『リング』




             イドゥンの杯  第三章


 パルジファルはカレオールを去った。その後に多くの艦艇とザックス級戦艦一隻を残して。トリスタンはそれを港で見送った
のであった。
「行ったな」
「はい」
 参謀の一人であるモルがそれに頷いた。
「また多くのものを頂きましたな」
「うむ」
「これで多くの艦隊を再編成することが可能になりました」
「五個艦隊程だな」
 彼は言った。
「これで帝国と戦うぞ」
「はっ」
「そして陛下」
 艦隊司令達もそこに控えていた。その中の一人であるヴァイクルが問う。
「何だ」
「あの贈呈された新型艦ですが」
 彼はそのザックス級の戦艦について言及した。
「あの戦艦がどうかしたか」
「まだ名前が決まっていませんが」
「名前が」
 彼はその言葉にはっとした。
「そういえばまだだったか」
「はい。どの様な名前に致しますか」
「そうだな」
 トリスタンはそれを受けて考え込んだ。そして暫くしてから顔を上げた。
「イゾルデでどうか」
「イゾルデですか」
「そうだ。悪い名前ではないと思うが」
「確かに」
 そこにいた参謀達も艦隊司令達も特に反対はなかった。
「それでいいと思います」
「そうか、気に入ってもらえたか」
「ではそのトリスタンがこれからの我が軍の旗艦ですね」
「そうだ」
 そしてトリスタンはそう定めた。
「生体コンピューターも搭載している。これ以上の艦はない」
「わかりました」
「では出陣は」
「三日後とする」
 彼はそう決めた。
「三日後、まずは周辺の星系と同盟を結び、そして敵対的な星系は占領していく」
「はい」
「そしてコノートに駐留している帝国軍と雌雄を決する。それでよいな」
「はっ」
 こうしてトリスタンの方針は決まった。まずはこの周辺での帝国軍の拠点であるコノートを制することになった。まずは周辺の星系に次々に使者を送った。
「既に条約を結んでいる星系はよい」
 彼は友好的な星系にはまず使者を送らないことにした。
「ただ、協力を願いたい」
「わかりました」
「帝国と戦うのは我等が引き受ける。そのかわりに援助を願いたいとな」
 ギブアンドテイクの条約を提案したのであった。
「それでどうか」
「よいと思います」
 それにカレオールの外相であるプライが答えた。
「さしあたって我等は帝国軍以外に武力を用いる必然性がありません」
「うむ」
「ですが我等だけで戦うというのはやはりいささか心もとないと言えましょう。同盟者に対してもここは協力を願いたいところであります」
「同時に連帯感を強める」
 トリスタンはここでこう述べた。
「共に帝国と戦っているのだとな。一体感を持っておきたい」
 帝国を共通の敵としまとめるつもりであったのだ。
「その為にもな」
「はい」
 プライは頷いた。
「中立の星系にもそれを提示してみましょう」
 あくまで戦うのは彼であるが他の者達には援助を頼む。こうして彼は独自の勢力圏を築こうとしていた。
 それは成功した。中立星系の多くは帝国と戦う力を持たない者達であり、同時に彼等への反発を抱いている者が
多かったのである。友好星系も元々は同じである。よってトリスタンのその申し出にむべもなく応えた。こうしてトリスタンは周辺の反帝国同盟の盟主となったのであった。
 そしてそれに反抗する星系にはすぐに兵が向けられた。そして占領されその勢力圏に組み込まれていく。何時の間にか彼は一大勢力となっていたのであった。
 だがそれで終わりではなかった。彼には次の目標があった。
「コノートだ」
 彼は開口一番こう言った。
「帝国軍の本拠地であるコノートに向かう」
「コノートにですか」
「いよいよ」
 それを聞いた参謀や艦隊司令達は皆声をあげた。
「そうだ。まずは護り、そして予備戦力として一個艦隊をこのカレオールに留める」
 まずは護りを備えることにした。
「その司令官はヴァイクル大将とする」
「はい」
 ヴァイクルがそれに応えて席を立った。
「それでよいな」
「お任せ下さい」
 彼は敬礼で応えた。
「必ずや留守を預かって御覧にいれます」
「うむ」
 トリスタンはそれを聞いて頷く。そして彼を座らせた後で話を続けた。
「そして残り四個艦隊でコノートを攻める」
「はっ」
「そしてその総指揮は私が執る。それでよいか」
「お待ち下さい陛下」
 だがここで参謀の一人であるアダムが手をあげた。
「どうした」
「まだコノートにいる帝国軍の全貌がはっきりしておりませんが」
「帝国軍のか」
「そうです。攻めるのはその全貌がわかってからでよいと考えるのですが」
「それには一理ある」
 トリスタンもそれを認めた。
「確かに帝国軍の全貌ははっきりしていない」
「はい」
「その状況で攻め込むのは非常に危険だ」
「では」
「だがだからといって彼等を放置しておくわけにはいかない」
 そしてそのうえでこう述べた。
「まずは兵を進め彼等の出足を封じる」
「ではまずは進出ですか」
「うむ。フランシーズまでな」
 今トリスタンの勢力圏にある星系の中で地理的に極めて重要な星系である。コノートにも睨みを利かせることの出来る場所に存在している。
「まずはフランシーズまで進出する」
 彼は言った。
「そしてそこに腰を据え情報収集を本格化させたいのだ」
「近い場所ですか」
「その通りだ」
「成程」
 部下達もトリスタンの考えがわかった。
「それでどうか」
「そこまでフランシーズはよい場所なのでしょうか」
 ホッターが問うた。
「あそこは確かにコノートに近いですが軍事基地は」
「情報基地は充実しているのだ」
「まずは情報ですか」
「そうだ。また既にその他の設備の拡充も命じている」
「もうですか」
「動きは早い方がいいからな」
「お見事です」
 そう言うしかなかった。
「まさか。ここでそう出られるとは」
「動かれていたとは」
「いささか政治的な配慮があった」
 彼は述べた。
「あの辺りは中立だったと言っても帝国の脅威をまともに受けている。従って何時どう転ぶかわからない」
「それを事前に防ぐ為にも」
「軍事拠点を設けるのだ」
 政治家としての判断であった。不安の芽は事前に摘んでおく。それもまた政治なのであるから。
「そして我々もそこに駐留してみせる」
「同盟者を安心させる為にも」
「そうだ。では行くぞ」
「はい」
「重しとなり、そして敵に対峙する為に」
 フランシーズに向かった。そしてそこに辿り着くとすぐにそこを拠点に防衛及び情報収集に取り掛かったのであった。
 トリスタンの予想通り情報収集は順調に進んだ。彼の手元にはコノートにいる帝国軍のことが次々にわかってきていた。
 まずはその規模が。敵は十個艦隊であった。
「面白いな、これは」
 トリスタンはそれを確かめた後でこう述べた。
「一つの地域に派遣される帝国軍の兵力は常にこれ位だ」
「十個艦隊がめどだと」
「今各地を転戦している帝国の戦力もそうだったな」
 そして彼はコノートの他に展開している帝国軍に関する情報も入って来ていた。
「メーロト=フォン=ヴェーゼンドルクの軍も」
「あの軍もですな」
「そうだ。何か条件でもあるのだろうか」
「どうやら帝国軍はその基準を十個艦隊と定めているようです」
「基準か」
「はい。それに従って兵を派遣している様です」
「ふむ」
 トリスタンはそれを聞いて考える顔をした。
「方面軍としてか」
「その様で。ただ基本を艦隊に置いているのは我等と同じです」
「そうだな。それは同じだ」
「はい」
「そしてその艦隊を幾ら集めているかでその地域の重要性がわかる」
「我々は十個艦隊の重要性だと」
「そうだな。大体そういったところだ」
 トリスタンは部下にそう述べた。
「あまり重要ではないと認識しているのか」
「他の地域にはより送っている場合もありますね」
「そうだな。これもニーベルングの戦略か」
「そもそもニーベルングは我々には然程関心がないのではないでしょうか」
「それはどういうことだ?」
 彼はそれを聞いて顔を上げた。
「反乱勢力である我々にあまり関心がないとは」
「いえ、これは我々だけではありません」
 その部下は答えた。
「全ての反乱勢力に対して。それ程関心を向けてはいない様に思えます」
「そうだろうか」
「若し本気ならば十個艦隊程度で済むでしょうか」
 彼は言った。
「今のニーベルングの力ならば。一つの反乱勢力に対して優に二十個艦隊の派遣が可能な筈です」
「だが彼はそれをしない」
「ヴェーゼンドルクの軍にしろそうです。より戦力を持っているのでは」
「ふむ」
「本拠地が何処にあるのかすらわかりませんが。そこに戦力を集めていると思われます」
「言い換えるとそこで何かをしていると」
「はい。それが何かまではわかりませんが」
「反乱勢力よりも優先させなければならないものか」
「例えば新兵器の開発」
「新兵器」
 トリスタンの目がピクリと動いた。
「まさか」
「そのまさかの可能性もあります」
 部下は言った。
「ファフナーの改良型等」
「やはりそれか」
「ファフナーはニュルンベルグにも現われました」
「そうだな」
 その情報はもう聞いていた。
「そしてニュルンベルグを完全に破壊しました」
「そしてそれから行方を絶っている」
「あれが新兵器なのは間違いありません」
「だからこそ試作品の可能性もある」
「そうかと。そして若しそうならば」
「本格的なものを建造にかかる」
「と思われます。どちらにしろ今の帝国軍の沈黙には何かがあります」
「うむ」
「いずれ動くとは思いますが」
「だがそれは今ではないか」
「おそらくは」
「反乱勢力への出兵も少ないのはそれか」
「それ以上のものを彼等は持っているかと」
「だが今はそこに隙がある」
 トリスタンは述べた。
「今は。それを利用させてもらおう」
「では」
「これまで通りフランシーズ及び帝国軍への情報収集は続ける」
 彼は言った。
「そしてあの星系を手中に収める。よいな」
「ハッ」
 戦略は動きはしなかった。だがまた一つ気になることが出て来た。
「ファフナーのか」
 彼は自身の研究と黒竜のことを考えていた。
「その弱点は」
 自身の研究のことはよくわかっていた。その長所も短所も。彼は勢力を蓄えながら研究も開始した。今度は新兵器の研究であった。





さてさて、一体どうなる。
美姫 「自分が研究していたもの」
つまりは、全てを知るもの。
美姫 「という事は、彼にはそれを撃ち滅ぼす何かが作れるのかもね」
どうかな〜。どうなるのかな〜。
美姫 「益々次の展開が気になるわね」
次回も待ってます。



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