『ヘタリア大帝国』




                     TURN110  法治

 モスクワ陥落の報はすぐに全世界に伝わった、セーラとイギリス達はその報をロンドンで聞き驚きの声をあげた。
「モスクワが陥ちたのかよ」
「はい、間違いありません」
 イギリス妹が自分も驚きを隠せない顔で兄達に報告する。
「モスクワのエイリス大使館から枢軸側に抑留される直前の報告です」
「それで大使館の連中はどうなったんだ?」
「彼等はすぐに解放されました」
「それで無事だったんだな」
「はい、彼等は」
「ならいいけれどな、それでもな」
 イギリスは驚きを隠せないまま言う。
「まさかモスクワがこうも簡単にな」
「かなりの激戦でしたが」
「それでもソビエト軍は負けたんだな」
「ドクツ軍とイタリン軍もです」
「イタリン軍はわかるけれどな」
 イギリスは彼等については全く気にしていなかった、負けて当然だというのだ。
「それでもな」
「ソビエト軍の敗戦はですか」
「ここまであっさり負けたか、ドクツ軍もいて」
「枢軸軍の戦術が水際立っていたとのことです」
「あの長官か」
 イギリスは東郷のことだと察してそして言った。
「ソビエトもしてやられてるんだな」
「それでモスクワもです」
「陥落してか」
「今ソビエト軍はロシア平原に再集結しています」
「そこでもう一度決戦か」
「その考えの様です」
「まだ数はソビエトの方が多いよな」
 イギリスは妹に彼等の数のことを問うた。
「モスクワが陥落しても」
「はい、まだかなり」
「その数でまた戦うんだな」
「しかし何故かです」
「何故か?モスクワの他にまだ何かあるのかよ」
「ソビエト軍の艦艇、新造のものの何割かが配備先が不明です」
 イギリス妹は怪訝な顔になり兄にこのことを報告した。
「そのロシア平原のソビエト軍主力にも回されていません」
「予備戦力として置かれてはいないのですか?」
 ロレンスがその報告に問い返した。
「そうではないのですか?」
「予備戦力としても表に出る筈ですが」
 だがそれでもだというのだ。
「出ていません」
「それはおかしいですね」
「カテーリン書記長とミーりゃ首相、そしてロシアさん達もです」
 イギリス妹はさらに話す。
「時折何処かに行っていますし」
「そのことは前から不思議に思っています」
 これまで沈黙を守りイギリス妹の報告を聞いていたセーラも言う。
「モスクワから時折消息を絶ちますね」
「情報部も何処に行っているのか確かめられません」
「そうですね、おかしなことに」
 セーラは眉を曇らせながらイギリス妹と話す。
「何処に行っているのでしょうか」
「あの国は秘密星域もあるわ」
 エルザはここで言った。
「だからそこにいてもね」
「わからないのですね」
「ええ、全くね」
 困った顔で、だ。エルザは自分が知っている中にないその秘密星域のことに眉を顰めさせて言うのだった。
「これではいざという時にそこに逃げられたら」
「どうしようもないのですね」
「そうなのよ」
 エルザは彼女が知っている宇宙の宙図を頭の中に出しながら話した。
「だからあの国は厄介なのよ」
「その秘密星域の場所もわからない」
 モンゴメリーも苦い顔で言う。
「ソビエトはまだ多くの謎があります」
「じゃあ若しロシア平原で負けても」
「そこに逃げれば」
 モンゴメリーはイギリスにも話す。
「わからないです」
「そういう国なんだな」
「それでロシア平原のことだけれど」
 マリーはイギリス妹にその次の決戦の場のことを問うた。
「ソビエトも首都奪われたし意地があるわよね」
「ですからあの地にニガヨモギと冬将軍スノー提督を置いてあります」
「あの大怪獣もなのね」
「はい」
 イギリス妹はニガヨモギと聞いて眉を顰めさせたマリーに答えた。
「そうです」
「大怪獣ね、あれを使えば」
「ソビエトも逆転できます」
 戦略的にだ、そうした意味でニガヨモギはまさにソビエト軍の切り札だというのだ。
「そしてその可能性はかなり高いです」
「大怪獣は本当にどうしようもねえからな」
 イギリスもその恐ろしさは知っている。、時折エアザウナの驚異を受けてきたからだ。それはまさに天の災厄である。
「あれだけはな」
「枢軸軍はかつてエアザウナを倒していますが」
 セーラはこのことを出してイギリス妹に問うた。
「それでもですね」
「ニガヨモギはエアザウナ以上の広範囲攻撃が可能です」
「あれ以上の」
「耐久力、個々の攻撃力ではエアザウナの方が上ですが」
 それでもだというのだ。
「広範囲攻撃においては」
「そうですか、今の枢軸軍を相手にするにはですね」
「ニガヨモギの方がいいです」
「だからですか」
「はい、しかもスノー提督もいます」
 イギリス妹は彼女の名前も出した。
「あの方の力は防寒設備をしていても」
「全てを凍らせてしまいますか」
「例え艦艇の性能が落なくともです」
 寒さでそれを防いでもだというのだ。
「視界やレーダー、ソナーを妨害します」
「そうなりますか」
「ニガヨモギだけではありません」
 彼女もいる、だからだというのだ。
「ソビエト軍は今度こそはです」
「勝利を収めますか」
「そうなるかと、ただソビエト軍は既にかなりのダメージを受けています」
 シベリアからモスクワまで奪われたその中でだというのだ。
「戦後その力をかなり落とすことは間違いありません」
「では戦後ソビエトは国際社会で主導権を握れないですね」
「そうなります、我々もかなりのダメージを受けていますが」
「では問題はドクツですか」
 セーラはソビエトのダメージを聞いたうえで述べた、無論エイリスが受けているダメージのことも頭の中に入れて話す。
「あの国ですね」
「ドクツもベルリンまで迫られました」
 そしてあと少しで国が滅んでいた、この国も受けたダメージは大きい。
 だがそれでもだというのだ、この国はというのだ。
「ですがヒムラー総統の下その国力を驚異的な速さで回復し」
「だからですね」
「はい、あの国は戦後欧州ひいては世界において大きな発言力を持つでしょう」
 そうなるというのだ。
「間違いなく」
「そのドクツにどうするかですね」
「気をつけろよ、ヒムラー総統は謀略家だぜ」
 イギリスは本能的にヒムラーの本質を見抜いていた、伊達に国家として長きに渡って生きている訳ではない。
「権謀術数についてはお手のものだ」
「だからですね」
「ああ、何をしてくるかわからないからな」 
 だからだというのだ。
「戦後はあの国をどうするかだよ」
「戦後もエイリスの苦難は続きますか」
「間違いなくな、植民地を奪い返してもな」
 エイリスからはそうなる、ガメリカと中帝国が枢軸側に回った今彼等の承認も無効としている。
「ドクツをどうにかしないといけないからな」
「そうですね、ですがまずは勝たなければ」
 セーラは戦後のことも考えながらも今の戦いのことも考える。
「なりませんね」
「我々も反撃作戦の計画を進めています」
 ロレンスがこのことを語る。
「ですがこれまでのダメージが大きく国力の消耗が予想以上でして」
「今はですか」
「こちらも動けません」
 これがエイリスの現状だった、先の南アフリカ方面からの反撃作戦の失敗も大きかった。
「今は戦力の回復と再編成を進めましょう」
「わかりました、それでは」
 セーラは項垂れようとする頭を何とか上げてそのうえで言うのだった。
「今は戦いに備え剣を磨きましょう」
「その様に」
 エイリス軍はモスクワ陥落に驚きながらもそれでもだった、彼等は今の彼等の為すべきことを進めていた。何度も敗れながらも退く訳にはいかなかった。
 モスクワ陥落の報はヒムラーも聞いた、だが彼はそのことに驚くことなく報告したハンガリーにこう言っただけだった。
「わかった、それならだ」
「それならとは」
「若しあの国がロシア平原で負けたらね」
 その時はどうするかというのだ。
「ドクツ軍はソビエトから撤退させるよ」
「それは何故ですか?」
「もうロシア平原で負けたらソビエト軍の敗北は決定的だからだよ」
 それが撤退させる理由だというのだ。
「助ける意味はないよ」
「そうですか」
「どちらにしてもこの戦争の後で倒すつもりだしね」
 あくまで一時的な同盟だというのだ、ヒムラーもこの辺りはレーティアと変わらない。
「だからね」
「若しロシア平原で敗れたなら」
「ドクツ軍はソビエト領より撤退、枢軸軍を迎え撃とう」
「ではその用意をですね」
「今からしておこう、ベルギーやオランダも呼んでね」
 つまり今ドクツを構成している全ての国家をだというのだ。
「作戦会議をはじめよう」
「了解です」
 ハンガリーは今は事務的に応えた、感情はあえて消していた。そのうえでドクツの国家達はヒムラーを議長として作戦会議を行った。
 だがそれが終わってからだ、ロシア平原に戻ったドイツ妹とプロイセン妹は複雑な顔だった。
 そしてその顔でだ、プロイセン妹はドイツ妹に言うのだった。
「戦略的には正しいけれどね、総統さんの考え」
「ええ、そうね」
「けれどね、何かね」
「綺麗なやり方ではないわね」
「レーティアさんと違ってね」
 彼女のことを考えて言うのだ。
「あの人は絶対に勝つ様に考えるしね」
「そしてこの状況でも」
「最後の最後まで戦ってるよ」
 そう彼女達に命じているというのだ。
「だからロンメルさんだってイタリンに残ったんだよ」
「その通りよ、ヒムラーさんの考えは」
「好きになれないね」
「何をしても綺麗なところがないのよね」
「結構小狡いよな」
「ええ」
 本当に何をしてもだ、ヒムラーがするとそうなるというのだ。
「レーティアさんが何をされても堂々とされていたのとは違って」
「器かね」
 プロイセン妹はこうも言った。
「やっぱり」
「人としての器ね」
「あの人は確かに優れてるよ」
 少なくとも第二代ドクツ第三帝国総統としてj敗北寸前だったドクツを救い国家をもう一度纏め国力も回復させた、軍隊も復活させた。
 それだけの政治手腕がある、だがだというのだ。
「器が違うんだよね」
「レーティアさんはまさに英雄だったけれど」
「あの人はね」
「英雄ではないわね」
「首相の器かも知れないよ」
 それだけのものはあるというのだ、ヒムラーにも。
「けれどね、レーティアさんとは全然違ってね」
「総統の器ではないのね」
「国家元首のな」
 レーティアを基準としてまた言うのだった。
「その器がどうしても気になるね」
「今はいいけれど」
「そのうち何か出そうだよ」
 これがプロイセン妹の予想だった。
「その器がね」
「私もそう思うわ。レーティアさんなら違うわ」
「あの人が戻って来てくれれば」
「そう思うわ」
 二人はヒムラーがロシア平原での戦いの如何で撤退をするという決定に正論だと思いながらもそこに彼の器を見たのだった、そのことにレーティアとの違いも見ていた。
 敗れたソビエト軍もただ指を咥えて見ているだけではない、ロシア平原に今ソビエトが持てるだけの戦力を集めていた。
 指揮官はコンドラチェンコだった、彼は集結している大軍を見て真剣な顔で言った。
「これだけ集めても、だからな」
「はい、枢軸軍には敗れ続けていますから」
「油断出来ないですよね」
 そのコンドラチェンコにリトアニアとウクライナが後ろから言う。
「モスクワでも敗れています」
「それでは」
「ここで負けたら冗談抜きで終わりだからな」
 今はウォッカも飲んでいない、コンドラチェンコは素面だった。
 その普段より遥かに真剣な顔でだ、彼は言うのだった。
「ソビエトでもな」
「だからスノーさんとニガヨモギも出しますね」
「ああ」
 そうだとだ、リトアニアの問いに答える。
「そうするからな」
「スノーさんの吹雪でも今の枢軸軍艦艇の性能は落ちないですよね」
 ウクライナがこのことを指摘する。
「それでも視界等は遮られますから」
「ああ、思いきり吹雪を出してもらうよ」
 そうしてもらうというのだ。
「言うなら提督は目くらまし担当だよ」
「そしてニガヨモギで」
「連中を撃つ」
 これがコンドラチェンコの作戦だった。
「艦隊とな」
「そして今度こそですか」
「勝つからな、ソビエト軍が」
「わかりました、それでは」
「じゃああの娘のクローンとも話すか」
「じゃあトルカさん呼びますね」
 ラトビアが言って来た、彼もいるのだ。
「そうしますね」
「ああ、それじゃあな」
 コンドラチェンコも色々と動いている、そして。
 彼はトルカを前にしてこう彼女に言った。
「じゃあ頼むな」
「ええ」
 トルカ、クローンの彼女はコンドラチェンコのその問いに答える。
「そうさせてもらうわ」
「ああ、無理をしてもらうがな」
「構わないわ、代わりはいるのよね」
「あんた自身がな」
 クローン故の言葉にだ、コンドラチェンコは私情を隠して答えた。
「いるさ」
「なら問題はないわ」
「あんたがそう言うんならいいさ」
 やはり私情を隠し真剣な顔で言うコンドラチェンコだった。
「それでな」
「ええ、それじゃあ」
「ニガヨモギはあんたに任せた」
「暴れさせればいいのね」
「そういうことだ、あんたの思う様にやってくれ」 
 コンドラチェンコにはトルカにはこう言うだけだった、だが。
 リトアニア達のところに戻るとだった、難しい顔でこう言った。
「なあ、どうもな」
「クローンのことですか」
「好きになれないんだがな」
 首を傾げさせながらの言葉だ。
「どうしてもな」
「難しい問題ですね」
「人間、だよな」
 これがコンドラチェンコが首を傾げさせる理由である。
「やっぱりな」
「どうでしょうか」
「オリジナルの人がいてもな」
 それでもだというのだ。
「クローンもそうじゃないのか?」
「どうなんでしょうか」
「俺はそう思うけれど書記長さんはオリジナルが人間でな」
 クローンは違う、それがカテーリンの考えなのだ。
「実用化してもいいって仰るからな」
「クローンは実用化されていますね」
「こうした場合にな」
「同志書記長のお考えですから」
「絶対、だよな」
「ソビエトでは」
「それは俺もわかってるさ、書記長さんもソビエトのことを第一に考えてるんだよ」
 カテーリンは少なくとも公を優先させる、私は挟まない。そのうえで常にソビエトと人民のことを考えてはいるのだ。
「けれどな、難しい話だよなクローンは」
「ですから同志書記長が定められたので」
「いいよな」
「そうなります」
 ソビエトではだ、リトアニアはコンドラチェンコにカテーリンの考えに異論を言うことは危険だとも忠告している。
「では」
「ああ、言わない方がいいな」
「それで御願いします」
「じゃあいいか」
「はい、それではですね」
「枢軸軍が来ればな」
 その時にだというのだ。
「戦うからな」
「了解です」
「それでは」
 リトアニア達はコンドラチェンコの言葉に頷く、そうした話をしてだった。
 彼等は枢軸軍を待ち受けていた、その枢軸軍はというと。
 モスクワにいた、そこでロシア平原での戦いの用意を進めていた。 
 だがその中でだった、またしてもだった。
「外相が負傷されてか」
「はい、再びです」
「これで三度目だな」
 東郷は少し苦笑いになって報告する秋山に述べた。
「改造は」
「あの、まだ改造すると決まっては」
「いや、それしか生きられる方法はないな」
「それはそうですが」
「それならだ」
 東郷は言う。
「またサイボーグ手術だ」
「確かにそれはそうですが」
「平賀長官はどうしている?」
「既に手術室に入っておられます」
 つまり彼女も乗り気だというのだ。
「早く身体を持って来てくれと」
「そうか」
「今度も最強の軍人にすると仰っています」
「それは何よりだ、それならだ」
 東郷は秋山の話を聞いて言う。
「俺も手術室に行こう」
「邪魔になりませんか?」
「手術が終わりまでは別室に待機しておくさ」
 そうするというのだ。
「そうじて待とう」
「では」
「しかしな」
「しかしとは?」
「今度はどういった風になるかな」
 やはり楽しそうに言う東郷だった。
「見ものだな」
「あの方も色々とありますね」
「ああしてサイボーグになられても国家の為に働かれることは」
「凄いことだ」
 東郷はこのことには素直に尊敬の感情を持っていた、それで言うのだ。
「俺にはな」
「はい、私もです」
 そこまでは出来ないというのだ。
「まさに忠臣ですね」
「そう思う、では手術室の方に行こう」
「わかりました」
 二人は宇垣のところに向かった、そしてだった。
 手術室の前に行くと、そこには日本兄妹がいて二人に言って来た。
「あっ、手術は先程終わりました」
「そうなりました」
 兄妹は二人に対して言う。
「無事成功しました」
「外相はまた戦えます」
「それはいいことですが」
 だが、だとだ。秋山は二人に心配する顔で述べた。
「しかしです」
「どうなったか、ですね」
「外相のお姿が」
「はい、今度はどうなったのでしょうか」
 秋山が気にしていることはこのことだった。
「これまで改造の都度変わっておられますが」
「そのことだが」
 ここで平賀が出て来た、そのうえで二人に話す。
「今度は全身だ」
「全身とは」
「肌も合金のものになった」
 そうなったというのだ。
「他にも何かと改造させてもらった」
「どういった感じでしょうか」
「まずは外相本人に会ってみればわかる」
 ここで話すよりも会う方がいいというのだ。
「それからだ」
「そうだな、それで外相は何処だ」
「ここにいる」
 東郷が宇垣の居場所を問うとだった、その宇垣本人が出て来た。
 見れば平賀の話通り肌が合金になっている、顔も全て生身ではない。
 機械で人間を造った様な感じだ、その宇垣が言うのだ。
「また変わってしまったか」
「あの、最早ですが」
 秋山は戸惑いを隠せない顔で彼に言う。
「アンドロイドに見えるのですが」
「そちらか」
「サイボーグというよりは」
「そうやもな、しかしだ」
 それでもだとだ、宇垣は秋山に返す。
「わしはこうして生きている、それならばだ」
「戦われますか」
「今生身の身体ができようとしている」
「クローン技術を使わせてもらっている」
 平賀がまた話してきた、無論久重の口から話している。
「こうした場合の使用は許可されているからな」
「それではやがては」
「そうだ、脳さえあればだ」
 それでだというのだ。
「わしはやがては生身に戻れるからな」
「それまでの辛抱ですね」
 東郷も宇垣の話を聞いて応える。
「そういうことですね」
「そうだ、だから心配無用だ」
「外相がそう仰るのなら」
 東郷としてもだというのだ。
「俺は構いませんが」
「そう言ってくれるか」
「はい、しかし他の提督の艦隊も被害を受けますが」
 東郷とて例外ではない、だがそれでもだった。
「外相だけはそうして」
「そうだな、身体がダメージを受けてな」
「サイボーグになられていますが」
「思えば不思議だ」
 その宇垣自身も思うことだった。
「わしだけというのはな」
「そうですね、本当に」
「しかしわしは生きている」
 そのサイボーグになってもだというのだ。
「それならば奉職させてもらう」
「くれぐれも無理はなさらないで下さい」
 日本は心配する顔で宇垣に告げる。
「お命があってのことですから」
「そうです、外相は外務大臣としてだけでなく艦隊司令としても戦っておられますから」
 日本妹も心配している顔だ。
「くれぐれも」
「お心遣い感謝します、では自重もしながら」
「宜しく御願いします」
「それで」
 二人も宇垣を大事に思っていた、それでこう声をかけたのだ。
 宇垣はまたしても身体が変わった、そのうえで戦場に復帰するのだった。
 モスクワからロシア平原への侵攻準備の中でだ、東郷は今度はというと。
 捕虜となっているジューコフのところに赴いた、今回は山下が同行している。 山下は東郷に対してこう問うた。
「私が同行する理由はだ」
「ジューコフ元帥と会いたいからだな」
「そうだ、ソビエトの誇る名将だ」
 山下は武人の顔で東郷に答える。
「是非一度お会いしたいと思っていた」
「それでだな」
「そうだ、武人としても立派な方と聞く」
 このことでも評判だ、ジューコフは謹厳実直な生粋の軍人なのだ。
「その方とは是非だ」
「利古里ちゃんらしいな」
「私らしいか」
「利古里ちゃんも武人だからな」
 東郷は微笑んで横にいる山下に述べる。
「武人は武人を求めるか」
「そうなる、だが」
「だが、とは?」
「貴様がジューコフ元帥の下に赴く理由だ」
「スカウトだ」
 それで赴くというのだ。
「その為だがな」
「責務か」
「ジューコフ元帥まで加わるとなると大きい」
 また一人名将が加わる、それがだというのだ。
「枢軸軍の陣営はさらに強化される」
「そういえば今度枢軸側のソビエト軍も編成するそうだな」
「その予定だ」
「そこにジューコフ元帥も加わるか」
「ソビエト軍最高司令官になってもらう」
 枢軸側の、だというのだ。
「参加してくれればな」
「そうか」
「是非にと思っている」
「いい考えだ、では私もだ」
「元帥の説得に協力してくれるか」
「洗脳されていなければそれは容易だろう」
 共有主義に染まっていなければだというのだ。
「あくまで洗脳されていなければだがな」
「そうだな、降伏した将兵が降伏した先に加わることは常識だ」
「そのことで誰も責めない」
 そして責めてはならない、この世界の暗黙かつ絶対のルールの一つだ。
「だからだな」
「その場合はいい、しかしだ」
「共有主義に洗脳されていれば」
「説得は容易ではない」
 そうなるというのだ。
「そしてその場合はだ」
「利古里ちゃんにも協力を頼みたいが」
「洗脳の解き方はレーティア総統からお聞きしている」
 憲兵は陸軍の部隊の一つだ、山下は彼等を率いる立場からレーティアからそうした技術も学び身に着けているのだ。
「任せろ」
「それではだ」
「うむ、行くとしよう」
 二人で話してそしてだった。
 東郷と山下はジューコフのいる貴賓室に入った、見れば彼はスプーンに付けたジャムを舐めながら紅茶を飲んでいた。
 その他にはこれといって何もない、実に質素な感じだ。
 その彼にだ、東郷と山下はお互いの敬礼の後で話した。
「今回私達がここに来た理由ですが」
「それはもうわかっている」
 ジューコフは山下に対して答えた。
「私に枢軸軍に加われというのだな」
「はい」
 その通りだとだ、山下も答える。
「お誘いに来ました」
「そうだな」
「それでなのですが」
「条件がある」
 ジューコフはここで二人が想定しなかった言葉を出してきた。
「それにはな」
「条件といいますと」
「同志カテーリン書記長のことだ」
 彼女のことだというのだ、条件は。
「私はこの戦争は君達が勝つと思っている」
「何故そう思われるのですか?」
「我々の戦術を何度も破ってきている、その才覚があればだ」
 ソビエトに勝つというのだ。
「ソビエトの大半も占領しモスクワも占拠した」
「そのことも含めてですか」
「ロシア平原でも勝つだろう、ロシア平原で勝利を収めれば全ては決する」
「だからなのですか」
「私は君達が勝つと思う、だが」
「カテーリン書記長を」
「あの方は確かに子供だ」
 本当に年端もいかない、まだ小学生の年齢だ。
「その政策にも子供故の至らなさもある」
「共有主義自体がですね」
「私は実は共有主義を信じてはいないが」
 それでもだというのだ。
「あの方は好きだ、純粋に人民と国家のことを想いそのうえで動いておられる」
「私のない人だというのですね」
「自他共に厳しく何かと風紀に口煩い方だが」
「それでもですね」
「全てはソビエトの為なのだ」
 人民と国家を考えてのことだというのだ。
「ご自身は極めて質素でしかも血は好まれない」
「ただ厳しいだけの子供だというのですね」
「悪意はないのだ、そして非道もされない」
「だからですか」
「ソビエトに勝利を収めてもあの方を処罰しないでもらいたい」
 これがジューコフの出す条件だった。
「このことを確かに約束してくれるのならばだ」
「枢軸軍に加わって頂けますか」
「そうさせてもらう」
「わかりました、しかし」
 それでもだとだ、ここで山下はジューコフに答えた。
「それは今ここでの口約束ではありませんね」
「貴国の帝から正式に約束してもらいたい」
 閣僚達の口約束ではなく、というのだ。
「そうしてもらいたい」
「左様ですか」
 山下はジューコフとまずはここまで話してそれからだった。
 己の隣に座る東郷に顔を向けてこう問うた。
「どう思う」
「帝に約束してもらうかどうかか」
「そうだ、このことは大きいぞ」
 国家元首の約束だ、軽い筈がない。
「非常にな」
「帝にお話しよう、それからだ」
「戦後のカテーリン書記長の身の安全の保障をだ」
「すぐに帝にお話しようか」
「そうだな、すぐにな」
 二人で話してそうしてだった。
 東郷と山下は一旦ジューコフの前から退きすぐに御所に赴いた、そこで帝にジューコフとの約束の話をした。
 するとだった、帝の傍に控えていた宮内大臣兼侍従長であるハルがその鋭い三角系の眼鏡の奥の目を怒らせて言って来た。
「なりません!」
「ああ、やっぱりですか」
「そうです、ソビエトが帝に何をしたか」
 宮廷襲撃のことである。
「それを考えると」
「全くですな、あれは不敬に過ぎます」
 外相である宇垣もその機械の顔で言う。
「宮中を襲撃し帝の偽者を使い工作をするなぞ」
「そうです、カテーリン書記長許すまじです」
「ここは処刑とまではいかずとも処罰を求めるべきです」
「そうしなければなりません」
 これが二人の意見だった、そして内相の五藤はというと。
「そうですね、この場合は」
「内相の意見は」
「はい、いいんじゃないかと思いますが」
 こう山下に答えるのだった。
「水に流すという訳にもいかないことですが」
「ではどうしろと」
「カテーリン書記長に謝罪してもらえば」
 それでだというのだ。
「帝に。それでいいかと」
「ふむ、そうだな」
 その話を聞いた首相である伊藤も言う。
「私もそれでいいと思う」
「ジューコフ元帥の参加は大きいですし」
「しかもソビエトもそれならと思うだろう」
 謝罪だけで済む寛大な処置ならというのだ。
「それではな」
「いいですね」
「うむ、処罰となるとだ」
 やはり重いというのだ。
「死刑はなくとも裁判、そして実刑判決だからな」
「そこまではと思いまして。確かに宮廷への工作は許してはなりませんが」
「それはその通りだ」
「ですがそれでも」
「そうだ、謝罪位で済ませてだ」
 そしてだというのだ。
「話を収めるべきだ」
「ですがそれでは」
「軽過ぎるのでは」
 ハルと宇垣はあくまで言う。
「宮廷への襲撃、そして帝への不敬行為です」
「許せてはおけません」
「ですから謝罪ということで」
「それで非を認めさせるのだ」
 五藤と伊藤も反論する。
「それでいいのでは?」
「穏健にいくべきだ」
 今は発言せず、こうした閣議では常だが国家元首として閣僚達の議論に任せている帝の御前において閣僚達は二つに別れていた、その中で。
 やはり議論を見守っている柴神と日本が東郷と山下に問うた。
「二人はどう思うか」
「この場合は」
「謝罪か処罰ですか」
「どちらがよいかというのですね」
「私達は今回は票決に参加しない」
「そうさせてもらいます」
 何故そうするのかもだ、柴神と日本は二人に話した。
「今回は諸君等で決めるべきことだ」
「そう判断しましたので」
「そうですか、だからですか」
「それでなのですか」
「任せる、全てな」
「そうさせてもらいます」
 彼等は二人にこう告げてそしてだった。
 東郷と山下に判断を委ねたのだった、その委ねられた二人はというと。 
 少し考えてからだ、こう答えたのだった。
「謝罪でいいかと」
「私もそう思います」
「それは何故だ」
 柴神は謝罪でいいと答えた二人に問うた。
「何故それでいいか」
「はい、確かにカテーリン書記長は思わぬ工作を仕掛けてきました」
「それは我々の尊厳を傷つけるものでした」
「恐れ多くも帝を害しようとするということは」
「あってはならないことです」
 二人もこう考えていた、このことはハル達と同じだ。 
 だがそれでもだとだ、二人は言うのだ。
「ですが他国の国家元首を処罰することは出来ません」
「属国ではないですから」
「裁判にかける権利もありません」
「そうしたことを考えまして」
 だから日本側がカテーリンを処罰することは出来ないというのだ。
「それはソビエト人民のすることです」
「日本帝国のすることではありません」
「ですから今回はです」
「謝罪のみということで」
「そうですか、わかりました」
 日本は法的な問題から答えた二人の話を聞いて言った。
「お二人はそう考えられますね」
「しかしそれでは他国にしめしがつかないのでは」
「よくありませぬ」
 ハルと宇垣は国家の尊厳から語る、そして。
 五藤と伊藤はだ、政治から語るのだった。
「いえ、処罰までいくとソビエトからの反発が予想されます」
「この場合は穏健である方がよいかと」
 尊厳と政治、そして法律だった。この三つの問題になっていた。
 しかし票はもう決まっていた、政治的判断を言う五藤と伊藤、法律から言う東郷と山下が謝罪でよしとしている、反対派はハルと宇垣だ。
 四対二。これで決まりだった。
 帝はそれを見届けてから一同に告げた、その告げた言葉はというと。
「私は謝罪でよしと判断します」
「帝はそう思われますか」
「それでしたら」
 ハルと宇垣も聖断ならばと言う、彼等も忠臣である。
 それでだ、こう言ったのだった。
「我等もそれで」
「異論はありませぬ」
 自分達の意見を引っ込めた、そしてだった。
 カテーリンの戦後の処遇は決まった、それからだった。
 伊藤は難しい顔で五藤に言う、今二人は日本のとある料亭で話をしている。 
 豪勢な懐石料理を食べながらだ、彼は言うのだった。
「法律か」
「それですね」
「あの二人は法律を出した」
 言うのはこのことだった。
「軍人らしいな」
「軍人は法がなければ動かないからですね」
「そうだ、そしてだ」
「そしてとは」
「我々は政治を優先させたな」
「外相達は尊厳を」
「どれも国家にとって極めて重要なものだ」
 そのどれが欠けてもだというのだ。
「しかしだ」
「法はですね」
「それだ、我々は今回法を至上にしなかったな」
「それが問題ですか」
「内相は元々軍人だが」
 そこで辣腕を振るい才を認められて内相に抜擢されている。
「法だな」
「はい、とかく軍は法で動きます」
 まずそれがあり命令で動く、それが軍だ。
「それが第一です」
「そうだな、国家もな」
「法を忘れてはなりませんね」
「無法は最悪の事態だ」
 伊藤も首相だ、だからこそ痛感していることだ。
「だが私は今回それを優先させなかった」
「法律を」
「それが問題だな」
「私も、結論は長官達と同じでしたが」
 それでもだというのだ、政治的な主張は同じでも。
「法律に基いてではなりませんでした」
「慎まなければな」
「そうですね、大変な考えでした」
「このことは宮内相と外相にも話しておこう」
 ハルと宇垣にもだというのだ、処罰を主張した二人についても。
「法律は守らねばな」
「国家が成り立たないですから」
「そうだ、法があってこそだ」
 政治が成り立つというのだ、まずは法だというのだ。
「法治国家でなければな」
「恐ろしいことになりますから」
 こう話す二人だった、そして。
 伊藤は実際にハルと宇垣にも話した、そうしてだった。
 二人も反省する顔になった、そのうえで言うのだった。
「そうですね、法ですね」
「まずはそれがあってですな」
「国家が成り立つものですから」
「まして私は軍人であるというのに」
 特に宇垣だった、彼はとりわけ反省していた。
「いや、不明の極みでした」
「これからはそうした感情的な考えは慎みます」
「頼む、確かに国家の尊厳は忘れてはならないが」
 伊藤は二人に言う。
「法があってこそだからな」
「この場合は特にそうですね」
 ハルは普段の落ち着いた態度に戻って伊藤に応える。
「他国とのことにおいては」
「そうだ、そのことはよくわかっておいてくれ」
「ですな、私も今後気をつけます」
 宇垣も落ち着きを取り戻している、普段の的確な働きをする外相に戻っている。そのうえで話すのだった。
 こうして戦後のカテーリンへの対応も決まった、そしてジューコフにこのことを伝えることになった、これもまた戦争だった、政治の一手段としての。


TURN110   完


                           2013・5・14



今回は先の戦いとこれからのソビエトについて、各国の考えといった所かな。
美姫 「エイリス、ドクツ共に既にソビエトの負けは見えているみたいね」
だが、スノー将軍とニガヨモギに関しては、やっぱり難しいという考えか。
美姫 「まあ、そこは一筋縄ではいきそうもないでしょうけれどね」
だが、ジューコフが枢軸軍に入ったのは大きいな。
美姫 「更なる戦力アップだものね」
ああ。戦力と言えば、遂に宇垣が三度目の。
美姫 「最早、人の部分が殆どないという」
それでも戦う外相。
美姫 「是非とも頑張って欲しいわね」
だな。
美姫 「次回も楽しみにしてますね」
ではでは。



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