」
「彼等のクローンも誕生したのですか」
「いや、各国に工作員を送り込んだかいがありました」
 ロリコフはにこにことしてロシア達に述べた。
「髪の毛一本から作れますけれどね、クローンは」
「けれどその髪の毛一本がだね」
「手に入れにくいのですね」
「そうなんですよ、これが」 
 こう二人に話すのだった。
「特にアドルフ総統とセーラ女王は苦労しました」
「二人共警護が厳重だからね」
「だからですね」
「そうです、ですが」
 それでもだというのだ。
「何とか二人の髪の毛も手に入れまして。工作員をメイドとして送り込みそのベッドをなおす途中に」
「髪の毛と取ってだね」
「そこからでしたか」
「そうなんです、それでどうでしょうか」
 ロリコフは彼等をカテーリンに見せながら話す。
「東郷提督とドワイト提督、それにセーラ女王とアドルフ総統」
「それと我が軍のジューコフ元帥ね」
 全員いた、しかもそれぞれ一人ではなかった。
 何人もいる、ロリコフは彼等をカテーリンに見せながら話すのだ。
「そうです、彼等に艦隊を指揮してもらえば」
「かなりの戦力になるわね」
「同志書記長のお考え通りに」
 そうなるというのだ。
「では彼等もですね」
「全員出撃よ、それで今度こそ」
 カテーリンはここでも意固地になった顔で言った。
「勝つから、私も出撃するね」
「私もね」
 ミーリャもここで言う。
「一緒に戦おうね」
「僕も出るね」
「私も」 
 ロシア兄妹もだった、彼等も出撃を申し出た。
「最後の最後、総力戦だね」
「何としても頑張りましょう」
「皆で戦って勝つの」
 カテーリンは強い声で言った。
「それが共有主義だからね」
「それでは私も」
 ロリコフもだった、カテーリンの横でにこやかに手を挙げてきた。
「戦いますね」
「博士も?」
「はい、出ますよ」
 こうカテーリンに言うのだった、自分の言葉に驚いた顔になっている彼女に。
「そうさせてもらいますね」
「博士も艦隊の指揮が出来たの」
「そうですよ、御存知なかったのですか?」
「科学者なのに」
 提督ではない、カテーリンが言うのはこのことからだった。
「艦隊の指揮も出来るなんて」
「ロシア帝国時代に試験艦隊の指揮をしまして」
 そこからだというのだ。
「身に着けました」
「そうだったのね」
「ではそうさせてもらって宜しいですね」
「ええ、今は少しでも人が欲しいから」
 ソビエトがそこまで追い詰められていることは事実だ、だからこそクローンの将兵も何人も投入しているのだ。
 それでだ、こうロリコフに答えた。
「御願いするわね」
「それでは」
「じゃあ皆出撃です」
 カテーリンは一同にあらためて告げた。
「資産主義者達を退けモスクワを奪還します」
「了解」
 こう話してだった、そしてだった。
 ソビエト軍は出撃し枢軸軍を迎え撃った、その目の前に枢軸軍が来た。
 ドワイトはそのソビエト軍を見てだ、口の端を歪ませてこう言った。
「一体何時の間に俺をコピーしたんだろうな」
「それね、あんた髪の毛ないしね」
 キャロルがモニターからそのドワイトに応える。
「どうやったのかしらね」
「唾液ね」
 そこからだとだ、ドロシーが述べた。
「パーティーの場で。コップに付いた唾液から」
「おいおい、何か推理小説みたいだな」
 その唾液が証拠として事件の解決につながるという話は多いからだ、ドワイトはこのことを言ったのである。
「そうなるとな」
「そうね、やられたわね」
「そういえばソビエト大使館主催のパーティーにも出たな」 
 まだ同じ連合国同士だった頃にはそうしたパーティーも開かれていたのだ。
「その時か」
「じゃああたしのクローンも?」
 キャロルも国防長官としてパーティーに出ていた、それで話を聞いて気付いたのだ。
「そういうのも?」
「多分細胞は摂取されていたわ」
 ドロシーはそのキャロルに答えた。
「私も。他の皆も」
「気持ち悪い話ね、そこからクローンを作られるのは」
「ええ。私もそう思うわ」
 ドロシーは無表情にむっとした顔のキャロルに返した。
「そうしたやり方は」
「全くよね、ソビエトらしいっていえばらしいけれど」
「私もクローンまでいるとはな」
 レーティアも不愉快さを露わにさせている。
「警護が不十分だったか」
「そうみたいね、警護の見直しが必要ね」
 グレシアもレーティアに応えて言う。
「暗殺の危険があるから」
「全くだ、ソビエトの工作員には以前から注意していたがな」
「より一層な」
「不愉快ですね」
 ネルソンは眼鏡の奥のその顔を顰めさせていた。
「全く以て」
「あの、あの人は」
 パルプナがそのネルソンに問う。ネルソンは女性に対しても紳士でありパルプナもその彼を信頼しているのだ、それで彼に尋ねたのだ。
「まさか」
「そうです、女王陛下です」
 ネルソンはその不機嫌な顔でパルプナに答えた。
「まさか陛下のクローンまで作るとは」
「不愉快極まりますね」
 エルミーもレーティアのクローンを見ながらネルソンに言った。
「親愛なる総統閣下を侮辱された気分です」
「同じです、では」
 それではだとだ、ネルソンはエルミーに話して東郷にも言った。
「長官、ここはです」
「総攻撃だな」
「はい、容赦してはなりません」
 何とか怒らない様にしているが不機嫌さを露わにして言うのだった。
「長官のクローンもありますし」
「ははは、面白いな」
 東郷は己のクローンを見ても平気な顔だった。
「俺が何人もいるとなるとな」
「面白いですか」
「俺はそう思う」
「そうですか」
「ああ、かなりな」
 こう言うのだった。
「俺であって俺でないからな」
「長官がそう思われるのならいいですが」
「私のクローンもいるな」
 ジューコフも言う。
「そういえば以前髪の毛を一本同志書記長に進呈したことがあったな」
「その髪の毛からですね」
「クローンを作ったのか、どう使ってもいいと申し上げたが」
「どういうお気持ちですか?」
 ネルソンはジューコフにも問うた、今でも不機嫌な顔である。
「やはり長官と同じなのでしょうか」
「特に何もな」 
 思わないとだ、ジューコフはネルソンに答えた。
「思わない」
「そうなのですか」
「どう使ってもいいと言ったのは私だしな、それにだ」
「それにといいますと」
「クローン技術が有効なら使うことも当然だ」
「戦いに勝つには」
「だからだ、このことについてもだ」
 ジューコフはネルソンに対して軍人らしく機能的な口調で話していく。
「当然と思っている」
「そうでしたか」
「その辺り私は割り切っているのかも知れない」
 自分で分析しての言葉だった。
「ではだ」
「それではですね」
「戦おう、彼等と」
 こうネルソンだけでなく東郷にも言う。
「そして勝とう」
「さて、敵は波状の陣か」
 東郷は敵陣を見た、縦に何段にも並べた波状の陣形であった。 
「おそらく破ってもな」
「次の陣が出てきますね」
「スライド式にな」 
 新しい陣が出て来るというのだ。
「破った陣がまただ、反転して後ろに回ってな」
「そうしてきますね」
 ネルソンは東郷に応えて話す。
「そのうえで我々に消耗を強いますね」
「そして勝つ」
 ソビエト軍が、というのだ。
「それを狙っていますね」
「間違いなくな、ではだ」
 東郷はソビエト軍の戦術を読んだ、そして言うことは。
「ここは一段ずつ確実に潰していこう」
「そうしていってですね」
「進んでいく」
 突破ではなく各個撃破をしていくというのだ。
「それでいこう」
「そして目指すものは」
 今度は秋山が東郷に問うた。
「最後の段にいる」
「そうか、カテーリン書記長だ」
 他ならぬ彼女だというのだ、全軍を指揮しているソビエトの書記長の。
「彼女が最後の目標だ」
「それではですね」
「着実に攻めていこう」
 こう話してそしてだった、枢軸軍は全軍で前に出た。
 それで全軍でだった、まずはソビエト軍の最初の段に向かった。
 最初の段にいたのはドワイトのクローンだった、その指揮はドワイトらしい動きは的確だった。だがその動きを見てだった。 
 ドワイトは首を捻ってだ、こう言った。
「何か違うな」
「どう違うんだ?」
「ああ、俺の動きだがな」
 ダグラスに対して言う。
「違うな」
「あれだな、あんただけれどな」
「あれは士官学校を卒業したばかりの頃の俺だな」
 その頃のだというのだ。
「経験ってやつがないな」
「みたいだな、俺が見てもな」
「出撃前に長官も言ってたな」
 ダグラスは目の前にいる段の枢軸軍の動きを見て言った。
「クローンは確かに軍人だがな」
「経験がないな」
「ああ、何も書いていない色紙だってな」
 それだというのだ。
「長官も言ってたがな」
「その通りだ」
 まさにそれだとだ、ドワイトも言う。
「俺のことは俺が一番知っている」
「じゃあどう攻めるのかもわかってるな」
「長官、艦載機の使い方だがな」
 今度は東郷に言うドワイトだった。
「一旦フェイントかけてくれるか」
「フェイントか」
「一旦攻めると見せかけて下がるんだよ」
 そうしろというのだ。
「そうしたら向こうは乗って突出してな」
「そこで陣形が崩れるか」
「それを狙うんだよ」
 こう東郷に話す。
「それで頼むな」
「わかった、それじゃあな」
 こうしてだった、まずは艦載機が出されたのだった。
 その艦載機達が一旦下がる、するとソビエト軍はドワイトの言う通り陣形を崩して前に出た、それを見てだった。
 枢軸軍の艦載機はここで前に出て敵艦隊を攻撃した、それでダメージを与え。 
 ビームと魚雷で一気に押した、それで最初の陣を潰した。
 それからだった、第二陣は。
 レーティアのクローンがいた、その彼女を見てレーティア自身が言った。
「ふん、私だが何時の私だ」
「違うわね、今の貴女と」
 グレシアもそのレーティアに応える。
「あの貴女は二年前の貴女ね」
「総統になった頃だ」
 その頃の彼女だったのだ、今目の前にいる彼女は。
「その二年の経験がない」
「つまりはね」
「隙がある、長官」
 グレシアから東郷に言った。
「左右から囲んでくれ」
「左右からか」
「そうだ、そうすればだ」 
 どう指揮をするかというのだ、二年前の彼女は。
「中央突破を狙う、そこでだ」
「そこでだな」
「下がる、そのままだ」
 こうしてだというのだ。
「突破をさせる、しかしそこに機雷を置いておけ」
「それでその機雷でか」
「敵艦隊を破壊し動きを止めろ」
 そうしろというのだ。
「わかったな」
「それではな」
 こう話してそしてだった。
 枢軸軍はレーティア、今の彼女の言う通りに動いた、そして。
 二年前の彼女も動き突破をした、しかし。
 その突破した先の機雷に触れて艦艇を破壊され動きを止められた、レーティアはそれを見てすぐに言った。
「よし、今だ」
「攻撃だな」
「敵の動きは止まった」
 そしてその止まった今にだというのだ。
「総攻撃を仕掛けてくれ」
「わかった、ではな」
 こう話してそしてだった。
 枢軸軍はレーティアの指示通りに動いて第二陣も潰した、第三陣はジューコフだったがここでも今の彼が言う。
「あの私はロシア帝国の頃の私だ、パイプオルガンで来る」
「パイプオルガンですか」
「そうだ、それで来る」
 だからだというのだ。
「散陣を組んでくれ、そしてだ」
「散陣でパイプオルガンを凌ぐか」
「しかもあの頃の私は攻撃範囲が広過ぎる」
 だからだというのだ。
「散開すれば楽にかわせる、しかも攻撃の間が大きい」
「ではだな」
「集結してそこからだ」
 攻めろというのだ。
「艦載機とビームで一気にだ。それで崩れれば終わりだ」
「わかった、ではな」
 今回もそうして攻めて終わった、四段目はセーラだったが。
 セーラの艦載機の指揮を見てだ、ネルソンが言った。
「陛下は艦載機の指揮については」
「不得手ですか」
「今は違いますが」
 今は、というのだ。
「ですがそれでも」
「経験を積まれたのですね」
 小沢はネルソンにこのことを指摘した。
「そうなのですね」
「そうです、あの采配は王女の頃ですね」
 セーラがまだ即位する前だというのだ。
「丁度艦隊の指揮を学ばれた頃です」
「動きはいいですが」
 小沢もその艦隊の動きを見て言う。
「しかしです」
「おわかりになられますね」
「あの動きは戦艦の動きです」
 艦載機を出す空母の動きではないというのだ。
「ですからあれでは」
「艦載機の運用としてはですね」
「不適です」
 そうだというのだ。
「ですからここはです」
「はい、艦載機の運用も怖くありません」
「しかもヘリですから」
 只でさえ運用の難しいそれだからだというのだ。
「艦載機の運用はなっていません」
「ではまずはヘリを掃討しましょう」
 小沢は淡々とした口調でネルソンに話した。
「そうしましょう」
「それでは」
 こうしてだった、枢軸軍はまずはヘリ達、そのまともな動きも出来ていない彼等を倒した。そして丸裸になった敵の空母部隊も殲滅したのだった。
 次の段は東郷のクローンだったが彼はというと。
 東郷自身がだ、こう言った。
「ああ、なっていないな」
「そうですか?」
「あの動きは俺が艦隊司令になる前の動きだ」
 その頃の彼だというのだ。
「巡洋艦の艦長をしていた時だな」
「確か利根でしたね」
「あの船に乗っていた頃だ、まだ何もわかっていなかった」
 艦隊の指揮がだというのだ。
「安心していい、何もわかっていない」
「では今は」
「少し前に出て攻めればそれに内心焦って退く」
 そうなるとだ、秋山に話す。
「そこでだ」
「さらにですね」
「波状攻撃を仕掛ければどうすればいいかわからなくなって総崩れになる、あの頃の俺の悪い癖だった」
「では」
「そう攻めてくれ」
 秋山と全軍に命じた。
「それではな」
「わかりました、それでは」 
 こうして東郷のクローンの陣も崩す、そしてだった。
 枢軸軍はソビエト軍の陣形を次次に崩していく、それを見てだった。
 最後尾の陣にいるカテーリンは苛立ちを隠せないまま全軍に言った。
「後退は駄目です!全員その場に踏み留まって最後まで戦うのです!」
「同志書記長!第七陣が崩されました!」
「第八陣も今攻撃を受けています!」
「それでもです!」
 ソビエト軍にとってよくない報が来る、だがそれでもカテーリンの言うことは変わらない。
「全員退くことは許さないです!敵前逃亡の将兵は撃つと警告しなさい!」
「味方をですか」
「撃つのですか」
「若し逃げるのなら」
 それならばだというのだ。
「それは私も同じです」
「いえ、同志書記長を撃つなぞとても」
「我々には」
「ソビエトの法律は皆が守るものよ!」
 この場でもこの持論を出す。
「だからこれも当然よ!」
「わかりました、では」
「そうさせてもらいます」
「敵は消耗していくわ、間違いなく」
 それを狙っての布陣だ、例え各個撃破を受けていてもだ。
「それならです」
「このままですか」
「守っていきますか」
「そうします」
 絶対にだというのだ。
「守っていれば勝てます」
「わかりました、同志書記長のお言葉なら」
「我等は従います」
 クローン達もカテーリンの手の甲を見た、それでだった。
 彼女の言葉に無批判に頷く、そのうえで、
 その場に留まり続け果敢に戦う、劣勢だが一歩も引かない。東郷はその彼等の戦いぶりを見て秋山に言った。
「やはりな」
「石の力ですね」
「そうだ、間違いない」
 今話すのは石のことだった。
「あのお嬢ちゃんの言葉に皆が従うのはな」
「石故ですか」
「聞いてみれば共有主義には問題点が多い」
「はい、やはり子供の考えです」
「それに過ぎないがな」
「今読むと本当におかしな部分が多いんですよ、赤本も」
 リディアが大和のモニターに出て来て話してきた。
「ただ、それでも」
「石を受けているとか」
「石も大きいです。ただ」
「ただ。石以外にもあるのか」
「カテーリン書記長は真面目なんですよ」
 リディアはここでカテーリン自身のことも話した。
「そうなんですよ」
「確かに真面目だな」
「私がなくていつも皆のことを考えていて」
「悪い娘じゃないな」
「問題は確かに多いですけれど」
 それでもなのだ、カテーリンは。
「努力もされますから、それも必死に」
「ただ。かなり頑固ですね」
 秋山はカテーリンの性格の問題点を指摘した。
「こうと決めたら動かない」
「そういうところはありますね」
「それに。私が言うのも何ですが」
 自覚による前置きからさらに話す。
「心にゆとりがないです」
「そうしたところもありますね」
「ですがそれでもですね」
「いい方ですから」
 リディアが言うと他のソビエトの提督や国家達もだった、東郷に対してカテーリンのことを話すのだった。
「本当に国家と人民のことを第一に考えてくれているから」
「政策も厳しいにしても」
「生活も質素ですよ、あの人は」
「贅沢なんか絶対にされませんから」
「いい人ですから」
 それでだと話してだった、今もカテーリンのことを守ろうとしていた。今は敵味方に別れていても。
 東郷もその話を聞いてだ、静かに言う。
「わかっている、この戦いの後でじっくりと話して君達が決めてくれ」
「人民の人達が決めることですね」
 リディアがまた言った。
「そうしたことは」
「そうだ、ではまずはだ」
「この戦いに勝ちましょう」
 リディアも彼女が率いる潜水艦艦隊で攻撃を浴びせてそしてだった。
 戦場に踏み止まり続けているソビエト軍のクローン艦隊を倒していく、何段もの陣は一段ずつにしても確実に崩されていっていた。
 枢軸軍は徐々にカテーリンに近付いていた、そうして遂にだった。
 カテーリンが直接率いる本陣に迫った、そこにはミーリャとロシア兄妹もいる。
 ロシアがだ、迫る敵を前にしてカテーリンに言った。
「あの、もうここまできたらね」
「ここまで来たらって?」
「もう僕達の敗北は決定的だからね」
 だからだというのだ。
「下がってくれるかな」
「絶対に嫌だから」
 すぐにだった、カテーリンはむっとした顔でロシアに返した。
「私が逃げちゃ駄目って言ってるのに私が逃げてどうするのよ」
「じゃあやっぱりなんだ」
「そう、戦うから」
 この場に踏み止まってだというのだ。
「絶対に」
「そう言うと思ったよ。じゃあね」
「全軍持ち場を死守です!」
 カテーリンの命令は変わらない、そしてだった。
 本陣もその場に止どまり戦う、枢軸軍とのまさに最後の戦いだった。
 両軍は正面からぶつかり合った、その時だった。
 東郷は大和のモニターにカテーリンの乗る試験艦ワリャーグの独特のシルエットを見た、そして大和の艦長に対して問うた。
「あの敵艦を狙えるか」
「ワリャーグをですか」
「そうだ、カテーリン書記長の乗艦だ」
 まさにソビエトの総旗艦だ、それをだというのだ。
「出来るか」
「お任せ下さい」
 これが艦長の返事だった、軍人らしいきびきびとした口調だ。
「必ずや」
「では頼む」
「あの艦さえ沈めればですか」
「この戦争は終わる、ソビエトとな」
 東郷はワリャーグを見据えながら言葉を続ける。
「何、あれだけの大きさなら大和の砲撃を受けても轟沈はしない」
「つまりカテーリン書記長も乗員も生き残りますか」
「脱出は出来る、しかし総旗艦が沈めばな」
「それで勝負はありですね」
「ここで決める、いいな」
「わかりました」
 艦長も東郷の言葉に頷く、そして。
 大和は両軍の激しい応酬の中でカテーリンの乗るワリャーグに照準を定めた、それからだった。
 ビームを放つ、そのビームの速さと威力は誰でもかわせるものではなかった。
 大口径のビームが幾つも直撃した、それを受けてだった。
 ワリャーグは大きく揺れた、艦橋に立ち指揮を執るカテーリンもまた。
 大きく揺れ壁に叩きつけられた、その時に。
 手の甲を壁にぶつけた、その石を。
 石はその場で粉々に砕けてしまった、するとだった。
 ソビエト軍の動きがその瞬間に大きく変わった、それまではカテーリンの命令通り断固としてその場に踏み止まっていたが。
 急にだ、我に返った様に言うのだった。
「もうこれ以上は」
「同志書記長、やはりです」
「ここは撤退すべきです」
「そうしましょう」
「な、何言ってるの!?」
 カテーリンは幸いにして無傷だった、助け起こしに来た幕僚達にいいと答えてから自分で立ち上がったがその場で驚きの声をあげた。
「皆一体」
「最早枢軸軍の勢いは止められません」
「この本陣もかなりのダメージを受けています」
「枢軸軍は領土と捕虜の完全返還を前提に講和の話を出していますし」
「ここは」
「戦いを止めろっていうの!?冗談じゃないわ!」
 カテーリンはその白い顔を真っ赤にさせて彼等に言った。
「戦うのです!絶対に!」
「ですが最早」
「これ以上は」
「そんな・・・・・・皆どうしたの?」
「カテーリンちゃん、石が」
 モニターにミーリャが出て来た、強張った顔でカテーリンに言って来た。
「粉々になって」
「えっ!?」
「もうなくなっちゃってるよ」
「そんな、さっき壁にぶつけた時に」
「どうしよう、石がないから皆話を聞いてくれなくなったのよ」
「ここで退いたら」
 どうなるか、カテーリンは真っ赤になっていた顔を真っ青にさせて言った。
「共有主義が、皆が平等に暮らせる社会が」
「なくなっちゃうわよね」
「どうすればいいの!?皆が言うことを聞いてくれなくなったら」
「枢軸軍が降伏を打診してきています!」
 ここで報告が入った。
「そうすれば早速身の安全を保障すると!」
「だから駄目よ!」
 カテーリンは今もすぐに叫んだ。
「それだけは、絶対に!」
「ですが同志書記長!もう限界です!」
「ですから!」
 こう叫んでだ、彼等はだった。
 次次に、まさに雪崩を打つかの様に枢軸軍の方に流れていった、降伏を受諾するというサインを出したうえで。
「皆待って、待ちなさい!」
「同志書記長、申し訳ありません!」
「投降させて頂きます!」
 彼等はカテーリンに謝罪しながら動きを止めていく、そして忽ちのうちに。
 ソビエト軍で残っているのはカテーリンとミーリャ、そしてロシア兄妹のそれぞれの直属艦隊だけとなった、しかもその彼等もだった。
 かなりの数がダメージを受けていた。その将兵達も浮き足立っているのは明らかだった。
 その彼等も見てだ、ロシアはカテーリンに言った。
「もうここはね」
「祖国君もそう言うの!?」
「残念だけれどね」
 ロシアは顔を俯けさせて実際にそうした顔になった、そのうえでの言葉だった。
「惑星まで退こう、そこでね」
「枢軸軍とお話するの?」
「そうしよう」
 こうカテーリンに話すのだ。
「もう戦闘は意味がないよ」
「けれどここで負けたら」
「後は外交だよ」
 それの話になるというのだ、だからだった。
「僕達もいるから」
「ですからここは」
 ロシア妹も言う、そしてミーリャも。
「ここは祖国君達と一緒に行こう」
「ミーリャちゃんもそう言うの?」
「うん、政治もカテーリンちゃんのお仕事だし」
 むしろそちらが彼女の主な仕事だ、それにだというのだ。
「それにあたろう」
「負けたけれど皆絶対に守るから」
 カテーリンは石のことを完全に忘れて言っていた。
「そうするからね」
「うん、じゃあ今はね」
「全軍惑星エカテリンブルグまで撤退です」
 遂にカテーリンは生涯で最初の撤退の命令を出した。
「そして外交交渉の用意を」
「了解」
 こうしてだった、ソビエト軍は敗北を認め遂に宇宙から姿を消した、そしてだった。
 多くの投降兵達も迎え入れた枢軸軍はまずは勝利を実感していた、その中でだ。
 宇垣が大和に来た、山下と日本兄妹もだ。彼等は東郷に対してすぐにこう言って来た。
「では惑星に降り立ってだな」
「占領に入るぞ」
 宇垣と山下が東郷に強い声で言う。
「そしてそれからだ」
「講和だ」 
「その交渉だ」
「すぐに大和を惑星に向かわせてくれ」
「はい、では行きましょう」
 東郷は宇垣に応えて山下にも言った。
「星に降下です」
「さて、もう陸上戦もないだろうがな」
 それでもだった、山下も油断してはいなかった。その手にある剣は鞘に収められていても輝きは鈍ってはいない。
「それでもだ」
「戦闘の用意はしておいてくれ」
「わかっている」
 こう東郷に答える、日本兄妹もここで言う。
「それではですね」
「今からですね」
「祖国さん達も来てくれるか」
「はい、ロシアさん達もおられますし」
「それでは」
 二人も東郷の言葉に答える。
「私達も交渉の場にいるべきですね」
「今は」
「そうだ、では行こう」
 エカテリンブルグにだというのだ。
「これからが外交だ」
「さて、カテーリン書記長はかなり頑固だが」
 山下もこのことはよく知っていて言う。
「交渉は進むだろうか」
「どうだろうな、その辺りは」
 東郷は今はこう返した。
「外相次第だな」
「わしか」
「はい、やはりこうした交渉なら」
 外交の場ならばだというのだ。
「外相のお仕事ですから」
「任せておいてもらう、必ずだ」
 宇垣も外相として強い声で語る。
「この交渉を迅速に成功させる」
「御願いしますね、それでは」
「こうした身体だがな」 
 宇垣の身体はサイボーグのままだ、今の姿はというと。
 また変わっていた、巨大な機械の顔の額に本来の顔がある、そんな姿になっていた。
 その姿でだ、こう言うのだ。
「わしはわしだ」
「あの、外相何かもう」
 日本妹はその宇垣を見て引いた顔で述べた。
「サイボーグというよりは」
「顔だと申されるか、妹殿は」
「そうとしか」
 見えないとだ、こう答えるのだった。
「それでお身体の方は」
「あと少しとのことです」
 人間の身体、クローン技術で造ったそれがようやく出来上がるというのだ。
「後はそこに脳を移植すればいいのだが」
「そうですか」
「本当にあと少しです
 宇垣は期待する声で言う。
「わしは戻れます」
「早くそうなってもらいたいですよね」
「いや、これが中々」
 だがここでだった、宇垣は機械の額から笑って言って来た。
「面白いものです」
「面白いですか」
「少なくとも奉職を続けられるのですから」
「外相は満足されていますか」
「わしは動ける限りは動きます」
 そして働くというのだ。
「ですから」
「外相さえ宜しければ」
 日本妹はまだ戸惑っているが彼さえよければと言ってだった。
 そのうえでだ、こう宇垣に言ったのだった。
「私としてはいいです」
「そういうことで御願いします」
 こう話してこのことはよしとなった、宇垣は今の身体であっても宇垣のままだった。巨大な顔になっていても。
 東郷は余裕のある顔でだ、大和を惑星に向かわせながらこんなことも言った。
「さて、交渉の時はだ」
「何かありますか?」
「紅茶を飲みながら話をするか」
 こう日本に言ったのだ、楽しげな顔で。
「そうするか」
「紅茶ですか」
「そう、ジャムを舐めながらな」
「そういえばロシアンティーですが」
 ここで日本も言う。
「私達はずっとジャムを入れて飲むものと思っていましたね」
「そうだったな」
「はい、しかし実際はどうかといいますと」
「ロシアでは紅茶にジャムは入れない」
 実際はそうだったのだ、ロシアでは。
「スプーンに付けたジャムを舐めながら飲む」
「牛乳は入れますが」
 つまりミルクティーはあるのだ。
「ですがジャムは入れませんね」
「そうだったな」
「はい、そうでした」
「俺もソビエトに入るまで知らなかった」
「私もそうでした」
 これは日本もだった、彼もソビエト領に入るまでロシアンティーというとジャムを入れるものだと思っていたのだ。
 しかし実際は違っていた、舐めるのだった。
 それでそのロシアンティーについてだ、東郷はさらに話した。
「しかし実際にやってみるとだ」
「それもまた美味しいですね」
「そうだな、ロシアの人達が言う通りな」
「ロシアのお菓子とも合います」
「カテーリン書記長は贅沢は嫌いだがお茶位は出るだろう」
「そしてそのお茶を飲みながらですね」
「交渉をしよう」
 こう言うのだった。
「余裕を以てな」
「それ程余裕を以て交渉出来る相手か?」
 山下は眉を顰めさせてその東郷に問うた。
「カテーリン書記長、それにロシアだぞ」
「手強い相手だな」
「わかっているではないか」
「しかしこちらの条件はもう言ってある」
 全領土と捕虜の返還のうえでの講和である。
「あちらにとっては最高の条件だ」
「それはそうだが」
「まさかカテーリン書記長も断らないだろう」
 これが東郷の読みだった。
「講和は成る」
「いや、問題は講和ではなくだ」
「ソビエトの去就か」
「出来れば枢軸側に加わってもらいたい」
 山下が懸念しているのはこのことだった、ソビエトが講和してからどう対応をするかなのだ。
「中立も敵でなくなるからメリットはあるがな」
「しかし枢軸に入ってくれるとか」
「ソビエト軍の戦力は大きい」
 それもかなりだ、伊達にこれまで枢軸国を一国で相手をしてきた訳ではない。
「参加してくれると大きい」
「それはその通りだ」
「では貴様もだな」
「ソビエトは枢軸国に入ってもらいたい」
 実際にそう考えているというのだ、東郷にしても。
「戦力的にもな」
「そしてだが」
 山下は東郷の話を聞いてさらに言う。
「経済的にもだな」
「太平洋経済圏にだな」
「ソビエトは入るだろうか」
「それは無理だろうな」
 東郷はこのことについては否定的だった。
「あの国は共有主義だからな」
「だからか」
「例え資産主義になったとしてもだ」
 そうなってもだというのだ。
「あの国は独特だ、我々と経済的な交流がない」
「これから入るというのはどうだ」
「どうだろうな、それもな」
 やはりわからないというのだ。
「そうだとは言い切れない、俺もな」
「太平洋経済圏により我々はかなり発展しているが」
 このことは経済的にだけではない、あらゆる交流が進み文化的にも技術的にもそれはかなり進んでいるのだ。
 だがソビエトはどうかというと。
「あの国はまた独特だからな」
「別の経済圏か」
「ソピエト経済圏と言うべきな」
「枢軸国に参加してもか」
「太平洋経済圏はわからない、それにだ」
「それにというと?」
「太平洋経済圏は太平洋を中心としている」
 その名前からわかる様にだ、太平洋経済圏はそうした組織だというのだ。
「中南米にインド洋も入るがだ」
「アフリカやスペインは入っていないな」
 同じ枢軸国でもだ、アステカや元も参加しているがそれでもソープ帝国やアラビアの国々は参加していないのだ。
 そのことからもだ、東郷は秋山に言う。
「それと同じだ、ソビエトもな」
「参加しないか」
「そう思う、俺はな」
「太平洋にあってもか」
「それでも経済圏が違う」
 太平洋とソビエト、それぞれ別れているというのだ。
「そして欧州は欧州でだ」
「経済圏が違うな」
「欧州全土の経済圏がこの戦いの後出来るだろうな」
「欧州経済圏か」
「おそらくそれが出来る」
 東郷は欧州についても言及した。
「アフリカも入る、戦後も色々あるだろう」
「戦いに勝っても終わりではないな」
「むしろそこからはじまりだ、ではな」
「よし、まずは陸軍が降下しよう」
 戦いはないだろうと読んでいてもだ、用心はしてだった。
「安全は保障する」
「頼むな、利古里ちゃん」
「任せておけ、少なくとも不埒者に好き勝手はさせん」
 山下はこう東郷に言って実際に先にエカテリンブルグに陸軍を率いて降下し外交交渉に当たる東郷達が入る港と会談場所であるカテーリンのいる建物とそこまでの道の安全を確保した、東郷達はそのうえでエカテリンブルグに降下しカテーリンと会談の場を持った、また一つ戦いが終わろうとしていた。


TURN115   完


                         2013・6・8



ようやく長かったソビエト戦も終わったか。
美姫 「後は会談がどう進むかよね」
だな。枢軸への加入を望んではいるみたいだけれど。
美姫 「それは東郷の言うように難しそうよね」
果たして、この後の会談でどう纏めるかだな。
美姫 「でも、まだ石があるのよね」
うーん、最後の抵抗とばかりに使ってくるか、どうか。
美姫 「それも含め、どんな形で纏まるかしらね」
次回も待っています。
美姫 「待ってますね〜」



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