『リング』




         ヴァルハラの玉座  第一章


 その男はある場所を捜し求めていた。長い間その場所を捜し求めていた。
 その場所はライン。彼はそこで皇帝となると夢で告げられたのである。
 彼の名はジークフリート=ヴァンフリートこのノルン銀河最強の海賊であるワルキューレの首領であり銀河にその勇名を謳われていた。
 このワルキューレは他の海賊とは違っていた。決して弱い者を襲うことはなく、帝国軍だけを相手にしていた。捕虜を害することもなかった。そうした意味で彼等は本当の海賊であると言えた。
 その首領であるジークフリートは金色の長い髪に紫の瞳を持つ端正な顔立ちの青年であった。その風貌や立ち居振る舞いには気品があり、海賊とはとても思えないものであった。緑の上着と黒いズボンの上に赤いマントを羽織り、義賊として知られていた。その彼がラインを捜して長い戦いを続けていたのである。
 彼の本拠地はシュヴァルツバルトにあった。この惑星を本拠地として彼はクリングゾルの帝国軍と激しい戦いを繰り広げているのである。
「首領」
 その彼の個室であった。海賊の部屋らしく簡素で装飾は何もなかった。
「どうした」
 彼は腹心の部下の一人であるポネルに顔を向けて尋ねた。
「何かあったのか?」
「帝国軍がチューリンゲンに向かっております」
「チューリンゲンに」
「はい」
 ポネルは頷いた。
「あそこは確か」
「そうです、オフターディンゲン公爵がおられます」
 彼の名は銀河に知れ渡っていた。政戦両略の人物として知られているのだ。これはジークフリートも同じであった。
「そうだったな」
「何か思惑があるのでしょうか」
「チューリンゲンは豊かな星系だ」
 ジークフリートはそれに応えた。
「帝国軍、そしてニーベルングが狙っても無理はない」
「それでは」
「いや」
 だが彼はここで言った。
「おそらくは。それだけではない」
「といいますと」
「これは私の勘だがな」
 ジークフリートはそう断ったうえでポネルに対して述べる。その顔は真摯なものであった。
「はい」
「おそらく彼等はそれだけではないな」
「チューリンゲンだけでは」
「むしろ他のものを狙っている」
「それは」
「そこまではまだわからない」
 ジークフリートの顔は真摯で強張ったままであった。
「しかしそれが帝国にとって重要なものは事実だろう」
「帝国にとって」
「それかニーベルング自身にとってな」
「あの男に関することは今だ謎に包まれております」
「うん」
 ジークフリートもその言葉に頷いた。
「何もかもな。思えば帝国軍宇宙軍司令官になっただけでも不思議なものだ」
「家柄は確かブラバント家の方が上でしたね」
「それどころか。ニーベルング家なぞというのは聞いたこともない」
「貴族の家であることは間違いないようですが」
「一応はそうなのだろうな」
 だがジークフリートの言葉は懐疑的なものであった。
「一応はな」
 それは名前でわかる。『フォン』というのは貴族の称号である。出自の知れない海賊の首領であるジークフリートにはそもそも縁のないものではあるが。
「しかし宇宙軍総司令官というのは非常な地位だ」
「はい」
 これは言うまでもなかった。帝国軍の基幹戦力である宇宙軍を預かっているのだ。これは道理であった。第四帝国では階級においては元帥が務めるものであった。言うまでもなく軍の最高幹部である。
「それを幾ら優れているとはいえ得体の知れない男が務めていたというのも。不思議な話だ」
「かってヴァルハラドライブの実験中に一人生還した将校だったそうですが」
「そしてそれから急激に出世を果たしたのだったな」
「はい。彼に関して今の時点でわかっているのはそれだけです」
「本拠地すらもわかっていない」
「わかっているのは強大な軍と兵器を持っていることだけです」
「ファフナーのことだな」
 バイロイトを完全に破壊した黒き竜のことである。
「その武力によってあの男はこのノルン銀河を統べようとしている。それもわかってはいるが」
「それ以外は全て。謎に包まれたままですね」
「クリングゾル=フォン=ニーベルング」
 ジークフリートは彼の名を口にした。
「何者なのか。それすらもわからないとはな」
 彼は虚空を見据えていた。暫くしてそこから離れ司令室に向かった。
「首領、どちらへ」
「今後の方針を決めた」
 彼は呼び止める形になったポネルに対してこう述べた。
「今後ですか」
「そうだ、全軍出撃用意を整えよ」
「全軍」
「これより我々はチューリンゲンに向かう」
 彼は言った。
「そしてそこの帝国軍に対して攻撃を仕掛ける。よいな」
「は、はあ」
「戸惑っている時間はないぞ」
 そしてポネルに対してこう述べた。
「おそらく彼等の動きは速い」
「はい」
「それに間に合わせなければいけない。そして」
「そして?」
「帝国の目的は何か。見極めてやる」
 こうして彼は司令室において全軍に出撃を指示した。そしてシュヴァルツバルトを経ったのであった。
 ワルキューレは全軍を挙げてチューリンゲンに向かう。その数は艦隊にして一個艦隊であった。
 その先頭に彼はいた。ある商人から送られた一隻の戦艦である。
 その名はノートゥング。何でもこの銀河に七隻しかないうちの一隻であるという。
 彼は今それに乗っていた。その艦橋においてこの艦を手に入れた時を思い出していた。

 一人の男がシュヴァルツバルトを訪れてきた。黄色の髪に重厚な鎧を思わせる服を着ていた。そして兜に似た帽子によりその目は見えなかった。だが只ならぬ雰囲気は感じていた。
「卿は」
 ジークフリートはいきなり来訪してきたその男に問うた。
「一体何者だ」
「私はモンサルヴァートと申します」
 男は名乗った。
「モンサルヴァート」
「はい。パルジファル=モンサルヴァート。それが私の名です」
「モンサルヴァート。まさか」
 ジークフリートはその名に聞き覚えがあった。
「まさか。あの武器商人の」
「確かに私は武器商人です」
 パルジファルもそれに頷いた。
「そうか、話は聞いている」
 ジークフリートも彼のことは聞いていた。
「帝国と敵対する勢力に。武器を提供しているそうだな」
「左様です。では私がここに来られた理由はおわかりですね」
「ああ」
 その言葉に頷いた。
「それでは話が早いです。では早速」
「何を提供してくれるのだ?」
「多くの艦艇と新型艦を一隻」
「新型艦だと」
「そうです。あれを御覧下さい」
 空を指差す。そこに一隻の艦があった。
「あれは」
「あれこそが貴方に御贈りする新型艦です」
 パルジファルは言った。
「ザックス級戦艦の六番艦です」
「ザックス」
「そう、それがあの艦です」
 見ればかなり大きい。そして武装も豊富であった。
 それでいて実に美しい姿であった。流れるようであり、同時に雄々しくもある。ジークフリートはその姿を見て一目で心を奪われるのを感じていた。
「如何でしょうか」
「あの艦を私に与えてくれるのか」
「はい」
 パルジファルは頷いた。
「是非共。お使い下さい」
「報酬は」
「報酬とは」
「これだけの艦を与えてくれるからには。見返りもあるのだろう。違うか」
「その通りです」
 そしてパルジファルはそれを否定しなかった。
「ジークフリート=ヴァンフリート首領」
 彼はあらためてジークフリートの名を呼んだ。
「貴方はこれから帝国と戦われる運命にあります」
「運命か」
 その言葉に反応してパルジファルに目をやった。
「卿は宗教家でもあるのか?いきなり運命を持ち出すとは」
「いえ、違います」
 しかしそれは否定した。
「私は。見ただけです」
「見た!?運命をか」
「はい」
 ジークフリートはその返事を少しシニカルに聞いた。まさかそれを肯定するとは思わなかった。ぼかすか誤魔化すだろうと思っていた。だがパルジファルは今それを肯定してきた。山師でもあるのかと思ったのだ。
「面白いことを言うな」
 そして口でもそれを出してきた。
「何処で運命を見たのか。聞かせてもらいたいものだ」
「記憶からです」
「記憶だと!?」
 今度はシニカルには考えられなかった。真面目な心で反応を示した。
「それはどういうことだ」
 パルジファルを見やりながら問う。
「卿の記憶が。運命を見せているというのか」
「見せているのは運命だけではありません」
 彼はそれに答えて言った。
「宇宙の創造から太古の記憶まで。全てのものを見せています」
「わからん。一体どういうことなのだ」
 ジークフリートはそれを聞いて困惑を隠せなかった。
「卿の記憶は。これまで起こったことのあらゆるものを見せているというのか」
「そして未来も同時に」
「未来も」
「ヴァンフリート殿、貴方も御覧になられている筈です」
(まさか)
 その言葉に思うものがあった。
「夢の中で。貴方の運命を」
 ヴァルハラにおいて玉座に着きこの銀河の新しい皇帝となる。幼い頃より夢でそう告げられていた。だがそれを知っているのは自分しかいない筈なのだ。
 だがパルジファルはそれを知っていた。冷静さを失わずにはいられなかった。
「何故それを」
「記憶が教えてくれましたから」
「そうか」
 今言った通りだった。そしてそれを疑うことはもう出来なくなっていた。
「私の運命もか」
「それは未来に属することですが。遠い輪廻のこととして」
「輪廻か」
 それを聞いたジークフリートの目がピクリと動いた。
「では私は前世でも同じ運命を歩んでいたのか」
「おそらくは」
「では聞こう。私は前世ではどうなっていた?」
「皇帝になっていました」
「皇帝に」
 その言葉に今度は目だけでなく顔も動いた。
「そうです。その理由は貴方が最もご存知だと思いますが」
「そうだな。では私は前世でも卿に会っているのか」
「会っているのは私だけではありません」
「というと」
「私の他に五人。合わせて七人の者が輪廻が定めた運命の中にあるのです」
「そしてその七人は何を命じられているのだ。そのそれぞれの運命に」
「帝国と戦うことを」
 パルジファルは言った。
「それを命じられているのです」
「今と同じということか」
 ジークフリートはこう言って顔を少し上げた。
「帝国と戦うということは」
「そして貴方も私もまたある場所を目指すことになります」
「ヴァルハラを」
「はい」
「そこに私の目指す玉座があるのだな」
「そうです。そしてそこに」
「ニーベルングがいるというのか」
「ではこれからされるべきことはおわかりの筈です」
「ああ」
 ジークフリートは頷いた。
「これまで通り帝国軍と戦う。そして」
「ヴァルハラを目指されるのです」
「そうだな。ではその艦はその為のものか」
「そうです。ですがまだ名前はありません」
「名前もないのか」
 全くの生まれたての艦であったのだ。見れば綺麗なものである。まるで剣の様な鋭さと乙女の様な優雅さを兼ね備えていた。そうした美しい艦であった。
「はい、まだ」
「では私が名付けていいか?」
 ジークフリートはパルジファルにそう問うてきた。
「それでいいか?」
「どうぞ。その為にここまで何もすることなく持って来たのですから」
「そうか。では」
 彼はそれを受けてもう一度その戦艦を見上げた。
 見れば見る程美しい。そして気高く鋭い。それを見て彼は一つの名を思い浮かべた。
「ノートゥング」
 彼は呟いた。
「ノートゥングだ。この名しかない」
「ノートゥングですか」
「そうだ。いい名だと思わないか」
「貴方には相応しい名です。巨大な竜を倒した剣の名は」
「卿もそう思うか」
「貴方はその剣で以って竜を倒される」
「帝国という竜を」
「ジークフリート=ヴァンフリート」
 パルジファルはここで彼の名を呼んだ。
「貴方も私も同志なのです」
「帝国を倒す為の同志か」
「はい。私はそうした同志達に力を貸す為に銀河を巡っています」
「帝国を倒す為に」
「クリングゾル=フォン=モンサルヴァートは恐るべき男です。彼にこのノルン銀河を預けることはあまりに危険です」
 ジークフリートはその言葉に無言で頷いた。それは同意の証であった。
「その為にもこの艦で」
「わかっている」
 そして今度は声を出して頷いた。
「必ずヴァルハラの辿り着く。そうだな」
「はい」
 彼の話はジークフリートの運命を決定付けるものであった。こうして彼は帝国と本格的に剣を交えることを決意し、戦いの中に身を置くこととなったのだ。パルジファルとの出会いは将に転機であった。





こうしてまた一人、運命の渦へと。
美姫 「今回はどんな風になるのかしらね」
うんうん。帝国との激しい戦いがあちこちで起こる中、一体どうなるのか。
美姫 「次回の展開もお待ちしてます」
待ってます。



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