『リング』




            イドゥンの杯  第七幕


「いってしまったか」
 今までクンドリーがいた虚空を眺めて呟く。
「全てを語らずに。卿はいってしまったか」
 多くのことはわかった。だが肝心なことはわからずじまいであった。
「だがニーベルングとの戦いは続く」
 それはよくわかった。
「そして」
 まだ何か言おうとする。しかしそこで後ろの扉が左右に開いた。
「どうした?」
「陛下、大変です」
 後ろにいる部下達が言った。
「突如。謎の一団に襲撃を受けました」
「帝国軍か!?」
 まだ潜んでいたのかと思った。
「いえ、違います」
 だが部下達の言葉はそうではなかった。
「少なくとも帝国軍ではありません」
「では一体」
「それは・・・・・・うっ」
「動くな」
 後ろから別の者の声がした。トリスタンはそれに振り向く。
「ここは我等が占拠した。無駄な抵抗は止めろ」
「わかった」
 トリスタンはそれに従うことにした。そして両手をあげる。
「卿等に従おう。だが一つ聞きたいことがある」
「何だ」
「卿等は。一体何者なのだ」
 その謎の一団に対して問う。服装はありふれたものだが武装が違っていた。帝国軍のものでもトリスタン達のものとも違っていたからだ。
「我々か?」
「そうだ。帝国の者ではないようだが」
「帝国」
 彼等はその言葉を聞いてシニカルな笑みを浮かべた。
「我々をあの様な者達と一緒にしないでもらおうか」
「では違うのだな」
「当然だ。そして我々は貴殿等とも違う」
「我々とも違う」
「そうだ。我々はホランダー」
「ホランダー、まさか」
「そうだ。かっての第三帝国のことは知っていよう」
「ああ」
 トリスタンもその帝国のことは聞いていた。かって第四帝国の前にこのノルン銀河を治めていた帝国だ。その国を築いていたのがホランダーであったのだ。
「まさかこのラートボートにいるとは」
「縁あってな。我等はここに潜んでいた」
 彼等の中の一人が述べた。
「縁あって」
「第四帝国成立後我等の苦難がはじまった」
 そして別の一人がこう言った。
「トリスタン=フォン=カレオール」
「私の名を知っているか」
「カレオールの藩王にして帝国きっての天才科学者」
「貴殿ならば我等が第四帝国に受けた仕打ち、知っていよう」
「否定はしない」
 トリスタンは沈んだ声で応えた。
 第四帝国を築いている今の者達とホランダーは違う種族なのである。今いる人類はホランダー達を虐待し、殺戮してきた。時には生体実験の材料とすらしてきたのだ。
「そのことは私も聞いている」
「そしてミーメという男も知っているな」
「ニーベルングの弟だった男だな」
「そうだ。あの男により同胞達はさらに殺された」
 彼等は忌々しげにこう述べた。
「生きたまま脳を奪われた者もいる」
「脳を」
「そうだ。そして戦艦の生体コンピューターとされたのだ」
「それはまさか」
「ローゲ。知っているな」
「うむ」
 他でもない。彼が乗るケーニヒ級戦艦イゾルデに搭載されている生体コンピューターである。このコンピューターのおかげで彼もかなり救われている。
「あの頭脳は我等のものだったのだ」
「何と」
「そもそもあの戦艦はミーメが設計した」
 彼等は言う。
「そして夥しい犠牲の後で七隻の戦艦が建造された」
「それを命じたのは第四帝国の者達だ」
「我等か」
「言いたいことはわかるな」
 彼等はトリスタンに詰め寄ってきた。
「ミーメの出自はわかっている」
 彼がニーベルング族だったことも知っていた。
「我等にとって今の帝国は敵だ。だが」
「我々も敵だというわけか」
「そうだ。部下達は全て投降した」
「彼等に用はない。放してやる」
「済まないな」
 だが自分はそうではないとわかっていた。
「しかし貴殿は違う」
 それを聞いてやはり、と思った。
「わかっている。では一思いにやるがいい」
「いや、それはしない」
 しかし彼等にはトリスタンを殺すつもりはなかった。
「何故だ?」
「我等は確かにニーベルング族も貴殿等も憎い」
「憎いか」
「そうだ。だからあの女も殺した」
 その女がクンドリーであることもすぐにわかった。
「ニーベルングの者だからこそだ」
「では私も同じように」
「しないのだ。何故かわかるか」
 逆にトリスタンに問うてきた。
「確かに貴殿は第四帝国の者達だ」
「だが我等を助けてくれた」
「貴殿等を」
「ミーメの研究に反対していたな」
「うむ」
「そして多くの我が同胞を救い出してくれた。それもまた知っている」
「そうか」
「同胞の命を救ってくれたことは感謝している。それは忘れない」
「だが同時に貴殿は第四帝国の者なのだ」
「ではどうするつもりなのだ?」
「捕らえる」
 リーダーと思われる一際立派な風貌の男が言った。
「そして監禁する」
「そうか」
「ついて来い。だが抵抗したならば」
「わかっている。では行くか」
 こうしてトリスタンは捕らえられ彼等の牢獄へと案内された。そしてその中の一室に入れられたのであった。
「ここだ。入れ」
 そう言われて部屋に入れられる。だがそこは異臭に満ちていた。
「これは・・・・・・」
 それは死臭であった。見れば部屋の端に死体が置かれていた。
 次第に腐敗しようとしていた。腐臭のもとはこれであるのは明らかだった。
「参ったな」
 トリスタンはその屍を見て呟いた。
「このままではこちらがたまったものがない」
 そして一つの判断を下した。
「仕方ない」
 イドゥンを使うことにした。死体にそれをかける。
 腐臭はすぐに消えた。そして死体は瞬く間に回復してきた。
 死体は死体ではなくなっていた。そこには金髪碧眼の美男子がいた。
「ここは・・・・・・」
「目が覚めたか」
 トリスタンはその青年に対して言った。
「卿はここで死んでいたのだ」
「それはわかっている」
「死んだことがわかっていたのか」
「ああ」
 彼はその言葉に応えた。
「はっきりとな。覚えている」
「不思議な話だな」
「あちらでそう言われた」
「あちら?」
「死んだ後の世界でな。色々聞いてきたのだ」
「そうか。では卿は誰なのだ?」
 トリスタンは問うた。
「私か?」
「そうだ。卿は一体何者なのだ?」
「私はローエングリンだ」
 彼は名乗った。
「ローエングリン」
「ローエングリン=フォン=ブラバント。それが私の名だ」
「そうか、卿がか」
「私のことは知っているのか」
「知られた男だからな。かつては第四帝国において艦隊司令官だった」
「うむ」
「そして今は。帝国軍と戦う勢力の一つを率いている」
「よく知っているな」
「私もな。そうだからだ」
「そうか。卿もか」
「うむ。では私も名乗ろうか」
 今度はトリスタンの番だった。そして名乗った。
「私はトリスタン」
「トリスタン」
「トリスタン=フォン=カレオール。これが私の名だ」
「そうか。卿のことは聞いている」
「聞いているか」
「帝国きっての天才科学者だったな」
「人はそう言ってくれるな」
「そしてカレオール藩王だ。違うか」
「その通りだ。そして卿と同じく」
「帝国と戦っている」
「そうした意味で我々は同じだ」
「そして我々を入れて七人の者がいる」
「七人」
 トリスタンはその言葉を聞いてその知的な眉を動かした。
「今七人と言ったな」
「これもあちらで聞いてきたことだ」
 ローエングリンはこう返した。
「我等を含めて七人。帝国と戦っている」
「私はそれをモンサルヴァートから言われた」
「彼からか」
「やはり卿も知っていたか」
「武器商人のな。知らぬ筈がない」
 ローエングリンは一言こう述べた。
「どうやら我等がここで会ったのは運命だったようだな」
「うむ」
「これから。どうする?」
「卿はここでずっと過ごしたいか?」
「馬鹿なことを」
 ローエングリンはその言葉を一笑に伏した。
「ここにいても何にもならないだろう」
「では決まりだな」
「そうだ、脱出する」
 その結論は二人共同じであった。
「では行くか」
「だがどうやってだ」
「何、簡単なことだ」
 ローエングリンはトリスタンに笑ってこう返した。
「これさえあれば充分だ」
 そして懐から一本のナイフを取り出した。
「ナイフだけでどうにかなるのか?」
「むしろこれさえあればどうにでもなる」
「ふむ」
「軍にいればな。ナイフがただ敵を斬るだけのものではないとわかる」
「では見せてもらおうか」
 トリスタンはローエングリンのその自信に賭けてみることにした。
「そのナイフの使い方をな」
「わかった。では見てくれ」
 ローエングリンはそれに応える形で扉の前に向かった。
「これで終わりだ」
 扉のつなぎ目を斬った。それで開いた。
「見たか?これがナイフの使い方の一つだ」
「成程な、見事なものだ」
「特殊部隊用のナイフだ。他にも使い道は色々とある」
「一本欲しくなったな」
「いいが高いぞ」
「何、価値あるものなら金に糸目はつけない」
「そうか。だがそれも」
「ここを脱出してからだ」
 二人は部屋を出た。そして囚われているローエングリンの部下達を救い出して基地を後にした。サイレンの音と共にホランダー達の追っ手がやって来たがそれは何とか振り切った。そして窮地を脱したのであった。
 ローエングリンもトリスタンもそれぞれの部下達のところへ戻った。トリスタンはすぐに部下達に迎え入れられた。
「御無事でしたか」
「ああ、運良く助かった」
 見ればローエングリンの部下達もいた。ローエングリンも彼等に迎え入れられていた。
「ふとしたことで彼と知り合ってな」
「ブラバント司令とですか」
「そうだ。彼もまた帝国と戦う者だ。これは知っているな」
「はい」
 部下達はそれに応えた。
「我等の同志」
「そう、我々は同志だ」
 トリスタンはここで強い声で述べた。
「そして陛下」
 部下達はまたトリスタンに問うた。見ればローエングリンの部下達も同じである。彼等はそれぞれの主に対して問うていた。
「これからどうされるのですか」
「ラインへ向かう」
 トリスタンとローエングリンは同時に言った。
「ラインへ」
「そうだ、そして」
「クリングゾル=フォン=ニーベルングを倒す。よいな」
「はっ」
「了解しました」
 それぞれの部下達はそれぞれの主君達にそう返事を返した。
「それでは我等はこれより」
「全軍ラインへ」
 それがトリスタンの言葉であった。そしてローエングリンの言葉であった。
 両軍はラートボートを後にするとヴァルハラ双惑星に向かう準備に入った。クンドリーとの因縁を終わらせたトリスタンは続いてもう一つの戦いに向かうのであった。
 ノルン銀河はなおも戦乱に覆われている。だがその果てに彼の運命があるということを他ならぬ彼こそが見極めていたのであった。
「クンドリー」
 彼はイゾルデの艦橋で呟いた。
「また。何時か遠い輪廻の先で会おう」
 最後にラートボートを見た。クンドリーの墓標でもあるその星は果てしなく青く、美しかった。まるで銀河の宝石の様に青く輝いていた。


イドゥンの杯   完


                2006・5・15





これにて第五部は終了。
美姫 「色々と分かり、また動き出していくのね」
物語は更に終局へと。
美姫 「その先に待つものとは」
いやー、次が待ち遠しいな。
美姫 「本当に。次回も待ってますね」
待ってます。



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